ans005_012 純卦 | ぼくは占い師じゃない

ぼくは占い師じゃない

易経という中国の古典、ウラナイの書を使いやすく再解釈して私家版・易経をつくろう! というブログ……だったんですが、最近はネタ切れで迷走中。

ミケ様

にゃんこ先生です。

風に秋が混じり始めました。
お元気でお過ごしのことと思います。

   ☆

今日は純卦のお話です。

通常用いられる易のシンボルは大成卦です。

大成卦のひとつひとつはタロットで言うなら、一枚一枚のカードにあたるでしょう。

基本、ひとつの大成卦で占います。

タロットで言えば「一枚引き」ということになります。

出てきた大成卦は、問いに対する回答です。

問いの内容によって、その大成卦に含まれる陰爻も、陽爻も、四象も、八卦も、そしてその大成卦自体も、どれをなにに観立ててもかまいません。

モノでも、人でも、出来事でも、場所でも、なんでも。

ここが易のむずかしさでもあります。

自由すぎる。

「なんでも」アリのままだと、このブログでのお話も進まなくなります。

とりあえずここでは、ひとつの大成卦を「ひとりの個人」として観立てることにします。

「ひとりの個人」はふつうは日常世界で暮らしています。

その成り立ちの根源に、いかに高次の構造を含んでいたとしてても、大成卦はあくまでも、まずは、この日常世界のシンボルです。

そうでなければ、実用的な占術の答えのシンボルとしては役に立たないことになってしまいます。

ハイヤーなんとかがどうしたとか、高次元の構造がどうした……な〜んて話は、ウチの子ぜんぜんいうこときかない!とか、今夜の献立はどうしよう!とか、来月の支払いは大丈夫なのか!とかいった、日々の切実な課題に対して、まったくではないにしろ(直接的には)ほとんど無力……といってもいいかと思います。

まあ要は、大成卦が意味するところはドロくさい。

俗っぽくってナンボってとこも、なきにしもあらずかと。

   ☆

きわめて大まか、雑駁には、「ひとりの個人」は肉体(物理的身体)と、往々にして「魂」と呼ばれる、非物理的身体とに分けて観ることができるかと思います。

大成卦も上卦と下卦というふたつの部分(八卦)に分けることができます。

このお話では「大成卦=個人」と観立てているわけですから、流れとして、上下卦のどっちが魂、または肉体なの?ということになります。

前回のお話では、大成卦では「下」の八卦が基盤であるという話をしました。

さて。

基盤はどっち?

肉体?それとも魂?

いろいろ考え方はあるとは思います。

ですが易システムとしては、「魂」の方を基盤としましょう、ということにしました。

つまり下卦が「魂」で上卦が肉体。

そのように観ると前回の「ファミリー」というグループなどは、魂の「家族」でもある……ということにもなるのかなあと思います。

   ☆

八卦は自然物になぞらえた性質を持つ聖霊〜エレメントであり、これが組み合わさって日常的な事象をつくりあげています。

人間という複合体も例外ではなく、皆なにがしかの八卦の性状を帯びています。

ここでようやく、今回のタイトルの「純卦」のお話です。

「純卦」というのは上下卦が同じ八卦でできた大成卦のことです。

下はその純卦の絵です。

【fig038純卦】

たとえば「乾為天」(一番左)ですが、「乾為天」というのは日本独自の呼称です。

記憶ための便宜でこのように呼びならわされています。

「乾」が卦の名前で、「天」は「乾」の正象です。
原典では単に「乾」とあるだけです。

「乾」は八卦の名前ですね(「ans005_009大成卦の成り立ち」参照)。

純卦という大成卦には、それら自身を構成する八卦と同じ名前がついている、ということです。

「乾」(という八卦は)天(という正象)を為す(になっています)という意味で「乾為天」です。

正象のおさらいもかねて列記してみます。

(絵にもあるけどね)
正象は自然物です。
説明はいらないでしょう。

漢字というのは、ほんとうにすぐれたアイコンだと思います。

乾為天
兌為沢
離為火
晨為雷
巽為風
坎為水
艮為山
坤為地

「為」という文字の左側が形而上のエレメント、右側が形而下の具体的な自然物です。

 

   ☆

大成卦をひとりの個人として観たててみましょうというお話でした。

さて、では、「純卦のような人」というのは、どんな人だろう……ということをイメージしてみます。

その大成卦を構成する上下の八卦が同じわけですから、魂の性質と、その肉体の性質が基本「同じ」ということになります。

要するに、純粋な人。

解釈を固定させてもいけないので、これ以上は書きませんが、「みえない魂がそのまま三次元時空に『スライド』して物理的身体になったような人」ということです。
(この辺のイメージは「風と羅針盤」のP48〜あたりに書きました)

だからって悟ってるとか、魂の目的を完璧に掌握していて、それを体現しているとか、そういうことではありません。

ほとんどの場合、ご本人自身はそのシンプルさに気づいていないというか……

自分で自分のことが、まったく解っていない人ともいえるかと思います。

でも周囲からは一目瞭然なんですよね。

魂がそのまま生きてるというか、純粋というか。

悟った「人」の話は……またこんど。

ではまた。


★ことば

<伝統>
純卦


★LINKS

→ミケさんの質問

→「ans005_009大成卦の成り立ち」

→易システム関連ドキュメントはブログトップ(PC版)のメッセージボードから参照してください。
PDFドキュメントです。
すべて無料、閲覧、複製、配布自由です。
→こちらから。

「(1)易システムハンドブックV2.03」は猫乃電子出版の田邉さんが根性で作成してくれたRomancer版もあります(すいませんねえ)。
→こちら