リフレクションペーパー -19ページ目

内村 佳奈

05W1302014G 内村 佳奈―上田様のお話を聞いて、外務省の方々がODAの利用について真剣に考え、運営して下さっているのだということがわかりました。確かにODAの効率的な利用は巡りめぐって額の増加につながるかもしれません。しかしそういったものとは全く別に、上田様から一番に感じたのは、仕事という枠を越えて支援する現地の状況や人々のことを深く思いやっているという気持ちでした。

事前学習では、ODAは自分の知らないところで政府から組まれた予算の中で世界各地で支援をしているという事実だけで、それは全くリアリティーに欠けていて、様々な数値や情報を分析してみても、やはりそれは知識とも呼べないようなものでした。上田様のお話を聞いて初めてそれらの事前学習が自分にとって意味のあるもの、知識になったのだと思います。

上田様の話を聞いて痛感したことは、(もちろん自分も含め)私たち日本の国民は自分たちの払った税金が無駄に使われているという事実に関しては敏感なのに、実際にその税金がどう使われ、どのような成果を得たかに関しては知ろうという姿勢が足りないような気がします。このような状況下でODA支援の効率が上がったとして、本当に私たちだけでなく日本の国民がそれを認識できるのでしょうか?上田様方が地道なところから、私たちにODAについて知ってもらおうと苦労している一方で、私たちはODAについて知ろうともせず、ただ不満ばかりをもらす形となっています。今まで自分もその一人であったことを恥ずかしく思いました。しかし同時に、ODAや上田様を身近に感じられたことでそういった方面への興味がわきました。

このような有意義な講演に参加できたことをとても光栄に思います。

プレゼン班の皆さんお疲れ様でした!!

田村 三朗

学籍番号:05W1301001G 名前:田村三朗

 今回のdevelopmentライブで得た最も大きいものは真摯という言葉の意味です。上田様にわざわざおこし頂いたことはもとより、そのお話も素晴らしいものでした。上辺だけで真摯に対応しているように見せかけることに慣れていた私ですが、この経験で真心を知りました。上田様には素直に感謝できます。政府開発援助の生の話を聞いて、現場で活動するのと机上で文献を読むのとではあらゆる面で違いが生まれるのだと改めて知りました。現場の状況を知って初めてODAの真の意味を感じることが出来るのだと思います。

 具体的にまず、ODAに対する新しい視点を得ました。国際公共財を誰かがやらなければならないものとし、それを経済的に優位に立っている日本がやるのは当然であるという視点です。外国へ行ったことがない私は、日本を客観視することがなかなかできません。なので、上田様のお話にあったように途上国には日本に対する憧れというものがあることに気づきませんでした。それは同時に日本が途上国、特にアジア諸国から期待されていることにも気付いていないということになります。このことが、私にODAのネガティヴな面ばかり見せている要因だったのです。ポジティヴな面として、アジア諸国に期待されている日本が、アジアのイニシャティヴを握るためにODAを供給するということです。ODAがこうした外交目的の意義を兼ねていることを私は初めて知りました。

 次に一番議論を呼び起こす、公共事業にODAが使用されることに関してです。建築業者の利益のためだけで、他はむしろ不利益を被るのではと私は思っていたのですが、上田様のお話を聞いて自己の情報に対する考え方を改めさせられました。公共事業をやる意味は何かを考えれば、それはインフラの整備であることはいうまでもありませんが、さらにそのインフラの整備の意味を考えると、それは経済の発展の基盤を作ることにつながるということがわかります。少し考えればわかることなのに気付けなかった自分がいかに周りの情報に振り回されているのか認識させられました。しかし、やはり有益な公共事業と無益な公共事業があることは予想していた通りでした。報道され私自身もよく知る無益な公共事業はどのようにして行われてしまうのかについて上田様は、対話の不足を挙げました。現地のNGOや企業との協力、連携の不足がこのような事態を招いているのだということを知りました。また、有益な公共事業に対しては、それをもっと広げられるようにどうすればよいのかを考えることが大事だという考えを得ました。叩くよりも、良いところを褒め称えることでよりよい方向へと開発が向かうのだと知りました。このようなポジティヴな考え方は、ODAに関して私の中にありませんでした。批評が非難と間違えられている今日、上田様のこのような貴重なご意見は今後の世界に平和を齎すことになっていくのだと確信しました。利益を得ようとするのではなく、何かに尽くそうと自己を問い続ける姿勢を私はこの第一回目のライブで学びました。


