岩瀬 慧
05W2111017H 岩瀬 慧
私は、上田様のお話を伺って、大きな感銘を受けた。講演を受ける以前までは外務省など政府機関には基本的にはマイナスイメージしかもっていなかった。例えば、私はリサーチを行っていく中で、日本はODAを行っている額は巨大なものの、ODAの計画とその実情が大きく食い違っていたり、それが現地住民のニーズと相容れなかったりしていて、一体何をもってしてそんなことばかりしているのかと批判的な気持ちでいた。だがその気持ちは、後になって分かったことだが、私たちが日々話題性・視聴率先行のセンセーショナルなニュースを排出するマスメディアに晒されてきた中で、自分が出会った情報がどれだけ正確か、どういった意図を持って発信されているか、などを深く考えたり、批判的な思考を持ったりせずにただ莫大な情報を鵜呑みにしていたことの証明だったのだ。どういうことかと言うと、上田様は、今回の講演を通して、私に「自分は一生懸命であること」を語ってくれた。外務省の中のODA管轄という立場。ODAへの世間からの風当たり。国際社会における日本のODAへの期待。様々な重圧の中にいながらも、発展途上国支援と、他国への支援こそが福利厚生など様々な形で自国に戻ってくるという、ODAの原点を見失わずに真摯に仕事に取り組んでいる事を、実体験を交えてお話くださった上田様からは、自分の仕事に自信と誇りを持っている人独特の輝かしさに満ち溢れていた。私はこのとき、自分の勘違いを恥じた。公的機関はどうせ企みの尽きない機関であるという捻じ曲がり凝り固まった私の中のイメージは、音を立てて崩れた。後に残ったのは、今現在でもこうして国際社会の中でも重要なポジションを占めているこの経済大国日本を支えているのは、上田様の様な方々の前向きな努力の賜物であるという認識だった。だが私は、これで何かを果たしたわけではない。まだひとつの出発点に立ったばかりなのである。イメージの再認識を促してくださった上田様には感謝の念がつきないが、そればかり見ていてはいけない。社会は生き物だ。常に情勢は流れていく。そんな中で、自分という存在を他者に流されることはあっても、根幹を見失わないでいけるかがこれからの自分との勝負だと思う。それが自分は何ができるかという、自分の立場を考慮したdevelopmentであると私は考える。
最後に、本当にお忙しい中お越しいただいた上田様に感謝いたします。貴重な経験をありがとうございました。
飯野瑞穂
05w2112013I 飯野瑞穂 今回の上田様のご講演を通して、まず、自分の視点がとても狭かったこと、考え方が偏っていたことに気づいた。私は、criticalという言葉にとらわれすぎて、政府やODAの活動を批判的にばかり見てしまっていたと思う。ODAが実際に何を行ったのか、どのような目的を掲げるものなのかなどといった、事実を把握することへの意識が不十分であった。これでは、criticalとは反対のことを行っていたのだと気づかされ、大変反省した。これは、私が情報を鵜呑みにして吸収するばかりで、ひとつの事実に対してさまざまな見方が存在すること、数字・グラフなどのデータや、表出された言葉の奥にあるものを考えることのなかった結果である。
リサーチによって見えてきた問題点・疑問点について、実務者である上田様から、直接お話を聞けたことは、大変意義があった。リサーチを進めると、日本政府によるODAが行った活動のうち、失敗例ばかりが自分の中で浮き彫りになってきてしまい、成功例も確実に存在するのに関わらず、これを改善するためには、政府とNGOの協力や、現地の人々の視点に立った援助が必要なのではないか、その現地の人々の視点に立った援助とは、一体どういうことなのか、と感じていた。現場で活躍する方である上田様も、現在、現地のNGOや企業、ドナー諸国との連携の必要性を感じ、それを進めている、また、必要なのは、完璧な政府・NGOではなく、対話であると、対話の必要性を強くおっしゃられていたことが、大変嬉しかった。上田様によると、NGOによる政府批判などもよくあるが、意見の一致まではいかなくとも、理解することはできるよう、定期的な協議会などを開催しているようだ。現場で活躍する政府関係者と、その情報を受け取るだけであった私の考え方がまったく異なるということはなく、むしろ、現場を経験してきたからこその意見には賛同できるものがあった。すべてを批判的な眼で見るのではなくて、地道な活動により、小さな理解を広げていこうとする政府の試みなどの、内部の意見や努力を知る必要性もある。一方で、物事をcriticalにとらえる重要性は決して忘れてはならない。今回の講演で一番学んだことであり、この両立は難しいことであるとも思うが、これから確実に意識していきたい。
