200616

 晴れ。
 燃えるゴミの日なので、きちんと朝、目覚める。
 この一年、目覚ましを使う機会がほとんどなくなった。
 たいてい予定がないし、普段からよく寝ているので予定のある日は、前日から睡眠が浅くなる。
 仮に深く眠っていても早く目覚めてしまうから、目覚ましを掛けているのに目覚めてしまう。
 疲れていることも少ないので、起きてしまう。
疲れたらまた眠ればいいのだから気にすることもない。

 ゴミ出しをして、草取りをして、除草剤を撒いて、みかんの実をすべて取り(新しい実ができ始めているので)、裏庭の大きな木を切る予定でTU(古くからの友人)から借りたチェーンソウの点検をする。気乗りしないから、まだ切っていない。

 カラスエンドウを除草したのだが、そのあとにびっしりと猫じゃらしが繁茂した。
 お稲荷様は寂しがりか。
 下草が枯れたらチェーンソウを使おうと硬く誓って除草剤を撒く。

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 午後はいつになく、気に入っている蕎麦屋に昼食。じつに満足である。
 それから母上のお見舞い。
 10年近く会っていなかったろうか。
 母上については以前も書いたが、深い感慨などはない。
 憎んでもいないし、過剰に好いているわけでもない。でも慕わしいとは思う。いくつになっても母上は母上だからだろう。父上がそうであったように。
 見舞いの時間は10分の規定だが、ちょっと(3倍を、ちょっと、と呼ぶならば)長くなってしまった。次は気をつけよう。

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 ちなみに昨日は午後5時に起きた。
 弟子から電話が来たときにそれを話したら
「猫氏、大丈夫ですか。それはダメ人間なんじゃないですか」と叱責される。
 こう言ってはなんだが、午後5時に起きる立派な人間も、普通の人間も、きっとたくさんいる。
 夜勤の人などなら午後5時に起きなくてはならないかもしれない。
 つまり午後5時に起きることと、人間の立派/ダメ加減は相関性がない。
 起きる時間よりも、睡眠時間をきちんと確保していることこそが自己管理の基本であるから、そこから判断すべきだと諭す。
 弟子は納得がいかなかったようで、
「では猫氏、何時に寝たのですか。何してその時間まで起きていたのですか」と問うので猫氏の応えて曰く、
「午前4時頃、ゲームに飽きてきたから猫と遊んでいるうちにうとうとしてきたので眠った」と。

 弟子の激昂して曰く「それダメ人間を通り越してクズじゃないですか! 大丈夫じゃないですよ! ちゃんと人間らしく暮らしてください!」と。
 あにはからんや。

「吾輩は猫であるぞ」と猫氏の応えて曰く。
 弟子の嘆息が電話機の向こうに長く響くのであった。

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 夕刻、買い物をしてから帰宅し、アラビアータソースを作る。
 ロングパスタなんてガキの食べ物は口に合わない(わけではないが、ほとんど買わないのだよ)ので、ペンネをはじめショートパスタが貯まりがちである。
 全粒粉ペンネが特に好きである。
(白米といい、精製された炭水化物が合わないのだろう)

 ソースを作りながら、冷蔵庫内を片付けて(散らかっていた)、食器を洗い(昨日は食事らしい食事はしなかったので、一昨日くらいの洗い残しである)、ゲームをし、ワークアウトをし、ソースが仕上がる。

 ニンニクと玉ねぎと、トマトと唐辛子とコショウとオイルでできた、シンプルなソースである。
 トマトソースにしなかったのは、アラビアータしか食べないだろうと予測がつくからだ。
 クリームやトマトクリームは外食で食べるものだと思っている(だいたい「クリーム的」なものでしかない)が、外食のときは塩味かトマトソースである。店の味が分かりやすいから。
 家でクリームは、ちょっと重い。
 小洒落て、皿の中央にしゅっと、数口ぶんのそれを作れればカッコも付くが、ガールに頼まれでもしないとコースは作らない。
 大皿でシェアして食べればよいのだ。
 かようにがさつな男である、私は。

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 日記風しばらく書く気にもならなかったのは、人疲れと、猫疲れである。
 預かっている親猫が、網戸を破壊し(破いただけではなく、外した)、障子だったものを過去形にし、家出し、妹が連れ戻した翌日に網戸を再び破壊し、なんとか連れ戻したら家の中で、嘔吐をするわ糞尿を畳でするわで疲れたのである。

 人間疲れは、基本的に正義アレルギィか自己顕示欲アレルギィか独善アレルギィである。
 僕は自分が正義や自己顕示欲や独善を誰かに振りかざしたときも、もれなくアレルギィを起こして数日、引きこもる。
 誰かから押し付けられたそれによっても、ときどきアレルギィは起こる。
 もっとも、単なる開示(強制ではない)場合は、それはその人の価値観であるから尊重できる。
 僕は嫌いな蜘蛛を好きになれるほど、柔軟で、寛大で、ノータリンである。
 他人の価値観に侵食されたりなど、本来はしないのだ。

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 経済というイキモノについて、つらつらと考えている。
 毎日、アタマが空いているときに、数分は考える。
 あのイキモノは、虚と実がある。
 ネット上の青猫と、IRLの猫氏の違いくらい、虚と実がある。
 玉と石も混交している。
 そしておそらく、寿命がある。

 復讐して息の根を止めたいなら生きているうちに、であるし、とりあえず滅びるのを待ってもいいだろう。

 永続すると思わせる手法は、ネットゲームにも似ている。
 ステータスはインフレを免れないし、胴元がいるなら緩やかにでもインフレさせないとサービスが成り立たない。
 ユーザに盲信をさせてきた綻びは、もう私のようなアンボンタンにも見てとれる。

 サービス終了後に、別のゲームにみんなが熱中してくれればよいが。

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 僕はこれまで、腹筋や大胸筋を鍛えることをしてこなかった。
 なにかこう、これ見よがしに鍛えている人たちを見て、その自己顕示欲にアレルギィを起こすからである。
 僕はナルシストではあるけれど、他人に誇示する趣味の悪さは持ちたくない。
 肉体なんて、みんな持っているのだ。
 自分のそれを愛でればいいではないか。
 だから、他人にそれを誇示する必要を僕は感じないし、他人に誇示したとすれば己のその行為を醜く感じる。

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 ちなみに日記は自己顕示欲の現れの一つである。
 世に棲む猫どもは、吾を崇め奉れと、内心ちょっと思っている。

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 ドロップハンドルの自転車に乗るうちに、腹筋や、腕の筋肉や、大胸筋の意味に気がついた。
 上体を保持する上で、背筋より有能で、脚の力を伝達する上で、なくてはならなかったのだ。

 それに、長らく上体前面の筋肉なんて鍛えなかったため、外観が貧相にも思えるようになった。
 何もかもを年齢のせいにするのは嫌いだが、年相応を自覚しないのはもっと嫌いである。

 若いうちは、その瑞々しい肌を隠すように(誇示するのは独善的ではしたないからだ)、老いてはその衰えた体躯を隠すものだろう(誇示するに足るものでもそうなら、貧相であるならなおさらに)。

 もっともそんなことを言いつつ、温泉などにゆくと、僕は身体を隠すことなく歩き回ってしまう。
 大丈夫、誰も僕の体など眺めたりはしない。
 ちょっとときどき猫っぽかったりするだけだ。

 そのようなわけで、腹筋やら大胸筋やらも、貧相を抜け出して、自転車で走りやすい程度には鍛えるつもりである。
(誰にも見せないので口から出まかせかもしれないが)

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 そういえば、今日は初自撮りをした。
(過去の分も含めて自分の写真を持っていないし、撮る気になることもないので特別なことである)


 ヒトの着ぐるみを着て、庭仕事をしている格好である。
 弟子に「ダメ人間」と罵られたとき、
「ちゃんと庭仕事をしているのだ」と証明するためのものである。

 どう考えても、この炎天下に現れた不審者ではあるが。

 ちなみに飽きたら消す。


// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:20200609
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
ごみ箱問題。
SUBTITLE:
~ Dusk shooter in dust box. ~
Written by 黒猫


// ----- >>* Lead Division *<< //


::やがて、強さは慈しみを取り込み、社会の構造を柔軟化させた。そこに、過去になかった「しなやかな美」を模索しているようだ。




// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
 ごみ箱問題、というタイトルではあるが、それほど問題を感じているわけでもないし、問題を提議したいわけでもない。また問題視するつもりも、してもらいたいわけでもない。
 いつものとおりの、周囲をざっと見回した程度の、いい加減な雑感である。

