SS 農学博士の偉大な研究◇番外2 | 有限実践組-skipbeat-

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 前話こちら⇒【その1その2その3その4番外1その5その6】


農学博士の偉大な研究◇番外2

■ 男の役割 ■





 俺にその話がされたのは、農林水産省からの依頼を受け、海洋生物学を専攻しているという蓮を気まぐれに連れて、鮭の遡上を見に行った日の夜だった。

 ところが宿泊ホテルに現れた来客は農林水産省ではなく外務省の人間で、その時さすがにおかしいと気づいた。



「 ・・・・国際協力、ですか 」


「 そうです。本音を言えば依頼国は畑を希望しているのですが、今はぺんぺん草すら生えない荒野。いきなりそれは無理だろうという事で、最初はとにかく生やせるなら何でもいい…ということになったのです 」


「 なるほど。それで俺に矛先が 」



 ここでようやく社会の裏が見えた。

 実は農林水産省から俺の元に依頼が舞い込むようになったのは、俺がLME総合大学で教授のポストについてからだった。

 だとしたら今までの依頼は、俺が国際協力参加に値する能力を有しているかどうかを見極められていたのだろう。



「 雑草生態のみならず、生物生態にも精通しているあなたに是非お願いしたいのです 」


「 期間は 」


「 原則として2年。延期延長をすればプラス1年 」



 はぁ?たった3年でぺんぺん草すら生えない荒野を草原に?

 どんな無茶ぶりだよ。


 思わず苦笑が浮かんだ。



「 お返事は今すぐにとは申しません。ですが、早ければ早いほどありがたい。とはいえ、準備期間なども必要でしょうから、最低でも夏前には…というところでしょうか。出発は一年後の年明け、もしくは春には…とこちらは考えています 」


「 …よく、検討してみます 」


「 よろしくお願いします! 」



 時は12月中旬。キョーコちゃんの誕生日前のこと。


 このとき俺の頭に浮かんでいたのは強烈な迷いだった。

 キョーコちゃんの誕生日プレゼントのことではなく、行くべきか、行かざるべきか。


 YESかNOか、迷った時点で答えは決まっているようなものだというのに。



 来客がひけたあと、蓮が興奮気味に口を開いた。



「 すごいですね、社教授!俺には関係のないことなのに、興奮して肩が震えちゃいましたよ 」


「 …お前なら行くか? 」


「 行きます!だってスゴイじゃないですか。自分のオタク度を国が認めたって事ですよ。自分が好きで詰め込んできた知識が、誰かの、他国の役に立つかもしれないなんて夢のような話です。しかもゼロからの挑戦なんて、ワクワクしないはずがない! 」


「 確かに、な。身に余る光栄だ 」



 本当にそう思った。

 自分のこの知識が誰かの役に立つのなら

 どこかの国の景色を豊かに変える力があるのなら

 やってみたい、ともちろん思った。



 同時に脳裏をかすめて行くのは

 まだ花開かぬ少女のこと。



「 ・・・・教授? 」


「 ん? 」


「 もしかして、乗り気じゃないんですか? 」



 自覚こそないみたいだけど

 キョーコちゃんは寂しがり屋だ。

 一人でいることを極端に嫌がる。


 それを分かっているのに

 俺だけ一人で海外へ、なんて。あまりに無情ではないだろうか。



「 そう見えるか? 」


「 見えます。どうしてですか?確か教授は独身ですよね。しかも彼女もいないと聞いています。後ろ髪を引かれるものがあるとは思えない。…あ!ひょっとしたらご家族にご病気の方がいるとか? 」


「 俺は母子家庭で母親はぴんぴんしているよ。しかもお前が言う通り独身で彼女もなしだ。当然、何も問題ないように見えるよな。たぶん、向こうもそう考えて、敢えて俺みたいな若輩者に声をかけてきたんだろう。俺、まだ20代だし。体力もそこそこあるだろうと見込んだ上で 」



