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ワインは素敵な恋の道しるべ

白ワインは天使の如く貴方の心を解き放ち、赤ワインの真紅のグラスの底には悪魔が潜む。そして貴方は天使の如く大胆に、悪魔の如く繊細に、新たな恋の道を歩み始める。

12月のこと、ちぃさんと丸の内のブーランジュリー&カフェ、『ポワン・エ・リーニュ』で過ごす楽しい夜の続き。

 

生ビール、スパークリングワインを飲んだあとは、白ワイン。

 

ロワールのヴィニョーブル・ベルティエ、ランスタン、ソーヴィニヨン・ブラン、2022年。

 

ちぃさんと、白ワインでも乾杯。

白い花、レモン、ライチの香りに、ミントやタイムのハーブのヒント。

フレッシュな果実味に、活き活きとした酸とミネラルが続く爽快なボディ。

 

コールド・プレートの前菜のあとは、タコとジャガイモのアヒージョ。

 

熱々のオリーブオイルの中には、たっぷりのタコとジャガイモ。

 

プリプリのタコが美味しくワインが進む。

 

三つ目のパン籠が届く。

 

ロサンジュはクラストの香ばしさ、芳醇なバターの味わいを楽しめるクロワッサン。

ノーチェはクルミ、カシューナッツ、ピスタチオを使ったサワーブレッド。

もう一つは何だったか失念。

 

白ワインを飲み干すと、珍しいワインを選ぶ。

ジョージアのベディアニが造る、マラニ・アンバー、2020年。

ジョージアのアンバー・ワインとは、今でいうオレンジ・ワイン。

 

伝統的なクヴェヴリ製法で造られたワインで、クヴェヴリとはエチケットの絵のとおり底が尖った卵型の素焼きの壺。

この壺の中に破砕したぶどうの果汁に加え、果皮、果肉、種も入れ、土に埋めて熟成させている。

ベディアニの名前は、1000年以上前にグルジア王国の最初の王が設立したベディア修道院に由来し、この修道院ではクヴェヴリ製法でワインが造られていた。

 

名前の通り、オレンジというより琥珀色に近い。

ドライフラワーや果実のシロップ漬けのような香り。

複雑な果実味、穏やかな酸とミネラル、後味にはスパイスや炒ったナッツのニュアンス。

初めて飲むアンバー・ワインはなかなか面白い。

ぶどうはルカツィテリ。

バックラベルによれば、2020VTのこのワインのボトリングは、2022年5月18日。

クヴェヴリで一年半余り熟成されていたことになる。

 

今夜のメインは、牛ロースのロースト、ジュのソース。

 

付け合わせは、ジャガイモのドフィノワ、ニンジン、ベビーコーン、ズッキーニ、ミニトマト。

 

この焼き色、この肉厚が素晴らしい。

とても柔らかく、ナイフの自重で刃が通る感じ。

 

肉料理に合わせる赤ワインは、馴染みのある造り手のもの。

オーストラリア、南オーストラリア州のクレア・ヴァレーのキリカヌーンが造る、チェロ・シラーズ、2018年。

 

チェロの名前は、キリカヌーンの前オーナーのネイサン・ワックス氏がシドニー交響楽団の首席チェロ奏者であったことからの命名。

随分以前のことだが、ネイサン・ワックス氏がキリカヌーンのプロモーションで来日した時、彼とテーブルを囲んで夕食を共にしたことがある。

 

ダークベリー、プルーン、カシスの香り。

濃厚な果実味とタンニンを持ちながら、重過ぎず洗練されたボディ。

ぶどうはシラーズ100%、フレンチとアメリカン・オークの樽で15ヶ月間熟成されている。

 

濃いシラーズが牛のローストとよく合って美味い。

 

4籠めのパンが届く。

 

今回のパンは、今まで出された9種類の中から三種類をピックアップした組み合わせ。

ということは、ディナーで出されるパン籠は基本は三つで、私たちが沢山食べるので追加で四つ目が出されたようだ。

 

パンと赤ワインはベストフレンド。

チェロ・シラーズの二杯目と共に味わう。

 

料理に加え、パンを12種類も食べるともうお腹はいっぱい。

支配人に今夜の礼を述べ、見送られて店をあとにする。

 

丸の内仲通りのクリスマスイルミネーションを観て帰ろうと外に出たら、何と雨。

 

仕方がないので「新丸ビル」に戻り、帰途に就くことにする。

 

