2022年になり、とうとうストリーミングサービス時代が主流になっていくことがほぼ確実な昨今であるが、自分の中で消化しきれない点がひとつあるので、こうして改めて語ってみたくなった次第である。
それは、


結局のところ、音楽業界の全盛期は90年代、だったのではないか?


と、いうことである。
自分が90年代をリアルタイムで経験しているから、そう言っているのではない。

まず大前提として、自分はどの時代においても素晴らしい楽曲、アーティストは出続けていると思っている
確かに90年代はCDセールス全盛期ではあったものの、2000年代以降においても過去曲を凌駕する素晴らしい曲はたくさんあると思ってるし、2020年代になった今もそうであると思う。
特定の世代の音楽が好き、ということがあるとすれば、そのときに流行した音楽が好き、という意味であって、これらは好みの問題である。
間違っても

「昔の曲、歌手のほうが良かった」

などと言うつもりはない。


そうは言っても、何故「90年代」が自分の中で忘れられないのだろうか。。。
それは単に、自分が年をとってしまって、回顧主義に浸りたくなってしまったなのか。。
実際のところ、90年代は僕にとって少年時代にあたる(83年生まれ)ので、多感な時期に知った音楽、ということで、回顧主義という一面も現にあるのかもしれない。
しかし、それを差し置いても「90年代は最強であったのではないか」という思いが拭いきれないのである。

驚くのは、90年代以降に生まれた若い人の中に、積極的に90年代の音楽を聴いている人が、少なくない、ということだ。
もしかしたら、自分が90年代をリアルタイムで経験していたことを差し置いても、本当に、誰から見ても90年代は音楽業界として最強だったのではないか、、そのような仮説、および疑問から、この記事を書いている。


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少し話は変わるが、2022年3月下旬、サッカーワールドカップカタール大会のアジア予選が行われた。
そして、結果として予選を勝ち抜き、本戦への出場を決めた。

しかし、出場を確定させたアウェイのオーストラリア戦は、DAZNの独占配信で地上波の放送がなかった。
私は代表戦見るくらいは好きなので一応契約して見たが、お金を払ってまで見る熱心な人は国民全体から見れば少数であり、多くの人が見ることなく本戦出場の知らせをニュースで目にしたはずだ。
いやそれだけではなく試合自体があったことも知らなかった人もかなりいたはずで、だとしたら本戦出場決定のニュースもいまだに知らない人も、いやワールドカップがいつどこで行われることも、知らない人も多いだろう。
お金を払ってまではサッカーなど見ない、興味がない人からすれば、こんなものではないだろうか。

ワイドショーではこの件について取り上げ、「ニワカファン」が大切であり、地上波放送がなかったことはサッカー界の損失だ、という主張をする人までいたほどだ。

話を戻す。
キーワードは「ニワカ」だ。


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サッカーでいう「ニワカファン」というのは、普段サッカー見ないくせにワールドカップだけ応援する、という人々のことを揶揄ぎみで示した言葉だと理解している。
だが一方で、ニワカファンがいなければ、代表戦の視聴率が50%を超えることなどできないはずで、ニワカファンへのアプローチこそ、業界の盛り上がりにとって大切なことだとも言えるだろう。


昨今の音楽業界にも、同様の現象がないだろうか。
つまり、90年代にたくさん存在した音楽ニワカファンが、少なくなってはいないだろうか。


90年代と現在の、比較である。


①音楽の聴き方

90年代
CDセールスの黄金期、録音媒体が音質の劣るカセットテープだったこともあり純粋な綺麗な音源であるCDを人々は求めた。
現在当たり前のようにあるインターネットがなかったことで、音楽に触れるにはテレビかラジオ、そしてCD音源以外になかった。
カラオケが流行したことも、音楽を当たり前のように求める要因になっていた感もある。

現在
インターネットの普及により音楽の配信方法が充実されていった。
よって、CDセールスは低調、それに伴いCDレンタル店舗も減少、ストリーミングサービス(サブスク)が主流になっている。



②音楽とテレビの関係

90年代
音楽番組がそれなりの視聴率をとっていた、ドラマやCMのタイアップ曲がミリオンセラーになることが多く、テレビと音楽の相性が非常に良かった時代と言える。

現在
音楽番組そのものが少なく視聴率は低調、昨年末の紅白歌合戦は歴代最低視聴率、ドラマやCMのタイアップで話題になることはあってもテレビの視聴率自体がとれない時代である。


③アーティストの活動場所

90年代
とにもかくにもCD売り上げが第一であり、そのためのテレビ出演、ライブは今と同じように行っていたがCD売り上げが動員に直結していた時代であった。

現在
CD売り上げ至上主義なのは某アイドルかジャニーズくらい、多くはライブ活動が主であり、コロナ禍であってもフェスの舞台は用意されている。テレビ出演など一切せずにフェスやライブの動員に繋げているアーティストもいるくらいである。

最近では、ライブ活動をしなくてもSNSで活動するミュージシャンも増えてるというから、昨今の活動方法の選択肢の多様化には驚くばかりだ。


④音楽のリスナーの違い

90年代
バブル崩壊後で決して景気は良くなかったものの、当時は40代の団塊の世代、および20代の団塊の世代ジュニアが、社会を動かしていたのは事実である。
CDを購入する余裕があったのも、この世代がお金を払う余裕があったから、という面があり、だからこそミリオンセラーが頻発していたのだろう。

現在
70代になった団塊の世代が、現在の流行歌に興味を持てないのも無理はないと思う。
そして、サブスクや音楽系SNSに触れるのは主に若者世代が中心であり、少子化の影響で絶対数が少なく、それこそTikTokで話題になろうとも上の世代を含めた国民的ムーブメントになるのは困難であろう。



このように、時代が全く変わってしまった、ということが比較しても一目瞭然である。
③でも述べたように、ライブやフェスなどを主戦場にしているアーティストも非常に多く、なおかつSNSやサブスクの影響で情報が手に入りやすいので、テレビに出ずとも活動の幅を広げることができる、あるいは活動内容について選択できる(顔出ししないなど)のが、現在の音楽業界の良いところである。
繰り返すが、90年代が良くて、現在が悪い、といった話ではない。


とはいえ、①~④の状態になった結果、



音楽「ニワカ」



が極端に減ったように感じるのである。

例えば、Mr.Childrenが配信限定で「永遠」を先日リリースした。
しかし、これを聴くためには、サブスクに入会するか、配信で1曲単位で購入する以外にない。
デジタルに不慣れな高齢者層に届くのはハードルが高いと言わざるを得ない。

また、B'z「FRIENDSⅢ」が昨年末に発売されたが、発売日の配信はなかった。(数か月遅れでサブスク解禁)
よって、発売日付近で聴くためにはCDを購入するか、レンタルをするしかない。
しかし、CDの購買意欲が国民単位で下がっているうえ、レンタル屋の相次ぐ閉店により、安価で音源を入手する手段がなくなってしまった。

思えば90年代は、たった2曲入り千円のCDシングルを当たり前のように購入していたし、レンタル屋でヒット曲CDをあさるのもよく見る光景であった。
ところが、CD売り上げの低下、サブスクの台頭、アーティスト活動の多様化、これを背景にして、潜在的にいたはずの


「ニワカ」音楽ファン

つまり、音楽はとりわけ好きではないけど、気分次第で音楽を聴いてみようかなー♪層 (勝手に命名w)


にとって、音楽に触れにくい状況が出来上がってしまったのである。
その結果、音楽が好きな層は積極的に音楽に触れ盛り上がる一方で、音楽に対して熱がない層に流行歌が届かない、二極化が進んでしまった、というわけである。

90年代のヒット曲であれば、そのとき生きていればほとんどの人が知っていた。
スピッツ「チェリー」「ロビンソン」は、歌詞にそのワードが出ないにも関わらず認知されているのだから、すごいものである。

最近でいえば、90年代にいればミリオンセラーであったであろうアーティスト、をあげるとすれば、あいみょんOfficial髭男dismだ。
あいみょん「マリーゴールド」髭男「pretender」は昨今のメガヒット曲として挙げて差し支えないとは思うが、これらはストリーミング再生で偉業を成し遂げたからといって、それはあくまで「ストリーミングを聴く習慣がある人の中で」であるから、そういったものに触れない層にとっての認知度が高いのかといえば疑わしい。
そもそもCD売り上げ〇〇枚、と比較して、ストリーミング再生〇億回、というのは、一般的にどのくらいすごいのかがイメージしにくい、といった側面もある。

もちろん、ヒット曲を出してから時間がある程度経過している楽曲のほうが、最近のヒット曲よりも認知度のうえで優位にある、といった面はある。
また、④でも述べたが、若者のあいだで流行している曲、とメディアが煽ったところで、少子高齢化の影響で人数そのものが多い団塊の世代や団塊の世代ジュニアには響いてない、といった社会的構図も、このような状況を生み出してる面もあるだろう。
ありとあらゆる現在の社会的な背景が、現在の音楽業界の状況を作り出してしまった、のかもしれない。



考察のまとめとしては、




手軽に音楽に触れられなくなった業界事情、少子高齢化を背景として若者ミュージシャンがムーブメントを起こしにくい社会的背景、



これらを原因として、



音楽熱が盛り上がらない社会的な構造が出来上がってしまった



と、いうわけである。
逆にいえば、90年代は、手軽に音楽触れられる状況がつくりあげられてたうえ、団塊の世代や団塊の世代ジュニアが社会の中心であったがゆえにCD売り上げに多大な貢献をしており、結果として一番音楽業界が盛り上がっていた、というわけである。

残念ながら今は、音楽があらゆる世代の流行をつくりだす、あらゆる話題の中心にいる、という状況ができそうもないのだ。
だからこそ、「90年代音楽業界最強」という思いは募り、ただの回顧主義ではなく、俯瞰に努めて考察しても結局は同じ結論が出るのである。


ここまで書いて、まさか「少子高齢化」「団塊の世代」というキーワードを出したことに自分でびっくりしており、大学時代に適当に書いて提出した文系のレポートを思い出している(笑)
「90年代音楽業界最強」という結論を導き出したところで、自分がすることは変わらず、昔の曲も聴くし、今の曲も楽しむ、それしかない。
ただ願ってやまないのは、年代で最強とまでは言えなくても、「国民的」と言われるような音楽、アーティストが、これからも出続けてほしい。
90年代と比べて、「みんなが知ってる曲が少ない」なんて、なんと寂しい限りではないか!


90年代をもう一度、とは言わない。




音楽の国民的ムーブメントを、もう一度。

今年も、コロナに振り回されましたが、振り返りの「音楽シーンマイベスト10」やります。
昨年同様、コロナ関係で音楽業界に与えた影響、はランキングに入れない方向で。
たとえば夏フェスの中止や、フェスの物議を醸した事件、などは入ってないです。

 

バックナンバーはこちら。

2020年

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年
2014年

 

では、サクサクいきましょう。



10位:優里「ドライフラワー」がヒット

今年のブレイクアーティストといえば優里であり、「ドライフラワー」は今年を代表する曲に間違いはありません。
ところが、とある週刊誌報道で評判を落としてしまい、タイアップがなくなるわ、紅白もレコ大もなくなるわ、少しもったいなかったところがあります。
(メディア側がスキャンダルを嫌がったのか、彼側の問題なのか、わかりませんが、モヤりますね。。)

確かに各ストリーミングサービスでも年間首位を獲得しており、本来であればもっと年末にかけてさらに知名度をあげたかったところなんですけどね。
僕も注目していましたが、ランキングは下の方に一応入れておく、という形にしました。

今年の顔だと思うし、紅白くらい出してあげてもいいのに。

 

 




9位:BABYMETAL、ついにライブ封印、事実上の活動休止

ついにこのときが来てしまったか、という印象です。
背景には

・メンバーが20代前半になったこと
・コロナ禍で従来のようなライブ活動が難しくなったこと


の2点があることは間違いなく、まず「BABY」を名乗ってる以上、さすがに年齢という問題がいつか生じるのでは、と思ってました。
さらに、今年の冬には武道館公演を行ったものの、BABYMETALといえば、モッシュ、ダイブ、ウォールオブデス、というメタル文化(禁止行為ではありますが)があってこそ、という印象も否めず、コロナ禍が長引く以上、活動の在り方も難しかったのだと思われます。
特に、海外で人気であるにもかかわらず世界ツアーができない、というのは痛かったですね。

