ラストテスタメント クラシック-デフォルメ演奏の探求
  • 29Sep
    • ハイドン/エルデーディ四重奏曲の画像

      ハイドン/エルデーディ四重奏曲

      98、2000年録音。ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのメンバーからなるモザイク四重奏団。ハイドンの弦楽四重奏曲集、作品76のエルデーディ四重奏曲集6曲の全曲です。古楽による四重奏は、バランスの留意に難しく、ほかの分野に比べて取り組みが遅れています。ハイドンは、弦楽四重奏という分野を確立させました。ヴァイオリン属という同種の響き。音色の変化を出すことは難しく、聞き手は形式をはじめ抽象的な音楽、そのものに向き合うことになります。四声となることで響きは充実し、四和音も補完。弦楽四重奏の理想の一つが合奏が一つの楽器のように響くというものがありますが、この同属の楽器の響きから成る編成に依拠しているものです。エルデーディ四重奏曲は「五度」「皇帝」「日の出」「ラルゴ」といったあだ名をもつものを含み、6曲を基本的なセットとして発表されてきたハイドンの最後のセットです。決算的な意味合いをもち、同時に親しみやすい曲調で、あだ名を持たない2曲もまた名作となっています。弦楽四重奏は録音のうちにもモダンで長い歴史を築いてきました。第1ヴァイオリンの強い個性が全体のトーンを決定していた初期の頃から、新しい団体にいたる録音史の全過程に及び、現在にも至るものです。合奏の精度を高め、録音も弱音から強奏まで幅広くとらえるようになりました。その過程である種の香りも失われていきました。古楽による合奏は混ぜ合わされてきた響きから、個々の奏者の自発性、清新な弦の響きを回帰させる試みでもあります。従前とは異なる響きから印象は異なるものです。楽器は演奏される場の変化から、音量を増大させてきました。ヴァイオリン属の発音原理は弦をこするところから生まれます。その倍音の複雑が精妙でもあるのですが、楽音とは別のところで様々な音をも含んでいます。音量的には不利な時代楽器は、ときに夾雑さとして忌避されてきた音をもとらえ、結果、各奏者の個性をもとらえるようになったものです。一方で、バランスを取ることは現在も課題となっています。響きの豊かさまで至ることの難しさ。モザイク四重奏団とクイケン四重奏団。この二つは、こうした課題を越えることに成功した代表格というところでしょう。6曲のセットということでの到達点。献呈を受けたエルデーディ伯の名前もまた、すでにある種のあだ名となり、セットを特別なものとしています。このとき2度にわたるイギリス旅行を終えて全欧の名士でもあったハイドン。ここに至っても様々なアイデアが施され、創作意欲も旺盛なものがありました。聞きなれた響きから思いもよらない効果をあげるものとして驚きがもたらされます。凝らされたアイデアの新鮮な驚き。人気ブログランキング

  • 26Sep
    • フォーレ/ヴァイオリン・ソナタ集の画像

      フォーレ/ヴァイオリン・ソナタ集

      フォーレのヴァイオリン・ソナタ。ヴァージンで制作され、現在はエラートに移っているフォーレ室内楽曲全集の一環となった1枚です。2曲のヴァイオリン・ソナタに加え、子守歌 Op.16、ロマンス Op.28、アンダンテOp.75,初見視奏曲といった小品を併せています。セットはルノー(ヴァイオリン)、ゴーティエ(チェロ)のカピュソン兄弟ほかの現代のフランス奏者で構成されていますが、ここではルノー・カピュソンのヴァイオリン、ミシェル・ダルベルトのピアノ、第2ソナタのピアノのみニコラ・アンゲリッシュのピアノとなっています。2010年の録音。巨匠時代。ティボーのヴァイオリン、コルトーのピアノでのフランス産のヴァイオリン・ソナタを収めた1枚がありました。そこに収められているのはドビュッシー、フランクに加え、フォーレの第1ソナタです。高貴と、雰囲気喚起だけではないのは楽曲への踏み込みです。この組み合わせのフォーレ作品に触れたプーランクは、フォーレの音楽への見方を転換するほどの衝撃を受けました。ティボーの1枚はフランスを代表する分野の作品をまとめていました。フランス産ではルクー、ラヴェル、サン=サーンスといった作品もあがるかもしれません。フォーレの室内楽はヴァイオリン・ソナタにとどまりません。ロマン派らしくピアノを加えたものが中心で、三重奏、四重奏、五重奏。チェロ・ソナタや弦楽四重奏曲も書かれています。エラートのユボー、EMIのコラールほか、室内楽曲集がピアニストを中心にまとまることも多い。ロマンの時代のフランスで、この分野への注力は珍しいものでした。フォーレのヴァイオリン・ソナタ第1番が書かれたのは、こうした音楽が演奏される場がほとんどなかった頃の話です。歌劇、バレエをはじめとした劇場の音楽の時代。室内楽の繊細は、作曲にも骨が折れるうえに、聞き手と、発表される場もないという状況でした。フランスの音楽家の地位を向上させ、作品への発表の場を与える。第1ヴァイオリン・ソナタはその嚆矢となったのでした。第2ヴァイオリン・ソナタは、その40年え経過したあとの音楽です。第1ソナタの30歳から70代。このときヴァイオリンはカペーが担い、ピアノはコルトーが弾きました。フォーレもベートーヴェンと同様、作曲の時期を3期に分けて考えられることが多い。第1ソナタが1期、第2ソナタが3期と時間の間隙は時期的な隔たりとなっています。分野の嚆矢となった第1番から、諸作が連なり、第2ソナタの折には、第1次大戦があり病と闘いながらドビュッシー、「フランスの音楽家」と大書し、未完に終わった室内楽集の一環にヴァイオリン・ソナタがありました。すでにゲルマン的な構成原理からも遠く、フランスらしさを発揮できる分野でもあったのです。書法の充実と深さは、前作を超えるのですが演奏の頻度は前作に及ばない。この点についてはフォーレも気に病んでいました。フォーレの室内楽というものが、史的にどのようなものだったのか。フランス音楽の歩みと、書法の充実。室内楽の全容をとらえようとしたセットの一枚がヴァイオリン・ソナタにはじまるのも当然なのです。人気ブログランキング

