半田カメラ/気になったら とりあえず行ってみるブログ

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フリーカメラマンで大仏写真家の半田カメラが、
「気になったら とりあえず行ってみる」
をモットーに、彷徨いつづける日々の記録です。

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これまで7回に渡りゆるゆる続けてきました

長野県北部〜中部の旅の記録も今回が最終回となります。

とはいえまだ長野には行きたいところが多々あり、

今回、時間的に断念したところもあります。

長野にはまだまだ行かなければなりませんね。

 

今回の旅で最後に立ち寄った場所は布引観音

長野県小緒市にある懸造りの観音堂が有名なお寺です。

 

懸造り(かけづくり)とは、

山や崖の斜面にへばりつくように建てられた寺院建築のこと。

この懸造りに私は最近ちょっとハマっていて、

旅先で懸造りがあったらちょっと寄ってみるモードに入っているんです。

まぁ「ちょっと」では済まないんですけどね‥

懸造りってかなりハードめな場所にあるものですから。

 

そんなハードめな懸造りのどこに興味を持ったのか。

それはやはり「なぜそこに?」感。

これが最大の理由な気がします。

なぜこんなところに、そうまでして建てなければならなかったのか。

この信仰があいまった謎(ミステリー)と、

そこに辿り着くまでの道のり(アドベンチャー)が、

懸造りには共存している。

そこがいい。

 

 

ここが布引観音の参拝路入り口です。

入り口に近い駐車場は、私が着いた時にはすでにいっぱいで、

出て行く車を待たないと停められないほど。

連休中だったためか大人気でした。

需要に反して駐車場が小さめ、とも言えるかもしれませんが。

 

↑お犬さまが見切れているのはご愛嬌

 

駐車場にある案内図によれば布引山釈尊寺までは徒歩で約20分

ちょうどいい山登りという感じです。

ただ私はこの前の日にも山登りをしていました。

前回のブログに書いた霊諍山に登っていたんです。

『長野県北部〜中部の旅 ⑥ 霊諍山の石仏』

流石に少し疲れが出ていました。

 

 

いつもよりやや重い足を無理やり進めながらの登山です。

ただ布引観音の登山の良いところは、

途中でこんな感じの仏像があったり、

 

 

滝があったりと、風景に変化があって面白いこと。

それと駐車場に車が多かったことでわかるように、

登山客が多い点があげられると思います。

 

すれ違う登山客が多いと、互いに声を掛け合うなどして士気が高まります。

「こんにちはー」

「もう少しですよ」

とか、登山あるあるですね。

また昨今よく聞く熊などの野生動物との遭遇も、

誰ともすれ違わないより心強く感じるのは間違いないでしょう。

 

 

そうこうしながら登山すること約20分。

行手に立派な仁王門が見えてきます。

ここまで来ると釈尊寺はもう目の前!

ラストスパートの階段を登り切ると‥

 

 

そこにあるのは布引山釈尊寺です。

そしてここで向こう側に見えてくるのが、

今回の目的である断崖絶壁に建てられた、

懸造りの観音堂です。

 

 

 

布引観音と言えば出てくるのがこの写真。

私も同じ場所から写真を撮りました。

 

まさに圧巻の懸造りと言えるでしょう。

はたしてどれだけの高さがあるのか。

なぜそうまでしてこんなところにお堂を建てなければならなかったのか。

冒頭に書いた私の疑問があなたの頭にも浮かんだのではないでしょうか。

 

もちろんそれこそ信仰なんでしょう。

ですが、信仰心を超えた執念みたいなものがなければ、

こんなところにお堂は建てられないのではないか‥

そんなことを思ってしまいます。

 

 

もちろん、この観音堂にも歩いて行けるわけです。

その道のりには写真のように崖にのめり込んだお堂や、

岩をくり抜いた隧道(トンネル)があり、自ずと気分が高まります。

 

『牛に引かれて善光寺参り』

という説話はこの地で生まれていて、

それゆえ布引観音という名称なのですが、

それにちなんだ牛の石像も道の途中にありました。

説話に関しては長くなるので省略します。

調べてください。すぐ出てきます。

 

 

 

観音堂までの道のりで個人的にグッときたのは、

六道地蔵と閻魔大王奪衣婆(だつえば)の石仏。

それと、

 

 

 

柱の影からまるで「ニヤリ」

と不適な笑みを浮かべるかのように顔をのぞかせる狛犬さん!

