ぼくは占い師じゃない -28ページ目

ぼくは占い師じゃない

易のブログ……だったのですが、最近は白橋 升としての創作活動「遊星出版」の話題や日常雑記を綴っています。遊星出版のサイト(Googlesite)で作品を紹介しています。活動や作品の紹介はこちら(遊星出版公式サイト)→https://sites.google.com/view/yuusei-press

ミケ様

にゃんこ先生です。

風に秋が混じり始めました。
お元気でお過ごしのことと思います。

   ☆

今日は純卦のお話です。

通常用いられる易のシンボルは大成卦です。

大成卦のひとつひとつはタロットで言うなら、一枚一枚のカードにあたるでしょう。

基本、ひとつの大成卦で占います。

タロットで言えば「一枚引き」ということになります。

出てきた大成卦は、問いに対する回答です。

問いの内容によって、その大成卦に含まれる陰爻も、陽爻も、四象も、八卦も、そしてその大成卦自体も、どれをなにに観立ててもかまいません。

モノでも、人でも、出来事でも、場所でも、なんでも。

ここが易のむずかしさでもあります。

自由すぎる。

「なんでも」アリのままだと、このブログでのお話も進まなくなります。

とりあえずここでは、ひとつの大成卦を「ひとりの個人」として観立てることにします。

「ひとりの個人」はふつうは日常世界で暮らしています。

その成り立ちの根源に、いかに高次の構造を含んでいたとしてても、大成卦はあくまでも、まずは、この日常世界のシンボルです。

そうでなければ、実用的な占術の答えのシンボルとしては役に立たないことになってしまいます。

ハイヤーなんとかがどうしたとか、高次元の構造がどうした……な〜んて話は、ウチの子ぜんぜんいうこときかない!とか、今夜の献立はどうしよう!とか、来月の支払いは大丈夫なのか!とかいった、日々の切実な課題に対して、まったくではないにしろ(直接的には)ほとんど無力……といってもいいかと思います。

まあ要は、大成卦が意味するところはドロくさい。

俗っぽくってナンボってとこも、なきにしもあらずかと。

   ☆

きわめて大まか、雑駁には、「ひとりの個人」は肉体(物理的身体)と、往々にして「魂」と呼ばれる、非物理的身体とに分けて観ることができるかと思います。

大成卦も上卦と下卦というふたつの部分(八卦)に分けることができます。

このお話では「大成卦=個人」と観立てているわけですから、流れとして、上下卦のどっちが魂、または肉体なの?ということになります。

前回のお話では、大成卦では「下」の八卦が基盤であるという話をしました。

さて。

基盤はどっち?

肉体?それとも魂?

いろいろ考え方はあるとは思います。

ですが易システムとしては、「魂」の方を基盤としましょう、ということにしました。

つまり下卦が「魂」で上卦が肉体。

そのように観ると前回の「ファミリー」というグループなどは、魂の「家族」でもある……ということにもなるのかなあと思います。

   ☆

八卦は自然物になぞらえた性質を持つ聖霊〜エレメントであり、これが組み合わさって日常的な事象をつくりあげています。

人間という複合体も例外ではなく、皆なにがしかの八卦の性状を帯びています。

ここでようやく、今回のタイトルの「純卦」のお話です。

「純卦」というのは上下卦が同じ八卦でできた大成卦のことです。

下はその純卦の絵です。

【fig038純卦】

たとえば「乾為天」(一番左)ですが、「乾為天」というのは日本独自の呼称です。

記憶ための便宜でこのように呼びならわされています。

「乾」が卦の名前で、「天」は「乾」の正象です。
原典では単に「乾」とあるだけです。

「乾」は八卦の名前ですね(「ans005_009大成卦の成り立ち」参照)。

純卦という大成卦には、それら自身を構成する八卦と同じ名前がついている、ということです。

「乾」(という八卦は)天(という正象)を為す(になっています)という意味で「乾為天」です。

正象のおさらいもかねて列記してみます。

(絵にもあるけどね)
正象は自然物です。
説明はいらないでしょう。

漢字というのは、ほんとうにすぐれたアイコンだと思います。

乾為天
兌為沢
離為火
晨為雷
巽為風
坎為水
艮為山
坤為地

「為」という文字の左側が形而上のエレメント、右側が形而下の具体的な自然物です。

 

   ☆

大成卦をひとりの個人として観たててみましょうというお話でした。

さて、では、「純卦のような人」というのは、どんな人だろう……ということをイメージしてみます。

その大成卦を構成する上下の八卦が同じわけですから、魂の性質と、その肉体の性質が基本「同じ」ということになります。

要するに、純粋な人。

解釈を固定させてもいけないので、これ以上は書きませんが、「みえない魂がそのまま三次元時空に『スライド』して物理的身体になったような人」ということです。
(この辺のイメージは「風と羅針盤」のP48〜あたりに書きました)

だからって悟ってるとか、魂の目的を完璧に掌握していて、それを体現しているとか、そういうことではありません。

ほとんどの場合、ご本人自身はそのシンプルさに気づいていないというか……

自分で自分のことが、まったく解っていない人ともいえるかと思います。

でも周囲からは一目瞭然なんですよね。

魂がそのまま生きてるというか、純粋というか。

悟った「人」の話は……またこんど。

ではまた。


★ことば

<伝統>
純卦


★LINKS

→ミケさんの質問

→「ans005_009大成卦の成り立ち」

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「(1)易システムハンドブックV2.03」は猫乃電子出版の田邉さんが根性で作成してくれたRomancer版もあります(すいませんねえ)。
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ミケ様

