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番外ですけど続き物です。本編はキョコちゃん、番外はヤッシーです。
農学博士の偉大な研究◇番外1
■ 社教授誕生秘話 ■
俺、社倖一が植物に興味を持つようになったきっかけの大きな要因は、幼稚園お受験だった。
歳の頃、満3歳と言った所か。
我が家はキョーコちゃんと同じ母子家庭で、俺の父親が他界したのは俺が2歳の頃だったらしい。
らしい…というのは、俺自身に記憶が無いからだ。
けれど位牌を確認する限り、それで間違いないと思われる。
聞くところによると、死因は交通事故らしく、原因は飼っていた猫だったと聞いている。
道路に飛び出してしまったペットのアキが、轢かれそうになった瞬間に助けようと飛び出し、そのまま父は飼い猫と旅立ってしまったらしい。
母親が受けたショックは計り知れないものだっただろう。何しろ幼子を抱えた状態でペットと夫を一度に失ってしまったのだ。
それでも、生命保険金と加害者から支払われる慰謝料の他に、もともと裕福な家庭で育っていた母は、金銭面での不安がなかったこともあって俺をしっかりと育て上げなければ、という使命感を奮い立たせ、何とか保っていたのだろうと思われた。
「 さあ、倖一。今日もお勉強しましょうね 」
繰り返して言うが、俺には父親の記憶がない。
物心がついた頃には母親と二人暮らしだったから、それを疑問に思うことも無かった。
ただ、母はきっとそうではなかった。
片親になってしまったことに少なからずの負い目を感じていて、だからこそ、お受験なんてことをしようと決めたのではと思う。
「 はーい 」
「 はい、は短く! 」
「 はいっ 」
お受験対策と称した母親との勉強は、俺にとって決して楽しい時間ではなかった。
「 今日は果物の問題よ。ここに、半分に割られた果物の絵があります。ナシ、リンゴ、イチゴ、ブドウはそれぞれどれでしょう・・・ですって。じゃあ、倖一、リンゴはどれか分かるかしら? 」
「 …え…と…… 」
小学校受験とは違い、3歳児、4歳児の子供のテストに難しい問題は出されない。好きな色や好きな果物など、質問に応答できれば良しとされている。
そのため、園児受験は親が観られているテストと認識すべきなのだとか。つまり、子供の合不合は普段の子育ての結果が現れると認識すべき、ということ。
だからなのか、それとも別の意図があったのか、母が用意してくれるお勉強は途轍もなく難しく、3歳児にとっては世紀の難問と称して等しいレベルだった。
父親がいなくなってしまったことで、母子家庭となってしまったことで、母には父の分の重責も重くのしかかっていたのかもしれない。
それをたぶん俺は心のどこかで感じていて、だからやりたくないとも嫌とも言い出すことが出来ずにいた。
「 これ、かな 」
「 ・・・じゃあ、ブドウは? 」
「 こっち、かな 」
「 イチゴはどれ? 」
「 えっと、これ…かな? 」
このとき自分が答えたそれを俺は覚えていないのだけど、母親の表情だけはしっかりと記憶に残っている。
これ、これ、これ、と答えていくたび母の顔は曇ってゆき、最後には深いため息が吐き出されたあの時のことは、今も驚くほど鮮明に。
「 倖一。どうしてそうなっちゃったのかしら。いい?もう一度聞くわよ 」
結果は何度やっても同じだ。正解にたどり着ける訳がない。
母からの多大なプレッシャーを感じながらのお勉強に楽しさなんて一つもなく、母の顔色を窺いながらのそれに俺は畏怖していたと思う。
また深いため息を吐き出されるんじゃないか。いつか呆れて見放されてしまうんじゃないか。そんな恐れを抱いていた俺の体はいつの間にか小刻みに震えていた。
「 ……どうしたの、倖一。寒いの? 」
「 ちがう。さむくない 」