が印象的でした。

 

 

観音堂から見た釈尊寺からの道のりはこんな感じ。

写真ではなかなか伝えづらいスケール感です。

360度のパノラマと言っちゃえばそうなんですが。

実際に行って体験していただかないと本当のところは分からないと思います。

ですから写真もこのぐらいに留めておきます。

 

個人的には興味津々の懸造りがあり、石仏や狛犬も随所に出てくる、

いい感じの登山だったな、という印象でした。

駆け足ではありますが、また長文になってしまったのでこのへんにします。

 

ぜひ機会があればご自分の目でこのスケール感、

アドベンチャー感、そして魅惑の懸造りミステリーをお確かめください。

くれぐれも登山ですから、ちゃんとした装備でお出かけください!

何年にも渡りこのブログを読んでくださっている方なら、

もしかしたら覚えているかもしれません。

今から2年前‥いや3年前かな?に参拝した

長野県筑北村にある修那羅(しょなら)石神仏群のことを。

 

こちらです↓

『鳥居の先の異世界 修那羅石神仏群〜前編〜』

『鳥居の先の異世界 修那羅石神仏群〜後編〜』

『鳥居の先の異世界 修那羅石神仏群〜追記〜』

 

詳しくは上のリンクから読んでいただきたいのですが、簡単に説明します。

修那羅石神仏群は筑北村にある安宮神社という神社の奥に広がっています。

安宮神社は江戸時代の行者、修那羅大天武によって開かれ、多くの信者を得ました。

信者たちが奉納した無数のユニークな石仏が今も残る、濃厚石仏スポットです。

 

この修那羅石神仏群があまりにも衝撃的で‥

ブログには書きませんでしたが、

私はその翌年、修那羅にもう一度参拝しています。

               

 

そんな修那羅石神仏群のある筑北村から北に20キロぐらいでしょうか、

同じ長野県の千曲市に修那羅に大いに影響を受けた石仏群があるのです。

これは石仏好きの間では大変有名な話。

その名も霊諍山(れいじょうざん)の石仏群と呼ばれています。

私はこれまで霊諍山に行けておらず、

今回ここに参拝するのが旅の大きな目的のひとつでした。

 

 

霊諍山大雲寺というお寺の裏山にあります。

写真はその裏山にあたる大雲寺自然探勝園の案内看板。

これを見つけるまで霊諍山への道がわからず、

お寺周辺をかなりウロウロしてしまいました。

 

 

私のようにウロウロしないよう書いておきます。

この案内看板は大雲寺に向かって左手の公衆トイレの側にあります。

そして公衆トイレと看板の間にある細い道が霊諍山への参拝路です。

 

ただ、霊諍山にのみに行くのなら、

他の入り口から登る方が道の方が楽なように感じました。

なぜなら、ここからはそこそこ急な登山道になるからです。

でも他の参拝路には駐車場がありませんからね。

このルートであればお寺の駐車場に車を停められます。

ご参考まで。

 

 

前述したように先ほどの入り口からは、ひたすら上り坂がつづきます。

順路を示すように石仏がポツポツとあったりすればテンションも上がりますが、

ただ写真のような山道。ほぼ修行です。

途中で慈母観世音菩薩像がありますが、

少し道を逸れるので、今回は参拝しませんでした。

 

 

汗を流しつつ10分ちょっと登ったところで、

地図にあった展望台らしきものが見えてきました。

私は山登りに慣れているほうだと思います。

おそらく普通の方だとここまで15〜20分ほどかかるんじゃないでしょうか。

 

 

大雲寺からこの展望台まで0.3キロ、

ここから目的の霊諍山まで0.3キロ。

つまりここが霊諍山までの中間地点です。

ただここまでは0.3キロの上り坂、ここからは0.3キロの比較的平坦な道。

ここまで来ればもう霊諍山に着いたも同然です。

 

 

少し(私の足で7分ほど)歩くと鳥居が見えてきました!