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 僕は昔からものぐさだったので、自分の部屋を作った(家の中のひと部屋を、徐々に、しかし確実に占有していった)とき、部屋にごみ箱を2つは設置した。
 たしか6畳か、多くても8畳の部屋であったから、ごみ箱2つは大袈裟だと思う人もいるかもしれない。

 その部屋には布団(もしくはベッドのマットレス)があり、簡素なテーブル(もしくは作業台、あるいは手製の質素なカウンタ)が置かれ、猫たちの多くは僕の部屋で暮らし、友人たちのたまり場でもあったから、ごみ箱が2つでは、少ないことこそあっても、多いと感じることはなかった。

 以来、僕はごみ箱が「人が室内に居留する位置から片手で届く範囲にひとつあること」を理想的な状態と考えている。
 工作などをしていると、ごみが出る。新しいものを買ってきたときもそうである。
 料理のときもそう。
 洗濯物のポケットチェックや干す前に見つけた糸くず。
 トイレだって、掃除をするときにすべてがすべて、水に流していいものばかりではないだろうから、汚物入れ(汚物入れという固有名称自体、今ふうに表現すると悪意を感じるが、一般名称でもあるから今回はそこには切り込まない)とは別に(あるいは兼用で)ごみ箱を要する。

 廊下で通りかかりにゴミを拾ったら、廊下の途中で手放したい。
 コタツのある部屋ならコタツの対角線上にひとつずつあっていい。

 また、来客者のユーティリティ性向上のためにもごみ箱は「いちいち尋ねなくてもどこにあって、何を入れるか一目瞭然であること」が相応しい。
 これは、トイレおよび清掃道具、洗面所と石鹸とタオル、ティシューペーパなども同様である。

 ポケットの中で手にしてしまった糸くず(なぜかポケットで定期的に糸くずが発生するのは僕だけでしょうか)を捨てるのに、いちいち「あの、ごみ箱は」なんて質問したくない。
 洟が出そうなのでティシューが欲しいのに持ち合わせがないとき「ティッシュはありますか」ではなくて「ティシュー、いただきます(いただけますか)」と言える方が、ハードルが低く済む。くしゃみが出そうなときなら、とにかくすぐに手にできることがホスピタリティでありユーティリティであろう。
 トイレを来客側から「貸してください」というのではなく、長居すると予測される訪問であれば、最初に「うちのトイレと洗面所はここだからね」と案内しておくことで借りる方は気が楽になる。
 清掃用具も見えるところに置くことで、万が一、設備を汚してしまうようなことがあったとき(なおかつ使用者が、綺麗にしてから使いたい/使い終えて綺麗にしておきたい精神の持ち主であるとき)役に立つ。
 まさか設備を汚してしまったからといって「清掃道具を貸してください」なんて言えないし、言っても掃除をさせてはもらえない(まず間違いない)し、そのわりに僕のような酔狂でもないとトイレ掃除を嫌々する人が多いのではある。

 それがゆえ僕にとってごみ箱などの、比較的パーソナルな、にもかかわらず公共性があり、そのうえセンシティブになりかねないモノは「目についてなんぼ」のものであり、言わなくても目につくことが安心であり、見えない場合はあらかじめ案内しておくことが親切さだと思うのだ。
「貸して」と頼まれてから応えるのではなく、必要のないうちから「ご自由にどうぞ」と言っておくタイプの親切さである。

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 妹と叔母の家が、およそ僕の対極にあたる。
 部屋にごみ箱がひとつあればいい方で、ごみ箱のない部屋もある。
 妹夫婦の家は、1F部分がほぼ仕切りのないLDKなのだが、そのぶん広いし、猫もいる。
 キッチン、リビングエリア(和室部/洋室部それぞれ)、猫ケージ(ネコもの専用)の、最低4つは必要なのではないだろうか。
 そこに、ごみ箱はひとつあるだけである。

 叔母の家は、ごみ箱のある部屋が少ない。
 キッチンにさえロクなごみ箱がなくて難儀した。

 べつに彼女たちがどうこう、という話ではない。問題はごみ箱(あるいは掃除用具やティシュー)である。

 ごみ箱や掃除用具を見せない家に住む人は(僕の経験上)だいたいごみ箱が汚かったり、壊れていたりする。とても見せられるものではないように思える。
 だから見えない場所に置こうとするのかもしれないし、見えない場所に置いているから無神経になるのかもしれない

 ごみ箱が見えないということは、ごみ箱の数が少ないと予測されるが、ごみ箱が少ないことによって、それぞれのごみ箱はいっぱいになっている。
 ゴミの指定日にならないとまとめなかったり、ゴミの指定日でも(あと1/4くらい入るから、詰め込めば次回でいいだろう)なんて考えてゴミ出しを先送りする。
 そして気がつくときにはあふれる。そういう使い方なのだ。

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 さあ改善しよう。
 まず、ごみ箱は「見て何のごみ箱か分かるくらい」のものがいい。旅館やホテルのの客室ではないのだから、花瓶だか照明カバーだか分からないようなものは避けるべきである。
 目立って、綺麗で、清潔で、機能性が一目瞭然で、欲をいえば、ごみを捨てるのが楽しくなる外観や機能があるといい。

 それにゴミの収集日には、内容物が少なくてもゴミに出すべきである。
 どうしてももったいないというなら家じゅうのゴミをまとめろ。それでも足りないなら今から台所掃除をしろ。それでも余裕があるなら隣の家からゴミをもらえ。まだか。まだ余裕なのか。それなら道路の、公園の、ゴミを拾ってこい。

 逆にゴミの収集日(あるいはその前日)でもないのにごみ箱がいっぱいになりそうならどうするか。
 ゴミをまとめろ。ごみ袋に入ったそれを保管する場所を作れ。玄関前だっていい。こら、そうやって裏に隠すな。お前はいつだってそうやって裏に隠そうとするんだ。表に置け。誰だってゴミを出す。恥ずかしいことはない。

 誰だってうんちもするしオナラもする。お前はアイドルじゃないから間違いなくする。セックスしてコンドームを使うこともあるだろう。なに使わない? まあそれはご自由に。「できちゃったかも」と、言ったり聞いたりしたい人なら使わない方がいいだろう。
 ちなみにアイドルは耳と口と鼻にしか穴が開いていないから、うんちもしないしオナラもしない。セックスもしないし笑いすぎておしっこが漏れたりもしない。
 お前はアイドルじゃないから、玄関にゴミを置いても誰かが持ち去ったりはしない。安心していい。
 むしろうんちをしたり、お風呂でオナラをしてそのかほりを自分で楽しんだり、セックスできるのはお前がアイドルじゃないからだ。どれだけ美人であってもアイドルじゃないならそれらができるのだからそれを恥ずかしがる必要はない。
 何でもかんでも汚いと感じたものを隠そうとする、汚いものと綺麗なものを区分けしようとする、その自分の浅ましさ、弱さ、醜さ、汚れた心と価値観を知るがいい。アイドルでもないくせに綺麗なだけの、片面ポリゴンみたいな不気味な自分を演出して見せびらかして褒めそやされようなんていう、薄っぺらな虚像にすがる惨めな自分の欲望を見つめろ。

(※片面ポリゴン
::3DCGモデルの「面」は、基本的に、片側しかレンダリング(表示)されるデータを持たず、反面側からレンダリングしても透過するため、そこに面がないかのように表示される(面があるように表示されない)。こうした特性を持つ面(ポリゴン)を片面ポリゴンという。
 反対面もレンダリングされるポリゴンを「両面ポリゴン」と呼ぶ。通常は2枚の「片面ポリゴン」によって構成されるため、データ量は2倍になる。たしかそんな話を聞いた)

 そして家の各部屋には「ちょっとゴミを入れるのが楽しくなっちゃうから、人に見せちゃおうかな、でも、ごみ箱なんて、ありきたりだから、ちょっとはずかしいかな、きゃ♪」なんて感じの「ちょっといいけどわざとらしくない」程度のごみ箱を増やせ。なんなら同じごみ箱を随所に置いておけ。
 あと、どこでもいいからスーパーのレジ袋をダイレクトに引っ掛けた「実は庶民派ごみ入れ」スペースを用意しろ。本当のあざとさというのは、本当の魅力というのは、完全なる美を超えた先にあるのだ。
「しゃれたごみ箱しか置かないワタシ」なんてSNSの向こうで自己承認欲の餓鬼になって干上がり散らかすしかない魑魅魍魎だ。
 パブリックスペースの均整の取れた美と、パーソナルスペースに垣間見せる庶民的な堅実さ。この二本立てなら、並居る他のSNS大好きガールであっても尊敬せざるを得ず、ボーイたちに至っては家庭的な一面に思わず二人の未来を想像するかもしれない。しないかもしれないがな。