いかがお過ごしでしょうか。

暑いですね。
言いたかないけど。

にゃんこ先生です。

   ☆

唐突ですがヨーロッパの四大ゲームといえば貴女は何を連想されるでしょうか。

代表的なのはチェス、カード(トランプ)、バックギャモン、ドミノでしょう。

日本で広く知られるようになったのはチェスとトランプですが、どういうわけか、残りのふたつはあまり知られていません。

ドミノに至っては「ずらっと並べて倒すアレだろ?」とか言われております。

中学の頃、日本在住のフランス人が書いた、あまり知られていないふたつ、バックギャモンとドミノの本を読んで、けっこうハマっていたことがあります。

今回はドミノのお話から始めさせていただきます。

ドミノでは各自に最初に配られた手牌<てはい>から、一定のルールで真ん中の場に順番に牌<パイ>を出していきます。

出せる牌がないときは場のパイル(山)から一枚引きます。

これをくりかえしていって、いち早く手牌を場に出し切った人がアガリ(勝者)というゲームです。

四人でやるのが一番おもしろいので、家に友達を集めてはよく遊びました。

ガッコーの文化祭ではクラスの出しものがあまりにツマラナかったので、エスケープしてにゃんこ先生の家でドミノしてたりしてました。バレて怒られました。
ドミノは並べて倒すものではありません。

ドミノ牌はサイコロの二つの面がくっついて、ひとつの牌になっています。

【fig036 ドミノの牌】

これって大成卦に似てると思いませんか。

   ☆

大成卦も八卦単位で観るとふたつの部分からできてます。

上卦と下卦。

ドミノには「ファミリー」というグループがあって、このグループをおさえておくことは、ゲームの上での戦略的にとても重要なことです。

「ファミリー」というのは、同じ目があるドミノ牌のグループです。

たとえば1のファミリーは次のようになります。

「1-1、2-1、3-1、4-1、5-1、6-1」

サイコロの目は6までです。拡張版のドミノもありますが、標準的なドミノの目も6までです。

上の図(fig036)のドミノ牌の絵は標準的なセットにおける「4のファミリー」ということになります。

 

(おっと、大事なことを忘れていました。ドミノの目って「ゼロ」もあります。のっぺらぼうの白い面ですが、今回は省略)

   ☆

易システムではドミノのファミリーをそのままパクって、六十四卦にも「ファミリー」という概念を持ち込みました。

ドミノ牌の場合、たとえば「2-1」の牌は1のファミリーであると同時に2のファミリーでもあるわけですが、易システムの「ファミリー」ではそういうとらえかたはできません。

大成卦というシンボルでは上卦と下卦はその性質が明確に異なり、「上」と「下」はドミノの目の2と1のように入れ替えることはできないからです。

易システムでは大成卦を構成する上下の八卦のうち、「下」の八卦が共通なものをひとつの「ファミリー」としました。

八卦はその名のとおり8種類あります。
大成卦の「ファミリー」も8つということです。

マスターマトリクス上では「ファミリー」は横一列に並びます。

【fig037 マスターマトリクス上の「ファミリー」(易システムハンドブック図6.51)】

「ファミリー」という名前のとおり、易システムではこの集まりをひとつの家族のようにとらえています。

伝統では一般に下卦を自分側(ホーム)、上卦を相手(アウェイ)として観ます。

内と外というとらえ方でいうなら、下卦は内で上卦は外ということになります。

時間的には、下卦が先、上卦は後。

一日でいうなら、下卦が午前、上卦が午後。

総じて常に下卦がその大成卦の基礎になっている、といっていいかと思います。

ですので大成卦の「ファミリー」は、ドミノ牌のファミリーのように上下が同列的に交換のきくものではないということになるわけです。

あくまでも下卦が主体になります。

トランプのスートのようなものともいえますが、ゲームに用いられる際のトランプのスートとちがって、八卦は単なる識別記号(マーク)ではなく「ans005_009大成卦の成り立ち」でお話させていただいたように、それぞれ固有の意味と性質を持っています。