一応公式上は「解散」ではないようなので、続報を待ちましょうか。



8位:Ado「うっせぇわ」社会現象に

今年の音楽での流行と言えば

うっせぇわ

これで間違いありません。
歌詞については明らかにチェッカーズのオマージュと思われる箇所があったり、そのフレーズの覚えやすさから、世代問わず受け入れられた印象があります。
いろいろそれぞれの立場での「うっせぇわ」があるんだろうと思うし、歌詞を分析して「これは若者の歌だ」とか「いや、80年代を彷彿とさせる歌だ」とか、世代間で対立してないで、それぞれ叫んでいればいいと思う(笑)

あと、Adoさんはインターネットで知り合った面識のないsyudouさんという方から楽曲提供を受けており、そしてなんと彼は会社員!!
自分もインターネット上でコラボしたことがあるので、これは非常に夢がある話ですねぇ。。

 

 



7位:坂元裕二作品映画からAwesome City Clubがブレイク

楽しみにしてた「花束みたいな恋をした」が1月に公開されると、高評価、ロングヒット、となり、坂元裕二ファンとしては非常に嬉しかったわけです。
この映画には主題歌はありませんが、インスパイアソング、としてAwesome City Club「勿忘」が起用され、音楽番組でたくさん流れ、ライブに引っ張りだこ、紅白出場、と大ブレイクしました。

このブレイクには大変驚きました。
というのも、昨年10月のBAYCAMPにて、Awesome City Clubを生で見ていたのです。
そのときはシティポップでとても素敵な音楽だな、と思いましたが、BAYCAMP自体がサブカル的なミュージシャンばかりが出ていたので、まさかその数か月後にこんなことになるとは!と思いました。
良い音楽はその都度発掘していくのは大切ですね。

 

関連記事

「花束みたいな恋をした」~音楽好き&坂元裕二ファンの考察

 

 

 




6位:Hakubiというバンドと出会う~メジャーデビュー

個人的な趣味のランクインです。
今年は、Hakubiというバンドと出会い、心が揺さぶられた年になりました。
今後聴き続けるにあたって、Hakubiとの音楽との出会いは、僕の人生にとってとても大きいターニングポイントになりそうな予感さえあります。

9月にアルバム「era」でメジャーデビューしたわけですが、新人、バリバリ若手、というタイミングで好きになったアーティストって今までいなかった気がしますし、そういった意味で、バンド発掘の醍醐味を感じました。
過去記事で彼らの魅力については書き尽くしているのですが、やはりVo.片桐さんの苦しさを正直に歌にする、というのは胸が熱くなるものがあります。

将来有望、そして多くの人の心を救うであろう音楽を奏でるHakubiというバンド、ぜひ覚えておいてください。

 

関連記事

生きづらさに正直である"Hakubi"というバンドの魅力

 

 

 

 

 

 

 



5位:アイナジエンド1stAL~ソロライブ活発化

BiSHの中で、非常に表現力豊かで歌声に魅力のあるアイナちゃん
かねてよりソロデビューを切望していましたが、今年ついに待望の1stアルバムがリリースされ、ソロコンサートも開催、行ってまいりました。

彼女は楽器があまりできないそうなのですが、それでも「金木犀」「きえないで」と、心に染みる歌がつくれるのですから、元々歌づくりのポテンシャルがあるんだと思うんですよね。
あまり自信なさそうなコメントが気になるのですが、全力で歌の世界に憑依するパフォーマンスは非常に魅力的で、自信もってもっと音楽活動で才能を開花させてほしいですね。

 

 

 



4位:宮本浩次は小林武史プロデュースでベッタリ、中年の底力を魅せる

Mr.Childrenのプロデュースを離れ、いろんなアーティストのプロデュース業を転々と(?)していた小林武史さんですが、今はエレカシの宮本浩次さんのプロデュース業に専念しているようですね。
コバタケファンとして要注目なのですが、どちらかといえば宮本さんの方が小林さんを信頼しきっている印象があります。

そして、今年ついに気づいてしまったのです、彼の魅力に。。。


小林武史プロデュースといえば、Mr.Childrenしかり、音楽性的にはオーバープロデュースではないか、という賛否両論がつきものでした。
しかし、彼の歌を聞いていると、確かにコバタケサウンドだなぁとは思うんですが、サウンドを凌駕する


「宮本浩次」個人が放つ力


ビブラートを使うことなく歌われるその歌声は、オーバーと言われていたコバタケサウンドを圧倒し、さらになりふり構わず転げまわりながら歌うその姿は、


まさに中年男性の希望


であり、歌詞も力強いことも相まって、すごく魅力的に感じました。
世間一般的に疲れているイメージが強い50代男性、このタイミングでの再ブレイクには、とても意味があることなのではないかと思うわけです。
僕も中年世代に差し掛かってるわけで、まさに男の希望ですね。力をもらえます。

今年も紅白出場!流石見てる人は見てますね。

 

 

 



3位:Official髭男dism、安定的ヒットも「Cry Baby」で唸らせる

Official髭男dismは、今年も安定的なヒットを飛ばしました。
先日横浜アリーナでのコンサートに行ってきたのですが、短期間でpretenderをはじめ多くのヒット曲を量産し、メンバーの優等生感をはじめ、幅広い世代に受け入れられたバンドって、

Mr.Children以来ではないか!!??

とふと思いました。
ミスチルの94~97年あたりの「なんでも売れる」現象は、今のヒゲダンの売れ方と重なるわけです。
もちろん、セールスで人気の指標が図れる時代だから比較は難しいですが、きっと90年代だったらミリオンを量産していたはずです。

そして、今年こんなに高順位にしたのは、


Cry Baby


という楽曲の登場でした。
人気は安定していたとはいえ、それなりのイメージが確立していたヒゲダンを、ここにきてぶち壊しました。
この楽曲は、音楽ファン、もっと言えば音楽のコード解析に詳しい人たちを唸らせ、困惑した人もいたかもしれません。

転調につぐ転調、思いつくのが難しいメロディとコード進行、どうしてこれが思いつくのか。
そしてタイアップとなったアニメ「東京リベンジャーズ」と雰囲気がマッチしており、アニメファンからも高評価。

できれば紅白で披露してほしかったんですが辞退してしまいましたね。。

 

 

 


2位:赤い公園解散

昨年10月に津野米咲さんが逝去され、それでも昨年末のCDJ出演(結果的に中止)に意欲を見せるなど、バンドの動向が注目されていた

 

「赤い公園」
 

とうとう春に解散を決意し、5月に解散コンサートをすることに。
このコンサートは配信で見ましたが、「寂しい」というより「悔しい」と思いました。

「津野米咲のない赤い公園は、もはや赤い公園ではないのではないか」

メンバーの発言は一理あるかもしれませんし、メンバーの意向は尊重したいと思いますし、これで仕方がなかったのだとも思います。
ですが、コンサートを見た後、「赤い公園はポテンシャルのあるバンドだった」ことを再認識してしまい、「なんでこうなってしまったのか、、」と、津野さん逝去を悔やむところに戻ってしまいました。

そして3名の仲が良いわけだし、新曲はつくることはできなくても


1夜限りの再結成


などは、今後あってもいいのではないかなぁ、とちょっと思いました。
あと、石野理子さん、このまま音楽業界で埋もれてしまうのは、もったいないなぁ、とも。。

関連記事
津野米咲を失った音楽業界の喪失、悲しみは大きい

 

 

 







そしてそして、これは世間的にはそんなホットではなくても、個人的にかなり燃え上がったこちらが1位です。








1位:B'z × Mr.Children 世紀の対バンが実現



先日、この歴史的対バンについての考察を記事にしたのが記憶に新しいところです。
(熱く語らなければ気が済まなかった。。。笑)

 

B'z × Mr.Children UNITE~すれ違い続けた30年間を考察

 

90年代を知っている者として、


これは

ありえない共演で、

歴史的な共演で、

かなり心を熱くさせた共演だった



と、強く言いたいです。
CDセールスに勢いがあった90年代、2組のヒット曲は他のアーティストより群を抜いていて、ともに黄金期と呼ばれる時代を過ごしていました。
そして、B'zとMr.Childrenは、そんな状態にいながら、置かれた状況が異なっていたこともあり、両者がともにステージにあがることは、想像ができなかったのです。(詳しくは記事を見て、、)

ミスチルの桜井さんは、稲葉さんの対談において

「トーナメントの反対側にいる(くらい接点がなかった)」

と表現してましたが、まさにその表現がその通りだなぁと思っていて、2組とも人格者で素敵な大人で敵対してないのに、縁がなくすれ違っていたんだなぁ、と。
そして、時を経て共演が実現したこと、なんと感慨深いものだったでしょう!

稲葉さんが「Everything」を桜井さんが「さまよえる蒼い弾丸」を、歌う??
大人の事情もあるかもしれませんが、これは円盤化希望したいですねぇ。。

あと、無事開催できたこと、配信があったこと、これが何より良かったです。
ちなみにB'zの対バン企画はもう1組、GLAYとの横アリ公演があったのですが、こちらは元々交流が昔からあったので意外さはありませんでした。。
(あ、GLAYがどうこうではなく、あくまでミスチルとB'zという組み合わせが衝撃的だと思った、という意味です^^)

 

 

 

 

 

 



今年もコロナ禍の一年で、何故か今は少し落ち着いてますが、昨年に続き異常な一年が続きましたね。。
でも、エンタメ界の影響に関しては、楽観はできないけどやや希望も見えつつある?のではないかと。

たまに長文コラムを2か月に1回のペースで執筆する、というこのスタンスにも慣れてしまって。
他ブログに引っ越しも考えたけど、まぁ面倒だし、このままでいいかと(笑)

んな感じで、大変なこともありますが、時には音楽に癒されながら引き続き頑張っていこうかなと。
少し早いですが、お疲れ様でした。



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2021年マイベストアルバム

1.THE END /アイナジエンド
2.縦横無尽 / 宮本浩次
3.era / Hakubi
4.夜行秘密 / indigo la End 
5.ぐされ / ずっと真夜中でいいのに。
6.THE BOOK / YOASOBI
7.Editorial / Official髭男dism
8.odds and ends / にしな
9.FIZZY POP SYNDROME / 秋山黄色
10.WHO? / いきものがかり


次点
scent of memory / SEKAI NO OWARI
55 STONES / 斉藤和義
FOREVER DAZE / RADWIMPS


特別賞
松本隆作詞活動50周年トリビュートアルバム「風街に連れてって!」



 (EP、ミニアルバムを除く)

去る9月18日と19日、大阪城ホールにて、とある歴史的なコンサートが行われた。


B'z presents UNITE #01


と題し、


B'z × Mr.Children


という2大ビッグバンドによる対バンが行われたのだ。
そしてその模様は10月4日より配信され、鑑賞した後、あまりにも心が震えるほどの感動を覚えたのでこれを書いている。
(今回も敬称略でお届けする)

 

 

 



この夢の対バンの実現には伏線があった。
稲葉浩志による「en-zin対談」という企画で、Volalist対談にMr.Childrenの桜井和寿がゲストに迎え入れ、1時間強、興味深い会話を繰り広げていたのだ。

 

 

 


その中でコロナ禍によるコンサート実施に双方とも迷っているようで、どちらもワンマンライブを実施することにはその時点では消極的のようだった。
そしていよいよ動き出すにあたって、B'z側が「やるなら是非一緒に」とMr.Chidren側にオファーした、という流れだったと推察するし、Mr.Chidrenが快諾したのはとても自然な流れだったように思う。
だから対談から対バン発表はさほど驚きではなかったが、この30年間の歴史を改めて振り返ると、

「ありえない共演」

であり、それが実現したことに非常に胸が熱くなったのだった。
よって、こうしてすれ違いの歴史を考察してみたくなった次第である。


それほどまでに、B'zとMr.Chidrenは、すれ違い続けた30年間だった。
この2組は絶対に敵対などしていないし、メディア側も敵対させてた記憶もなく、本当に縁がなく、ただただすれ違っていただけの2組だったと感じる。

まず誰もが思いつくのが「音楽性の違い」であろう。
一言でいうなら、


ロックで大衆に受け入れられたB'z

ポップで大衆に受け入れられたMr.Chidren


松本孝弘の非常に激しくダイナミックなギターと稲葉浩志によるシャウトを交えながらの熱唱は「ロック」日本代表の立ち位置を揺るぎないものにしていた。
一方で、桜井和寿作詞作曲による優しい日本語、主張しないギターと、時に強く時に優しいボーカルは「ポップ」日本代表、という立ち位置で間違いなかった。
だからこそ、2大ロックバンド、と誰もが認める位置にいながら、音楽性としてお互いの良さを殺してしまいそうな予感さえあったため、あまり共演を望む声は聞かれなかったように思う。

