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前のお話はこちら⇒農学博士の偉大な研究【その1 ・その2 ・その3】
農学博士の偉大な研究
■ その4 ◇生命の父 ■
高校に入学して2週間ほどが経ったある日のこと。
『 今日、キョーコちゃんお手製プリンを6個持って、大学のハウスに持ってきて。お礼にチューリップを山ほどあげるから 』
・・・というメールがユキちゃんから届いた。
「 ぷっ!ユキちゃん、相変わらず 」
何を隠そう、ユキちゃんは私が作るプリンが大好物なのである。
放課後、私は自宅に帰るとすぐにプリンを作り上げ、指定された農学研究科専用の温室を訪れた。
ジャングルのごとく高い木が植わっているハウスの窓はこれでもかと開け放たれ、中は外気と変わらない気温だった。
「 こんにちはー。ユキちゃん、持って来たよぉ 。ユキちゃーん?」
「 あら。可愛い声が聞こえたから誰かと思ったら、キョーコちゃんじゃない。お久しぶりね! 」
「 香凪さん、こんにちは。お久しぶりです。ユキちゃんはいますか? 」
楠香凪さんは、ユキちゃんが教授となって初めて作ったチームに最初から参加している女性だ。しかもユキちゃんとは大学時代の同期でもあるので、ユキちゃんとの付き合いはチームの中で誰よりも長い。
ユキちゃんは学生時代、顔は良いけど植物オタクが功を奏していたのか、特にモテていた事は無かった。
でも今は教授という肩書きがあるせいか、案外人気があるらしい。
ユキちゃん周辺の女性の中には、この前の水族館の時のように私に敵意を示す人が割といたりするのだけど、この人は最初からずっと優しかった。
頭が良くて、綺麗で、しかも優しいという、3拍子揃った素敵な女性なのである。
こんな人がユキちゃんの恋人になったらいいなって、私は密かに思っていた。
「 いるわよ、今呼んであげる。社くーん。社教授ぅ、キョーコちゃんが来ましたよー! 」
「 いま行くー 」
返事が聞こえて間もなく、ユキちゃんがやってきた。
笑顔で私を出迎えてくれたユキちゃんは、プリンを見て嬉しそうに目を細めた。
「 キョーコちゃん、待ってたよ!プリン、持ってきてくれた? 」
「 持って来たよ。ご注文通り6個ね 」
私たちのやり取りを聞いて、ハウスの中で作業していた面々がこちらに集結してきた。その顔触れを見て私は安心した。
どうやら今日作業をしていたのはファーストメンバーだけだったらしい。
緒方さんと村雨さんは私を見て軽く右手を上げてくれて、大原さんはにっこりと笑ってくれた。
「 キョーコちゃんいらっしゃい。特製プリンがあるの? 」
「 なになに、プリン。教授、プリンすか? 」
「 ええい、寄るなお前ら!これはキョーコちゃんが俺のために作ってくれたプリンで俺の命の源なの。これを支えに俺は6日間を生き抜くつもりなんだから 」
「 え・・・ 」
なんと、ユキちゃん、心が狭い(笑)
6個って言っていたのはみんなの分とかじゃなくて、まさか自分が一日一個食べる計算だったとは。
4月とはいえ手作りだから、早めに食べなきゃダメになっちゃうと思うけど。
「 えー?教授のくせにそんなこと言うんですか?! 」
「 俺は肩書きに左右される男じゃないんだよ 」
「 学生を蔑ろにするなら学校にチクっちゃいますよ! 」
「 そんなことしてみろ。俺からの評価は得られないと思え 」
「 横暴だ! 」
「 まぁ、まぁ、こんなものはね、配っちゃったもの勝ちよ。いい?キョーコちゃん 」
「 はい、どうぞ 」
香凪さんの調子に合わせて私がすんなり差し出すと、香凪さんはクスクス笑いながらプリンを配った。
文句も言わずにユキちゃんが静観している所を見ると、やっぱりひとり占めするつもりはなかったらしい。
…あれ?一個余る。
「 ユキちゃん。これって、一個はユキちゃんの明日の分のつもりだった? 」
「 違うし。あっちのハウスで蓮が作業をしているんだ。持って行ってやって 」
「 あ、敦賀さんも来てるんだ 」
「 ん。久しぶりに今日、来たんだ 」
ユキちゃんがそう言った途端に香凪さんがユキちゃんを睨んだ。
「 だから今日わざわざキョーコちゃんを呼んだのね?ひどいわ、社教授。社くんは私の敵! 」
