監督:キアラ・マルタ、セバスチャン・ローデンバック、声の出演:メリネ・ルクレール(リンダ)、クロチルド・エム(母ポレット)、レティシア・ドッシュ(伯母アストリッド)、エステバン(警察官セルジュ)、パトリック・ピノー(トラック運転手ジャン=ミシェル)、クロディーヌ・アクス(おばあさん)、アントワーヌ・モメイ(ケヴィン)、スカーレット・ショルトン(アネット)、アレンザ・ドゥス(カルメン)、アナイス・ウェラー(アフィア)、ミラン・スリズィエ(フィデル)、ナフィル・モステファ(カストロ)、ピエトロ・セルモンティ(夫ジュリオ)、アンナ・パラン(パブロ)、ジャン=マリー・フォンボンヌ(巡査長)ほかのアニメーション映画『リンダはチキンがたべたい!』。2023年作品。

 

音楽は『アネット』のクレマン・デュコル。

 

アヌシー国際アニメーション映画祭2023、長編部門クリスタル賞(最高賞)受賞。

 

とある郊外の公営団地に暮らす8歳の女の子リンダと母ポレット。ある日、母の勘違いで叱られてしまったリンダは、間違いを詫びる母に、亡き父の得意料理だった「パプリカ・チキン」を食べたいとお願いする。しかしその日はストライキで、街ではどの店も休業していた。チキンを求めて奔走する母娘は、警察官や運転手、団地の仲間たちも巻き込んで大騒動を繰り広げる。(映画.comより転載)

 

この映画の存在を知ったのは、何ヵ月か前にこれから公開される映画を調べていた時で、特徴的なポスターと、これまた気になる日本語タイトル(原題は“Linda veut du poulet!”なので、ほぼ直訳なんですが) が目について。

 

実は予告篇さえも観ていなくて、でも公開が始まると評判がいいので、なんとか観たいなぁ、と思っていました。

 

字幕版よりも圧倒的に日本語吹替版の上映の方が多くて、安藤サクラさんやリリー・フランキーさんが声を担当されてるようで、そちらもきっと聴き応えがあったでしょうが、僕はできれば海外の映画、特にアニメーション作品は原語版で観たいので、一日1回の上映だった字幕版を選択。

 

フランス語って英語とはまた違った言葉の響きがちょっと面白くて、「音」として聴いちゃうんですよね。

 

これまで何本かフランス製のアニメーションを観てきたけれど、アメリカのアニメとは違ってやはりアート志向というか、一見子ども向けのような作品でも手法だったり語り口だったりがどことなくおとなっぽい。ほんとにこれを子どもたちが観たいと思うんだろうか、と少々疑問に感じるものもある。

 

昔、デモだったかストだったか忘れちゃったけど、市民の運動を禁じようとした王様が首を刎ねられて処刑された、という話のあとに、リンダたちの住む街はお店が全部ストライキ中であることがわかる。

 

王様の首とニワトリの首がかけられている。

 

どっかの国では「ストはダメ!」とか前近代的なこと言ってますが、民主主義ってそういうことじゃないんだよねぇ。

 

劇中では、ストのために不便はしても、誰もストそのものを責め立てるようなことはない。だって働いてる人々みんなのためなんだから。

 

ポレットに飼っていたニワトリを盗まれてしまうケヴィンの両親も、ストに参加して留守だったんだし。

 

この『リンダはチキンがたべたい!』はとても面白かったし、子どもでも意味はわかるだろうけれど、たとえばTVアニメなどに慣れた日本の子どもたちが果たしてこういう作品を好むかどうかは僕にはわからない。充分「おとな向け」と言っていい内容だったから。こういう作品を「子どもたちに見せたい」という監督たちは、やっぱり志が高いと思うなぁ。

 

 

 

吹替版がいろんなシネコンで上映されているから、親子で観にいかれてもいいかもしれないですね。僕が観たのは先ほども述べたように字幕版だったので、そのせいもあるのか上映会場に子どもの姿は見かけませんでしたが。

 

登場人物たちが基本的には単色で描かれていて、それぞれの「色」が決まっている。主人公のリンダなら黄色、母親のポレットはオレンジ、伯母のアストリッドはピンク、など。だから誰が誰なのかわからなくなるようなことはなかったし、鮮やかな配色や一見省略の多いような絵柄が絶妙に生命感を発していて、アート系の作品─特にアニメはけっして得意ではない僕でも楽しめました。

 

児童文学作品の挿絵を思わせるような画風。

 

声をアテた子どもたちは「アフレコ」じゃなくて、外で実際に遊んでる様子を録音して、その声に合わせて作画したんだとか。だからほんとに自然だし、やんちゃでもみんな可愛い。

 

 

 

 

 

互いに好き勝手やってるようでも友だち同士で気にかけ合ったり、集合住宅もコミュニティとして機能している。

 

おとなたちも、警官だってここではユーモラスな存在。

 