  • 24Sep
    • LIFEの画像

      LIFE

      2018年録音。ベルリン、イエス・キリスト教会での録音。イゴール・レヴィットのライフと題されたアンソロジーです。収録曲はブゾーニ「J.S.バッハによる幻想曲」、J.S.バッハ(ブラームス編)「シャコンヌ」、シューマン「主題と変奏」、ジェフスキ「夢」第1部より「男」、リスト:ワーグナーの『ワーグナーのパルジファル』より「聖杯への厳かな行進」、リスト:コラール「私達へ、魂の救いを求める人々へ」による幻想曲、リスト:ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』より「イゾルデの愛の死」、ブゾーニ:『エレジー』BV249より「子守歌」、ビル・エヴァンス「Peace Piece」。ブゾーニにはじまり、ビル・エヴァンスに終わる。ブゾーニの作品はバッハからの投影で、2曲目のシャコンヌはブゾーニの編曲ではなく、ブラームスが左手用に移したものとなっています。リスト作品もワーグナーの投影であったり、注意深く選曲された作品は、複層的な意味を付されています。近年は作曲家への尊崇から、演奏の客観性が尊ばれる風潮にあります。演奏は単なる再現行為ではなく、再創造の行為であり、奏者の糊代の部分を持っています。選曲も再創造、再編の意味合いがあります。LIFEというタイトルに比して人生肯定的な明瞭な作品が選ばれているわけではありません。アメリカのピアニスト、ジェフスキ作品は親友の死を契機に生まれたもの。シューマンの変奏曲は、晩年、狂気にあったシューマンが何度か作品にとりあげ、クララやブラームスが私的なものとして扱った主題です。校訂にあたったブラームスは変奏をのぞき主題のみを出版しました。リストはワーグナーをとりあげ、ブゾーニはバッハをとりあげる。変奏も主題という中心をめぐる手段で、トランスクリプションも単なる編成を変えたものではありません。ブゾーニが編曲したバッハのシャコンヌはピアノという楽器の性能を引き出し、効果をあげるように設計されました。同じ作品を扱ったブラームスのものは左手に限定することで、多くの声部を付加することなしに、ヴァイオリンのための作品を移しています。原曲の精神はブラームスに近いのですが、ロマンというフィルターは機能していました。演奏もまた個々の奏者を通しています。奏者も時代から切り離すことはできず、シューマン作品がそうであったように、私的な部分をもっています。沈潜から、リスト作品のように演奏効果をあげるもの。終始圧倒するのではなく、沈潜から高揚までの振幅は大きいものとなっています。作曲家の脳裏にあり、私的なものや、何度もめぐってきた主題。リストがワーグナー作品を用いた場合は、ピアノという前提がありましたが、背後には複雑な管弦楽がありました。ビル・エヴァンス作品も特別なもので、ここからも多く移したものが生まれています。この一枚を経過した後にも、多くの広がりを見せる。奏者と作品の向かい方を考えさせる内容をもった一枚です。人気ブログランキング

  • 22Sep
    • 王は踊るの画像

      王は踊る

      ジェラール・コルビオ監督の「王は踊る」のサウンドトラック。ラインハルト・ゲーベルが音楽監修をつとめ、リュリを中心に音楽的にも時代考証をいれた聴きごたえのあるものとして制作されています。ルイ14世治世下の宮廷、ジャン=バティスト・リュリは王の病気快癒の際の自作「テ・デウム」を指揮中に、重たい杖で床を打って拍を刻む指揮で、誤って足を強打し傷をつくった。その後、壊疽を起こして亡くなったという逸話の持ち主。もともとはイタリア人でしたが、フランスに帰化。フランス宮廷の音楽の代名詞となったのでした。映画は王ではなく、その宮廷の音楽家であったリュリを中心にまわります。フランス産バレエ、あるいは歌劇の中にもバレエの場が挿入され、フランス的な好みが形成されました。バッハをはじめバロック後期の組曲ものにはフランスの舞曲の影響が強く出て、フランス出自の舞曲が混入されます。このときには、それは組曲を彩る舞曲の1曲でしたが、中期のバロック、フランスでは多く踊られることが前提だったわけです。舞曲は中世、ルネサンスを通じて源流としてありました。古楽集成の多くに舞曲が収録されています。リュリは既存の舞曲にも拍子を変えるなど革新的な改編を加えました。映画は映像で見せるためにも考証はさまざまなところにも及ぶものになっています。楽団が登場する際には、楽器も当時の楽器が使用され、演奏の形も再現されました。実用的な音楽、そして舞曲が舞曲たる所以のものになっています。人間リュリにも焦点があたり、伏魔殿的な宮殿での立身出世という波にのった人物。希代のエンターティナーとして、その才能は本物でした。太陽王を中心に、こうした宮廷文化は育まれ、リュリははじめに踊り手として、次に作曲家として成長していきます。モリエーリ没後のパレ・ロワイヤルの強引な独占も王に看過されました。弦楽の弱音器使用はリュリにはじまるという説があり、新しい表現の導入にも意欲的でした。舞台芸術、それは踊りだけではなく声をもいれた歌劇に昇華します。フランス語という語法にあった歌劇。総合芸術的に多くが長大で、内容も多くのものが盛り込まれるものでした。フランス宮廷文化の華やかな時期、真にフランス的なものの鋳型の多くが、イタリア出自のリュリによって紡がれていった。コメディ=バレのモリエール、抒情悲劇の詩人フィリップ・キノーといった優れた台本。エンターティナーは他の才能を見抜く力もありました。イタリア歌劇以上に進行は重視され、フランス語の語感も生かされています。人気ブログランキング

  • 19Sep
    • ヴィヴァルディ/フルート協奏曲集の画像

      ヴィヴァルディ/フルート協奏曲集

      2005年録音。エマニュエル・パユのヴィヴァルディ、協奏曲集。スイスのフルート、オーレル・ニコレに学び、ベルリン・フィルの首席というと現代における高い水準、伸びやなか音色を期待することができ、応えた一枚となっています。管弦楽はオーストラリア室内管弦楽団、シドニー、ユージン・グーセンス・ホールでの収録。モダンの機能を生かしたもの。出版されたものとしては、最古参に近いところのヴィヴァルディ作品。当時のフルートは、現代のものとは異なるものでした。「横向きの」とあえて表記する「フラウト・トラヴェルソ」。ヴィヴァルディ作品はアムステルダムの出版社のもので、別稿があるものがあり、当時の楽器の愛好者向けという需要に応えたものとなっています。近年ではオリジナル楽器のものも多く登場しています。ヴィヴァルディの「四季」にはじまるバロック・ブーム。フルート協奏曲全曲が録音の俎上にのぼるのもLPの時代になってからのもの。バロックの第一人者とみなされていたランパルのものをはじめ、パユの師であるニコレ、ガッゼローニといったあたりのモダン・フルートは懐かしい。パユはバッハ録音の際に、かつてランパルと共演したピノックを共演者としました。ランパルのバッハも、オリジナルとモダンの折衷を狙ったものでした。持ちうる楽器の性能を引き出すこと。現代は古楽奏法とどう向き合うかが問われる時代でもありますが、パユの応えは、基本は現代の楽器の性能、技術を前提とし、古楽の成果を現代にも反映させています。随所に従前のものとは異なる響きもありますが、フルートという笛を中心にパユという音楽家の顔がのぞく、旧来のスタイルのスタイルの延長にあるものです。すでに、急ー緩ー急という独奏楽器のスタイル。「赤い司祭」とされたヴィヴァルディの真価を発揮したところはヴァイオリン音楽にありましたが、フルート、ブロックフローテ、ピッコロ、オーボエ、ファゴットといった管楽器のための作品も多くが同様の語法から成っています。響きの対比が協奏曲の根本原理で、奏者を中心に焦点が結ばれるのも当然です。70年生まれ。多忙のあまり一時期、楽団を退団。20代にして録音ははじまりました。モーツァルト、バロックではテレマン、バッハ、プロコフィエフ、ミヨーといった近代作品も多く、笛の喜び、輝かしい音色を伝えています。奏者と音色が一致する。フルートという楽器から新しいものを引き出した笛の楽しさを確認できる一枚です。人気ブログランキング