しかし、音楽性以外にも、お互いの歴史を紐解けば、すれ違うのは必然と思えることが沢山出てくる。
いくつかの項目に分けて、振り返っていきたい。



①変わった売れ方をした2組~流れに身を任せたB'zと、小林武史に導かれすぎたMr.Chidren

この2組の共通点のひとつは、変わったブレイクの仕方をした、ということがある。

B'zについては、元々TM NETWORKのサポートギタリストとしてプロで活動していた松本孝弘が、歌手志望だった稲葉浩志と出会い組んだ、いわばスカウト方式で急遽組むことになった即席ユニットである。
出会って4か月後に1stアルバム「B'z」をリリースすることになるが、あまりに制作時間をかけることができずにお世辞にもクオリティは高いものとは言えず、本人たちもその苦労を認めている。
経験を積む中で音楽性は洗練されていくわけだが、稲葉の声質の変化の著しさ、ポップからロックテイストへの変化、など、音楽性の変化がめまぐるしかった。

このようにB'zは、現在のロックの音楽性にたどり着くまでに、ポップに寄ったり、洋楽から影響を受けてみたり、歌詞にインパクトをもたせるのを試してみたり、かなりそのときの試行錯誤が音楽に反映されていると感じ相当な紆余曲折があったことがうかがえる
B'zはユニットとしての在り方を模索している中でブレイクし、売れ続けながら音楽性を確立させていた印象がある
ポップかつ打ち込み主体の「BE THERE」「太陽のKomachi Angel」などは、今聴くと別人が歌っている、あるいはつくっているかのような錯覚を覚えるほどに、音楽性が今と違う。
初期のB'zの音楽は、ポップな音楽を好む方はハマるかもしれないので是非聴いてみてほしい。


Mr.Childrenについては、インディーズバンドとして活躍していたところ、当時サザンオールスターズのプロデュースを手掛けていた小林武史氏が「まっさらなバンドをプロデュースしてみたい」というところから見いだされデビューに至る。
小林武史氏の手腕については、レミオロメンやback numberなどブレイクのきっかけをつくり続けておりプロデューサーやアレンジャーとしての才能については言及するまでもない。
ただ、Mr.Chidrenほどプロデューサー小林武史氏が介入したバンドは他にはないのもまた、事実である。

たとえば2ndアルバム「KIND OF LOVE」から4rdアルバム「Atomic Heart」までは、作詞作曲で桜井和寿と共作の曲が多く、Mr.Chidrenをメガヒットに導いた一方で、相当多くのダメ出しをされ、バンド内でも迷いがあったのだと推察する。
だからこそ、1996年の「深海」でダークサイドのアルバムをつくったかと思えば、「歌うべき言葉さえも見つからない」(Everything)と1997年には人気絶頂の中活動休止してしまう。
1998年に活動再開するも、小林武史氏との距離の取り方に苦労し、迷走に迷走を重ねていたのが実情であった。

このように、Mr.Chidrenを語るうえでは「小林武史」という存在は欠かせず、「あまりにも一緒にやりすぎた」「しかしそれで売れてしまった」という複雑な事情を持った形のブレイクであった。



②ミリオン連発の90年代~黄金期のB'zと、苦しんだMr.Chidren

CD売上が人気の指標ではなくなっている昨今であるが、B'zとMr.Chidrenを語るうえで欠かせないのが、CD売上全盛期の90年代である。
90年代を終えた時点で、CDの売上がB'zが1位、Mr.Chidrenが2位、という状況であった。
さらに2組には、Mr.Chidrenは94年の「Atomic Heart」で、B'zは98年ベスト盤「Pleasure」で、それぞれ当時のCD売上日本記録を更新している、という共通点がある。(現在は宇多田ヒカル「First Love」が1位)
ミリオンセラーを連発し、その数が非常に多かったことからも、2組は群を抜いて「メガヒットバンド」という認識をされていた。
ところが、内情に目を向けると、B'zとMr.Chidrenでは、CD売上全盛期の裏で抱える思いが異なっていたように思うのだ

B'zは、前述した通り音楽性を変えながらも、91年から96年までのシングルはすべてミリオンセラー、まさに黄金期と呼ばれる期間を過ごしていた。
作詞稲葉、作曲松本、と制作作業が固定していたことも、1人にプレッシャーがかからず良かったのでは、と感じる。

Mr.Chidrenはそこのところ、ソングライターでありバンドの顔である桜井和寿一人に大きなプレッシャーがのしかかっていたと思う
プロデューサーの小林武史氏との距離感の取り方もよくわからないままに、孤独や厭世観を感じ、それを容赦なく歌詞に反映させていく。

栄冠も成功も地位も名誉も、たいして意味ない「es」(95年)

今は死にゆくことにさえ憧れるのさ「深海」(96年)

自分に嘘をつくのがだんだん上手くなってゆく「Prism」(98年)


結局のところ、セールス的に成功をした後、桜井和寿は過剰なプレッシャーを抱え込んでしまい、無表情に音楽を奏でており、とても苦しんでいた状況であった。

B'zとMr.Chidrenはお互いをどう思っているのか、あるいは交流することはあるのか、この頃は特に興味を持っていた。
だが、今思い直すと、前述した背景により、Mr.Chidrenに自分たちのことで余裕がなさすぎて手一杯、B'zと接点がなかったのも必然であったと思える。



③2000年代以降~常に安定していたB'z、紆余曲折もようやく落ち着いたMr.Chidren

CD売上全体が減少した2000年代以降は、2組ともそれぞれベテランの域に達したことで落ち着くところに落ち着いていた。
ただ、明らかに音楽性が異なる方向へ向かっており、ここでもすれ違いは続くのである。

B'zはコア層に支えられ、90年代後半にロックテイストの音楽性も確立したこともあって、常に安定していた印象がある。
特記すべきは、サポートメンバーにシェーンガラス(ドラム)など外国人ミュージシャンを加えたり、2002年にはエアロスミスと共演するなど、どちらかといえば外国人アーティストとの交流が活発であった
2007年にはハリウッドロックウォークにアジア人として初めて殿堂入りしたり、松本孝弘個人としては2011年にソロ活動でラリーカルトンと共作したアルバムでグラミー賞を受賞、稲葉はソロ活動においてスティーヴィーサラス(ギタリスト)INABA/SALASというユニットで活動、明らかにJ-POPと呼ばれるジャンルから距離を置き、世界水準の活動をしていく。
実際にB'zとしても、全英語歌詞のアルバムを発売し、アメリカやカナダでツアーをまわったこともあった。

一方、90年代にメガヒットを連発しながらも疲れ切っていたMr.Chidrenであったが、2000年代初頭に迷走した後、ようやくポップバンドとして落ち着きはじる。
転機は小林武史氏とともにBank Bandの活動をはじめ、ap bank fesを開催したことである
自分以外の曲をカバーしたり、自分以外のミュージシャンとの共演がよほど嬉しかったのだろう。
コンサートで笑顔を頻繁に見せるようになり、気取った歌い方から優しい歌い方へ、声質が明らかに変わっている。
(稲葉×桜井対談によると、脳梗塞後に喉の手術をした、とあるのでその影響も大きいかもしれない)

さらにap bank fesがもはやMr.Chidrenのライフワークのひとつになっていたことで、プロデューサー小林武史との関係が非常に良好なものになり、2007年から2013年までサポートメンバーとして帯同するほどの、蜜月っぷりであった
よってこの頃のMr.Chidrenの音楽は、小林武史氏によるアレンジが非常に強めであり、ポップで爽やかなものが多く、まさにJ-POPのど真ん中を突っ走っていた印象がある。
2015年に小林武史氏によるプロデュースは終了しセルフプロデュースに移行するわけだが、近年もBank Bnadとしての活動は続いており、良好な関係は維持されているようである。

このように、2000年以降の20年間は、B'zは外国アーティストとの交流を深めMr.Chidrenは日本人アーティストの交流を深め、といった状況で、ビッグアーティストであり続けたものの、活動の状況がまるで正反対の状態で、すれ違い続けるのも必然であった。



④コロナ禍で急接近した2組~変化を余儀なくされたB'z、ひたすら迷ってしまったMr.Chidren

2組が急接近したのは、コロナ禍におけるB'z側の都合が大きいように感じる。
2019年にB'zはサポートメンバーを一新するが、それでも海外の若手ミュージシャンを起用するスタンスは続いていた。
ここにきて、新型コロナウィルスの直撃により、海外のサポートメンバーを率いての活動が難しくなってしまった
よって昨年B'zは5週連続配信ライブを開催したが、サポートメンバーを日本人で固めていた。
B'zとしては、思わぬ形で変化を余儀なくされたのである
海外アーティストとの交流を軸としていた活動から、J-POPの界隈に近寄ってきてくれた、と言い方を変えることもできるだろう

一方のMr.Chidrenは、コロナ禍においては「SOUNDTRACKS」というアルバムの制作を終えてから、2020年末の音楽番組への出演に至るまで、ひたすら沈黙をしていた。(桜井談「迷っていた」とのことである)
このタイミングで稲葉浩志から桜井和寿へオファーがあり、5月14日にアップされた歴史的な対談へとつながるわけである。

この対談の実現の背景には、稲葉桜井対談で、2015年頃のミュージックステーションで会話があったことがきっかけであることが明かされている。
その時点では濃密な交流までは至らなかったものの、対談したことで急激にお互いのコミュニケーションをとりやすくなったと推察する
そして前述の通り、コロナ禍のライブ開催に消極的な2組が、このタイミングで一緒の舞台にあがり共演する、ということになったのだった。

2組はビッグバンドすぎるがゆえに、ライブエンタメ業界の逆風が強い中、「日本の音楽業界の優等生でなければいけない」という立場も共通していた。
要は、ライブをすることで嫌われる立場になってはいけなかったのである。
(今年の夏は強硬開催されたフェス参加アーティストへの批判の声があがるなど、非常に厳しいものがあった)
だからこそルールが厳格に定められ、マスク着用大声禁止はもちろんのこと、日本で初めてワクチンパスポート(任意)が活用され、半分のキャパで大阪城ホールという2組の人気度合いからすれば考えられないほど小さい会場が選ばれ、行けない人のために配信も用意された。

このように、コロナ禍の両者の変化や戸惑いが、とても離れたところで活動をしていた2組を引き合わせたように思うのだ
コロナは絶対にない世界の方が良かったという思いは変わらないが、こうした思わぬ素晴らしい副産物があるのを目の当たりにすると、本当に悪いことだらけの世の中にも良いことはあるんだな、と実感する。




ライブの共演では、

桜井「こんなに馴染むと思ってませんでした」

稲葉「やってみるもんですね」

と語る場面があり、我々が「音楽的に違う2組」との認識は、当人同士にもあったようである。

ライブを見終えた後、「これを超える対バンはない」と確信してしまう自分がいた。
90年代から今に至るまで音楽シーンを熱くし続けた2バンド、それでも音楽性が真逆だと思われてた2バンド、思ってもいないきっかけで共演が急に実現し、思いが追い付かなかった。


夢じゃないアレもコレも


本当だ、稲葉浩志と桜井和寿が向かい合って歌う姿を見られるとは、なんという夢のような話だろうか。
これが「血管の中が沸騰するような異様な事態」なのだろうか。
B'zとMr.Chidrenという、とてもファン思いで優しい「心ある人」の支えの中でなんとか生きてる今の僕で

本当に、本当に、頑張ろうと思えた。
最高の対バンでした。
ありがとうございました。

(過去記事を再構築しました。)

1stメジャーアルバム「era」を発売したばかりの、Hakubiというバンドがある。
片桐は女性、マツイ、ヤスカワは男性、という女性ボーカルの男女混合のバンドだ。

とても魅力的なバンドでおすすめなので、紹介したい。

 

 

 



5月のビバラロックのライブレポート↓
心の痛みに正直なバンド、Hakubi~ビバラロックライブレポート



Hakubi


 

 

 

 

Hakubiの楽曲は、作曲は全員で、作詞はVo.の片桐が行っているようである。

その最大の魅力は、まず片桐が綴る正直すぎる心の描写であろう。


生きてるそれだけで許してくれませんか
息をするだけでもう苦しいんだ

(在る日々)

 

 

 

と、実直に語り掛けるその姿は、正直すぎるほどの生きづらさの表明であり、強烈なインパクトを与える歌詞である。

そしてさらに魅力と感じるのは片桐の歌唱法であり、ビブラートで声が震えているというよりは、息苦しさで声が震えていると感じる部分がある。

歌が強かったり弱かったり、感情が歌に上手く乗っている、ということで、歌詞の説得力が増す、という好循環を、片桐の歌声から感じるのである。

 