 ああ。
 蛇足を書かせるとこの通りなのだ。

 さて、日本から絶滅したといわれる「アイドル」という存在のことは放っておいて、トイレの掃除用具も同様である。

 そんじょそこいらのホームセンターでも「ちょっとかっけーなぁ」というのが売っている。
 たしかにちょっと高いかもしれない。

 でも待て。
 かっけー道具でトイレ掃除をするのは、汚く朽ちた道具ですることの何倍も楽しくて、何より気持ちがいい。
 かっけー道具で綺麗にしたトイレを想像しろ。そして事実、その清浄なるトイレを具現しろ。己の肉体と頭脳を使えば、それは決して不可能ではない。仮に困難であったとしても、不可能などではない。不可能ではないのだ。
 そのとき幾つかの発見があるだおう。
徹底的に、見せびらかしたくなるほどまで(そして決して見せびらかすことなく)トイレを綺麗にすれば、新しい風景が見えるだろう。
 そして綺麗にしたあと、最初の一服たる魂の清浄剤、禊(みそぎ)としての排泄行為に耽るがいい。
 そこでときに人は「神からの啓示」を受け取ったり、「ユーリカ!」してしまったりするらしい。してみればわかる。僕は無神論者でありエンジニアであるので量子モデル宇宙の絶対神たる猫の神様しか信じないが。

 さあ、綺麗でちょっとかっけー掃除用具を、ゴミ箱と同じように、見やすく配置しよう。
 隠してはいけない。隠す必要なんかない。
 美しいトイレを汚してしまったことを悲しむ迷える仔羊の、贖罪と浄化の機会を奪ってはいけない。

 汚れた掃除道具を綺麗にして、朽ちていたら新しく「ちょっとかっけー」のを買ってこい。
 よし、そうだ。それでいい。








// ----- >>* Escort Division *<< //


::装飾的に飾り立てられたものは美しくない、と感じる感覚も、理由のあるものだと思われる。ヨーロッパのある時期の美は、豪華絢爛な装飾の量を競ったが、それらは、富で美を買おうとした哀れな行為としてしか歴史に残らなかった。革命によって葬り去られたし、そうでなくても醜く朽ち果てたはずである。歴史に残る美とは、ピラミッドの力学的洗練であり、叩き上げられた刃の材料学的達成だ。




// ----- >>* List of Cite Division *<< //
[出典]
~ List of Cite ~
 文頭文末の引用は、

「98 美しさを知るほど、人は強くなる。強くなるほど、美しくなるのだろう。」(p.217)
From「つんつんブラザーズ」(著作:森 博嗣 / 発行:講談社文庫)
 によりました。






// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Traffics ]

// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  -黒猫-/-BlueCat-

[InterMethod]
  -Algorithm-Ecology-Engineering-Kidding-Maintenance-Mechanics-Style-

[Module]
  -Condencer-Connector-JunctionBox-Transistor-

[Object]
  -Human-Tool-
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
-おこと教室-:-ひとになったゆめをみる-



//EOF
200608

 晴れ。0700起床。
 たぶん睡眠時間は4時間ほどか。

 ワークアウトをして、筋繊維が成長しつつある時(したとき/したあとではない)の方が、少ない睡眠時間で目覚める傾向にある。
 だから、部分的に疲れている時などはわざわざ筋トレをすることが、昔からある。
 おそらく血流が多くなるのだろう。

 頭の中もスッキリする。
 もっともこれらすべてが、カフェインのせいかもしれない。

 空腹状態の身体が、脂肪を燃料にしはじめる。
 軽い貧血のような脱力感などが、ときどきふと、現れるのでわかる。
 僕の身体は、それらを普通に過ごせる。

 これを書いている今日などは、最後の食事から24時間以上経過しているし、ワークアウトも調子に乗ってしてしまった。

 夢で見るかなにかして、後付けで捏造した記憶なのかは判然としないが、自分の指を動かすのが楽しくて仕方なかった記憶がある。
 楽しいというより、不思議な感じ、とでもいうのだろうか。
 目の前にあるものを「こうしたい」「こうしてみよう」と、思ったり思わなかったりするとき、目の前にある(おそらくは自分の)手が、指が、動く。
 そういう記憶。
 感情も、言葉もなく、感覚もいい加減な、曖昧な視覚と意識の記憶である。

 あたりまえに身体を動かすことは、僕にとっては20代の半ばになるまでむつかしかった。
 多分そのあたりで成長期がピークを迎えたものと想像する。
 とにかく、思ったときに、思ったように身体を動かすことができて、なおかつ思った出力をすることが、昔から苦手だった。

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「母親らしいことをしなかったから」と、母は長女家族に言ったらしい。だから僕と妹に知らせないようにしてくれと。
(他の姉についても同様だろう)
 具合の悪い時だけ連絡するような人間ではいたくなかったのだろう。
 3月には罹患していた癌を、私も妹も知らなかったのは、そういうことらしい。
 もちろん私と妹が、長女や母と連絡を長らく取り合っていないせいでもある。
 何が正しいとか、そういう話ではない。
 長女は昔から母親と仲が良かったらしく(だから結婚して家族もいるのに、わざわざ一緒に暮らす決断をできたのかもしれない)、妹は誰であろうと死ぬとショックを受けて悲しむので、それぞれ面倒である。

 子を持つ「母たる」「母となった」人たちからは「知りもしないくせに勝手なことを」と怒られるかもしれないが、僕は「母親らしさ」というものについて考える。
「子を産んだ時点で『母親らしいこと』は終わりではないのか」と。
 そりゃもちろん、育児は大変である。
 出産までの過程より大変かもしれない。妊娠したことがないから分からない。

 ただ「母親にしかできないこと」は「妊娠して出産すること」でほとんど終わりである。
 もちろん母上が言いたいことはそういう意味ではないことは分かっている。
 ただ、純然と、僕は母から母親らしいことを十分にしてもらったと認識している。
 母親がいた記憶があるし、散歩に出かけたり、病院に連れて行かれたり、家族で旅行に出かけたり、寝込んでいるときに看病されたり、授乳された記憶もある。
 その授乳でさえ、母乳アレルギィを僕が持っていることが分かってからは「きな粉を湯で溶いたようなもの(粉ミルクもダメだったらしい)」に変わった。
 つまり、母親がしなければならないことではなかった。

 学校行事の「母親参観」の日は、当然に父上が来た。父上は、今思うと、ちょっと見事に学校で僕たちに寂しい思いをさせなかった。
 行事に持参するお弁当は手作りで、クラスでもトップクラスに豪華だった。
 だからといって、父上の方が母上より偉いとか、すごいとは特に思わない。

 もともと女家族に育って自分を女だと思っていたこともあり、母親の方が好きではあった。
 父を憎んだこともある。
 でもまぁ、10代になる頃には、そんなことはどうでも良いことだと思うようになった。

 母親がいないからこそ、僕は僕になったのであって、母上がいたら、僕は間違いなく、今の僕にはなっていない。
 僕は今の僕をけっこう気に入っているから、そこはできれば譲りたくないところだし、今から変更できることでもないので譲れないことでもある。

 僕は父上も、母上も、尊敬してはいないが、かといって憎んでもいない。
 僕がここまでの僕を生きた範囲で言えることは、生きていると色々なことがあるわけで、いろんな選択があるわけで、必ず正しい答えだけ選べる人はまずいなくて、失敗したり、ときどき後悔したりしながらいるわけで、たとえ親だからといって、完全に子供のために生きられるわけでも、生きなくてはいけないわけでもないということ。
(子の場合もしかり)

 不在であることによって生まれる価値があるということ。
 不可能によって可能になることがあり、無駄だからできる必然があり、失われているから埋め合わせる意思を持ちうるということだ。

 友人であろうと、癌なら見舞いにくらいは行くものである。
 もっともこのご時世なので、面会は当面無理らしいが。

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「好きと嫌い」は変えられない。
 と、弟子が言っていた。