おそらくあそこが霊諍山でしょう。

 

 

鳥居があり、その奥に社殿が見えてきました。

この山で2番目に高い標高490.5メートルの場所にある霊諍山です。

 

 

説明看板によれば、

霊諍山は明治中期に北川原権兵衛という人物が開山。

その際、修那羅大天武の高弟がともに布教し信者を集め地元の信仰を得た、

とのこと。

なるほど、修那羅に影響を受けたというより、

修那羅の流れを汲む場所といった感じでしょうか。

 

 

中心にある社殿の周りをぐるりと石仏が並んでいます。

この配置も修那羅とほぼ同じ。

ただ規模は修那羅より小さく、石仏の数は120ほど。

ちなみに修那羅には800ほどの石仏があると言われています。

 

そんな中でも、

霊諍山の石仏と言えば真っ先に思い浮かぶ、

石仏好きの間で特に有名な石仏がこちら。

 

 

 

猫神様がふたつ。

右の猫神様は「猫だな」って感じですが、

左の猫神様は二足歩行だし、ウェーブしてるみたいなポーズ。

アニメっぽいというか、キャラクターぽいというか‥

不思議な魅力があり、この猫神様は霊諍山のアイドル的な存在です。

 

念のため説明を入れますが、

猫神様とは養蚕の天敵であるネズミから蚕を守るため猫を飼ったことから、猫を神聖化した像です。

 

 

こちらは左が『文珠』と見えるので文殊菩薩でしょう。

とすると、右は象に乗ってるみたいだから普賢菩薩でしょうか。

全般的にキャラクターっぽさがあって親近感が湧きます。

作られたのは明治時代ですし、

修那羅に比べ現代的なのが親近感の正体かもしれません。

 

 

ユニークで独特な像が多く、見てそれと分かるものばかりじゃないのですが、

こちらの摩利支天は見てそれと分かる描写力。

 

 

こちらの不動明王像もとても良いです。

かわいらしくて恐くはないですが、見てそれと分かります。

よく見ると『成田山』って刻まれてます。

 

数ある石仏の中でこの日、私が最も心躍った石仏はこちら、

 

 

 

おそらく蔵王権現?ではないでしょうか。

(間違ってたらごめんなさい)

ポーズ的には蔵王権現です。

でもこちらもぜんぜん恐くない。

躍ってるようでこちらも楽しくなるような、そんな石仏でした。

 

もっとご紹介したいのですが、

素敵石仏ばかりでキリがありませんのでこのへんにしておきます。

 

 

総じて感じたのは自由さ。

統一性はあるのかもしれません。

何か私にはわからないルールがあるのかも。

ですが不勉強な私が見ると

『とにかくスターな仏像や神像を集めた』

みたいに見えてとても楽しいのです。

そして修那羅と同様に民間信仰の自由なパワーを感じました。

 

辿り着くまでそれなりに大変でしたが、ここまで来てまったく損はない。

山の上にひっそり広がる、フリーダムな石仏パラダイスでした。

最近はサッカーW杯に夢中で、また間が空いてしまいました。

日本戦以外も面白いので、放送があるといつまでも観てしまいます。

今大会はアジア勢が軒並みグループ予選で敗退。

アジア全体をまるっと応援している私としては悲しい限りです。

 

W杯の話は早々に切り上げまして‥本題に入りましょう。

ここまで5回に渡り長野県北部の旅の記録を書いてきましたが、

今回は箸休め回とでも言いましょうか。

「ま、ちょっと寄ってみた」的な回になります。

よろしければ前回から引きつづきお読みください。

 

前回のブログ

『長野県北部〜中部の旅 ④ 藁の道祖神』

に出てきた県道12号(アルプス展望道路)から山間の道に入りしばらく進んだころ、

こんな看板が目に止まり思わず車を停めました。

 

 

 

道路の右手に「百体観音」の白い文字!

よくよく見ればそれは

『観ノ山 百体観音 P』と書かれた看板でした。

ここに車を停め、細い山道を登って行くと、

山の中に魅惑の百体観音石仏が並んでいるのだろう!

ということが容易に推測されます。

 

まったく知らなかったノーマーク石仏群キタ!!

石仏大国長野ですから、私の知らない石仏群などまだまだゴロゴロあるわけです。

これは寄っておきたいところ。

悩む余地などまるで無く、すぐさま山道へと入って行くことにしました。

 

 

少し登って行くと「ここが入り口」と言うように石灯篭(常夜燈)が現れ、

その奥に『秩父三十四観音』と順路を示す看板が見えてきます。

 

そもそも百観音とは、

西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音を合わせた

33+33+34=100

百の観音さまのこと。

 

昔はこれら全てを巡る旅に出ることは容易ではなかったため、

このような写し霊場が各地に生まれたわけです。

(後で調べたことですが、この百観音は江戸時代中頃から順につくられたものだそうです)

 

看板の先に現れた観音石仏はこんな感じ!