前山明日香

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前山明日香

まず、今回の授業を通して、私は自分の視野の狭さに気づかされた。日本のODA額が増えないのは予算を立てられないからで、それには国民の不満という理由が大きい。ではなぜ国民の不満が絶えないのか。それは政府の地道な努力を知らないからなのである。上田様のお話によって、このようなことが明らかになった。ODAに限らず、たとえば独立行政法人国際協力機構(JICA)のホームページにおいて、JICA企画・調整部長である水上正史は、ミレニアム開発目標(MDGs)については、日本のODAに関心のある識者や政治家の話にもなかなか出てこない、と言っている。この指摘の理由は、メディアの影響が大きいのだということがわかった。メディアは地道な努力は報道しない。100やって、99うまくいっても1うまくいかなければ、メディアにたたかれる。私は、いかに自分がメディアに踊らされていたかに気づいた。政府を、固くて融通のきかないものという、メディアによって作られたひとつのイメージでしかとらえていなかった。失敗したことをたたくよりも、成功したことについて、それをつなげていくことが大切なのだと知った。

ODAは途上国の発展を助ける意味も大きいが、日本と他国との対話の手段としての意味合いが、想像以上に大きいように感じた。私は上田様のお話を聞くまで、途上国を支援し、途上国が経済発展することによって、日本にもその効果が返ってくるということしか考えていなかった。しかしそれ以上に、目に見えて現れてこない部分、国と国との関係を保つという意味で援助は非常に大きな役割を果たしていたのだ。例えば中国への援助がそれである。中国は急速に発展し、中国への援助はもう必要ないとの意見も多くある。しかしその中で上田さんは、対話としてのODAの役割を強調していた。大国である中国と仲良くやっていくことは、これからの日本にとって、非常に大切なことなのである。数字に表れてはこないODAの大切さを知った。

それから、上田様の使った、日本の責任という言葉が強く印象に残っている。ここに、ODAがなぜ重要なのかが最もよく表れていると言っても過言ではない。途上国は日本に憧れを持っている。援助をすることで、途上国の憧れとともに信頼も得ることができる。また他の先進国からも信頼を得なければならない。信頼を得ることで、国家間の交渉などがうまくいくことは多々あるだろう。そう、援助をすることによって、それはいずれ日本、日本人にも返ってくるのである。そして、世界は誰かが行動を起こさなければ何も変わらないのだ。待っているだけではだめなのだ。そこで行動を起こす国、それが日本。日本はそういう国でなければならない。それが日本の責任というものなのだ。そしてこの「誰か」とは決して国だけを指しているのではないと私は思う。人間同士にも当てはまるのではないか。私はこの「誰か」になりたいと強く思った。自分にできることは何なのか考え、自分の立場でやれることをやればいいのだと、そう思った。

また、今回のプレゼンテーション担当として、自分たちの計画性のなさを思い知った。11人という人数を生かしきれず、もっと効率よく分担して物事を進めていかなければならないのだとわかった。何事にも余裕を持ち、順序立てて取り組まなければならない。

小幡 将吾

05w1403011L 小幡 将吾


 実際に、実務者の方の話を聞く機会はめったになく、上田様には、わざわざ多摩まで来てくださり、自分は、とても有意義な時間を過ごすことができました。今回の、上田様の講演会を通して、自分自身が考えさせられたこととして、講演会前までは、狭い視野でODAというものを考えていました。ただ単に、一方通行でしか物事を考えることしかできなくて、周りの事象を含め総合的に見ることができませんでした。しかし、もっとよく考え、広い視野をもち、より内容の濃いリサーチをしなくてはならないと思いました。上田様もおっしゃっていましたが、リサーチを重ねるだけでなく、現地の人々との対話を通して生きた話を聞くことも重要だと思いました。インターネットや図書館で調べることも大切ですが、やはり現場を知ることがより理解を深めることができるのではないかと思いました。