それは音源よりもライブ音源の方が顕著に魅力がわかると思う。

 

 

 

 

それでも生きてたいと思うから
また今日も夜明けを待っている

(mirror)

 

 

このライブ映像でもわかるように、歌声が力強いうえに震えている。

「涙を流してくれたあなたのため」の部分は、技術的なビブラートでしっかりと歌い上げているが、片桐の歌声特有の震え、があることで、歌にとても魂がこもっていると感じる。

 

また、この歌の前のMCでは、こんなことを話している。

 

「私ははやく死んでしまいたいと思ってた」

 

「音楽さえなければこんなに生きたいと思うことはなかった」

 

冒頭部分↓

 

 

 

片桐の音楽にのせた思いは、どこまでも正直で、どこまでも本気だ。

この会場を静まり返らせる「死んでしまいたい」という言葉、そして歌。

でも「死んでしまいたい」と言われても我々は引いたりはしない。

片桐は自分自身の生きづらさを正直に伝えることで、生きることへの希望を、リスナーへ生きる力を、本気で伝えたいと思ってるように感じるからだ。

 

だからこそ、片桐の生きづらさは、どこまでも正直である。
たとえば「午前4時、SNS」では「もうわかんなくなった、自分のために生きてきたはずなのに」と混乱してる様子が見て取れるし、「自分自身の肯定、存在価値の確認作業の音楽を誰が聞くんだ」と、己の音楽についても自虐的である。
「Dark.」では「自分が好きになれません、決してあなたのせいじゃありません、あなたは愛されてるとかそういうことじゃない」と、自己肯定感の低さをストレートに吐露する。

 

 

 

 

 


僕がそうであるように、片桐の歌う苦しみは、多くの人の共鳴を呼ぶものではないか、と思う。
こうやって歌詞だけを紹介すると、とても暗い人なのか、と思われるかもしれないが、ラジオやインスタライブで話す言葉の口調はとても楽しそうであり、ごく普通の女の子に見える。
歌詞に「あなたは愛されてるとかそういうことじゃない」とあるように、心の傷を負わされる何かがあった、というよりは、あくまで自分自身の心の問題で苦しんでいる、ということも自覚しているような印象もある。



なんだか、普通に生てるだけで、苦しい



端的に言えば、片桐の選ぶ言葉からは、そういった理解されづらい苦しみが読み取れるし、それがいつまでたっても解決されないことも嘆いては苦しみ続けていることもわかる。
そしてその苦しみに思いっきり共鳴し、心を鷲掴みにされた自分がいることに気づいたのである。
さらに、これは自分だけのことではなく、同じように苦しんでいる人が実は世の中にはたくさんいて、Hakubiの歌に救われる人は多いのでは?と思ったのだ。
漠然とした「生きづらさ」に思い当たる節がある人は、ぜひ聴いてみてほしいのである。

歌っていることは、片桐の個人的な痛みであるものがほとんどだ。

でも、だからこそより親近感や、魅力を感じることがあるのではないか?
人々を励ますような音楽が溢れているが、こういった自分自身の生きづらさの表明と、それでも生きていこうともがく姿勢、というアプローチも勇気づけられることがある、と僕は思う。

 


メジャーデビューアルバム「era」収録の「栞」は高畑充希主演映画『浜の朝日の嘘つきどもと』の主題歌である。

この曲はわりと、メジャーを意識したのか、わりと大衆に届くような耳馴染みの良いサウンドになっているが、それでも

 

 

数えきれない光をくれたあなたに

この両手で何が返せるのだろう

 

 

と、自己肯定の低さを隠そうとしない、全く心に嘘をつかない作詞家、片桐の姿がある

 

 

 

 

この調子でブレない音楽活動を続けていれば、どこかのタイミングで必ずや、邦ロックファンであれば誰もが知っているバンドになっている姿が想像できる。
ロック調でありながらオーディエンスが声をあげたり暴れたくなるような音楽性でもないことから、コロナ禍でのコンサートとの相性も良いうえ、歌詞の内容から言ってコロナ禍でこそ響く人も多いのではないか。
Vo.片桐は「負の感情を吐き出す」ことが原点でありこれからも変わらない、とインタビューで述べたことがあり、この音楽性の芯がしっかりしている限り、ある層には必ず届き、生きる力を与え続けると、確信を持って言える。

 

 

 

生きづらさを歌い、生きる力を与え続ける、Hakubiという音楽。

 

 

 

SNSの発信でも良い人たちであることがわかるので、ぜひ今からチェックを。

 

Hakubiのライブ映像ダイジェストはこちら

 

 

コロナ禍が長引く昨今、前以上に自分と向かっては疲れ、勝手にしんどくなっていた今日この頃であった。
そんな中、ずいぶん前に予約したCDが届いた。

Hakubiのメジャーフルアルバム、記念すべき1枚目である「era」である。
明日、2021年9月8日に発売であるが、いわゆるフラゲして一通り視聴、そして初回特典のライブDVDを見ていた。

 

 

 



一曲一曲のレビューはまだ出来ないのでここでは言及しないが、Hakubiの魅力が詰まった、またHakubiがどのような音楽を伝えたいのか、とてもわかりやすくまとまった1枚となっている。
ライブ定番曲ですでに世に発売されている「mirror」「それでも生きていたいと思う」と力強く歌い上げるのが魅力的な曲だが、本アルバムでは再録され、より声に力強さが出ている。

僕がこのバンド、アーティスト、曲を紹介して、初めて知った方がどういう感想を抱くのか、興味がある。
が、その前に、自分自身が最近忘れかけていた心を、Hakubiのアルバム、そしてライブDVDを見て思い出した。
息苦しさの中で生きていても、独りぼっちを感じても、「生きているそれだけで許してくれませんか」(在る日々)と正直に歌うバンドの存在は希望そのものである。

やはりHakubiは僕にとって「売れてほしいバンド」という願いは二の次で、その生きづらさ、それでも生きてゆく姿、「ありのまま、自分の気持ちを偽りなく歌い続けてほしいバンド」という位置づけである。


「あなたが自分を嫌いになっても、私たちはここにいる」


「音楽さえなければ、こんなに生きたいと思うことはなかった」




Vo.片桐の、等身大の思いや願いは、確実に、少なくとも僕の心には届いた。
ついにメジャーとして、世に放たれる。


生きづらさが蔓延している世の中で、一筋の光、希望を歌ったバンドの思い、届け。

 

関連記事↓

生きづらさに正直である"Hakubi"というバンドの魅力

 

 

 

 

 

2021日6月11日、横浜アリーナにて、いきものがかりのコンサートが行われ、参加してきた。(今回も敬称略で)

 

 


このコンサートは、ご存じの通り脱退するギター&ハーモニカ担当の山下穂尊を含めた3人体制の最後の公演であった。
元々「いきものがかり」の名前の由来は、リーダー水野と山下が小学1年生のときに「生き物係」を担当していたという共通点があったことによるものである。
その2人が別の道を歩むという決断は非常に重く、彼らの大きな分岐点となるコンサートともいえ、特別な公演となった。


 

 

 

たとえば「YELL」はどうだろう。
「さよならは悲しい言葉じゃない」という歌は学生の合唱曲を意識して制作されたものであるが、この日においては彼らの人生の物語として響いた。
「ありがとう」でも「3人体制で支えてくれた人への感謝」を強調しているように聞こえたし、3人ボーカルの「夏・コイ」はこの日をもってもう聴けなくなる(であろう?)、という貴重な演奏であった。


いきものがかりといえば幅広いファンの年齢層を考慮してか、他のアーティストが工夫しながらライブを行い始めた昨秋以降においても、有観客コンサートを行うことに対しては慎重な立場であった。
5月に行われる予定だった幕張メッセ公演も中止するなど、コロナ禍でのライブ活動が難しかったであろう立ち位置の音楽グループという印象がある。
山下脱退は4年ほど前から持ち上がっていた話だというから、かろうじて、しかも彼らの地元神奈川県で、区切りのコンサートが有観客で無事行われたことは、本人たちも話していたようにとても喜ばしいことであった。
それを目撃できたことについても、僕自身とても嬉しかった。

このコンサートの感動ポイントは、言うまでもなく山下脱退による「3人体制」の最後、アーティスト側からの様々な方への感謝であったり、ファン側からの感謝であったり、音楽の素晴らしさを超えた「愛」があちらこちらで行き交っていたところにあった。
僕も、彼らと年齢が近いこともあって、ともに同じ時代を生きている歌手、として常日頃親近感を感じており、思い出のある曲は数知れず、感謝の気持ちを抱きながら見ていた。
今回の公演は配信もされており、日本中いたるところで「愛」が行き交っていたかと思うと、心がとても温かくなる。



前置きが長くなった。



このように、今回のいきものがかりの公演は、3人体制の集大成、振り返り、の内容だった印象があり、改めていきものがかりは凄い音楽グループだな、と再認識した。
前述した通りいきものがかりのファンは年齢層が幅広く、今回の公演も客層は老若男女問わず、であった。
こういったファン層の年齢や性別の偏りがあまりない音楽グループは、実は他になかなかいないのではないか、と思ったときに、



いきものがかりが全世代受けしていることは、とても凄いことではないか?



と、考えたのであった。
何故こうなったのか、を改めて考察したくなった。
注目すべきは2点である。




①作詞作曲体制について


いきものがかりの強みは、水野良樹、山下穂尊、吉岡聖恵、全員が曲を書く、ということである。
具体的にいえば、リーダーの水野曲が代表曲が多くおよそ7割を占めていて、2~3割が山下曲で、1割弱が吉岡曲、という割合である。
ところが、曲を聴いても正直言って「誰がつくったか言われなければわからない」と、感じるのは自分だけだろうか。
水野曲が多いので「これも水野さんかな?」と思ったら「山下さんなの?」「えっ聖恵ちゃんもこんな素敵な曲書くんだ」のように、良い意味で驚きを感じることが多い。
いきものがかりに関しては、特に作詞作曲クレジットに注目したくなるアーティストだ

何故こんなに誰がつくったかわからないのか、について考えたときに、作詞作曲の体制にヒントがあると私は考えた。
作詞作曲は主に水野と山下と男性がつくり、女性の吉岡が歌う、というのが多いパターンであった。
よって、男性メンバーの水野山下は吉岡を通して何を伝えるか、を考えたときに、



あらゆる壁を越えた、普遍的なメッセージを届けること



に重きを置いていたように思うのだ。
彼らの歌は、まず男女の壁がなく、ひとりの人間が主人公であることが多く、男女関係なく共感できる曲が多い
「帰りたくなったよ君が待つ街へ、聞いてほしい話があるよ」「さよならは悲しい言葉じゃない」「ありがとうって伝えたくて、今ゆっくりと歩いていこう」と、主人公の性別は限定されない。
さらに、彼らの歌は同世代や年下世代にしかわからない言葉を使わない、ということもあり、年齢の壁をあっさり壊していく

とはいえ「コイスルオトメ」「気まぐれロマンティック」のような女性目線の可愛い曲もあるのだが、男性である水野作であることや、吉岡が「自身はこのような女性ではない」と発言していることから、表現の幅の広さの素晴らしさを思うだけで、特定のリスナー層をターゲットに絞った歌にはなっていない。

結果としてそうなったのか、あるいは目指していたものがそうだったのか、はわからない。
ただ、このような音楽づくりの体制ゆえ、



大衆に届く歌を奏でる音楽グループ



として認識された。
だからこそ、NHKの朝ドラや五輪テーマソング、紅白のトリ、合唱コンクールの課題曲に選ばれるなど、いわば


音楽業界の優等生


的な立ち位置にずっと君臨し続けた。
3人の誰がつくっても音楽性にブレはなく、つくりたい方向性にブレがなかったのも強みであったと言えよう。





②編曲の外注体制


今まで述べたことはいきものがかりを知っている人なら「何を今更」的な内容であるが、本当に僕が語りたかったのはこの編曲体制である。
意外とみんな注目しないところではないか、と思うのでここは熱く語っていきたい。

まず、おさらいとして楽器パートは、吉岡がボーカル、水野がエレキギター、山下がアコースティックギターとハーモニカ、という体制である。
当然このような体制だけでは音源が完成されないのでサポートメンバーが必要なわけで、ピアノやベース、その他楽器も臨機応変に入れていくわけであるが、注目してほしいのは編曲クレジットなのである。