 僕が嫌いなものを好きになることについて同意を求めたところ、そのような回答であった。

 僕にとっては、嫌いなものを好きになるのは、死活問題のときもある。
 なぜなら僕は、心のどこかで経済を憎んでいて、人間を憎んでいて、社会を憎んでいて、生けとし生けるものを、憎んでいるといえば憎んでいる。
 正しさだって、性差だって、憎んでいる。
 卑近なところでは、会社に行って仕事をするのが嫌いだったし、毎朝決まった時間に起きるのが憂鬱で仕方なかった。
 経済活動のためだけに、知らない誰かと話をしたり、したくもないことをすることに耐えられなかった。

 ただ、父上が死ぬ頃には一人暮らしをしていたから、働かないわけにもいかない。
 自死選択はフォースと同じくらい、僕の中で眠っているけれど、多少なり、生きることに希望を見出せるうちは、我慢をしてでも生きているほうがいいかもしれない。
 少なくとも、僕の死体を発見したり片付けるのが、僕に親しい人であってほしくなくて、これを実現するのが簡単ではないことに気がついた。

 だから。
 僕は嫌いなものを好きになった。

 月曜の朝が、もっとも好きになって、日曜の夜にはソワソワしてくるくらいになった。
 会社は楽しいし、失敗を糧にする過程を楽しんだ。通勤も、出入り禁止も楽しめるようになった。取引先にカンヅメにされたときも、いい経験をしたと納得した。
 そして経済も、よいものとして呑み込んだ。

 異性にモテることも、お金持ちになることも、経験すれば新しい発見があるだろうと思って、偏見をなくし、実践できるように努めた。
 僕は本来、かなり真面目で正義感が強くて潔癖であったから、不真面目で、白黒がはっきりしないことを良しとして、混濁したありようにも秩序を感じられるようになった。
 人見知りも、引きこもりも、自力で改善した。
 嫌いなものを、次々と好きになった。

 そうしないと、今まで生きられなかった。
 まるでストックホルム症候群のように。
 僕は嫌悪すべき僕にまつわるすべてのありようを解明して、いつか復讐し、根絶することを心の底に誓って、私を棄てた。

 ときどき思うことがある。
 僕は、いつから相貌失認なのだろうかと。

 いくつかの記憶を、明確に覚えているのに、いくつかのことをまったく覚えていないのは、僕が記憶を操作しているからである。
 思い出さない仕組みを作り、必要によっては、捏造して上書きさえする。

 嫌いなものを好きになるように改変するとは、そういうことだ。
 そしてその技術のオマケで、嫌いな食べ物を克服したり、嫌いなイキモノ(クモとか、ゴキブリとか)を好きになったりする。

 その操作した記憶さえ、思い出さないようにしてしまうことができる。
 そうやって僕は僕を作って生きてきたのだけれど。

 最近、その仕組みに綻びが認識できるようになった。
 時限性だったのか、条件性があったのか、単なる脳の老化なのかはわからない。

 ではその「操作の前の僕」が本来であったとして、いきなり「そこ」に僕が戻っても、やはり僕などいないのである。

 ここまできて、それらの改変をすることを決定し、その結果も含めて時間を過ごしてきた僕が、僕なのである。

 たとえば壊死した部位を切断しても。
 あるいは余剰の悪性新生物を除去するにしても。
 生き残ったものが、僕のカタチであって、僕である。
 切断しなければ生きられなかったのだとすれば、全滅か変化かを他の誰かが決める前に、自分で選んだほうがよい。

 僕にとって、僕は、いまだに得体の知れない存在ではある。
 つまりそれは、他のすべても、やはり得体の知れないままの存在だということなのかもしれない。

200607

 晴れ。
 僕にとって、合法的なブースタがある。
 カフェインである。

 14歳の頃から過剰摂取をしていたためか、一般の人からすると「まったく眠れない」レベルがちょうどいい。
 そうでもないと眠ってしまう。

>>>

 姉の家から猫を引き取る。

 今回の入院が最後でもう会えないかもしれない、という経験を、子供の頃から、父上で何度も経験したためだろうか、それとも2人を分かつ死が、死そのものが僕の恋人だからだろうか。
 誰かの死の予感や、死の可能性について、僕は何を感じることもできなくなってしまった。
 あるいは死が、本当にその人に訪れたときも。

 生きているその人を、僕はどれだけ知っていたのか。
 生きていたその人と、僕の関係は僕の中に残って。
 生きていないその人との関係は、新しくそこに産まれたばかりだ。

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 家に着いて6匹の猫に囲まれ、ぐったりしていると、妹からメール。
 母上(20年ほど前から長女の家で暮らしている)が、肺がんであるらしい。
 ステージ4であるらしい。
 年齢的に、進行は遅いだろうけれど、片足が不自由になって、いくつか転移の可能性もあるようだ。

 母上とは、出生から約5年ほど、共に暮らした。
 両親の離婚後も、ある時期からは自由に行き来することがあったが、僕は両親から躾も教育も、さほど受けなかった野蛮人である。
 親元にいたい気持ちより、早く自立することを僕自身が望んでいたから、なんというか、親戚に顔を合わせるような、そんな親子関係だった。

 今年も誰かが、鬼籍に入るのだろうか。
 何ともいえない気持ちで、下半期に差し掛かろうとしている。

 僕についていえば、社会から隔絶されていてちょうどいいくらい独りには慣れているし、死にも慣れている。

>>>

 そういえば昨晩、ホトトギスの鳴き声を久しぶりに聞いた。
 この町にもいるのかと驚く。きっと裏の、田んぼの中の森だろう。

 大人になってからの僕の子守唄であり、あれを聞いているととても安心する。

 すべての人の眠りが、微笑みに値するものでありますように。
 ぱやぱや運動をしてから、驚くほどの速度で腰部付近に筋肉がついた。
 もっとも僕は毎日ワークアウトするような勤勉な性格ではない。
 1箇所(あるいは1エリア)につき、2日から3日に1度するだけである。
 負荷を大きくかけるより、早く動かすことに重点を置く。
 また、1日に何セットもトレーニングしない。
 面倒だからであり、だいたい1セット。多くても2セット。3セットしたら多分、次は3日後である。

 いわゆるプランクと呼ばれる運動に使う筋肉が強化されたように思う。
 プランク運動は基本的に姿勢を保持するものだが、ぱやぱや運動なので動かす。上述のとおり、大きな負荷ではなく、速く、動かす。
 とてもじゃないが運動中の風景など見せられたものではない。
 マットか座布団を組み伏せて腰を素早くひたすら健気に振っている姿を誰かに見られようものなら僕は自殺しかねない。

 サイドプランクの運動も、動かして行う。
 これは全くぱやぱやっぽくないのだが、ぱやぱや運動のついでに思いついたので、ぱやぱや運動のセットである。

 腰部と下腹部の筋肉が発達した結果、僕のウエストを、外から内から、脂肪が圧迫する。
 スラックスのウエストは、今までないほどぱつんぱつんである。
 また胃袋の膨満感が凄まじく、食事をわずかに摂れば苦しくなる。

 一週間ほどして、多少はウエストや大腿部が細くなってきたが、とにかく空腹にならないので、今までどおりに食事を作って失敗をする。

 叔母の家には体組成計はおろか体重計すら見当たらない。
 おそらく体重は、増加しているだろう。

>>>

 一週間ほどのうちに、猫が2匹増えた。
 妹(の友人の友人)がくれたアヲのあと、姉が、産まれた子猫の半分をおまえにやろう、などとドラクエの魔王よろしく囁きかけてきた。
 どうせそのままにしておけば、姉の家で飼育崩壊が発生するのは目に見えている。
 何せ彼女は指定難病に罹った身障者である。
 身障者だから多頭飼いができない、と言う気はないが、いかんせん生活保護受給者である。
 猫を飼うことにそもそも問題がある。

 そのようなわけで猫が3匹になった。




 さらに明後日、姉が急遽入院することになった。
 治験薬キットが切り替わったのだが、うまく合わないらしい。
 継続性の注射器を利用した投薬を数日行えないでいるため、具合が悪いのだとか。

 余命宣告はとうの昔に過ぎてしまっているから、誰も今後を予測できない(笑)。
「(笑)」と付けてしまうあたりが、僕らしい。

>>>

 そしてその、姉の入院に伴い、姉の家の猫を預かることになった。
 その数じつに3匹。
 倍である。

 もうやめてくれ、とも思うが、無碍にできるものでもない。
 将来的に、全員の避妊手術をすることを考えると、こちらが飼育崩壊を起こしそうである。
 定額給付金では足りそうにない。

