70〜93年の間、ボストン交響楽団のクラリネット奏者であったハロルド・ライト。ピーター・ゼルキンのピアノを加えたブラームスのクラリネット・ソナタ二曲の録音です。クラリネットとピアノ版によるシューマンの幻想小曲集作品73をあわせています。ハロルド・ライトにはボストン交響楽団のメンバーとともにクラリネット五重奏を収録しています。ピーター・ゼルキンは二曲のピアノ協奏曲をはじめ、ピアノ五重奏、ヴァイオリン・ソナタといった録音が代表的です。父ゼルキンはブッシュとともにブラームスの室内楽録音には熱心でした。ハロルド・ライトとピーター・ゼルキンはカザルス主催のマールボロ音楽祭で共演しています。ブッシュに連なるルドルフ・ゼルキンは中欧、ドイツ的な音楽を展開しました。ピーター・ゼルキンのミドルネームにはアドルフの名があります。音楽一家、ピーター・ゼルキンを育んだのも父を取り巻く演奏家たちでした。十代にして、優れた奏者として活躍します。その後のピーター・ゼルキンの興味は新しい音楽へと移っていきます。メシアンの「世の終わりの四重奏曲」などの演奏の記念碑的な演奏となったアンサンブル、タッシでの活動、武満徹作品の演奏は顕著なものでしょう。ブラームスに関しても五重奏曲はヘンツェの五重奏との組み合わせという異例なものでした。このクラリネット・ソナタの感性も叙情的なところに光をあてています。ブラームスの晩年。創作力の衰えを感じていました。再び、創作欲を取り戻すきっかけとなったのがマイニンゲンの宮廷楽団のミュールフェルトの吹くクラリネットの音色でした。ホルン、オーボエをはじめブラームスには管楽器の音色にも好みがありました。B♭管の採択も音域だけではありません。のちにヴィオラ版、ヴァイオリン版も制作されます。ヴィオラもブラームスの好む楽器でした。

 

ヴィオラ版は微々たる調整でした。ヴァイオリン版はピアノ・パートに手が入れられています。音域が上の楽器のために、好みの響きに合致する調整が必要だったのです。ハロルド・ライトの演奏は、作品には率直です。寂寥感には乏しい。その代わり、伸びやかな演奏と緩やかな楽章では資質を発揮します。演奏に決定的なものを見出しにくい作品です。ヴィオラ版を好む人もいるでしょう。渋くなりすぎない当盤の演奏は今も瑞々しさをたたえています。

 

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