京橋の「アーティゾン美術館」での”マリー・ローランサン展”を鑑賞し、丸の内の『ポワン・エ・リーニュ』でディナーを楽しんだ、充実した午後と夜でした。

 

ところで、『ポワン・エ・リーニュ』の支配人さんからお土産をいただいた。

 

中には、アンビザーとニダベイユ。

 

アンビザーは、オリーブオイルと黒糖風味のなめらかこしあんパン。

これは以前食べたことがあるパンで、甘さ控えめでとても美味い。

 

ニベダイユは、チーズをそのまま食べているかのような濃厚ブリオッシュ。

これも美味い。

支配人に感謝のお土産でした。

 

 

 

 

 

 

12月のこと、ちぃさんと京橋の「アーティゾン美術館」で”マリー・ローランサン展”を鑑賞した後は、ディナーの店に向かう。

 

信号待ちを避けるため、ヤエチカに下って先を急ぐ。

ヤエチカにもクリスマスツリー。

 

到着したのは、「新丸ビル」。

 

今夜のディナーのお店は、『ポワン・エ・リーニュ』。

”点と線”という名のブーランジュリー&カフェで、ここが一号店。

近くでは「東京ミッドタウン八重洲」にもお店が出来ている。

 

店頭にはパンの販売コーナー。

買いたいパンを指し示すと、店員さんがピックアップし、包装してくれる。

『ポワン・エ・リーニュ』のパンはとても美味しい。

この奥に、カフェ・レストランがある。

 

ディナーの開始時間丁度に入店したので一番乗り。

一時間後、オフィスアワーが終わった後には満席となった。

 

まずは生ビールで乾杯。

絵画鑑賞で疲れた身体が癒される。

 

ここのビールはハートランド。

 

最初のパンが届く。

 

コンプレは石臼挽き全粒粉40%でサワー種で発酵させたカンパーニュ。

グランノワは大型のクルミパン。

フィユは北海道産小麦”はるゆたか”100%のリッチな角食パン。

 

前菜の盛り合わせ。

 

スモークサーモン、モッツアレラとトマトのカプレーゼ。

 

ハモンセラーノ、ソフトサラミ。

 

海老とアヴォカドのヴァカモレ、ローストビーフ、ゴルゴンゾーラのポテサラ。

 

ゴルゴンゾーラのポテサラはパンに乗せて食べても美味い。

 

カトラリーはクチポール。

 

ハートランドを飲み干すと、スパークリングワイン。

 

CFGV(コンパニー・フランセーズ・デ・グラン・ヴァン)が造る、ルネ・ラ・フランス、ブリュット。

CFGVはタンク内二次発酵のシャルマ方式を開発した、ユージン・シャルマ氏が設立したスパークリングワイン・メーカー。

 

ちぃさんとスパークリングワインでも乾杯。

 

グレープフルーツ、レモン、青リンゴなどのフレッシュな香り。

果実味、酸、ミネラルのバランスの良い爽快なスパークリング。

 

二籠めのパンが届く。

 

ブールは口どけの軽いロールパン。

バゲットオルヴァンは全粒粉20%のサワードゥバゲット。

ミランはE.V.オリーヴオイルを生地に練り込んだリーンなパン。

『ポワン・エ・リーニュ』のパンは美味い。

ちぃさんと過ごす丸の内の楽しい夜は続きます。

 

 

 

 

 

 

12月のこと、ちぃさんと京橋の「アーティゾン美術館」で過ごす楽しい午後の続き。

 

6階で”マリー・ローランサン-時代をうつす眼”を鑑賞した後は、5階に下り、”石橋財団コレクション選”を鑑賞。

 

”石橋財団コレクション選”では、印象派から現代絵画に至るまで、選りすぐりの約100点が展示されている。

新規収蔵品も多く、充実した展示となっている。

 

正面にはルノアールの「すわるジョルジェット・シャルパンティエ嬢」。

拡大していただくと、多くの素晴らしい絵画が展示されていることがわかります。

 

こちらには、クロード・モネの「睡蓮」と「黄昏、ヴェネツィア」。

たっぷり一時間余りをかけて鑑賞したが、あまりに点数が多いので記事では割愛。

 

”石橋財団コレクション選”のパネルにも採用されている、好きな画家の新収蔵作品のみアップ。

パウル・クレー、「双子」(1930年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

バウハウス(ドイツの総合造形学校)で教鞭をとっていた時代の終盤の作品。

複数の面や線や点、そして色彩が入り混じる、愛嬌のある活気に満ちた作品だ。

 

