沼尾 咲絵 | リフレクションペーパー

沼尾 咲絵

05w2116011G 沼尾 咲絵

まず、大変貴重なお話をしてくださった上田様、このような機会を与えて下さったモモに感謝したい。また、講演につながる問題提起のプレゼンをし、大きな刺激をあたえてくれたプレゼン班の努力にも感謝したい。

「国と国」のつながりである「援助」や「外交」は「人と人」の信頼関係の積み重ねの上に成り立っている。これが私が上田様の講演を聞き最も強く感じたことだ。私は講演を聞く以前、ODAと現地のニーズはどのようにはかられているのかを疑問に思っていた。それはODAを「国と国」という大きな枠組みの中の、物質的で金銭的なものであるという先入観から生じた誤解であった。

上田様は講演の中で、何度も「対話の大切さ」について繰り返された。それは外務省という「国と国」との大きなスケールの中で仕事をなさっている方の口から出た言葉として始めは意外な気がした。しかし、NGOとの連帯において、現地のNGO関係者と意見交換会が行われていたり、外務省に「NGO担当大使」や「NGO支援室」が設けられていたり、また援助国と立案する際に相手国の開発計画を調査したりと、さまざまな形で「人と人」レベルでの外交が行われているという話聞き、「国と国」との協力が重要になればなるほど「対話」という「人と人」とのつながりが重要になるという意味だとわかるようになった。またこれは、自分の無知から生じた先入観の誤りに気づいた瞬間でもあった。講演の最後のあたりに上田様が数字や得票数では図れないが、国際関係において「責任」や「信頼関係」こそ大切なものであるというお話をなさったとき「対話」が重要であるということの真意がはっきりと感じられた。「援助」も「開発」も援助国/被援助国、途上国/先進国という一辺倒な力関係の上に成り立つものではなく、双方がともに協力し合い「作り上げていくもの」であると感じた。

私はつい「被援助国」は何かが「ない」から与えるものであるとか「不足している」から補ってあげるものであるというふうに考えてしまう。しかしそれは「援助国=自分」、「被援助国=途上国の人々」というようにとらえている結果であると思う。今、自分を国籍や育ってきた環境など全てなしにして、一人の「人間」として貧困に苦しむ人々を前にしたら、私にはかれらに与えられるものなど何もないし、むしろ「与える」という感覚自体に違和感を覚えてならない。「私にとって”development”とは何か、と考えるのではなく、”development”にとって私とは一体何であるかを考えることが重要だと気づいた」と上田様は最後におっしゃった。わたしが「開発」のために何ができるのか、今、自分ができることは何か、自分に問い続けていこうと思う。

最後に、講演会後の懇親会で、わたしは一番親しい友人の熱い思いに触れることができた。上田様のお話が彼女の心にさざ波を立て、彼女の話がわたしの心にさざ波を立てた。まっすぐな信念を持った人の思いは、必ず誰かに届いてゆく。人と人の心が触れ合う瞬間、思いが伝わる瞬間を大切に積み重ねていきたいと思う。これからはこの地球にあふれる「さざ波」に敏感に、また自分も「さざ波」となれるよう周囲と関わっていこうと決意したいと思う。