また、私が疑問に感じた、何が援助なのか、ということに関するお話もあった。プレゼン班が着目した、ODAに対する日本政府の方針である効率性の向上は、上田様によれば、これは効率性の向上によって額を削減しようとするものではなく、逆に、NGOとの連携や、どこにどのような形で援助をするのか、という立案段階からの関与によって、ODAの額の向上をも成し遂げようとするものであった。その国の開発計画や政策に位置付けられたものでなければ、援助も無意味で自己満足なもので終わってしまう。国際社会における日本の責務が問われ、その活動を期待される中、改めて援助の難しさを認識した。
最後に触れたいのは、developmentとは何か、についてである。上田様は、自分に何ができるのかを考えることがdevelopmentである、とおっしゃり、この言葉にはとても感動した。developmentというと、これまで私は、国家規模でそれを考えてしまっており、自分と直接的には関係ないと思っていた部分があると思う。大切なのは、自らの立場においてできることを考え、実行していくことであり、これから私がさらにdevelopmentについて学んでいく上で、常に考えていくべき課題だろう。
このようなお話を聞くことのできる機会を与えてくださった上田様に深く感謝を申し上げたい。
太田雄介
05w1302015E 太田雄介
今回の講演を聞いて、やはり実際に働いている方は一つの物事について多面的な見方ができているなと感じた。その中で自分の中で印象に残っている箇所について順番に考察していきたい。
一つ目は、日本政府はODAの額の減少を補うために質を上げるのではなくて、額を増やすために質を上げるという見方だった。現在ODAのGNI比が低いのは、日本が不景気であり海外にお金を出している余裕はないという意見や、議員がODAを不正に利用して儲けていたという事件、そしてインドネシアのコンタパンジャン・ダムに代表される事例[渡辺、三浦 2003:3-4]などによる日本のODAの有用性に対する不信感からくるものである。ODA額、つまりODAのGNI比をあげようと思ったら、このような国民の不信感を払拭していかなくてはならない。そのために質を上げ国民に有用性を示し、税金をより多くODAに割く事必要があるというのだ。自分の今までの考えでは質と量を対比関係にしか考えておらず、相互の及ぼす影響には目がいっていなかったため、この意見を聞くことにより柔軟に考えるための手がかりを得ることができた。
二つ目は、よくODAの効率を上げるために政府とNGOの連携が言われるが、上田様の発言の中であったのは連携していくべき、また予定なのはNGOだけではないということだった。たとえば借款と技術協力の連携など、政府機関の内部で連携をしていくべきであるということ、また現地の政府と立案段階から関わっていこうということである。自分の頭では連携というと民と官との連携、外部との連携しか浮かばなかったが、こうした公的機関同士や内側の連携も効率化の上では欠かせないということに気づかされた。
三つ目は、現地政府との立案段階から関わっていくべきであるとの意見、そして中国の話をされた際の、日本と中国では地理的条件が違うというお話だった。前者からは、援助というのは単にお金や個別事項の技術を提供するだけでなく、実際どのように援助を行っていくかというノウハウを提供するということも重要な要素として含まれることに気づかされた。後者からは、援助といっても地域ごとに事情は異なり、単純に自国のノウハウを押し付けるだけでは効果は見られないということだった。これらから言えることは、どのように援助を行っていくかという根本的な部分においても、やはり相互の情報交換・対話が必要であるということである。
事前に自分で調査をした上で実務者の話を伺うというのは、有意義な機会であった。
参考文献
渡辺利夫、三浦有史(2003)「危機の時代のODA」「日本は何を実現すべきか」渡辺利夫、三浦有史『ODA(政府開発援助)』東京:中央公論新社,pp3-27,95-121。
坂本陽亮
