第30回の方法はジャンニ・ラヴェーラが74年(第24回)に取った方法を踏襲して行われました。

 歌手を2カテゴリーに分け、カテゴリーB(Bigの部)のスター歌手10名は予選をすることなく最終日の決勝戦に進め、今までの入賞歌手扱いとなります。

 カテゴリーA(Aspiranti=候補者)は第1、2夜で各10歌手が歌い、各5歌手(計10歌手)が決勝戦に進みます。したがって各夜5歌手の計10歌手予選落ち(参加曲)となります。

 

 このアリストン劇場に出場する30歌手を選考するのに、音楽祭開催3週間前の1月17日最終選考に残った40歌手を絞り込む審査が行われました、その審査員は地元リグリアの放送局が選んだ若者が半数、ジャンイ・ラヴェーラが選んだ男性が半数でした。そして最も得票したのがカテゴリーAのフランチェスコ・マーニ(Francesco Magni)で、落選したビッグの歌手にはトニー・ダララ(Tony Dallara)ミーノ・レイターノ(Mino Reitano)がいました。

 

 

 

                   エンツォ・マレパッソ (Polydor)       ラッテ・エ・ミエーレ (EMI)           リンダ・リー (Cinevox)

 

 

第30回 1980年2月7日(木)~9日(土) サンレモ市アリストン劇場(Teatro Ariston di Sanremo)

司会:クラウディオ・チェッキート(Claudio Cecchetto)、ロベルト・ベニーニ(Roberto Benigni)、オリンピア・カリージ(Olimpia Carlisi)

オーガナイザー:プブリスペイ(Publispei) 社[オーナーはジャンニ・ラヴェーラ(Gianni Ravera)]

芸術監督:ジャンニ・ラヴェーラ(Gianni Ravera)

芸術助監督:ジャンニ・ナーソ(Gianni Naso)

 

[数]は外人歌手数、1980年の外人の出場は4歌手

・Dischi Ricordi 8[1] (Ariston 1[0], Carosello 1[0], Cinevox 2[0], SIF 1[0], Lupus 1[0], Yep 1[0], Bronze 1[1])

・CGD 6 [1] (CGD 1[0];Derby 1[1]), Baby 2[0], Splash 1[0], Ciao 1[0])

・RCA Italiana 5[0] (RCA 3[0], Una 1[0], Spaghetti 1[0]))

・EMI Italiana 4[1]

・Polygram Dischi 4[1] (Polydor 21[0]);Philips 2[1]))

・Fonit Cetra 1[0]

・Ri Fi 1[0]

・CBS Dischi1[0] (CBS 1[0])

 

 出場歌手を送出しているレコード会社にも時代の流れが見て取れます。各社グループ別に最多がディスキ・リコルディで外人歌手1を含む8歌手を出場させていますが、本体のリコルディからは無く、傘下の有力会社アリストン、カロセッロ、チネヴォックスに支えられている状態です。

 次のCGDグループも6歌手出していますが、直近に提携していた米CBS系が独立し、イタリア現地法人CBSディスキを設立(新会社から1歌手の出場を確保)したため、CGDは突然の経営悪化、ここも本体から一人出すのが精一杯。

 RCAイタリアーナはフォークロック、ニューミュージック系で元気が良く5歌手。勢力を増してきたのが、EMIイタリアーナとフォノグラムからポリグラム・ディスキに改名したポリドール&フィリップス連合。このところ冴えないフォニット・チェトラとサンレモの後から新譜も制作できない経営危機となったリフィからは各1歌手の出場となっています。

 

 

                             リロイ・ゴメス (Philips)  ジャンフランコ・デ・アンジェリス (RCA)       リンメル (Cinevox) 

 

 

<入賞曲>

(11位) コンテッサ Contessa (Fulvio Muzio - Enrico Ruggeri) 出版社 Spaghetti Mus. <A> デチベル (compl) Decibel (Spaghetti –RCA Italiana) ZBSR-7182 [45]

 

 ZBSR-7182  AR-00879

 

  (12位) Voglio Ll'Erba Voglio (Francesco Magni) 出版社 Santa Cecilia <A> フランチェスコ・マー

ニ (vm) Francesco Magni (Ariston - Dischi Ricordi) AR-00879 [45]

 

 

 (13位) カンテローCanterò Canterò Canterò (Aldo Donati) 出版社RCA Mus. <A> アルド・ドナーティ (vm) Aldo Donati (RCA – RCA Italiana) PB-6380 [45]

 

PB-6380 LUN-4905

 

(14位) でも... 行くんだ Ma Vai Vai (Giorgio Bennato) 出版社Anaconda <A> ジョルジョ・ジト と ヂーゼル (compl) Giorgio Zito e i Diesel (Lupus – Dischi Ricordi) LUN-4905 [45]


 

(15位) 想いは果てなく Va' Pensiero (Pippo Caruso) 出版社 Bixio CEMSA <A> リンダ・リー (vf) Linda Lee (Cinevox – Dischi Ricordi) SC-1142 [45]

 

SC-1142 SP-1723

 

(16位) マーラ Mara (Luigi Albertelli - Brunello Tavernese) 出版社 Usignolo <A> ブルーノ・ダンドレア (vm) Bruno D'Andrea (Cetra - Fonit Cetra)SP-1723 [45]

 

 

(17位) 歌姫さま Musica Regina (Leano Morelli) 出版社 Intersong Italiana <B> レアーノ・モレッリ (vm) Leano Morelli (Philips – Polygram Dischi) 6025-247 [45]

 

6025-247  3C・006-18472

 

(18位) 太陽に歌う Il Sole Canta (Nicoletta Artom - Giovanni Ullu) 出版社Belriver - Intersong Italiana <A> オーランド・ジョンソン (vm=a) Orlando Johnson (EMI – EMI Italiana) 3C・006-18472 [45]

 

 

(19位) 時は過ぎゆく Passerà (MarcoLuberti - Antonio Coggio) 出版社 Calycanthus – Suvini Zeroni <A> アルベルト・ケリ (vm) Alberto Cheli (CGD – CGD) CGD-10250 [45]

 

CGD-10250  SPH-1035・P

 

(20位) 君が Tu cioè... (Depsa - Giuseppe Faiella) 出版社 Splash <B> ペピーノ・ディ・カプリ (vm) Peppino Di Capri (Splash – CGD) SPH-1035・P [45]

 

入賞曲は以上です

 

 

 日本で各年度のサンレモ音楽祭オムニバス盤が80年以降(不定期に85年と89年は発売されましたが)リリースされなくなりました。特に80年は優勝曲、入賞曲のシングル盤さえ出ていないので、出場曲リストの国内盤ジャケット画像が全く無い寂しい状態になりました。

 またイタリアのシングル盤のジャケット画像もほとんどが私の手持ち分を使っているため、状態が良くない物があります。お許しください。 

 

 

                                         ブル-ノ・ダンドレア (Cetra)    ステファ-ノ・ロッソ (CIAO)       ヘンリ-・フライス (Derby)

 

 

  80年初出場レコード会社はCiao、Cinevox、Lupus、Unaの4社です。前回チネヴォックス(Cinevox)を紹介しましたので、はチャオ(Ciao)とウナ(Una)を紹介しましょう。

 

チャオ・レコーズ(Ciao Records)

チャオ・レコーズ(単にチャオで通っていたようですが)は元プロフェーティ(I Profeti)の結成メンバーでドラマーだったオスバルド・ベルナスコーニ(Osvaldo Bernasconi)がプロフェーティ解散の翌年、芸術監督となって1978 年ミラノで設立されたレコード会社です。

 

 

 

 所属アーティストで一版有名なのはロベルト・ヴェッキオーニ(Roberto Vecchioni)で設立翌年の79年にフィリップスから移籍をしました。その他にステファーノ・ロッソ(Stefano Rosso)、アクァ・フラジーレ(AcquaFragile)やPFMにいたベルナルド・ランゼッティ(Bernardo Lanzetti)などイタリア・ロック界の大物、有名なカンタウトゥーリのファウスト・レアーリ(Fausto Leali)を集めました。

 

 しかしミュージシャンのオスバルド・ベルナスコーニは法律に基づいた契約や経営のマネージメントに疎く、またそれが出来る人材を雇っていなかったのか会社はトラブルが続出しました。

 

 ロベルト・ヴェッキオーニのアルバム「Montecristo」を制作したのですが、フィリップスから契約違反で訴えられ、原盤権を取られてしまったり、設立当初ディストリビューション(プロモート、販売)権をフォニットとしたものの直ぐにCGDに変更し、流通できない不良在庫を抱えたりして81年になって経営破綻をしています。

 

 

ウナ・ソルス・コニウンクシット(Una Sors Coniunxit) [ラテン語でこう読むのだと思います]

 何しろラテン語の会社名でイタリアでも通常は簡単なウナ(Una)だけを使っていたようです。意味は「共に一つの運命を」だと思います。

 

 

 

 71年RCAのエンニオ・メリスと提携して「IT」を興しまたヴィンチェンツォ・ミコッチ(Vincenzo Micocci)が76年にIT傘下に作った実験的音楽を目的としたレーベルで、RCAイタリアーナがディストリビューションを行いました。丁度カテリーナ・カセルリ(Caterina Caselli)がCGDの傘下でアスコルト(Ascolto)を設立したのと同じ性格を持ったレーベルだと私は思っております。

 

 ウナのアーティストの内、一番日本で知られているのはプログレ・バンド、フォルムラ・トレ (Formula 3)のドラマー、トニー・チッコ(Tony Cicco)で、チコ(Cico)としてアルバム「夜の闇の中で(NOTTE)」も国内盤が出ています。

 

K22P-  226 (1982年12月21日 SEVEN SEAS - キング) チコ/夜の闇の中で (CICO/ NOTTE)

 

K22P-  226  ERS-28013

 

ERS-28013 (CR-10063) (1987年6月25日 RCA - エディソン(RVC) 月影のピエロ/ピエロ・ルネ-レ(PIERROT LUNAIRE)

 

 次に、元ピエロ・ルネーレ(Pierrot Lunaire)のギタリストでアマデオ・ミンギ(Amedeo Minghi)に歌詞を提供したガイオ・キョッキョ(Gaio Chiocchio)がいます。その他ロック・オペラ「L'Eliogabalo」を作ったエミリオ・ロクルチョ(Emilio Locurcio)、ロベルト・クンストラー(Roberto Kunstler)、ゴラン・クツミナック(Goran Kuzminac)など社名通りの曲者揃いです。

 

 流石商業的には苦しく、83年に活動停止をしますが、ITのプロデュースでウナ・レーベルの権利をパナ・レコードやCGDに売り、88年までウナのレーベル名は生き延びました。

 

 

 

サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO)1980年 3は次回に続きます

 

 

・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。

・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。

・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。

・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、音声映像は貼り付けておりません。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。

 前年1979年第29回大会で「サンレモ音楽祭の復活」でその名の通り『サンレモ男』のジャンニ・ラヴェーラが総責任者として復活しましたが、この年80年のオーガナイザーはプブリスペイ(Publispei) 社と言う会社に変更になったのが大きな特徴です。

 

 また日本においては61年(第11回)から75年(第25回)を除いて毎年どこかのレコード会社がその年の出場曲を集めたオムニバス(コンピレーション)盤を出していたのですが、ついに79年を最後に発売されなくなりました。不定期に85年にLP、89年にCDをして発売されましたが、それ以外は個人の歌手のアルバムかシングル盤に入るか、カンツォーネやサンレモのコンピレーション盤に収録される以外は国内盤が出ることは無くなりました。

 

 

第30回 1980年2月7日(木)~9日(土) サンレモ市アリストン劇場(Teatro Ariston di Sanremo)

司会:クラウディオ・チェッキート(Claudio Cecchetto)、ロベルト・ベニーニ(Roberto Benigni)、オリンピア・カリージ(Olimpia Carlisi)

オーガナイザー:プブリスペイ(Publispei) 社[オーナーはジャンニ・ラヴェーラ(Gianni Ravera)]

芸術監督:ジャンニ・ラヴェーラ(Gianni Ravera)

芸術助監督:ジャンニ・ナーソ(Gianni Naso)

 

[数]は外人歌手数、1980年の外人の出場は4歌手

・Dischi Ricordi 8[1] (Ariston 1[0], Carosello 1[0], Cinevox 2[0], SIF 1[0], Lupus 1[0], Yep 1[0], Bronze 1[1])

・CGD 6 [1] (CGD 1[0];Derby 1[1]), Baby 2[0], Splash 1[0], Ciao 1[0])

・RCA Italiana 5[0] (RCA 3[0], Una 1[0], Spaghetti 1[0]))

・EMI Italiana 4[1]

・Polygram Dischi 4[1] (Polydor 21[0]);Philips 2[1]))

・Fonit Cetra 1[0]

・Ri Fi 1[0]

・CBS Dischi1[0] (CBS 1[0])

 

 それに比例して日本でのサンレモ音楽祭の認知度は低くなっていきます。出場曲リストで太文字にしているのが国内盤が出た曲ですが、優勝したトト・クトゥ-ニの“ソロ・ノイ”の1曲のみです。それも89年に出た3枚組CD「カンツォ-ネのすべて~栄光のサンレモ(STRIA DELLA FESTIVA DI SANREMO)」に収録という状態になりました。また邦題も決まっていない(私が知らないだけかも)出場曲も増えていきます。

 

 

              

サリ-・オールドフィールド (Bronze)         デチベル (Spaghetti)            トト・クトゥーニョ (Carosello)          

 

 

 <優勝曲>

ソロ・ノイ Solo Noi (Salvatore Cutugno) 出版社 NUMBER TWO <B> トト・クトゥーニョ (vm) Toto Cutugno (Carosello - Dischi Ricordi)CI-20483 [45]

 

               CI-20483

 

第2位 君は元気かいTi Voglio Bene (Depsa - Enzo Malepasso) 出版社 Intersong Italiana - Editions 23  <A> エンツォ・マレパッソ (vm) Enzo Malepasso (Polydor – Polygram Dischi) 2060-218 [45]

 

2060-218  BR-50209

 

第3位 恋人たち Su Di Noi (Paolo Barabani - Enzo Ghinazz - Donatella Milanii) 出版社Televis <B> プーポ (vm) Pupo (Baby - CGD) BR-50209 [45]

 

 

<入賞曲>

(4位) マリウMariù (Francesco De Gregori - Rosalino Cellamare) 出版社RCA Mus. B>ジャンニ・モランディ (vm) Gianni Morandi (RCA – RCA Italiana) PB-6416 [45]

 

PB-641   3C・006-18464
 

(5位) 歌ある限り Più Di Una Canzone (Piero Calabrese - Romano Musumarra) 出版社 -  <B>ボッテガ・デッラルテ (compl) Bottega Dell'Arte (EMI – EMI Italiana) 3C・006-18464  [45]

 

 

(6位) あなたへのうた I Sing For You (Alberto Salerno - Maurizio Fabrizio) 出版社 Come Il Vento – SIAE <B> サリー・オールドフィールド (vf=er) Sally Oldfield (Bronze - Dischi Ricordi) BRO-90 [45]

 

BRO-90  CIAO-508

 

(7位) イタリアーノ L'Italiano (Stefano Rosso) 出版社 Itaca - SIAE <B> ステファーノ・ロッソ (vm) Stefano Rosso (Ciao – CGD) CIAO-508 [45]

 

 

(8位) 君のいない日々 Tu Mi Manchi Dentro (Popi Minellono - Renato Brioschi) 出版社 Intersong Italiana - Akila <B> リロイ・ゴメス (vm=fr) Leroy Gomez (Philips - Polygram Dischi) 6025-249 [45]

 

6025-249  YEP-00726

 

(9位) 白馬 Cavallo Bianco (Vania Magelli - Riccardo Aglietti) 出版社 Gabric <A>パオロ・リヴィエラ (vm) Paolo Riviera (Yep – Dischi Ricordi) YEP-00726 [45]

 

 

(10位) ジェロシア Gelosia (Danilo Ciotti  - Roberto Satti) 出版社 Belrive <B>ボビー・ソロ (vm) Bobby Solo (EMI – EMI Italiana) 3C・006-18471 [45]

 

          3C・006-18471

 