「 別に偶然だし。…っていうか、何だ敵って 」
「 キョーコちゃん。あなたが手を煩わせる必要はないわよ。敦賀くんならそのうちこっちに来ると思うから。所で今度、私と一緒にお買い物にでも行かない? 」
「 はい? 」
「 下着からアウターまで、キョーコちゃんにピッタリな可愛いのを一揃い買ってあげちゃうわよ♡ 私がキョーコちゃんを花のように素敵な女の子にしてあ・げ・る 」
「 やめてくれ。香凪さんに任せたらキョーコちゃんがラフレシアになりそうで嫌だ 」
※ラフレシア・・・インドネシアのジャングルで咲く、世界一大きな花。ラフレシアは寄生植物のため、葉も茎もなく、栄養や水分は他から横取りしている。
「 なにおぉ。言っておきますけどね、そういうのを偏見って言うのよ。あーあー、差別されない植物が羨ましいなー 」
これは香凪さんの口癖だ。
「 やかましい 」
「 どこがよ 」
「 クスクス。香凪さん、ありがとう。でも特にいま困ってないので大丈夫です。ユキちゃん、これ敦賀さんの所に持って行くね 」
仲良さそうな二人の掛け合い漫才に笑いながら、私はプリンを持って隣のハウスに踏み入った。
敦賀さんを見つけるのは容易かった。
思ったより近くにいたし、何しろ背が高いから。
「 敦賀さん、こんにちは 」
「 …っ……あれ、君は。どうした、こんな所に 」
「 ユキちゃんに呼ばれたんです。チューリップをあげるから代わりにプリンを持ってきてって 」
「 くす、そうなんだ 」
「 これ、凄く大きい水槽ですね。もしかしたらこっちのハウスは海洋生物学科のもの? 」
「 いや、違うよ。こっちも社教授管轄。お察しの通り、水槽の中は海水だけどね。海草だけで魚もなし 」
「 へー、海草だけ 」
「 そう。君は、海草と海藻の違いを知ってる? 」
「 はい、海藻は食べられるもので、海草は食べられないもの、ですよね 」
「 ・・・それ、社教授から聞いた? 」
「 いえ、何かでそう聞いたような気が・・・ 」
「 だよな。違うからびっくりした 」
「 違うんですか? 」
「 そう、違う。海草は植物だけど、海藻は藻類なんだ。決定的な違いは根の付き方でね、海草の根は栄養を吸収するためにあるものだけど、海藻の根は岩に固着するためのものなんだ。だから海藻は波の強い岩場のある海岸に多く生息しているんだけど、海草は波の当たらない内湾や干潟で育つんだ 」
「 えー、そうなんですか 」
「 植物って案外たくましいよ。特に海草は進化の過程でいったん上陸したものの、再び海に戻ったから、海藻の仲間がいない砂地で生育するようになったんだ 」
「 知らなかった。そんな過去があったんだ 」
「 うん。ところで、社教授ならそっちの温室にいると思うよ。そのプリン、早く持って行ってあげたら? 」
「 あ、違うんです。これは敦賀さんの分 」
「 俺の? 」
「 そうです。ユキちゃん達にはもう配りましたから。どうぞ。お口に合えばいいですけど 」
「 …って、もしかしたら手作り? 」
「 はい、ユキちゃんの好物なんです。私が作ったプリン 」
「 それは、贅沢な好物だね 」
「 スプーンもありますよ。手を洗って下さいね 」
「 はい・・・・・ 」
「 はい、どうぞ 」
「 ありがとう 、いただきます 」
「 いいえ。それと、この前は水族館でガイドをありがとうございました。とっても面白かったです 」
「 どういたしまして。どう?少しは海洋生物に興味を持ってもらえた? 」
「 はい、もうたっぷり。実はこの前、図鑑を買っちゃいました。でもすぐ後悔しちゃった 」
「 なんで? 」
「 敦賀さんの方がずっと物知りだったから 」
「 あははは。それは嬉しいな。知りたい事とかあったら何でも質問して?俺が知っている事しか教えてあげられないけどね 」
「 ありがとうございます。そのセリフ、懐かしい。私が小さい頃、ユキちゃんが良く言ってました 」
「 教授が? 」
「 そう。ユキちゃんって本当にいろんなことを知っているから、一時期色んな事を質問していたんです。たぶん私、その時なぜなに期だったのだと思うんですけど 」
「 なぜなに期(笑) あるよね、子供にはそういう時期が 」
「 それで随分困らせたと思います。どうして私にはお母さんしかいないの、どうしてユキちゃんは私のお兄ちゃんになれないの…とか、いろいろ 」