 

 

 

 

崩れているものもありましたが、多くの石仏は銘も残っており、

いい具合に風合いがあって、私の好きな可愛らしい石仏が多くある印象。

このような可愛らしい観音さまの石仏が、

 

 

点々と間隔をあけつづいています。

 

私としてはもう少し密に配置されていることを勝手に想像していたので、

「おっと‥これは以外と長い道のりになるかもしれないぞ‥」

とこの時点で思い始めていました。

とはいえ、単純にこの間隔で100体並んでいるのであれば先は見えています。

仮に5メートル間隔で100体並んでいるのなら、

単純に考えて500メートルほど歩けばいいわけですから。

まぁ、山道を500メートルって結構キツイですけどね。

 

ところがです。

 

 

再び現れた『百体観音→』

の立て看板がある先に広がるのは‥

 

 

まっったく石仏がないゾーン。

そこにあるのは山道だけ。

しかもこの先そうとう登らされそうな山道。

どうしよう‥まだ秩父エリアなのに‥先はかなり長そう。

 

野生動物が出ても何ら不思議のない山にひとり。

人とすれ違う気配もない。

スマホの電波は極めて微弱で助けも呼べなさそう。

そこまでの登山のつもりじゃなかったから実に軽装備。

しかも事前に調べてないから、何の情報もない。

 

これらの状況を冷静に判断した結果、

これはちゃんとした装備で再度くるべき場所かもしれない‥

今回はここで引き返す決断をしました。

無念です。

 

無念ではありますが、賢明な判断だったと思っています。

と言うのも、後になって調べたところ、

観ノ山 百体観音は

『尾根に沿って秩父1番から34番に至る。

続いて西国1番から山に登り33番で観ノ山の頂上に達する。

坂東1番はそこからくだり33番まで配置されている』

とのこと。

 

つまり、あの先を進んでいたら山の頂上まで登ることになっていたわけです。

(ちなみに観ノ山の標高は950メートル)

これは引き返して正解だったと言えるのではないでしょうか。

 

 

でも好きな感じの石仏だったんですよね‥

今回は諦めることになりましたが、

またちゃんとした装備で再度チャレンジしたい場所が増えた、

つまりはそういうお話でした。

 

それにしても、観ノ山 百体観音についての情報が非常に少ない。

どなたかのレポートとか地図とかないものでしょうか。

ネット上ではほとんど見つけられませんでした。

観ノ山に登り百観音めぐられた方がいらしたらぜひご一報ください。

お待ちしています。

仕事が忙しく少し間が空いてしまいましたが、

ここまで4回に渡り長野県北部の旅の記録を書いてきました。

ここまでの4回はいわば『大仏ゾーン』

ここから先は『大仏じゃないゾーン』になってまいります。

ですが大仏好きさんもそれなりに興味ある内容だと思いますので、

できればこの先もお付き合いください。

 

さて、今回ご紹介したいのは道祖神(どうそじん)です。

道祖神とは端的に言えば、

外から来る悪いもの(疫病や悪霊など)の侵入を防ぐため、

村の堺などに祀られる民間信仰の神様のこと。

 

ただ道祖神と一言で言っても形は様々です。

長野だと安曇野周辺に特に多い、

石の仲良し道祖神が比較的知られているんじゃないでしょうか。

 

 

こんな感じです。

ラブラブで実に可愛らしい。

このラブラブの描写がちょっと生々しいものもあったりして‥

(直接的な表現は控えますが)なかなか興味深いんです。

 

一方、秋田県の道祖神はというと形態が異なります。

私は秋田の県南の出身なのですが、

秋田には人形道祖神という藁の神様がいらっしゃるんです。

村と村の境で睨みをきかし悪いものが入って来るのを防ぐ、

という役割ですから、かなり強そうで恐い

 

 

こんな感じ。

写真は地元の人々から『カシマさま』と呼ばれる代表的な人形道祖神です。

大きさは4メートル近くあり、実際に目の当たりにすると威圧感がハンパない。

お寺の仁王像のようにガードマンとして地域を守る存在なんですね。

 

この秋田の人形道祖神に関しては以前このブログでご紹介しています。

ちょっと長いですが、こちらからご覧ください。

『秋田の神さまめぐり その2 最強神さま登場!』

『秋田の神さまめぐり その3 手描き神さま』

『秋田の神さまめぐり その4 ラミネート神さま』

『秋田の神さまめぐり その5 神さまいろいろ』

 

 

と、説明が長くなりましたが、

この秋田の人形道祖神のような藁の道祖神が長野北部にもいらっしゃる!