 せめてあの子がもう少し大人なら。

 恋に目覚めてくれていたら。


 そう思ったけれど

 あの子が恋愛に対して消極的な態度を固辞するのは、きっと本能で理解しているからだろう。


 心を通わせた分だけ、別れは辛いものだから。

 一人ぼっちにされるつらさを彼女は味わいたくないのだ。



 それでもいつかは必ず恋に目覚める。

 そしたら俺の役目も終わる。

 それまでの間、待ってもらうって訳には…。

 いかないよな、やっぱり。



「 まさか、体力に自信がないんですか? 」


「 そんなのはどうとでもなる。けど俺、大切にしている子がいるんだよ。彼女じゃないけどな 」


「 え?!初耳です。それって、恋人未満の相手が居るって事ですか?! 」


「 全く違う。どっちかって言うと、娘以上、妹未満ってところだ 」



 実際には、妹・・・という感覚の方がずっと強い。

 出会ったのは自分が14歳、あの子が4歳。それから俺は植物たちの生態を学ぶ傍らで、ずっとキョーコちゃんの成長をも見守って来たのだ。


 その命に愛着を感じても、何ら不思議なことではない。


 しかもあの子は、植物オタクで他に取り柄など持ち合わせていなかった俺を慕ってくれた最初の子。

 人としても未熟だった俺を、キラキラした瞳でおとうさんと呼んでくれた、あの時の衝撃は一生忘れられないだろう。



 俺が小さな苦笑を浮かべると、俺の横顔をじっと見ていた蓮が柔らかく口を開いた。




「 ・・・なんかいいですね、それ 」


「 そうか? 」


「 俺、実は妹が欲しいってずっと思っていたんですよね 」


「 へぇ 」


「 実際、5~6歳の頃に母親にそれをおねだりしたことがあったらしいんですよ。父親が言うには。でも無理だったんでしょうね。俺、一人っ子ですから 」


「 俺も一人っ子だぞ? 」


「 そうなんですか。だったら余計に羨ましいですね。妹って、彼女と全然違うじゃないですか。お兄ちゃんってだけで頼りにされて、でも見返りとか求めてこない。

 妹がいる友達に言わせると、だからこそ守ってあげなきゃって使命感が疼くらしいんですけど、その話を聞いて素直に羨ましいなって。それで余計に欲しくなっちゃったんですよね、妹。まぁ、無いものねだりって奴ですね 」


