アーロン・ソーキン監督、マーク・ライランス、エディ・レッドメイン、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、サシャ・バロン・コーエン、ジェレミー・ストロング、ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世、アレックス・シャープ、ジョン・キャロル・リンチ、ベン・シェンクマン、ケイトリン・フィッツジェラルド、マイケル・キートン、フランク・ランジェラほか出演の『シカゴ7裁判』。2020年作品。
1969年。前年の68年にシカゴ民主党大会で起きた反ヴェトナム戦争のデモ隊と警察の衝突で、暴動を共謀・扇動したとして逮捕された8人の裁判が行なわれる。だが、彼ら被告人たちはそれぞれが別個の団体に属しており、その政治的信条も異なっていた。弁護士のウィリアム・クンスラーとレナード・ワイングラスは、マスメディアから「シカゴ7」と呼ばれた被告人たちを弁護する。
実話に基づく映画。Netflix作品。
内容について触れますので、これからご覧になるかたはご注意ください。
映画評論家の町山智浩さんの作品紹介で興味を持って去年の11月に劇場で鑑賞しましたが、感想が書けないまま半年が過ぎて、おそらくアカデミー賞がらみでしょうがイオンシネマで再上映されていたのでもう一度観てきました(同じくNetflix作品で今年のオスカーの美術賞と撮影賞を獲った『Mank/マンク』もやってたけど、上映時間がカブっていたので観られず)。
第93回アカデミー賞の作品賞や助演男優賞(サシャ・バロン・コーエン)などでノミネートされて話題にもなりましたが、結局作品賞は『ノマドランド』が受賞(助演男優賞は『ユダ・アンド・ザ・ブラック・メサイヤ(原題)』のダニエル・カルーヤ)、この『シカゴ7裁判』は無冠に終わりました。
そのため今ではなんとなく忘れかけられてるような扱いですが、今このタイミングでこうしてあらためて観られてよかった。
この作品が去年公開(配信)された時は大統領選真っ只中のトランプ政権へのカウンターが狙いだったようにも語られたし、事実そのような役割も果たしたのでしょうが、もともとは2007年ぐらいからの企画だったんですね。アーロン・ソーキンが書いた脚本をスピルバーグが監督する予定で、トム・ヘイデン役にヒース・レジャーの名前が挙がっていたんだそうで。完成した映画ではトム・ヘイデンを演じたのはエディ・レッドメインですが、ヘイデンたちを起訴する検察側のリチャード・シュルツを演じたジョセフ・ゴードン=レヴィットって、なんとなく顔がヒース・レジャーと似てるよね。まぁ、彼がキャスティングされたのは偶然なんでしょうけど。
レッドメインやゴードン=レヴィット以外でも、“ボラット”でおなじみサシャ・バロン・コーエンや、『ブリッジ・オブ・スパイ』『ダンケルク』のマーク・ライランス、『グレイテスト・ショーマン』『アクアマン』のヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世など、派手さはないけど実力派が勢揃い。
『グラン・トリノ』『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』などで、大柄で一見コワモテだけど根はイイ人、みたいな役が多いジョン・キャロル・リンチは今回もそういう役。『ファウンダー』で主演だったマイケル・キートンも出てる。
登場人物が多く、また時代背景や人物関係も入り組んでいるので先ほどの町山さんの解説などを読んだり、「シカゴ7」についてある程度事前に予習しておいた方がいいですが、ともかく見応えのある作品でした。
正直、僕は勉強不足で「シカゴ7裁判 (The Trail of the Chicago 7)」について知識はないし、例によってNetflix作品のため劇場パンフレットがなくて映画で描かれているのがどこまで史実通りなのかもわかりません(↓の記事によれば、女性潜入捜査官ダフネは実在しないそうだから、彼女のフランス語のジョークもこの映画のための創作ということだろうか)。だから、映画を観て感じたことを綴ります。
エディ・レッドメインもサシャ・バロン・コーエンも誰もが素晴らしかったけれど、僕はウィリアム・クンスラーを演じたマーク・ライランスが一番印象に残りました。
劇中でサシャ・バロン・コーエン演じるアビー・ホフマン(著書「この本を盗め」)が「政治裁判」という言葉を使ったのに対して、ライランス演じるクンスラーが「裁判は“民事”か“刑事”かだけだ。“政治裁判”などというものはない」と答える。
しかし、そもそもこれは新しく大統領になったニクソンが司法長官ジョン・N・ミッチェルを使って検事のリチャード・シュルツに命じた、政府に楯突く者たちを見せしめで捕らえるための茶番だった。
被告人たちに同情的だと思われる2名の陪審員に送りつけられたブラックパンサー党を騙る脅迫状。