 働こうかな(しみじみ)。

>>>

 猫たちは僕の生活に合わせて、あちらこちらを移動する。
 車での移動も、お風呂も、定期的な部屋の変化にも慣れつつある。

 たた。6匹にもなる猫を連れて移動などできないし、家を数日空ける日常は送れないことになる。

 姉の退院時期は不明だ。

 つくづく、憂鬱である。

200525

 こたつがある。
 察するに、20年以上は使われているようである。
 ヒータユニットは一度くらいは交換されたのだろうけれど、いかんせん使用者は工学の知識に乏しかったようで、被覆が劣化し、あわやショート寸前のところ、圧着端子による突貫工事で冬を越した。

 堀こたつである。
 重厚なそれの大掃除をすべく、テーブルユニットを動かした(とても重い)、そして派手に落下した。
 どうやら叔母夫婦も同じことをしたことがあったようで、テーブル本体のストッパと、穴(堀こたつの、堀の部分)にある電源コンセントにひどい破損を見つける。
 実のところ、テーブルを安全に移動させられる方向があるのだが、どう見ても(破損状態から)2回以上落としているようなので、まぁ、そんなものかな、と考える。

 ストッパは木材にネジ留めされた鉄板なのだが、ネジ部を起点に材料が破断し、それを接着剤で固定して使っていたようだ。
 掛かる力を察して処理してほしいが、工学の知識に乏しいのだから仕方ない。
 再破損した部分は破棄して、別の穴をドリルで開けて、固定した。

 スノコが下にあるのだが、これも破損部位を強引に固定しようとして、材料を傷めていたので、ステイになる鉄板を当てがって、ネジ留めし、ヒータユニットは買い直すことにした。
(なんとなれば、この家にもうひとつ、アパートにもひとつ、こたつがあるのだから)

>>>

 今日は朝からアヲ(飼い猫です)が大暴れだった。
 僕を親と認識したのか、やたらと噛みつくことが増えたし、視力が向上したのか、走り回ってはケージの上段に飛びつこうとし、失敗してはうにゃうにゃ話していた。

 僕が叱るとはっきり分かるらしく、たいていは動作を停止する。
 呼びかけに応じることが増えて、ひょこひょこ歩きながら喉を鳴らす。
 足元に寄ってきて、にぃ! と鳴いて、手をかけたりする。
 悶絶して死なせる気か。

 自動車で2時間近く移動することもあるので、生活の基本はキャリーケースである。
(トイレと餌場とベッドを、タッパと膝掛けで設えたカプセルホテル風にも見える)

 運転中、たいていこのケースの金網をかじっては激しく文句を言う。要はうるさい。
 目が見えなかった頃は、静かに寝ていたのだが、視力の向上は、抱き方の好き嫌いも、お風呂の耐性も、自動車慣れも変えてしまったようだ。

 会社員の頃もよく乳児猫を育てたが、当時は僕の生活に完全に合わせてもらって、早朝起きてミルクをあげて、トイレをさせて、暖かい場所で寝かせてから会社に行き、なるべく早く帰宅した。
 今回は、僕の都合に合わせてもらっているのは同じだが、長距離移動もお風呂も一緒に過ごす時間がある。(親と間違えるようになるわけである)

 叱るとき、警戒音や威嚇音で訊かなければ、叩いたりするものの、すぐに分かってくれるのでストレスが少ない。私の育て方が上達したというよりは、もともと賢い子なのかもしれない。
(バカな部分はたくさんあるが)

>>>

 ミルク皿に後ろ脚を突っ込んで、あちこちミルクまみれになったので、今日はお風呂。
 僕の長風呂に付き合って、窓辺で眠ってしまうのであった。



 嗚呼、可哀(あわれ)なる猫よ。
 この先、水浸しの泡まみれになる運命を知るのは私だけなのだ。

(どっぷーん!)

// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:20200513
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
封印再度の夢の中
SUBTITLE:
~ Who inside on your dream. ~
Written by Bluecat

// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
 0513

 1匹残っていた猫が脱走したのは数日前だ。
 だから、僕の家には猫がいなくなってしまった。

 正直なところ、飼っている動物が死んだり、居なくなったりした場合、僕だって落ち込む。
 ただ他の人と比較して、周囲をざっと見回した範囲と比べてみても、僕は、ほとんど何も感じていないレベルにしか落ち込んでいないように観察される。
「しらたき」が、掃除機の取扱いについての私とのケンカの果て、家出をしてしまったことも。
「ラキシス」が、集合住宅の鉄製の重いドアに挟まれて死ぬことを看過してしまったことも。
「マックス」が野性に返ることを決定した日も。

>>>

 生まれ落ちるそのときよりも多く、猫の死や不在を味わってきた僕にとって、確かにそれは「またか」と思う部分でもあり、他の人と比べれば回数を重ねているぶんだけ慣れてしまってもいるし、ついでに僕はもともと無神経な方(「かた」と読むと味わい深い)だろうとも思う。少なくとも、コモンセンスとの共通点をあまり持たないのは疑いようのない事実だ。
 それでも少しだけ、落ち込むし傷つく。

 死んだ猫の名前を挙げればキリがなくて、僕はそのたびに記憶の箱をほじくり返しては、余計なものばかり目にすることになる。

 その痛みは、自分の玩具がなくなってしまった痛みでもあり、猫にさえ必要とされない、猫を育てる役にも立たない、猫にさえ忌み嫌われる自分を認識する痛みでもある。
 それでも自己憐憫を僕は嫌うから。
 自分に価値がない可能性なんて考えていたってどうしようもないからせめて。
 料理を作ったりして、庭木の手入れをしたりして、少なくとも自分自身の役には立てるのだということを証明しようとする。

>>>

 死んでゆくもの。
 僕のもとを去るもの。
 それらすべてが、僕の中の空洞に乾いた音を立てる。

 お前は無力だ。
 お前は役に立たない。
 お前は価値がない。

 他人に対して/現実に対して。

::だから、あなたは、孤独で。
::だから、どこにも、味方がいないんじゃないの?
::だから、どこにも、居場所がないんじゃないの?

>>>

 匣に封をするように。
 僕はある時期から、猫に名前を付けなくなった。

 そのインデクスは、僕に特定の記憶を参照させる。
 僕に特定の感情を想起させる。

 その記憶の向こう。唐突に。漆黒の断絶が現れるから。

>>>

 猫だけではない。
 人もそうだろう。
 ただ、人の名前は「僕が名付けない」選択肢を持たない。

 彼ら/彼女たちは、誰かの祝福/呪い/エゴの発露/偶然の顛末として、名前という記号を、すでに持っている。
 僕が自身に付随するはずの記号のいくつかを次々失っているのとは対照的に、より強固に、あるいは項目を増やしてさえいる。

 だから本来、人と接して、親しくなって、記号を交換して、それを記憶してゆくのは、僕には嬉しいことである以上に、恐ろしいことなのだ。

::その記号はいつか。
::失われ。
::かつての記号と同じように。
::匣の封を、内側から。

 激しく打ち据えるのだ。

::あなたに、どれだけの価値があるの。
::あなたは、わたしの役に立つというの?
::あなたは、存在に値するの?
::あなたにとっての記号と同じように。
::あなたが記号にしてきたように。
::無意味なものとして。無価値なものとして。
::誰もあなたを記憶しないのではないの?

>>>

 だから僕は、いくつかの記憶を失っている。
 ときどき整合が悪くて、周囲の人より先に、自分が不審に思う。
「ああ。匣だ」と僕は思うけれど。
 言葉にもしないし説明もしない。

「あなたがた」は大切なものに名前を付けることができる。
 僕は、名前を付ける資格さえなくて、どんな名前も呪いになってしまう。

 まさか多くの人は、匣の中の記号が、悪魔のような呪いを連れて出てくるとは思っていない。
 自分の中に匣があることさえ、知らないかもしれない。

>>>

 13日に、たまたまweb上の日記を見たら、星座占いが1位になっていて、
「ずっと手に入れたかったものが手に入る」とかなんとかとあったので、しばし考えた。
 僕が欲しいものなんて、ほとんど何もないのだ。

 たしかに、戸建ての家のweb環境であるとか、新しいMacであるとかは欲しい。
 しかしそれは「手に入る」類のものではないように思える。

 つまりガールか。
 また新しい恋人が増えるのか。正直悲鳴を上げてもいい頃だろう。もうやめてくれ。これ以上ボクを滅茶苦茶にしないでくれ。いやしてもいいけれど、ちゃんと責任とってよね!