特集コーナーで、”野見山暁治”の展示が行われていたので、ご紹介。

 

野見山暁治は油彩画を始め、版画、絵本、本の執筆など幅広い分野で、戦前、戦後、現代にいたるまで約80年間にわたり活動を続け、2023年6月に102歳で逝去されている。

石橋財団は1952年から野見山の支援を始め、1958年と2011年に野見山の個展を開催している。

今回、新規収蔵作品3点を含む、7点の収蔵作品が展示されている。

 

野見山は1920年福岡県穂波村(現、飯塚市)生まれ。

なるほど、久留米市出身の石橋家と同県人なのだ。

東京美術学校に進み、1952年に渡仏、この時に石橋財団が支援者に名を連ねている。

約12年の西洋生活ののち、帰国した野見山は東京と福岡を拠点に活動。

 

参考までに年表も添付。

 

旧ブリヂストン美術館時代に、”野見山暁治展”が二度開催されている。

ポスターは左から、1958年”野見山暁治作品展”(ブリヂストン美術館)、2011年”野見山暁治展”(石橋美術館)、2011年”野見山暁治展”(ブリヂストン美術館)。

 

作品だけでなく、壁に野見山の言葉が描かれているのが面白い。

 

野見山暁治、「タヒチ」(1974年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵 新収蔵作品

こちらを睨む猛禽類のようにも見えるが、タヒチの何を描いているのだろう。

そう思いながら横の壁を見ると、こんなことが書かれていた。

 

やはり何かが覗き込んでいるのだ。

この絵は1971年に結婚した野見山が妻との最初の旅行で訪れたタヒチの印象を描いたもの。

何が描かれているのか色々想像するのが楽しい。

 

野見山暁治、「予感」(2006年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵 新収蔵作品

 

自分の絵に関する記述がとても正直で自然。

作品とタイトルが合っていないと言いながら、この作品にはこのタイトルが思い浮かんだのだろう。

それともタイトルを決めてから描き始めたら、こうなったのだろうか。

 

野見山暁治、「かけがえのない空」(2011年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

2011年の回顧展で初めて発表された作品。

ステンドグラス制作を通じて光を通して見える赤の色彩に感化され、赤を作品に取り入れた最初の作品。

90歳を超えてなお新しい表現に挑戦する野見山の意欲が素晴らしい。

 

野見山暁治、「振り返るな」(2019年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵 新収蔵作品

2020年、東京メトロの青山一丁目駅に野見山のステンドグラス壁画が設置された。

この作品はその壁画の制作にあたり描かれた3点のうちの一枚。

青山一丁目駅周辺を散策し、印象に残った赤坂御所の緑にインスピレーションを得て描いたのだそうだ。

2020年と言えば、既にほぼ100歳。

この絵の力強さは驚きという他に言いようがない。

 

記述が本当に正直で面白い。

青山一丁目駅に野見山の壁画があることを知らなかった。

観に行かなければと思う。

 

野見山暁治、「あしたの場所」(2008年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

この作品に関する野見山の言葉を知りたいと思うが、壁には何も書かれていない。

何を表現したいのか平凡な私には理解を超えているが、左上に書かれた異様な物体の存在により、絵に遠近感、深みが生まれている。

遠くに見える地平線上の青い場所が、あしたには行きつきたい理想の場所なのだろうか。

 

野見山暁治、「風の便り」(1997年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

この絵を見て最初に感じたことは、風の強い日の海と海岸。

説明を読むと、福岡県糸島に建てたアトリエのバルコニーから見える海の景色をイメージした作品なのだそうだ。

 

野見山暁治、「鉱山から」(1984年) インク、グワッシュ・紙 石橋財団アーティゾン美術館蔵

表題を知ったうえでこの絵を見ると、生まれ故郷の炭鉱を描いたものだとわかった。

筑豊生まれの野見山にとって、炭鉱、ぼた山は原点なのに違いない。

 

野見山暁治の作品をこれだけ収集しているのは素晴らしい。

平日の午後は空いているので、ゆっくり鑑賞することができた。

 

長時間の美術鑑賞で疲れ果てたが、折角なので記念撮影。

エジプト・テーベ(ルクソール)のセクメト神立像、新王国時代、第18王朝、アメンヘテプ3世治世(紀元前1390-1352)

 

ついでに私も。

 

