SS 農学博士の偉大な研究◇番外3 | 有限実践組-skipbeat-

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 社さんsideの番外編3が本当のラスト、かも。お楽しみいただけたら幸いです。


 前話こちら⇒【その1その2その3その4番外1その5その6番外2その7その8その9その10】


農学博士の偉大な研究◇番外3

■ はらぺこあおむしの思い出 ■






 二人が結婚した翌年、キョーコちゃんが妊娠し、元気な男児が誕生した。


 久遠と名付けられた赤ちゃんは、ひと言で例えるならまさしくミニチュア蓮としか言いようがなく、会う人、会う人に将来が楽しみだと言わしめた傑物。


 そんな久遠はすくすくと成長していった。



「 ユキちゃん、お願いがあるんだけど!! 」


 そんな久遠がある日、変わらずLME大学で教鞭をとっていた俺の元にやってきた。

 ひと月ぶりに会った久遠の、明らかに大きくなっていた上背に俺は思わず目を見張った。



「 久遠。ちょっと会わない間にまたお前、背が伸びたんじゃないか? 」


「 うん。このまえ保健室で測ったら150センチになってた 」


「 はぁ?一ヶ月で5センチも伸びていたのか。びっくりだな 」



 身長は、骨の両端にある骨端線という軟骨部分が膨張することによって伸びる。

 10歳男子の平均身長は130センチと言われているから、それより既に二回りも大きい久遠の身長はけれどまだこれからも伸びるだろう。

 というのも男子の場合、骨端線が閉じるのは16歳前後だと言われているからだ。



 久遠の顔から視線を落としてふと気づいた。上背の大きさの割には実に子供らしい未完成な両腕で、久遠は昆虫の飼育ケースを大切そうに抱えていた。



「 ・・・それ、何を持って来たんだ、久遠 」


「 あおむし 」


「 あおむし?まさかそれがお願いだとか言わないだろうな? 」


「 これがお願いだよ!!お願い!協力して欲しいんだ、ユキちゃん。あおむしたちのために 」


「 おいおい、どうした。なにがあった? 」


「 実は・・ 」



 父親である蓮は海洋生物、母親であるキョーコちゃんは植物に携わる仕事をしているのに、久遠は両親の影響をさほど受けず、年頃の少年らしくもっぱら昆虫に関心を寄せていた。

 もっとも、そうなった原因はもしかしなくても俺かもしれないという自覚がある。



 細い両手で差し出された飼育ケースを覗き込み、確かにあおむしたちを確認した俺は、まだ久遠が幼かった頃にプレゼントした大人気の絵本、エリック・カールの『はらぺこあおむし』を思い出した。



 あの絵本、何度か読み聞かせてやったっけ。



「 ・・・それで?このあおむしたちが食べちゃったっていうのか?お母さんが庭で育てていたサンショウを。丸裸にする勢いで? 」


「 勢いっていうより、もう本当に丸裸になっちゃったんだ。それで母さん、カンカンに怒っちゃって。実はオレ、母さんに内緒で採集してきたアゲハの卵をそこに移していたから 」


「 黙ってそんなことをされたんじゃ、キョーコちゃんじゃなくても怒るだろう。それで?糸クズほどの幼虫が孵化したと思ったら、卵の殻を食べたあと葉っぱを食べ始めてあっという間に丸裸にしてしまった、と? 」


「 そうなんだ。オレが悪かったのは判ってる。だから、それでユキちゃんに協力して欲しくて 」


「 ダメだよ、お母さんへの謝罪なら自分でしなさい 」


「 違うよ、ユキちゃん!母さんにはもう謝った。一応許してくれたんだ。けど、問題なのはこのあとだ。さっきも言ったように母さんのサンショウは丸裸になっちゃったんだよ。でもまだまだ必要なんだ。こいつらはまだ成長途中だから。それで協力して欲しいんだ 」


「 言っとくけど、昆虫生命学科が管理している木を内緒で譲るとかは絶対に無理だからな。生徒であってもそんなことは許されていないんだ。部外者なんか論外だ 」


「 違うってば。そんなこと判ってる!だからこそ協力して欲しいんだよ、ユキちゃん。こうなってからオレ、実はルートを変えて小学校に登下校していたんだ。家々の植え込みや庭の様子をチェックする目的で。それで見つけたんだ、この前 」


「 なにを? 」


「 庭にたくさんのサンショウが植わっている家だよ!! 」


「 それで? 」


「 その家の人に事情を話して、サンショウを譲ってもらうんだ。だからユキちゃん、オレと一緒に来て!!オレ一人で行くより、大学の教授と一緒の方がもらえる確率が上がると思うから 」