「精霊」といってもいいかと思います。

ある特定の大成卦のファミリーは共通基盤的にその八卦(精霊)の属性を引き継いでいるものの括り(グループ)ということです。

ひらたくいえば同じ気質を持ったものの集まりです。

伝統では確かに下卦は基盤という観方はしますが、共通の下卦を持つものをひとくくりにする観方はなかったかと思います。

だからこれは易システム独特の観方ということになります。少々口幅ったい言い方になりますが。

今回は「ファミリー」の話でした。

じゃ、また。


★ことば

<伝統>
とくになし。

<易システム>
ファミリー


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ミケ様

にゃんこ先生です。

梅雨明けしたと思ったら、
狂ったようなこの暑さ。

毎年おなじみですが、
どうも人間のせいらしいよ。

   ☆

さて。

モテない、モテないと騒いでるにゃんこ先生の友達、ナマトラとちがって、大成卦には必ずペアになってるお相手がいます。

   ☆

大成卦は切れた線(陰爻)とつながった線(陽爻)を重ねてできたシンプルなシンボルです。

シンプルなのでいろんなペア(対)を想定することができます。

易システムで重視しているのは「ツイストペア」と名付けた対です。

「ツイストペア」というのは、お互いの爻の陰陽が反転関係にある大成卦どうしの対のことです。

たとえば「85:地風升(ちふうしょう)」という大成卦は、「14:天雷无妄(てんらいむぼう)という大成卦と、ツイストペアを構成する……と、そんなふうにとらえます。


【fig035 ツイストペア】

   ☆

ツイストペアをマスターマトリクス上で観ると、下の図のような配置になります。


【fig031 マスターマトリクス上のツイストペア
(易システムハンドブック図6.7)】

マトリクスの中心に目印代わりに描かれている太極図をはさんで点対称の配置になっています。

感覚的な話になりますが、この中心をはさんだ震と巽は「ans005_008風神雷神」で説明した「初期微動」にも観えます。

宇宙が宇宙自身を確認するためにはじめた、自分で自分を「つつく」という動き。

それはここから始まったと観ることもできるかと思います。

初期微動は、ありとあらゆるペア(対)を生み出しながら、マスターマトリクスの中心から辺縁部へと爆発的に広がっていった……と、そんな「物語」です。

イメージ的にはビッグバンを連想されるかもしれませんが、ぜんぜんちがうものです。

それはまた、後天動因図の「物語」とも似て非なる「物語」です((*1)後述)。

   ☆

「ミケさんへのメール」のテーマも、

「マスターマトリクス」、
「ツイストペア・ホイール」
「バリアント・マトリクス」

の3つを説明したところで、いったん終わりますよ〜ってな話を、以前にしたかと思います(「ans005_007どこまで続く?」)。

ツイストペアは、上の3つの「主要マトリクス」共通のキーコンセプトになってます。

   ☆

伝統ではツイストペアの関係にある大成卦の一方を、もう片方の、「裏卦(りか)」または「錯卦(さっか)」といいます。

にゃんこ先生の先生によれば、意味的には、背後の事情とか、がらっと変化したらこうなる、といった意味にとるそうです。

易システムでは、ペア自体に意味を付けて伝統を拡張しています(「易システムハンドブック」参照)。

加えて、大成卦を一般的な一個人と観たてて、ツイストペアを「自分の境界」の拡張の第一歩として想定しています(「風と羅針盤」参照)。

この場合、ペアになる「相手」がシンボライズしているものは必ずしも、「人」とは限りません。

仕事かもしれないし、ライフワークかもしれない。
ささやかな趣味かもしれません。

易のシンボルが示す具体物はそれこそ無限……ていうか、なんでも、だから。

その意味じゃ、にゃんこ先生の友達のもてないナマトラも、可能性は無限、ってわけです。

けっこうなことじゃあありませんか。


つづく。


★ことば

<伝統>
裏卦(りか)・錯卦(さっか)

<易システム>
ツイストペア、自分の境界


(*1)後天動因図の「物語」とは似て非なる「物語」

ことの始まりは「父母」ではなくて「初期微動」であることに留意してください。

すべての始まりはマスターマトリクスの中心の一点です。

マスターマトリクス上で「父母」=乾坤は左上と右下に位置していますがそこが「始まり」ではないわけです。

前々回の図、「fig032 八卦×2でできた六十四卦」においても始まりは八卦の乾坤(父母)ではなく、先天図の中心でした。


【fig032 八卦×2でできた六十四卦(再掲)】

中心から始まって、元型としての八卦が創られ、図上では「父母」=乾坤(これも元型の一種)はむしろ、先天というプロセスの最後で創られています。

先天(形而上学的世界)は、そこで境界を越えて「後天(形而下)」に降下。


今度は「父母」が現実世界にチューニングされた大成卦というシンボル群を創出するという構図です。

「後天動因図」は「後天」の名のとおり、父と母が出会ってから後の話がメインになってます。


★LINKS
→ミケさんの質問

→ans005_007どこまで続く?

→ans005_008風神雷神

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ミケ様

にゃんこ先生です。
梅雨明けませんね。

   ☆

六十四卦(大成卦)の成り立ちにはふたつの考え方があります。

ひとつは、八卦がふたつくっついてできたという伝統的な考え方です。

もうひとつは「加一倍法」によって一つの爻の上に一つづつ爻を積み重ねていってパターンのバリエーションを増やして、6つまで爻を乗せていったところで、64種類のバリエーションができたとする考え方です。
これも伝統だけど、比較的新しい考え方です。

   ☆

易システムでは、「どっち?」ということはあまり決めつけていません。

どっちもアリだと思います。

マスターマトリクスは、八卦ふたつの組み合わせという意味で、明らかに古い方の伝統に従った地図であるということができます。

八卦ふたつで大成卦ひとつが構成される。

この考え方は、八卦が緯度と経度のようになって、各大成卦が地図(マトリクス)上の座標点にも見えて、わかりやすいと思います。
記憶の便宜とも結びついています。

   ☆

八卦は自然物、および、その自然物に観てとることができる「性質」とも対応していて、これを「正象(せいしょう)」といいます。
正象は次のようになっています。

1:乾(ケン)→天(テン)
2:兌(ダ )→沢(タク)
3:離(リ )→火(カ)
4:震(シン)→雷(ライ)
5:巽(ソン)→風(フウ)
6:坎(カン)→水(スイ)
7:艮(ゴン)→山(サン、ザン)
8:坤(コン)→地(チ)

たとえば「豊(ホウ)」と名付けられた大成卦があります。

この卦の上卦は「震」、下卦は「離」です。

なので、その正象から、「雷火豊(ライカホウ)」といった具合に呼び習わされています。

この呼び方は日本オリジナルで、原文には「震上離下」とあるだけです。

「雷火豊」という言い方はありません。

上のリストにある数字は先天数ですが、易システムではコード番号と呼んでいて、「雷火豊」なら、「43:豊」といったり、単に「43」といったりします。

まさに「座標」です。

   ☆

シンプルで便利なので、易システムでも実用的には「大成卦=八卦×2」の図式がメインです。

だけどそれは、「加一倍法」による考え方を捨ててかかっているということではありません。

前回「ans005_008風神雷神」では、先天図から八卦×2でできた六十四卦を図示してみました(fig032 八卦×2でできた六十四卦)。

「加一倍法」で太極から両儀、四象、先天図(八卦)……と、敷衍して六十四卦を派生させると次のようになります。

手描きで一所懸命描いちゃったりして。

【fig033 加一倍法による伏羲六十四卦方位図】

加一倍法による観方で大事なのは、八卦から、唐突に六十四卦、つまり万物ができたんじゃなくて、この宇宙は、大きな陰と大きな陽のぶつかり合いでできていて、六十四卦はただそれを、より解像度をあげることで、より細かく、より詳しく、表現しているだけだってことを、イメージさせてくれるところだと思います。