「アーティゾン美術館」の今回の企画展も素晴らしかったが、展示作品数が多いので疲れてしまった。

お腹も空いたので、ディナーのお店に向かうことにする。

ちぃさんと過ごす、楽しい午後は続きます。

 

 

 

 

 

 

12月のこと、ちぃさんと「アーティゾン美術館」で過ごす楽しい午後の続き。

 

鑑賞しているのは、”マリー・ローランサン-時代をうつす眼”。

 

第4章は、マリー・ローランサンと舞台芸術。

ローランサンは、1924年にモナコのモンテカルロ歌劇場やパリのシャンゼリゼ劇場で公演された、ジャン・コクトーが台本を書きフランシス・ブーランクが作曲をした、バレエ・リュスによるバレエ、「牝鹿」で舞台衣装と舞台装置を担当し、高く評価された。

それ以来多くの舞台で、衣装と装置を手掛けるようになった。

 

限定書籍「セルゲイ・ディアギレフ劇場≪牝鹿≫1・2巻」を始め、「牝鹿」の書籍、声楽譜、プログラム、写真、葉書が展示されている。

石橋財団アーティゾン美術館および兵庫県立芸術文化センター薄井憲二バレエ・コレクション蔵。

 

マリー・ローランサン、「牡鹿と二人の女」(1923年) 油彩・カンヴァス ひろしま美術館蔵

 

マリー・ローランサン、「田園の祭典」(1928年) 水彩・紙 マリー・ローランサン美術館蔵

 

マリー・ローランサン、「舞台装置」(1928年) 水彩・紙 マリー・ローランサン美術館蔵

 

(左)表紙:マリー・ローランサン、「シャンゼリゼ・バレエ団プログラム」(1945年10月12日) プログラム 兵庫県立芸術文化センター薄井憲二バレエ・コレクション

(右)表紙:マリー・ローランサン、「シャンゼリゼ・バレエ団プログラム」(1946年6月15日) プログラム 兵庫県立芸術文化センター薄井憲二バレエ・コレクション

 

第5章は、マリー・ローランサンと静物画

ローランサンが静物画を描いていたことは知らなかったが、花を画題とした絵を好み、生涯に80点ほどの静物画を描いているのだそうだ。

また舞台芸術を手掛けたのに加え、装飾美術の作品も残している。

 

マリー・ローランサン、「扇」(1919年頃) 油彩・カンヴァス テート美術館蔵

(撮影不可。)

扇はローランサンのお気に入りの画題で、1911年頃から作品に登場している。

 

マリー・ローランサン、「レモンのある静物」(1919年) 油彩・カンヴァス パリ市立近代美術館蔵

(撮影不可のため、画像はCICIBELLAからお借りしました。)

マリー・ローランサンはこのような絵も描いていたのかと驚く作品。

スペイン亡命時代に描かれたもので、この時期の絵は灰色を基調とした暗いものが多い。

 

マリー・ローランサン、「花束」(1939年) 油彩・カンヴァス マリー・ローランサン美術館蔵

 

マリー・ローランサン、「花を生けた花瓶」(1950年頃) 油彩・カンヴァス マリー・ローランサン美術館蔵

 

アンドレ・グルー(デザイン)、マリー・ローランサン(絵付)、アドルフ・シャノー(制作)、「椅子(2脚)」(1924年) 黒檀、鼈甲、ファブリック(ボーヴェ織物工房)、真鍮 東京都庭園美術館

 

ジャクリーヌ・マルヴァル、「花」(制昨年不詳) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

終章は、マリー・ローランサンと芸術

マリー・ローランサンの絵の特徴は、パステルカラー。

終章ではローランサンが描く群像を通じ、そのパステルカラーの表現を鑑賞することができる。

 

マリー・ローランサン、「プリンセス達」(1928年) 油彩・カンヴァス 大阪中之島美術館蔵

華やかな衣装の4人の女性と3匹の犬。

舞台の一場面を切り取ったような画面構成。

青色が効果的に使われている。

ローランサンは、「心得のある人たち、達者な人たちほどブルーを好みます」と後年回想しているのだそうだ。

 

マリー・ローランサン、「五人の奏者」(1935年) 油彩・カンヴァス 吉野石膏コレクション(山形美術館寄託)

5人もの人物が描かれたローランサンの絵は珍しい。

後列の4人の女性は、花、ギター、トランペット、フルートを持ち、何も持たない中央の女性は黄色い衣装が印象的。

1930年代の作品では黄色を効果的に使っているのだそうだ。

 