入賞曲の残り10曲は次回です

 

 

 オーガナイザーとなったプブリスペイのことをもう少し説明しておきましょう。72年ローマに   ジャンニ・ラヴェーラがTVドラマを中心とした番組制作、音楽ショーの制作、イベント制作を目的とした会社を設立しました。80年初頭イタリア音楽業界の老舗でビクシオ(Bixio)家が株式の50%を引受け、多くのTVドラマを制作し、サンレモ音楽祭は第38回までと42回、43回のオーガナイザーをしています。前年の彼自身は今回芸術監督となり、前年の芸術監督ジャンニ・ナーソを芸術助監督にすえて、第30回の全権を握り開催しました。

 プブリスペイはサンレモ音楽祭の他にも夏のディスクや、91年にホスト国となりローマのチネチッタ開催されたユーロヴィジョン・ソング・コンテスト(80年、90年サンレモ音楽祭優勝者に優勝したトト・クトゥーニョとジリオラ・チンクェッティが司会)もプロデュースをしています。

 

 

       

  パオロ・リヴィエラ (Yep)        アルベルト・ケリ (CGD)     アルベルト・ベルトラミ (Una)

 

 

  80年初出場レコード会社はCiao、Cinevox、Lupus、Unaの4社です。

 それでは日本で一番なじみのあるチネヴォックス(Cinevox)から紹介していきましょう。

 

チネヴォックス・レコード(Cinevox Record)

 日本では“マンマ(Mamma,)”、“夜のヴァイオリン(Violino Tzigano)”、“マリウ、愛の言葉を(Parlami D'Amore Mariù)”の作者として知られ、第二次大戦前からイタリアを代表する作詞・作曲、チェザーレ・アンドレア・ビクシオ(Cesare Andrea Bixio)が1920年に設立した音楽出版C.A.ビクシオ(La Casa Editrice C.A. Bixio)の子会社とし60年に作られたレコード会社です。

 

 

 

 チェザーレ・アンドレア・ビクシオは生涯で500曲以上の楽曲を作り、150本以上の映画に音楽を付けました。作ったレコード会社は映画のサウンドトラック盤を本業とし、社名もチネヴォックス(Cinevox Record)と名付けられました。

 

 多くのイタリア系大資本のレコード会社は、世界資本(主にアメリカ系)に呑み込まれていきましたが、チネヴォックスは今も創業以来の姿勢を貫き活動を続けています。

 

チネヴォックスのホームページhttps://it.wikipedia.org/wiki/Cinevox 

 

 多分単独でチネヴォックスとクレジットされた国内盤が出たのはブルーノ・ニコライ楽団演奏の“悲しみは星影と共に”のサントラ盤ではないでしょうか?

 

FON- 1058 (1966年10月5日 FONTANA - 日本ビクター) 悲しみは星影と共に (OLTRE LA NOTTE)/悲しみは星影と共に~愛のテ-マ (LOTRE LA NOTTE TEMA D'AMORE) [オリジナル・サウンドトラック]

 

FON- 1058  EOR-20474

 

EOR-20474 (1975年8月20日 ODEON -東芝EMI) サスペリア2のテーマ (PROFONDO ROSSO)/死の滅亡 (DEATH DIES) ゴブリン (GOBLIN) [オリジナル・サウンドトラック]

 

 何といってもチネヴォックスの名前が知れるようになったのは、ほぼ10年後の70年代半ばに流行っていたホラー映画のお陰でした。全編イタリアのプロ・グレ・バンド、ゴブリンが付けた映画「サスペリア2」がヒットします。77年には映画「サスペリア」で同じくゴブリンのサントラ盤、79年の同映画「ゾンビ」サントラ盤と続き、ゴブリンは日本でもイタリアのプロ・グレ・バンドが注目されていきました。

 

 一方90年代に入りCDでの映画サントラ盤ブーム、次にそのサントラ音源を使ったラウンジ系ミュージックが流行っていきます。こうして日本の市場はチネヴォックスの繁栄を支える一助となります。

 

 またこのブログの項の最初に書いた、サンレモ音楽祭ヲプロデュースする会社プブリスペイの株式の50%を取得し、音楽イベントに大きくかかわっていきます。

 特に90年代半ばまでサンレモ音楽祭にほぼ毎年のように歌手を出場させるレコード会社へと変貌をとげ、翌81年にはオリエッタ・ベルティ(Orietta Berti)が入賞、82年は参加、83年はマルコ・アルマーニ(Marco Armani)が“人生”で入賞、翌84年彼は新人部門第2位、86年入賞、85年マルコ・アルメニーゼ (Marco Armenise)、ベビー・レコードから移籍してきたリッキとポーヴェリ(Ricchi E Poveri)が88年“イエスが生まれ“で入賞しており、第2のベビー・レコード的存在として注目されました。

 

 

                              ジョルジョ・ジト と ヂ-ゼル (Lupus)          コスカレッラ と ポリメノ (CBS)

 

 

サンレモ音楽祭 (FESTVAL DI SANREMO)1980年 2は次回に続きます

 

 

・優勝・入賞曲と参加曲を含め全体を言う場合、出場曲と表現します。

・順位をつけない入賞曲の頭には"◇"を、参加曲の頭には"◆"を付けます。

・太字は国内盤で出ていた曲と歌手。

・サンプル音声ファイルは著作権侵害を避け、音声映像は貼り付けておりません。全曲聞きたい方はYou-Tubeを探してください。見つかることもあります。

 

 2020年前半は新コロナウィルスの肺炎蔓延で一色に染まり、全ての物を変える大転換期に突入したようです。

 

 我が家もその前兆現象、1月22日家内と二人で市街地に出かけたのですが、妻がインフルエンザにかかり、何しろ自立型老人ホームなので、二人で1週間自室に待機する処置となりました。新コロナ陽性の方の何百分の一の不自由さを体験しました。

 

 最前線の医療従事者の方に敬意を表します。自宅にCDばかりでなく、色々な物を届けて下さった郵便局員さん、宅配便のドライバーさん、有難うございました。

 

 まず純粋にイタリア物国内盤から、SP盤です。再生できないので聞けませんが、1956年に出たルチアノ・タヨーリのカンツォーネです。

 

OH-5017 (1956年7月 ANGEL - 東京芝浦電気工業) SP赤いお月様(LUNA ROSSA)/ アローティノ (研師) (ARROTINO)

OH-5017 SFL- 9027~8

SFL- 9027~8 (1966年6月 PHILIPS - 日本ビクター) 30cm2LPナポリ民謡のすべて (CANZONE PAPOLETANE) [イ・レナート・カサウラとポステジャトーリ・ナポレターニ (RENATO CASAULA - SARRIA e PREZIOSO)] Posteggiatori Di Napoli

1-1. 帰れソレントへ (TORNA A SURRIENTO)

1-2.オー・ソレ・ミオ ('O SOLE MIO)

1-3.アネマ・エ・コーレ (ANEMA E CORE)

1-4.あなたが大好き (TE VOGLIO BENE ASSAIE)

1-5.静けさに歌う (SILENZIO CANTATORE)

1-6.サンタ・キアラの僧院で (MUNASTERIO E' SANTA CHIARA)

1-7.君に告げよ (DICITENCELLO VUJE)

1-8.マレキアーレ (MARECHIARE)

1-9.あなたのくちづけを (I'TE VURRIA VASA')

1-10.情熱 (PASSIONE)

1-11.五月の夜 ('NA SERA 'E MAGGIO)

1-12.さすらいのうた (CORE FURASTIERO)

2-1. カタリ・カタリ (CORE 'NGRATO)

2-2.情熱の歌 (CANZONE APPASSIUNATA)

2-3.おお太陽の国 ('O PAESE D''O SOLE)

2-4.グァッパリア (GUAPPARIA)

2-5.フランス風の飾りピン ('E SPINGOLE FRANGESE)

2-6.目覚め (SCE'TATE)

2-7.はるかなるサンタ・ルチア (SANTA LUCIA LUNTANA)

2-8.二つの天国 (DDUIE PARAVISE)

2-9.雨が降る (CHIOVE)

2-10.娘さんとうしてそんなに美しい (COMME FACETTE MAMMETA?)

2-11.フニクリ・フニクラ (FUNICULI' FUNICULA')

2-12.さらばナポリ (ADDIO A NAPOLI)

 

 ブログを書いていて資料を探している最中に見つけた2枚。79年サンレモ音楽祭出場のキム&キャデラックスのDVモア盤をアマゾンで見つけました。英国発送だったのでブログを書くには間合いませんでした。

 

CDDV-5875 (1995年7月DV More) CD Il Meglio Di Kim Dei adillas [8014406587562]

トラックリストは私のブログ「サンレモの歌手たち 586 キム&キャデラックス 3 (レネゲイズ 4)」をご参照

CDDV-5875 LP・S-40146

LP・S-40146 (1981年 Start - Durium) Rino Salviati ‎– Dodici Canzoni Da Ricordare

トラックリストは私のブログ「サンレモに出なかった歌手達 91 リノ・サルヴィアーティ 3をご参照

 

 もう1枚はリノ・サルヴィアーティ、彼の最後のアルバムです。ヤフオクで見つけました。

 

 

その他ヤフオクで落札したイタリア盤アルバム。トニー・レニスとランド・フィオリーニ(LANDO FIORINI)

 

QELP-8095 (1964年 V.d.P. - V.C.M.,Italy) TONY RENIS (トニー・レニス)

1.QUANDO QUANDO QUANDO (クァンド・クァンド・クァンド)

2.TI GUARDERO' NEL CUORE (心の奥底に)

3.LE CILIEGE (さくら)

4.TI CHIEDO SCUCSA

5.BLU

6.AMOR AMOR (アモール・アモール・アモール)

7.I SORRISI DI SERA (夜のほほえみ)

8.PERCHE' PERCHE (ペルケ、ペルケ)

9.GLI INNAMORATI SONO ANGGELI

10.TANGO PER FAVORE

11.UN RAGAZZINO

12.UNO PER TUTTE (ぼくの選ぶ人)

 

QELP-8095  VRMS- 334

 

VRMS- 334 (1967年 VEDETTE - VEDETTE,Italy) ROMA SEI SEMPRE TU

1.QUANNO ER SOLE DE ROMA LASCIA LI‘ COLLI

2.FONTANELLA

3.ROMA SEI SEMPRE TU

4.CARROZZELLA ROMANA (ローマの四輪馬車)

5.PUPO BIONDO

6.A ROMA E' SEMPRE PRIMAVERA

7.AFFACCETE NUNZIATA

8.E' GRANDE STA CITTA'

9.ROMA FORESTIERA

10.SERENATA A MARIA

11.MADONNA DELL'URIONE

12.NONNA

13.PASSIONE ROMANA

14.PUPETTA

15.DE NOTTE A ROMA

 

 68年サンレモ音楽祭にミルバ (Milva)の従姉妹を売りで“愛はほほえみ(TU CHE NON SORRIDI MAI)”を歌ったピエルジョルジョ・ファリーナのアルバム。彼は元々ヴァイオリン奏者でこれも彼の演奏物、懐かしい曲がばかりです。これもヤフオクの拾い物!

 

LPX- 187 (1987年 FONIT CETRA - FONIT CETRA,Italy) PIERGIORGIO FARINA/DOLCI RICORDI

1.LOVE IN PORTOFINO (ポルトフィ-ノの恋)

2.LA PIU' BELLA DEL MONDO (この世で最も美しいひと)

3.GRANDE, GRANDE, GRANDE (グランデ・グランデ・グランデ)

4.E SE DOMANI (もしも明日)

5.4/3/1943 (みなし児(1943年3月4日))

6.MI SONO INNAMORATO DI TE (あなたに恋して)

7.ROMANTICO WEST

8.GUARDA CHE LUNA (月光のノクターン)

9.IL NOSTRO CONCERTO (ノートル・コンチェルト)

10.QUANDO, QUANDO, QUANDO (クァンド・クァンド・クァンド)

11.SE STASERA SONO QUI (夜の想い)

12.ARRIVEDERCI (アリヴェデルチ)

13.IL CIELO IN UNA STANZA (しあわせがいっぱい)

14AMORE SOTTO LA PIOGGIA

 

LPX- 187 0874184

 

0874184 (2020年2月7日 UNIVERSAL - UNIVERSAL Mus.,Italy) 2CD SANREMO2020 (サンレモ2020)

トラックリストは私のブログ「2020年第70回サンレモ音楽祭(FESTVAL DI SANREMO 2020)第5夜」をご参照

 

 恒例のサンレモ音楽祭年次盤、今年はCD2枚組で出場曲36曲(1曲は途中失格)の完全盤です。

 

 国内盤のカヴァー物。70年に出たドッ暗歌の代表作藤圭子の“圭子の夢は夜ひらく”と双璧、 “ざんげの値打ちもない”でデビューの北原ミレイファースト・アルバム。ウィキペディアiを見ると『大本恭敬にカンツォーネなど・・・師事』とありまんざら場違いではなさそうです。

 

TP- 8091 (1971年6月5日 TOSHIBA - 東芝音楽工業) ざんげの値打ちもない/北原 ミレイ

1.ざんげの値打ちもない

2.女の意地

3.さいはて慕情

4.知床旅情

5.あなたのすべてを

6.今日でお別れ

7.棄てるものがあるうちはいい

8.忘れないわ

9.雪が降る[日] (TOMBE LA NEIGE [J])

10.ある愛の詩 [日] (LOVE STORY [J])

11.この胸のときめきを [日] (YOU DON'T HAVE TO SAY YOU LOVE ME [J])

12.その時花はアカシアだった

 

TP- 8091  SKA- 269

 

SKA- 269 (1979年 KING -キング) ベスト・中原美佐緒

1.河は呼んでる [仏・日] (L'EAU VIVE [F・J])

2.あじさい娘 [仏・日] (MADEMOISELLE HORTENSIA [F・J])

3.ヘッドライト [日] (DES GENS SANS IMPORTANCE [J])

4.すずらん祭り [日] (PREMIER MAI [J])

5.私の心はヴァイオリン [日・仏] (MON COEUR EST UN VIOLON [J])

6.チャオ・チャオ・バンビーナ [日・仏] (CIAO CIAO BAMBINA [J・F])

7.思い出のパリ [仏・日] (THE LAST TIME I SAW PARIS [F・J])

8.パリのお嬢さん [仏・日] (MADEMOISELLE DE PARIS [F・J])

9.夜は恋人 [日] (MADEMOISELLE DE PARIS [F・J])

10.ジェルソミナ [日・仏] (GELSOMINA [J・F])

11.フル・フル [仏・日] (FROU FROU [F・J])

12.ポルトガルの洗濯女 [仏・日] (LES LAVANDIERES DU PORTUGAL [F・J])

13.花祭り [仏・日] (LA FETE DES FLEURS [F・J])

14.パリ祭 (A PARIS DAS CHAQUE FAUBOURG)

 

 昨年古希の記念に作った物(私のブログ「その間、何をしていたか?ご参照)で、当時の中原美佐緒のシングル盤“河は呼んでる”を使ったのですが、1ヶ所傷があり丁寧に竹串で傷を潰し音声ファイル化しました。今回“河は呼んでる”の入っているベスト盤を見つけ買いました。シャンソン歌手なのでほぼフランスの曲。“チャオ・チャオ・バンビ-ナ”、“ジェルソミナ”も伊語でなく仏語です。

 

 何枚かCDを作られている日本人のカンツォーネ歌手です。

 

JKV-1243 (2012年11月20日 J FACTORY - K.Y.O.(製造:徳間ジャパン)) CD加藤 順子/ケ・サラ (CHE SARA' da 2013/JUNKO KATO)

1.ケ・サラ [日] (CHE SARA' [J])

2.雨 [日] (LA PIOGGIA [J])

3.カンツォーネ (CANZONE)

4.アル・ディ・ラ[日] (AL DI LA' [J]))

5.死ぬほど愛して (SINNO' ME MORO)

6.ひまわり [日] (I GIRASOLI [J])

7.ぶどうの季節 [日] (GIORNI [J])

8.夢見る想い[日] (NON HO L'ETA' (PER AMARTI) [J])

9.カルーソー (CARUSO)