そしてこの、大きな陰と大きな陽のぶつかり合いは、太古の昔に「起こった」こと……

なんかじゃなくて、

本日ただいま、リアルタイムに「今ここで」起こっている運動だということが大事なんだと思います。

絵だけではそこまでは判りませんが。
動かないので。

三次元時空内で観測される遺伝子や素粒子などの「あらわれ」、ボクやアナタ、トーチャン、カーチャン、ニーチャン、ネーチャン、独立して観える「個人」という「あらわれ」、共時性をふくむ、日々の出来事という「あらわれ」、来月の支払い(!)という「あらわれ」……

こういったもの、すべての「あらわれ」は、すべてこの、大きな陰と、大きな陽のぶつかり合いから「あらわれ」てるというワケです。

つまり、宇宙は自分で自分を「つつき回している」(「ans003_03音」参照)ということです。

で。

易という言語は、この様子すべてを記述している、と。

このあたりのことが、易が万物を占えるという理由と、ただただ占うだけじゃもったいないと、易システムが考える理由なわけです。

なんか、キレがいいから、今日はこのへんで。

じゃ、また。


★ことば

<伝統>
正象


★LINKS

→ミケさんの質問

→ans003_03音

→ans005_008風神雷神

ミケ様

お元気ですか。
にゃんこ先生です。

一昨日でしたか。
ミンミンゼミが鳴いてました。
一昨々日はヒグラシの声を聞きました。

   ☆

ちょっとブレイクが入りましたが、マスターマトリクスの話の途中でした。

マスターマトリクスです。再度掲載。

【fig027 マスターマトリクス】

これが「全宇宙」です。易的には。

前々回はこのマトリクスの対称性の話で終わりました。

その対称性が「世界は認識というものが起きる根源のレベルから、すべからく対称である(「ans003_03音」参照)」っていうことの、易システム的表現、ということになります。

でもつくづく思うけど……

「対称」ってすごいアイディアです。

「対」がなければ、おそらくなにも始まらなかったでしょう。

「何かしよう!」と思うでしょ。

即座に対が現れます。

というより、「何かしよう!」と思うこと自体、「対」です。

そこには何かするものと、されるものがあるからです。

そして「対」だからこそ、半分わかれば全部わかります。

人型が対称だからこそ、ガンダムのプラモデルは、半分の金型で製造できます(原理的には。実際はもっと複雑でそうはいきません。ミケさんは造らないね、ガンプラなんか)。

九九の表も半分ですみます(辻麻理子さんのパクリ)。思い返せばぼくも九九の半分はひっくり返して覚えた(ていうか覚え「なかった」)記憶があります。

   ☆

ところで現実の世の中を見ると対称じゃないものはいくらでもあります。

たとえば、全部反物質でできた「反宇宙」が見あたらないとか(現実の宇宙には反物質はあるケド(治療に使う陽電子とか)きわめて微量)、いつまでたっても彼女ができないスーパー裏のナマトラとか。

(ナマトラってのはにゃんこ先生の友達で、生半可なトラネコだから、ナマトラ)

こういうのを「対称性の破れ」といいます。

思うに、これはその部分が非対称になっているということではありません。

「破れ」って言い方が、「ほんとうは対称なんだけど」ってニュアンスを含んでいるように、にゃんこ先生には思えます。

相手がまだ発見(観測)されていないとか、ほんとうはすでにそこにあるんだけど、だれも気づいていないとか、探す場所がまちがってるとか、そういうことじゃないでしょうか。

つまり片割れが「存在しない」ということではないと思うわけです。

だから、にゃんこ先生は、スーパーの裏であお〜ん、あお〜んと叫んでいるナマトラを、こっそり励ましたりしています(うそ。ほんとはウルセーなあ、と、にらみつけたりしています。手(前足)は出しません。奴の方が若くてデカいからね。態度もデカイので生意気のナマでナマトラという説もあります)。

   ☆

下の絵は、マスターマトリクスの中心部分を取り出して描いたものです。

【fig034 マスターマトリクスの中心部】

「初期微動」と書かれているのが「何かしよう!」という「原初の衝動」です(「ans003_02まずそれがなければ」参照)。

震は「雷・動き・衝動」をあらわす大成卦で、巽は「風」をあらわす大成卦です。

何かしよう!という衝動があって、風が吹きます。

その動きは放射状に対称に広がっていきます。

マトリクス全体に。

宇宙全体に。

まあ……そのように観えるっていう感覚的な話ですがね。

   ☆

同じことを先天図の上で観てみると下の絵のようになるでしょう。

【fig032 八卦×2でできた六十四卦】

話は中心から始まります。

まず「初期微動」があり、震と巽があらわれます。

残りの八卦は次々と対であらわれ「最後に」乾と坤があらわれます。

乾と坤は、天と地。父と母。

「後天」と書かれた矢印は、最後にこの父と母が万物を産むということです。

この矢印の段階で六十四卦が生じます。

この図では六十四卦という万物は、乾と坤の交わりにより産まれた(八卦の組み合わせ)ということになります。

伝統的な観方の、古い方の観方です。

易システム的には乾と坤の交わりにより「ひとつのもの」の中に三次元時空という「泡」が産まれた……ということになります。

「泡」といってもはかないものだとは思わないでください。みんなの大事な作品です。

この辺の事情を球とトーラスという幾何学的立体を使って神話的に表現したのが「後天動因図」です。

   ☆

とまあコマーシャルが入ったところで、今日はこのへんで。

次回もマスターマトリクスの周辺事項の続きです。

ではまた。


★LINKS

→ミケさんの質問

 