「 ・・・なるほど、考えたな 」



 蝶を育ててすぐ知る事になるのは、彼らの食欲があまりにも旺盛なことだろう。

 昆虫学科のそれらを見て来た経験から、俺でもそれは承知していた。

 あおむしというのは元来、ものすごい勢いで食べる、食べる。それこそカールさんが綴った、はらぺこあおむしのように。



 けれどカールさんは、きっと昆虫少年ではなかったのだ。


 なぜかと言うと、絵本の中のあおむしは果物からお菓子から何でも手当たり次第にむさぼり食べるから。


 しかし現実の虫たちはそんな風には決して食べない。

 彼らは自分の好みに対してかたくなまでに一途なのだ。


 ナミアゲハはミカンかサンショウ、キアゲハならパセリ、アオスジアゲハならクスノキの葉しか食べない。



「 サンショウを食べるってことは、こいつらはナミアゲハになるんだな 」


「 ユキちゃん、お願い!お願いします!! 」


「 それでなんで俺なんだよ。お父さんかお母さんにお願いしたらいいだろう 」


「 ダメだよ!お父さんにお願いしたらきっと母さんは拗ねちゃうよ!私のサンショウを無残な姿にしたくせに、男同士で良いわねっていじける姿が目に見えるもん。逆にお母さんにお願いしたらきっと父さんが拗ねるんだ!お前はちっとも父さんを頼りにしてくれないなとか言って 」