10.想いの届く日 (EL DIA QUE ME QUIERAS)

11.ベニスの夏の日 (TEMPO D'ESTATE A VENEZIA)

12無限 (L'IMMENSITA')

13.ゴッドファーザ-愛のテーマ (PARLA PIU' PIANO)

14.ヴォラーレ (NEL BLU DIPINTO DI BLU)

 

JKV-1243  SCC-1398

 

SCC-1398 (2017年7月31日 SUGAR CANDY - シュガー・キャンディ) CD街カフェサウンド~ローマよりヴェニスへ (MACHI CAFE - FROM ROME TO VENICE) [ジャズ・パラダイス (JAZZ PARADICE) (compl=j)]

1.プロローグ(ローマの空港着) (PROLOGUE (ARRIVE IN ROME))

2.夢みる想い (NON HO L'ETA' (PER AMARTI)) [ジリオラ・チンクェッティ (GIGLIOLA CINQUETTI)]

3.ヴォラ-レ (NEL BLU DIPINTO DI BLU)

4.ひまわり~愛のテ-マ (LOSS OF LOVE (LOVE THEME FROM“SUNFLOWER”))

5.ラ・ストラーダ「道」 (LA STRADA)

6.ゴッドファ-ザ-~愛のテ-マ (LOVE THEME from GODFATHER)

7.ブ-ベの恋人 (LA RAGAZZA DI BUBE)

8.甘い生活 (LA DOLCE VITA)

9.ニュ-・シネマ・パラダイス (NUOVO CINEMA PARADISO)

10.ロミオとジュリエット 愛のテ-マ (ROMEO AND JUKIET - LOVE THEME)

11.鉄道員のテ-マ (LA DEDICO A TE)

12.愛を奏でて (PLAYING LOVE)

13.太陽がいっぱい (PLEIN SOLEIL)

14.前奏曲「グラン・ブルー」 (THE BIGBLUE OVERTUNE)

15.ヴェニスの夏の日 (SUMMERTIME IN VENICE)

16.エピローグ~街カフェサウンドのテーマ (EPILOGUE~THEME FROM MACHI-CAFE SOUND)

 

 日本のジャズ・メンの演奏ものです。

 

 最後に頂き物です。ロバート・グーレはイタリア物も多く歌っています。

 

CK- 9815 (19?年 COLUMBIA - CBS,USA) CD ROBERT GOULETS GREATEST HITS

1.IF EVER I WOULD LEAVE YOU (あなたを捨てるなど)

2.BEGIN TO LOVE (愛ははじまる [英])

3.THIS IS ALL I ASK (願いのすべて)

4.SUMMER SOUNDS (サマー・サウンド)

5.REAL LIVE GIRL (リアル・ライヴ・ガ-ル)

6.WHAT KIND OF FOOL AM I? (愚かな私)

7.MY LOVE, FORGIVE ME (アモ-レ・スク-ザミ [英])

8.AUTUMN LEAVES (枯葉 [英])

9.CIAO COMPARE

10.FORTISSIMO [E] (フォルティッシモ [英])

11.THE IMPOSSIBLE DREAM (THE QUEST) (見果てぬ夢)

 

                     CK- 9815 

 

 その他ボサ・ノバ物、スタンダード・ヴォーカル物20枚セットも買いました。

 

 以上です

 

★マリア・パリス (vf) Maria Paris

本名マリア・ロザリア・パリーゾ(Maria Rosaria Pariso) 1932年8月6日-2018年5月3日ナポリ生・没、歌手。

 

                      CQ-1604

 

活動期間:1945年 – 1970年

所属レコード会社:Phonotype, Vis Radio Cja records, Zeus

サンレモ音楽祭出場0回:

サンレモ音楽祭出品0曲

 

 

 1958年第6回ナポリ音楽祭(以下ナポリ音楽祭を省略))第2位の“聞いておくれよ、おまわりさん(Tuppe Tuppe Mariscià)”が大ヒットしてマリア・パリスの代表作となりますが、これがピークで人気は緩やかに落ちていきます。

 

Vi・MQN-36353 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'A Tazza 'E Café (一杯のコ-ヒー)/Comme Facette Mammeta? (お母さんどうしたのかしら)

Vi・MQN-36353 Vi・MQN-36383

Vi・MQN-36383 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'O Cunto 'E Mariarosa (マリアローザの物語)/ Canzucella Pe' Furastiere

          

Vi・MQN-36387 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Guappetiello/'A Sfinge

Vi・MQN-36438 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Neh Guagliò!/Enzo E Fonzo

 

Vi・MQN-36474 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Stella Furastiera/Napulione 'E Napule

Vi・MQN-36474 Vi・MQN-36475

Vi・MQN-36475 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Sta Miss 'Nciucio (誰も持たない) /'O destino 'E Lll'Ate (他の人の運命)

 

Vi・MQ-14168 (1959年Vis Radio - Vis Radio) EP Maria Paris

Napulione 'E Napule/Stella Furastiera/Sta Miss 'Nciucio (誰も持たない)/'O Destino 'E Lll'Ate (他の人の運命)

 

Vi・MQN-36495 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Rancefellone/Napulitanella

          Vi・MQN-36549

Vi・MQN-36549 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Mullechella/Senz'E Te

 

 60年第8回にlは8位入賞した“ナポリの叫び”と参加曲の“'O Prufessore 'E Carulina”の2曲ですが年間ヒット・ランク入りしませんでした。

 

Vi・MQN-36595 (1960年6月 Vis Radio ‎– Vis Radio) Un Urlatore A Napoli (ナポリの叫び)/Segretamente (秘密)

Vi・MQN-36595 Vi・MQN-36596

Vi・MQN-36596 (1960年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'O Prufessore 'E Carulina/S'È Avutato 'O Viento (風が出てた)

 

Vi-6430 (1960年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'O Prufessore 'E Carulina/S'È Avutato 'O Viento (風が出てた)

               Vi-6430

 

Vi・MQ-14192 (1960年 Vis Radio - Vis Radio) EP 8゚ FESTIVAL CANZONE NAPOLETANA

‘Un urlatore a Napoli (ナポリの叫び) [Maria Paris]/E stelle cadente [Mario Abbate] /Cucu'sette [Gloria Christian]/Sti mmane' (面影を求めて) [Nunzio Gallo]

Vi・MQ-14192 Vi・MQN-36695

Vi・MQN-36695 (1960年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Carcioffolà/L'Addio

 

Vi・MQN-37003 (1960年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'O Rammariello/Rusella 'E Maggio

Vi・MQN-37003 Vi・MQN-37006

Vi・MQN-37006 (1960年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Vita 'E Tabarè/Tre Cose

 

VL・MQN-056030 (1960年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'O Risciò/Luna Lu'

VL・MQN-056030 VL・MQN-056053

VL・MQN-056053 (1961年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Lu Spusalizio/Desiderio (のぞみ) [Mennillo Abbate Futur]

 

 61年は6月と9月の秋の特別祭の2回開催されました。6月には入賞した“宝“と参加曲の”Tutt 'E Dduie“の2曲出しています。秋の特別祭には” たつのおとしご“と”告白者“を歌いましたが何れも入賞出来ません。

 

VL・MQN-056072 (1961年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'O Tesoro (宝)/Tutt 'E Dduie

VL・MQN-056072 VL・MQN-056083

VL・MQN-056083 (1961年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Cavalluccio 'E Mare (たつのおとしご)/'O Cunfessore (告白者)

VL・MQN-056097 (1961年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Viene Viene Ammore/Luna e Marechiaro

 

VL・MQN-056130 (1961年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Dduje Paravise (二つの楽園)/'A Frangesa (フランスの女)

VL・MQN-056130 VL・MQN-056131

VL・MQN-056131 (1961年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Mandulinata A Napule (ナポリのマンドリン)/Che T'Aggia Dì (ケ・タッジャ・ディ)

 

 62年も年2回7月と12月に開催されました。7月には“運命”が7位、“小さな靴屋”が10位入賞、“Sinceramente”が参加曲となりました。特別祭(Gran Festival di Piedigrotta)には出場していません。

 

VL・MQN-056143 (1962年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'O Destino (運命)/Nun Se Pò Maie Sapè

VL・MQN-056143 VL・MQN-056144

VL・MQN-056144 (1962年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'O Scarpariello (小さな靴屋)/Dice 'A Gente

VL・MQN-056147 (1962年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Sinceramente/Viene Viene Ammore

                 VL・MQN-056147

         

Vi・MQN-36941 (1962年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Dduie Paravise (二つの楽園)/ 'A Frangesa (フランスの女)

  Vi・MQN-36941  

 

Vi・MQN-36943 (1962年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Canzona Appassiunata (情熱の歌)/Passione (パッショーネ)

VL・MQN-056170 (1962年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Canzone Appasiunata (情熱の歌)/Passione (パッショーネ)

VL・MQN-056170 VL・MQN-056207

VL・MQN-056207 (1963年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'Nu Poco 'E Sentimento/Tammurriata D'Autunno

 

 63年第11回でクラウディ・ビルラ(Claudio Villa)をパートナーに“ヤンモ・ヤ”で優勝しました。他2曲“'A Fenesta 'E Rimpetto”、”Stanotte Nun Sunnà”は参加曲止まりです。

 

VL・MQN-056217 (1963年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Jammo Jà (ヤンモ・ヤ)/'E Frutte 'E Mare

VL・MQN-056217 VL・MQN-056223

VL・MQN-056223 (1963年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Stanotte Nun Sunnà/'A Fenesta 'E Rimpetto

 

VL・MQN-056272 (1964年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Acqua chiara/Stasera Te Ne Vaie

         VL・MQN-056272

 

 64年前年の優勝実績でアルバムが製作され、再発盤は収録曲が若干変更されています。この年のナポリ音楽祭は欠場します。

 

Vi・MT-08413 (1964年 Vis Radio - Vis Radio) Souvenir de Naples

1.Canzone Appassiunata (情熱の歌)

2.Passione (パッショーネ)

3.'Nu Poco 'E Sentimento

4.Canzuncella Pe' Furastiere

5.'A Frangesa (フランスの女)

6.Mandulinata A Napule (ナポリのマンドリン)

7.L'Addio

8.Carcioffolà

9.'A Cartulina 'E Napule (ナポリの水彩画)

10.Che T'Aggia Dì (ケ・タッジャ・ディ)

11.Tuppe, Tuppe, Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)?

12.Tammuriata D'Autunno

Vi・MT-08413 VIS・LP- 2001

VIS・LP- 2001 (19?年 Vis Radio – Messaggerie Musicali) Maria Paris  ‎– Souvenir De Naples

1.Passione (パッショーネ)

2.L'Addio

3.'A Cartulina 'E Napule (ナポリの水彩画)

4.Trantella Internazionale

5.Canzuncella Pe' Furastiere

6.Carcioffolà

7.Tammuriata D'Autunno

8.Ninì Tirabusciò (ニニ・ティラブーショ)

9.Canzone Appassiunata (情熱の歌)

10.Mandulinata A Napule (ナポリのマンドリン)

11.Che T'Aggia Dì (ケ・タッジャ・ディ)

12.'A Frangesa (フランスの女)

 

 65年第13回に3曲出します。この回は9曲優勝候補曲を選び、その内1曲を選出します。“狂乱”がその中に入ります。他2曲“Vulesse 'Nu Favore”、“So Fatta Accussi'”は参加曲です。

 

VL・MQN-056320 (1965年Vis Radio - Vis Radio) Vulesse 'Nu Favore/'Nu Saluto ! (夢)

VL・MQN-056320 VL・MQN-056325

VL・MQN-056325 (1965年Vis Radio - Vis Radio) E' Frennesia (狂乱)/Maie Pe'Mme

 

VL・MQN-056371 (1966年Vis Radio - Vis Radio) Ciento Catene (100の鎖)/Pe' Strade 'E Napule

          VL・MQN-056371

 

 66年第14回は2曲“100の鎖”が入賞、“Pe' Strade 'E Napule”が参加曲です。67年第15回は“嫉妬の炎”、“ナポリの心、プルチネラ”2曲とも入賞でした。

 

VL・MQN-056410 (1967年Vis Radio - Vis Radio) Freva 'E Gelusia (嫉妬の炎)/Pulecenella, 'O Core 'E Napule (ナポリの心、プルチネラ)

Vi・MQN-36945(1969年 Vis Radio - Vis Radio) Freva 'E Gelusia (嫉妬の炎)/Pulecenella, 'O Core 'E Napule (ナポリの心、プルチネラ)

VL・MQN-056410 Vi・MQN-36945

 

Vi・MT- 2014 (1967年 Vis Radio - Vis Radio) Maria Paris

VIS・LP-2014 (19?年 Vis Radio – Messaggerie Musicali) Maria Paris  ‎– Tuppe-Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)

1.Tuppe-Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)

2.Freva 'E Gelusia (嫉妬の炎)

3.Pulecenella, 'O Core 'E Napule (ナポリの心、プルチネラ)

4.E' Frennesia! (狂乱)

5.Maruzzella (マルツェラ)

6. 'E Stelle 'E Napule (ナポリの星)

7.Ciento Catene (100の鎖)

8.O Ritratto 'E Nanninella (ナンニネッラの肖像)

9.Masto Andrea (マスタンドレア)

10.E' Desiderio

11.'A Lattara

12.E Tre Figliole

Vi・MT- 2014 VIS・LP-2014

 

 68年第16回はナポリのアルコバレーノ系列CJAに移り、3曲出場、“白い旗“で第2位、”10以下、5以下、4以下、3以下“が5位、” 取るか取らぬか“が12位と全て入賞しました。

 

CQ-1600 (1968年 CJA - Arcobaleno) Meno 10 meno 5 meno 4 meno 3 (10以下、5以下、4以下、3以下) [con Giacomo Rondinella]/Amalfi [Giacomo Rondinella]

CQ-1600  CQ-1603

CQ-1603 (1968年6月 CJA - Arcobaleno) M''O Levo O Nun M''O Levo (取るか取らぬか)/'O Marito Americano

 

CQ-1604 (1968年6月 CJA – Arcobaleno) Bandiera Bianca (白い旗)/L'Urdema Notte ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 彼女のナポリ音楽祭出場もこれが最後で、70年には家庭に入る為に引退します。音楽祭も71年で終わります。

  

LP・LV-3337 (1977年 Vis Radio - ) I Protagonisti Vol.3/Giulietta Sacco -  Maria Paris

1.Sta Miss 'Nciucio (誰も持たない)

2.Serenata 'E 'Na Femmena

3.Stella Furastiera

4.Tarantella D''E Vase

5.Tutt''E Dduie

6.Tarantella Internazionale

7.Canzuncella Pe' Furestiere

8.'A Notte

9.Tre Feneste

10.Comm''A Vota

11.Pè Strade E' Napule

12.'A Cartulina 'E Napule (ナポリの水彩画)

LP・LV-3337 Vi・MT-3307

Vi・MT-3307 (1977年 Vis Radio -) Tuppe Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)

 

LA-97008 (1977年 Linea Azzurra – CGD Messaggerie Musicali‎) Maria ParisI Miei Successi..

1.Ciento Catene (100の鎖)

2.'O Ritratto 'E Nanninella (ナンニネッラの肖像)

3.Che T'Aggia Dì (ケ・タッジャ・ディ)

4.Freva 'E Gelusia (嫉妬の炎)

5.'E Frutte 'E Mare

6.Comme Te L'Aggia Dì

7.Tuppe Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)

8.E' Frenesia (狂乱)

9. Sta Miss 'Ciucio (誰も持たない)

10.Tutt 'E Dduie

11.'O Scarpariello (小さな靴屋)

12.Segretamente (秘密)

LA-97008 VIS・LP-2030

VIS・LP-2030 (19?年 Vis Radio – Messaggerie Musicali) Maria Paris

1.Viene,Viene Ammore

2.Stasera Te Ne Vaie

3.Totonno 'O Piscatore

4.'Nnammuratella Mia

5.'A Bonanema 'E Ll'Ammore

6.Me Songo 'Nnammurato

7.'A Cartella E Rendita

8.Maie Pe'Mme !