 



→「ans003_02まずそれがなければ」

 

 


→「ans003_03音」

 

 



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ミケ様

にゃんこ先生です。

こうして、社の軒下から
小糠雨を眺めておりますと
……
眠くなります。

   ☆

ところで。

ミケさんも少し、不安になっておられるかもしれません。

『このおじさん(いやもうジジイよね)は、いったいいつまで、わけのわからないメールを私に送りつけるつもりなのかしら?』

確かに困ります。

先が見えないのは。

   ☆

端的にいって「易システム」は六十四卦のマトリクス(地図)のコレクションです。

いくつもあるマトリクスの中で主要なものは3つ。

ひとつは前回から話をしている
「マスターマトリクス」。

もうひとつは
「ツイストペア・ホイール」。

そしてもうひとつは
「バリアント・マトリクス」。

これ以外にも、いくつかマトリクスはありますが、メインという意味ではこの3つです。

メインの3つのマトリクス以外は、どうでもいいや!というわけではなくて、MAP13や後天動因図を含めて、まあ残りは、個々人の関心にあわせて、直接ドキュメントをあたっていただければいいかな、と、思っています。

関連リンクは記事の末尾にまとめるようにしています。

   ☆

で。

このメール(ブログ)・レクチャーがいつまで続くかというお話なんですが、一応、上の3つを説明したところで区切ろうかなと、思っています。

ドキュメントでいうと、

最初に書いた
「易システムハンドブック」と、
次に書いた
「風と羅針盤」のあたりまで。

ただマトリクスの説明だけして終わり!

ということではなくて、

その周辺事項で外せないものも、説明していくつもりです。

今は言葉の羅列になってしまいますが、「外せないもの」にはこんなのがあります。

◎  ツイストペア(易システム独自用語)
 特定の大成卦ふたつの対。

◎ テンプレート
 特定の大成卦4つのグループ(易システム独自用語)

◎ ベゼル
 ツイストペア・ホイールの外側にはめるリングのような概念(易システム独自用語)

◎ ホロン
 故アーサー・ケストラー氏による概念。

etc……

   ☆

今は、用語の説明ということで始まった流れの中にいます。

用語の説明ということは、すなわち、ほぼほぼ、システムそのものの説明ということになります。

   ☆

で。

いつまで続くかという話ですが、そんなこんなで、まだもう少しかかると思います。

具体的にいうと、今この時点で全体の40パーセントくらいが説明し終わった、というところ。

無駄話もありますが。

ま、そんなことで、
今しばらくおつきあいのほどを。

じゃ、また。

(うっ。今日はな〜んにも説明してないぞ)


★LINKS

→ミケさんの質問

 

 



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ミケ様

にゃんこ先生です。
いよいよ、独自用語と易の述語が増えてきます。
かならず、前に説明した言葉だけを使っていきます。
わからなくなったら、前の記事を参照してください。

   ☆

前回は八卦でできた先天図の話でした。

八卦単位で観るなら、六十四卦は「加一倍法」で爻をひとつづつ積み上げていってできるものではなく、単純に、八卦をふたつ組み合わせてできたもの、ということになります。

歴史的にも大成卦はそのようにしてできた、というのが定説のようです。
しばらくは八卦だけで運用されていただろう、ということですね。

そのようなわけで、八卦のことを大成卦に対して、小成卦<しょうじょうか・しょうせいけ>と言ったりします。

大成卦は八卦ふたつでできていると観た場合に、ある大成卦の上の八卦を上卦<じょうか>、下の八卦を下卦<げか>と言います。

八卦をコード番号(先天数)順に縦軸(列方向)と横軸(行方向)に並べて、行方向の八卦を下卦、列方向の八卦を上卦として、その交点(セル)にでできる大成卦を表の形にしたのが、「マスターマトリクス」です。

言葉の説明よりも、見てもらった方が早いと思います。

【fig027マスターマトリクス】

   ☆

マスターマトリクスは、易システムで一番基本になるマトリクス(六十四卦の地図)です。

これは結局、「伏羲六十四卦方位図」の真ん中の方陣と同じです。行列は反転しています。

【fig024_1 伏羲六十四卦方位図】

ことさらパクったわけではないのですが、「数を数える」という認識構造を持ってる存在なら、ひょっとしたら、みんな似たような結論にたどりつくのかもしれません。

マスターマトリクス、伏羲六十四卦方位図の方陣、いずれも、易の本の冒頭のインデックスでもよく見かけます。

大成卦の構造は、数理的には「加一倍法」、意味的・実用的には上下の八卦でできているということです。

   ☆

コード番号(先天数)が2進数の並びですから、それをもとにしたマスターマトリクスは、2進数の並びが基盤にあり、先天図と同じ対称性があります。

仮に陰陽の割り当てが逆になっても対称性という意味では変わりありません。

実は、陰陽の割り当てというのはあまり大きな問題ではないのです。

どういうことかというと、

0を陰爻、1を陽爻としても、
あるいは、
0を陽爻、1を陰爻としても、

反転はするけど卦の並びは一緒。

ということです。

さらに、大成卦の並びでも小成卦の並びでも、2進数の最下位の桁(ビット)を、
一番上の爻にするか、
一番下の爻にするかによって、
爻が変化していく順番は、
それぞれ、上から、下からと反転はしますが、
卦の並びは一緒です。