  • 17Sep
    • ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ選集の画像

      ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ選集

      マリヤ・グリンベルグ。ロシア・ピアニズム名盤選35として出されたものでベートーヴェン、ピアノソナタ集となっています。第1、6、14、21、23番を収録。第1番を除いては中期のソナタを代表する作品をまとめたものとなっています。ロシア・ピアニズム名盤選ではヴェデルニコフ、ネイガウス、ソフロニツキーと音源があげられ、特にヴェデルニコフについては発見といってよいほどの内容のものとなっていました。グリンベルグもヴェデルニコフと同様に旧ソ連の体制下、断続的な活動を阻害されたことでは共通しています。名盤選は、その触りを聞かせるものにすぎません。グリンベルグの場合は、ロシアで最初にベートーヴェンのソナタ全曲録音を完結させたことで知られ、広範であったレパートリーの中核であったベートーヴェン演奏については名盤選に限らずとも広く知られているものだったわけです。70年代に発表され、ステレオ録音での完結。こちらも全曲が復刻となり、ベートーヴェンに限らず録音をまとめた大部も入手が容易となりました。ユダヤ系であったために阻害され、スターリン体制下での人民の敵の烙印のもと夫と父親が処刑。スターリン没後に徐々に名誉が回復されていった経緯があります。圧倒的な総量をほこるロシアのピアノ。日の光があたってきたギレリス、リヒテル。その師であったネイガウスのもとにはヴェデルニコフがあり、ルプーといった人までがいます。「ネイガウスは弟子に恵まれていた」といった意見があり、ネイガウスに限らず優秀な指導者は多数あり、そこから連なる人々は大きな沃野となって圧倒的な総量を築いているのです。アントン・ルビンシテインが音楽的には未明であったロシアに音楽をもたらし、ロマン的な風土をもたらします。リストショパンとも面識をもち盛期であった中欧の音楽。それはピアノに限らず、交響曲、管弦楽、室内楽、そして、借り物であった歌劇にいたってもロシア産を生み出す原動力となりました。チャイコフスキーが確かな管弦楽法の手腕をもって、ゲルマン的な原理でもある交響曲に向かい合い、歌劇創作にこだわったのも、ロシア的な風土の中、音楽を生み出す情熱に拠ったものでした。ベートーヴェンの音楽も、そういった核心のもとにあります。全体をとらえる造形があり、表現する確かな技術が前提。精確なものはソナタ録音の全編にわたって続いています。70年代にも生まれた多くのベートーヴェンのソナタ録音。ロシア最初のソナタ全曲録音は、多分に政治的な宣伝もありましたが、巨視的な視点をもった深い内容をもっています。ベートーヴェンの強奏に向かうダイナミズム。緩やかな楽章も古典の時代にあってロマン的な感触をもっていました。晩年の深淵。その音楽はロマンを通じても音楽の核心であり続けました。アントン・ルビンシテインは、その厳つい風貌からも、ートーヴェンに比せられましたが、ベートーヴェンの音楽を核心に置くのもここにはじまります。ロシアのピアノ、触りから至り全集に及ぶのも有意義な旅となります。人気ブログランキング

  • 15Sep
    • ボッケリーニ/ギター五重奏曲第4番の画像

      ボッケリーニ/ギター五重奏曲第4番

      78~79年録音。ペペ・ロメロのギター、アイオナ・ブラウンをはじめとしたアカデミー室内管弦楽団のメンバーによって構成されたアカデミー室内アンサンブル。ボッケリーニのギター五重奏曲集。第4~6番を収録しています。この編成で8番を除き、9番までの8曲をまとめたものが出ています。もっとも有名なものが第4番、通称「ファンダンゴ」の副題をもった1曲です。ボッケリーニのギターのための五重奏はパトロンであったブナバント侯フランシスコ・ボルハ・デ・リケル・イ・デ・ロス のために書かれたものでした。候はアマチュアのギタリストであり、その技巧をも念頭に入れて旧作を改編して五重奏としました。第4番の場合は弦楽五重奏、小弦楽五重奏から採られています。特に、第3、第4楽章は「序奏とファンダンゴ」の名で親しまれているものですが、ニ長調の小弦楽五重奏Op40-2の1、2楽章の編曲となっています。ハイドン夫人といわれることもあるボッケリーニはハイドンよりも11歳年下で、モーツァルトよりは13歳年上。ウィーン古典派の盛期、ハイドンとモーツァルトの間にあり、近年、その作品は交響曲、弦楽五重奏、弦楽四重奏、弦楽三重奏、チェロ・ソナタ、宗教楽、舞台作品と様々なところで再浮上しています。ウィーン古典派とよばれた作曲家がドイツを中心にあったのに対し、イタリア出自で、後半生はスペインはマドリッドにあった。第4番の音楽の裡なるスペインは、やはりスペイン出自のギターに相応しいものなのです。16世紀初期に派生したギターは分類的にはリュート属であり、弦の数を減らし、フレットも長くなりました。発音の原理はリュート同様のものですが、奏法の違いは音楽の発想の違いにもなっています。リュート、ギターともに、古典を経てロマンへとつながれていくわけですが、そこには音量の小ささという不利がありました。ギターの胴回り、後世のナイロン弦、録音的にはマイクの集音といったものは現代の改良による恩恵を受けたものです。ボッケリーニの時代は音量の小ささという不利を抱えたもの。聴くというより、アンサンブルの中にあって楽しむための音楽でした。20世紀以降、ギターが復興を遂げると、古典期のボッケリーニの五重奏も取り上げられるようになります。第4番の楽章配列も、校訂者のミスがあり、第1、2楽章が入れ違いに演奏されたものがあります。パストラーレにはじまるロメロの演奏は、訂正後のもの。アナログ末期の暖色の弦にのり、第4番には打楽器も加わったもの。チェロを得意としたボッケリーニはハイドンの明瞭に比して、憂いを帯びた音楽がありました。情熱と、憂い。高貴と奔放。スペイン的なものが体現された音楽上の演出は楽しい。人気ブログランキング