マリー・ローランサン、「三人の若い女」(1953年頃) 油彩・カンヴァス マリー・ローランサン美術館蔵

10年近い年月をかけて完成させた、ローランサン晩年の集大成ともいえる大作。

背景にはミラボー橋が描かれ、若い時の恋人、詩人のアポリネールのことを暗示しているとされている。

 

アポリネール作の詩、「ミラボー橋」。

アポリネールのことを愛したことは、年老いても良い思い出だったのだろう。

 

ローランサンは、「夜の手帖」の中で次のように語っている。

「私の学びとった少しばかりのものは、私が大画家と呼ぶ同時代の人たち-マチス、ドラン、ピカソ、ブラックといった人たちから教えられたものです。この人たちは私がここで引き合いに出すのをよろこばないでしょうが、じつはそうなのです。カルメンの歌にたとえているなら《あなたは私を好かなくても、私はあなたが好き・・・》というわけです」。(大島辰雄訳)

アンリ・マティスとアンドレ・ドランはフォーヴィスム、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックはキュビスムを代表する画家。

ローランサンはどちらの活動にも正式には加わらなかったが、若い頃に出会った画家たちのことを生涯大切にしていたことがわかる。

 

パブロ・ピカソ、「女の顔」(1923年) 油彩、砂・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

ジョルジュ・ブラック、「梨と桃」(1924年) 油彩・板 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

アンリ・マティス、「両腕をあげたオダリスク」(1921年) 油彩・カンヴァスボード 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

アンドレ・ドラン、「自画像」(1913年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

以上で、”マリー・ローランサン-時代をうつす眼”の鑑賞は終了。

見応えのある、素晴らしい企画展だった。

ちぃさんと過ごす、「アーティゾン美術館」での楽しい午後は続きます。

 

 

 

 

 

 

 

12月のこと、ちぃさんと「アーティゾン美術館」で過ごす楽しい午後の続き。

 

鑑賞しているのは、”マリー・ローランサン-時代をうつす眼”。

 

第2章は、マリー・ローランサンと文学。

ローランサンはキュビスムの時代に、絵画制作の傍ら多くの詩人と交流し、自らも詩を書き雑誌に発表している。

スペイン亡命中もマドリードで文学者たちと交流し、堀口大學にもこの時に出会っている。

1921年にパリに戻った後は画家よりも文学者との交流を好み、詩集「動物小詩集」を刊行。

ローランサンは挿絵画家としても活動し、生涯に80冊以上の本に挿絵を提供している。

 

ルイ・マルクーシ、「ギョーム・アポリネールの肖像」(1912-20年) エッチング・アクアチント・ドライポイント 愛知県美術館

1907年、ローランサンはパブロ・ピカソを介して詩人のギョーム・アポリネールと知り合い、1912年まで親密な関係を続けた。

この間に詩を書き始め、雑誌にも掲載されている。

 

関連書籍の展示も多い。

右から順に記す。

マリー・ローランサン、「小動物物語集」(1926年) 書籍 石橋財団アーティゾン美術館蔵

マリー・ローランサン、「小動物物語集」(1944年) 書籍 姫路市立美術館蔵

マリー・ローランサン、堀口大學訳、「月下の一群」(1925年) 書籍 石橋財団アーティゾン美術館蔵

マリー・ローランサン詩・画、堀口大學訳・編、ジャン・モレアス、ギョーム・アポリネール序詩、「マリー・ローランサン詩画集」(1936年) 書籍 石橋財団アーティゾン美術館蔵

マリー・ローランサン、「扇」(1922年) 書籍 石橋財団アーティゾン美術館蔵

マリー・ローランサン、「マリー・ローランサンの扇」(1922年) エッチング 姫路市立美術館蔵

 

マリー・ローランサン、堀口大學訳、「月下の一群」(1925年) 書籍 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

マリー・ローランサン詩・画、堀口大學訳・編、ジャン・モレアス、ギョーム・アポリネール序詩、「マリー・ローランサン詩画集」(1936年) 書籍 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

ジャック・ド・ラクルテル著、マリー・ローランサン挿絵、「スペイン便り」(1926年) 書籍(オリジナル版画・エッチング33点) 石橋財団アーティゾン美術館蔵

ローランサンに関する書籍まで数多く収集されていることが素晴らしい。

 

「スペイン便り」の11枚の挿絵がずらりと並ぶ。

他にも、水彩で描かれた、「椿姫」の12枚の美しい挿絵を見ることができる。

 