SAKURA         編曲:島田昌典

コイスルオトメ     編曲:田中ユウスケ

気まぐれロマンティック 編曲:江口亮

YELL             編曲:松任谷正隆

ありがとう        編曲:本間昭光

風が吹いている     編曲:亀田誠二




このように、編曲が有名アレンジャーの単独クレジットであることも、いきものがかりを語るうえで欠かせない要素である
楽曲の制作映像を見たことがあるが、例えば水野が弾き語りで歌った歌を、そのまま編曲者に渡して完成形にしてもらっている。

これが、実はバンドサウンドを奏でるミュージシャンの中では、とても珍しい、という事実に気づく。
ベースやドラムがいない音楽グループではゆずポルノグラフィティコブクロなどがいるが、ゆずやポルノは編曲者と共同でアレンジをしているし、コブクロに関しては彼ら自身で行っているようである。

編曲を完全に外注し、それが曲ごとに違う、というのもポイントで、これをするとどんな素晴らしいことが起こるか、というと、



J-POPのおいしいとこどりのサウンドが完成される



ということになる。
耳馴染みの良いイントロや間奏、それに加えてメンバーの演奏、ということになり、より「みんなの歌」感が増すのである。
例えば「YELL」のイントロのピアノをユーミンの旦那さんである松任谷正隆さんが考えた、というだけで、いきものがかりにユーミンサウンドが加わり、より幅広い世代に受け入れやすくなった、とも言えないだろうか。

このようにいきものがかりの楽曲をひとつひとつには、メンバー3人に加えて、編曲者の存在感の大きさ、を思わずにいられないのである。
新作アルバム「WHO?」に関しても編曲者が見事にバラバラなので、その違いに注目しても面白いと思う。

そしてメンバーと編曲者の信頼関係はとても厚く、メンバーは全世代に届くポップサウンドを編曲者に求め、編曲者は作詞作曲者の意図を尊重し丁寧にアレンジされる。
この好循環が、上記したような楽曲の素晴らしい曲たちの完成に至るわけであり、今の全世代型ポップミュージシャンの位置を確固たるものにさせていると感じるのである。





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音楽は多様性が魅力であり、幅広い層に届くのも、ある一定の層にだけ届くのも、どちらもあるから面白いと思っている。
いきものがかりは言うまでもなく前者であり、幅広い層に届く曲づくりを追求したからこそ、今の立ち位置を揺るぎないものにしている

それでいて、彼らのキャラクターだろうか、カリスマと呼ばれる遠い存在ではなく、近いところで励ましてくれるような親近感を覚えるところがある。
全世代に幅広く受け入れられたことはかなり大きな偉業だと思うのだが、それでも近い場所にいる彼ら自身全く奢らない謙虚な姿勢であることも人気が続く理由のひとつだろう。

6月11日をもって山下はグループから離れ、吉岡水野の2人組ユニットとなるわけだが、不思議とショックな気持ちよりも「新しい人生を送るのを温かく見守る」という気持ちにさせられていたし、みんな同じような気持ちだった気がする。
グループの在り方に、我々一般人の人生に重ね合わせたりして、「そういうこともあるよね」と純粋に思えた。
温かい曲に染みると同時に、友達感覚、親近感を感じられる、バランスの良い素敵なグループであると思う。


最後に、ありきたりなまとめにはなってしまいます。

新生いきものがかりと、山下さんの今後の人生が、より良いものになりますよう応援していきたいと思った次第です。

 

 


山下さん、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

 

 

GWに千葉県と埼玉県で、1日あたり1万人規模のフェスが行われた。
JAPAN JAMとビバラロックのことである。

一昨年、僕はこの2つの競合しているフェスに参加し、その魅力を伝えた記事を書いたが、その後コロナ禍になってしまい、半分くらい参考にならないものとなってしまった(笑)

VIVA LA ROCKとJAPAN JAM、それぞれの魅力

昨年軒並みフェスが中止になってしまい、満を持して行われるフェス、
であったが、コロナ禍における初の大規模フェスであることで、感染対策など、参加するにあたって様々なルールが設けられることとなった。
さらに厄介なことに、4月下旬に東京都に緊急事態宣言が出たこと、千葉県と埼玉県がまん防対象であること、定員の上限が5千人にも関わらず売り切ったチケットはOKということで特例で1万人が参加できること、など、状態が悪くなるときとも重なってしまい、多くの人に眉をひそめられても仕方がないような状態での開催になってしまったのであった。

しかし、それでも開催することを決断した背景には、昨年軒並みフェスが中止になり音楽業界、とりわけライブエンタメ業界が莫大な被害を被ったという背景がある。
それでもソーシャルディスタンスを保つなど工夫をして昨年夏から徐々に赤字覚悟でライブエンタメが再開しつつあり、どの公演も感染者を一切出していないと報告されており、これを信じるならば少しずつではあるがライブエンタメは新しい形で、異様ではあるが取り戻しつつある昨今の状況であった。

とはいえ、指定席を設けない「フェス」となれば、人のコントロールが難しいゆえ、全席指定席で映画館のように安心して見ることができるワンマンライブとは話が変わってくる。
昨年末のCOUTDOWN JAPANの、6日前、設営前に中止の決断があったことは記憶に新しい。
従来のフェスの「騒ぐ」というイメージが抜けきれないことも、フェスの開催が歓迎されない雰囲気を生んだ。
現にフェスファンからもフェスが好きだからこそやるべきではない、との声もあり、いくら運営側が「感染症対策を厳重に」とアナウンスしたところで、賛否の声は止まなかった。
しかし、音楽エンタメをこれ以上止めないためにも、音楽業界に携わるすべてのスタッフの仕事を守るためにも、運営は「批判を覚悟のうえで」「徹底した感染症対策を施したうえで」「客に徹底した理解と協力をアナウンスしたうえで」、JAMとビバラは予定した日程で行うことを決意し、突き進むことを決意したのだ。
(厳密にいえば1万人規模のフェスが初めてなだけで、昨年の大阪のラッシュボールという野外フェスや、屋内フェスのBAYCAMPも行われており、それらを参考にしたと聞いている)

 

コロナ禍のフェスとアリーナコンサートと、ストレス

 

 


ここまでが、開催に至るまでの、私が知る限りでの昨年からの流れである。

もうひとつ肝心なことは、JAMは千葉県と、ビバラは埼玉県と、念入りに行政とコミュニケーションを取り、行政の理解を得ている、ということである。
実際に両方のフェスは「1万枚を販売しても構わないが、まん防が出たらチケットの発売を停止する」という行政の要請を吞み込んでおり、実際に4月下旬に販売を停止している。
さらに、ビバラの話になるが「感染症対策の徹底」を行政に呼びかけられた際には「更なるレイアウトの見直し」等を行うなど対策を強化しており、初日に埼玉県職員を招待し評価していただいた(主催者鹿野氏談)、とのことである。


このように、ライブエンタメの苦境と成功体験の積み重ねの一年があり、行政とも緻密に話を詰めて、どのようにすれば安心安全なフェスを行うことができるかを必死で考え、参加者も例年より大幅に下げ、感染症対策も万全に行い、様々な方の理解を得ながら、時には批判されながらも、地道に「コロナ禍のフェスの成功」だけを考えてきた運営側だったのだ
運営の方の努力や苦労は、察するに余りある。
心から敬意を払いたい。

とはいえ、フラットに考えるのであれば、「このご時世にフェスへ行く」という批判をする人はいるであろう、とは思うし、その意見を否定するつもりもない。
一応運営側のフォローをするならば、JAMもビバラもリセールシステムが用意されており、直前に「行かない」という決断をすることもできるようになっていた。
「行く」も「行かない」も、フェス参加者に委ねられ、通常の心持ちとは違う、なんとも難しい心理状態で参加不参加を決めなければいけなかった。


さて。


フェス開催について、テレビ局各局にスタンスこそ違えど報道され、ネットニュースにも掲載されて波紋を呼んでいる。
僕はビバラの方に行ったのだが、その多くは千葉県のJAPAN JAMについての報道であった。
特に3日のテレビ朝日報道は、人ごみ、禁止されている飲酒、一部の映像を切り取り、あたかも「危険なイベントを行っている」かのような印象を与える内容で、それを真に受けた視聴者の怒りを買い、フェス参加者の反発を買ったのである。

 

 

 


僕はJAMの方には行ってないのだが、みんなルールを守り大声禁止、飲酒禁止、大抵の人がガイドラインを遵守し、安心して楽しめるものだったと聞いている。
ただ、この映像を見る限り「飲酒をしてる参加者がいた」のも、「人の動きが密になっているところもあった」のも事実であろう。
フェスの「人のコントロールが難しい」という弱点を、思いっきり突かれた形である。
この点については事実なのだから弁明のしようがなく、飲酒禁止ルールを破った参加者に対しては「怒り」の気持ちがある。
だが「密」については会場内の話ではなく行き帰りの人の動きのところであり、これが満員電車の人の動きとどちらのほうがより「密」なのか首を傾げるところがあり、危険性を盛った煽り報道だと言わざるを得ない。

フェス参加者の怒りを買ったのは、しっかりとしたところもフェアに報道しなかったから、というのが一番大きい。
JAMもビバラも同じである。運営側が定めたガイドラインを、ほとんどの人が順守し、安全に行われていたことを、参加者は身をもって知っている。
これは自分が行ったビバラの話になるが「大声禁止」「ソーシャルディスタンスの確保」「マスク着用」「分散入場と退場」、日本人はなんて民度が高いのだろうと感動を覚えるくらい、本当に守っているのだ。
運営は口を酸っぱくするほど言っていた「フェスの成功のためにはみなさんの協力が必要です」を、本当に実現していたのだ。


それを、


それを、、


ほんの一部の


ほんの一部の参加者のルール違反のせいで


ほんの一部の映像の切り取りで




フェスの実情を捻じ曲げられて、全国に伝えられたのだ。



あまりの偏向報道のひどさに怒り狂ったのは私だけではないはずだ。



数日が経過してようやく怒りも鎮まったところで、「フェスを悪者に仕立て上げたマスコミ許さない」とか「このテレビ局の番組はもう見ない」などと啖呵を切る前に、何故こんなことになったのか、を改めて考えてみた。
報道番組が、唐突に誰か、何かを悪者に仕立て上げて報道するのは、コロナ禍においては初めてではない。
それどころか、常態化しているのではないか、と思わずにはいられないのである。

思えば昨年2月の一斉自粛ムードの中、東京事変のコンサートが強行されたこと、3月に格闘技イベントが強行されたこと、パチンコ店の営業、まだ「緊急事態宣言」に関する法律が成立していない頃の話だが、メディアが報じ叩かれた。
今年に入ってからは、飲食店を狙い撃ちにした時短要請により主に要請を守らない飲食店がターゲットになり、最近では路上飲みをする若者、旅行する行楽地の人出の多さ、などをカメラは映して報道してきた。
妙な気味の悪さを感じているのは私だけではないはずだ。

コロナ禍では、飲食業界や観光業界、イベント業界など、人が利用してくれなければ成立しない。
昨年は自粛していたがもう我慢の限界、として国や自治体の要請を無視して営業する人たちに向けて、特に何も意見を述べることなどできない。

ところがマスコミはその苦境(報じることもあるが)よりも、国の要請を破っている人たちを探して報道する。
「自粛警察」という言葉が定着しているが、それをテレビが率先している状態である。
だからマスコミは、「危なそうなところ」を探してはそこに赴きカメラを向け、モザイクをかけてインタビューをする、これが昨今のマスコミ報道の特徴である。
そのようなセンセーショナルな印象報道は困ったことに視聴率が良いらしく、テレビ局の成功体験になってしまい、「報道」という大義名分のもとこれからもおそらく続いていくに違いない、残念ながら。


これがたまたま「1万人規模のフェス」というインパクトのあるイベントがターゲットになっただけである。
何もマスコミがコロナ禍のフェス「だけを」悪いように報道しているわけではないと、思う。
胸糞悪い気分に確かにさせられたが、どこかの誰かを悪者に仕立て上げる報道は今日も明日からも、続くことは間違いない
マスコミに改善を期待するのは諦めた方がよさそうである。
それほどまでに、マスコミは劣化、迷走していると言わざるを得ない。



最後に、それを受けて僕はどう思っているか、について述べておきたい。
まず、医療従事者の方は大変なご苦労をなさっていると思うし、感謝してもしきれないくらいだ。
いっぽうで、飲食業や観光業、そしてイベント業など、コロナ禍で莫大な損害を被った方々については、とても気の毒な気持ちでいっぱいだ。
学生の方も、青春時代の貴重な数年、我慢を強いられるなんて、本当に気の毒だと感じている。