今回のプレゼンテーションを通して、これまではテレビや新聞からしか得ることができないような、私自身とすごく距離があるように感じられていた問題を、生で体験できた。この体験は私にとって、すごく貴重な体験であり、この体験を通じて、新しいものの見方、感じ方というのを得られた気がする。
私たちは普段の生活の中で、このODAの問題だけでなく、あらゆるニュースをメディアによってセンセーショナルにされたものを享受しているのだということに、実際にその現場で働いている人の声を聞くことによって理解することができた。私がなぜこのように思ったかというと、上田さんがおっしゃったように100のことをやってそこから70できれば上出来であるのに、メディアはそのできなかった残りの30のほうへ目を向けて、そこを重点的に取り上げるというのを聞いたときに、確かにメディアは失敗例を多く取り上げる傾向が強いように感じられたからだ。メディアはその事件をなるべく人々にインパクトを持たせるために、このように報道してしまうために、そのような事態に陥ってしまうのだなと思った。
また、日本がODAの国民総所得比を国連が基準としている0.7%に向けて努力をしていること、それに対して小泉首相も明言しているが、国内の人々の理解を得られていないために、その目標の数値まで達することができていないということを聞き、普段メディアがどのようにODAを評価し、そして報道していたか、ということを考えさせられた。
そして、日本が他のアジアと連携をとっていく際のリーダーシップを任されているということも、公式にはいわれていないものの、そのような立場にあるというのは、私には意外に感じられた。それは、私が日本国内の経済が不況だと言われている言葉をよく耳にしていたために、日本は貧しい国なのだと心の中で、思い込んでいたからなのだと思う。しかし、世界的に見て、日本のGNPが高いということなど、明白なことであったのに、それに気づかなかったということは、私に、私自身の鈍さと視野の狭さを実感させた。それほどまでに日本が期待されているために、日本は国際社会の中で求められるものがすごく大きくなっている。そして、その期待にこたえていくことが日本自体の福利厚生に役立っていくという相互依存状況にあるということを、ほとんどの日本国民が理解していない状況にあるのは、確かに、今後のODAにかかわってくることだから、私自身も今できることとして、この事実を親に伝えてみることにする。
もう1つ、私が学んだことは、プレゼンテーション班の質問の4番目の中国へのODAを続けるべきかどうかという質問に対して、私の仲間達が述べた意見に対してのことだ。私自身は今後続けるべきではないと考えていたが、今後も続けるべきだと考えている仲間の存在、そして彼らの意見を聞き、人にはいろいろな価値観があるということを実感させられた。今後まずは自分たちが話し合うという機会を自分から積極的に作り、お互いがどのようなことを考えているのかということを話し合いたい。
長島慧史
長島慧史
05W1406016C
今回プレゼン担当班を通じて、仲間たちと意見を交換することについて考えることが幾度となくあった。ひとつのプレゼンをそれぞれ考え方の違う仲間たちと作り上げていくということ。これにはまず、自分の考えを相手にどのようにしたら伝えることができるのか、それを考える必要があった。それ以上に、議論している相手が何を伝えたいのか、なぜ相手がその言葉を選んだのか。なぜ相手がその行動をとるのか。それを理解しなければ話は進まなかった。朝から晩まで話し込んでもまったく話が進まないこともあれば、スムーズに行くこともある。その差は、議論に参加している私の、そして仲間たちの姿勢で変わってきた。
上田様は私たちのプレゼンをご覧になって、「問題設定が違っている」とおっしゃった。この言葉に対する班員の受け取り方はそれぞれ違うっただろう。私としては、やはり、仲間同士で話し合って出た結論だから、論理は通っていたと思っていた。いや思おうとしていたのかも知れない。しかし上田様の講演が始まり、実際に外務省で働いている方の講演を聞くと、自分たちの考えの幼稚さを感じた。なぜ私たちはプレゼンの問題設定を間違ってしまっていたのか。そこについて考えたい。私の頭の中には日本政府は国外からの要求をごまかそうとしてる、問題をすり替えてるなどの考えがあった。最初にその考えが私たちのプレゼンの案に出た時、私はこの案なら、いいプレゼンができると思った。なぜなら自分の中に、政府は不正なことをしているという勝手なイメージがあったからだ。どんなことをしているのかなど本やインターネットなどから得た薄い知識だけで、自分の勝手なイメージを作ってしまっていた。だから「このプレゼンで政府の不正を指摘してやろう。」というような考えができていた。それから私たちは、調べて得た情報も全部私たちの考えが正しく見えるような視点でしか見られなくなってしまっていた。私たちはこの考えを前提にしてプレゼンを作った。だから先輩方や友人たちに説明しても、なかなか伝わらなかった。それでもなかなか別な視点を持つことが私たちにはできなかった。