「 ……っっ… 」



 そのとき漠然と、コイツで良いじゃんって思った。


 俺の代わりに

 あの子を妹のようにかわいがってくれて、守ってくれる男の役。


 今はまだ、キョーコちゃんも彼氏が欲しいと思ってはいないみたいだし。

 俺としても、そっちの方が安心だし。



「 だったら、俺の代わりにお前があの子を守ってくれるか? 」


「 ・・・はい? 」



 誰かを守りたい、と欲求する蓮の気持ちがよく分かる。

 俺も同じだから。男なら誰でもそう思うものなのだ。

 なぜなら、それが男の存在意義だから。



 地球が誕生したのは46億年も昔のこと。

 そして地球に生命が誕生したのは38億年前のことである。


 生命が現れてから約10億年もの間、すべての生命は単細胞で、全ての命がメスだった。


 母が自分と同じ遺伝子を持った子を産む単為生殖は効率がいい。好きな時に誰の助けも借りずに子供をつくることが出来るのだ。

 母と娘の遺伝子が同じということは、遺伝学上、彼女らに死は存在しなかったということになる。


 しかし、一つの生命をコピーしていくだけでは新しいものを作り出すことは出来ない。さらにコピーミスによる劣化も起こった。

 また、新しい形質を生み出すことが出来ない仕組みは環境の大きな変化に直面したとき、絶滅の危機にさらされることにも繋がった。


 事実、地球に全球凍結という壮絶な環境変動が起きたとき、それが原因で原生生物の大量絶滅がもたらされたと考えられている。

 遺伝学上の死はなくとも、物理的な死は常に隣り合わせだったのだ。


 驚くべきはこのあと、生物たちは跳躍的な進化を遂げた。



 生命は、子孫をコピーで作るのではなく、一度壊して作り直すことにした。

 だが、全く壊してしまうのでは元に戻すのが大変だから、元の個体から遺伝情報を持ち寄り、新しい生命を作るという方法を編み出した。



 それが、オス・メスという性である。


 これにより、生物に死が訪れるようになった。それが今から10億年ほど前のことだと考えられている。

 つまり死は、38億年に及ぶ生命の歴史の中で、生物自身が作り出した偉大な発明というわけだ。



 人間たちの遠い先祖は、現在のミミズやなめくじのような存在だった。


 旧約聖書によると、神は最初に人間の男アダムを作り、アダムが肋骨から妻のイブを作り出したとあるが、生物学者の誰もが、これが全くの作り話であることを知っている。



 なぜなら、もともと生命の基本仕様は女性だからだ。



 誰でも一度は聞いたことがあると思う。妊娠7週頃までの胎児の見た目は、みな女の子であるということを。

 それは生命の基本仕様が女性だからなのだ。

 すべての生物はまずメスとして発生する。


 男は、その場しのぎの急造品として、女性の体を作り変えることで無理やり作り出されているに過ぎない。

 結果、それが男の弱点の原点となった。

 女性に比べて寿命が短く、病気やストレスに弱いのはそのためだと言われている。



 事実、女性の体には全てのものが備わっているのに対し、男性体は一部を取捨選択し、改変されて作られている。

 例えば、男性はミュラー管を敢えて殺し、ウォルフ管を促成して生殖管としている。

 かくして、尿の通り道が精液の通り道を借用することになり、ついでに精子を子宮に送り込むための発射台が、放尿のための棹にも使われているのだ。



 生物の進化の過程が物語っている。

 アダムがイブを作ったのではなく、イブがアダムを作ったのだと。




 遺伝子の使い走りとして男たちは生み出された。

 女性を守りたいという気持ちが男に芽生えるのは当然のこと。それが男の役割なのだから。




『 ところで、今日は敦賀さん、いる? 』




 自分で引き合わせたくせに、いざキョーコちゃんがそう言って来たら何となく腹が立った。さもありなんだと分かっていたのに。



 生物の進化のために生み出された男たち。

 彼らにはやがて別の役目が付加された。

 食料とか、薪とか、綺麗な花とか、石とか、とにかく女性たちを喜ばすための収穫である。


 そのうち男たちは、何も収穫が無い時に女性に怒られるのが嫌で、収穫の一部を隠すという知恵を身に付けた。

 収穫が無い時には確保していたそれを渡して、怒られるのを回避するのだ。


 女性より男性の方が圧倒的にコレクター気質なのはこのせいではないかと考えられている。

 つまり男の蒐集行動は、不足や欠乏に対する男の潜在的な恐怖の裏返しと言えるのだ。


 知識を蓄えようとするのも、これの延長線だろう。

 だから男たちは自分の話にとことんまで付き合ってくれる女性に心を傾けるのだ。


 自分の存在意義を肯定してくれるその人を、とにかく守りたいと思うようになってゆく。



 女性が男に守られるのはごく自然なこと。そうと分かっているのに、それが自分でなくてもいいのだと示されると勝手ながらひどく寂しい。



 自分の中に躊躇が生まれた。蓮に託したい気持ちが鈍る。


 それを押し殺すことが出来たのは、国際協力に赴きたいという欲求があったからだった。



 自分の力を試してみたい。