と、一応本当に思ってみたことを書いてみるが、「感謝」「気の毒」など本当に軽い言葉だな、と自戒する
なぜなら、自分や身内や親しい人に、医療従事者や、飲食業や観光業やイベント業に携わっている人がおらず、どんなに思いやっても所詮「他人事」との自覚があるからだ。
とある立場なら、もしかしたら僕が行ったフェス開催について、あるいは僕を含むフェス参加者に対して、怒りを覚えることも、あったかもしれない。


だったら、、、



僕は、あらゆる業種の動きについて、


自分と関係がない業界のことは意見を持たない



ようにすることとしている。
ある業界のことを思いやった意見が、別の業界を傷つける、これがコロナ禍の社会であることに気づいてしまったからだ。
だとしたらどうすればいいだろう?と思ったときに、




わからない、


わからないけど、



まずは自分とその周りが気を付けること



あらゆる人や業界を切り捨てる意識を持たないこと






そのくらいしかないのだろう、未曽有のパンデミックの下では。
それでも僕は感染症に気を付けながらコンサートに足を運んだりするだろう。
それを発信することで怒りを買われることもあるかもしれないが、もう八方美人ではいられないのだ。

政治やマスコミに怒り続けるよりも、自分が大好きな音楽を愛し続け、それを守ってくれるライブイベント業界の人への感謝をし続ける方が、よほど大切なことだ。




最後に。




フェスを開催してくださった運営の方々のみなさん、本当にありがとうございました。




これからもたくさんお世話になります。




音楽を届ける場所を、守ってください。微力ながら力になれることがあれば、おっしゃってください。






以上、ビバラロック2日と5日に参加した、音楽好きより。

 

 

(後日執筆したHakubiについての記事を、ライブレポート部分だけ独立させた記事です)

 

先日行われたビバラロックにて、とあるバンドとの衝撃的な出会いがあった。
片桐(Vo&Gt.)、マツイユウキ(Dr.)、ヤスカワアル(Ba)、から構成される京都発の3ピースバンド


Hakubi





というバンドのことである。(敬称略で語ることとする)
片桐は女性、マツイ、ヤスカワは男性、という女性ボーカルの男女混合のバンド構成だ。
現在はインディーズで活躍中であるが、9月にメジャーデビューが決定しており、駆け出しの新人バンドである。

 

 



作曲は片桐単独であったりメンバー全員でクレジットされていたり様々だが、作詞は片桐で統一されている。
年齢は非公表とされているが、「22」という曲が最近発表されていることや歌詞の苦悩の内容を見ても、20代前半であろう。

僕がHakubiを見たのは、さいたまスーパーアリーナの現地ではなく配信において、であった。
一瞬で釘付けになった、のは、歌詞で伝えている内容が、その熱が、聴いたことのない曲にもかかわらずストンと心に伝わってきたからだ。


生きてるそれだけで許してくれませんか(在る日々)


と、心の芯に迫るストレートすぎる歌詞と、力強くそれでいて癖のない聴きやすい歌声にやられてしまったのだ。
あまりの衝撃に、他のビッグバンドを差し置いて、アーカイブが終わるまで何度もHakubiのステージのみを見返したくらいだ。
ビバラが数日経ち、ビバラで演奏されなかった曲も一通り聴いて音楽性や魅力を一応は理解したつもりになったうえで、改めてHakubiのことを、どうしても書きたくてこれを書いている。

今回はビバラのセットリストに沿って、ライブレポという形で振り返っていきたい。




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1.No Title
(後に「灯」という曲で1stアルバムに収録)

冒頭、3人が現れ会場は暗転。
片桐の優しいエレキギターのアルペジオから始まったのは、未発表の曲だった。


思えばあなたはどんなことでも
何を言わずに笑ってみせたね
背負いきれないものを抱えて
なんでもないよと、笑ってみせたね

今じゃもう思い出せないくらいになったね



強がる相手のその奥にある心の闇を振り返るフレーズは、その先を聞いてみたくなる自己紹介的なメッセージとして十分なインパクトがあった。
そしてサビではこう熱唱する。


真っ暗な暗闇をひとり明かりをつけず
歩いていくあなたに光りをともす
それでいい、これでいいの、これで良かったんだよきっと
繰り返すあなたはどうして泣いてるの?



この「あなた」は恋人なのか友人なのかは定かではないし、どうとでも解釈できるようにしているのだろうと思ったが、そこは重要ではないと思う。
無理して頑張る「あなた」に対して、背中を押すわけでもなく応援をするわけでもなく、同じ痛みを共有している。
一曲目にこの音楽を届けたことからも、Hakubiの立ち位置を把握するのにふさわしい曲だったし、一気に興味を惹かれた状態で次の曲へと移った。




「ビバラロック2021、忘れられない一日にしよう」




と、片桐が熱く叫び、明転したステージ、デビュー当時の曲「辿る」が披露された。



2.辿る

 

 


忘れるんじゃないかって
消えてしまうんじゃないかって
君の心つなぎとめる方法を僕は知らない



激しいバンドサウンドとは対照的に、何かを失うんじゃないかと恐れる感情に支配された歌詞が、強く、とても強く歌われた。


「CAVE STAGE2組目、京都ミューズから来たHakubiです、よろしく!」

「右手貸してくれるか!!」



サビでは拳を突き上げるオーディエンス、彼女らの演奏や歌力に身をゆだねる光景は、熱を帯びていたのが伝わった。
ところが、中盤ではバンドサウンドを意図的に静まらせた。
片桐の表情が寂し気な表情をして、ギター一本で再び語り掛けた。


ごめん忘れそうなの 君の体温
次会ったとき、目をそらしてしまいそう
ごめんこのまま無くしそうなの、
ごめん、ごめん、、



そして激しかったはずの冒頭のサビがおとなしめに歌われ、最後に再び激しいバンドサウンド戻り、このように締めた。


消えてしまうんじゃないかって
僕の事もこの心も記憶も全部全部全部
(中略)
君の事も言葉もこの街も全部全部全部全部全部



実際のパフォーマンスでは「この今日のこの日のことも」と変えて歌っていた。
この歌で歌われたことは「喪失への恐怖」であり、「全部全部全部」と投げやりに終わることから、救いのある曲ではなく、自己否定の曲として突き刺さった。
しかし、「今日のこの日のことも忘れるんじゃないか」と恐れる歌を届けたのち、彼女はこう言い放つ。


「忘れないように、忘れないように、刻み付ける一日、刻み付ける30分、見逃すな、見逃すなよ」


歌が正直すぎて希望さえも見えないからこそ、ライブステージという場所で歌詞と矛盾する「忘れないように」「見逃すな」という言葉が、心に突き刺さって仕方がなかった。
私はこの2曲を終えた時点ですでに目が離せなくなっていた。



 

 





3.道化師にはなれない

 

 


4月配信されたばかりの新曲である。
この曲の肝は、サビの前の語りともとれる片桐の叫びであろう。


あの時冗談みたいに言ったあの一言があの顔が
まるで解けない呪いのようにずっと頭から離れないんだ
僕はダメだ、僕はダメなんだと唱えていたら
本当にダメになってしまっていた気がする
心を殺して自分なんか捨ててしまえば楽になるって
誰かが僕に優しく囁いてわらった



心がグジャグジャになる感情を、メロディに載せるわけでもなく語りとして伝えられ、震えあがってしまった。
それと同時に、言葉を大切にするバンドなんだ、ということを認識した。

(Hakubiはこのような、ポエトリーリーディングと呼ばれる、歌の間にメッセージを挟む音楽がいくつかある)
サビの歌詞はこうである。


もうやめたい三文芝居はシワが増えるんだ
何のためにわらってんの 自分を殺してまで
ねぇ本当はもっとうまく生きていたいんだって
自分のためだけに ねぇ

(中略)
僕らは嘘つきでも本当を信じてる
ありのままを愛せるように



素直すぎるほどの、生きづらさの叫びである。
苦しい気持ちがとてもキャッチーなメロディに載せられ、パワフルだからストレートに響くと同時に、最後に「信じる」ということを提示して決して完全に絶望しているわけでもないことを表明している歌だ。
だから、苦しみを中心につづられてはいるが、「生」への執着も感じる点で、すごく魅力的な歌だと思った。



改めて、暗転してMCで語られる。


「初ビバラ、出られたこともすごくうれしいし、(中略)今日ここにいるみなさんと、配信を見てくれるみなさんと、同じ気持ちで今日この日つくれることをうれしく思ってます」

「いろいろ大変だけど、私たちの音楽が少しでも力になりますように」




4.在る日々

 

 

Gyao!のビバラ配信でこの曲が選ばれていることからも、おそらくこの曲が、現時点でのHakubiの自己紹介的な一曲としてふさわしいのではないかと思う。
Aメロでは鬱屈な毎日を過ごしている主人公が、今日が始まることについての抵抗感を示し、Bメロでは自己嫌悪と自己否定を、この曲でも表明する。
そして、満を持して歌われたサビの歌詞が、とても強烈だった。



生きてるそれだけで許してくれませんか
息をするだけでもう苦しいんだ




もう辛くて辛くて仕方がなくなった主人公は、追い詰められたその先に、「生きてるだけじゃだめですか」と問う。
しかし主人公は我に返りこう思うのだ。



もしも僕がいなくなったら
悲しむあなたが目に浮かんで
こんな僕でも愛されていたことに気づいた




この歌詞からは、いたって普通に、家族、友人がいる、どこにでもいる主人公であることが読み取れる。
我に返り絶望していけないと気付いた主人公は、「生きることへの決意」を握りしめながら、歌詞を変えてサビでこのように歌い上げる。



生きてるそれだけで意味があるというなら
息をするだけでそれでいいというなら
何度もいやになった自分にもう一度
優しくなれるような気がした




鬱屈した言葉並びの中に、伝えたいことは「生きているだけでいい」というシンプルな一言だったのだ。
自分を許すこと、自分を楽にしてあげること、決していなくなってはいけないこと、「生きづらさの叫び」が炸裂しているが、「生きること」に執着するような表現がこの歌にもあった。

4曲を終えてもうすでに、Hakubiの音楽をかなり深いところまで理解できた気がした。
それは常日頃自分自身が感じていた息苦しさと共鳴したことと無縁ではないが、それ以上にHakubiのパフォーマンスが、Vo.片桐の歌が、歌詞が、表現は違えど一貫していることに尽きた。
そこに、僕は「人間臭さが宿った音楽」を感じ取ってしまったし、つらい歌詞も多いけど片桐のMCにもあったように「力をもらえる」ような歌として届いていた。
心底感動していたところ、再びMCである。



「いつもHakubiの曲は、暗い暗い自分自身の話をしていたり、ネガティブなことばかり言ってるけど今日は、

今日は絶対に、絶対に未来を、夢を、渡したいなって思って今日来ました。」





5.mirror

 

 

 


それでも生きてたいと思うから
また今日も夜明けを待っている



唐突にギター一本でのサビから始まった。
そして、圧巻だったのは曲冒頭の片桐の叫びのMCだった。


「未来を見せてあげたいんだよ、未来を、明日を!明日を見せてあげたいんだ!

ずっとずっと続いてく明日を!!夢を!!

絶対にあっちの大きいステージに行ってやるからな!」



そしてギターをかき鳴らす片桐は、冒頭の歌詞を変えてこう言い放つのだった。


「こんな自分でも、あなたに力をあげられるなら、強さをあげられるなら、

強く強くいたいと思うんだよ、強くなりたいと思うんだ、聴いてくれ!」



バンドサウンドへ突入する。
もうすでに釘付けになって見ていた私にとって、テンションのボルテージをあげた片桐の熱の入ったMCは突き刺さる以上の何か大切なものを感じ取っていた。
生きづらさに正直すぎる歌詞、そして片桐の強い歌声やバンドパフォーマンスが、生きる勇気をもらえる、という好循環に、非常に非常に感動して胸が熱くなっていたのである。


この「mirror」という曲でも、主人公はとても生きづらい日々を送っている。


生きてる意味も見いだせないままに
ごまかしてやり過ごす日々を繰り返す
また繰り返す

明日が来るのが怖くて
何も手につかず横になったら
朝になってたもう何度目か
何度目なんだよ 何度目なんだよ
本当さ、何度目なんだよ



「在る日々」と同じように、鬱屈した日々を過ごしているが、やはり最後は生きることを諦めないのだ。


それでも生きてたいと思うから
また今日も夜明けを待っている
生まれて初めて声をあげたとき
涙を流してくれたあなたのため



しかし、それと同時に苦しいことが続くことも同時に示す。


何が怖くて何が辛くて
何が悲しいのかわからなかった



これがこの曲の終わりであり、高音の絶叫のメロディだ。
曲中には、



「私たちがここで歌えるのは、そうやって大口をたたけるのは、

こうやって見てくれる聴いてくれるあなたたちがいるから、こうやってイベント組んでくれるから、最高なんだよ!