「 でも体が… 」
震えを止めようとしても無理だった。
驚いた母親はこの後すぐ俺を病院に連れて行ってくれたけれど
そこで医者から告げられた言葉を、母はどんな気持ちで受け止めたのだろう。
「 …心因性、ですか? 」
「 そうです。子供とはいえストレスを感じない訳ではありません。ストレスが過剰に与えられると心的外傷となって表面化するんです。お腹が痛くなったり、頭が痛くなったりなどはよく見られる症状です。震えもそれと同じだと思われます。子供は様々な症状で現状を訴えますからね 」
だからなにがストレスになっているのかを注意深く観察し、お子さんがのびのび過ごせる環境にしてあげてください。
そう言われた母は、その時なにを思っていたのだろう。
病院の帰り、しばらく母は無言だった。
俺の方からごめんなさい、というのは簡単なことだったけれど、なぜか言葉は一つも出てこなかった。
歩いてどれぐらいたった頃だろう。
突然立ち止まった母が、笑顔で俺に振り向いた。
「 倖一、スーパーに寄って果物を買って帰ろうか 」
「 ・・・うん 」
ちょうどスーパー駐車場入り口に差し掛かったあたりを歩いていた。
それで思いついたのだろうことは明白で、もしかしたらナシとリンゴとイチゴとブドウを買うのかな、と子供ながらに考えた。
もしそうならきっと家に帰ってから、またあのお勉強の続きをするのだろう。漠然とそんなことを想像しただけでまた体は強く震えた。スーパーに向かう一歩に怖気づく。
母はそんな俺の手を強引に引っ張った。
そして俺の予想通り、母はナシとリンゴとイチゴとブドウを少量ずつ買い求めた。
自宅に戻り、果物はすぐさま冷蔵庫にしまわれた。冷えている方が美味しいかららしい。
俺の予想に反して、お勉強が再開されることはなかった。
その、夜のこと。
夕食のデザートに、半分にカットされたイチゴが出された。
イチゴの断面を俺は一生懸命眺めた。覚えようとしたのだ。
「 倖一、知ってる? 」
「 ・・・・・ 」
「 イチゴにあるこの粒粒って、イチゴの種なんだよ 」
「 種? 」
「 そう、イチゴの種。だからね、この種を撒くと芽が出て、やがてイチゴがなるのよ 」
「 イチゴがなるって、なに? 」
「 イチゴが出来ることを成るっていうの。イチゴが実るってこと 」
「 イチゴが出来るの?! 」
「 そうよぉ。そしたらいちいちお買い物に行かなくても食べられるようになるのよ。すごいでしょ? 」
「 すげー、本当に?! 」
「 そうよ。撒いてみる? 」
「 撒く!撒こうよ!!イチゴの種 」
実際にはイチゴは品種改良されていて、種から育てると100%同じ品種にはならない。
またイチゴの種には休眠期というものがあって、蒔けば芽が出るという性格のものでもなかった。
けれどその時の母にも俺にもそんな知識は一切無く。
荒唐無稽な種まきが行われた。
そして次の日はナシを、次の日はリンゴを、また次の日はブドウの種をそれぞれ撒いた。
「 二人で観察日記を付けようか、倖一。どの芽が一番早く出るかな~ 」
「 わぁ、すげー。お母さん、ワクワクするね!! 」
本当にワクワクしていた。
毎日、毎日、俺は芽が出るのを今か、今かと楽しみにしていた。
結果として、芽が出たものは一つも無かったけれど、このことが俺に植物への興味を湧き上がらせた。
母と一緒にするお受験勉強はなくなっていたのに、反して俺の勉強熱は徐々に高まっていった。
とはいえ、あくまでも植物に関してだけだ。外に遊びに行くたび、公園などで植物をいじり倒す日々を繰り返した。
5歳の誕生日を迎える少し前、本屋に行って植物図鑑を買ってもらった。
子供にも分かりやすく平仮名で書かれていたその本の中に、朝顔を育ててみようというのがあった。
それを見たら実際にやってみたくなって、母におねだりして朝顔の種を買ってもらった。