ということで、この機会に訪問してみることにしました。

はたしてどんな神様なんでしょうか。

 

 

その道祖神がいらっしゃるのは北アルプスの絶景を望む県道12号沿い。

ちなみに県道12号は『アルプス展望道路』という名もあるらしいです。

その12号沿いの芦ノ尻区広場というところ。

 

 

カーブ付近に屋根付きの展望スペースのような場所があり、

この奥がちょっとした広場になっています。

ここがいわゆる道祖神場です。

 

 

道祖神場の一角で異彩を放っているのが目的の道祖神、

芦ノ尻道祖神です。

お分かりになるでしょうか、

二十三夜塔と庚申塔が並ぶ奥に見える、不適な笑みを浮かべる大きなお顔。

『道祖神』と彫られた板碑に藁を巻き付けつくられています。

ですからそこまで大きくはない。でも存在感が凄い。

 

 

村に入ろうとする悪いものを追い払うため威嚇‥

というより、まるで鼻先であしらうような不適な笑み。

だって口角が上がってるし、鼻穴も大きく表現されていて、

鼻息を荒くニヤリとしているように見えるじゃないですか。

 

神様なのは承知しておりますので甚だ失礼と存じますが、

ユニークなお顔でインパクト大!です。

恐いというより面白い。

見ているとだんだん愛おしくなってくる‥そんな感じでしょうか。

 

芦ノ尻道祖神は正式には

藁製神面装飾道祖神(わらせいしんめんそうしょくどうそじん)と言います。

つまり藁製の神の面を装飾した石の道祖神

そのままですね。

 

毎年お正月の1月7日にこの場所で道祖神祭りが行われます。

家々から持ち寄った正月飾りの藁を板碑に巻き付け、

このインパクト大なお顔がつくられるそうです。

そして役目を終えた古い神面は人々の祈りとともに燃やされるのです。

とても合理的なお祭りだと思います。

いつかお祭りの時に来てみたいものです。

冬にここまで来るのはなかなか大変そうですが。

 

 

その後この場所を離れ県道12号を北に移動していた時、

芦ノ尻道祖神のお仲間を見付け、すぐさま車を停めました。

 

 

桜の木でしょうか?

大きな木の下で休んでいるかのような‥

 

 

藁製神面装飾道祖神(わらせいしんめんそうしょくどうそじん)!!

芦ノ尻道祖神とそっくりな姿です。

ただ周囲に花が咲いているせいか、私が見慣れてきたせいか‥

なんだかさっきより可愛らしく見えるから不思議です。

妖精のようにも見えてきました。

 

ここが集落の北の端で、芦ノ尻道祖神のある場所が南の端ということでしょうか。

両方向から悪いものの侵入を鼻息荒く警戒しているのでしょうか。

そしてこちらの道祖神の傍には、

 

 

 

仲良し道祖神らしき石仏の姿もありました。

 

ポカポカな春の光の中、木の下に道祖神が並ぶ風景は

とても懐かしく穏やかな風景だなぁ、と思いました。

自分の故郷である秋田と似た風景だったからかもしれません。

秋田の人形道祖神は大きな木の下にあることが多いんです。

 

いつまでもこの民間信仰が続いていってほしいと願うばかりです。

おそらく異形であろう藁の道祖神に心が癒されたお話でした。

長野県北部の主に大仏をめぐる旅の記録を書いています。

今回ご紹介する大仏は、私がこの旅で一番楽しみにしていた大仏さまです。

旅のメインイベントと言ってもいいかもしれません。

 

これまでの旅の記録は以下のアドレスからお読みください。

『長野県北部〜中部の旅①平和観音(前編)』

『長野県北部〜中部の旅①平和観音(後編)』

『長野県北部〜中部の旅②黄金の大仏群』

 

長いこと大仏めぐりをしていますから、

初見の大仏さまというのは少なくなっていくもので。

初めて出会う大仏さまにはおのずと胸が高鳴ってしまいます。

そうです、今回ご紹介するのは最近できたばかりの初見の大仏さまです。

ドキドキしますね。

 

目的の大仏さまがいらっしゃるのは長野県長野市。

ですが長野市とは言っても中心部からはかなり離れた山間の町。

平地のほぼない急傾斜地体で、東京では見ることのできない壮大な風景がつづきます。

特に向かっている途中に見えた北アルプスが衝撃的に美しく、

思わずシャッターを切りました。

 

 

こんな美しくも壮大な風景の中、

山間の農村地帯に何の前触れもなく突如として現れるのが、

私が今回、もっともお会いしたかった大仏さまです!