どういうお話なのかとかまったく予備知識を持たずに観たので、最初のうちはリンダと母親のポレットの指輪をめぐる誤解から生じた仲違いなど、なるほどリアルな親子の人間模様や日常を描いた作品なのかな、と思ってたらその通りで、だけどこのリンダがわりと奔放な性格で、自分の欲求に忠実に行動する。

 

 

 

そこからいろんなドタバタが起こるんだけど、実は最初真面目で厳しめな母親に思えていたポレットの方もまた、結構やんちゃな人なのだった。この娘にしてこの母。

 

 

 

 

警察官のセルジュが出てきたあたりからさらに物語にはターボがかかり、チャリで走行中のトラックに追いついたり(銃でニワトリを殺そうとするわ、娘の目の前で母親に手錠かけるわ…)、リンダをはじめ子どもたちは子どもたちで集合住宅をカオスに陥れていく。

 

 

 

みんなが投げる服や靴がどんどん木に引っかかっていくくだりとか、オーブンの中のパプリカが焼けていってやがて団地を煙が覆うラスト近くなど、もはや祭り。

 

バックに流れる祝祭的な音楽に時折不穏な旋律が混じったりして、内容も女の子が亡き父の得意料理だった「パプリカ・チキン」が食べたい、と母親に言って、その娘の願いをなんとかかなえようとするとても小さなお話のはずが、次第に大事になっていく様子とか、これはどうやって収拾するんだろ、と思いながら観ていたんだけど、最後はみんなでおいしいチキンを食べて大団円。正しい決着のつけ方(^o^)

 

多分、僕が日頃「苦手」だと公言している日本のアニメ作品にも、こういうノリのものは結構ありそうだし、だから、アニヲタとかそういう人たち向けではない作風が僕なんかでもギリギリ入り込めるアーティスティックな映像と相まって、なんとも言えない心地よさを感じさせてくれたのでした。これは絶妙なバランスによるものだと思う。ちょっとでもそれが崩れると、作品ヘの興味を失ったり嫌悪感を抱いたりしてしまいかねない、ほんとに繊細なバランス。

 

 

 

それでも鑑賞後は人々のたくましさが印象に残ったし、登場人物誰もが愛おしくなってくる。これは監督のお二人の人間を見る目が成熟しているからでしょう。

 

悪役は一人もいないし、関係がこじれていた者たちも仲直りして、また日常へ帰っていく。

 

リンダの母のポレットが姉のアストリッドにめちゃくちゃ甘えてる感じが最初のうちは違和感があって、いくら娘のためとはいえ、なんでこんなにこの人は人騒がせで自分勝手なんだろ、と若干イラッとしながら観ていたんだけれど、そのことについては姉のアストリッドが後半で自ら唄いながら妹のワガママぶりを吐露する。「妹なんて持つもんじゃない」とも。

 

 

 

そりゃ、人んちから無断でニワトリを盗んだり(絞めて食う気満々で)、ポレットの道徳観念はどーなってるんだ、と大いに疑問が湧くし、リンダだっていわゆる「いい子」では全然なくて伯母さんに対して反抗的だったり、「パプリカ・チキンが食べたい」という欲求にあまりに固執してまわりが見えなくなってたりするところとか、ちょっとどうなんだろ、とは思う。

 

でも、最終的にポレットとリンダの親子は受け入れられるし、「盗みはいけません」なんていう当たり前過ぎる正論(そんなこたぁ言われなくたって観客は知っている)よりも、まだ赤ちゃんだった頃に突然お父さんを失った女の子の希望をかなえる、という方に重きを置いている。そのことに意味があるのだから。

 

死んだはずのお父さんが終盤に出てきて「夕食中に死んだ」自分のことを面白おかしく唄うという、ここはおかしくて、泣けるところでもある。

 

 

 

問題も多い妻のポレットを、彼は深く愛していた。その事実の尊さ。

 

これは、リンダの物語である以前に、実はポレットの物語だったんですよね。

 

姉のアストリッドとの関係も、そして娘のリンダとの関係も、夫ジュリオとの関係も、すべてポレットの目から見たもので、彼女が愛されている、ということの素晴らしさを訴えていたんだな。

 

シングルマザーがぶっ叩かれてるどっかの国とは大違いだ。

 

アストリッドがセルジュとなんかイイ感じになってるとことか、多少ご都合主義的ではあるけれど、でも出会いなんてそういうものかもしれませんし。おフランスだもんね。

 

76分の上映時間の中に、見応えある中身がギュッと濃縮されていた。

 

観終わったあとの満足感は、『窓ぎわのトットちゃん』に近かったなぁ。

 

 

 

あの作品も子どもたちを描いていましたが、こちらの作品はもっともっと「自由奔放」な子どもたちの姿が描かれていました。『リンダ』も、ほんとはいろいろあって大変でもあるからこそ、映画の中で子どもたちやお母さんを思いっきり暴走させてみせたのかもしれませんが。

 

いくらでもシリアスに描ける題材を、こうやって明るく楽しく賑やかに見せてくれる、僕がアニメーションに望むのはこういう作品だ。

 

そういえば、入場時にもらったカードの裏に「パプリカ・チキン」のレシピが載ってました。おじさんもチキンがたべたい!!

 

 

 

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