ラン・ランのバッハ、ゴルトベルク変奏曲 です。2020年、ベルリン、イエス・キリスト教会​​での録音です。デラックス盤には、スタジオ録音に加えて聖トーマス教会でのライヴも収録。どちらも長大な時間をかけディスク二枚に渡るものです。アリアに挟まれた三十の変奏曲。ゴルトベルク変奏曲 はバッハ自身の命名ではありません。「二段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏​​」が原題です。不眠に悩むカイザーリンク伯爵のためにゴルトベルクがこの作品を演奏したという逸話もあやしいものということになってしまいました。実際、同じ主題の変形でしかない変奏を延々と繰り返す作品です。眠りを誘うようなものなのですが、変奏が多様な世界を築いています。緩急があり、一つの主題の可能性は汲み尽くされています。音楽の捧げもの、フーガの技法とともに主題から多くのものを引き出した作品。バッハ晩年の大きなテーマでもありました。かつてのグールドの旧盤を異様な速さで駆け抜けるものとすると、ラン・ランの歩みは実際的な時間は長いものです。しかし体感時間は長くはありません。ゆっくりとした歩みの中にも推進力は失われてはいません。歩みを感じさせる一番のものがリズムです。制作時期はコロナ禍による演奏活動の制限がありました。聴衆を介してのコミニュケーションも限定されます。内省に向かう奏者は改めて音楽と向き合います。バッハの音楽では、楽器を限定しないものが多いのです。ゴルトベルク変奏曲も、チェンバロ、ピアノを離れても弦楽三重奏、サクソフォーン、室内管弦楽をはじめ様々な試みがあります。かつてのランドフスカ盤はチェンバロでの演奏を一般的なものとしました。グールドの古い録音は、ピアノで演奏するものを主流にする先鞭をつけました。

 

まだまだ新しいものが出てくると手にとってしまう。演奏の可能性はまだまだ多様なものを残しています。声部は歌い、現代のピアノの音色は単色ではありません。音響的な感性は、色彩的でさえあります。主題は変容して現れる。変奏曲の筆頭にくる名作。この圧倒する長さはその威容にふさわしい。

 

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