その本によると、買った種を全て撒くのは間違いらしい。
種には良い種と悪い種というのがあって、良い種ほど早く芽吹くという。
それが本当かどうか確かめたくて、俺は二つの鉢を用意した。
本に書いてある通りに選別して種を撒く。するとその差は歴然だった。
良い種を撒いた方の鉢は一週間もしないうちに芽吹いたのに、悪い方の種は二週間が過ぎても芽吹きが無かった。
面白い。なんでこんな風になるんだろう。
湧き出した疑問は興味に繋がり、更なる探求心を掻きたてる。
小学校に上がって少しした頃、雑草が茂っている空き地の土を掘り返した。
そこから出て来る宝の山。土の中には様々な植物の種が埋まっていた。
夏には雑草が鬱蒼と生い茂る場所だったけれど、すべてが芽を出している訳じゃない事に俺は気づいた。
彼らは自分の育成に必要な環境が整っていることを感じ取った上で根を張り、芽を出し、双葉を開くはずなのに。
同じ環境下にあるのに、同じ種類のタネでも発芽の有無が分かれるのが不思議だ。だがそれこそが彼らなりの知恵と工夫なのである。
良い種、悪い種という認識は人のそれでしかなく、彼らにその分別など無いのだ。
なぜなら、どの種も必要な時期がくれば必ず発芽するのだから。
栄養が詰まっている種はすぐ発芽出来、栄養が足りない種は栄養を補給してから発芽するように出来ている。その証拠に、悪い種と分別されたかつての朝顔も翌年には芽を出した。
植物が発芽時期の異なるタネを生み出すのは、絶滅を避けるための彼らなりの知恵なのだ。それは種の存続を保つための工夫に他ならない。
のちに知る。
森でも草原でも田畑でも水辺でも、土中に埋まったまま発芽チャンスを窺っている生きた種のことを、シードバンクと呼ぶことを。
土壌シードバンクは何年も何十年も、時には何百年も発芽チャンスを待ち続ける。彼らは地上へ芽生えを供給し、植生を再生する役割を担っているのだ。
その逞しさ、そのしたたかさ、その慎ましさに感動を覚えた。
知れば知るほど俺の興味は膨れ上がる一方だった。
もっと知りたい。もっと気付きたい。もっともっと、勉強したい。
そういう学校に入りたい。
中学に入学した頃にはその野望が常に自分の心の奥にあり、やがて俺はLME総合大学付属高校に目を付けた。
LME総合大学は理学部が充実している。いつかそのキャンパスで本格的に自然科学を学びたいと思った。
奇しくもその学校は、かつて母が俺を入学させようとしていた幼稚園を運営していた学校法人でもあった。
意を決して母にそれを打ち明けると、母は思いの他喜んでくれた。
俺が同級生らに植物オタクと揶揄されるようになっても、母は俺がやりたいように、ただ温かく俺を見守り続けてくれていた。
ただ、母にとって一つだけ問題があった。
LME総合大学付属高校に通うとなると、通学だけに往復2時間がかかること。
片道1時間なんて普通だと俺は言ったのだけど、母は心配だったらしい。
もし事故にでもあったらと考えるだけで気が気じゃない、と言われた。
それまで父のことを母が口にした事は無かったけれど、やはり心のどこかで引っかかっていたのだろう。
俺のために、母は引っ越そうと言い出した。
それから間もなく引っ越した。俺が中学2年の冬休みのことだった。
その時期に引っ越したのは、単に料金が安かった、ということと、通っていた中学に俺が一切の未練を持っていなかったことがある。
今思えば少し薄情な気もするけれど、本当に未練など一つもなかった。
そして移住3日目の夜に、俺はキョーコちゃんと出会う。
本屋に行った帰りの夕刻。散策を兼ねてぶらぶらと歩いていたら、慣れない街で道に迷ってしまって心細くなっていた時だった。
幼かった彼女は泣きながら俺の目の前にやってきて、そのまま俺を素通りした。
「 うわぁぁぁぁ…んん…っっ…… 」