第3章は、マリー・ローランサンと人物像。

ローランサンは人物画を得意とし、生涯描き続けた。

第一次世界大戦後に亡命先のスペインからパリに戻ったローランサンは、戦争終結の安堵感と勝利の高揚感に包まれる中、明るい色彩で夢見るような女性の絵は人々に受け入れられ、人気を博した。

そして1929年の世界恐慌の困難な時期においてもローランサンの絵は一層華やかさを増し、色彩にも赤や黄が使われるようになった。

ここでは第一次世界大戦が終結し、第二次世界大戦勃発までの間のローランサンの絵を、同時代の人気の画家、ケース・ヴァン・ドンゲンや藤田嗣治などの絵と比較しながら鑑賞することができる。

 

マリー・ローランサン、「マンドリンのレッスン」(1923年) 油彩・カンヴァス 鹿児島市立美術館

 

ここではローランサンと日本の関係についても紹介されている。

ローランサンの作品が日本に初めて紹介されたのは、1914年(大正3年)で、その時は木版画だった。

1920年代になると油彩画が紹介されるようになり、1925年に日本橋の三越呉服店で開催された中央美術社主催の「佛國現代大家新作畫展覧會」に出品されている。

 

中央美術 1925年5月号 石橋財団アーティゾン美術館蔵

73番に、ローランサン婦人 「友」の記載がある(中段左端)。

この時に「友」として紹介されたのは、アーティゾン美術館に収蔵されている「二人の少女」(1923年)のこと。

 

マリー・ローランサン、「二人の少女」(1923年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

これが三越呉服店で展示された「友」。

 

マリー・ローランサン、「女と犬」(1923年頃) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

マリー・ローランサン、「女優たち」(1927年頃) 油彩・カンヴァス ポーラ美術館蔵

 

マリー・ローランサン、「鳩のいる女の肖像」(1932年) 油彩・カンヴァス オランジュリー美術館蔵

(撮影不可。)

 

マリー・ローランサン、「手鏡を持つ女」(1937年頃) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

20年代に較べると、30年代は色彩が少し強くなっている。

 

マリー・ローランサン、「シェシア帽を被った女」(1938年) 油彩・カンヴァス ヤマザキマザック美術館蔵

 

ラウル・デュフィ、「ポワレの服を着たモデルたち、1923年の競馬場」(1943年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

ケース・ヴァン・ドンゲン、「シャンゼリゼ大通り」(1924-25年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

ドンゲンのこの絵は私のお気に入り。

 

アメデオ・モディリアーニ、「若い農夫」(1918年頃) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

モディリアーニの絵は遠くから見てもすぐにそれとわかる。

 

東郷青児、「巴里の女」(1921年) 油彩・カンヴァス 鹿児島市立美術館蔵

1921年に渡仏し、24歳から7年にわたるフランス滞在で、ピカソから独自のスタイルを貫く姿勢を学んだ。

西洋絵画の伝統技法を研究するほか、仕事を通じて装飾やデザインも習得した。

 

東郷青児、「巴里の女」(1922年) 油彩・カンヴァス SOMPO美術館蔵

(撮影不可。)

 

東郷青児、「スペインの女優」(1922年) 油彩・カンヴァス SOMPO美術館蔵

(撮影不可。)

 

藤田嗣治、「人形を抱く少女」(1923年) 油彩・カンヴァス 群馬県立近代美術館蔵

1913年に渡仏すると、集合アトリエ「シテ・ファルギエール」で暮らし、パブロ・ピカソ、ケース・ヴァン・ドンゲン、アメデオ・モディリアーニらと交流。

1919年のサロン・ドートンヌで油彩画6点が初入選、1921年のサロン・ドートンヌで発表した「裸婦」が絶賛され、同年にサロン・ドートンヌの審査員となる。

1925年にフランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエを、ベルギー政府からレオポルド1世勲章シュヴァリエを授与される。

 

藤田嗣治、「夫人像」(1927年) 鉛筆・紙 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

藤田嗣治、「少女像」(1927年) 鉛筆・紙 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

これで第3章は終了。

ちぃさんと過ごす、「アーティゾン美術館」での楽しい午後は続きます。

 

 

 

 

 

 

引き続き時系列を飛び越えて、鑑賞した企画展が終了しないうちに美術館訪問記事をアップ。

この企画展は3月3日まで開催されているので、興味のある方は是非訪問して下さい。

12月のこと、ちぃさんと京橋で待ち合わせ。

 