  • 12Sep
    • ハイドン/四季の画像

      ハイドン/四季

      80年録音。ハイドンのオラトリオ「四季」は最後の大作です。すべての交響曲を書き終え、齢も70を迎えようとしていました。功成り名遂げた老巨匠。正確な完成は不詳ですが、19世紀に突入していました。その後、8年ほどの生が残されるのですが「四季」の制作は大きな疲労をもたらしました。必ずしも賛辞ばかりではなかった初演。「『天地創造』では天使が歌ったが『四季』では農民が歌っている」は、音楽だけではなく、スヴィーテン男爵の不出来な台本にも拠っています。詩的でない台本。驚愕交響曲の旋律が引かれるところでも、男爵と意見が分かれました。男爵はシモンのアリアに、当時の有名なオペラを引こうとしていました。苛立ちながらも制作を続けていたハイドン。音楽上の介入は断固として拒否。結果、作品の魅力として残ることになりました。モーツァルトの評伝にも登場するスヴィーテン男爵は、ウィーンの多くの音楽家とも交流をもち、自身も作曲を為す愛好家。とくに愛好したバッハの音楽は、モーツァルトにも影響を与えることになります。ハイドン自身も「天地創造」の語り手が天使であるのに対し、「四季」の語り手がシモンであることを指摘していました。明瞭な自然観と、信仰。それは人間的なもので、ハイドンの人間性にもつながるものです。交響曲の素材をもアリアに引いたように、声楽の大作であっても管弦楽の確かな筆致。充てられた音も器楽的な発想に拠っています。作品も「天地創造」の厳粛にかわり、農民をはじめ、オラトリオらしからぬ世俗性をも併せています。確かな構成は、近年、この曲の牧歌的な部分だけではなく、交響的な力感にも焦点をあててきました。まだまだ「天地創造」の壮麗に比して、ディスクの制作は追いつくものではありませんが、作品の真価が損なわれているわけではありません。マリナー盤は、エディット・マティス、イエルザレム、フィッシャー=ディースカウと登場人物を絞り、贅沢な声を布陣しています。交響的な壮麗は、確かな構築を感じさせて大きなまとまりとなりました。信仰と人間讃歌。神をたたえることと、人間賛美は矛盾せず、四季のうちに織りなされる人間の生活も、神への讃美へとつながっています。ハイドンの初演時には総勢180人以上と伝えられる作品。モダンのオラトリオは、ハイドン以前のヘンデル作品でのイギリスでの伝統に連なっています。ハイドンの作品にもヘンデル、さらに古いものからも引かれている。スヴィーテン男爵との齟齬はありましたが、バロック通であった男爵の志向をも受けて、音楽的にも古き資産が昇華されているのです。人気ブログランキング

  • 10Sep
    • バッハ/音楽の捧げものの画像

      バッハ/音楽の捧げもの

      バッハの「音楽の捧げもの」。58年のミュンヒンガー、シュトゥットガルト室内管弦楽団の録音です。BWV1072~1080は演奏形態に特定のない作品が含まれています。代表的なものが「音楽の捧げもの」、「フーガの技法の2作品」。晩年の作品にあたり、一つの主題を多様に展開させるもの。それは素材にあたる主題が、萌芽の段階ですでに多くの可能性を秘めていなければなりません。「音楽の捧げもの」の作曲の契機となったのが1747年、フリードリヒ大王の宮廷を訪れた際に、王より与えられた主題です。3声に基づくフーガが即興で演奏され、同時に求められた6声には対応できなかったため後日、6声のフーガをも含む作品としてまとめあげられたものが、この作品です。主題が、よくできているために、他の作品を参照した、あるいはバッハ自身の示唆をも疑われています。主題の性格、一つの主題の展開を追求するという性格から、「フーガの技法」の主題との類似性も指摘されているのです。全曲の中心となるのがリチェルカーレと題されたフーガの2作に、トリオ・ソナタ。トリオ・ソナタには楽器の指定があり、ほかは断片や、奏者に委ねられた解決を求められるものがあり、配列さえも確定していない。本来なら、演奏するには至難な作品です。建築には、設計図書上の建築があり、実現の不可能なものさえも含むものがあります。「音楽の捧げもの」は楽譜上の完結、崇高から音化をこばむような面もありますが、実際には名作と認められた上で演奏上の謎をも補った上で、音化されてきました。理論だけではなく、視聴に耐えうる音楽として提示される意義は大きく、演奏上の困難があっても作品の神秘は損なわれることはありません。古楽の興隆で、トリオ・ソナタを中心にチェンバロを多用して全体を構成するきっかけとなったものが古くリヒターの演奏の登場からのものでした。当盤のミュンヒンガーほかシュエルヘン、アールグリムといった先達は、独自の編成、楽器の指定のないことを利点に補われた独自のものを採用しています。そもそも、指揮者を置くことに意味はあるのか否かは別として、演奏は個性的なもの。単なる交通整理以上のものが求められますが、一聴、ドイツ的なもの。そのアクセント、力感は旧時代のものですが、時に無味乾燥で響きの差異が感じられないものも耳にする中、峻厳だけではない人間的な響き。アナログならではのものとなっています。理論ではなく、音化することの意味。それは改めて制作される盤に問われる問題です。人気ブログランキング

  • 08Sep
    • ヴァイルディ/調和の霊感の画像

      ヴァイルディ/調和の霊感

      ヴィヴァルディの「調和の霊感」。イ・ムジチ合奏団の第1回目となった62年録音です。スイスとオランダの収録となっており、アーヨではなくミケルッチの名が冠されています。バロック・ブームを牽引したのは「四季」の再認識でした。イ・ムジチ合奏団の演奏、とりわけアーヨの演奏は52年の結成、ローマ、サンタ・チェチーリア国立アカデミア出自のイタリアの弦の華やかさを印象づけました。指揮者を置かない弦楽アンサンブル。イ・ムジチ合奏団はメンバーの変遷を経るなどして、6回も録音を敢行することになります。アーヨに続くミケルッチ時代は67~72年。「四季」の録音は3回目のものからとなります。「調和の霊感」62年録音の当盤はアーヨのコンサート・マスター時代なのですが、当盤のリーダーはミケルッチとなっています。1711年にアムステルダムで出版された曲集。それは、協奏曲のもう一つのモデルでもあるコレッリが1712年に献呈、13年に亡くなり、14年に出版された作品6、通称、クリスマス協奏曲を含む12曲に先行します。ヴィヴァルディより25年年長のコレッリ。寡作家であったコレッリの作品は塾講が重ねられ、分野の確立に大きい意義を持つものでした。合奏協奏曲から、独創型の協奏曲へと移り行く時代。ヴィヴァルディの多くの急ー緩ー急という楽章構成の速度感は現在にあっても受け入れられやすいものとなっています。調和の霊感にも、コレッリ的合奏協奏曲的スタイルをとどめるものがあります。独奏楽器群と合奏体という響きの対比。それは第1、4、7、10番といった4つのヴァイオリンを用いたものや、2本のヴァイオリンのものなどです。協奏曲は、響きの対比の音楽です。合奏協奏曲スタイルは、アンサンブルの緊密、構成といったものが性格が強く出ているのに対し、独奏楽器スタイルの協奏曲は、奏者の名技性にも焦点が当たるようになっていきます。独奏者の名技と、合奏もまた対比となっていました。楽章構成の急ー緩ー急も例外はあるものの長調ー短調ー長調という配列が多くなっています。バッハは、本曲集から採って編曲を残すなど、影響は後続へとつながっていきました。「四季」がソネットが伏せられ自然描写をはじめ、標題的な傾向をもっています。「和声と創意の試み」の一部であることにも留意。1725年の「調和の霊感」の試みは、協奏曲という鋳型をも生み出し、それが響きの対比から生まれた試み。ヴィヴァルディは速筆でしたが、多くのアイデアを盛り込み、その後の規範へとなっていきます。60年代のイ・ムジチ合奏団。ベストセラーとなった「四季」と同様の弦の暖かさや、アンサンブルはここにも聞くことができます。とくに調和の霊感は修学者もとりあげ、レコードに聞いた響きは懐かしい。人気ブログランキング