9.'O Vicariello

10.Comme Te L'Aggia Di'

11.Napule Sotto 'E Ncoppe

12.'Nu Saluto ! (夢)

 

CD-0210 (2004年 Phonotype - ) CD Maria Paris I successi - Volume secondo

1.Tuppe Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)

2.E' Frennesia (狂乱)

3.Miss 'Nciucio (誰も持たない)

4.E' Desiderio

5.'O Ritratto 'E Nanninella (ナンニネッラの肖像)

6.Ciente Catene (100の鎖)

7.Freva 'E Gelusia (嫉妬の炎)

8. Pulecenella 'O Core 'E Napule (ナポリの心、プルチネラ)

9.'E Stelle 'E Napule (ナポリの星)

10.Mast'Andrea (マスタンドレア)

11.Maruzzella (マルツェラ)

12.Comme Facette Mammeta (お母さんどうしたのかしら)

13.'A Frangesa (フランスの女)

14.Ninì Tirabusciò (ニニ・ティラブーショ)

15.Carcioffolà

16.'A Tazza 'E Café (一杯のコ-ヒー)

17.Canzuncella Pe' Furastiere

18.Scapricciatella

CD-0210   ZS-1922

ZS-1922 (1992年Zeus - Zeus) CD Maria Paris - Tuppe Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん) [8024631019226]

1.Maruzzella (マルツェラ)

2.Tuppe Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)

3.E' Frennesia (狂乱)

4.E Desiderio

5.Pulecenella 'O Core 'E Napule (ナポリの心、プルチネラ)

6.'O Ritratto 'E Nanninella (ナンニネッラの肖像)

7.'E Stelle 'E Napule (ナポリの星)

8.Masto Andrea (マスタンドレア)

9.Freva 'E Gelusia (嫉妬の炎)

10.Ciento Catene (100の鎖)

 

CDFR-0546 (1994年 Fremus - Errebiesse) CD Golden Age Maria Paris/The Classic Collection

1.Tuppe-Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)

2.E' Frennesia (狂乱)

3.Sta Miss 'Nciucio (誰も持たない)

4.Segretamente (秘密)

5.'E Frutte 'E Mare

6.Freva 'E Gelusia (嫉妬の炎)

7.'O Ritratto 'E Nanninella (ナンニネッラの肖像)

8.Ciento Catene (100の鎖)

9.Carcioffolà

10.'A Tazza 'E Café (一杯のコ-ヒー)

11.'A Frangesa (フランスの女)

12.Passione (パッショーネ)

13.Comme Facette Mammeta? (お母さんどうしたのかしら)

14.Ninì Tirabusciò (ニニ・ティラブーショ)

15.TammurriatA D'Autunno

16.Canzona Appassiunata (情熱の歌)

         CDFR-0546

 

 ナポリ音楽祭しか出場しなかった彼女は2018年5月85才で亡くなります。

 

 

マリア・パリスの国内盤はありません、マリア・パリスは以上です。

 

★マリア・パリス (vf) Maria Paris

本名マリア・ロザリア・パリーゾ(Maria Rosaria Pariso) 1932年8月6日-2018年5月3日ナポリ生・没、歌手。

              

            Vi・MQN-36352

 

活動期間:1945年 – 1970年

所属レコード会社:Phonotype, Vis Radio Cja records, Zeus

サンレモ音楽祭出場0回:

サンレモ音楽祭出品0曲

 

 

 マリア・ロザリアは子供のころから歌い始め、1945年13才の時に地元のレビュー劇団「Biancaneve(白雪姫)」からデビューしました。

 同年マリア・パリスの芸名を使い”遥かなるサンタ・ルチア (Santa Lucia Luntana)”、“ママの涙((Balocchi E Profumi)”などの作者でナポリの重鎮E.A.マリオ(E.A.Mario)が監督をする“雨のように(Come Pioveva)”等戦前の名曲の作者で歌手・俳優のアルマンド・ジル(Armando Gill)主催のレビューに出演しました。

 

 47年劇団Biancaneveを退団し、俳優リッカルド・ビリ(Riccardo Billi)と女優エレナ・―クィリチ(Elena Quirici)の結成した劇団に参加し、レビュー「Punto E A Capo」で舞台に上がりました。また同年ジェンナーロ兄弟(I Fratelli Gennaro)やニーノ&レナート・ディ・ナポリ(Nino e Renato Di Napoli)たちのレビュー「Ora Comincia La Sventura」で共演しました。

 

 49年に、パスクァーレ・ピント(Pasquale Pinto)とトロットリーノ(Trottolino)の劇団に入り、レビュー「Se son rose canteranno」に出演するなど劇場での活動が中心でしたが、イタリア最初のレコード会社でナポリの老舗フォノタイプからSPを出しています。現在確認出来ているのは3枚で、戦後の名曲ナポリターナ“スカリナテッラ”も含まれています。

 

9440 (1949年 Phonotype - Phonotype) SP Me Ne Moro/Scalinatella (スカリナテッラ)

9590 (1949年 Phonotype - Phonotype) SP Pizzeche E Vase/Nun Ce ó Dicite

9595 (1949年 Phonotype - Phonotype) SP Senza Parlà/Pusilleco Nsentimento

 

 翌50年マリア・パリスの歌手人生のほとんどを送るヴィス・ラディオに移籍しました。ヴィス・ラディオは48年ナポリに本社置く設立されたばかりの新興レコード会社でしたが、49年にクラウディオ・ビルラ(Claudio Villa)を獲得してから、ナポリの歌手を擁する大レーベルに成長した会社で、マリア・パリスも寄与した歌手の一人でした。

 

Vi-4183 (1950年 Vis Radio - Vis Radio) SP Persiane/Bellu Sciore

Vi-4211 (1950年 Vis Radio - Vis Radio) SP Masto Andrea (マスタンドレア)/Tuppe Tuppe

                        Vi-4211

 

Vi-4321 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP A Vocca 'E Cuncettina/'Ncantesimo

Vi-4322 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP Sott'E Colonne/La Fortuna E Il Pappagallo

Vi-4322  Vi-4324

Vi-4324 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP Scmapricciatella/Chitarrella

 

 51年SP盤で出した“'A Zarellara”が51年年間ヒット・ランク46位のヒットになりました。50年代まではナポリで作られた曲も全国的なヒット曲となっていましたが、60年代に入るとミラノに音楽産業の拠点を奪われ、ナポリ方言の曲は次第にローカル・ヒットしか出なくなってしまいます。

 

 この年の1月、北部では西海岸リヴィエラの保養地サンレモで新曲コンクール、サンレモ音楽祭が始まりました。これに刺激され音楽の町を自負していたナポリもサンレモより1年半遅れることになりましたが翌52年9月から、昔開催されていたピエディグロッタ祭(Festa di Piedigrotta)の音楽祭にならい、ナポリ音楽祭(Festival di Napoli)をはじめます。

 

Vi-4326 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP Sette Bellizze/'A Zarellara

Vi-4326  Vi-4327

Vi-4327 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP Acre E Doce/O Povero Cafunciello

 

Vi-4328 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'E Telare/Uocchie 'E Brillante

Vi-4328  Vi-4329

Vi-4329 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP E Truvate A Forma Pa' Scarpa Toia/Nennella D''A Nunziata

 

 ナポリターナの新曲と当時ヒットした“お母さんどうしたのかしら”や“アネマ・エ・コーレ”などのナポリターナのカヴァーも出して言います。

 

Vi-4362 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP Comme Facette Mammeta? (お母さんどうしたのかしら)/Anema E Core (アネマ・エ・コーレ)

Vi-4363 (1951年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'E Zucculille/Perdoname

Vi-4562 (1952年 Vis Radio - Vis Radio) SP Tutta 'A Colpa E' D''A Famiglia/Rosanera

Vi-4562  Vi-4563

Vi-4563 (1952年 Vis Radio - Vis Radio) SP Jamme Bella/'A Rossa

 

Vi-4564 (1952年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'O Monaciello 'E Notte/A Cullanella

Vi-4564  Vi-4565

Vi-4565 (1952年 Vis Radio - Vis Radio) SP Quattro Passi Pè Tuledo/Masciata 'E Gelusia

 

Vi-4566 (1952年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'O Rammariello/Nun Me Voglio Avvelena'

Vi-4566  Vi-4568

Vi-4568 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Core Professore/Povera Luna

 

 53年になるとサンレモ音楽祭出場曲を各レコード会社がカヴァーしだします。マリア・パリスも7位入賞曲“小すずめ”、10位“おだやかなパパ”と参加曲の“他の女性”、“誰かがやって来る”を出しました。

 

Vi-4667 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Qualcuno Cammina (誰かがやって来る)/Papà Pacifico (おだやかなパパ) [con Trio Vocale Vis]

Vi-4669 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP L'Altra (他の女性)/Il Passerotto (小すずめ) [con Trio Vocale Vis]

Vi-4670 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Buona Sera/Papà Pacifico (おだやかなパパ) [con Trio Vocale Vis]

Vi-4793 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Tutt'Azzurro/Vasame E Va

Vi-4793  Vi-4794

Vi-4794 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'A Villanova/'O Ricciulillo D''A 'Nfrascata

 

Vi-4797 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Terza Maria/T'E Caramelle

Vi-4797  Vi-4798

Vi-4798 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Nun 'O Sapeva/Venite 'O Chiatamone

 

Vi-4801 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'Ncoppa 'E Camaldule/Torna Dimane

Vi-4801  Vi-4802

Vi-4802 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Dint''O Bosco/'A Fraulella

 

Vi-4805 (1953年 Vis Radio - Vis Radio) SP Nun Tene Core/'O Core A Purtualle

             Vi-4805

 

 マリア・パリスは54年5月に開催された第2回ナポリ音楽祭に初出場します。3曲歌い“ストライキしたい心 ('O Core Vo' Fa Sciopero)”が6位、8位に. “ねずみ(Mannaggia 'O Suricillo)がなり、その年の年間ヒット・ランク29位になる大ヒット、参加曲のL'Ammore Vo Gira'が同年年間ヒット・ランク89位に入る大成功でした。初めてのEP盤が作られました。

 

Vi・MQ-14006 (1954 年Vis Radio - Vis Radio) EP Maria Paris

'A Zè Maesta/Kinghi Kinghi e Kinghi Ku/Totonno 'O Piscatore/I' Stongo A 'O Primmo Piano

 

Vi-5264 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP A Cartulina 'E Napule (ナポリの水彩画)/Ninì Tirabusciò (ニニ・ティラブーショ)

              Vi-5264

Vi-5265 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Ce Vò 'O Prevete e 'O Cumpare/Maruzzella (マルツェラ)

 

Vi-5266 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP N'Aucelluzzo/Nanninella Allessaiola

Vi-5266  Vi-5267

Vi-5267 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Carciffola'/Canzuncella P' 'E Furastiere

 

 55年6月に開かれた第3回ナポリ音楽祭でも3曲を歌い、“ナポリの星('E Stelle 'E Napule)”が優勝し、55年年間ヒット・ランク37位になりました。他2曲“Me Songo 'Nnamurato”と“満月(Luna Janca)”は参加曲どまり、他の出場曲もカヴァーしています。

 

Vi-5304 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'O Ritratto 'E Nanninella (ナンニネッラの肖像)/'A Bonanema 'E Ll'Ammore

              Vi-5304

Vi-5305 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Me Songo 'Nnamurato/Luna Chiara

 

Vi-5306 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Luna Janca (満月)/Comme Te L'Aggia Di'?

              Vi-5306

Vi-5307 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'E Stelle 'E Napule (ナポリの星)/Napule Sott'E 'Ncoppa

 

Vi-5325 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Luna Chiena (満月)/Chiagneno Pure Ll'Onne

Vi-5325  Vi-5365

Vi-5365 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'A Lattara/'N'Auceluzzo

 

Vi-5366 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Mariannì Se '''O Vvuo' Sapè''/Zuccarella

Vi-5366  Vi-5367

Vi-5367 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Core Bersagliere/'Nu Vasillo A Pizzichillo

 

Vi-5369 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'Na Vela/Sole Giallo

Vi-5369  Vi-5370

Vi-5370 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Gennariello Americano/'E Tre Figliole

 

Vi-5371 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Chiove 'E Ghiesce 'O Sole/Cartella 'e rendita

Vi-5371  Vi-5372

Vi-5372 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP 'O Vicariello/'O Core 'E Nunziatina

 

Vi-5373 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Maria Modernità/Friccecarella

            Vi-5373

Vi-5374 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Canzuncella A Margellina/Bella Campagnola

 

Vi-5375 (1955年 Vis Radio - Vis Radio) SP Sciollà/Carruzzella

                Vi-5375

 

Vi・MQ-14034 (1955年Vis Radio - Vis Radio) EP Maria Paris

'A Cartulina 'E Napule (ナポリの水彩画)/Ninì Tirabusciò (ニニ・ティラブーショ)/Carcioffolà/ Canzuncella P' 'E Furastiere

 

 56年第4回、57年第5回ナポリ音楽祭には出場しませんでした。

 

Vi-5566 (1956年 Vis Radio - Vis Radio) SP Pesca Pascà/L'Elezione 'Mparaviso

 

Vi-5567 (1956年 Vis Radio - Vis Radio) SP E Vienetenne Ammore!/Siente Siè

Vi-5568 (1956年 Vis Radio - Vis Radio) SP Io Mammeta E Tu (俺とおっ母とおめえ)/Enzo E Fonzo

Vi-5569 (1956年 Vis Radio - Vis Radio) SP Giuvanne Cu 'A Chitarra (ギター弾きのジョヴァンニ)/Nè Guagliò

 

 “ギター弾きのジョヴァンニ”と出した“Nè Guagliò”が56年年間ヒット・ランク85位に入りました。

 

Vi-5605 (1956年 Vis Radio - Vis Radio) SP Nè Guagliò/Enzo E Fonzo

Vi・MQ-14039 (1956年Vis Radio - Vis Radio) EP Maria Paris

'E Stelle 'E Napule (ナポリの星)/Maruzzella (マルツェラ)/'O Ritratto 'E Nanninella (ナンニネッラの肖像) /Ce Vò 'O Prevete e 'O Cumpare

 

Vi・MQN-36037 (1957年 Vis Radio - Vis Radio) Lazzarella (ラッザレッラ)/Stellamarina

Vi・MQN-36038 (1957年 Vis Radio - Vis Radio) Passiggiatella/Cantammola Sta Canzone

Vi・MQN-36039 (1957年 Vis Radio - Vis Radio) 'O treno D''A Fantasia (幻の汽車)/Storta Va Deritta Vene (曲ったことは大嫌い)

 

 58年第6回ナポリ音楽祭へ3年ぶりの出場をします。2曲歌い“聞いておくれよ、おまわりさん”が第2位となり同年年間ヒット・ランク38位に入り、彼女の代表作となりました。もう1曲は参加曲“マスタンドレア”です。

 

Vi-6173 (1958年 Vis Radio - Vis Radio) SP Tuppe Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん)/Masto Andrea (マスタンドレア)

 

Vi・MQN-36142 (1958年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Tuppe Tuppe Mariscià (聞いておくれよ、おまわりさん) /Masto Andrea (マスタンドレア)

           Vi・MQN-36142

 

Vi・MQN-36266 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'Nu Tantillo 'E Core/Piedigrotta A Broadway

Vi-6292 (1959年 Vis Radio - Vis Radio) SP Lì Per Lì (リ・ペル・リ)/Una Marcia In Fa (ヘ調の行進曲)

Vi-6293 (1959年 Vis Radio - Vis Radio) SP Ma Baciami (でもキッスして)/Il Nostro Refrain (二人のレリフィン)

 

 59年第7回ナポリ音楽祭に2曲出場させました。“誰も持たない)”は9位入賞、もう1曲は“Napulione 'e Napule”で入賞出来ませんでした。

 

Vi-6346 (1959年 Vis Radio - Vis Radio) SP Sta Miss 'Nciucio (誰も持たない)/'O Destino 'E Lll'Ate (他の人の運命)

 

Vi-6403 (1959年 Vis Radio - Vis Radio) SP Senz'E Te/Mullechella

 

Vi・MQN-36291 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Bambulella/'O Cusettore

Vi・MQN-36326 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Napulitan Tango/Vurria 'Na Canzuncella