 しかし、自分には納得のいかない部分がありました。それは、中国に対してODAで支援していくかいかないかということです。自分は、否定側の立場で挙手をして発言をしました。肯定側の意見をする人が多く上田様もODA支援は続けていくべきと答えました。意見の多くは、中国の農村部が発展していないため、そこにODAを提供すべきとこたえていました。私は、経済的に発展している国に対して、巨額のODAを提供するのかわかりません。当該国が最大限に努力してそれでもだめなら理由はわかります。中国に供与しているODA資金を発展途上国であるアフリカ地域に予算を移すべきではないでしょうか。少しでも恵まれない人々を助けるべきだと思います。上田様は、ODAを通じて、信頼性や尊敬の念を得ることや、なにか問題が起こった時に助けられる場合もあるだろうし、援助には、さまざまな側面があることもおっしゃっていました。

 今回の講義を含めて、いったいこれから自分自身には何ができるのであろうか。ただ、資料に眺めて、真剣に問題について考え、友達と意見を交換し合うことも大切なことだと思います。しかし、自分としては、実際に現場に行ってみたいと思います。やはり、肌で感じることが一番勉強になるのではないかと思います。現地に行き、たくさんの現実を見てきて、今、何が足りないのか。何を求められているのかを感じてきたいと思います。それをもとにより知識を広げ、少しでも何かの役にたっていきたいと思います。


檜垣真美

05W2115003H 檜垣真美 

外務省経済協力局の上田様の講演を聴き、自分の中での政府、NGOに対する考えに多少変化が生じた。日本政府が掲げる方針として「ODAの効率性向上」があるが、自分のリサーチや担当班のプレゼンを見てみても、「効率性の向上=NGOとの連携」という連想をしてしまいがちだった。地域社会・住民に密着しているNGOと連携すれば、何を求められているかがわかるため、効率的な援助ができるだろう、このような考え方が自分にはあった。しかし、上田様のお話を聞き、大切なのは「NGOとの連携」ではなく、「NGOとの『対話』」であるということに気づいた。上田様が例としてだされたように、無償資金協力として学校を建設するだけではなく、同時に技術協力によって教師を派遣し、テキストをより良いものへと改正することで、効率性のUPをはかることができる。効率性の向上を考えるうえで必要なことは、そこに整合性はあるのか、と問うことであると学んだ。たとえNGOと連携したとしても、整合性がなくてはそこに効率性の向上をみることはできないからだ。また、政府が嘘をつき、NGOが全て正しいということはありえない。そして、完璧な政府、完璧なNGOが必要というわけでもない。「対話」によってなしえた援助が無駄のない援助であることが重要なのだ。

また、上田様がおっしゃった中で私の中に強く印象に残った言葉があった。それは、「100をして1の失敗を批判しているだけでは意味がない。残りの99の成功した分野を広げるために何をどのようにすればいいのかということを考えていくことが大事」という言葉だ。これは、ODAの分野に限らず、日々の私たちの生活の中にも当てはまることだと思った。

素晴らしいお話を聞かせてもらうことができ、本当に貴重な時間だったということをこのリフレクションペーパーを書き、あらためて実感した。これから先、「『今の自分の立場で何ができるか』=今しかできないことは何か」と自分自身に問い続ける学びの姿勢をもち、なおかつ考えを実行にうつせるように心掛けていきたいと思う。

藤元亮太

05W2114005K 藤元亮太


 今回、外務省経済協力局の上田様の講演を聴き、私は自分の視点が一方的であったことに気付きました。

私は、日本のODAについて事前リサーチをしましたが、そのなかで、日本のODAの量はここ最近減っているということ、そしてその原因が、主に経済不況による財政悪化によるものだということを知りました。世界では、逆にODAの量を増やす風潮があるなかで、日本だけがこういった事態になっていることに、私は、日本の政府はいったい何をしているのだろうと疑問に思いました。日本は過去に、他のさまざまな国の援助を受けて世界的な経済大国になり、今でもエネルギーや作物など、さまざまな国との関わりのうえで日本は成り立っていると思います。そうだというのに、ODAの量を減らすというのは、先進国としての義務を果たしていないのではないのかと考えていました。