上田様のご講演を聴き、私が勝手に抱いていたイメージは、やはり私が勝手に作っていたイメージだということがわかった。上田様が外交において、もっとも重要とするのは、信頼を得ることであると伝えてくれた。短絡的に日本の援助が国際的な会議において、日本の主張への賛成票などにつながるわけではないが、必要な援助はきっと信頼を勝ち得ると上田様はおっしゃっていた。外務省が実際に何をしているのかも知らずに勝手な推測をしていた自分が恥ずかしくなってしまった。今回学んだことは、自分たちの考えを一度考え直してみること、心をつかむような言葉に注意をすること、直接現場の方の話を聞くということなどである。
これから何かを調査し考えをまとめる際には、勝手な偏見を持たず、一つの視点ではなく、もっと広い視点を保ちながら考えていきたい。
長島慧史
05W1406016C
宮島優子
05W1406019H 宮島優子
今回の上田様の講演を拝聴して、日本の政府をもう一度見直そうと思い直しました。上田様の、真摯に国際援助の仕事をなさっている姿を見て、日本も捨てたものではないと感じ、感動し、大変嬉しく思いました。普段は滅多にお目にかかれない方のお話を聴くことができ、また対談できたのがとても光栄です。上田様が私の話を真剣なまなざしで聞いてくださって、本当に嬉しく思いました。上田様のなさっているお仕事は、歴史を作り出すのに携わっているというすばらしいものだと思いました。上田様の熱意を、しっかりと心に刻み込むことができました。
私は、この講演を聞く前に行った日本のODAのリサーチ・ペーパーにおいて、日本のODAが自国の経済的利益を追求しているのではなく、また明確な理念に基づいて活動しているという結論に達しました。この結論を導き出す過程に違いはあるものの、結論に関しては、上田様がおっしゃっていた事とほぼ一致しているのではないかと思います。今回の講演では、現在外務省が多くの批判を浴びながら活動している現状を知ることができました。
講演を終えて一番気になったことは、どのようにして国民が政府の活動を把握するかということです。政府の真実を知らないで、ただ政府を批判するのは恐ろしいことだと思います。上田様のお話でも、メディアは政府の良いニュースを話題性がないからと言って取り上げないということでした。私たちはメディアによって偏った政府への見識を持つようになってしまいがちです。義務教育の過程においても、政府の実態について学ぶ機会はたいしてありません。親睦会でも、上田様と以上のようなお話をしました。
今回の講演のように、メディアを通さずに政府の実態を知る機会が国民にはなかなかないと思います。もっと、私たち国民が正確に日本の状況を知ることができるようになるべきです。そうすれば、ODAに関する偏見も少なくなると思います。きっとこれはODAにとどまらず、社会全体に当てはまるものなのだと思います。正確に情報を得ることの難しさを痛感しました。
今回の講演で、政府に対する印象が変わっただけでなく、日本自体に対する印象も変わりました。日本が他国に少しでも頼りにされて尊敬されていることをし知り、日本という国に少しだけ誇りを持てるようになりました。もちろん、日本はたくさん悪い面もあると思います。でも、上田様のように真摯に努力なさっている方がいることを知って、希望を持つことが出来た事を、とても光栄に思います。
上田様がおっしゃった一言一言を忘れずに、今後につなげていきたいと思います。
辛尚美
05W2116004J 辛尚美