Vi・MQN-36342 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) Lì Per Lì (リ・ペル・リ)/Una Marcia In Fa (ヘ調の行進曲) [lato B cantato insieme a Tony Cucchiara]

 

Vi・MQN-36352 (1959年 Vis Radio ‎– Vis Radio) 'A Cartulina 'E Napule (ナポリの水彩画)/Ninì Tirabusciò (ニニ・ティラブーショ) ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

 50年代の終わりごろはナポリ音楽祭に出場曲、結局出場しなかったサンレモ音楽祭のカヴァー曲、ナポリの水彩画“等の”ナポリターナのヒット曲のカヴァー曲がマリア・パリスのレパートリーとして定着しました。

 

 

 

マリア・パリス 2は次回に続きます

 

★カンピオーニ、{イ・} (Campioni,{I})

 1952年にアメリカ民謡、ウェスタン・ミュージックを歌うバンド、ザ・ロッキー・マウンテン・オブ・オール・タイム・ストンパーズ(The Rocky Mountains Ol' Time Stompers)が結成され、57年リード・ヴォーカルにトニー・ダララ(Tony Dallara)をした結果バンドは分裂し、新たなメンバーで結成したのがイ・カンピオーニとで、77年に解散します。

 新たなバンドはポップス曲にレパートリーを変更し、ミーナ(Mina)がカヴァーし大ヒットした“月影のナポリ(Tintarella Di Luna)”を産出し、トニー・ダララ(Tony Dallara)若き日のルチオ・バティスティ(Lucio Battisti)が在籍しバンドとして知られています。カンピオーニは英語で言えばチャンピオンズの意味。

 

                     52・OSM-057

 

活動期間:1952年 – 1977年

所属レコード会社:Music, Jolly, Ri-Fi, CGD, Primary, CAR Juke Box, Silver

サンレモ音楽祭出場0回

サンレモ音楽祭出品0曲:

 

メンバー構成

ザ・ロッキー・マウンテンズ・オブ・オール・タイム・ストンパーズ (ザ・ロッキー・マウンテンズ)

The Rocky Mountains Ol' Time Stompers (The Rocky Mountains) の構成メンバー

[太字:カンピオーニのメンバー]

・バルド・パンフィーリ(Baldo Panfili) 1912年ミラノ生まれのイタリアのトランペット奏者

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) 1930年5月8日-2010年1月16日ミラノ生・没、ギター、ハーモニカ奏者、作曲家

・ジョルジョ・カセッラート(Giorgio Casellato) ピアノ奏者

・リヴィオ・チェルヴェッレーリ(Livio Cervelleri) サックス奏者

・リノ・ロニョーニ(Lino Rognoni) ドラム奏者

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) ベース、ヴァイオリン奏者

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) 1931年8月18日ミラノ生、ピアノ、ビブラフォン、サックス奏者

・トニー・ダララ (Tony Dallara) 本名アントニオ・ラルデラ (Antonio Lardera)1936年6月30日ナポリの北北東100kmの山中にある小都市カンポバッソ生、歌手、TVタレント、画家

 

イ・カンピオーニ(I Campioni)の構成メンバー [太字:ロッキー・マウンテンズのメンバー]

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) (在籍期間 1956年-l 1971年)

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) (在籍期間 1956年-1971年)

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) (在籍期間 1956年-1964年)

・ファウスト・パペッティ(Fausto Papetti) (在籍期間 1956年-1959年): 1923年1月28日ミラノの北スイス国境近くの町ヴィッジュ(Viggiù)生、1999年6月15日サンレモ没、アルト・サックス奏者。

・テオ・パスコット(Teo Pascotto) (在籍期間 1956年-1961年)ドラム奏者

途中在籍メンバー

・トニー・ダララ (Tony Dallara) (在籍期間 1957年-1958年) 歌手

・ロビー・マタノ(Roby Matano) (在籍期間 1958年-1971年) 歌手

・クラウディオ・ベネデッティ (Claudio Benedetti) (在籍期間 1959年-1962年) ドラム奏者

・ルチオ・バティスティ (Lucio Battisti) (在籍期間  1964年-1966年) ギター奏者

・パオロ・ザンボン(Paolo Zambon) (在籍期間 1964年-1971年)本名ジャンパオロ・ザンボン(Giampaolo Zambon ) ドラム奏者

 

 

 1964年リーダーのブルーノ・デ・フィリッピが独立し、自分のバンドを結成します。ブルーノに代わってギタリストとして無名時代のルーチョ・バッティスティと62年にドラムスのクラウディオ・ベネデッティ(が抜け空席になっていたところにパオロ・ザンボンが加わり、ロビー・マタノのリーダーで新たなカンピオーニが出発しました。

 

 これを機にレコード会社をCGDに替わります。映画「黄色いロールス・ロイス(The Yellow Rolls-Royce)」の主題歌“明日を忘れて”とB面はロイ・オービソン(Roy Kelton Orbison)の“オー・プリティー・ウーマン”のカヴァーでした。

 

 ロビー・マタノはるルチオ・バティスティの作曲力を認め、その後リコルディで自作自演歌手として契約します。

 

N-9559 (1965年4月 CGD - CGD) Forget Domani (明日を忘れて)/Vieni Al Mare (Thou Shalt Not Steal)/ Sei La Sola (Oh, Pretty Woman) (オー・プリティー・ウーマン)

N-9559  JN-2415

JN-2415 (1966年6月 CAR Juke Box - Messaggerie Musicali) Tu Non Ridi Più (Look Through Any Window) (恋は窓から – ホリーズ)/ Non Farla Piangere (Don't Make My Baby Blue – シャドウズ)

 

 66年CARジューク・ボックと契約しホリーズとシャドウズのカヴァー曲のシングル盤を1枚出し、もっとマイナーのシルヴァーに移り、スペンサー・デイヴィス・グループのカヴァーを出したのが新譜の最後となりました。

 

XP- 628 (1966年 Silver - Italmusica) Quando Torno A Casa (When I Come Home – スペンサー・デイヴィス・グループ)/Non C'È Bisogno Di Parlare

                       XP- 628

 

 69年ロッキー・マウンテンズ時代の音源で「Le Canzoni Del West」シリーズがSAARから出ています。

 

S-   6×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 1 – La Morte Del Cowboy

Streets Of Laredo (カウボーイの哀歌(ストリート・オブ・ラレード))/Slanshea

S-   6×45  S-   7×45

S-   7×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 2 – La Febbre Dell'Oro

The Searcher (捜索者)/Swanee River (故郷の人々)

 

S-   8×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 3 - Il Cavallo D'Acciaio

The Runaway Train/Quel Treno Per Yuma (決断の3時10分)

S-   8×45  S-   9×45

S-   9×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 4 – Le Carovane Dei Pionieri

In The Big Rock Candy Mountain/Jubilee Trail

 

S-  10×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 5

S-  10×45 S-  11×45

S-  11×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 6 – Saloon, Whisky E Risse

Little Brown Jug (茶色の小瓶)/Good Ole Mountain Drew

 

S-  12×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 7 – Il Cowboy In Città

Yankee Doodle (ヤンキー・ドゥードル)/Ride Tenderfoot Ride

S-  12×45  S-  13×45

S-  13×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 8 – Il Bivacco Dei Cowboys

Beautiful Dreamer (夢見る佳人)/Roll Along

 

S-  14×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 9 – Sul Grande Fiume

S-  14×45  S-  15×45

S-  15×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 10 – La Guerra Civile

 Dixie (ディキシー)/ The River Of No Return (帰らざる河)

 

S-  16×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 11

S-  16×45 S-  17×45

S-  17×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 12 – I Cercatori D'Oro

Oh Susannah (おお、スザンナ)/Dance With The Dolly

 

S-  18×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 13 – I Cavalieri Della Prateria

Down In The Valley (谷あいを下りて)/Red River Valley (レッド・リヴァー・ヴァリー)

S-  18×45  S-  19×45

S-  19×45(1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 14 – La Guida Delle Mandrie

The Last Round Up/Deep In The Heart Of Texas (テキサス魂)

 

S-  20×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 15 ‎– La Sfida All’O.K. Corral

O. K. Corral (OK牧場の決闘)/The Deadwood Stage

S-  20×45 S-  21×45

S-  21×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 16

 

S-  22×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 17 ‎– La Giustizia Del West

Tom Dooley (トム・ドゥリー)/Don't Fence Me In (責めないで)

S-  22×45  S-  23×45

S-  23×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 18 ‎– Le Città Fantasma

Lonesome Town (淋しい町)/Ring The Banjo

 

S-  24×45 (1969年Signal - SAAR) Le Canzoni Del West 19 – Nordisti E Sudisti

John Brown (Glory, Glory, Hallelujah)/Jingle Bells (ジングル・ベル)

           S-  24×45

 

LPS- 11 (1970年 Signal – SAAR) Rocky Mountains Ol' Time Stompers  ‎– La Storia Del West - Canzoni E Ballate Della Prateria

1. Oh, Susannah (おお、スザンナ)

2.Yankee Doodle (ヤンキー・ドゥードル)

3.Home On The Range (峠のわが家)

4.Mule Train (ミュール・トレイン)

5.Red River Valley (レッド・リヴァー・ヴァリー)

6.Down In The Valley (谷あいを下りて)

7.Roll Along

8.Streets Of Laredo (カウボーイの哀歌(ストリート・オブ・ラレード))

9.The Searcher (捜索者)

10.Don't Fence Me In (責めないで)

11.Chickory Chick

12.In The Big Rock Candy Mountain

LPS- 11  SM-3032

SM-3032 (1970年 Joker – SAAR) Far West Songs - The Rocky Mountains Ol' Time Stompers

1¡Oh, Susanna! (おお、スザンナ)!

2.Dance With The Dolly

3. Swanee River (故郷の人々)

4.Yankee Doodle (ヤンキー・ドゥードル)

5.Little Brown Jug (茶色の小瓶)

6.Home On The Range (峠のわが家)

7.Mule Train (ミュール・トレイン)

8.The Black Hills Of Dakota

9.Call Of The Far Away Hills (遥かなる山の呼び声)

10.Red River Valley (レッド・リヴァー・ヴァリー)

11.Jingle Bells (ジングル・ベル)

12.Down In The Valley (谷あいを下りて)

 

 71年にこのメンバーは解散していますが、バンドとしては77年まで存続したようです。

 

 2002年かルド・レーベルのオン・セール・ミュージックからCD復刻されました。

 

52・OSM-057 (2002年On Sale Music ‎– On Sale Music) CD Roby Matano E I Campioni [80 51766 0357 3 9] ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

1Hey Baby (Hey Pupa)

2.Non Vedo Che Te (I Only Have Eyes For You) (アイ・オンリー・ハヴ・アイズ・フォー・ユー)

3.Speedy Gonzales (スピーディー・ゴンザレス)

4.Roma Nun Fa La Stupida Stasera (ローマよ今夜はふざけないで)

5.Mi Piace (I Like It) (アイ・ライク・イット)

6.Quando Tu Sorridi (When My Little Girl Is Smiling) (わたしのベビーがほほえめば)

7.Ciò Che Voglio (All I Really Want To Do) (お友達になりたいの)

8.Se Ti Va (Little Things) (リトル・シングス)

9.Una Bambolina Che Fa No, No, No (Une Poupee Qui Fait Non) (ノンノン人形)

10.Non Andare Via (Ne Me Quitte Pas) (行かないで)

11.Tu Non Ridi Più (Look Through Any Window) (恋は窓から - Hollies)

12.Non Farla Piangere (Don't Make My Babe Blue)

13.Te Ne Vai (Come Mai)

14.L'Amore È Il Mio Mestiere (Little Arrows) (リトル・アロー)

15.Parla Più Piano (ゴッドファーザー・愛のテーマ)

16.Lonely Mountains

17.Sinceri

18.Why (Perchè Ti Amo)

19.Remember Roma

20. Welcome To My World (ウェルカム・トゥ・マイ・ワールド)

 

 06年SAARからカンピオーニの曲がCD化されます。

 

CD-7530 (2006年 Joker Elegance ‎– SAAR) CD Il Meglio de I Campioni

1.Dolcemente (優しく愛して)

2.Ciao Baby Ciao (ANGEL OF LOVE) (チャオ・ベビー・チャオ - ?)

3.Ciao Ti Dirò (チャオと云うよ)

4.Mister Wonderful

5.Los Pantalones (あわれな長ズボン族)

6.Tintarella Di Luna (月影のナポリ)

7.Sassi (サッシ)

8.Harry Boy

9.Carapa Pelada (- Quartetto Cetra)

10.Angelo Biondo (I SHOULD CARE) (アイ・シュッド・ケア- Nat King Cole)

11.Si Si Mari (シ・シ・マリ)

12.Love Me Forever

13.Blue Star (ブルー・スター)

14.Io Sono Il Vento (恋のブルース)

15.Lettera Senza Parole

16.I Tuoi Occhi Dicono Baciami

17.Let Gonna Rock

18.Jolie Chanson

19.Chicchiricando (Gallo Matan)

20.Che Risate

 

              CD-7530 

 

 

 

カンピオーニは以上です。

 

★カンピオーニ、{イ・} (Campioni,{I})

 1952年にアメリカ民謡、ウェスタン・ミュージックを歌うバンド、ザ・ロッキー・マウンテン・オブ・オール・タイム・ストンパーズ(The Rocky Mountains Ol' Time Stompers)が結成され、57年リード・ヴォーカルにトニー・ダララ(Tony Dallara)をした結果バンドは分裂し、新たなメンバーで結成したのがイ・カンピオーニとで、77年に解散します。

 新たなバンドはポップス曲にレパートリーを変更し、ミーナ(Mina)がカヴァーし大ヒットした“月影のナポリ(Tintarella Di Luna)”を産出し、トニー・ダララ(Tony Dallara)若き日のルチオ・バティスティ(Lucio Battisti)が在籍しバンドとして知られています。カンピオーニは英語で言えばチャンピオンズの意味。

 

                  J-20123×45

 

活動期間:1952年 – 1977年

所属レコード会社:Music, Jolly, Ri-Fi, CGD, Primary, CAR Juke Box, Silver

サンレモ音楽祭出場0回

サンレモ音楽祭出品0曲

 

メンバー構成

ザ・ロッキー・マウンテンズ・オブ・オール・タイム・ストンパーズ (ザ・ロッキー・マウンテンズ)

The Rocky Mountains Ol' Time Stompers (The Rocky Mountains) の構成メンバー

[太字:カンピオーニのメンバー]

・バルド・パンフィーリ(Baldo Panfili) 1912年ミラノ生まれのイタリアのトランペット奏者

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) 1930年5月8日-2010年1月16日ミラノ生・没、ギター、ハーモニカ奏者、作曲家

・ジョルジョ・カセッラート(Giorgio Casellato) ピアノ奏者

・リヴィオ・チェルヴェッレーリ(Livio Cervelleri) サックス奏者

・リノ・ロニョーニ(Lino Rognoni) ドラム奏者

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) ベース、ヴァイオリン奏者

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) 1931年8月18日ミラノ生、ピアノ、ビブラフォン、サックス奏者

・トニー・ダララ (Tony Dallara) 本名アントニオ・ラルデラ (Antonio Lardera)1936年6月30日ナポリの北北東100kmの山中にある小都市カンポバッソ生、歌手、TVタレント、画家

 

イ・カンピオーニ(I Campioni)の構成メンバー [太字:ロッキー・マウンテンズのメンバー]

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) (在籍期間 1956年-l 1971年)

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) (在籍期間 1956年-1971年)

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) (在籍期間 1956年-1964年)

・ファウスト・パペッティ(Fausto Papetti) (在籍期間 1956年-1959年): 1923年1月28日ミラノの北スイス国境近くの町ヴィッジュ(Viggiù)生、1999年6月15日サンレモ没、アルト・サックス奏者。

・テオ・パスコット(Teo Pascotto) (在籍期間 1956年-1961年)ドラム奏者

途中在籍メンバー

・トニー・ダララ (Tony Dallara) (在籍期間 1957年-1958年) 歌手

・ロビー・マタノ(Roby Matano) (在籍期間 1958年-1971年) 歌手

・クラウディオ・ベネデッティ (Claudio Benedetti) (在籍期間 1959年-1962年) ドラム奏者

・ルチオ・バティスティ (Lucio Battisti) (在籍期間  1964年-1966年) ギター奏者

・パオロ・ザンボン(Paolo Zambon) (在籍期間 1964年-1971年)本名ジャンパオロ・ザンボン(Giampaolo Zambon ) ドラム奏者

 

