タイカ・ワイティティ監督、ローマン・グリフィン・デイヴィス、トーマシン・マッケンジー、スカーレット・ヨハンソン、タイカ・ワイティティ、サム・ロックウェル、アーチー・イェーツ、レベル・ウィルソンほか出演の『ジョジョ・ラビット』。2019年作品。

 

第92回アカデミー賞脚色賞受賞。

 

原作はクリスティン・ルーネンズの小説“Caging Skies”。

 

音楽はマイケル・ジアッキーノ。

 

 

第二次世界大戦下のドイツ。母と二人暮らしの10歳の少年ジョジョは、ヒトラーユーゲントの合宿でウサギを殺せなったために“ジョジョ・ラビット”と呼ばれてからかわれる。時々ジョジョの前に彼にだけ見えるヒトラーそっくりの空想上の人物“アドルフ”が現われて、いろいろと吹き込んでくる。他の少年たちと同様にユダヤ人への差別意識を持ってドイツ人の優秀性と戦争での勝利を信じて疑わないジョジョだったが、彼の家に隠れていた少女エルサとの出会いからその信念は次第に揺らいでいく。

 

マイティ・ソー バトルロイヤル』のタイカ・ワイティティ監督の新作。

 

作品が紹介された時から興味を持っていて、公開後も評判がいいので楽しみにしていました。

 

ナチスのホロコーストを描いた『ライフ・イズ・ビューティフル』と並べて語られもしているようで。あちらは強制収容所に入れられたユダヤ人の視点から描いたもので、こちらは差別して虐殺したドイツ人側から、という違いはあるけれど、ナチスの残虐性が隠された状態の“子どもの目線”で描かれることが共通している。

 

少年の目で見たナチス政権下のドイツ、ということではフォルカー・シュレンドルフ監督の『ブリキの太鼓』(1979)を思い浮かべたりも。

 

『ブリキの太鼓』 原作:ギュンター・グラス 主演:ダーフィト・ベンネント

 

 

大人の言うことを素直に聞く無邪気な少年少女たちだからこそ、ヒトラーとナチスの優生思想やユダヤ人差別にかぶれていくその姿が痛々しくて空恐ろしい。

 

けっして明るく楽しいことを扱っているわけではないが、それを「明るく楽しいコメディタッチ」で描いているから観ていてつらくはないし、だからこその批判もある。そこは犠牲者の遺族などの立場からすれば当然だろうと思う。

 

それでも僕はこの映画はとてもよかったし、今年に入ってから観たものの中では一番好きです。

 

もうまもなく授賞式が行なわれる第92回アカデミー賞の作品賞にもノミネートされているし(全6部門ノミネート)、本命は『1917 命をかけた伝令』か韓国映画の『パラサイト 半地下の家族』、大穴はタランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』だそうですが、僕は個人的にはこの作品か『ジョーカー』に獲ってもらいたいなぁ。

※追記:作品賞は『パラサイト』が受賞。『ジョジョ・ラビット』は脚色賞を受賞。

 

戦争の時代を描いた映画は暗くて重くて怖い、というイメージから敬遠されがちでもありますが、これは家族で観られる作品だと思うし、僕はお薦めです。

 

この映画は『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』とコラボで宣伝されてもいたけれど、いい組み合わせだと思いますね。

 

では、これ以降は内容や結末についても触れますので、まだご覧になっていないかたはご注意ください。

 

 

少年のイマジナリー・フレンドのアドルフ・ヒトラーが登場することからわかるように、これは実録モノの戦争映画ではなくて一種の寓話で「風刺劇」でもある。ノスタルジックな色合いの美術はウェス・アンダーソン監督の映画のようだし、彼が撮った『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)もまたナチスによって蹂躙されていく世界がブラックコメディ調で描かれていた。

 

一見可愛らしくてユーモラスだからこそ、逆にそこで描かれていることの真の恐ろしさが強調される、というのは確実にある。

 

アドルフを演じるのはコメディアンでもあるタイカ・ワイティティ監督本人で、“アーリア人”の優秀さを唱えて有色人種を劣る存在として公然と差別しユダヤ人を虐殺したヒトラーをマオリ族とユダヤ系の血を引くワイティティが演じることは、それ自体がヒトラーへの痛烈な侮辱と反ナチス、反差別のメッセージになっている。

 

 

 

ドイツ人であるジョジョの母親ロージー役のスカーレット・ヨハンソンもまたユダヤ系の血を引いてるし、ジョジョ役のローマン・グリフィン・デイヴィスはドイツの敵国だった英国出身。

 

5月公開(※追記:新型コロナウイルスの影響で公開延期)の『ブラック・ウィドウ』でスカヨハが演じている主人公ナターシャは、やはり第二次大戦中にドイツと戦っていたロシア(ソヴィエト)の出身。

 

 

 

もう、どこの国の人でも演じちゃう人w さすがに「攻殻機動隊」の実写化映画の時には批判もされてましたが。

 