 

 

覆屋に囲まれ、お顔に直接光は当たっていなかったため、

遠目にはそれとは気づかず、

「カラフルな建物があるな」ぐらいの印象なのですが、

少し近づくとそれが紛れもない大仏さまだと気づき、時が止まります。

 

私はこの辺りに大仏さまがいらっしゃる、

という事実を知っていたから気づけましたが、

知らなかったら確実にスルーしてしまうでしょう。

というか、まずもってこんなところに大仏がある(しかもこんな形で)とは、

普通は想像できません(私はするけど)。

 

 

この、のどか過ぎる風景とカラフルな覆屋の中の大仏さまのギャップたるや‥‥!

そして思っていたよりもかなり大きい!

これは素晴らしい!!

初見の驚きも相まって心を鷲掴みにされました。

 

 

こちらの大仏さまは左手に薬壺を持つ

薬師如来像で、像高は5.4メートル

木造で寄木造り。複数の木材を継ぎ合わせ作られています。

 

この敷地にお住まいで農業を営む男性が2020年から作りはじめ、

今から2年前の2024年にやっと完成しました。

完成の際には地元のテレビ局などが取材にきており、

私もその映像を見て「これは行かねば!」と思っていたわけです。

 

車でここまで入ってくると、

「見物人が来たか?」と思ったのか、

敷地の所有者であり大仏の制作者でもある男性が出ていらっしゃいました。

「薬師如来像を参拝させていただけますか?」

と声をかけると、快くOKいただき、農作業の手を止めご案内くださいました。

 

お気づきの方もいると思いますが、

先ほどから正確な場所を明らかにしていないのは、ここが個人の方のお宅だからです。

ニュースなどで詳細な場所も制作者のお名前も明らかになっていますから、調べれば出てきます。

ですがこのブログは私個人の活動です。

撮影の許可は得ていますが、ここでは詳細は伏せます。

製作者のお名前も‥仮に『Nさん』とさせていただこうと思います。

 

 

最初にNさんがご案内くださったのが、こちらの仁王像

高さは3メートルほどあるでしょうか、充分に見上げる大きさ。

表情にも迫力があります。

 

この仁王像は一本の木から掘り出したそうで、Nさんのオリジナル仁王

というのも仁王像は通常、阿吽二体でお寺の門にいるガードマン的な存在です。

しかしこの仁王さんは一体。

 

 

しかも左手には悪魔を握りつぶし、右手には赤ちゃん(無垢な天使の象徴)を抱えている。

仏像のルールからは逸脱していますが、そこにはご本人の想いが反映されています。

発注を受けているわけじゃないんですから、好きにつくったらいいと思います。

 

プロの仏師ではない‥‥確かにそうですが、

とはいえあまりに本格的じゃないでしょうか。

Nさんは本職は農家をされています。

仏像に興味を持ち、最初はチェーンソーで木を彫出すなどしていたそうですが、

徐々に仏像制作にハマっていき、とうとうここまでの大仏さまを作るに至りました。

 

 

ハマったっていっても、普通はここまで行きつきませんよ。

趣味の延長というにはあまりにも本格的。

かなりの勉強もされていると思います。

 

この薬師如来像の表面は乾漆造に習っていて、

麻100%の昔の蚊帳をかき集め、漆と合わせて仕上げたそうです。

 

 

基本的には廃材を利用するサステナブルな手法がNさんのポリシー。

本来は大仏の背後に後背を作りたかったそうですが、そこまではできず、

廃材の襖などを集めてきて、現在のような形にしたとのこと。

襖に描かれているのは先ほどこちらに向かう途中で見た北アルプスの風景でしょう。

地元を守る大仏さま感が出ていて、非常に素敵だと思いました。

お座敷で大仏さまがくつろいでいるみたいです。

 

 

繰り返しますが、前述したように個人のお宅です。

ですが、Nさんご本人としては「見ていただきたい」

という想いはあるように感じました。

ですから、ご迷惑にならぬよう礼儀を持って参拝させていただく分には大丈夫だと思います。

ただ‥ここまで行くのは結構大変です。

それなりの準備をしてお出かけください。

 

私は『作らずにはいられない』という方々を何人も見てきましたが、

その最新が今回更新されました。

現在進行形の熱量を感じとても感動した、というのが私の素直な感想です。

Nさん有難うございました!

どうぞお身体に気をつけながら、これからもつくり続けてください!!