 1961年は分かっているだけでシングル盤9枚とEP盤1枚を出しましたが、アルバムは制作されませんでした。ヒット・チャートにランク・インすることはなく、ドロシー・コリンズ(Dorothy Collins)の“バチアーレ・バチアーレ(Baciare baciare)”、ジーノ・パオーリ(Gino Paoli)の“サッシ(Sassi)”、フランスでボブ・アッザム(Bob Azzam)がヒットさせ、イタリアではマリノ・マリーニ (Marino Marini)のカヴァー・ヴァージョンが大ヒットした“月影のマジョルカ”(日本では田代みどりがカヴァー) などや、彼らのオリジナル曲“はなやかな人生”や“シ・シ・マリ”などもありましたが、これと言ったヒットが出せませんでした。

 

 バンドとしてはカンピオーニ結成当時からのドラムスのテオ・パスコットが脱退し、59年に加入したパーカッション、ドラムスのクラウディオ・ベネデッティと交代しましたが、そのベネデッティも62年退団しています。

 

J-20097×45 (1961年Jolly – SAAR) La Vita è Colorata (はなやかな人生)/Sopra Il Cielo

J-20097×45 J-20098×45

J-20098×45 (1961年Jolly - SAAR) Ti Voglio/Amo

 

J-20117×45 (1961年Jolly - SAAR) Baciare Baciare (バチアーレ・バチアーレ)/I Tuoi Occhi Dicono Baciami

J-20117×45 J-20119×45

J-20119×45 (1961年Jolly - SAAR) Egoista Cha Cha Cha/ Ciuf Ciuf Cha Cha Cha

 

J-20123×45 (1961年Jolly - SAAR) Dolcemente T'Amerò/Sassi (サッシ) ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

 

EPJ -1064 (1961年 Jolly – SAAR) I Campioni  ‎– La Vita E' Colorata

La Vita è Colorata (はなやかな人生)/Sopra Il Cielo/Ti Voglio/Amo

              EPJ -1064

 

J-20129×45 (1961年Jolly - SAAR) Era Scritto Nel Cielo (月影のマジョルカ)/Amore A Palma Di Majorca

J-20129×45 J-20133×45

J-20133×45 (1961年Jolly - SAAR) Una Piccola Barca/Jolie Chanson

            

J-20145×45 (1961年Jolly - SAAR) Chicchiricando (Gallo Matan)/Pura

 J-20145×45

 

J-20146×45 (1961年Jolly - SAAR) Si Si Si Si Mari (シ・シ・マリ)/Lettera Senza Parole

J-20146×45 J-20154×45

J-20154×45 (1962年Jolly - SAAR) Los Pantalones (あわれな長ズボン族)/Che Risate

 

 62年日本でも25cmのコンピ盤に収録された“あわれな長ズボン族”を出したのを最後に永年所属していたサールから新興レコード会社リフィに移籍し、2枚目からはサブ・レーベルのプリマリーに代わりました。

 

RFN・NP-0011 (1962年 Ri Fi – Ri Fi) Quisasevà [.Bruno Martelli E La Sua Orchestra]/Ma Perché (Oh Why) [I Campioni]

RFN・NP-0011 CRA・NP-91881

CRA・NP-91881 (1962年 Primary – Ri Fi) Speedy Gonzales (スピーディー・ゴンザレス)/Una Notte Vicino Al Mare

 

CRA・NP-91891 (1962年 Primary – Ri Fi) Carosello Italiano/Una Notte Vicino Al Mare

CRA・NP-91891  CRA・NP-91892

CRA・NP-91892 (1963年 Primary – Ri Fi) Il Nostro Film/Non Vedo Che Te (I Only Have Eyes For You) (アイ・オンリー・ハヴ・アイズ・フォー・ユー)

 

CRA・NP-91893 (1963年 Primary – Ri Fi) Hey Baby (Hey Pupa)/Ma Perché (Oh Why)

          CRA・NP-91893

 

CRA・NP-91900 (1963年 Primary – Ri Fi) Roma Nun Fa La Stupida Stasera (ローマよ今夜はふざけないで)/E' Questo Lo Sherry

CRA・NP-91900 (1963年 Primary – Ri Fi) Roma Nun Fa La Stupida Stasera (ローマよ今夜はふざけないで)/Una Notte Vicino Al Mare [I Campioni Canta Roby Matano]

    

                        CRA・NP-91900                               CRA・NP-91909

CRA・NP-91909 (1963年 Primary – Ri Fi) Roma Nun Fa La Stupida Stasera (ローマよ今夜はふざけないで)/Una Notte Vicino Al Mare [I Campioni Canta Roby Matano]

 

 リフィのプリマリーでの契約は2年で終了しました。カヴァー曲が多かったようです。最後に出した“ローマよ今夜はふざけないで”はアルマンド・トロヴァヨーリ(Armando Trovajoli,)が担当し1962年初演のイタリアを代表するミュージカル「ルガンティーノ(Rugantino)」の主題歌です。

 

 50年代の終りから60年代の初めのころ日本でも盛んに「ソノシート」と呼ばれたフィルム状のビニールシートに溝を刻んだフレックス(Flex)盤が作られました。レコード店でなく、出版ルートを使い書店で販売されていました。イタリアでも同様で、多くは雑誌の付録として作られたもので、ハード盤で61年サンレモ音楽祭にタニヤ(Tanya)、後のララ・サン・ポール(Lara Saint Paul)を幸福の色(I Colori Della Felicita’)で出場させたレッド・レコーッドが作っています。

 シート(フレックス)盤は資料も少なく、不明な点も多いので別項目でフレックス盤を集めて紹介します。

 

フレックス盤(45 giri Flexy-disc)

音楽雑誌ムジキエーレ(Il Musichiere)の付録として多くは片面だけのフィルム製でした。:

SP-10001 (EP-10001) (1958年 Cinturini - The Red Record) Il Circolo Dei Piccoli Presenta Le Canzoni Del West Disco 3

Slanshea/My Old Kentucky Home (懐かしきケンタッキ-の我が家)/Ride Tenderfoot Ride /Loch Lomond (ロッホ・ローモンド)

SP-10001 EP-10001

 

EP-10004 (1958年 Cinturini - The Red Record) Io Sono Il Vento (恋のブルース) [I Campioni]/Jngle Bells / Swanee River (故郷の人々) [The Rocky Mountains Ol' Time Stompers]

                 EP-10004

 

P- 1 (1959年 Chlorodont - The Red Record) Dixie (ディキシー)/Good Old Mountain Dew

P- 1  P- 2

P- 2 (1959年 Chlorodont - Poker Record) Oh Susannah (おお、スザンナ)/Dance With The Dolly

 

P- 3 (1959年 Chlorodont - The Red Record) Jingle Bells (ジングル・ベル)/Swance River

P- 3  P- 4

P- 4 (1959年 Chlorodont - The Red Record) Red River Valley (レッド・リヴァー・ヴァリー)/Home On The Range (峠のわが家)

P-10a (1959年 Chlorodont - Poker Record) Oh Susannah (おお、スザンナ)

                                P-10a  

 

P-015 (1959年 The Red Record - The Red Record) Donna [Anna Maria Fei]/Jingle Bells (ジングル・ベル)/ Swanee River (故郷の人々) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers]

P-015  P-019

P-019 (1959年 The Red Record - The Red Record) Tom Dooley (トム・ドゥリー) (Dave Guard)

 

10005 (1959年 Chlorodont - The Red Record) Red River Valley (レッド・リヴァー・ヴァリー)/Home On The Range (峠のわが家)

10005   P-014・10065

P-014・10065  (1959年 The Red Record - The Red Record) You Are My Destiny [Wanna Ibba]/ Dixie (ディキシー)/ Good Old Mountain Dew [Rocky Mountains Ol' Time Stompers]            

 

N-20006 (1959年4月16日 IL Musichiere - The Red Record) Io Sono Il Vento (恋のブルース) (Il Musichiere N° 15, 16 aprile) [voce di Roby Mattano]

N-20006 (P-004)   N-20058

N-20058 (1960年5月 IL Musichiere - The Red Record) Torna a Surriento (帰れソレントへ) (Il Musichiere N° 70, 5 maggio)

 

 

カンピオーニの国内盤

GEM- 137~8 (1973年 SEVEN SEAS- キング) 30cm 2LP GEM不滅のポップス/ヨーロッパ篇 (GEM/OLDIES BUT GOODIES)

2-8.月影のナポリ (TINTARELLA DI LUNA) [イ・カンピオーニ]

 

GEM- 137~8 MP-9459~60

 

MP-9459^60 (1974.年1月 POLYDOR -ポリドール) 30cm 2LP ゴールデン・オリジナル・ヒット・トップ30 (GOLDEN ORIGINAL HITS TOP 30)

1-8.コメ・プリマ (COME PRIMA) [トニー・ダララとイ・カンピオーニ]

 

GW- 283~4 (1976.年1月  SEVEN SEAS- キング) 30cm 2LP ヨーロッパ不滅のポップス・ダブル・デラックス (OLDIES BUT GOODIES EUROPE)

1-13.月影のナポリ (TINTARELLA DI LUNA) [イ・カンピオーニ]

 

GW- 283~4  GXF-  31~5

 

GXF-  31~5 (1976.年1月  SEVEN SEAS- キング) 30cm 5LP Box カンツォーネの歴史 (LA STORIA DI CANZONE ITALIANA)

4-4.コメ・プリマ (COME PRIMA) [トニー・ダララ]

4-7.月影のナポリ (TINTARELLA DI LUNA) [イ・カンピオーニ]

 

 

カンピオーニ 5は次回に続きます

 

★カンピオーニ、{イ・} (Campioni,{I})

 1952年にアメリカ民謡、ウェスタン・ミュージックを歌うバンド、ザ・ロッキー・マウンテン・オブ・オール・タイム・ストンパーズ(The Rocky Mountains Ol' Time Stompers)が結成され、57年リード・ヴォーカルにトニー・ダララ(Tony Dallara)をした結果バンドは分裂し、新たなメンバーで結成したのがイ・カンピオーニとで、77年に解散します。

 新たなバンドはポップス曲にレパートリーを変更し、ミーナ(Mina)がカヴァーし大ヒットした“月影のナポリ(Tintarella Di Luna)”を産出し、トニー・ダララ(Tony Dallara)若き日のルチオ・バティスティ(Lucio Battisti)が在籍しバンドとして知られています。カンピオーニは英語で言えばチャンピオンズの意味。

 

                        EPJ -1051    

 

活動期間:1952年 – 1977年

所属レコード会社:Music, Jolly, Ri-Fi, CGD, Primary, CAR Juke Box, Silver

サンレモ音楽祭出場0回

サンレモ音楽祭出品0曲

 

メンバー構成

ザ・ロッキー・マウンテンズ・オブ・オール・タイム・ストンパーズ (ザ・ロッキー・マウンテンズ)

The Rocky Mountains Ol' Time Stompers (The Rocky Mountains) の構成メンバー

[太字:カンピオーニのメンバー]

・バルド・パンフィーリ(Baldo Panfili) 1912年ミラノ生まれのイタリアのトランペット奏者

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) 1930年5月8日-2010年1月16日ミラノ生・没、ギター、ハーモニカ奏者、作曲家

・ジョルジョ・カセッラート(Giorgio Casellato) ピアノ奏者

・リヴィオ・チェルヴェッレーリ(Livio Cervelleri) サックス奏者

・リノ・ロニョーニ(Lino Rognoni) ドラム奏者

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) ベース、ヴァイオリン奏者

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) 1931年8月18日ミラノ生、ピアノ、ビブラフォン、サックス奏者

・トニー・ダララ (Tony Dallara) 本名アントニオ・ラルデラ (Antonio Lardera)1936年6月30日ナポリの北北東100kmの山中にある小都市カンポバッソ生、歌手、TVタレント、画家

 

イ・カンピオーニ(I Campioni)の構成メンバー [太字:ロッキー・マウンテンズのメンバー]

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) (在籍期間 1956年-l 1971年)

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) (在籍期間 1956年-1971年)

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) (在籍期間 1956年-1964年)

・ファウスト・パペッティ(Fausto Papetti) (在籍期間 1956年-1959年): 1923年1月28日ミラノの北スイス国境近くの町ヴィッジュ(Viggiù)生、1999年6月15日サンレモ没、アルト・サックス奏者。

・テオ・パスコット(Teo Pascotto) (在籍期間 1956年-1961年)ドラム奏者

途中在籍メンバー

・トニー・ダララ (Tony Dallara) (在籍期間 1957年-1958年) 歌手

・ロビー・マタノ(Roby Matano) (在籍期間 1958年-1971年) 歌手

・クラウディオ・ベネデッティ (Claudio Benedetti) (在籍期間 1959年-1962年) ドラム奏者

・ルチオ・バティスティ (Lucio Battisti) (在籍期間  1964年-1966年) ギター奏者

・パオロ・ザンボン(Paolo Zambon) (在籍期間 1964年-1971年)本名ジャンパオロ・ザンボン(Giampaolo Zambon ) ドラム奏者

 

 

 1958年にヴォーカルのトニー・ダララがソロ歌手として独立後、次の歌手にロビー・マタノ(Roby Matano)を迎えます。詳しい経歴が分かりませんが、59年サンレモ音楽祭のマエストロの一人ウィリアム・ガラッシーニ(William Galassini)の楽団オーケストラ・ミレルーチ(Orchestra Milleluci)や女流ジャズ・ピアニストのドーラ・ムスメッチのコンボ(I Complesso di Dora Musumeci)でベース奏者、歌手をしていました。ドーラ・ムスメッチについては(ご参考)をご覧ください。

 

 59年に入ると日本でも有名なサックス奏者ファウスト・パペッティが独立しクラウディオ・ベネデッティ (Claudio Benedetti)代わります。

 

J-20050×45 (1959年Jolly - SAAR Ciao Ti Dirò (チャオと云うよ)/Stolen Love

J-20050×45  J-20056×45

J-20056×45 (1959年Jolly - SAAR) Love Me Forever/Giungerò Fino A Te

 

J-20060×45 (1959年Jolly - SAAR) Bambola/Angelo Biondo (I SHOULD CARE) (アイ・シュッド・ケア- Nat King Cole)

J-20060×45  J-20061×45

J-20061×45 (1959年Jolly - SAAR) Io Voglio/Dispettosi Innamorati

 

  フランコ・ミリアッチ(Franco Migliacci)が作詞しリーダーのブルーノ・デ・フィリッピが作曲した“月影のナポリ“が59年年間ヒット・ランク75位の大成功、カヴァーしたミーナは翌60年の同12位というメガ・ヒットとなり、日本でも大ヒットになりました。

 

RANK-1034 (1960年6月 TOP RANK - 日本ビクター) 月影のナポリ (TINTARELLA DI LUNA)/ ジョニー・キス (JOHNNY KISS) [ミーナ (MINA)]

             RANK-1034 

 

J-20066×45 (1959年Jolly - SAAR) Tintarella Di Luna (月影のナポリ)/Amore Impossibile

J-20066×45  J-20066×45 

J-20066×45 (1959年Jolly - SAAR) Tintarella Di Luna (月影のナポリ)/Buon Di (stesso numero di catalogo e stesso lato A, ma lato B diverso)

 

J-20071×45 (1960年Jolly - SAAR) Triste Cha Cha Cha (Girotondo Del Finimondo) /Non Parlarmi D'Amore

J-20071×45  J-20072×45

J-20072×45 (1960年Jolly - SAAR) Angelo O Diavolo/Blue Star (ブルー・スター)

 

 また“チャオ・ベビー・チャオ”も59年年間ヒット・ランク87位に入りカンッピオーニ最良の年となりました。この曲は日本で彼らの唯一のシングル盤として発売されています。

 

J-20081×45 (1960年Jolly - SAAR) Oh Wendy Wendy /Ciao Baby Ciao (ANGEL OF LOVE) (チャオ・ベビー・チャオ)

J-20081×45  J-20082×45

J-20082×45 (1960年Jolly - SAAR) Sei Terribile/Crapa Pelada (クラーパ・ペラーダ)

 

EPJ -1050 (1959年 Jolly – SAAR) I Campioni [内容不明]

             EPJ -1050

 

EPJ -1051 (1959年 Jolly – SAAR) I Campioni ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

Bambola/Io Voglio/Angelo Biondo (I SHOULD CARE) (アイ・シュッド・ケア)/Dispettosi Innamorati

 

 60年カンッピオーニのオリジナル・ヒット“月影のナポリ”などがを収められたアルバムが発売されました。

 

LPJ- 5016 (1960年Jolly - SAAR) Baciare Baciare !