 そんなことを思うか思わないかのうちにすっかり忘れ果てて(当たり前だ。そんなものは所詮、占いなのだ)泥のようにアパートのベッドで溶けていたら、妹からメールが来た。
「今日遊びに行ってもいい?」
「いいけど今はアパートの方にいて、しかも猫が逃げたから、猫と遊べないよ
「え? じゃ、新しい猫飼う?!」

 ……。
 はい?

 その後、とんとん拍子に話が決まって、その日の午後には新しい猫がやってきた。


 離乳しきっていない、仔猫である。
 数日後、やわやわとした桜色の耳を持つこの子は、目が蒼いという理由で「アオ」と、姪によって命名された。真面目な話、ダジャレではない。

 ちなみに、当たり前だけれど、僕のIRLの知り合い/友人/恋人/血縁者、いずれも、僕が青猫工場を運営していることは知らない。

>>>

 仔猫を育てるなんて、10代のガールをテゴメにするより簡単である。
(正直にいえば10代のガールをテゴメにした経験がないので分からないが、多分、仔猫を育てる方が簡単だろうと想像する)

 めちゃくちゃ可愛くて、日記を書くことが出来なかった。
 目が見えていなかったのでなおさらである。目が離せなかった。
 久しぶりに粉ミルクを作るのも新鮮だった。

 昼も夜も買い物もお風呂も一緒である。
 あれか。天使か、すなわち天下りか。
 あと、アカウントに不正アクセスされたので、コメントの返事すら出来なかった。








// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  -工場長-/-黒猫-/-BlueCat-/-銀猫-

[InterMethod]
  -Blood-Darkness-Diary-Ecology-Interface-Life-Love-Memory-Stand_Alone-

[Module]
  -Condencer-Generator-Resistor-

[Object]
  -Cat-Human-Memory-
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
-ひとになったゆめをみる-





//EOF
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:20200501
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
彼女は僕のまばゆい恋人。
SUBTITLE:
~ She is cool, and so fantastic. ~
Written by 黒猫

// ----- >>* Lead Division *<< //


::髪、切ったんですね。一瞬、わからなかったです。




// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
 恋をしている。

 僕の現実世界の境界は/この薄っぺらな皮膜、人間の/皮膚でしかなくて。
 そのインタフェイスを通して、僕は彼女を知った。
 なんでもない関係 ── のはずだった。

 彼女のことは知っていた。
 でも友達ですらなかった。
 通りすがりの、顔見知り以下のものだと思っていた。
 恋愛対象として考えたことなんて、もちろんなかった。
 ある冬の夜、彼女が僕に、特別な話をするまでは。

>>>

 はじめて恋をしたのは冬だった。

 だから、僕にとって、冬はいつも、いつでも、いつまでも特別なものだ。

 まるで幼なじみであるかのように、気が付けばいつもそこにいて。
 あるときそれが特別であることに気づかされる。
 もちろん、時には嫌いにもなる。厭にもなる。つらい思いをしたこともある。
 でも、それでも。
 どうしようもなく惹かれてしまうから。
 だから僕は恋をしているのだと気が付いたのだ。

 彼女の匂いが好きだ。
 秋の終わり、肌寒い午後の風に乗って、これから君のところに行くからね、とそっと知らせる声のような。
 乾いた、埃っぽい、寂しげな、はずむような、匂い。

 きらきら光る彼女が好きだ。
 惰眠を貪る僕を責め立てるように、カーテンから差し込む朝の下の隙間を潜って部屋にやってくる。
 そして僕をなんとか起こそうとする。
 もちろん僕は起きないので諦めて、そっと彼女は背中にひっついて眠る。

 彼女の空気が好きだ。
 凛とした佇まいのことが多いのに、ひなたでころころと笑うところなどは本当に無邪気だ。
 朝はきりりとしていて、夕方頃から正体がなくなる。
 それでも彼女を取り囲むように、人々が、ぬくみを持ち寄るから。
 だから彼女とそのまわりはいつもあたたかな雰囲気が漂っている。

 夜の彼女が好きだ。
 深夜になると、ときどき、苛烈なくらい、冷たくなる。
 どうやってもあたためることのできないそれは、無力と孤独を僕に確認させる。
 人間だって不可抗力のように、そのありようを自然に支配されてしまうことがあるから。
 そういう人たちは僕の周りにたくさんいたから。
 だから僕は気にせず、彼女のそばに居続ける。
 僕はもともと冷たいから。これ以上、冷たくなることもない。

 彼女のいる景色が好きだ。
 雪の朝!
 凶暴に牙を剥く、光り輝くつらら!
 なんにもないのに、なんにもないから、ゆらめく光たち。
 我が物顔でこの世の生を謳歌する生き物たちの死に絶えた静寂。
 人間たちでさえ、太刀打ちかなわず、ひっそりと鳴りを潜める。

 遠くの鳥の声が、いつもよりくっきりと見える。
 星の光の瞬きが、ひそひそと聞こえる。
 月が誇らしげに、闇を映す。

>>>

 冬の匂いが好きだ。
 冬の光が好きだ。
 冬の空気が好きだ。
 冬の夜が好きだ。
 冬の景色が好きだ。

 僕は冬に恋をしている。

>>>

 彼女は比類ない美しさで、世界をぬりかえてゆく。
 彼女が美しいだけではなくて、彼女の触れるすべてが美しく変わってゆく。
 それは彼女が美しいからなのか、それともそれ以外が美しいからそう思えるのか、分からなくなるくらい。

 彼女は圧倒的な寂しさで、他を寄せつけない。
 彼女が孤独なだけではなくて、彼女へ至るストーリィと彼女がもたらす未来が、生命に満ちているから。
 孤独の断崖/死の谷底/彼女そのもの。
 彼女の孤独は、この僕をしてさえ付け入る隙が見つからない。

 光も、水も、空気も。
 人も、建物も、街灯さえも。
 彼女の力で姿を変えてゆく。
 彼女のために姿を変えてゆく。
 まるで彼女だけが、この世界では特別な何かであるかのように。

 でも移り気な彼女は、いつも僕のもとを去ってしまう。
 僕の気持ちなんておかまいなしで、彼女の都合で別のところに帰ってしまう。
 まるで僕以外の誰かのところのほうが、彼女には心地よく、相応しいかのように。

 それでも、僕は、彼女の冷たさにいつまでも惹かれていて。
 だから彼女がやって来るのをただただ待ってしまう。
 彼女の他の待ち人についても、それはそれで彼女に必要なものであろうと許してしまう。

>>>

 今は春。
 大嫌いな春が終わって、また大嫌いな夏に向かう。

 窓の外は、僕の目には苛烈な眩しさで。
 まるで一面銀世界のようにホワイトアウトする。
 白抜きされた視界の中で、飛蚊症の雪が降る。
 僕は彼女の幻に酔う。

 もうじき夏なのに。
 まだ/もう/彼女のことを考えている。

 時間が平衡を失う。
 未来と過去が意味を失う。
 自分という点が、存在を失う。
 眩惑が、光を嫌うこの目に刺す。

 射抜かれて落下する飛翔体のように。
 方角すら見失う。

>>>

 はじめて恋をしたのは冬だった。
 まるで幼なじみであるかのように気が付けばいつもそこにいて、あるときそれが特別であることに気づかされる。

 僕は冬を見上げる。
 彼女の冷たさは、いつも優しい。

 僕は冬と手を取る。
 彼女の吐息は、いつも白い。

 僕は冬を見つめる。
 彼女の笑顔は、いつもまばゆい。

 僕は冬を見つめる。
 彼女はいつもそこにいる。

 僕は冬に恋する。
 僕はずっと恋をしている。

 僕は冬に恋をしている。








// ----- >>* Escort Division *<< //


::女なんて男出来るたび髪型変えるわよ。




// ----- >>* List of Cite Division *<< //
[出典]
~ List of Cite ~
 引用は、
「第19話 線路沿いの道」(p.108)
 From
「四月は君の嘘 第5巻」(著作:新川 直司 / 発行:講談社)
 によりました。




// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
[ Parallel Line ]

// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  -工場長-/-青猫α-/-青猫β-/-黒猫-/-BlueCat-

[InterMethod]
  -Color-Eternal-Love-Season-Stand_Alone-

[Module]
  -Connector-Generator-JunctionBox-

[Object]
  -Camouflage-Cat-Memory-Night-Poison-Winter-
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
-衛星軌道でランデヴー-:-ひなたぼっこ-:-夢見の猫の額の奥に-:記憶の切片