  • 05Sep
    • バッハ/フーガの技法の画像

      バッハ/フーガの技法

      2007年録音。メシアンほか20世紀作品をとりあげてきたエマールのドイツグラモフォンの第一弾として選ばれたのがバッハのフーガの技法でした。クリストフ・ヴォルフ版。ウィーンで、特別に調律されたスタインウェイを用いてのもの。1時間18分をかけぬける現代のバッハは、響きにも注力されたアーティストの考えが透徹した一枚です。調律師シュテファン・クニュップファーを描いた映画「ピアノマニア」にも紹介されました。ピアノという楽器。奏でるエマールは音で織られた抽象性の高い、芸術音楽としてはもっとも高密度な作品を再創造する芸術監督にあたります。そのピアノを望みうる状態に調整するのが調律師にあたります。その仕事は調律のみにあらず。ピアニストは楽器の特性の理解を前提に、楽器の仕組みの細部に立ち入ることなく音楽に没入することができます。音楽学、ピアノの調整全般を担う調律、ホール、音響のスタッフ、制作への多くのかかわりが一つの制作物を生み出していくのものです。オープンスコアで書かれた作品の形。「音楽の捧げもの」と並び、楽器の指定が不明確であり、ピアノ、オルガン、チェンバロといった鍵盤楽器を使用を前提としたものの、昨今の管弦楽、弦楽四重奏など、さまざまな編成で展開されてきた作品です。未完成のフーガをどうするのか、そもそも作品は目を悪くした晩年のバッハがいったん完成させていたのか、さまざまな論議があります。音楽学は、ある種、方向性を与えてくれますが、実際の音楽とするのは芸術家の役割です。多くの楽器でも演奏されうる。フーガという対位法の線で織られた糸は、それぞれ固有の色をもっていません。通常の管弦楽編成の基本的な原理、編成が大きくなれば響きは大きくなり、上行する際にはクレッシェンドといった通常のものはあてはまりません。その線はみな等価で、延々と展開される音楽です。実際に、ピアノは単色どころか、音色をもっています。当盤は、現代のピアノで演奏され、音域も調整されたものです。ここに、オルガン、ピアノと数編を取り出してみせたグールドの奇矯はありません。個性的な演奏はエマールが得意とする20世紀音楽が、バッハの抽象性にすら連なるように展開されています。エマールのドビュッシーが響きにも着目し練り上げたのと同様、フーガの技法も響きから解かれます。作品の抽象性から音楽の楽の部分についてなかなか到達しえない分野。作品を全曲聞きとおせるのは意外に難儀で、集中を保てなくなるのが常なのです。1枚という分量と、そして、ここにもあらゆる方向に線が向かい、掘り下げられて行っているもの。それが親しみのもてるものとして提示されているのです。人気ブログランキング

  • 03Sep
    • マーラー/大地の歌の画像

      マーラー/大地の歌

      99年録音。ブーレーズのマーラー・チクルス第7弾となった「大地の歌」。ウィーン・フィルを起用しています。マーラーの使徒であったワルター、クレンペラーの録音が残り、特にその遺産の演奏の継承者としてのワルターの演奏は重要です。マーラー自身は演奏の機会はなく、世界初演の1911年にマラーはすでに亡くなっていました。特にワルターの演奏は作品の厭世観に加え、濃厚な甘美の表情を伝えています。36年、52年の録音はともにウィーン・フィル。使徒であっても、マーラー作品の全曲を録音することはなかった時代。「大地の歌」を交響曲とみるか、管弦楽伴奏つきの連作歌曲とみるか見解は分かれますが、歌と、交響曲世界が密接にあった特質を多く伝えるマーラー作品です。「大地の歌」はマーラー認知の早い段階から評価を得ていました。特に東洋的な厭世観は詩にも拠っていて、ドイツ語に移し、西欧的に時代を経て管弦楽の音色も相当なところで変化しました。現在は奏者の恣意性をできるだけ排除し、音響的には細微を拾う傾向が強くなりつつあります。ブーレーズの演奏もその例にもれず細部を拾い出し、緻密に解析したものとなっています。演奏行為、特にマーラー作品には固有のエキセントリックな面があります。自身、卓越した指揮者であったマーラーは、他の演奏家を信用していなかったのごとく膨大な指示を書き込みました。ブーレーズに限らず、いかに客観を極めた演奏であっても有機的な音楽となってしまう。全体を俯瞰し、ブーレーズの演奏に慣れた耳には、巨匠時代の濃厚な響きを表現主義的に感じられるかもしれません。ブーレーズのマーラーは94年の第6番にはじまりました。94年の第7番、95年の第9番と器楽交響曲が続きます。演奏の細密を構成するために、スタジオでの制作が敢行されました。大規模管弦楽であっても、独特の棒をもたないスタイル。それは指揮者以前に、セリアリスムをはじめとした作曲家としての視点を持ち、作品を解かずにはいられない。自由なスタイルから、手、指だけではなくあらゆるものを駆使して情報を伝えているものです。器楽交響曲が中核にあったのは、こうしたスタイルの限界もあり、声楽入りの作品には模索もあったのです。実際、最大の大作、第8番は集中、最後に置かれベルリン・イエス・キリスト教会というスタジオ制作的な環境で録音されました。「大地の歌」、第3番、第2番という制作の順番です。オーケストラの使い分けも、ブーレーズの見解によるもので大地の歌のほか、第6番、第5番、第3番、第2番とほぼ半数にウィーン・フィルが起用されました。ウルマーナ、シャーデ。歌手の健闘もあり現代的なマーラー像の中でも出色。大地の歌も交響曲の系列にあって、時代における位置的な把握にもすぐれています。人気ブログランキング