 しかし、当たり前のことながら、政府が何も努力をしていないわけではないということに気付かされました。成功している活動もこれまでには多々あるというのに、私たちは物事をマイナス面で、しかもそれがたいへん大きなことのように感じやすくなっているということを改めて知りました。また、私自身政府に批判的な目でしか見ておらず、そのため、政府のマイナス面ばかりを気にして実際の活動の評価をきちんとできていなかったことがわかりました。物事を見るうえで、また政策を考えるうえで重要である、多角的な見方というものを持てるよう努力するはずが、自分にはすでに先入観があり、きちんとした判断ができなかったことを恥ずかしく思います。そのため、今回の講演で、そのことに気付けたのは、自分にとってたいへん大きな収穫でした。

 また、上田様の最後に頂いた言葉である「今自分にできることを考えてみる」という言葉に大変な感銘を受けました。自分に対して驕ることなく、今の自分にできることをしっかりと考えること、またそれを行動に移すことの重要性というものを改めて考えさせられました。自分のできることを最大限にがんばるということはたいへん困難なことかもしれませんが、それが開発問題だけでなく、これからの人生に関しても重要な姿勢であると私は考えます。

 最後になりましたが、わざわざ遠いところから来てくださった上田様に感謝の意を示したいと思います。ありがとうございました。


落合 光一

05W1403004D 落合 光一


とても楽しかった。幼稚で内容のない感想だと指摘を受けるでしょう。でも最初に思い浮かんだ言葉がそうなのだから仕方がない。これからなぜ楽しかったと思うのか検証していきます。

時は遡り、第一週目。私はリサーチを進めていました。すると、日本のODAの悪い評判ばかり見つかりました。インターネットや本などすべての情報源で、日本は過去に商業主義で自国の利益のためにODAをばら撒いてきたという内容が書かれていました。一方、外務省のホームページを見ると全く逆な内容が載っていました。これは実務者を叩くしかないと思い、質問は攻撃的なものばかり考えました。模造紙プレゼンでも“Aid For Whom?”など批判的な視点から主張しました。プレゼン班も同じ趣旨でプレゼンするだろうと思っていたので当日がとても楽しみでした。

いよいよ当日。スーツを着こなし不安と緊張でいっぱいのプレゼン班のみんなはとても大人に見えました。彼らの姿を見て私はとても興奮していました。しかし、資料を受け取り、違和感を覚えました。後に上田様が指摘されたようにODA額の向上とODAの効率性向上が食い違っているとは思わなかったのです。私は次回プレゼン班なのでプレゼンの進め方、行動、姿勢を学ぼうと注意していたのです。そして、彼らのプレゼンが無事に終わり、上田さんの話に入りました。

上田さんの全ての言葉を書き記したいところですが、限りある空間を有効に使いたいと思います。「100やって100の成果を出すことは無理だ、でも、100やって70でもいいじゃないか」また、「100やって100出なかったことに目が行きがちだ。たとえ1だとしてもその成果を認めよう。」という内容の話が一番印象に残っています。そして共感しました。今までの自分は粗探しばかりして成果を認めようとしていませんでした。試行錯誤を繰り返し貧困削減のために悪戦苦闘している上田さん達の姿が目に浮かんできました。そして上田さんも学生時代には自分たちと似た志を持っていたことも知りました。また同時に、メディアの恐ろしさも知りました。民間モニター事業の存在を知っていましたが、体験者の言葉を信じられなくなっていたのです。プレゼン班を含め、私たちの多くは溢れている情報を鵜呑みにしています(した)。単に数字から読み取るのではなく、単に言葉を拾うのではなく、その情報は幾重にも加工されている、その情報の背景を見なければならないと痛感しました。今回実務者である上田さんにお会いしていなければ私の考えは歪んだままでした。貴重な体験を通して、さざ波を起こしていただき、素直な気持ちも取り戻せた気がします。

モモが懇親会で使ったさざ波という表現、実は“This is who I am. This is what I believe in…”で私も使っていたのです。モモが口にしたとき、すごく感動しました。また、モモからも十二分にさざ波を受けています。さざ波を起こす人間になりたいです。

井上八香

05W1405026L 井上八香

 講演を聞いて、私は自分自身も含め日本の人々のODAに対する無理解ぶりを痛感した。それには二つの要因があることに気づいた。一つはメディアによるもので、もう一つは日本のODAの活動について多くの国民に伝える機会の不足である。