最下位ビットを上にするか下にするか。
0を陰爻とし1を陽爻とするのか、
0を陽爻とし1を陰爻とするのか。

陰陽を入れ換えても、最下位桁を上にしても下にしても、真理(並び)は同じ。

「ひとつのもの」を指し示します。

   ☆

今一度、八卦に戻ると、コード番号順に並んだ八卦はたとえば、下の絵のような対称性を持っています。
【fig028 八卦のシンメトリ
(易システムハンドブック図6.2)】

この八卦の並びが、マスターマトリクスの行と列になっているので、当然、その組み合わせでできた大成卦、六十四卦もマスターマトリクス上では相応の対称性を持っています。

【fig029 マスターマトリクス上の大成卦・上卦の対称性(易システムハンドブック図6.5)】

【fig030 マスターマトリクス上の大成卦・下卦の対称性
(易システムハンドブック図6.6)】

マスターマトリクスの図をじっくりながめて、楽しんでみてください。

「どこが楽しいのですか?」という質問は受付ません!(笑)

それでは、また。


★ことば

<伝統>
小成卦、上卦、下卦

<易システム>
マスターマトリクス

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ミケ様

お元気ですか。
にゃんこ先生です。
さすがに居酒屋の酒樽の上は暑い。
涼しい居場所を探さなきゃ、です。

   ☆

前回の図です。

【fig022 fig021をさらにくわしく=六十四卦(大成卦)】

下向きのハッチングした矢印と、上向きの白抜きの矢印。
巨大な陽と、それに応じて出現した巨大な陰。
巨大な陽と、巨大な陰の「ぶつかり合い」。

象徴的に2頭(匹?)の「龍」と観てもいいですね。
「22を越えてゆけ」に出てきたみたいな。

易的に観た万物です。

ところで易のシンボルって、顕在意識が「ひとつのもの」を読み取るために創られたシンボルじゃないか、と、今はそんなふうに勝手に想像しています(「ans005_001宇宙をぼくの手の上に」参照)。

それぞれ6つの爻で構成される64の大成卦は「顕在意識」のレベルにチューニングされています。
64の象徴体系を占術の仕組みとして使って、日常生活に活かせるようにするためです。

各シンボルに名前(卦名)と意味(卦辞)がつけられています。

さらに6つの爻それぞれには、文章がつけられています(爻辞)。

名前や意味や文章というのは、万物の根源である陰陽のぶつかり合いという運動をダイレクトに表現した大成卦というシンボルと、「三次元時空」=日常的物質世界とのインターフェースというわけです。

だからやっぱり、少なくとも卦名と卦爻辞は、シンボル(大成卦)から切り離せないんじゃないか、と考えを変えつつある……ということです。

「ひとつのもの」と顕在意識をつなぐ参照点をあらわすのが大成卦。

でその大成卦と日常生活をのリンクが、卦名、卦辞、爻辞。

というイメージです。

占うときは、シンボルのカタチからダイレクトに回答を読みとってもいいし(象占)、卦名・卦爻辞から読みとってもいいし(辞占)、あるいはそのふたつのアプローチをミックスしてもいい。
比率はともかく、たいがいはミックスになるようです。

そのようにして、「ひとつのもの」の特定のアスペクトを日常生活に活かせるよう翻訳すること。

それが、端的にいうところの「占う」ということです。

   ☆

話を少し戻します。

六十四卦の基盤には、八卦で表現した陰陽のぶつかり合いがあります。

六十四卦はこの「八卦で表現した陰陽のぶつかり合い」を解像度を上げてさらにくわしく表現したものでした。

「八卦で表現した陰陽のぶつかり合い」の絵をもう一度載せます。

【fig021 八卦で表現した陰陽のぶつかり合い】

大成卦が顕在意識のレベルなら、そのもとになっている八卦は、潜在意識〜元型のレベルの動きといえるでしょう。

顕在意識がとらえられる表面的な日常世界の奥には、そのもととなる潜在意識〜元型的な動きがあるということです。

表現はちがうけど、上の陰陽のぶつかり合いと、本質的に同じ事をあらわした図が周易本義に載ってます。それが「伏羲八卦方位図」です。
「先天図」と呼んでいます。

【fig025 伏羲八卦方位図(MAP13より。原画は周易本義(明徳出版)からの引用)】

「後天図」というのもあります。

【fig026 文王八卦方位図(MAP13より。原画は周易本義(明徳出版)からの引用)】

歴史的には「後天図」の方が古いです。
その辺の事情については、前回「ans005_004周易本義」で書かせていただきました。

伝説では伏羲(神様)が、八卦→六十四卦をお創りになり、文王(人間。周の王様)が卦爻辞をつけたことになっています。

   ☆

さて話は、先天図(伏羲八卦方位図)の方。

この図の一から八の順番は、易のシンボル(八卦)を2進数に見立てたときの並びになっています。
また、先天図上で相対している八卦どうしは陰陽が逆です。
それはすなわち、膜(境界)を突く指と、それに対応してあらわれた反応です。

このような数理性・対称性が後天図にはみられません。まあそこが、易システムでは、後天図ではなく、先天図をメインに据えた理由です。

陰と陽では2、四象では4、ときて、舌足らずだった「パターン」が、八卦に至って1〜8の「数」になりました。
このレベルが日常世界でおなじみの10、10進に一番近いレベルということになります。