まぁ、この『ジョジョ・ラビット』は舞台がドイツにもかかわらず主要キャストにドイツ人の俳優はいないし出演者は全員英語を喋るアメリカ映画なわけで、そこんとこは従来のお約束通りでもあるんだけど、それにもちゃんと意味が込められている。

 

私たちはいつだってナチス=“加害者”側にまわる危険があるのだ、ということ。

 

ビートルズやデヴィッド・ボウイの曲のドイツ語版を使ってるのもそういうこと。

 

ちなみにハリウッド映画ではしばしば英国人俳優がドイツ人やナチスの将校を演じるけれど、イギリス英語はアメリカ人にはドイツ語っぽく聴こえるらしい(フローレンス・ピュー主演の『ファイティング・ファミリー』でそんなこと言ってた)。よーするに、その程度の認識なのだ。見た目だけではどこの国の人なのかもよくわからない。

 

ユダヤ人かどうか、というのも、血筋がどうとかいうことよりも文化や宗教的なバックボーンが大きいのだろうし。

 

ちなみにヒトラーが理想とした金髪で青い目の背の高い白人“アーリア人(ゲルマン人)”の特徴を彼自身は一つしか持っていなかった(瞳は薄い青だった)。誰もツッコまなかったんだろうか。「だったら総統、お前アーリア人ちゃうやん」って。

 

映画の中でジョジョたちヒトラーユーゲントの少年少女は、サマーキャンプで「ユダヤ人には角が生えている」と教えられる。そんなバカな、と思うが、彼らは疑いもせずにそれを信じる。

 

10歳の少年が友だちと口々に「ユダヤ人は臭くて下等な民族」などと言っているのを見ると、薄ら寒い気持ちになってくる。

 

これも日本で同じことを戦時中に(“ユダヤ人”の部分を別の国の人々に替えて)言ってた奴らがいるし、今もいる。学ばない奴らだ。

 

今、新型コロナウイルス感染症の流行が原因で世界中でアジア人への差別が横行しているけれど、白人や黒人たちから見ると中国人だろうが日本人だろうが韓国人だろうが区別はつかなくて、全部まとめて差別の対象なんだよね。日頃、自分たちの優位性を主張して近隣諸国の人々にヘイトを浴びせている連中は、その無意味さに気づくべきだろう。

 

世界中でヘイトの嵐が吹き荒れている今だからこそ、この映画が描いているものはその一つ一つが何十年も昔の話ではなくて、実は僕たちが生きている“現在”の世界の状況を反映したものなのだと思い知らされる。

 

見た目がどうとかにやたらとこだわったり、異なる文化を貶めたり、人と人との間に勝手に優劣をつけて他者を叩くような行為がどれほどくだらないか。そんなくだらない電波野郎の妄執のために600万人ものユダヤ人が殺されたのだが。

 

電波野郎=アドルフ・ヒトラーは子どもの頃から抱えていた劣等感やアイデンティティの不安をユダヤ人への憎悪という形で覆い隠し、世界中を巻き添えにして自らのパラノイア的な野望を実現しようとしたのだが、ジョジョもまたそういう危うさを大いに感じさせる少年として登場する。

 

自分が属するコミュニティ(ジョジョの場合はドイツ)を絶対的な存在と信じて、そのリーダー(ヒトラー)を神のごとく崇拝する。「敵」と見做した者を徹底的に憎む。

 

ジョジョは狂気に取り憑かれた集団(ヒトラーユーゲント)では落ちこぼれだったからこそ、かろうじて正気を保っていられたのだろう。そして、自分が信じてきたものが偽りだったことを知って、それを受け入れた。

 

ヒトラーは神ではなく嘘つきだったし、連合国軍に勝てなくて自殺した。ドイツは戦争に負けた。

 

これは、戦争というものが、差別というものがいかに愚かな行為なのかを描いた寓話であるとともに一人の少年の成長譚でもあって、間違いは正せるし、人も変われるんだ、ということを僕たち観客に伝えている。

 

ジョジョを演じるローマン・グリフィン・デイヴィス君が本当に可愛いんだけど、絶妙な具合に母親役のスカーレット・ヨハンソンに顔が似ていて、まるでほんとの親子みたい。

 

 

主演作の『マリッジ・ストーリー』もノミネートされてるし、ここんとこスカヨハ凄いよね

 

ジョジョだけに見える“アドルフ”は、ヨーキー(アーチー・イェーツ)以外に友だちもおらずいつも母と二人のジョジョの父親代わりでもある。“アドルフ”はアドルフ・ヒトラーのコピーのように彼の教義をまくし立ててジョジョをナチスの兵士に仕立て上げようとする。だが、戦場で勇ましく戦っているはずのジョジョの父親は、本当は反ナチスの活動家ですでに捕まり処刑されていた。

 

そして逃げてきたユダヤ人の少女エルサを匿い、いつも気丈で明るく振る舞っていた母ロージーもまた…。

 

ちょうど先日BSでロマン・ポランスキー監督の『戦場のピアニスト』をやってましたが、『ジョジョ・ラビット』のエルサ同様に家族を殺されてナチスに追われるユダヤ系ポーランド人の青年の視点で、ジョジョたちが楽しそうに“ヘイト”していた彼らユダヤ人がナチスやその協力者たちにどのような目に遭わされたのかが描かれていた。車椅子の老人がアパートのベランダから落とされて殺される場面が忘れられない。