1) メディアが生む誤解

メディアはODAの行う多くのプロジェクトの中で、失敗例に注目しがちである。例えば100ある中で99が成功して1つが失敗したとしたら、その一つを取り上げ、誇張して報道する傾向がある。そうした報道によって、国民はすべての活動が不正に行われているかのような錯覚に陥り、ODA予算削減を訴える人も出てくる。私自身予算削減は望まないものの、日本のODAの活動に対しネガティブなイメージを持っていた。しかし、日本が積極的に援助した東アジアの成長からわかるように、日本のODAは現地での地道な活動を通してそれらの国の発展に貢献していたのである。そうした地道な活動の成果に関しては報道されず、それがODAに対するネガティブなイメージを作り上げていたのだと思う。

2) 伝える機会の不足

上田様のおっしゃったことで心にひっかかったのは、「皆さんは真剣に聞いてくださるけれど、私がこうした話をテレビ等で言っても多くの国民は聞いて下さらないでしょう。」ということである。確かにそう思った。先日上田様にお会いするまで私は上田様のことを存じなかったのも事実であるからだ。そこで総合政策学部の横山教授の「政策は人なり」ということばを思い出した。ODAについて国民の明確な理解を得るためには、国民の注目をひくような方の協力が必要であることを理解した。

 日本のODA出資額は近年減少傾向にあり、GNI0.7%という目標も達成される見込みがたっていないが、一方で不況や国民からの非難もあり、出資額を上げられないまたは下げざるをえない状況にある。この状況を改善するためにも、ODAの質の向上のみならず国民の理解が不可欠であることを学んだ。



長谷川 優

05W2114018G 長谷川優

今回、色々な経験を持ちODAの現場で働く上田様に会う機会を得ることができ、そして講演を聞くことができてとても嬉しく思う。忙しい中我々のために講演をしてくださった上田様、この貴重な機会を与えてくれたモモ、一番初めで分からない事だらけだったと思うがここまで今回の企画を構成したプレゼン班のみんなに心から感謝したい。

私は今回の上田様の講演を聞くことで、国際開発に興味を抱いてから現在にまで至るまで長い間自分の中にあった葛藤を整理し、新しい視点で考えるきっかけを得ることができた。私が悩んでいたというのは毎日の暮らしの中で感じる矛盾である。国際開発に興味を持ち始めてからテレビや本を通じて飢えや貧困、病気に苦しむ様々な発展途上国の人々の様子を見てきた。その度私は、彼らを助けたい、何かしてあげたいといった感情を抱くようになった。しかし先進国日本で暮らす私の生活は贅沢三昧である。ご飯も残し、紙も無駄に使い、水も限りなく使う。こんな生活を送っていながら、途上国の人々を助けたいなどと言う自分は、ただの偽善者だと情けなくなるばかりであった。自分が彼らに何をしてあげられるのだろう、国連に入ればいいのか、国連ではなくてもそういった機構に入ればいいのかなどと漠然に考えても何も分からないまま普段の暮しとの矛盾を感じるだけであった。しかし今回の講演で上田様が最後におっしゃった、今自分にできることを考えてみる、この言葉に私はとても考えさせられた。今自分にできること、それはどんなに小さな事でもいい。国連に入ればいいのかなどと遠い将来の事を漠然に考えるのではなく、今自分が置かれているこの状況でできる事を探せばいいのである。考えてみれば私にはたくさんやるべき事が身近にある。工夫しだいで、生活の中にある様々な無駄をなくすことができる。また開発について学び、自分なりに考え、知識を取り入れることも今の私にできることである。今までの自分が思っていたものとは全く別の考える視点を与えてくれたことを心から嬉しく思う。今の自分の状況を見つめなおし私ができることをもう一度よく考えてみようと思った。

