尾関 峻
物事は二面性がある中でどちらかを優先して論じたり、交渉したりするものだ、ということがわかった。とかく自分は二項対立というか対立・論争型で物事をみがちである。たとえば、今回のODA班のプレゼンは効率性(質)を向上させ、額(量)の増加を日本政府が避けようとしたという議論を持ってきた。額を増加させることによって開発が順調に進んでいく場合はあるかもしれないが、現地住民の不満も出てくるかもしれない。NGOが勝手に灌漑整備などやって住民の居所を奪ってしまうこともあるのだ。また、国連がミレニアム開発目標で2015年までにGNI比0.7%まで額を増加せよと要請があったが、一部の権力者がアナン事務総長に働きかけたと言う議論もある。国連に不信感を持っている人にとっては額の増額はしないほうがいいという結論をもってくるのだ。だが、額の増額を求めている政府、国際機関があることも事実だ。イギリス政府やAU諸機関などだ。イラクやアフガニスタンなどといった中東政府・一部の国民も国力にふさわしい責任を果たすべきだという議論もある。利益を得る人がいる一方で、害を被る人がいる。これを常にあたまにおいて政策を立案・実行すべきなのだ。
物事を論じるときはデータなどを示して説得力を増すべきだが、具象で終わってはならない。結論を述べるときは普遍的なことをいわねばならない。重要な言葉はその概念を定義せねばならない。参考文献を示す。パワーポイントでは効果的な箇条書きをこころがける。そして、プレゼンターはオーディエンスの注意をひきつけねばならない。棒読みはもちろんアウトだが、ボディーランゲージやオーディエンスへの質問はとてもたいせつなのだ。リスナーやオーディエンスが話を聞かなかったり、居眠りするのはプレゼンターもしくはスピーカーが彼らの注意をひきつけていないからだとも解釈できる。聴く側の姿勢に問題がないとは言わないが、話す側聴く側の両方がいてこそ授業・講演会などは成立する。魅力的なプレゼンター、聞き上手な人間になりたいと強く思う。
接客業という業種があるが、無愛想で気が利かない接客は相手に対して失礼なことを身を持って知った。作り笑いは愛想よくするためであり、水は冷えていたほうがおいしい。上田様はとても感じのいいかただったが、世の中にはそういう人ばかりではない。無理にゲストを引き止めたり、スケジュールの爪が甘かったりすればゲストは不快に思う。口には出さなくとも、上田様は僕ら(自分の個人的ミスも含めて)の対応が悪かったと思っているはずである。僕らは所詮学生でしかも1年だが、学生は社会人としての意識をもたねばならない。口ではなく態度で示すことの意味が少しだけわかったような気がする。
個人的ミスは上げたらきりがないが、大変惜しいことはODA班のプレゼンをカメラに収められなかったことである。写真は後に残るもので、しかも視覚にかなり訴えるものである。写真がぶれたり、意図しない写真がとれたことも悔しい。カメラマンという職業の難しさ、責任というものもすこしだけだが実感した。
次につなげるものとして、的を得ないレポートは書かないということがあげられる。今回のレポートは意味を成さなかった。ODAについての知識もついてきたところで、スリランカについての知識を深めていきたいと思う。そしてまずは、誰に対しても作り笑いができるようにしたい。沈んでいた気持ちが少しは和らぐかもしれないからだ。