//EOF
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:20200505
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
200505
Written by Bluecat

// ----- >>* Lead Division *<< //


::渡がモテる理由がなんとなくわかった。
::おうよ、好きなコたくさん。




// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
 0730起床。
 昼まで眠る気にならなかったのは、燃えるゴミのせい。
 あと、

 昨晩は0200頃には眠くなって眠ってしまった。
 寝室が遠い。
 この家は、台所も玄関も寝室も遠い。
 お風呂とトイレが中心にあるかのような動線。
(実際、アクセスルートが多い)
 それ自体に文句はないが、台所が遠いのは非常に面倒である。
 壁を打ち抜いてひとつながりの部屋にしてやろうかと、真剣に悩むことがある。

 ゴミを出してから、庭の草を眺める。
 叔母は花の好きな人で、そのかわり、たんぽぽなどは容赦なく雑草扱いした。
 表の庭の花壇は、ざっと草を取るだけで様々な、名も知らぬ花が咲き、その様は絢爛で可憐で、花など知らない僕でも、思わず目を留め足を止めてしまう。

 その一方で裏庭のお稲荷様は荒れ果て、両脇を固める木の枝は、何かの病に罹っているらしく、縮れて変色しているし、椿の葉には艶がなく、花開くことのないまますべての蕾が枯れている。
 多くの人はきっと、そんなふうに、己の闇に滅ぼされてしまうのだろう。

>>>

 恋に落ちた。

 以前でこそ引く手アマタであったが(諸般の事情により)恋愛自粛歴数年のワタクシである。
(お風呂の誘いに乗ったりするがな)
 人間不信の道を歩むことに決したワタクシである。
 なので恋に落ちた翌日、またアパートに篭った。

 経験上、恋に落ちたときに大事なことは2つしかない。
 冷静にならないことと、アタマを使うこと。
 ただまぁ今回は相手が二次元だし、死んでいる(ストーリィ開始時点では生きているが、完結した時には死んでいる)ので、熱量を適切にコントロールしながら、ぽぉ〜っとしている。
 夢なんて記憶していないのに、夢の中で反芻してぽ〜っとしていたなぁ、と思う。
 余韻が、思考に残っている。

 夢の中でも、人に顔がないことが多い。
 いかんせん思い出せないのである。
 声も顔も分からないまま、僕は個体を識別する。
 識別して、ぽ〜っとして、寝起きは余韻に浸ってしまう。

 ムダに早起きをしてしまったのは、そのせいである。

>>>

 死ぬヒロインを持ち出すのはズルい、と僕は思う。
 それはストーリィテリング上の、不問律として、ズルだと僕は思ってしまう。
 非難しているのではない、単に、印象付けの手法として強烈だから、強く印象付けられてしまうその作用をして、ズルいと思うのだ。

 無論、若ければその先、もっと色々な物語によってその印象は薄れてゆくだろうし、齢を重ねれば、僕より醒めた視点で作品を批判したりもできるだろう。
 僕はシンプルに、物語の世界と登場人物に心を寄せて、そのフィクションを体感して、それをひとつの現実のように自分の中の体験とすることができるから、だから単純に、僕は登場人物に恋をする。
 しかもそのヒロインは、2巻あたりで「明らかに死ぬ」予感をさせる。
 だから余計に、そんなはずはないと祈るように読んでしまう。
 当たり前だ、その破天荒な美少女はヒロインなのだから。
 そして死んでしまう。

 死によって閉じてしまった悲恋の環には、もう誰も入ることができない。
 迷い込んでいたものは、出ることができない。
 だからズルいと言っているのだ。

 忘れられないような方法で物事を失うことはある種の暴力ですらある。
 深傷は血を流し、強く脈打つ。
 その痛み、その脈動。
 喪失されたもののありようを、刻みつける。
 そのうえ彼女は「忘れないでね」と言ってくるのである。
 その残酷さ。

 女の子なんて星の数ほどおるけん、私のことなんかはよ忘れや。
 と言わない残酷さ。言わせない冷酷さ。

 ヒリヒリするほどの、切望。

 その痛みにアテられたので、アパートに篭ったのだ。
 猫が心配だから1泊で戻ってきたが。

>>>

 潔癖症の僕には、恋をしながら、誰かを憎むことができない。
 誰かを大切に思いながら、誰かを貶めることができない。

 だからこそ、誰かを憎むときは徹底して、世界を焼き払う憎悪によって日々起きたり寝たり昼寝したりするのである(寝てばっかりじゃねーか)。

 恋なんかしたら終わりである。
 憎悪をもって世界に呪いを蔓延させる怒れる魂としては、完全なる堕落である。
 地獄の世界に帰れなくなってしまう。
(デビルマンか)

>>>

 ゴミ捨てのあと、庭の謎柑橘の木の枝を落とす。
 花の蕾から、切り落とした枝の断面から、柑橘系の、優しく、目覚めるような、鮮やかな香りがする。
 ノコギリと、枝切り鋏を振り回して、汗にまみれる。
(長袖のジャンプスーツに、タオルを頭に巻いて、防塵メガネとマスクと軍手をしているから、当然なのではあるが)

 お稲荷様の、両袖の木も、枝を落とす。

>>>

 僕が20年以上連れ添ったポインセチアを見殺しにし「あなたの持ってきたあの鉢植え、枯れて邪魔だからなんとかなさい」と吐き捨てたのも叔母である。
 師匠にもらって、師匠が姿を消してのちも、ときに大事に、ときに放置して、僕が眠り続けた日々さえも共に乗り越えてきた、ポインセチアを。

 もちろん僕は勝手に持ってきただけだ。育ててくれとも頼んでいない。それがどんなに大事なものだったかも説明してしない。
 ぱっと見て、目を引くようなところなど何もない、みすぼらしい老木の鉢植えだった。

 身勝手な理由で、人は生き物を殺す。
 人を愛するのも、身勝手な理由だ。

 己の闇が身を滅ぼすといっても、最初から闇に順応している僕のようなイキモノもいる。

 だから妹にひどい仕打ちをしたことも含め、僕は死してなお叔母を許さないつもりなのだが。
 僕の気質はこの通り、どんな怒りも憎しみも、半年足らずで気化してしまうようだ。

>>>

 メザシを焼いて昼ごはんにする。
 メザシ焼きの道は、奥深いのである。

 僕は今、恋をしていて。
 結局まだ、ぽ〜っとしている。








// ----- >>* Escort Division *<< //


::だって彼女は渡が好きなんだよ。僕を好きになるハズないよ。
::そんなのカンケーねえじゃん。
 心魅かれるコに好きな人がいるのは当然。
 恋をしてるからそのコは輝くんだもん。
 だから人は ── 理不尽に恋に落ちるんだ。




// ----- >>* List of Cite Division *<< //
[出典]
~ List of Cite ~
 文頭文末の引用は、
「第3話 黒猫」(p.129-131)
 From
「四月は君の嘘 第1巻」(著作:新川 直司 / 発行:講談社)
 によりました。






// ----- >>* Junction Division *<< //
[NEXUS]
~ Junction Box ~
// ----- >>* Tag Division *<< //
[Engineer]
  -黒猫-/-BlueCat-

[InterMethod]
  -Blood-Color-Diary-Eternal-Love-Recollect-Season-Stand_Alone-

[Module]
  -Convertor-Generator-Reactor-Transistor-

[Object]
  -Book-Memory-
// ----- >>* Categorize Division *<< //
[Cat-Ego-Lies]
-衛星軌道でランデヴー-:-いのちあるものたち-:-ひなたぼっこ-







//EOF
// ----- >>* Initialize Division *<< //
// TimeLine:20200502
// NOTE:
// ----- >>* Header Division *<< //
TITLE:
200502
SUBTITLE:
~ Liebesleid. ~
Written by Bluecat

// ----- >>* Lead Division *<< //


::音楽家は師から学ぶ過程で生まれた違和感を大切にすべきだわ。
その違いこそ個性なんだもの。




// ----- >>* Body Division *<< //
//[Body]
 窒息するような日々だ。
 僕はそれを知っている。

 どこにも行き場のない日々。
 家にも居場所を見つけられない時間。
 時間が意味をなくす空間。
 空間に意味を見つけられない意識。

 世界の意味の何もかもが裏返って ──
 自分の意味も、居場所も、同じと思っていたものすべてがひっくり返って。

 誰が敵になったわけでもないのに ──
 味方はどこにもいない。
 僕とおなじものがどこにもいない ──
 僕は、ひとりぼっちだ。

 まだこの身体は小さいから。
 まだこの頭脳は未熟だから。
 だから僕は無力だ。

 居場所もないのに。
 味方もいないのに。
 僕はここにいることしかできない。

>>>

 母がいなくなった日のことを、僕はあまりよく覚えていない。
 学校で「あなたはオトコノコです」と宣告されたその年の、
 いつだろう。

 いつも寝ている寝室のドアのガラス。
 玄関から差し込む日差し。
 2匹いた犬は、数年前、一方は怪我をしてその後行方不明になり、一方は病死した。
 気がつけば猫たちも散り散りになり、家には動物がいなかった。