向かった先は、「アーティゾン美術館」。

 

3階に上がると、ネットで購入しておいた時間指定の電子チケットを提示し、美術館に入場する。

 

鑑賞する企画展は、「マリー・ローランサン-時代をうつす眼」。

 

展示会場は6階。

 

展覧会の概要は、アーティゾン美術館の石橋館長の”ごあいさつ”から引用。

【マリー・ローランサン(1883-1956)は、20世紀前半に活躍した女性画家です。キュビスムの画家として紹介されることも多くありますが、「前衛的な芸術運動」や「流派(イズム)」を中心に語る美術史の中にうまく収まらない存在です。ローランサン自身は、自分に影響を与えた存在として、同時代の画家マティス、ドラン、ピカソ、ブラックの名前を挙げていますが、彼らの様式を模倣することなく、パステルカラーの独自の画風を生み出しました。彼女は同時代の状況を見つつ、時代の要請を理解して、自らの方向性を模索しました。
本展では石橋財団コレクションや国内外の美術館から、ローランサンの作品約40点、挿絵本等の資料約25点に加えて、ローランサンと同時代に活躍した画家たちの作品約25点、合計約90点を展示します。ローランサンの画業を複数のテーマから紹介し、関連する他の画家たちの作品と比較しつつ、彼女の作品の魅力をご紹介します。】

 

序章は、マリー・ローランサンと出会う。

【マリー・ローランサン(1883-1956)は、パリのアカデミー・アンベールで学び、キュビスムの画家として活動をはじめました。1914年にドイツ人男爵と結婚、ドイツ国籍となったため、第一次世界大戦が始まるとフランス国外への亡命を余儀なくされました。1920年に離婚を決意して、パリに戻ってくると、1921年の個展で成功を収めます。第二次世界大戦勃発後もほとんどパリに暮らし、1956年に72歳で亡くなるまで制作を続けました。】

 

マリー・ローランサン、「自画像」(1904年) 油彩・板 マリー・ローランサン美術館蔵

ローランサンの絵は数多く見ているが、自画像を見るのは初めて。

写実的な、21歳の自画像に少し驚く。

 

マリー・ローランサン、「自画像」(1905年頃) 油彩・板 マリー・ローランサン美術館蔵

 

マリー・ローランサン、「自画像」(1908年) 油彩・カンヴァス マリー・ローランサン美術館蔵

25歳の自画像は大きく変化し、単純化された平面的な表現となっている。

この時期、ローランサンはモンマルトルの集合アトリエ兼住居「洗濯船(バトー・ラヴォワール)」に出入りするようになり、パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックらと共に自らの表現を探求。

またピカソの紹介で知り合った詩人のギョーム・アポリネールと恋人関係となっている。

 

マリー・ローランサン、「帽子をかぶった自画像」(1927年頃) 油彩・カンヴァス マリー・ローランサン美術館蔵

ドイツ人男爵との結婚(1914年)、第一次世界大戦勃発によるスペインへの亡命、離婚(1921年)を経てパリに戻ったローランサンは個展(1921年)で成功をおさめ、人気の画家となった。

44歳の自画像はまさにローランサン独特の絵であるが、本人の特徴も良く表現されている。

 

第1章は、マリー・ローランサンとキュビスム。

ローランサンはモンマルトルの集合アトリエ兼住居「洗濯船(バトー・ラヴォワール)」でパブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックらと交流を深めていたことから、キュビスムの画家とされることも多い。

しかしローランサンは自書「夜の手帖」に、「私が立体派(キュビスム)の画家にならなかったとしても、それはつまり、なろうにもなれなかったからです。その力がなかったわけですが、彼らの探求には今でも情熱をかきたてられるのです」(大島辰雄訳)と記している。

第1章では、1909年頃に始まったキュビスムの時代のローランサンが、パステル調の作品を描く前に、前衛的な位置にいたということが示されている。

 

マリー・ローランサン、「パブロ・ピカソ」(1908年頃) 油彩・カンヴァス マリー・ローランサン美術館蔵

 

マリー・ローランサン、「横たわる裸婦」(1908年) 油彩・カンヴァス 名古屋市美術館蔵

(撮影禁止のため、名古屋市美術館の作品紹介の画像を使用。)

 