八卦は元型って話をしましたが、その話の流れでいえば、10進すなわち「数」、「数えること」は元型レベルの行為なのかもしれません。

八卦、「乾兌離震巽坎艮坤」の順でふられた、「1(一)〜8(八)」までの番号を、「先天数」といいます。

この同じ数を、易システムでは「コード番号」と呼んでいて、大成卦は、この「コード番号」ふたつの組み合わせであらわします。

この話はまた次回に。

つづきます。
それではまた。

   ☆

★ことば

<伝統>
卦名、卦辞、爻辞、先天図、後天図、先天数
伏羲八卦方位図(先天図)、文王八卦方位図(後天図)、象占、辞占

<易システム>
コード番号

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「ans005_001宇宙をぼくの手の上に」

 

 



「ans005_004周易本義」

 

 



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ミケ様。

部分日食。
見られましたか。

梅雨。
続きます。

にゃんこ先生です。

   ☆

このシリーズを書きながらイロイロふりかえっております。改めて眺めてみると易システムでは……

宋代(11世紀)の邵雍<ショウ・ヨウ>という先生の流れをくむ「周易本義」という古典、とくにその図版に依拠していることが多いです。

「先天易」というやつです。

意味合いとしては、いままでの易が「後天」で、邵雍先生が見いだしたのが「先天」なんだ、ということです。

なにがちがうかといったら、「先天易」の方が数理的に整っているように思います。

「先天易」ってさあ、先天的にあったものを邵雍先生が「見いだした」ってことになってるそーだけど、ぶっちゃけ、あとから「つくった」んじゃね?

というのが、定説らしいです。

「伝統」という意味では、「後天易」の方です。
先天というと後天より先のようですが、実は後。
ややこしいですが。

「先天易」は易の歴史からいえば比較的新参者、ということになります。それでも1000年前の話ですが。

邵雍先生の言い分としては、

「小生の贋作とおっしゃるか。どちらに「理」があるか。とくとご覧あれ。伏羲<ふくぎ、ふっき>様は(易の創始者。ほぼ神サマ)は、もとより、この「先天」の如くいたしたはず」

ということだと思います。

邵雍先生がこう話されたかどうかは知りませんが、まあ、にゃんこ先生も邵雍先生の意見に、ほぼほぼ賛成です。

「数」として筋がとおってるていうのは、アプリオリとまではいわないけど、「根源に近い」ということだと思っているからです。

で、「周易本義」。

「周易本義」は朱子学で有名な朱子によって書かれた易の注釈書です。

邵雍先生の流れを継ぐこの先生もドラスティックっていうか、革新的です。

易経は参考書である「十翼」と、64のシンボルにつけられた本文、すなわち「経文」でできているんですが、これは切り離して考えるべきである、というのが朱子の主張です。

経文というのは、各シンボルの名前である「卦名」とともに、爻や64のシンボルにつけられた一番古い占術の言葉・文章です。

易ってさ、なんつっても占いの本なんだから、あとからくっつけられたリクツ(「十翼」)は別でさ、大事なのは経文じゃね?やっぱ。

ということだと思います。

易システムでは、当初、もうちょっとつっこんで、爻の集まりで出来た、四象や八卦や64種類のシンボルそのものと、文章つまりシンボルにつけられたコメントは、経文であれなんであれ、分けて考えるべきではないのか……としたのだけれども、今はなんだか、それもゆらいでいます。

朱子のいうように十翼は別物としても、経文まではシンボルから切り離せないのかもしれません。

経文から起こるイメージも、シンボルの一部と見なすべきなのかもしれないということです。

「まあ。一体のものですからね」

なんでもばらばらにしようとするにゃんこ先生を見て、にゃんこ先生の先生も笑っておられました。

時計を分解した(もちろんもとにもどせない)小学生の頃となんにも変わってないんだな、これが。

かみさんにきいたら、女の子はフツーそんなことはしないそうです。

   ☆

前回は八卦のお話でした。

ふつうの易の説明では、この八卦(「小成卦」)をふたつ重ねて、64種類のパターンをつくり、これを「大成卦」とした……ということになります。

「ハンドブック」内でも中途半端に、そんな説明をしております。

ですが。

易システムの場合、上記のようにナニゲに先天易にもとづいています。

なので、前回のお話の流れからいいますと、64種類のパターンができるプロセスは次のようになります。


(1) 大きな陽/大きな陰の動きを八卦を分解して解像度を上げて(爻を上に一段追加して)、4つの爻から出来た16種類のシンボルにする。
 ↓
(2) さらにそれを分解して解像度を上げて(爻を上に一段追加して)、5つの爻から出来た32種類のシンボルにする。
 ↓
(3) さらにそれを分解して解像度を上げて(爻を上に一段追加して)、6つの爻から出来た64種類のシンボルにする。


