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前話こちら⇒農学博士の偉大な研究【その1・その2】
農学博士の偉大な研究
■ その3 ◇生き様 ■
その日、私はユキちゃんからプレゼントされたチケットを持って水族館に出かけた。
昨日の夜にユキちゃんから何時に行く?と聞かれたけれど、判らないと答えておいた。
「 俺たちはオープン時間に合わせて行くけど、キョーコちゃんは何時に行く? 」
「 分からない。でもユキちゃん達よりは確実にあとになるかな 」
そのとき一人で本当に平気?って、何度も聞かれたけれど、平気だと自信満々に答えた。
「 本当に大丈夫!だって私はもう高校生だし。つまり子供じゃない訳だし。そんなに心配しなくていいから! 」
私はもう高校生。だから一人でも平気なのだ。
それを証明する意味も含めて、私は今年のユキちゃんからのバースディプレゼントをこれでもかと一人でじっくり、思う存分堪能するつもりでいた。
ユキちゃんに宣言した通り、オープン時間から遅れること30分で現地に到着。当然のことながら辺りにユキちゃんの姿はない。
一人で行動できちゃうなんて自分はすっかり大人だわ…なんて、ウキウキしながらプレゼント品の予約チケットを窓口に提示すると、意外なことを言われた。
「 おはようございます。これでお願いします 」
「 おはようございます。あ!はい、ガイドツアー予約のお客様ですね。ただいま係員が参りますので受付横で少々お待ちください 」
「 へ? 」
ガイドツアー?…って何ですか?
そんなの聞いてないんだけど。
あっ、判った、ユキちゃんの仕業ね?!
もう、余計なことしてくれちゃって!!
今日は一人で堪能する気満々で来たっていうのにっ。
さほどの間を置かずに、窓口近くにある係員専用ドアから大柄な男性が現れた。
見たとこ私服に見えたけど、私に向かってゴージャスマイルを浮かべ、挨拶をしてくれたその人に向かって私は思いっきり両手を振った。
「 お待たせしました。ツアーガイドの敦賀です 」
「 私、お願いしてませんから!! 」
「 ……ぷっ。本当に言った 」
「 え? 」
「 ナンバリングのついた日付指定予約チケットを一人で受付に提示した高校生ぐらいのお嬢さん。君、最上キョーコちゃんでしょ? 」
「 う…え…と、そうですけど 」
「 うん。俺は社教授の研究科に所属している敦賀蓮です。社教授がね、君は絶対お願いしてないですって言うと思うって言ってたけど、本当にその通りだったね 」
「 …っっっ!! 」
ユキちゃんめぇぇぇ~~~!!
「 でね、君に断られてしまうと俺がここに居る意味が無くなっちゃうんだ。だから断らないで欲しいんだけど 」
「 どういうことですか? 」
「 君のチケットって、もともとは俺の分だったんだ。けど俺、春休みの間だけこの水族館でバイトをしていて、だからチケットが無くても入館できるからって言って、社教授に返したんだ 」
「 !! 」
そういえば、チケットが1枚余ったって、ユキちゃん言っていたっけ。
「 でね、俺も今日、社教授や研究科のみんなと一緒に回ることになっていたんだけど、さっき社教授から君のことを頼まれてね。君が到着するのを待っていたってわけ 」
「 えー。そんな見ず知らずの私のためにどうもありがとうございます。でも私は別に結構です 」
「 …っ…うん、だからね、そこを断らないで欲しいんだよな。君のツアーガイドをするって条件で同行したとみなしてもらえるから 」
「 そんなの、今からでもユキちゃんと一緒に回ればいいじゃないですか 」
「 もちろんそれしか道がないなら初めから俺もそうしたけど。でも自分が知っていることを延々と聞かされるのって案外苦痛なものだよ。それぐらいなら自分が知っていることを偉そうに語れる方が楽しい。そう思って引き受けたんだ。
君が俺と一緒に回るのを了承してくれないとなると、俺が君を社教授の所に連れて行かなきゃいけなくなるんだけど。どっちがいい? 」
「 むぅぅぅ~~… 」
ユキちゃんめぇぇぇ~~~!!