 暑くなかったような気がする。
 といって、春ではなかった。初めて背負うランドセルが重いと泣き言をいう僕からそれを預けられ「まったく」と笑いながら文句を言っていた光景を覚えているから。
 冬だろうか。秋だろうか。

 温度も、音もない世界で。
 ある日、母だけがいなくなった。



 だからその出来事は。
 時間を失って、僕の中で「時系列推定不能」のフォルダに収められている。

>>>

 僕が居場所を見つけられるようになったのは、多分、その年の冬から新しい年度にかけてだ。
 今までと違う家。今までと違う学区。今までと違う家族構成。今までと違う学年。

 そこで僕は初めて、フィクションの世界を知る。
 姉妹の誰か(あるいは両親のどちらか)が持っていた「星の王子様」を、引越す前の家から持ち出して、読み始めたのだ。

 もちろん、それまでだってフィクションのお話は身の回りに転がっていた。
 TVのスイッチを入れれば、ドラマもアニメも、歌番組もニュースも、遠くて身近なフィクションを教えてくれる。
 でもそれは、どれもこれも雑多で。美しさに欠けていた。
 楽しさや悲しみやドキドキやわくわくはあったかもしれないけれど、肌をヒリヒリさせるような痛みや、しんと静まり返るような、自分の呼吸の音の大きさに驚くような美しさはなかった。

>>>

 ── 現実世界にいいことなんてあっただろうか。
 自分の意味さえ裏返って分からない世界に?

 ── 身体のある世界に楽しいことなんてあっただろうか。
 手足のサイズも把握できず、味もロクに分からないこの身体で?
 ボクは、うまく走ることさえできないんだ。

 ── 生きていて楽しい?
 生きていない時の記憶がないから分からない。
(比較対象が存在しません)

 ── 死んでみたいと思う?
 生きていることが、この程度のものでしかないのなら。
 いつまでも、このままでしかいられないなら。

 ── 今は。楽しい?
 楽しいというのが、ボクにはよく分からない。楽しいって、どういうこと?

>>>

 無味無臭な現実世界の膜を破るようにして、そこには新しい世界が広がる。
「人物が書けていない」?
「世界観がはっきりしない」?
「リアリティがない」?
「テンプレート以上でも以下でもない」?
「設定に必然性がない」?

「薔薇は喋らない」
「箱の中に羊はいない」
「ウワバミに呑まれたゾウは帽子ではない」
「バオバブの木は小惑星を壊さない」
「そもそも星に王子様なんていない」

 本当に?

>>>

「人物が書けていない」
 あなたは自分が人間という人間の全てを知っていて、そのうえそれを描いたものを見たことがあるというの?

「世界観がはっきりしない」
 あなたは自分が含まれている世界をはっきり認識しているの?

「リアリティがない」?
 あなたは自分の肉体からの信号をだけ基準にリアリティを設定できるの?

「テンプレート以上でも以下でもない」?
 あなたの認識するテンプレートは、誰が作ったもので、どのようにテンプレートなの?

「設定に必然性がない」? 
 必然性しか許さない?

>>>

 ボクはフィクションの世界に棲むことを、7歳の頃から余儀なくされた。
 ボクはフィクションを感覚することで、自身のカラダの感覚のアンマッチや性別違和(より正確には男性嫌悪だが)、家庭環境について考えない方法を身に付けた。

 それは10歳まで続き、その間の記憶はときどき曖昧だ。
 僕は学校でいじめられもしたし、貧血で倒れたりもしたし、猫と登下校していたし、授業はいつもテンポが遅くて退屈だった。

>>>

 ── 生きていて楽しい?
 楽しくないよ。

>>>

 僕は現実世界の人間たちを、フィクション世界のそれと同じように感覚して記憶する。
 文字だけの世界で顔を持たない登場人物たちを、だから僕はそのまま、顔もないのに識別子を把握して記憶する。
 多くは「人間」として記号を持たされ、一定のテンプレートに沿って己を「人物描写」している。

 友人も、弟子も、過去の恋人も。親も、姉妹も、過去の自分さえも。
 僕にとって興味深ければサンプリングの対象で、意味がなくなればサンプリングデータさえ抹消される。
 もとより名前も画像データも、僕は記憶していないのだから。
 だって自分しかいない世界なら、名前も顔を覚える必要も、ないものだから。

 だから、今この瞬間、僕が玉ねぎの切り方を誤ったそのとき、自転車でバランスを崩して転んだそのとき、猫に噛まれた傷が痛んで6弦の力加減ができないそのとき、彼ら/彼女たちがどんなふうに僕に話しかけるかを(僕にとっては)完全に再現できる。

 実際に彼らといるときに、僕はそれを試す。
 僕はその先の僕のリアクションも計算する。
 計算を間違えていた時が、やはり一番楽しくて、一般には笑う場面でもないのに、僕にはおかしくてたまらない。

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 だから僕はいつもひとりでいて、だいたいいつも楽しい。

 だから僕はときおり誰かといて、だいだいいつも楽しい。

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 ── 今は。楽しい?
 楽しいというのが、ボクにはよく分からない。楽しいって、どういうこと?

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 ずっと読みたかった本があったのだが、長らく(お金がなくて)買えなかった。
 先日、やっと注文することができて(本屋も回ったんだよ? 回ったの!)昨日、届いた。

「4月は君の嘘」
 もう何年も前の作品だろう。
 たまたまネットで無料公開されていたものを読んで、驚いた。

 僕にはこの作品が、詩に見える。
 画が必要なのか、ストーリィが必要なのか、文字だけでいいのではないかと思うくらい、詩に見える。
 もっとも、詩には言葉もいらないのだけれど。

 そのくらい美しくて、ずっと全巻読みたかったのである。

 出てくる曲の大半は知らないし、動画サイトで調べる気にもならない。
 そもそも書籍は音を出さないメディアである。
 そこからしてちょっと破天荒で楽しい。

 画で伝わらないものを画が中心のメディアで描いている。
 だから詩なんだ。

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 音楽のマークから音は再生されない。
 女の子の可愛らしさは、カタチだけでは生まれない。
 詩は、文字があってもできあがらない。

 現実は、見えているものがすべてではない。

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 リアリティなんて、僕は生まれてこのかた、一度も感じたことがない。
 ぜんぶ作りもので、ぜんぶ嘘で、ぜんぶ子供だましなのではないのか。

 だから僕に、現実を見せようと躍起になるものたちを、僕は信じない。
 彼らは騙されやすいのだ。
 現実というカミサマを盲信する哀れな信者たち。

 いくら信じてもムダだ。
 その神様は不完全だから、たとえ最悪のことはしなくても、いくらでも悪いことを押し付けてくる。
 いいことがあるかのように吹き込んで、夢見るものたちから搾取する。

 ヒトにとっての現実なんて、その程度のものだろう。

 猫の神様は完全無欠だから。
 いいことも悪いことも起こらない。
 信じても信じなくても関係がない。

 猫にとっての現実は「その程度」ですらない。

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── 生きていて楽しい?
 楽しくなんかないよ。楽しくなくてはいけないの?
 楽しめない人は、生きていてはいけないの?








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::知らないの?
女の子はみんな欲張りなんだよ。




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[出典]
~ List of Cite ~
 引用は、
「第21話 りんご飴」(文頭部 p.37 / 文末部 p.31)
 From
「四月は君の嘘(第6巻)」(著作:新川 直司 / 発行:講談社)
 によりました。








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[Engineer]
  -工場長-/-青猫β-/-赤猫-/-銀猫-

[InterMethod]
  -Blood-Color-Darkness-Diary-Interface-Love-Memory-Stand_Alone-

[Module]
  -Condencer-Connector-Generator-Reactor-Transistor-

[Object]
  -Book-Friend-Human-Koban-Memory-
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[Cat-Ego-Lies]
-ひとになったゆめをみる-



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