 

2本の映画を併せて観ると、ジョジョたちドイツ人の少年少女たちの愉快なサマーキャンプの裏でどのようなことが行なわれていたのかがよくわかる。

 

サム・ロックウェル演じるやさぐれ気味のクレンツェンドルフ大尉は、もはやドイツの敗戦が濃厚なことを悟りながらもサマーキャンプで子どもたちに戦い方を教えていたが、手榴弾によるジョジョの負傷の責任を問われて事務職に左遷され、こちらも適当にこなしている。

 

 

 

そのクレンツェンドルフに怪我が完治したジョジョを助手として使うようにロージーが掛け合うんだけど、この二人の関係がよくわからなかった。もともと知り合いだったんだろうか。

 

クレンツェンドルフはいつも部下のフィンケル(アルフィー・アレン)を伴っていて、彼らはなんとなく同性愛者っぽい。ナチスでは同性愛はご法度なので、クレンツェンドルフは本当の自分を偽っていたのかもしれない。

 

 

 

だからか、ゲシュタポの前でエルサの身分証明書を確認する時に、実はジョジョの亡くなった姉インゲのものだったその証明書をクレンツェンドルフは見逃す。

 

ああいう軍人がほんとにいたのかどうかは知らないけれど、ナチスの将校もまた人間だった、ということを描いてもいるのだろうし、クレンツェンドルフのキャラもサム・ロックウェルの演技もコント一歩手前といった感じで(最後に自分でデザインしたコスプレみたいな軍装をして戦うところとか)、ナチスが茶化されている。もしもクレンツェンドルフみたいにユルい人間ばかりだったら、ドイツは戦争なんてしなかっただろう。

 

サム・ロックウェルも『リチャード・ジュエル』を観たばかりだし、スカーレット・ヨハンソンと同じくイイ仕事が続いてますね。

 

トーマシン・マッケンジーが演じるエルサは、ナチスに追われてジョジョの家に隠れている立場でありながらオドオドする様子がまったくなくて、むしろジョジョを脅して居座るほどのふてぶてしさのある不思議な存在感をたたえていました。

 

お話はまったく違うけれど、ちょっと手塚治虫の「アドルフに告ぐ」を連想

 

彼女はジョジョにとって初めて異性として意識する、もしかしたら初恋の人になるかもしれない人だけど、彼女には結婚しようと思っていた恋人がいて、でも彼はジョジョの父親のように殺されてしまっていた。

 

それを知らないジョジョは、その恋人の名前で手紙を書いて、エルサに読んで聞かせる。

 

結果的に、それはもうこの世にはいない人からの手紙になった。

 

エルサとの交流によって、ジョジョの中のユダヤ人に対する偏見は消えていく。人を愛し、食事をしてお風呂にも入る彼女には角は生えていなかった。

 

しかし、エルサを匿っていたロージーはやがて反ナチスの活動がバレて公開処刑されてしまう。

 

公衆の面前でロープに吊るされている何人もの人々の中に母の姿もあった。揺れている彼女の足に履かれた見慣れた靴。

 

こういうことが現実に行なわれていたということの衝撃。

 

母親が反逆者として処刑されたのに、それまでと変わらずジョジョがあの家に普通に住み続けられるのが不思議だし(食料はどこから調達していたんだっけ)、常識的に考えるとありえないようにも思えるのだけれど、そもそもジョジョやロージーが近所の人たちに会う描写も一切ないので、これはあくまでも10歳の孤独な少年の目で描いたという体で作られた物語なんですよね。残酷だったり悲惨なものは映らない。母の足を除いて。

 

母やエルサとの日々を通して、ジョジョは学んだ。

 

人生において何が大切なのか。

 

そして、その大切なものを奪う“戦争”というものの正体を知った。

 

父の代わりにジョジョが心の中に生み出した“アドルフ”は、彼を誤った道に連れていこうとしていた。エルサを引き渡せ、彼女を殺せ、と誘惑し続けた。

 

本物のアドルフ・ヒトラーが自殺したあとでさえも“アドルフ”はジョジョの前に現われて、この期に及んでまだ彼に取り憑こうとする。

 

ジョジョは“アドルフ”に一言「くたばれ、ヒトラー!」と叫んでヤツを窓の外に蹴り飛ばす。

 

ジョジョは「洗脳」から脱したのだった。

 

ジョジョのあの一言こそがワイティティ監督が世界に向けて伝えたかったメッセージだろう。僕たちはもう絶対にヒトラーの幻に惑わされたりはしない。お前なんか蹴り飛ばしてやる、と。

 

ジョジョ・ウサギのひと蹴りだ。ウサギは弱虫なんかじゃない。

 

自由を取り戻した世界で、隠れていた建物の外にようやく出られたエルサとともにジョジョは踊る。

 

僕らは一緒に踊れる。愛を語り合える。そして思いきり叫んでやろう。

 

くたばれ、ヒトラー!と。

 

 

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