「 そんな顔しないで。約束する。君が水族館にいる間、俺が絶対に君を退屈させないから。だから俺にツアーガイドをさせてくれる? 」
「 むむむむぅぅぅ… 」
結局、受け入れざるを得ず。
一人で堪能するつもりだった水族館を、私は敦賀さんと一緒に回ることに。
「 ちなみに今日、俺はバイトじゃないんだ。だから嫌ってほど語ってあげる 」
「 なんでそんな嬉しそうなんですか 」
「 嬉しいから。俺、本来ならツアーガイドなんて出来る立場じゃないんだ。まだ学生だからね。だからこんな機会をもらって嬉しいんだ。
ところで、君の事はなんて呼んだらいいかな。社教授と同じ様にキョーコちゃん? 」
「 やめてください。そんな子供っぽい呼び方 」
「 そう。じゃ、最上さんでいい? 」
「 はい、それでいいです 」
予定していなかった事態になって、最初のうちこそ私は拗ねていたけれど。
敦賀さんのお話は本当に面白くて、機嫌はすぐに回復した。
「 はい、次! 」
「 わぁぁ、マンボウですね!!すごい、大きい 」
「 マンボウ、知ってるんだ 」
「 当然、知ってますよ!実物を見たのは初めてですけどねっ 」
「 マンボウは大きくなると体長が3メートルを超えるものもいるから、これは少し小さめだと言えるかな 」
「 えー?2メートルで小さめ?すごーい。敦賀さん、それで、それで? 」
「 うん。マンボウの生態についてはまだ分かっていない事の方が多くて、例えばマンボウの体内には3億個もの卵があるんだけど、それを一回で産卵してしまうのかどうか、まだ分かっていないんだ 」
「 へー、3億個も?すごーい。きっとこんなに大きい体だから、それで卵も多くなっちゃったんですね 」
「 それが一概にそうとは言えない。生物が子孫を残す戦略としては、小さな卵を沢山産むか、大きな卵を少なく産むかの二通りがあるんだけど、卵が小さいとその卵から産まれる稚魚も当然小さくなるだろ。その分、捕食されやすくなる訳だから生存率が下がってしまう 」
「 わぁ、なるほど!確かに 」
「 逆に、卵が大きければそれなりの大きさの稚魚が生まれるわけだけど、卵の数が少なければ最終的に生存できる子供の数が少なくなるから絶滅の恐れが高まってしまうだろ。どちらを選択するかで運命はだいぶ変わってしまうんだ。ちなみに人間や哺乳類は後者を選択しているんだけどね。
ただ、一般的には体が大きければ生き残れる確率は上がるものだけど、マンボウに限ってはどんなに大きくなっても少しも安全ではないんだ。カツオやマグロ、カジキなどの大型魚類やサメの仲間はマンボウを捕食するし、他にもシャチやアシカなんかの肉食哺乳類もマンボウを狙うからね 」
「 ううう。それは過酷!! 」
「 マンボウが無事大人になれる確率は、1000万分の一で当たると言われている宝くじの1等に当選するより難しいと言われている。つまりこんな大きなマンボウ、見られるだけでもかなり貴重ってことだよ 」
「 すごい!じゃあご利益があるように沢山拝んでおきます!! 」
「 ぷっ。気が済むまで拝んだら次に行こう 」
「 はい! 」
「 次はクラゲコーナー。最上さんはクラゲがいつ生まれたのか知ってる? 」
「 え、知らないです。いつなんですか? 」
「 クラゲが地球に出現したのは、魚類さえまだ存在していなかった5億年も昔だと言われている 」
「 5億年?!・・・昔過ぎて想像できない 」
「 クラゲは最初、こんな小さなプランクトンで生まれて、それが岩などに付着して芽を出すんだ 」
「 目? 」
「 芽だよ。発芽。クラゲは最初、植物の種みたいな存在でね。岩にくっついてからいくつも芽を出し、それがイソギンチャクみたいな形になって、しばらくはその場に定着したまま暮らすんだ。捕食しながら徐々にお椀を重ねたみたいな形に成長していって、ある程度大きくなったところでお椀が分裂して一つ一つばらばらになり、それが泳ぎながらクラゲになっていく 」
「 へー。知らなかった 」
「 成体になるとやがて体内で卵を孵し、次の世代を生んで死んでゆく。クラゲの寿命は種類によって異なるけど、だいたい一年ぐらいってところかな 」
「 え?意外。意外と短いかも 」
「 そう?何故そう思う? 」
「 だって、ニュースで時々聞くじゃないですか。今年は海でクラゲが大量発生しています、とか。それって年寄りクラゲと生まれたばかりのクラゲが勢ぞろいした結果なのかなって、なんとなく思っていたから 」
「 なるほどね 」
「 でも違ったんですね。じゃ、海にいるクラゲはみんな一年生ってこと? 」
「 そう、でも例外もいたりするよ。ベニクラゲは死なないクラゲだということが分かっている 」
「 死なないクラゲ?! 」
「 そ。ベニクラゲは卵を孵したあと、小さく丸まってまた新たなプランクトンに戻り、その生をやり直すことが分かっているんだ。何度も何度も若返りを繰り返してベニクラゲは何度でも生涯をやり直す。
5億年生き続けているベニクラゲもいるだろうって言われているんだ 」
「 はー、5億年もなんてすごい。それこそ果てしない感じ。でも、敦賀さん。それだと海はベニクラゲばかりになっちゃうんじゃないですか? 」
「 そう思うよね。でも、いかにベニクラゲであろうとも死が訪れない訳じゃない 」
「 ・・・どうして?だって、いま何度でもやり直せるって… 」