行きかう何人かの人は彼女に声をかけていたけれど、彼女はそれを物ともせず、ただまっすぐに歩いていた。泣きながら。何かを、誰かを探す風にキョロキョロしながら。そして微かに何かを訴えながら。
その力強い泣き声の大きさに惹かれた俺は、踵を返してキョーコちゃんに声を掛けた。
助けてあげたいとかそんな殊勝な思いからではなく、いま泣きたくなっている自分と同士だという、目に見えない連帯感を覚えたからだった。
「 どうしたの、どこに行くの?お母さんとかお父さんと一緒じゃないの?それとも迷子? 」
「 っっ…迷子ちがう。探してんの 」
「 なにを? 」
「 ……っ……さん、キョーコの……っっ!!どこにいるのぉぉぉ…っ… 」
やがて警察官がやって来て、キョーコちゃんは無事に保護された。
ついでに俺も保護されて、二人の母親がそれぞれを迎えに来てくれた。
と言っても、捜索願を出していたキョーコちゃんの母親が娘を迎えに来たのとは違って、俺の場合は迎えに来て、と電話をして来てもらったっていうオチだ。
キョーコちゃんが俺と同じ母子家庭だと知ったのはその時だった。
彼女は自分のお父さんを探していたのだという。
保育園で、お父さんがいないのをバカにされたのが原因だったらしく、母親が迎えに来る前にこっそり保育園から抜け出していたらしい。
「 …お父さんか。でもさすがに俺じゃ代わりになれないしな 」
「 あら、倖一、優しいのね。自分の子供の頃と重なっちゃった? 」
「 別に、そういう訳じゃ… 」
「 キョーコちゃん。このお兄ちゃん、お父さんだと思ってくれて構わないらしいわよ 」
「 ちょっと、母さん!いくら何でもそれは無茶ぶりすぎ 」
「 あら、大丈夫よ。10才も違うんだし。4歳の子に見分けなんて出来ないわよ 」
「 そういう問題じゃ・・・ 」
「 いいの?キョーコのおとーさん? 」
「 いや、無理!!いくら何でも俺まだ14歳だしっ 」
「 うれしい。おとうさん?おとうさん? 」
「 違います!!せめてお兄さんにしてくれ 」
一応、何度も違うって言ったんだ。
でも子供の刷り込みって恐ろしいよな。
俺はいま、社教授なんて呼ばれる立派なオタクになっちゃってるし、キョーコちゃんは未だに俺をなんちゃって父として慕ってくれちゃっているし。
お父さんと呼ばれるのは不本意だし複雑な心境になるんだけど。
でも、慕ってもらえること自体は嬉しいんだよ、俺は。
「 あ、そうだ。チューリップは? 」
だからって訳じゃないけど、一応気にしてるんだよ、キョーコちゃん。
俺は君の行く末を。
なぜなら、花はしかるべき時に花芽を出し
しかるべき時につぼみを付け
最も適宜な時に花開くものだから。
それを知っているから、せめて綺麗に咲けるように見守っていてあげたい。
誰にも散らされずに
誰にも邪魔をされずに
誰にも手折られたりしないように。
「 約束通り、好きなだけ持って帰っていいよ 」
「 わーい。色んな種類、いっぱいある? 」
「 もちろん。どうせ咲かせるなら綺麗に咲かせてあげたいからね 」
植物が群を為すのは、寂しがり屋だから…と言ったのは誰だったか。
けれど本当はそうじゃない。
彼らは群を為すことで互いの美しさを競い合い、そして共存の道を歩んでいるのだ。
彼らは自分たちの育成に必要な環境が整っていることを感じ取った上で根を張り、芽を出し、双葉を開き、大空を舞うように大きく呼吸を繰り返す。仲間とともに。
その逞しさ、したたかさ、その慎ましさ、その力強さが
物言わぬ植物の、物言わせぬ見事さが
今日も俺を捉えて離さないのである。
E N D
番外は連載話数外となります。
1があるということは、当然、2もありますよ。
⇒農学博士の偉大な研究◇番外1・拍手
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