  • 01Sep
    • ロッシーニ/序曲集の画像

      ロッシーニ/序曲集

      57~58年録音のセルとクリーヴランド管弦楽団のロッシーニの序曲をまとめた企画盤。「ランスへの旅」、「絹のはしご」、「アルジェのイタリア女」、「イタリアのトルコ人」、「どろぼうかささぎ」と5曲のロッシーニ作品に加え、オーベールの「フラ・ディアボロ」、ベルリオーズの「ローマの謝肉祭」を収録しています。ロッシーニの序曲を単独の管弦楽曲集とみた場合、「セビリアの理髪師」「ウィリアム・テル」が収められていないのは惜しい。ロッシーニは死後に忘れられてしまい、「セビリアの理髪師」、ついで「チェネレントゥラ(シンデレラ)」の2作品のみが上演される機会を得ていました。カラスのベルカント歌劇復興にあたり「理髪師」と「イタリアのトルコ人」の2曲が全曲盤としてあげられました。その復興の意義は高いものの、ドニゼッティの「ルチア」、ベッリーニの「ノルマ」「夢遊病の女」「清教徒」といった評価を決定づけたものとは異なります。クリティカル・エディションをはじめアバドに代表される世代が牽引してきた成果によってロッシーニの歌劇作品は広範囲に取り上げられるようになります。長大な「ウィリアム・テル」は復興にあっても全曲をとりあげる機会は稀なものでした。ロッシーニの39作品は、それぞれ上演頻度は異なるものの広範囲に歌劇全曲がとりあげられるようになりました。今やブッファだけではないセリア、セミ・セリアに焦点があたり全体像も把握しやすくなりました。映像が中心となった歌劇の全曲盤制作の時代にあって、歌劇という本編の景気のいい導入のための音楽はもはや焦点があたりにくいのです。セル盤での「ランスへの旅」も、アバドの復興、2種類の録音に、東京文化会館での実況と全曲に触れうるため幻の作品ではありません。古くトスカーニのロッシーニの序曲は8曲を収めていました。偉大な歌劇指揮者はこの種の作品を、稚気だけの作品とはしていません。その後に生まれた大衆路線の名曲集といった趣とは異なるものです。セルはトスカニーニの推薦をうけメトロポリンタンに活躍し、その率直で快速、精密といった方向での序曲集となりました。残された録音としては器楽演奏が豊富にあるのですが、セルもまた歌劇に豊富な経験をもっていることに留意。ハイドンの交響曲、ロッシーニの序曲、ドヴォルザークのスラヴ舞曲といったセルの細密は、時に冷たいとされます。トスカニーニにあった強いパトスが、全体のバランスといった方向に向かっています。一聴そっけない印象を受けるものですが、圧倒的な合奏の精度は上記の録音では成果をあげています。名曲集といった趣ではなく、セルとクリーヴランド管弦楽団。緊密に築かれた合奏を、たとえ1曲であっても充実した触感を受けるもの。人気ブログランキング

  • 29Aug
    • ヘンデル/復活の画像

      ヘンデル/復活

      ヘンデルの最初の宗教的オラトリオとなった「復活」(最初のオラトリオ「時と悟りの勝利」に続く2作目)。コープマン指揮のアムステルダム・バロック管弦楽団。初演時の1708年、時の教皇は女性歌手を使ったことを批難しました。コープマン盤では、マグダラのマリアにナンシー・アージェンタ。天使にバルバラ・シュリック、クレオーフェ(クレオハのマリア)にギュメット・ロランスの女性陣。聖ヨハネにギィ・ド・メイ、ルチフェロにクラウス・メルテンスを起用しています。90年録音。「アグリッピナ」、「リナルド」に素材が転用されたように、オラトリオではあっても、長いアリアが中心のオペラ的な作品です。ヘンデルはロンドンに渡り、歌劇の分野で成功を収め、その基盤に王室音楽アカデミーを置きました。経営がずさんであったために、音楽アカデミーは倒産するのですが、転身をはかり歌劇での手法をオラトリオに転用し、再び栄光をつかむことになります。1708年という「復活」の上演の年は渡英以前、イタリアで各地をまわっていた時期の作品。このとき、すでに歌劇への志向を強くみせているわけです。渡英が25歳の1710年。イタリアをまわっていた若きヘンデルの様式は、ローマでのコレッリの器楽の堅固な構成と、イタリア歌劇での旋律を身につけるところにありました。ローマでは歌劇上映が禁止されていたために、オラトリオが題材としてあがったという事情に拠ります。教皇の女性歌手起用の批難は、保守的な上演形態という背景をともなっていました。伝記にもわずかしか触れられないイタリア時代。有名な逸話としてスカルラッティとの鍵盤楽器の競演で、チェンバロはスカルラッティに軍配があがり、オルガンではヘンデルが強い印象を与えたというものです。後年のオルガン協奏曲、幕間での合奏協奏曲をはじめ、バッハでは特徴的であった対位法も使用されますが、複層的ではありません。よりモノフォニックで旋律をはじめ、太い線を打ち出す方向に才がありました。ロンドンという海千山千、国際都市での才能が多く集まる中、頭角をあらわしていった才能。旅を為し、さまざまな様式を吸収し、バッハ以上に遥かに国際人でした。「復活」を聞くものは、転用された素材の厳選を聞くことを楽しみに見出します。バッハにあった宗教的感興はヘンデルには希薄で、オラトリオとしても歌劇的。イエスの受難から復活を描きます。題材が宗教的というだけで、劇性をもった作品。管弦楽の編成も贅美が尽くされ大編成なものとなっています。コープマンの覇気は、活力があり生命感があるもの。音楽のうちにこうした要素を見出すのは、コープマンらしい表出です。人気ブログランキング

  • 27Aug
    • バッハ/ヨハネ受難曲の画像

      バッハ/ヨハネ受難曲

      ヘレヴェッヘのバッハ。ライプツィヒのカントルに就任しカンタータが量産されました。復活祭に向けて作曲されたのがヨハネ受難曲。何度も改訂され再演された作品です。ほとんどが1749年稿で演奏される作品。改訂が繰り返される度に初稿に近くなるという複雑な経緯をたどったとされています。ヘレヴェッヘの用いたのが1725 年の改訂稿で1724年の初演に続くもの。2001年の録音は、この改訂稿に元ついたものとして話題になりました。1749年稿、通常、聞く冒頭合唱にかわり、第1部終曲が冒頭にくる。ヨハネ受難曲は、マタイの瞑想的な雰囲気に比して、劇的とされることがあります。通常、聞く冒頭合唱がないだけで印象は大幅に変わるものとなります。かつてのリヒターの演奏などに代表される全体の劇性は全体を共通の重さが流れるものでした。その中でもリリング、ロッチェ、コルボといった合唱指揮の系譜の中では、もっと抒情的なところに焦点があたっていました。受難曲は、受難劇に端を発し演じる要素をもった作品です。バッハがヨハネ受難曲にほどこしたコラールはイエスの死がもたらしたものに対しての省察をうながします。マタイのピカンダー台本に対して、ヨハネの台本作家は不詳。改訂が多くあるように、上演という実演性のもとに楽曲が配列され、編成が考慮されました。ヘレヴェッヘ盤の1725年稿は、初稿からは遠いところにあります。違和感をもたらす聞きなれた冒頭合唱を欠くものですが、作品のコラールの意味づけは大きく、劇性とは別にマタイ同様沈潜したコラールが深い印象を与えることを気づかせるものとなっています。このとき、すでにヨハネ受難曲は87年に続く2回目のものでした。さらに2018年も改訂稿を基調とした3回目の録音も慣行されることになりました。2回目にあたる当盤でのカウンター・テノールのアンドレアス・ショルが起用され、福音史家がマーク・パドモア、他の歌手も充実しています。このとき、すでにイエスのミヒャエル・ヴォッレの声も威圧的なものではありません。神聖という名のもとに、上に君臨し厳しい視点で見下ろす存在ではなく、人とともにある存在です。コラールは、この受難という非道を目撃する参列者の視点です。ヘレヴェッヘの内省的なものは、あえて1725年稿を用いることで、ヨハネ受難曲像に変革をもたらすものとなりました。カンタータをはじめ、全曲をとりあげることはなく、審美にかなった曲目を録音してきたヘレヴェッヘ。とくに近年は、ますますその傾向が強く、その中でも3回目の録音が行われたのは、作品への強い思い入れです。冒頭をのぞけば、すぐに受難劇の中に没入することができるでしょう。静かな中にも、通常ヨハネ受難劇からくる劇的な福音史家、合唱といった展開も、新たな視点でひじょうに微細に織られています。人気ブログランキング