公民権運動の指導者でヴェトナム戦争に反対する演説を行なっていたキング牧師も、ヴェトナム戦争を終わらせようとしていたロバート・ケネディも暗殺された。
クンスラーとともに被告人たちの弁護にあたったレナード・ワイングラスは、脅迫状を送られた陪審員の女性がジェイムズ・ボールドウィンの本を読んでいた、と語る。このあたりも事実なのかどうか僕は知りませんが、映画の作り手が伝えようとしていることはわかる。
声を上げる者たちと、それを黙らせようとする者たち。すごく身近で起こってることに感じますが。
クンスラーは弁護士として当然ながらフランク・ランジェラ演じる結構ポンコツぶりが目立つ老裁判長にも敬意を表しておとなしくその指示に従っていたのが、やがてそのあまりに型通りで結論ありきな裁判の進め方にハッキリと苛立ちや不満を表明するようになる。
この映画の中で手足を拘束され口も塞がれた状態で法廷に運ばれてくるボビー・シール(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)の姿には、白人警官に膝で首を押さえつけられて「息ができない」と言いながら殺されたジョージ・フロイドさんのことがただちに思い浮かぶ。
トム・ヘイデンやアビー・ホフマンたちが反対したヴェトナム戦争には、コロナ禍の現在のアジア系の人々に対する差別と暴力が重なる。
人間は自分がやっていることの恐ろしさに気づかないことがある。やってはならないこと、その境界線をいともたやすく越えてしまう。
苦しんでいる人を放っておいたまま、平然としていられる鈍感さ。そして人を死なせておいてその真相を隠そうとする。どこまでも腐っている。
映画で描かれているのは、今まさにアメリカや世界各地で起こっていることだ。
劇中でデモ行進する人々や被告人たち「シカゴ7」の支持者たちからたびたび“The whole world is watching!(世界が見てる!)”というシュプレヒコールが起きる。
悪いことも良いことも、世界が見ている。
友人が警官に警棒で殴りつけられたのを見たトム・ヘイデンが口にした「ここで僕たちの血が流されるなら、街なかで流させろ」という言葉が警察官の血のことだと解釈されて、暴動を扇動した証拠として提出されるが、彼が言ったのは「自分たちの血」のことだった。我々の流されるこの血を見せつけてやれ、と。
ちなみに、トム・ヘイデンってジェーン・フォンダの元夫だったんですね。
戦争に反対するために火炎ビンで建物を破壊することが正しい行為だとは僕は思わないし、トム・ヘイデンたちが試みたように平和的な方法でデモを行なうことはできるはずだ。それはどんなデモだってそう。事実、多くの人々がそうやって抗議や嘆願のデモをしている。
むしろ、今この国で問題になっているのは差別的な暴言を振るい暴力を煽るヘイトデモの方だろう。なぜか警察はそちらの方は取り締まらない。ヘイト(憎しみ)が大音響で垂れ流されっぱなしになっている。
何が正しくて何が間違っているのか。それを判断する最大の基準は「人権」だ。それを守るかおろそかにするか。それをよく見極めたい。
首を押さえつけられて窒息死したジョージ・フロイドさんの痛ましい死は、本当に象徴的だ。
「声」を抑えつけようとしてくる者たちは、人の命を軽く見積もっている。自分たちに必要な「命」とそうでないものとを選別しにかかっている。今の政府のコロナへの杜撰としか言いようのない対策はそういうことだ。
声を上げることの大切さを今ほど痛感する時はない。その想いは年々強まっている。
ジョー・バイデン大統領の言葉通り、「沈黙は共犯」だ。
コロナ禍の中でPCR検査もろくに受けられずワクチン接種も進まない状況で、板挟みにされるアスリートたちまで利用してオリンピックを強行しようとしている現政権は、この映画のニクソン政権そのものじゃないか。
映画のクライマックスでトム・ヘイデンによって読み上げられるヴェトナム戦争の戦没者の名前が、まるでコロナ禍で命を失った人々のように思えてくる。助けられたはずの命が犠牲にされた。そしてそれは今も収束していない。無能な政治家たちと彼らとツルんでいる人の心を失った金の亡者たちのせいで。
これは強引なこじつけなどではなくて、この映画はそうやって読み替えながら観る作品なのだ。もともとはドナルド・トランプが政界に進出する前から企画されたものがこうやってアメリカの現在を写し出しているのだから。
いつまで命を削り取られれば済むのだろう。黙って従っていても“彼ら”は知らんぷりだ。自分たちの懐を潤わせてくれる者たち以外に興味などないのだから。
そんな政府が果たして必要か?
アビー・ホフマンが法廷で語ったように、「俺たちは4年ごとに政府を転覆させることができる。合法的な方法で」。
そしてアメリカの国民はそうした。その結果を誰もが知っている。
…僕たちはどうだ?
本当に今オリンピック開催は必要だろうか。決めるのは為政者ではない。僕たち国民だ。
僕たちが正しい選択をするかどうか、
世界が見ている。
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