「 だったら二人同時にお願いすればいいだろ 」


「 そしたら絶対に鬱陶しくなるよ!しかも絶対恩着せがましくなるに決まってる!お願い、ユキちゃん。ユキちゃんなら二人も納得してくれるから!! 」


「 ・・・それもどうなんだ 」



 軽快なクリーム色の生地に黒のストライプのナミアゲハの紋様には、並のデザイナーなど及びもつかない繊細さと大胆さが潜んでいる。

 キアゲハはサファイアとルビーのような輝かしい青と赤の斑点を散らし、アオスジアゲハは一転してシックな黒を基調にエメラルドを規則正しく並べたような緑色の縦ライン。


 蝶の翅の上に自然が成したその意匠はあまりにも美しく、あおむしが成長すると蝶になると知ったときから、久遠はそこに魅せられていたようだった。



 結局俺は久遠のお願いを撥ね退けることが出来ず。

 このあと久遠の案内でその家に二人で向かった。



 本当に甘いよな、俺も。

 久遠がキョーコちゃんの子だからって。



「 あった!ユキちゃん、ここだよ、この家! 」



 ここ、と指された家の表札を見てギョッとした。

 そこには緒方とあったから。


 予感は見事に的中して、間違いなくそこは緒方の家だった。



 こうなるとどうなるかは瞭然だ。蝶好きの緒方に事情を話したらもちろん二つ返事で了承してくれた。

 ただし、そこに大人な対応を含めたのは有難い、と思った。



「 いいよ、分けてあげる。だけど、ただではあげられないよ。代金として、うちの庭の掃除を毎日しに来てくれる? 」


「 はいっ!!します、オレ、頑張ります。よろしくお願いします!! 」



 このあと早速久遠は緒方家の庭の掃除をし、緒方が用意してくれた葉っぱを受け取った。

 それを久遠がすぐさま幼虫に与えると、よっぽどお腹を空かせていたのだろう。3匹のあおむしたちはほぼ一瞬でそれらを食い尽くした。



「 わあ、すごい元気な子たちだね 」


「 そうなんです。いつも葉っぱが一瞬でなくなっちゃうから困ってて 」


「 分かるよ。それにしてもずいぶん良い状態だ。こんなに丸々と健康的に太っているなんてよっぽど美味しいのを食べていたのかな 」


「 そんなことまで分かるの?すごいや、緒方さん! 」


「 蝶たちのことなら少しはね。このあとね、あおむしたちは脱皮を何度も繰り返してさらに大きくなっていくよ。だから庭掃除を頑張らないと追いつかなくなっちゃうぞ 」


「 はい、平気です!オレ、毎日来て掃除をします! 」


「 うん。約束!! 」


「 はは。久遠、お前やるな。その年で扶養家族を持つなんて、本当に将来有望だな、お前は 」


「 扶養家族って・・・(笑) 」




 そんな話をしたのが初夏。やがて夏休みになっても久遠は緒方家の庭掃除を欠かす事が無かったらしい。

 それが嬉しかったのだろう。緒方の方からときどき久遠にアドバイスをしていたらしかった。



 蒸し暑い夏の夜。いよいよ、というその日に俺は久遠に招かれ、緒方と三人で三つの蛹の羽化を見守った。

 蛹を見つめながら緒方が懐かしそうに目を細めた。



「 実は昔ね、僕は君のお母さんと一緒に蝶の羽化を見守ったことがあるんだよ 」


「 母さんと?そんなの初めて聞いた 」


「 偶然だったんだけどね。さぁ、見届けよう。空気を揺らさずじっとして・・・ 」



 蛹は時が近づくと、だんだんと透き通って見えるようになってゆく。

 薄い殻の中に翅の紋様をうかがわせる色が見えてくるのだ。


 それはほんの15分間ほどの出来事で、俺達は全ての蛹のそれを見逃さないよう、その夜は寝ずの番となった。




 その瞬間はほどなく訪れた。

 音もなく殻が縦に割れ始め、くしゃくしゃに濡れそぼった蝶がもがきながら巧みに蛹から抜け出してゆく。


 細い足で必死につかまりながら、せわしなく翅や触覚を動かし、まもなく翅脈に力が漲った。




 年齢差がある3人の男たちが息を殺して見守る中

 蝶はゆっくりと羽ばたき、美しい翅の内側を初めて俺たちに見せてくれた。



「 うわ、やった!!やった、やった!! 」


「 凄いじゃないか、久遠。本当にお前、ちゃんと世話してきたんだな 」


「 当たり前だよ!やり始めたら責任を持てって、いっつも二人から言われているんだから 」




 はらぺこあおむしたちが自分の食べるものを限っているのは、食べ物をめぐる無用な競争を出来るだけ避けるためだ。

 そうして彼らは分を守って棲み分けているのだ。



 そしてはらぺこあおむしが一心不乱に食べるのは、生き急いでいるからかもしれない。



 ゆく夏に間に合うよう。


 早く蝶となって、パートナーと出会えるよう。



 それはきっと間違いではない。

 なにしろ虫たちの命はひと夏よりずっと短いのだから。



 その翌年もさらにその翌年も、久遠は蝶を育てたらしい。

 けれどこの一回を教訓に、久遠はキョーコちゃんや蓮や俺に迷惑をかけないよう、自分で蝶に見合う木々を育てて世話をしていたという。



 仕事の帰りに

 ふと植え込みや街路樹の間で蝶たちに出会うと、この時の出来事を思い出してふと足を止めてしまう。




 ひらひらと低く

 高く飛び交うその軌跡を追い、せめて視界から消えるまで見守ってやりたくて。

 見送ってやりたくて。




「 あれ。そこにいるのってユキちゃんじゃん?お帰り、いま帰り? 」


「 ああ、何だ、久遠。久しぶりだな。またずいぶんでっかくなっているな、お前は 」


「 だろうね。もうほとんど父さんと変わらないよ。でもきっと俺、まだ伸びるよ。高校生になるのはこれからだし 」


「 高校と言えば、LMEを受験するんだって? 」


「 そうだよ。高校に入って、それから大学に進学して、ユキちゃんから色んなことを学ぶんだ 」


「 言っとくけど、生徒になったら俺をユキちゃんとは呼ばせないからな 」


「 もちろん、分かっています、社教授! 」


「 あら、久遠。ユキちゃんと一緒だったの?お帰りなさい、二人とも 」


「 ただいま、母さん 」


「 ただいま、キョーコちゃん・・・って言うと、なんか俺もこの家に帰って来たみたいだな 」


「 ふふ。似たようなものじゃない。だってこの家、今のユキちゃんの家と2軒しか離れていないんだから 」




 その繊細な生き様を

 力強い生命力を

 自分が守ってあげたいと考えるのは不遜だとも思うけれど



「 そうだね。今さらか 」


「 ユキちゃん、うちで夕飯一緒に食べようよ。母さん、いいでしょ? 」


「 もちろんOK。今日は蓮さん、遅くなるんですって。だから3人で食べちゃいましょ 」


「 ちょっと待て!俺、蓮に殺されたくないんだけど 」


「 大袈裟だな。大丈夫だよ、ユキちゃん。たぶん父さん、人殺しはしないから 」


「 たぶんかよ。不安が残るな 」




 俺に出来ることがあるなら全力で、と

 今でも考える俺がいる。






     E N D


社教授、まさかの独身状態ww


ちなみに、絵本のはらぺこあおむしが果物でもお菓子でも何でも食べるのは、食わず嫌いをしたり、えり好みをしたりせずに食べようね、というメッセージなのだろうなと私は思っています。



⇒農学博士の偉大な研究◇番外3・拍手

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