  • 25Aug
    • モーツァルト/魔笛の画像

      モーツァルト/魔笛

      フリッチャイのモーツァルト歌劇録音。54年の「魔笛」です。ベルリンRIAS交響楽団。シュターダー、ヘフリガー、フィッシャー=ディースカウといった顔ぶれは、リヒターのバッハ、カンタータ、宗教曲録音の顔ぶれでした。リタ・シュトライヒにバスのヨーゼフ・グラインドルといった声の高低の対比。フィッシャー=ディースカウのパパゲーノは64年のベーム、2回目の録音となったベルリン・フィルのものと同様、その巧緻に賛否があります。登場人物の多さから、万全は期しがたいのがモーツァルト歌劇です。当盤は総じては歌手がそろっていて50年代、歌手の時代であった声の饗宴を楽しむことができます。夜の女王のリタ・シュトライヒに、この声質の典型を聞くことができるでしょう。これを目当てにする聞き方は決して間違いではありません。より精緻に紡がれるようになったのは後続の録音。フリッチャイ盤は当時としては率直なものでしたが、歌手の顔ぶれから多くの懐かしきものを聞くものとなりました。実演とは異なる世界。録音という虚構のうちに演出を含めた成果なのです。すぐその人とわかる歌声は、声質と歌手の存在感に拠っています。歌芝居的な要素、歌劇であるために歌の精緻に注目はされますが、魔笛はその出自から芝居小屋を想定し遥かに演じられてきたものでした。怪人、鳥刺しパパゲーノが人気を得たのも、そのキャラクター故のものです。真面目な王子タミーノが、さまざまな試練を超えてゆくのに対し、陥穽にはことごとくはまっていくパパゲーノ。歌が巧みであることともに演技の並立が問われるものです。フィッシャー=ディースカウのパパゲーノがその知性を感じさせ、笛などに演出を加えるのも役柄を表するため。その限りでは、許容されるもので歌芝居的な雰囲気をたたえています。名作オペラ ブックス、チャンパイの評では、37年のザルツブルク、トスカニーニの成果をあげ、それに近づきうる成果として当盤と、72年のサヴァリッシュ盤をあげています。「省察に欠け信心深いだけの一様なフリーメーソン調から抜き出ている」。チャンパイの評は辛口の上、多くの重要な盤をも見落としている嫌いがあります。ただし「美しい響きを求める現代の志向と、完全に無菌の<リヴィングルーム・サウンド>によって倍加され、その結果スピーカーからは人間的な意見の表明、感動、身ぶりに由来する生気はもはやほとばしり出てこない」という指摘は、この歌劇に限らず一考の必要があるでしょう。フリッチャイ盤がとらえている登場人物の性格への踏み込みは、人間的なもので、音だけであっても歌手の顔がみえる録音なのです。人気ブログランキング

  • 22Aug
    • Nightfallの画像

      Nightfall

      アリス=紗良・オット。初の小品集から成ったnightfall。デビュー10周年にあたる2018年の1枚でした。フランス作品を独自の感性から選んだものです。収録作品はドビュッシーから夢、ベルガマスク組曲、サティからグノシェンヌ、ジムノペディ、ラヴェルから夜のガスパール、亡き王女のためのパヴァーヌ。たとえばベルガマスク組曲には、「月の光」を含み、サティ、ラヴェルともによく知られた曲を配置し、全体を構成しています。小品というには、いささか大きい「夜のガスパール」も3曲から成るベルトランの詩の世界。この盤の中では、詩のグロテスクな景観には立ち入らず、アルバム全体も奏者の個性を感じさせる独自の色調のものとなっています。演奏はもちろん、選曲、配置にもセンスを問われるもの。タイトルはアリス=紗良・オットによれば「日の入りの直後の薄暗い時間、闇の世界と光の世界がぶつかり合って混ざる、そういう時間です。今回選んだ曲のムードは、まさにナイトフォールを表していると思って、この言葉を選びました」。ムード、全体の色調が独自のものは、このnightfallというコンセプトに基づいたものです。これら音楽から、そういったムードを感じ取る感性もまた奏者のもの。またムードという言葉が煽るような、単なる雰囲気喚起のものにはなっていないのも特徴的です。このアルバムで選ばれれたドビュッシー作品の着手は、いずれも初期のものです。ベルガマスク組曲の完成は1905年と、すでに独自の領域に達した「版画」の1903年以降のものとなりました。そこには推敲され、後年の手法をもいれた上での作品の完成が図られています。「前奏曲集」をはじめ、ピアノ音楽にも新たな道を拓いていったドビュッシー。ドイツとは異なる方法で調性をはじめ、独自の響きを追求していきます。初期はグリーグ、マスネ、フォーレ、ショーソンといった先人の影響も強く、楽想も平易なものが多い。ドビュッシーとラヴェルは印象派とひとくくりされるのには個性の異なる作曲家です。ラヴェルは、調性、そのものには深く立ち入らず、主旋律も全音階に保たれることが多く、形式もソナチネをはじめ過去の資産から、組み入れることが多いものでした。この異なる個性が初期のドビュッシー、ラヴェル、さらに続くサティとの間に色調として交差するのです。繊細で微細な部分にまで心が至った響き。ここに全体を貫くものがあり、個々の作曲家の作品集としても特別なものとなりました。夜に至る特別な時間。ファンタジー、詩的なムードもあり、単なる雰囲気喚起ではないにしても、多くに受け入れやすい内容となっています。人気ブログランキング

  • 20Aug
    • バルトーク‣弦楽四重奏曲全集の画像

      バルトーク‣弦楽四重奏曲全集

      54年録音。ヴェーグ四重奏団のバルトーク、弦楽四重奏曲全集。2回制作された最初のコロンビアのセットの復刻です。現代の四重奏団にとっても難曲である6曲を最初にとり上げたのはジュリアード四重奏団でした。46年のデビューからほどなく49年にはバルトークを録音しています。以降、ジュリアード四重奏団は60年代、80年代と、合計3回もの制作を行うこととなりました。弦楽四重奏という分野は、室内楽の精華です。その歴史の発端は教会で演奏される音楽に対しての室内の音楽をさすものでした。ムジカ・ダ・カメラ(部屋の音楽)、特に、ヴァイオリン属という同質の4本の線を分野としての音楽に成長させたのはハイドンでした。その後、ベートーヴェンは本来有していた娯楽性から、芸術性、そして曲の演奏技術的な難易度を向上させました。特に後期四重奏は破格で、以降、ロマン派となると分野としては小さなものとなってしまうのです。それは編成が同質の響きの4つの重なりで変化を出しにくいものとなったからでした。音楽の構成、形式が、抽象的な音像を収める器となります。標題をもったチェコ産のスメタナ、ヤナーチェクの作品は、音のドラマを有した例外的なものでした。バルトーク作品は、第1番の第1楽章がベートーヴェンの第14番との関連を指摘されることもあるように、ベートーヴェンの四重奏に直接、連なるものです。すでに20世紀音楽。6曲、すべて渡米前の先鋭期にかかれ、およそ30年の間に熟成された作品群です。楽音という抽象性、民族的な素材を直接引くことなく、昇華された音楽は強い個性を放ち、生命力を保っています。さまざまな技術も盛り込まれていて演奏の難易度も高いのですが、昨今の四重奏団はバルトークをデビューに近い時期にとりあげることも多くなりました。ジュリアード、ヴェーグといった四重奏団は、バルトークをとりあげる時点で、その技術的な精度と向き合うことになります。平準的なモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、ロマンではシューベルト、ブラームス、シューマンといった曲目は、四重奏団は何度もとりあげることとなりました。前時代、第1ヴァイオリン奏者が、そのクァルテットの音色を決定づけ、方向性を明確なものとしていました。ジュリアード以降の新即物的な直截的な楽音。シャーンドル・ヴェーグ。後年の指揮者としての闊達なモーツァルトに典雅とは違う弦楽のための音楽は弦楽奏者としても高い評価を受けるものでした。50年代のバルトークは、すでに先鋭だけではないハンガリーを感じさせる土俗と、それが逞しい生命力を保ち美しさをも感じさせます。音も柔らかく、再録音がステレオとなっても、最初期のバルトーク四重奏の一つとして忘れられないものです。人気ブログランキング