「 ・・・そう。君の家は母子家庭? 」
「 はい。物心ついた頃からずっとそうです。それが不思議でしょうがなかった。なんでお父さんが居ないのかって。それで毎日のように似たような質問を繰り返していたんですけど、そのときに良く言われたんです。俺が知っている事しか教えてあげられないんだよって。当然ですよね 」
「 そうだね 」
「 敦賀さんは・・・ 」
「 うん? 」
「 海洋生物を専攻しているのに、何がきっかけでユキちゃんの研究科に? 」
「 そうだな。この前も言ったけど、自然ってきれいに分かれてないだろ。あらゆるものが細く、太く繋がっている。例えば、海は全ての生命の母である…って、良く言うだろ、そんな風に。
最上さんは、植物の先祖を知ってる? 」
「 ユキちゃんから聞いたことがあります。植物の先祖は細胞内にシアノバクテリアという細菌を取り込んだ微生物ですよね。ストロマトライト・・・だったかな 」
「 そう。数十億年前の地球には大気中に酸素は1%もなく、二酸化炭素ばかりだった。そこに数十億年にも渡ってシアノバクテリアが光合成をしたおかげで、地球の空気の約21%が酸素になったんだ 」
「 数十億年ってすごい 」
「 スゴイなんてもんじゃないよ。水と空気は生命に無くてはならないものだ。海が母なら空気を生み出す植物は全ての命の父だと言えるかも。植物が生まれなければ空気が出来ることは無かった。つまり地球上に生物が誕生することは無かったかもしれないんだ。
こうして俺が君の美味しい手作りプリンを堪能することもきっとなかったと思うよ 」
「 ぷっ!お口に合ったのなら良かったです 」
「 美味しかったよ、ご馳走様。
たとえ動物が滅びたとしても、サバイバル力がある植物は生きていけると言われているけど、植物が無くなったら全ての生物は生きていくことが出来なくなる。それは陸に限らず海でも同じで、空気が無ければ生きてはいけないんだ。だから、判るだろ。社教授がどれだけ偉大な研究をしているのか。なんとなくでも 」
「 はい、もちろん!ユキちゃんは本当にすごいんですから!! 」
「 それは、お褒めにあずかり大変光栄 」
「 あうっ?ユキちゃん、いつの間に 」
「 お前たちがいつまでもこっちに姿を現さないから、二人きりなのを良いことにまさかよからぬことをしているんじゃないだろうな、と心配になって様子を見に来た 」
「 よからぬことって? 」
「 何事もなくてなにより、キョーコちゃん 」
「 はぁ? 」
「 社教授。俺はただ彼女お手製のプリンを頂きながら話をしていただけですよ? 」
「 そうだったみたいだな。一応言っておくが、ラフレシアに託すよりはお前の方がまだマシだと思っているだけだからな、俺は 」
「 はい?何のことですか? 」
「 ユキちゃん、何なの?それってさっきの香凪さんとの会話でしょ。敦賀さんに通じる訳ないじゃない 」
「 ・・・別に、ただ俺は、どんな花でも咲くなら綺麗に咲いてもらいたい、と思っているだけだ 」
「 そりゃあそうでしょうね、ユキちゃんなら。あ、そうだ、チューリップは? 」
言いながら私がユキちゃんを見上げると、ユキちゃんはプリンを見た時と同じような笑顔で私のことを見下ろした。
「 約束通り、好きなだけ持って帰っていいよ 」
「 わーい。色んな種類、いっぱいある? 」
「 もちろん。どうせ咲かせるなら綺麗に咲かせてあげたいからね 」
そう言ってユキちゃんは穏やかな笑顔で目を細めた。
このときユキちゃんが言わんとしていた事が何だったのか、私はさっぱり分かっていなかった。
E N D
こちらのシリーズ、もう5話完結でいいや…と考え、そうしようとしたのですが、意外にも楽しくお付き合いくださっているというお嬢様方からのお声を頂戴し、無理に短縮しない形で連載していくことにしました。
それでも恐らく10話前後で完結に至るはずかと。どうぞよろしくお願いします。
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※続きはこちら⇒農学博士の偉大な研究◇番外1
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