「 そうだよ、それも確かに。そこで想像してみて。海の中でベニクラゲが波間にたゆたう。これで何度目の生だろう。何度この世界を見ただろう…。そんな風にのんびりしていると、ウミガメが近づいて来る。あ…と思った瞬間、ベニクラゲはパクッ!と食べられて一巻の終わり 」
「 な…なんと… 」
「 ウミガメの好物はクラゲなんだ。寿命がないベニクラゲにとっても死はすぐ隣にあるってこと 」
「 うわぁ、すごい自然の驚異。まさしく弱肉強食!面白ーい 」
「 最上さん、楽しい? 」
「 はい、楽しいです!敦賀さんのお話、すっごく楽しい! 」
「 そう、良かった。俺も楽しいよ。やっぱりね 」
「 敦賀さん、凄いですね。ユキちゃんの研究科は農学のはずなのに、どうしてこんなに海の生物に詳しいんですか? 」
「 俺自身は海洋生物学を専攻しているから 」
「 え。そうなんですか? 」
「 そう。でも自然って、人間が考えるほどきれいに分かれていないだろ。だからと思って社教授の研究科に飛び入りで参加させてもらったんだ。そしたら思いのほか面白くて、居座っちゃっているって感じ 」
「 そうなんだ。ユキちゃんのお話を楽しく聞けるなんてすごい 」
「 いや、実際本当に凄いんだよ、社教授。植物だけじゃない、昆虫や魚類にも精通しているんだ。少し前に鮭の遡上に連れて行ってもらったんだけど、その時だって… 」
「 鮭の遡上!? 」
「 そう。あ、話聞いてる? 」
「 誰と行ったのかは聞いてないです。遡上の話はユキちゃんが細かく説明してくれましたけど 」
「 そうか。だとしたらやっぱり君もそうなんだ。聞いたよ、うちの付属高校に入学したって。将来は君も社教授みたいに植物の研究でもするの? 」
「 えー、しないですよぉ。ユキちゃんのお話を聞いているだけでお腹いっぱいになりますから 」
「 え 」
「 それに、子供の頃からユキちゃんがどれだけ凄いか知っているから、余計に自分でやってみようなんて思わないですしね 」
「 ……そうなの?俺はてっきり…。社教授が君のこと、妹みたいで本当に可愛いって言っていたから、君も植物オタクなのかと思ってた 」
「 あははは。全然、私は普通です。それに、正直に言うと私にとってユキちゃんは、お兄ちゃんって言うより、年の近いお父さんって感じです。これを言うとユキちゃん、すごく複雑そうな顔をするんですけどね 」
「 ぷっ 」
「 今でこそ、ユキちゃんはウチの近所に住んでいますけど、出会った頃は私の家から割と離れたマンションに住んでいたんです。当時だったら歩いて10分ぐらいはかかったんじゃないかな。その頃の私はエレベーターの階数ボタンすら押せないほど小さい子供だったので、よくマンションの1階で大泣きしながらユキちゃんを探していたらしいです。そんなの、ほとんど記憶にないんですけどね 」
「 くすくす。そうなんだ。家もそれだけ離れていて、歳だって9才、10才だっけ。そんな離れているのにそれだけ懐いていたんじゃ、それはお兄ちゃんっていうより確かにお父さんの方が近いかもな。何がきっかけだったの? 」
「 えっと……きっかけ…は……っ…えと… 」
そのとき、答えに詰まってしまった。
あまりに遠い過去のことだから、記憶が定かじゃなかったってことが一番の理由だけど、でも改めて考えてみたら不思議だな、と自分でも思った。
今でこそ近所に住んでいるけれど
確かに当時、ユキちゃんは今より遠い家だったのに。
どうやって知り合ったんだっけ。私がユキちゃんに懐いたきっかけって何だった?
思い出そうとしてみたけれど
すぐ考えるのをやめてしまった。
なぜかというと、ユキちゃんと一緒に回っていたのだろう女の人たちが、敦賀さんの姿を見つけて声をかけてきたから。
「 あー、敦賀くん。子守り終わった?だったら合流しましょうよ 」
「 まだ。俺はまだガイドの途中だよ。そっちは? 」
「 あー、敦賀くん、発見!!一緒に回れると思っていたのに、社教授ったら、いきなりひどいわよね 」
「 酷くないよ。こっちの方が俺は楽しい 」
「 なによぉ!私たちといるより子供相手の方がいいって言うの? 」
「 そうじゃない。素直に学ぼうっていう姿勢の子と一緒の方が俺は楽しいって話 」
「 あら、私たちだっていま素直にお勉強の途中よ 」
「「 ねー 」」
まるほど、敦賀さんはモテるのね。
そりゃそうよね。
このルックスで、しかも物知りすぎるぐらい頭もいいし。
「 …敦賀さん。早く、次 」
「 あ、そうだね、行こう。じゃあね 」
「 あん、もう!! 」
敦賀さんを促して、早々にそこから離れたけど
何となく頭に引っかかっていたのは、見ず知らずの女の人たちに子ども扱いされたことじゃなく、自分とユキちゃんのことだった。
だけど…。
「 最上さん、この水槽見てごらん 」
「 はい 」
だけど私はまた考えるのを止めてしまった。
ツアーガイドさんの話がやっぱりすごく面白かったから。
E N D
あと2話で完結させるつもり満々。
お話の水族館を、最初は葛西臨海でイメージしていたのですけど、そこにはマンボウが居ないんですって…。ま、いっか。
⇒農学博士の偉大な研究◇その3・拍手
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※続きはこちら⇒農学博士の偉大な研究◇その4
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