LPS-6097 (196?年Stella - SAAR) Baciare Baciare !

1.La Vita è Colorata (はなやかな人生)

2.Baciare Baciare (バチアーレ・バチアーレ)

3.Ciuf Ciuf Cha Cha Cha

4.Oh Wendy Wendy

5.Ti Voglio

6.Sei Terribile

7.Ciao Baby Ciao (ANGEL OF LOVE) (チャオ・ベビー・チャオ)

8.Egoista Cha Cha Cha

9.I Tuoi Occhi Dicon Baciami

10.Triste Cha Cha Cha

11.Angelo Biondo (I SHOULD CARE) (アイ・シュッド・ケア- Nat King Cole)

12.Tintarella Di Luna (月影のナポリ)

LPJ- 5016  LPS-6097

 

EPJ -1057 (1960年 Jolly – SAAR) I Campioni [内容不明]

            EPJ -1057

 

 ロビー・マタノはトニー・ダララのようなスター性と強烈な個性はありませんが、グループ、バンドの構成メンバーとしては適していたのか、64年に脱退するリーダーのブルーノ・デ・フィリッピの後を引き継ぎ、公式な活動をした71年まで他のメンバーと共にカンピオーニを続けています。

 

 

カンピオーニの国内盤

DP-1112 (1959年1月 POLYDOR - 日本グラモフォン) コメ・プリマ (COME PRIMA)/コンダンナミ (CONDANNAMI) [トニー・ダララとイ・カンピオーニ]

 

DP-1112  LPPM-1014

 

LPPM-1014 (1960年1月 POLYDOR - 日本グラモフォン) 30cm LP想い出の“P盤”ヒット・パレード (MEMORIAL“P RECORD”HIT PARADE)

6.コメ・プリマ (COME PRIMA) [トニー・ダララとイ・カンピオーニ]

 

IF-   1 (1960年12月15日 KING INTERNATIONAL - キング) 25cm LPヨーロッパのこだま (ECHOS FROM EUROPE)

1.月影のナポリ (TINTARELLA DI LUNA) [イ・カンピオーニ]

 

IF-   1  DP-1207

 

DP-1207 (1961年 POLYDOR - 日本グラモフォン) チャオ・ベビー・チャオ (CIAO BABY CIAO)/はなやかな人生 (LA VITA E COLORATA) [イ・カンピオーニ]

 

IF-  11 (1962年12月10日 KING INTERNATIONAL - キング) 25cm LP愛すべき若者たち (BLUE JEANS ROCK)

2.あわれな長ズボン族 (LOS PANTALONES) [イ・カンピオーニ]

8.シ・シ・マリ (SI SI MARI) [イ・カンピオーニ]

 

IF-  11  17Y-  23

 

17Y-  23 (1963年2月 SEVEN SEAS- キング) 17cm CP アル・ディ・ラ (AL DI LA')

3.コメ・プリマ (COME PRIMA) [トニー・ダララとイ・カンピオーニ]

 

HIT-1072 (1964年6月 SEVEN SEAS- キング) コメ・プリマ (COME PRIMA)/ロマンティカ (ROMANTICA) [トニー・ダララ]

 

HIT-1072  HIT-1135

 

HIT-1135 (1964年12月 SEVEN SEAS- キング) 君を愛したい(TI VOGLIO AMAR))/つた (L'EDERA) [トニー・ダララ]

 

 

(ご参考) ドーラ・ムスメッチ (DORA MUSUMECI)

本名ジュリア・イシドラ・ムスメチ(Giulia Isidora Musumeci)、シチリア東部の大都市カターニア(Catania)1934年生、同2004年10月10日没、女流ジャズ・ピアニスト。

 

 普通はピアの演奏だけですが、「エンニオ・モリコーネ/アルティメット・イタリアン・ポップス・コレクション」では歌も歌ています。

 

SHP-5247 (1963年.11月 VICTOR - 日本ビクター) 30cm LP レイディ・アット・ホーム/レイディ・ミュージック・コレクション (LADY AT HOME - LADIES' MUSIC COLLECTION )

ST-438 (2016.年. HIDETAKA ISOZAKI - ヴィンテイジ・ムード・コム) CD おやすみ前のムード (THE MOOD BEFORE THE SLEEP)

1.コメ・プリマ (COME PRIMA)

2.グォリオーネ (リトル・ボーイ) (GUAGLIONE (LITTLE BOY))

3.ヴォラーレ (VOLARE)

4.この世で一番美しいひと (LA PIU' BELLA DEL MONDO)

5.ピッコリシマ・セレナータ (PICCOLISSIMA SERENATA)

6.愛らしいひと (AMOREVOLE)

7.私と一緒に (RESTA CU 'MME)

8.さらばローマ (ARRIVEDERCI ROMA)

9.チャオ・チャオ・バンビーナ (PIOVE)

10.幸せがいっぱい (IL CIELO IN UNA STANZA)

11.月影のナポリ (TINTARELLA DI LUNA)

12.太陽の誘惑 (WHAT A SKY)

13.マリーナ (MARINA)

14.どこが悪いのかしら (NUN E' PECCATO)

15.砂にまみれて (LEGATA A UN GRANELLO DI SABBIA)

16.二人のコンチェルト (IL NOSTRO CONCERTO)

 

SHP-5247  ST-438

 

SHP-5295 (1964年.3月 VICTOR - 日本ビクター) 30cm LP世界音楽の旅5.南ヨーロッパへの旅 (LISTEN TO WORLD MUSIC ON PAN AM SERIES:5 HOP TO SOUTHERN EUROPE)

2.月影のナポリ (TINTARELLA DI LUNA)

 

SHP-5295  BVCM-37208~9

 

BVCM-37208~9 (2001年.4月25日 RCA - BMGファンハウス) 2CDエンニオ・モリコーネ/アルティメット・イタリアン・ポップス・コレクション (ENNIO MORRICONE/40th COMMEMORATION : ULTIMATE ITALIAN POPS COLLECTION)

17.カフェとカモミール (CAFFE' E CAMOMILLA)

18.誰かが私に電話した (QUALCUNO HA CHIESTO DI ME)

 

 

カンピオーニ 4は次回に続きます

 

★カンピオーニ、{イ・} (Campioni,{I})

 1952年にアメリカ民謡、ウェスタン・ミュージックを歌うバンド、ザ・ロッキー・マウンテン・オブ・オール・タイム・ストンパーズ(The Rocky Mountains Ol' Time Stompers)が結成され、57年リード・ヴォーカルにトニー・ダララ(Tony Dallara)をした結果バンドは分裂し、新たなメンバーで結成したのがイ・カンピオーニとで、77年に解散します。

 新たなバンドはポップス曲にレパートリーを変更し、ミーナ(Mina)がカヴァーし大ヒットした“月影のナポリ(Tintarella Di Luna)”を産出し、トニー・ダララ(Tony Dallara)若き日のルチオ・バティスティ(Lucio Battisti)が在籍しバンドとして知られています。カンピオーニは英語で言えばチャンピオンズの意味。

 

                       LPA- 39           

 

活動期間:1952年 – 1977年

所属レコード会社:Music, Jolly, Ri-Fi, CGD, Primary, CAR Juke Box, Silver

サンレモ音楽祭出場0回

サンレモ音楽祭出品0曲

 

メンバー構成

ザ・ロッキー・マウンテンズ・オブ・オール・タイム・ストンパーズ (ザ・ロッキー・マウンテンズ)

The Rocky Mountains Ol' Time Stompers (The Rocky Mountains) の構成メンバー

[太字:カンピオーニのメンバー]

・バルド・パンフィーリ(Baldo Panfili) 1912年ミラノ生まれのイタリアのトランペット奏者

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) 1930年5月8日-2010年1月16日ミラノ生・没、ギター、ハーモニカ奏者、作曲家

・ジョルジョ・カセッラート(Giorgio Casellato) ピアノ奏者

・リヴィオ・チェルヴェッレーリ(Livio Cervelleri) サックス奏者

・リノ・ロニョーニ(Lino Rognoni) ドラム奏者

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) ベース、ヴァイオリン奏者

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) 1931年8月18日ミラノ生、ピアノ、ビブラフォン、サックス奏者

・トニー・ダララ (Tony Dallara) 本名アントニオ・ラルデラ (Antonio Lardera)1936年6月30日ナポリの北北東100kmの山中にある小都市カンポバッソ生、歌手、TVタレント、画家

 

イ・カンピオーニ(I Campioni)の構成メンバー [太字:ロッキー・マウンテンズのメンバー]

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) (在籍期間 1956年-l 1971年)

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) (在籍期間 1956年-1971年)

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) (在籍期間 1956年-1964年)

・ファウスト・パペッティ(Fausto Papetti) (在籍期間 1956年-1959年): 1923年1月28日ミラノの北スイス国境近くの町ヴィッジュ(Viggiù)生、1999年6月15日サンレモ没、アルト・サックス奏者。

・テオ・パスコット(Teo Pascotto) (在籍期間 1956年-1961年)ドラム奏者

途中在籍メンバー

・トニー・ダララ (Tony Dallara) (在籍期間 1957年-1958年) 歌手

・ロビー・マタノ(Roby Matano) (在籍期間 1958年-1971年) 歌手

・クラウディオ・ベネデッティ (Claudio Benedetti) (在籍期間 1959年-1962年) ドラム奏者

・ルチオ・バティスティ (Lucio Battisti) (在籍期間  1964年-1966年) ギター奏者

・パオロ・ザンボン(Paolo Zambon) (在籍期間 1964年-1971年)本名ジャンパオロ・ザンボン(Giampaolo Zambon ) ドラム奏者

 

 

57年にイ・カンピオーニ (I Campioni)が誕生し活動を始めますが、レコードの発売はロッキー・マウンテンズ時代曲が中心となり、レン・エリス(Len Ellis)が歌うロッキー・マウンテンズの曲、トニー・ダララの歌うロッキー・マウンテンズの曲、トニー・ダララの歌うカンピオーニの曲が混在する年となりました。。

 

LPA- 39 (1957年Music - Guertler) 25cm LP The Rocky Mountains Ol' Time Stompers Vol. 3 ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

1.Red River Valley (レッド・リヴァー・ヴァリー)

2.De Camptown Races (草競馬)

3.Dance With The Dolly

4.Beautiful Dreamer (夢見る佳人)

5.Oh! Susannah (おお、スザンナ)

6.Down In The Valley (谷あいを下りて)

7.Ring De Banjo

8.Old Faithful

 

EPM-10065 (1957年 Music - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers* With Len Ellis ‎Vol. 1

Chicken Reel/Roll Along/Dixie (ディキシー)/Good Old Mountain Dew

EPM-10065  EPM-10066  

EPM-10066 (1957年 Music - Guertler) Ol' Time Stompers with Len Ellis, vocal vol. 2 (inciso come The Rocky Mountains)

Don't Fence Me In (責めないで)/Tumbling Tumbleweeds (さまよう枯葉)/Chickory Chick/Streets Of Laredo (カウボーイの哀歌 (ストリート・オブ・ラレード))

 

EPM-10067 (1957年 Music - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers With Len Ellis Vol. 3

The Searcher (捜索者)/The Last Round Up/The Runaway Train/In The Big Rock Candy Mountain

EPM-10067  LPA- 42

LPA- 42 (1957年Music - Guertler) 25cm LP The Rocky Mountains Ol' Time Stompers Vol. 4

1.My Old Kentucky Home (懐かしきケンタッキーの我が家)

2.Ride Tenderfoot Ride

3.Annie Laure (アーニー・ローリー)

4.Phil The Fluter’s Ball

5.Drink To Me Only.

6.Loch Lomond (ロッホ・ローモンド)

7.I Met Her In The Garden Where The Praties Grow

8.Slanshea

 

LPM-1001(1957年Music - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers With Len Ellis

LPS-6035 (1967年Stella - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers With Len Ellis

1.Chicken Reel

2.Roll Along

3.Dixie (ディキシー)

4.Good Old Mountain Dew

5.Chickory Chick

6.Streets Of Laredo (カウボーイの哀歌 (ストリート・オブ・ラレード))

7.The Searcher (捜索者)

8.The Last Round Up

9.Don't Fence Me In (責めないで)

10.Tumbling Tumbleweeds (さまよう枯葉)

11.The Runaway Train

12.The Big Rock Candy Mountain

LPM-1001  LPS-6035

 

2209×45 (1957年 Music - Guertler) The Searcher (捜索者)/Chicken Reel [The Rocky Mountains Ol' Time Stompers With Len Ellis]

2209×45 2210×45

2210×45 (1957年 Music ‎- Guertler) Me Piace Sta Vucchiella/Che M'è 'Mparato A Ffa' (何を教えたいの) [I Campioni Canta Tony Dallara]

 

 おそらくトニー・ダララの名前が出てきたのはソフィア・ローレン(Sophia Loren)が56年年間ヒット・ランク79位とした“何を教えたいの(Che M'è 'Mparato A Ffa')”をB面でカヴァーした“Me Piace Sta Vucchiella”のシングル盤時だと思われます。

 

2211×45 (1957年 Music - Guertler) Pecchè Nun Saccio Di'/Che Sbadato

2211×45 ML-2215

ML-2215 (1957年 Music - Guertler) 25cm SP The Lonely Man (ロンリー・マン) (canta Tony Dallara)/The Last Round Up (canta Len Ellis) The Rocky Mountains ol'Time Stompers

 

2216×45 (1957年 Music – Guertler) 'Nu Tantillo 'E Core/Maliziusella [I Campioni Canta Tony Dallara]

                         2216×45

 

2217×45 (1957年 Music ‎- Guertler) Come Prima (コメ・プリマ)/L'Autunno Non È Triste (秋になれば) [I Campioni Canta Tony Dallara] B:58#25

2217×45  ML-2217

ML-2217(1958年 Music ‎– SAAR) 25cm SP Come Prima (コメ・プリマ)/L'Autunno Non È Triste (秋になれば) [I Campioni Canta  Tony Dallara]

 

 トニー・ダララとカンピオーニの名前がいっぺんに注目されるのは57年末に出した“コメ・プリマ”が58年年間ヒット・ランク5位、競作のマリノ・バレットJr. (Marino Barretojr).も同8位というメガ・ヒットになったことです。ちなみにB面の“秋になれば”は同25位で両面大ヒットの快挙となりました。

 

EPM-10073 (1958年 Music – SAAR) I Campioni canta Tony Dallara (con Tony Dallara)

Che M'è 'Mparato A Ffa' (何を教えたいの)/Me Piace 'Sta Vucchella/Pecchè Nun Saccio Di'/Che Sbadato

EPM-10073 EPM-10099

EPM-10099 (1958年 Music – SAAR) I Campioni canta Tony Dallara (con Tony Dallara)

Maliziusella/'Nu Tantillo 'E Core/Come Prima (コメ・プリマ)/L'Autunno Non È Triste (秋になれば)

 

 EP盤もイラストからカラー写真に代わり、デザインもイタリアで人気のスポーツの「チャンピオン」を題材にしています。自転車競技、バレーボール、競馬、自動車レース、ボート・レースのデザインです。

 

2218×45 (1958年 Music ‎– SAAR) Ti Dirò (君に告げん)/My Tennessee [I Campioni Canta Tony Dallara] 58#18

2218×45  ML-2218

ML-2218 (1958年 Music – SAAR) 25cm SP Ti Dirò (君に告げん)/My Tennessee [I Campioni Canta Tony Dallara]

