ウゴルスキがドイツ・グラモフォンに残したショパン録音集です。ベートーヴェンのディアヴェリ変奏曲に始まった録音は遅咲きであったために極端に少ないものでした。ドイツに亡命したのは90年のことです。二十世紀音楽のスペシャリストは旧ソ連の体制のうちでは異端分子でした。活躍の場は極端に制限されていました。そのため90年代に始まる録音は意表をついたものだったのです。グールドに強い影響を受けたというウゴルスキ。そうした影響の跡は録音からも辿ることができるでしょう。ベートーヴェンのディアヴェリ変奏曲、ピアノ・ソナタ第三十二番などは従来の常識を覆させる力を持っています。特に第三十二番ソナタの引き伸ばされた長さは圧倒的です。こうした意識の改革を迫る演奏は、衝撃と同じぐらいにアンチを産むでしょう。ロシア出自であることを示すスクリャービン。二十世紀音楽のスペシャリストであることはメシアンの鳥のカタログといった録音に現れています。ブラームスはグールドが小曲を拾っていたのに対し、ソナタ、ヘンデル変奏曲、ブラームス編の左手用バッハのシャコンヌを録音しました。ショパンはグールドが食指を向けなかった分野です。

 まとまったものとしてはポロネーズ集です。ロマン的な小曲は小編集にもとりあげられていました。グールドが忌避したのは情念の発露の音楽です。ロマン嫌いでありながら、ブラームスは取り上げられます。ウゴルスキの演奏では、情念発露ではない音楽としてのショパンが展開します。グラモフォンではポロネーズをポリーニやアルゲリッチの弾いたものなどでまとめたアンソロジーがあります。この中にウゴルスキのものも入っています。違和感はあまりありません。大なり小なりショパン演奏は情念回避の方向に進んでいるものです。それでもショパン的な音楽の個性は失われることはありません。ウォルター・ペイターの「すべての芸術は音楽の条件に憧れる」は音楽の持つ音だけが表すもので成立するという価値を述べたものでした。ショパン自身も曲の印象を固定するタイトルを好みませんでした。安易に純音楽という言葉を用いるには、ショパンの音楽の展開は拡大の志向を持っています。そうした傾向はまさにロマンの本質でした。このロマンを経て二十世紀音楽にも至るのです。

 

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