私は今回ODAについてリサーチを行ったことで、日本のODAが世界各地の開発途上国の発展に様々なかたちで役立てられていることを知った。特にアジアに対する援助の割合はDAC諸国の中でも圧倒的に多く、同じアジアの国々の発展に貢献する日本はすばらしいと思った。しかし第1週目の模造紙プレゼンの際、比較的どのグループも取り上げていたのは、ダム建設などによって逆に現地住民の生活を苦しめているという言わばODAの失敗例であり、“ODAとは一体誰のための援助なのか”ということを提起していた。私はそれまでODAに対して良いイメージしか持っていなかったため、そのような事態が起こっていることを知ってショックを受け、自らのリサーチ不足を痛感した。そして“ODAは必ずしも現地の人々にとって役立っているわけではなく、現地NGOとの協力が重要なのだ”ということが強く印象に残った。そして第2週目においてプレゼン担当班が主張していたのは、「DAC諸国はODA額の向上を目指している一方で、日本政府はNGOとの連携によるODAの効率性向上を目指しており、その方針は異なっている。」ということであった。だが、これに対し上田さんは「DAC諸国はODAの額の向上だけでなく、質の向上も目指している。」また、「ODAの効率を上げるには援助の相手国のニーズを考え、それに合った援助をすることが重要である。」とおっしゃった。そして、「ODAの効率を上げる手段の一つとしてNGOとの連携がある。」ともおっしゃっていた。これまで学んできたことを通して、私はNGOとの協力さえできればODAは相手国にとって必ず良いかたちで役立てられると思い込んでいた。もちろんNGOとの連携は重要である。だが本当に重要なのは、“NGOと政府、どちらが正しいか”ということではなく、“きちんと相手国と対話をし、相互理解を深めることである”ということを学んだ。そして、そのためにドナー国間の協調や立案段階での協調が必要となるのであり、DAC諸国や日本政府はこのことをちゃんと重視していると知って、私はまたODAに対する見方が変わった。そして、やはりODAはとても重要なのだということを改めて感じた。さらに上田さんは、「中国に対するODAは続けていくべきだ。」とおっしゃっていた。それは、“将来大国になるであろう中国との付き合い方は重要であり、今援助を行うことで信頼関係を築いておけば、将来日本が困ったとき助けてくれる”ということであった。そしてこれはどの国においても同じであるともおっしゃっていた。これはまさに「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄の確保に資する」というODAの目的を示すものだった。そして上田さんのわかりやすいお話のおかげで、“ODAは誰のための援助なのか”という問いにも答えを出すことができた。結局ODAとは、“相手国と日本、両国をより良くしていくための援助”なのだ。原点に戻ってしまったが、そのことがちゃんと理解できた今、やはりこれからはもっと日本の人々はODAに対する理解を深めていかなければならないと思った。そして、いつかODAに対するGNI比が0.7%を超えるときが1日でも早く来ることを切に願う。最後に、上田さんにとって“developmentとは何か”という質問に対し、上田さんは「逆に自分は“開発”に対して何ができるのかを考えることが重要である。」とおっしゃっていたが、私はこの言葉に感銘を受けた。そして、私はこれから常にこのことを念頭に置きながらこの授業に取り組んでいきたいと思った。
尾関 峻
物事は二面性がある中でどちらかを優先して論じたり、交渉したりするものだ、ということがわかった。とかく自分は二項対立というか対立・論争型で物事をみがちである。たとえば、今回のODA班のプレゼンは効率性(質)を向上させ、額(量)の増加を日本政府が避けようとしたという議論を持ってきた。額を増加させることによって開発が順調に進んでいく場合はあるかもしれないが、現地住民の不満も出てくるかもしれない。NGOが勝手に灌漑整備などやって住民の居所を奪ってしまうこともあるのだ。また、国連がミレニアム開発目標で2015年までにGNI比0.7%まで額を増加せよと要請があったが、一部の権力者がアナン事務総長に働きかけたと言う議論もある。国連に不信感を持っている人にとっては額の増額はしないほうがいいという結論をもってくるのだ。だが、額の増額を求めている政府、国際機関があることも事実だ。イギリス政府やAU諸機関などだ。イラクやアフガニスタンなどといった中東政府・一部の国民も国力にふさわしい責任を果たすべきだという議論もある。利益を得る人がいる一方で、害を被る人がいる。これを常にあたまにおいて政策を立案・実行すべきなのだ。