音楽って最高!誰か知らん人でも、知らん間につながってる、その繋げる役目を、私たちができる、明日を生きる糧をつくることができる!みんなのおかげ

今日はみんな、明日への希望を、ためこんで、ためこんで、、楽しんで」




と、音楽愛とライブ愛を絶叫する。これもかなり響いた。
有観客ライブならではの、生ライブの醍醐味、ライブでしか味わえない感動が、ここにあると感じたからだ。
もしかしたら、音源を聴いただけではHakubiの良さを理解するまで至らなかったかもしれないと思い、生ライブの良さを、まざまざと実感したのだ。
本当に、このようなステージが用意できるくらいまでになったこと、ただただ関係者各位に感謝である。

その勢いのまま、最後の曲に突入した。




6.夢の続き

 

 

 

重厚なエレキギターをかき鳴らしながら始まるイントロ、テーマは「夢」。


夢ってかっこよかったよな


と振り返りから始まる。
これは大人になった今、「夢」を振り返る歌だった。
「あの頃何になりたかったかなんて笑い話だよな」と、主人公はこの歌でも投げやりである。


いつも本気で思ってた
あなたのことも夢の続きも
いつかわかると思ってた
涙の訳も生きることの意味も



サビでは大人になっても夢どころか、何が辛いのかわからないところまで、深く苦しい感情を表明する。


期限はいつもつきものだった
言い訳つけて先に伸ばすのは
夏休みの宿題のようで
僕らはまだ終わっていないよ



大人になって振り返った昔の「夢」が、(もう叶ってないとおかしいと)期限付きであることに苦しむ自分に、痛々しいほど正直な気持ちが吐露されている。
今思う夢について最終的には「言い訳つけて先に伸ばす夏休みの宿題のよう」と自虐的であり、「まだ終わってない」と表現するのは、夢の呪縛から解放されてない状態を指していた、これが「夢の続き」ということなのだろう。
タイトルから想像するような「いつまでも夢を見続けよう」的なポジティブな意味合いとは真逆である。

この曲を最後に持ってきたのは、これからメジャーデビューするにあたり、ポジティブに活動しようという意思の表明だろう、と勝手に解釈している。
しかし、歌詞では真逆のネガティブな「夢」が迫力を持って歌われ、圧倒されたとともに、面食らってしまった。

とはいえ、「僕らはまだ終わってない」という終わり方は、どんなネガティブな夢であっても「生き続けていく」ことの表明でもあった。
歌詞の全文を見ると夢の呪縛に苦しむ主人公の痛みがとても苦しいのだが、サビの終わりに「終わってない」と叫ぶことは、もがいてやる、との決意表明でもあり、自然と胸が熱くなるところがあった。


ここまでがビバラで披露されたHakubiのライブレポートだが、もうすでにHakubiは何が歌いたいのか、魅力とは何か、わかったような気がしていた。
曲ごとにテーマは違えど歌いたいことは一貫していて、非常にわかりやすい、伝わりやすい、と思った。
歌詞の内容のわかりやすさに加えて、バンドサウンドの緩急のつけ方が絶妙だったり、Vo.片桐の歌力の説得力、というのはあると思う。

このアクトを見終えた後、なんて魅力的なバンドなんだろう、と純粋に感じた。
たった30分で釘付けになり、もっと知りたい、もっと深く聴いてみたい、そう思ったこと自体が久しぶりで、こうしてブログという形で魅力を語ってみたくなった次第である。
「きっともっと人気出るだろうな」と商業的なことも頭をよぎったが、それよりも「この音楽でたくさんの人が救われるだろうな」という気持ちのほうが強い。
だからこそ、まだメジャーデビューする前に、ぜひ知らない人はチェックしてみてほしい、と思ったのだ。





片桐が叫んだ、

「絶対にあっちの大きいステージに行ってやるからな!」

とのMCの言葉。
ビバラの大きいステージで、オーディエンスを魅了している姿を夢見て、これから応援していきたい。

 

 

(Hakubiの魅力をまとめる記事は、別記事にしました)

生きづらさに正直である"Hakubi"というバンドの魅力

 

Hakubiのライブ映像ダイジェストはこちら

 




映画「花束みたいな恋をした」、2回目の鑑賞を終えた。
久しぶりに胸が熱くなり、カルチャーへの思いや、過去の恋愛の懐かしみ、そして何より坂元裕二作品に触れている、という実感を感じて、ディティールを確認したうえで、書かずにはいられなかった。
この映画は恋愛映画ではあるが、その恋愛には終始カルチャーの結びつきが強い演出で、文学やお笑い、そして音楽の話題がかなり具体的に、固有名詞を出して頻繁に登場する。

ネタバレありにならざるを得ない考察となる、ご了承ください。




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まず、坂元裕二作品の特徴として、「すれ違う」ことを会話と演出で表現する、というのが作風としてある。
よって、この2人は別れるだろうな、と予想していたし、実際そうなったわけだが、2人の展開の行く末よりも、趣味の盛り上がり方、生活を巡ってすれ違う心の動き、そういったものの描写が見事であったと思う。

さらに、坂元氏は「プロフェッショナル」にて「少数派のために書いている」と発言していた。
確かに「ながら見禁止」の連続ドラマばかりで、私のように熱狂的に真剣に見入るファンがいる一方、視聴率的には苦戦していたのが、坂元裕二作品を評価するうえでのジレンマでありもどかしさであり、さらに言えば魅力でもあった(わかる人にわかれば良い、と僕自身思っていた)
この映画自体は見やすくわかりやすいのだが、「少数派」への理解が炸裂したのが、本作に頻繁に登場する小説家、ミュージシャンなどの固有名詞たちだ。
いわゆる「サブカルチャー」と呼ばれるものをこよなく愛する二人が、共通の趣味で盛り上がるところから、この話はスタートしているのだ。


まず話は、お笑い「天竺鼠」のライブチケットを所有していた2人が、それぞれの事情で行きそびれ、終電を逃すところから始まる。
そこで出会った山音麦(菅田将暉)八谷絹(有村架純)は、もう1組の30代くらいの男女とともに、流れで飲み屋へ行く。
ここで麦は、飲み屋に偶然居合わせた押井守監督(本人)にびっくりし、絹も表情で驚いたリアクションを見せる。
麦は「神がいた」と発言するのだが、大人の男女には響かず、「ショーシャンクの空に」の話を出して盛り上がる。

ここの対比が絶妙に面白い。
「ショーシャンクの空に」をマイナーな映画として紹介する男と「聞いたことある」と食いつく女、麦と絹が押井守に出くわしたことに興奮する、映画のミーハー層とコア層、の隔たりを表現することに成功している
その後麦と絹は、別の飲み屋で複数のメジャーとは言い難い小説家の話で盛り上がり、カラオケ屋ではきのこ帝国のシングル曲ですらない「クロノスタシス」を歌ってる。
共通の趣味ではなくても、初デートは絹が行きたがってた「ミイラ展」であったし、麦はガスタンク巡りが趣味で3時間の映像にまとめて絹に見せている、つまり周囲に理解されがたいような、変わった趣味を持っている人たちなのだ

麦と絹の人生を想像するに、それまでは周囲の自分の趣味への理解がなかったか、もしくは隠してた可能性が高いのではないか、と思う。
彼らのサブカルチャーは、「サブ」であるがゆえ共通の趣味の人に出くわすことは普通に生活していてまずないので、周囲に合わせることもしながら自分だけの趣味を一人で追究し、理解されることは諦めマイペースに生きてきたのではないだろうか。
だとすれば、2人が「奇跡的な出会い」と感じ、惹かれあうのも必然であった

もうひとつ、面白いシーンがあった。
広告代理店に勤める絹の父と麦が会うシーンで、麦に対して「ワンオクは聴く?」と聴いたのに対して「聴けます」と答える。
おじさんが「ワンオク」を出していれば若者は食いつくと信じてやまないのに対して、あくまでサブカルチャー好きの麦はなびかず「聴けます」と、自分の趣味ではないことを示唆しつつうまくかわしている
この「聴けます」というセリフが個人的にすごく印象的で、とてもわかりやすく自分の立ち位置を示していると思う。
会話劇に定評がある坂元氏、流石である。


このように、2人を結び付けたのはサブカルチャーであるが、ここのところは坂元裕二氏が「サブカルチャーに対する理解」があったところが大きいのではないか、と思う。
前述したように、坂元裕二作品自体が、熱狂的なファンを抱えつつ視聴率が伴わない、というサブカルチャー的な存在であったことと無縁ではないような気がする。
少数派に向けて書いた作品づくりを意識していたがゆえ、サブカルチャーを愛する主人公2人の物語、というのはとても坂元氏らしいと思う。

また、本作のように「趣味」という共通点で惹かれあい始まるラブストーリーは、あまりない切り口である。
さらに言うと、出会いから別れまで、恋敵は一切現れないのもとても珍しい。
それゆえ、その後対峙する「現実」を通しての心の摩耗、それによるすれ違い、私たちの心にリアリティをもって響く。
この「花束みたいな恋をした」は、ありそうでなかった切り口を用いた、新たなラブストーリーの魅せ方を示したと言えるだろう




話を続けると、絹と麦の愛の盛り上がりは最高潮を見せた中で、「現実」「生活」という避けられない壁と向き合っていくこととなる
調布から徒歩30分の多摩川がよく見える部屋で同棲を始めた2人は、勢いのまま大学を卒業しフリーターとなる。
しかし、麦の父から仕送りを断られることを発端として、麦は就職活動を始め、後に運送会社に就職する。
いっぽうで絹も簿記の資格をとり事務の仕事を始める。
趣味の話で盛り上がった2人は、この資本主義社会に摩耗し、次第にすれ違っていく

このすれ違いのやり取りは坂元裕二の得意とするところであり、演出は安定的に見事だ。
麦と絹を取り巻く仕事に対する意識の違いは、世の中の男性と女性の仕事に対する向き合い方でありがちである内容でもあった。
麦は、スーツに身をまとい残業三昧、絹との約束も守れなければ、かつて趣味だったものに心を惹かれず、資本主義社会に染まり仕事人間となってしまっていた
一方で女性である絹は、好きなことを仕事にしたいと、給料は下がるもののイベント会社に転職する。
麦は資格までとって就職した仕事を手放し好きなことを仕事にした(学生気分に見える)絹の行動が理解できず、絹はかつてのように趣味で盛り上がれないことを寂しく思い愛情を受けてないなかで麦が結婚話を持ち掛けてきたことに不信感を持ってしまう。
と、文で書くと淡々としてしまうのだが、ここのところは台詞回し以上に、2人の演技の上手さが光っているので注目してほしい


こんな感じで、サブカルチャーで結びついた2人は、逆にいえばその結びつきがほころんだとき、必然的に関係は破綻へと向かっていってしまう。
ついに別れ話をするファミレスのシーンは、本作最大のハイライト、泣き所ではなかったかと思う。

ファミレスで対峙する麦と絹は、別れることを決意しているが、言葉ではなかなか言い出せない。
笑って別れようと決めてたものの心は揺れ動き、麦は「別れたくない」と言いだしてしまう。
混沌とした空気にトドメを刺したのは、清原果耶と細田佳央太演じる、知り合ったばかりの若い男女の会話だった

ロックバンド羊文学のライブで知り合った2人は、長谷川白紙崎山蒼志の話で盛り上がり「BAYCAMPで会ってたかもしれないですね」と、これまたコアな邦楽の趣味の話に花を咲かせるのだった。
自分たちの過去と重ね合わせる二人、そして残酷なまでに「そのときの感情が2人に宿っていない」ということを突き付けられ、2人は静かに涙を流す。
本作最大の、美しく、切なく、心を揺さぶられるシーンであったと思う。


とはいえ別れた後も話は続き、その演出は非常にポップで軽やかである。
別れた後にばったり会った2人は、互い別の恋人と一緒にいるが特に会話を交わすわけではなく、静かに後ろ向きに手を振る。(これもお気に入りのシーン)
坂元裕二氏はここのところ一貫していて、すれ違うし上手くいかないけれども、決してそれを否定しない
それぞれ大切な思い出、必要な時間として受け止めたうえで、時間は進む(生きてゆく)ことを強く肯定してくれる
今回はラブストーリーが題材であったが、2人の別れを見届けてポップな音楽にのせたエンドロールが流れて、改めて坂元裕二作品に触れている、という実感を感じるのであった。