次は日本のODAに関して、上田様の講演を通じて自分が感じたことを書こうと思う。私は自分のリサーチを通じて日本のODAの対GNI比率の低さ、長期に渡っての中国への莫大な資金援助、ODA援助と現地ニーズとの不一致といったODAに対しての疑問や不安を感じていた。しかし上田様の話を聞いて、こういった政府の行いには自分が思っている以上に深くしっかりとした理由、目的の筋道がある事を知った。そしてただ本やウェブサイトのデーターをそのまま鵜呑みにしてしまった自分を情けなく思う。援助の質の向上として立案の段階から現地の開発機構や他のドナーの行動の確認といった徹底した行い、そして質の向上が決してODA額の補いではなく、ODA額向上についても十分検討しているということ。そして私が忘れていたのは日本のODAの目的というのが、ただ国際社会の平和と発展に貢献する事だけではなく、これを通じて自国の安全と反映を確保に資することでもあるということだ。つまり中国への資金援助に関しても言えるが、ODAは日本と他国の信頼関係を築くという重要な任務を負っているのである。高度経済成長を遂げた日本をあこがれとする多くの国にマネージャー的期待を持たされている日本は、公共財を背負うといった形で責任を持ち、そしてこのはねかえりとして相互依存としての信頼を得ることができるのであるという。データーとして数字にはでにくいが、必ず信頼関係は築かれているのである。我々国民が正確な見方で政府を監視する為にも、こういった地道な努力を行っている日本のODAの姿をもっと効果的に我々国民に伝えてほしいと思った。アジアのリーダーとして世界からの期待を背負っているという日本の立場に私は誇りを感じ、そして上田様を通じて感じる政府の想いに私の持っていた疑問や不安は消え、安心感を覚えた。上田様がおっしゃっていたように決して批判の目を捨てずに、視点を変えてこれからのODAの活躍を見ていこうと思う。

沼尾 咲絵

05w2116011G 沼尾 咲絵

まず、大変貴重なお話をしてくださった上田様、このような機会を与えて下さったモモに感謝したい。また、講演につながる問題提起のプレゼンをし、大きな刺激をあたえてくれたプレゼン班の努力にも感謝したい。

「国と国」のつながりである「援助」や「外交」は「人と人」の信頼関係の積み重ねの上に成り立っている。これが私が上田様の講演を聞き最も強く感じたことだ。私は講演を聞く以前、ODAと現地のニーズはどのようにはかられているのかを疑問に思っていた。それはODAを「国と国」という大きな枠組みの中の、物質的で金銭的なものであるという先入観から生じた誤解であった。

上田様は講演の中で、何度も「対話の大切さ」について繰り返された。それは外務省という「国と国」との大きなスケールの中で仕事をなさっている方の口から出た言葉として始めは意外な気がした。しかし、NGOとの連帯において、現地のNGO関係者と意見交換会が行われていたり、外務省に「NGO担当大使」や「NGO支援室」が設けられていたり、また援助国と立案する際に相手国の開発計画を調査したりと、さまざまな形で「人と人」レベルでの外交が行われているという話聞き、「国と国」との協力が重要になればなるほど「対話」という「人と人」とのつながりが重要になるという意味だとわかるようになった。またこれは、自分の無知から生じた先入観の誤りに気づいた瞬間でもあった。講演の最後のあたりに上田様が数字や得票数では図れないが、国際関係において「責任」や「信頼関係」こそ大切なものであるというお話をなさったとき「対話」が重要であるということの真意がはっきりと感じられた。「援助」も「開発」も援助国/被援助国、途上国/先進国という一辺倒な力関係の上に成り立つものではなく、双方がともに協力し合い「作り上げていくもの」であると感じた。

私はつい「被援助国」は何かが「ない」から与えるものであるとか「不足している」から補ってあげるものであるというふうに考えてしまう。しかしそれは「援助国=自分」、「被援助国=途上国の人々」というようにとらえている結果であると思う。今、自分を国籍や育ってきた環境など全てなしにして、一人の「人間」として貧困に苦しむ人々を前にしたら、私にはかれらに与えられるものなど何もないし、むしろ「与える」という感覚自体に違和感を覚えてならない。「私にとって”development”とは何か、と考えるのではなく、”development”にとって私とは一体何であるかを考えることが重要だと気づいた」と上田様は最後におっしゃった。わたしが「開発」のために何ができるのか、今、自分ができることは何か、自分に問い続けていこうと思う。

最後に、講演会後の懇親会で、わたしは一番親しい友人の熱い思いに触れることができた。上田様のお話が彼女の心にさざ波を立て、彼女の話がわたしの心にさざ波を立てた。まっすぐな信念を持った人の思いは、必ず誰かに届いてゆく。人と人の心が触れ合う瞬間、思いが伝わる瞬間を大切に積み重ねていきたいと思う。これからはこの地球にあふれる「さざ波」に敏感に、また自分も「さざ波」となれるよう周囲と関わっていこうと決意したいと思う。