物事を論じるときはデータなどを示して説得力を増すべきだが、具象で終わってはならない。結論を述べるときは普遍的なことをいわねばならない。重要な言葉はその概念を定義せねばならない。参考文献を示す。パワーポイントでは効果的な箇条書きをこころがける。そして、プレゼンターはオーディエンスの注意をひきつけねばならない。棒読みはもちろんアウトだが、ボディーランゲージやオーディエンスへの質問はとてもたいせつなのだ。リスナーやオーディエンスが話を聞かなかったり、居眠りするのはプレゼンターもしくはスピーカーが彼らの注意をひきつけていないからだとも解釈できる。聴く側の姿勢に問題がないとは言わないが、話す側聴く側の両方がいてこそ授業・講演会などは成立する。魅力的なプレゼンター、聞き上手な人間になりたいと強く思う。
接客業という業種があるが、無愛想で気が利かない接客は相手に対して失礼なことを身を持って知った。作り笑いは愛想よくするためであり、水は冷えていたほうがおいしい。上田様はとても感じのいいかただったが、世の中にはそういう人ばかりではない。無理にゲストを引き止めたり、スケジュールの爪が甘かったりすればゲストは不快に思う。口には出さなくとも、上田様は僕ら(自分の個人的ミスも含めて)の対応が悪かったと思っているはずである。僕らは所詮学生でしかも1年だが、学生は社会人としての意識をもたねばならない。口ではなく態度で示すことの意味が少しだけわかったような気がする。
個人的ミスは上げたらきりがないが、大変惜しいことはODA班のプレゼンをカメラに収められなかったことである。写真は後に残るもので、しかも視覚にかなり訴えるものである。写真がぶれたり、意図しない写真がとれたことも悔しい。カメラマンという職業の難しさ、責任というものもすこしだけだが実感した。
次につなげるものとして、的を得ないレポートは書かないということがあげられる。今回のレポートは意味を成さなかった。ODAについての知識もついてきたところで、スリランカについての知識を深めていきたいと思う。そしてまずは、誰に対しても作り笑いができるようにしたい。沈んでいた気持ちが少しは和らぐかもしれないからだ。
片山朋子
今回のプレゼンを担当し、上田様の話を聞いて学んだことは、自分が今までいろいろなことに対して非常に偏った見方をしていたということだ。そしてそのことに今まで気づかなかった自分にとても驚いた。自分では注意してきたつもりだったのに冷静でcriticalな見方がまったくできていなかった。プレゼンの内容に関して上田様から意見を伺ったときも、上田様の講演を聞いても、また学生の中国へのODAに対する意見を聞いても、気づかされたことが多かった。どうして今まで気づかなかったのだろう。もしかしたら今回初めて世間で起こっている問題に対して真剣に考え、取り組んだ結果からかもしれない。
またプレゼンを作ることの難しさの他に準備段階の事務作業の難しさも実感した。できると思っていた仕事が全くできない自分がすごく悔しかった。しかし、自分のできないことがわかってこれからどう改善していけばいいのかわかった。
まず、上田さんの自分たちのプレゼンに対する講評では自分たちの観点の違いに気づかされた。たくさんたくさんODAについて調べたことは確かだ。しかし、あらさがしのように政府の思惑をどうにか探そうとしていた。
中国に対する援助に関するご講義のときは、上田様が学生に質問を投げかけたこともあって特に興味を持って聞いた。私は事前の自分のリサーチでは対中ODAについて調べた。そのときに私が感じたことは中国へのODAは無駄であってなくすべきだということだった。しかし、上田様が学生に対中ODAは必要かということを質問されたとき、必要と考える人が多いことには驚いた。必要と考える学生たちはほとんどが、沿岸部は発展しているけれど農村地域などの山奥はまだ発展途上にあるからという意見だった。確かに古森義久氏の『「ODA」再考』を読んで、そのような事実も知った。しかしその一方で中国でのODAの使われ方には問題がたくさんあるということも知った。援助を受けていながら他国に援助をしている事実や貧困層にはODAは使われないで沿岸部のインフラ整備ばかりに使われる事実。私はすぐにやめるべきだと思っていた。しかし、上田様の話を聞いてそうではないことに気づいた。古森氏は「日本からのODAが中国側の対日友好を増したという証拠はどこにもない」と『「ODA」再考』の中で述べているが、反対に日本からのODAが中国側の対日友好を減らしたという証拠もどこにもないからである。友好が増さなかったという事実はなくてももしODAをしなかったらどうなっていたかわからないということを上田様がおっしゃっていてすごく納得した。ただ、やはり私は今の対中ODAには賛成できない。それこそ、中国のODAの質の向上を目指した見直しが必要だと思う。上田様のおかげで今まわりの皆が何を考えているのかもわかり、違う見方も教えてくれた。