 

 58年になり“コメ・プリマ”の次に出した“君に告げん”が同年の年間ヒット・ランク18位、続いての“青い戦慄”が同12位のメガ・ヒットで新人歌手が一挙に4曲をランク・インさせました。

 

2219×45 (1958年 Music ‎– SAAR) Brivido Blu (青い戦慄)/Condannami (コンダンナミ) [I Campioni Canta  Tony Dallara] 58#12

2219×45  ML-2219

ML-2219 (1958年 Music ‎– SAAR) 25cm SP Brivido Blu (青い戦慄)/Condannami (コンダンナミ) [I Campioni Canta  Tony Dallara]

 

 こうした大ヒットでトリー・ダララの扱いも大きく変わり主従が逆転し、トニー・ダララの文字が大きくなります。

 

EPM-10105 (1958年9月 Music – SAAR) I Campioni canta Tony Dallara (con Tony Dallara)

My Tennessee/Ti Dirò/Brivido Blu (青い戦慄)/Condannami (コンダンナミ)

  EPM-10105  

 

 こうしてカンピオーニとしては初の30cmLPがヒット曲を集めて製作されました。

 

LPM-1007 (1958年Music - SAAR) I Campioni canta Tony Dallara (con Tony Dallara)

1.Come Prima (コメ・プリマ)

2.L'Edera (つた)

3.'Nu Tantillo 'E Core

4.Che Sbadato

5.Condannami (コンダンナミ)

6.Me Piace 'Sta Vucchella

7.My Tennessee

8.Pecchè Nun Saccio Di'

9.Brivido Blu (青い戦慄)

10.Tieneme Strett'A Te

11.Maliziusella

12.L'Autunno Non È Triste (秋になれば)

13.Strada 'Nfosa (涙の岐れ路)

14.Che M'è 'Mparato A Ffa' (何を教えたいの)

            LPM-1007

 

2220×45 (1958年 Music ‎– SAAR) O. K. Corral (OK牧場の決闘) (Gunfight At The O. K. Corral (OK牧場の決闘))/Quel Treno Per Yuma (決断の3時10分) (The 3:10 To Yuma) [The Rocky Mountains Ol' Time Stompers]

2220×45  2225×45

2225×45 (1958年 Music ‎– SAAR) Strada 'Nfosa (涙の岐れ路)/Tieneme Strett' A Te [Tony Dallara con I Campioni]

 

 遅ればせながらトニー・ダララのウェスタン音楽、映画の主題歌“OK牧場の決闘”なども発売されています。

 

EPM-10114 (1958年 Music – SAAR) O. K. Corral (inciso come The Rocky Mountains Ol'Time Stompers con Tony Dallara)

O. K. Corral (OK牧場の決闘)/The Lonely Man (ロンリー・マン)/Quel Treno Per Yuma (決断の3時10分)/The Searcher (捜索者)

EPM-10114 EPM-10124

EPM-10124 (1958年 Music – SAAR) I Campioni canta Tony Dallara (con Tony Dallara)

L'Edera (つた)/Tieneme Strett'A Te/Strada 'Nfosa (涙の岐れ路) /Bambina Innamorata (恋する少女)

 

2226×45 (1958年 Music ‎– SAAR) Bambina Innamorata (恋する少女)/L'Edera (つた) [Tony Dallara con I Campioni]

2226×45  2235×45

2235×45 (1958年 Music ‎– SAAR) La Mia Storia/Non So Dir (Ti Voglio Bene) [I Campioni Canta Tony Dallara]

 

EPM-10139 (1958年 Music – SAAR) Tony Dallara Con  I Campioni  ‎– Per Un Bacio D'Amor (愛のくちづけ)

Per Un Bacio D'Amor (愛のくちづけ)/Amami Poco (Ma Sempre)/Non So Dir (Ti Voglio Bene)/La Mia Storia

EPM-10139 2241×45

2241×45 (1958年 Music ‎– SAAR) Chickory Chick/Don't Fence Me In (責めないで) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers with Len Ellis]

 

 トニー・ダララは2年間カンピオーニのメイン・ヴォーカルからソロ歌手として独立、カンピオーニはサールの新設メイン・レーベルのジョリー(Jolly)に所属変更しました。

 

J-20040×45 (1958年Jolly - SAAR) Mister Wonderful/ Portame N'Zieme A TTe

J-20040×45  J-20041×45

J-20041×45 (1958年Jolly - SAAR) Amore Impossibile/ T'Ho Scritto Tante E Tante Volte

 

EPJ -1043 (1958年 Jolly – SAAR) I Campioni ‎– Mister Wonderful

Mister Wonderful/Portame N'Zieme A 'TTe/T'Ho Scritto Tante E Tante Volte/Amore Impossibile

 

            EPJ -1043

 

 

 

カンピオーニ 3は次回に続きます

 

★カンピオーニ、{イ・} (Campioni,{I})

 1952年にアメリカ民謡、ウェスタン・ミュージックを歌うバンド、ザ・ロッキー・マウンテン・オブ・オール・タイム・ストンパーズ(The Rocky Mountains Ol' Time Stompers)が結成され、57年リード・ヴォーカルにトニー・ダララ(Tony Dallara)をした結果バンドは分裂し、新たなメンバーで結成したのがイ・カンピオーニとで、77年に解散します。

 新たなバンドはポップス曲にレパートリーを変更し、ミーナ(Mina)がカヴァーし大ヒットした“月影のナポリ(Tintarella Di Luna)”を産出し、トニー・ダララ(Tony Dallara)若き日のルチオ・バティスティ(Lucio Battisti)が在籍しバンドとして知られています。カンピオーニは英語で言えばチャンピオンズの意味。

 

                       LPA- 34          

 

活動期間:1952年 – 1977年

所属レコード会社:Music, Jolly, Ri-Fi, CGD, Primary, CAR Juke Box, Silver

サンレモ音楽祭出場0回

サンレモ音楽祭出品0曲

 

メンバー構成

ザ・ロッキー・マウンテンズ・オブ・オール・タイム・ストンパーズ (ザ・ロッキー・マウンテンズ)

The Rocky Mountains Ol' Time Stompers (The Rocky Mountains) の構成メンバー

[太字:カンピオーニのメンバー]

・バルド・パンフィーリ(Baldo Panfili) 1912年ミラノ生まれのイタリアのトランペット奏者

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) 1930年5月8日-2010年1月16日ミラノ生・没、ギター、ハーモニカ奏者、作曲家

・ジョルジョ・カセッラート(Giorgio Casellato) ピアノ奏者

・リヴィオ・チェルヴェッレーリ(Livio Cervelleri) サックス奏者

・リノ・ロニョーニ(Lino Rognoni) ドラム奏者

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) ベース、ヴァイオリン奏者

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) 1931年8月18日ミラノ生、ピアノ、ビブラフォン、サックス奏者

・トニー・ダララ (Tony Dallara) 本名アントニオ・ラルデラ (Antonio Lardera)1936年6月30日ナポリの北北東100kmの山中にある小都市カンポバッソ生、歌手、TVタレント、画家

 

イ・カンピオーニ(I Campioni)の構成メンバー [太字:ロッキー・マウンテンズのメンバー]

・パオロ・オルダニーニ(Paolo Ordanini) (在籍期間 1956年-l 1971年)

・ピエロ・ヴィッラ(Piero Villa) (在籍期間 1956年-1971年)

・ブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi) (在籍期間 1956年-1964年)

・ファウスト・パペッティ(Fausto Papetti) (在籍期間 1956年-1959年): 1923年1月28日ミラノの北スイス国境近くの町ヴィッジュ(Viggiù)生、1999年6月15日サンレモ没、アルト・サックス奏者。

・テオ・パスコット(Teo Pascotto) (在籍期間 1956年-1961年)ドラム奏者

途中在籍メンバー

・トニー・ダララ (Tony Dallara) (在籍期間 1957年-1958年) 歌手

・ロビー・マタノ(Roby Matano) (在籍期間 1958年-1971年) 歌手

・クラウディオ・ベネデッティ (Claudio Benedetti) (在籍期間 1959年-1962年) ドラム奏者

・ルチオ・バティスティ (Lucio Battisti) (在籍期間  1964年-1966年) ギター奏者

・パオロ・ザンボン(Paolo Zambon) (在籍期間 1964年-1971年)本名ジャンパオロ・ザンボン(Giampaolo Zambon ) ドラム奏者

 

 

 話はイ・カンピオーニの基礎となったアメリカ民謡、ウェスタン・ミュージックを演奏するバンド、ザ・ロッキー・マウンテンズ・オブ・オール・タイム・ストンパーズから始まります。この1951年から52年頃に結成されていますが、ウェスタン・ミュージッのバンドの結成時メンバーが良く判っていません。

 

 レコードのジャケットを見ると6人のバンドったようです。カンピオーニの中心メンバーとなったギターのブルーノ・デ・フィリッピ(Bruno De Filippi)は初期のメンバーだったと思われます。

 

 ブルーノ・デ・フィリッピはギターと半音階が吹けるクロマチックハーモニカを勉強した後、50年代初頭にミラノの幾つかのバンドでジャズ・プレーヤーとして活動を始めました。その間ジェリー・マリガン(Gerry Mulligan)、アストル・ピアソラ(Astor Piazzolla)、レス・ポール(Les Paul)のイタリア公演にも参加しています。こうしてブルーノが加入したザ・ロッキー・マウンテンズはミラノでジャズやロック・ン・ロールを得意とするレコード会社のオーナー、ワルター・グルトトラー(Walter Guertler)によって発見され、ミュージック・レーベルと契約しレコードを発売するようになりました。

 

 54年ザ・ロッキー・マウンテンズはミュージカル喜劇映画「Assi Alla Ribalta」に出演(56’28”-)し、その時のメンバーはギターのブルーノ・デ・フィリッピに、トランペットのバルド・パンフィーリ(Baldo Panfili)、ピアノのジョルジョ・カセッラート(Giorgio Casellato)、サックスのリヴィオ・チェルヴェッレーリ(Livio Cervelleri)、ドラムスのリノ・ロニョーニ(Lino Rognoni)、ベースのピエロ・ヴィッラ(Piero Villa)でした。

 

 歌が入る場合レン・エリス(Len Ellis)をフューチャーしています。このレン・エリスも資料がなく、アメリカのカントリー・ウェスタンのDJにアンクル・レン・エリス("Uncle Len" Ellis)と言う人物がいて時代も近いのですが、再々イタリアに来たとも思われず決定的な証拠がありません。

 

 当初はウェスタン・ミュージックと言うよりは日本ではスコットランド民謡として親しまれている愛唱歌、アメリカ民謡、フォスターの作曲したアメリカ愛唱歌、西部t劇映画の主題歌などアメリカ、西部劇をイメージする曲を集めたようなレコードが出されました。

 

 また映画出演した「Assi Alla Ribalta」の場面を見ているとジャズ・ミュージシャンが中心のバンドらしく、ジャズやロック・ン・ロールの曲を演奏していたと想像させられます。

 

 初期のSP盤はイタリアのミュージック・レーベルが残っていないのかローマにある音響と視聴覚遺産中央研究所(Istituto Centrale per i Beni Sonori ed Audiovisivi)の資料もフランスのヴォーグ・レコードの盤が大半と言う状態でした。

 

ML-2060 (195?年 Music - Guertler) 25cm SP Jesse James/Turkey In The Straw (わらの中の七面鳥)

ML-2060  ML-2062

ML-2062 (195?年 Music - Guertler) 25cm SP Oh Susannah (おお、スザンナ)/Down In The Valley (谷あいを下りて) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers with  Len Ellis‎]

 

ML-2064 (195?年 Music - Guertler) 25cm SP Ring De Banjo/Dance With The Dolly

ML-2064   LPA- 10 

LPA- 10 (1951年Music - Guertler) 25cm LP The Rocky Mountains Ol' Time Stompers Vol. 1

1.Deep In The Heart Of Texas (テキサス魂)

2.Swanee River (故郷の人々)

3.Little Brown Jug (茶色の小瓶)

4.Home On The Range (峠のわが家)

5.Stephen Foster Melodies (フォスタ-・メドレー)

6.Carry Me Back To Ol' Virginny (なつかしのヴァージニアへ)

7.Pecos Bill

8.Jeannie With The Light Brown Hair (金髪のジェニー) 

 

ML-2089 (195?年 Music ‎- Guertler) 25cm SP Jingo Jango Jingo/Old Faithful

ML-2089  ML-2122

ML-2122 (195?年  Music ‎- Guertler) 25cm SP Whadda Ya Know/Ride Tenderfoot Ride [Rocky Mountains Ol' Time Stompers With Len Ellis]

 

LPA- 34 (1953年Music - Guertler) 25cm LP The Rocky Mountains Ol' Time Stompers Vol. 2 ※ジャケット画像は顔写真画像をご参照

1.Call Of The Far Away Hills (遥かなる山の呼び声)

2.Mule Train (ミュール・トレイン)

3..Blowing Wild

4.Yankee Doodle (ヤンキー・ドゥードル)

5.Polly Wolly Doodle

6.Jingle Bells (ジングル・ベル)

7. Ol' Mississippi

8.When You Wore A Tulip (バラとチューリップ)

 

ML-2126 (195?年  Music - Guertler) 25cm SP I Met Her In The Garden Where The Praties Grow/Speed Bonny Boat [With Len Ellis]

ML-2126  ML-2142

ML-2142 (1956年 Music - Guertler) 25cm SP Old Mississipi/When You Wore A Tulip (バラとチューリップ) [with Apo Llony]

 

ML-2152 (1956年 Music ‎- Guertler) 25cm SP Annie Laurie (アニー・ローリー)/Greensleeves (グリーンスリーヴス) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers With Len Ellis]

ML-2152  ML-2165

ML-2165 (1956年 Music ‎- Guertler) 25cm SP Jubilee Trail/The River Of No Return (帰らざる河) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers With Len Ellis]

 

EPM-10004 (1956年 Music - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers vol.1) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers with  Len Ellis‎]

Oh Susannah (おお、スザンナ)/Dance With The Dolly/Jingle Bells (ジングル・ベル)/Swanee River (故郷の人々)

EPM-10004 EPM-10005

EPM-10005 (1956年 Music - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers vol. 2) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers with  Len Ellis‎]

Red River Valley (レッド・リヴァー・ヴァリー)/Home On The Range (峠のわが家)/ Down In The Valley (谷あいを下りて)/Little Brown Jug (茶色の小瓶)

 

EPM-10006 (1956年 Music - Guertler) Vol. 3: Hit Tunes Of Current Films) [Rocky Mountains Ol' Time Stompers with  Len Ellis‎]

Pecos Bill/The Black Hills Of Dakota/ Call Of The Far Away Hills (遥かなる山の呼び声)/Blowing Wild

EPM-10006 EPM-10007

EPM-10007 (1956年 Music - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers vol. 4 (inciso come The Rocky Mountains Ol'Time Stompers)

Mule Train (ミュール・トレイン)/Yankee Doodle (ヤンキー・ドゥードル)/Polly Wolly Doodle/Beautiful Dreamer (夢見る佳人)

 

EPM-10013 (1956年 Music - Guertler) The Rocky Mountains Ol' Time Stompers vol. 5 (inciso come The Rocky Mountains Ol'Time Stompers)

Slanshea/My Old Kentucky Home (懐かしきケンタッキ-の我が家)/Ride Tenderfoot Ride/Loch Lomond (ロッホ・ローモンド)

             EPM-10013

 

 54年に見習い歌手として加入したアントニオ・ラルデラ少年が成長し、レン・エリスの力を借りなくても自前の歌手で活動できるめどが立ってきたようです。56年ブルーノ・デ・フィリッピ、パオロ・オルダニーニ、・ピエロ・ヴィッラ達はアントリオをトニー・ダララの芸名でリード・ヴォーカルとして、ポピュラー(カンツォーネ)曲を中心としたバンドに転換しました。そのまま活動が続きましたが、57年に結局ロッキー・マウンテンズは分裂し、トニー・ッダララをフロントマンとしてポピュラー路線に専念するイ・カンピオーニ (I Campioni)が誕生しました。

 

 

カンピオーニ 2は次回に続きます