 ならば誰かにキョーコちゃんを託さねばならないのだから。



 変わらずキョーコちゃんを見守りたいという気持ちはあったけれど、一方で膨れ上がる探求心を俺ははっきりと自覚していた。



 実際、思いを馳せるだけで心が弾んだ。

 今は草木ゼロの荒野でも、シードバンクが存在しない土壌などない。


 その種を見つけて

 余すことなく自分の知識と知恵を持ち寄り

 無の大地に自分の力で命を育めるかもしれない未来をこの手で引き寄せたいと思った。




「 俺の代わりをお前に頼むって言ったら、お前、引き受けてくれるか?…と言っても、あの子がそれを受け入れればの話になるけどな 」


「 社教授の代わりに…ですか。それは構いませんけど、でもその子、本当に大丈夫ですか?俺、鬱陶しいのは嫌いなんですよね。しばらく彼女を作るつもりは無いので 」


「 その方が好都合だ 」



 このとき、蓮は俺の希望する条件にぴったり合う男だと思った。

 異性としてではなく、男としてキョーコちゃんを守ってくれる方が俺としても安心できる。上手くいったら、俺は何の憂いも無く現地に赴けるかもしれない。



 二人を引き合わせて、しばらくの間

 様子を見るつもりでいた。



 キョーコちゃんに言うのはそれを見極めてからでも遅くない。


 もやもやする時もあったけど、努めて平静にしていたつもりだ。

 そして迎えた、ゴールデンウイーク2日目。

 なんの前触れもなく蓮が俺のもとにやってきた。



「 社教授 」


「 蓮。何してんだ、お前 」


「 やっぱり言っておかないと、と思って。俺、社教授の代わり、無理そうです。ご期待に沿えなくてすみません 」


「 ・・・・そうか 」



 なぜか驚きはなかった。

 このあと夕闇の中、二人で一時間ぐらい無言で作業をしていたと思う。

 片づけを済ませ、さあ帰ろうかと腰を上げた時にかかってきた冴菜さんからの電話で、俺は肝を冷やした。



「 …キョーコちゃんが?! 」


「 教授?あの子がどうしたんですか? 」


「 いなくなったらしい。俺、探してくるわ! 」


「 俺も行きます!! 」



 俺があの子を守らないと!


 それは使命感というより、むしろ義務感に近かった。

 こんな感情を蓮に持てという方にムリがある。

 それぐらい、俺とキョーコちゃんは特別な間柄なのだ。



 キョーコちゃんを探している間、それまでの思い出が走馬灯のようによみがえった。


 俺の話を、嫌な顔一つせずに聞いてくれるキョーコちゃんが、俺は本当に可愛いのだ。

 娘未満、妹以上の感情で。



「 …っ…キョーコちゃん!!! 」


「 ユキちゃん、心配かけてごめんなさい 」


「 本当に心配した!どうして家に携帯を置いて行ったりしたんだ! 」



 このとき思った。


 あの依頼は断ろう。

 この子が大人になるまで、俺がこの子を守らなければ。


 俺を父と慕ってくれるキョーコちゃんを。



 誰にも散らされずに

 誰にも邪魔されずに

 誰にも手折られたりしないように。



「 だって、うちから農学研究科までは徒歩5分しかない距離なんだもん 」



 言いながら、キョーコちゃんが俺から顔をそらし、蓮に視線を送った。


 少し心がざわついた。

 もしかしたらキョーコちゃんは、その前から送られてきていた蓮の視線に気づいて、そうしただけかもしれないのに。



 緒方から連絡をもらい、ハウス目指して駆けていたとき。俺の到着を待っていたのだろうキョーコちゃんを見つけた蓮が、俺の後ろで大きく舌を打った音が聞こえた。

 続いたつぶやきから、緒方の上着を着ていたのを見てのことだと気づいた。


 そのままキョーコちゃんに駆け寄った俺より先に足を止めた蓮が、顎をしゃくって緒方を呼び出した。

 二人は自然と俺達から離れていったが、その間、蓮はずっとキョーコちゃんを見ていた。


 キョーコちゃんと話しながら、俺は視界の端でそんな蓮を捉えていた。




『 俺、社教授の代わり、無理そうです 』



 数時間前に告げられた蓮の言葉が脳裏をよぎった。


 次いで蓮と視線がぶつかって

 急いで顔を背けたキョーコちゃんのそれを見た俺の頭の中で


 雷鳴に似た別の予感がまばゆく光った。






     E N D


このお話内に限らず、農学博士シリーズで採用している知識の半分は、私が尊敬している分子生物学者様の著書から引用しています。

その博士が先日、ニュース番組に電話出演されていたのを偶然聞き及び、一人でテンションあげてしまいました(笑)


いつか博士にお会いできる日が来たら、「10冊ぐらいあなたの著書を読破しましたが、手に入らないものがあって悲しい。新たな出版物は絶対拝読いたします!」と伝えたいです。



⇒農学博士の偉大な研究◇番外2・拍手

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※続きはこちら⇒農学博士の偉大な研究◇その7



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