上田様の民間モニターについての話も非常に興味深かった。特に面白いと感じたのが民間モニターの人が現地に行くことでそこで活動している人、団体にその政策の意味などを改めて考えさせる結果となったことだった。本来は民間の理解を深めるために行ったものなのに反対に現地で活動している人々に刺激を与えたということ援助の仕方の改善にもなるきっかけになると思ったのですばらしいと思った。
私は全体として悪い点ばかりを見ていて、よい点は見ていたのかもしれないがあまり気にとめようとはしていなかった。それを気づかせてくれた上田様には感謝をしたい。
しかし、上田様がこの講義でcriticalな意見もなくさないでほしいということを強調なさっていたので冷静にcriticalすることも身につけたい。
上田様はこの講義をして得るものがあったとおっしゃっていたが、わたしはきっとその何倍も得るものがあった。
西林 まや
私達の班は今回プレゼンを担当した。11人で一つのプレゼンを作るということがこんなにも大変なものだとは思いもしなかった。そして例え11人居ても、ずっと一緒に物事を考えていると、自分達の思考の間違いに誰一人気づかなくなり、答えは簡単に導き出せる所にあったのに、難しい方にばかり考えてしまって、ずっと抜け出せない迷路に居るような苦しい思いをした。
その良い例が私たちが上田様にした質問である。私たちはどうにかして良い質問を考えなくてはと思い、色々調べ考えたつもりだった。しかし、上田様に「問題設定の仕方が違う」と指摘され、よくよく考えてみるとなぜこんなに簡単な事が分からなかったのだろう、と疑問に思うくらい簡単な事を見落としていた。DAC諸国が日本に額の向上だけを求めている訳が無いし、同時に質の向上も求めているのは当然だ。そして、上田様に外務省としても額をもっと出して欲しいと交渉をしていると聞き、私は今まで外務省の人達が何の努力もしていないように思っていた事を恥じた。
上田様がおっしゃった事はどれも印象的だったが、中でも特に印象深かったのは、日本にアジアのリーダーシップをとるように求める声が高まっている、という話だった。私はこれまで、日本は何かあればお金しか出さない、信頼されていない国と思われていると思っていたので、外国の国々がそういう風に思っていることを聞き、純粋に嬉しかった。更に、ODAのホームページで日本が最大の援助供与国となっている国への対日世論調査を見て、日本に対する信頼の低さに衝撃を受けたのだが、それに対しても上田様は、アフリカの日本に対する信頼は高く、他の国との関係で票には表れないが、日本に対する信頼は厚い、とのことを聞き非常に嬉しかった。
私がODAについて調べ始めた時、まず日本の異常なまでの経済インフラに対する投資を深く疑問に思い、当然社会インフラの方が重要だと思っていた。しかし、上田様が持ってきて下さった資料を見て、長期的に見ると日本がして来た支援の方が有意義だった事を知り、上田様がご講義して下さったおかげで真実を知る事が出来、本当に良かったと思った。
今回のプレゼンで私には全くと言っていいほど人を統率する力が無い事と、先読みする力が無い事を思い知らされた。私は積極的にリーダーシップが取れるほうだと以前は思っていた。しかし今回、これを言い訳にしてはいけないとは思うが、ALPSをとっていない為に他の班員より遅れをとる事が多く、足手まといになってしまった。更に、分業して進めていくと、本論において他の班員とシェアが出来ていなく、それをまた再度聞き直すことにより時間の無駄を生じさせてしまった。それらをどう解消していくかが今後のプレゼン班の大きな課題になるだろう。自分にとっての課題は今後の授業を通し、統率力を養う事、自分の意見をはっきりと他人に伝えられるようになる事、段取り力を身につけ、先読みの出来る人間になる事である。その課題を少しでもクリア出来るよう今後の講義を一回一回大切にしていきたい。