  • 18Aug
    • ドヴォルザーク/スターバト・マーテルの画像

      ドヴォルザーク/スターバト・マーテル

      52年録音。ターリヒ指揮のチェコ・フィルハーモニー管弦楽団。ドヴォルザークのスターバト・マーテルです。ラテン語のStabat mater dolorosa(悲しみの聖母は立たずめり)に由来するのは、カトリックの聖歌。十字架に架けられ死していくキリスト。聖母マリアの悲しみを扱った内容で、有名なペルゴレージ作品から20世紀、現代作品まで古来名作が多い。ドヴォルザーク作品も、そういった名作の一つです。ロッシーニ作品と並ぶのはロマン、19世紀を代表するものです。中世の詩が、心を打つ内容となっているのは、宗教的なテーマを超えて、子の喪失、悲しみが普遍的なもの。誰もが共感しうるものとなっているからです。責めさいなまれるキリスト。それはローマでも、あまりにも残酷な刑罰として忌避されていたものでした。両手首、手足を釘で打ち付ける。その血を受けたものが聖杯で、脇腹を刺したのがロンギヌスの槍といった伝説も付されます。ここでいったんこと切れ、その後に復活することが宗教的には最大の秘儀なのです。死に至るまで長い苦痛を伴うもので、宗教的な磔刑図の多くの状態では、体重を支えることができません。足台をはじめ、身体を支えるものがあったと考えられています。その死に至るものを描いたのが受難曲。同じ状況を描いたものであっても視点の違いで、様相は変わります。ドヴォルザークは熱心なカトリックでした。作品の生まれる契機となったのが長女が出産直後、二日で亡くなったことでした。作品は2年後に完成しますが、次女、そして3歳であった長男と死が相次ぎ、実際の喪失感と抗いながらの作品でした。悲の情感だけでなく、そこには強い祈りを感じさせるものとなりました。交響曲作家であったドヴォルザークらしく、その管弦楽編成にはホルン4、トランペット2、トロンボーン3、チューバと補強された金管楽器が加わったもの。すでに教会ではなく劇場を想定した宗教楽です。有名なペルゴレージ作品の響きと比すれば壮大で、肉厚な響きとなっています。美しい旋律で鳴らし、優れた管弦楽の技術を持ちながら歌劇の分野では、器楽ほどには目覚ましい成果を上げることができなかったドヴォルザーク。それが劇的進行とは関係なく、宗教的声楽にはカンタータ、レクイエム、歌曲といった名品が多いのは、その信仰が音楽と合致し、表現につくりものでない真実があるからでした。チェコ・フィルとともにあったターリヒは、その今日の隆盛につながるオーケストラの礎を築き上げました。音楽的なものは多くドイツに負っていたチェコの音楽事情。ターリヒもニキシュに学び、ベルリン・フィルでその音楽的なものを体得していきます。チェコ・フィルとターリヒの録音は古くとも、ドヴォルザークをローカルなものとはしていません。同時に、その音楽は聖なるものとして扱われ、宗教楽の傑作も、淡々とした積み上げがあるだけなのですが、強い共感を生み出すのは虚飾のない作曲者の深奥と、音楽が一致しているから。人気ブログランキング

  • 15Aug
    • ブルックナー/交響曲第6番の画像

      ブルックナー/交響曲第6番

      64年録音。クレンペラーの巨視的なブルックナー演奏の一つ、第6番の演奏です。マーラーはおろかブルックナーもまた未明の時代。プロデューサーのレッグは確かに慧眼をもった人物でした。後世の規範となる録音。それは演奏家、曲目、録音といった項目に完璧が期されることとなりました。フルトヴェングラーにかわる者としてカラヤンをかつぎフィルハーモニー管弦楽団を設立。その後、カラヤンがベルリンに拠点を移すとクレンペラーを擁立することになります。1885年生まれ。巨匠時代のトスカニーニを中心に、フルトヴェングラー、E.クライバー、ワルターらとともにあったクレンペラー。高身長のクレンペラー、フルトヴェングラーは頭一つ高く、右に寄っています。フルトヴェングラーも一つ年少でした。88歳という長命を保ち、レッグとも関係をもったために良好な録音が残ることとなりました。一方、強い個性をもっていた当時の指揮者。毒舌で、奇矯な逸話に彩られたクレンペラーは決してレッグの飼い犬に収まるものではありませんでした。クレンペラーの録音は広大で、そこにはバッハ、ヘンデルといったバロックにはじまり、当時、とりあげることも珍しかったマーラーにも及びます。その昔、指揮者へと道を開く契機に、マーラーの推薦を得られたことがあり、その恩を深く感謝していたのでした。そのマーラー作品にあっても独自の見解を貫き、一部の作品には批判的であったクレンペラー。その音楽の中心はドイツ音楽の中核であって、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、シューマンといった系譜から、全曲ではありませんがブルックナーを置いています。プロデューサーとしてのレッグは商品としてのレコード制作という観点から、ブルックナー録音には反対でした。レッグは63年にEMIを去る決意をし、私的オーケストラであったフィルハーモニー管弦楽団を解散。ニュー・フィルハーモニア管弦楽団としての再生。64年録音の当盤がブルックナーとなっているのには、特別な意味があるのです。今日的な精緻なものではありません。ブラスの咆哮は大きく厚塗りで、全体の歩みも遅い。それでもクレンペラーの希代の個性は刻まれ、演奏のスケールは大きいものです。ブルックナーの交響曲演奏では第4番、ついで第7番以降の3曲が演奏される機会が増えてきました。第6番は、そういった中でも比較的地味で、作品も小ぶりです。これがクレンペラーともなると、巨視的な性格と、演奏のスケールから小ささや機動力とは無縁のものとなっていることに注目。作曲者としてのブルックナーも、人間的には変人の類と見なされるかもしれません。クレンペラーもまた偉大とは別に、一種の狂気をもはらみ、奇矯な人物でもありました。演奏の大きさの中にある一種の毒と、率直な語り口は、演奏を特別なものとしています。人気ブログランキング