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坂元裕二作品の作家性、といえば2010年の「Mother」で確立したと言われており、「それでも、生きてゆく」「最高の離婚」「カルテット」など、多くの名作を生みだしてきた。
同じ主演でいえば、有村架純主演の「いつかこの恋を思い出して泣いてしまう」があるが、こちらは映画とは対照的に、主人公に不遇な生い立ちの背景を与えていて最後に小さな希望を示して終わるラブストーリーだったので、本作と真逆の物語を期待される方は、こちらがおすすめである。

坂元裕二初のオリジナル映画である本作を見て、連続ドラマとの違いも感じていた。
連ドラで視聴率が芳しくなかったのは、設定として登場人物に不遇な環境を与える、というのも要因としてあったと思う(「anone」があんな名作なのに失敗作扱いされているのはとても悔しい。。)
それに悔しい思いをしていたので、商業的に坂元裕二作品が受け入れられた点については、坂元ファンとしてとても嬉しいことである。
連ドラも内容的に「ながら見禁止」であることからも、ドラマより映画の方が向いているのかもしれない、と、本作が高い評価を得ていることも加味したうえで思ったりもした。

ただし、正味2時間強という尺で、坂元裕二作品の良さが伝わったのかが怪しい
今回、作風上の都合であろう、主人公には不遇な環境や生い立ちを与えなかった。
それが悪いと言っているのではない。
坂元作品を「それでも、生きてゆく」(2011年)以降ずっと見続けているファンとしては、ずっと「生きる力」みたいなものをもらってきたし、「花束みたいな恋をした」を見た人にも、これをきっかけとして、ぜひ坂元作品の連ドラに触れてみてほしい、「生きる力」みたいなものを感じてほしいと、強く思った。
コロナ禍で生きる力をそがれ、しばらくSTAY HOMEを強いられる昨今では、なおさら連ドラ視聴を強くおすすめしたい。

ちなみに春から、久しぶりに坂元裕二脚本のドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」がスタートする。
これも楽しみだ。


個人的な坂元裕二作品ベスト5を、最後に紹介。

1位「それでも、生きてゆく」(2011、フジテレビ)
2位「最高の離婚」(2013、フジテレビ)
3位「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」(2016、フジテレビ)
4位「カルテット」(2017、TBS)
5位「anone」(2018、日本テレビ)

 

 

過去記事です↓

 

久しぶりに、“敬体”で文章を書きます。
2020年の音楽シーンを振り返るコーナーくらい、書いておきたいなと思って書いてます。

 

バックナンバーはこちら。

2019年

2018年

2017年

2016年

2015年
2014年

 

あ、でも今年はコロナ禍という特殊な一年であり、


「コロナ関連で音楽業界困窮」


が、普通に考えれば1位なんですが、これについては触れないようにしたいので、


0位:コロナ関連で音楽業界困窮


と、させてください(笑)
1位の上、という意味と、こんな悪夢なかったことにしたい、という意味が含まれてます。。
コンサートのあれやこれが中止になった件は、ランキングに入れない方向で。


さてさて、ランキングに移ります



10位:「鬼滅の刃」のヒットにLiSAの曲もヒット

いま「鬼滅の刃」のアニメを見て一生懸命世間に追いつこうとしています(笑)
で、注目すべきはLiSAさんですよね。
彼女はずっと邦ロック界で、アニソンに特化して活動してて、たまたま「鬼滅」がヒットして注目されることに。

継続は力なり

という言葉を、体現してらっしゃるイメージです。

 

 



9位:FLOWER FLOWER むらじゅん脱退

FLOWER FLOWERのバンマス、むらじゅんこと、村山潤氏が、秋に突然脱退しました。
これは世間的に大きなニュースではなくとも、フラフラ的には今後の音楽性を左右する衝撃的なニュースでした

もちろん、ボーカルのyuiさんのつくる歌で人気な側面が強いバンドですが、サウンド面では彼の個性が強いこともあって、今後の音楽性の変化は余儀なくされそうです。
「ずっと真夜中でいいのに」のサポートとして活躍してたり音楽の幅が広い彼ですが、彼のサウンドが好きだっただけに、残念なニュースでした。

 

 



8位:小室哲哉、乃木坂46に楽曲提供でヒット

そうそう、小室さんについては、引退宣言なんてしなくていいと思ってたんですよ。
だから、乃木坂46に「Route246」を作曲者として提供し、ヒットさせた、これでいいんですよ。
彼は有名だから表に出ると叩かれることもあるかもしれない、でも本来作曲家って裏方ですからね?
今後も期待してます。

「Route246」がもろにTK節だったことについてもいろいろ言われておりますが、僕は一周回って「なつかしさ」みたいなのを感じました。
全盛期から四半世紀、青春時代の曲が今の曲として流れてる~!!みたいな。

あと、余談ですがAKB48が紅白落選して、コロナ禍で「握手券つき」の「AKB商法」ができない、という盲点を突かれ、一時代が終了した感があります。
坂道グループメンバーも、「握手券つき」の商法ができない中、これからが正念場だと思います。

 

 



7位:藤井風、新人で圧倒的な存在感

新人で最も個性的で、魅力的なシンガーソングライター、それが藤井風さんでした。
藤井風さんのあのダンディーボイス、「何なんw」のような言葉チョイス、流ちょうな英語、何といってもかっこいいオシャレな風貌
文句なしに推したいシンガーソングライターです。

男性からもかっこいいと思うのですが、更にギャップ萌えしてしまうのがコテコテの訛りの岡山方言ではないでしょうか(笑)
昨年末にデジタル配信でデビューしたようなのでレコ大新人賞は選出外のようですが、この基準はよくわかりませんね。。
彼こそ選ばれれば文句なしの受賞、なのに。

 

 



6位:YOASOBIがストリーミング再生でブレイク

藤井風さんと同時期に、主にストリーミング再生で、CDを出さない状態でブレイクしたのはYOASOBIで、紅白に出場も決まったそうです。
コンポーザー(作詞作曲)Ayaseと、ボーカルikura(幾田りら)というユニット、という、変わった形態ですが、「夜を駆ける」がヒットした頃はSTAY HOME期間でもあり、ライブパフォーマンス方法不明、MVはアニメーション、ということで、生ライブが見られない中、サブスクで良い音楽をみんなが漁った結果、発見された感がありますよね。

本当に、何がきっかけでバズるかわからないと感じました。

 

 



5位:アイナジエンド、ソロデビュー

BiSHをそんなに注目しているわけではないですが、アイナジエンドさんは注目しておりまして。
振り付けも作詞作曲もやってるし、声も魅力的で。

そんな彼女がついにソロデビューして、来年にはアルバムリリース、ツアーも決定。
ある時は憑依型のパフォーマンスを、でもオフショットではキュートな笑顔を。
BiSHは辞めないと思うので、どちらも素晴らしいパフォーマンスを期待してやみません。

 

 



4位:マカロニえんぴつ、メジャーデビューで露出がすごい

僕が昨年から注目していた「マカロニえんぴつ」ですが、9月にメジャーデビュー。
するとどうでしょう、音楽番組の出演本数の数の多さ、マクドナルドなどのタイアップの数々、メジャーになるとこんなに変わるのかと改めて驚かされます。

僕の見解では、彼らはライブ活動を重きに置いていて、インディーズのまま活動していくつもりだったのでは、と感じています。
そう、コロナ禍でライブができなかったから、メジャーという選択肢を選んだのだと。
インディーズよりメジャーが上、という価値観は古いとは思っておりますが、ライブ業界が苦境に陥っておりますので、才能と人気があるアーティストはどんどんメジャーに行く流れが続くかもしれません。

 

 




さてさて、、ベスト3です。



3位:瑛人のラッキーボーイっぷりがすごい

前述の「藤井風」「YOASOBI」と、もう1人、ブレイクした新人といえば瑛人さん。
「香水」は様々な音楽番組で流れていて、紅白にも選出されたのはご周知のとおり。

音楽的にいえば、「香水」は耳馴染みの良い曲ではあるものの、いたってシンプルで、インパクトのある曲ではないです。
が、この「香水」のすごいところは

STAY HOMEに貢献していた

ということだと、僕は思っています。
その歌いやすさ、演奏しやすさから、インスタグラムで「歌ってみた」「弾いてみた」動画がたくさん投稿され、そこから曲を知られ、音楽番組が決まり、、という大きな流れがあったように思います。
様々な場所から、この曲を歌っては拡散し、歌っては拡散し、を繰り返して盛り上がっていたわけです。

コロナ禍におけるラッキーボーイ、僕はそう思ってます。
純朴な人柄も好感持てますよね。

 

 




2位:津野米咲さん逝去

前にも記事にしましたが、今年は音楽業界から悲しい亡くなり方をする人が出てしまいました。
赤い公園の津野米咲さん。

 

 


これをランキングに入れることに躊躇いがあったのですが、彼女のことを忘れないためにも、高い順位に入れました。
COUTDOWN JAPANでは、津野さんに代理を立ててステージに立ち再スタートする予定で、静かに応援していたのですが、残念ながらフェスそのものが中止になってしまいました。

でも赤い公園として再スタートとしてやっていく、その意思は伝わりました
残されたメンバーはどう考えているかわかりませんが、あらゆる選択肢の中、選んだ選択を尊重したいと思ってます。

来年も厳しい世の中が続くことが予想されますが、どうかこれ以上悲しい出来事は起きませんように。。

 

 






さてさて、僕の中の1位はこのトピックスはこれです。

 

 

 








1位:欅坂46、平手友梨奈脱退、櫻坂46として再デビュー

総合的に音楽業界を1年通して、これほどセンセーショナルな一年を送ってきたアーティストは、欅坂以外にはなかったかな、と思いました。
まず、1月に絶対的センターの平手友梨奈の脱退、これはかなり衝撃を受けました。
グループ全体好きでしたが、特に平手のパフォーマンスが大好きだったので、、

もともと停滞していたグループ活動ですが、この直後にコロナ禍で音楽業界全体が止まることになります。
が、欅坂としては、むしろこの期間は、グループの在り方について再考する良い機会になったのでは、という気がしてます。

7月の配信ライブで改名することを発表、そして10月にラストライブ、からの櫻坂としての再スタート。
12月には櫻坂として再デビューし、紅白にも出場が決まっています。

なかなかの目まぐるしさだと思いませんか。

そして、かたや脱退した平手友梨奈さんは、女優業に専念しているかと思えば「ダンスの理由」を配信リリースしてソロデビュー
FNS歌謡祭で、K-POPばりの洗練されたダンスで衝撃を与えられたのは、記憶に新しいところです。


欅坂が終わったことについては、今考えるとしょうがないとしか言いようがなく、前向きなお別れをしたこと、僕は良かったと思ってます。
櫻坂のメンバーは今窮屈そうに活動していないし、平手友梨奈は個性を磨きパフォーマーとしての今後が期待できます。


平手さんがどう思ってるかわからなけど、欅は良い思い出として、どちらものびのびと活動してほしいなって思います。

 

 

 

 




さて、こう書くと音楽的なトピックスは例年に変わらずネタは豊富で、世間からも求められ続けていたし、不急ではあるけど不要ではないことがよくわかるんですが、
音楽業界、いや、広く言えばイベント業界、エンタメ業界が、大ダメージを受け、それを大切にして、生きがいにしてきた僕らにとっても、大きなダメージだった一年であったことは間違いありません。

コロナ禍が、2020年の案件ではなく、来年も継続していく案件であることが、とてもつらいです。
エンタメの前進を願うのもそうだけど、まず自分自身が崩れないように、そこを注意していきたいです。

「生きてればどうにかなる」

と、いうことを自戒をこめて、自分に言い聞かせながら。
何かの縁でこの記事をご覧になった方も、良いお年をお迎えください。

 

 

 

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追記:

 

2020年マイベストアルバム

 

1.CEREMONY / King Gnu 

2.SOUNDTRUCKS / Mr.Children 

3.THE PARK / 赤い公園 

4.From DROPOUT / 秋山黄色 

5.hope / マカロニえんぴつ 

6.一年中 / 片平里菜 

7.おいしいパスタがあると聞いて / あいみょん 

8. HELP EVER HURT NEVER / 藤井風

9.ターゲット / FLOWER FLOWER 

10.ストリーミング、CD、レコード / ゲスの極み乙女。

 

次点 

STRAY SHEEP / 米津玄師 

You need the Tank-top / ヤバイTシャツ屋さん 

 

特別賞 

ROMANCE / 宮本浩次

 

 (EP、ミニアルバムを除く)