こうしてできたのが六十四卦です。
先にちょっと出ましたが、各卦は、大成卦<だいじょうか・たいせいけ>と呼ばれます。

こうやって爻を増やして、倍々でシンボルの数を増やして解像度を上げることを、「加一倍法」といいます。

【fig023 伏羲六十四卦次序図】

上の絵は周易本義からのものですが、今まで説明してきたお話が、端的に一枚の図にあらわされています。

一番下の「太極」っていうのが「ひとつのもの」。

その上の段の「陰」「陽」とあるのが、境界の発生と、境界をつつく動作。

「巨大な陰」と、「巨大な陽」です。

そこから上の段が上記(1)〜(3)の次々と解像度を増していって、「巨大な陰」と「巨大な陽」をよりくわしく観ていって、大成卦に至るプロセスということになります。

間の16種類のシンボル、32種類のシンボルに名前はなく、それが使われることもありません。
プロセスの過渡的な状態ということだろうと思います。

   ☆

結果、前回の【fig021 fig018をさらにくわしく=八卦】は、下のようになります。

【fig022 fig021をさらにくわしく=六十四卦(大成卦)】

長くなってきたので、つづきは次回にしますが、最後に周易本義からの「伏羲六十四卦方位図」と、上のfig022の対応をとった図をあげておきます。

この図ではとりあえず、円の部分だけ観てください。円の中の四角い六十四卦の方陣は今の時点では、気にしなくていいです。

【fig024 伏羲六十四卦方位図】

円周上で相対している大成卦が、陰陽反転関係(対称)であることに注意してください。

この関係は、「ひとつのもの」をつつく動作と、それに応じてあらわれた、でっぱりの対応です。


それではまた。
つづきます。


   ☆

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ミケ様

にゃんこ先生です。

「人間ドッグ」。
自分を人とかんちがいしている
ワン公のことだと思ってました。
そんなにいいかなあ、人間……
大変だと思うけどなあ……ってね。

   ☆

前回、積み残したことがあります。

前回の四象の絵です。

【fig019 根源的時間(再掲)】

左と右の絵では、少陰・少陽の表現がちがっています。伝統では左の絵になります。

少陰、少陽の「少」は、中国語では「若い」という意味だそうです。

少陰を例にとってお話します。

少陰だから、若い陰。

下の陽爻を土台と観て、その上に若い陰、つまり陰の兆しが見え始めた段階です。
季節にたとえるなら、年老いた陽(陽の極み、老陽)である夏がすぎて、そこに陰の兆しが見え始めた秋になりましょうか。

ところが右の絵だと同じ少陰でも爻の位置が逆になっています。「若い」という状態をどう表現するかで、ちがいあると考えることができます。

伝統だと若い陰または陽は上にあります。
これに対して、右の絵は、

「変化は下から起こる」
「時間はシンボルの下から上に流れる」

という、もうひとつのルールによって表現されている……ととらえることができます。

最初の兆し、まだ弱々しい変化の兆候は、下の爻から起こってくる、という表現です。

そのやり方でいくなら、老陽も老陰も、まずは、下の爻の陰陽を変化させて、それぞれ少陽、少陰になります。シンボルの表現としては伝統とは逆ですね。

「変化は下から」というのは、この先に出てくる、「十二消長卦」のルールです。
「易は逆数なり」といいます。
「変化は下から」の意味。

これも、伝統のルールです。

このように伝統の中でも、必ずしも整合が取れているわけではありません。

易システムとしては、「変化は下から」の方かな、と今では思っております。

昔、恵比寿で開いた猫集会に来ていただいた女性が見せてくれたwebサイトには、右のパターンで老陰、老陽が描かれていました。

ここには逆に描かれているけどどっちが正しいの?

というご質問でした。

サイトの詳細はわかりませんが、ひょっとしたら、「変化は下から」の方の表現だったのかもしれません。

あの時はあんまり深く考えていなかったから、サイトの記載ミスでしょう、てなニュアンスでお答えしましたが、よく考えるとその表現にも理があった、ということです。

反省。

   ☆

さて、「ひとつのもの」を仕切る境界をつついたときの話をしていました。

絵はこうでした。

【fig018 fig004をさらにくわしく=四象(再掲)】

今回は、さらにそれを詳しく観たらどうなるでしょう?というお話です。

パソコンでもスマホでもディスプレイの画素数が増えると、画像はよりリアルに、より鮮やかになります。

それと同じ事で、爻という画素を増やすと、つつく、でっぱるという動きを、より詳しく表現することができます。

画素数=爻の数を、3つにしたのが下の絵です。

【fig021 fig018をさらにくわしく=八卦】

爻の数は3つですから、シンボルのパターンは8つになります。これを八卦<はっけ>といいます。

「卦」というのは、複数の爻でできた易のシンボルのことです。

四象から比べると、中間段階のさらに中間段階ができたという感じになります。

このように陰陽は、さらに細かく、陰陽に分解して表現することができます。
これを「陰陽可分」といいます。

陰陽は入れ替え可能、「陰陽互換」ですから、どっちにしても同じ事なんだけど、fig021では、陽の方(つつく指のある方)をメインで観てます。

「ひとつのもの」はジェルで満ちているという仮定でしたので、左側に描かれた指が膜に沈み込むにつれて、同時に、別の部分で、それに応じたでっぱるという動きが起こってきます。

爻の陰陽が反転した関係にある八卦が、右側で「同時に」あらわれてくるということです。

これがすごく大事なことなんです。

「ans003_03音」で、

「世界は認識というものが起きる根源のレベルから、すべからく対称である」

と、言いました。

まさにそのことが、八卦でも起きてるってことなんです。

   ☆

八卦には、「乾兌離震巽坎艮坤<けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こん>」の名前がついています。

それぞれ、

自然物:(天・沢・火・雷・風・水・山・地)や、

人物(家族):(父・三女(少女)・次女(中女)・長男・長女・次男(中男)・三男(少男)・母)<「少」は若いの意味>

の意味がありますが、

これはその自然物や人物そのものというより(もちろんそのもののこともあります)、それらが持っている「質」をあらわしていると思っていた方がいいと思います。

たとえば、雷だったら雷そのものというより「激しい動き」とか、母だったら、うちとこのオカンじゃなくて「母性原理」とか。

   ☆

もうひとつ、大事かどうかはわからないけど、特徴的なことがあります。

「つつく」という動作の、初動。最初の動き。

これが、陽(働きかける)の側が雷(衝動)、陰(受け手)の側が巽(風)に、なってるということです。

「衝動」で「風が起きる」。

「ひとつのもの」が、「何かしよう!」と思った、「原初の衝動」を、あらわしているようにも観えます。

風神雷神というわけです。

つづきます。

それでは、また。

   ☆

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