マリー・ローランサン、「若い女たち」(1910-11年) 油彩・カンヴァス ストックホルム近代美術館蔵

(撮影禁止のため、美術手帖の画像をお借りしました。)

「若い女たち」はキュビスム時代のローランサンの絵の特徴が最もよく出ている作品なのだそうだ。

特に背景の描き方にはキュビスムの影響が強く感じられる。

 

マリー・ローランサン、「サーカスにて」(1913年頃) 油彩・カンヴァス 名古屋市美術館蔵

(撮影禁止のため、名古屋市美術館の作品紹介の画像を使用。)

この頃になると、ローランサンの絵はキュビスムの手法を残しながらも、柔らかな線とパステルカラーを使う独自の方向に向かい始めている。

 

マリー・ローランサン、「ブルドッグを抱いた女」(1914年) 油彩・カンヴァス 群馬県立近代美術館蔵

ローランサンの絵には、犬と楽器が数多く描かれている。

このブルドック、とても可愛い。

 

ジョルジュ・ブラック、「円卓」(1911年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

ここではローランサンの絵と共にキュビスムを代表する画家たちの作品が展示されているので、その共通点、そしてその違いを理解することができる。

この作品はブラックの分析的キュビスムの盛期の作品。

署名は画面にではなく、裏面に入っている。

 

ジョルジュ・ブラック、「パル(テーブル上のバスの瓶とコップ)」(1911年) エッチング 石橋財団アーティゾン美術館蔵

 

ジャン・メッツァンジェ、「キュビスム的風景」(1911-12年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

風景画をキュビスムの手法で描いた、初期の作品。

 

ジャン・メッツァンジェ、「円卓の上の静物」(1916年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

メッツァンジェの絵は、ピカソやブラックよりも色彩や意匠性に富んでいる。

 

ロベール・ドローネー、「街の窓」(1912年) 油彩・厚紙 石橋財団アーティゾン美術館蔵

窓から見えるエッフェル塔を描いた作品。

フランスにおける抽象画の先駆的存在で、ドローネーの絵は色彩豊かで躍動感がある。

 

パブロ・ピカソ、「ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙」(1913年) 油彩・砂、新聞紙・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

画面に異物を混入するコラージュの技法が用いられた、総合的キュビスムの作品。

絵の具に砂が混ぜられ、画面には新聞紙が貼られている。

 

フアン・グリス、「新聞と開かれた本」(1913-14年) 油彩・カンヴァス 石橋財団アーティゾン美術館蔵

スペイン出身のキュビスムの画家で、「洗濯船(バトー・ラヴォワール)」に住み込んで制作を続けた。

 

アルベール・グレーズ、「手袋をした女」(1922年頃) 油彩・板 石橋財団アーティゾン美術館蔵

グレーズは伝統的な主題である女性肖像画を新しい造形で表現する試みを続け、この主題の絵を25点描いている。

 

これで第1章は終了。

ところで、「アーティゾン美術館」では有料のイヤホンガイドを借りなくてもアプリをインストールするだけで、スマホで解説を聞くことができるのが嬉しい。

ちぃさんと「アーティゾン美術館」で過ごす楽しい午後は続きます。

 

 

 

 

 

 

 

新年1月初めのこと、彼女と「麻布台ヒルズ」、森JPタワーの33階、『Hills House Dining 33』で過ごす素敵な夜の続き。

ここは、フレンチの巨匠、三國清三シェフがプロデュースするフレンチ・レストラン。

 

スパークリングをボトルで、白をグラスで飲んだ後は、赤ワインのボトルを抜栓。

ドメーヌ・ルネ・ルクレール、ブルゴーニュ、2019年。

ルネ・ルクレールは父親の畑を兄弟で分割して相続したことによって1976年に誕生したドメーヌ。

今ではジュヴレ・シャンベルタンの4haを始め、ブルゴーニュに10haの畑を保有する、ジュヴレの人気ドメーヌに成長している。

 

素晴らしい果実の凝縮感を持ち、まろやかなタンニンと活き活きとした酸を持つ、クラシカルなタイプのブルピノ。

良いぶどうを使って造られたことを感じさせ、ACブルゴーニュとは思えない上級クラスの風格を備えている。

発酵は天然酵母、新樽の使用は極力抑え古樽で12~16ヶ月熟成、無濾過無清澄でボトリングされている。

 

ポワソンは、金目鯛の昆布出汁ポシェ、紅芯大根と金時人参のエマンセ、3種トマトと3種ビーツ、オニオンのフリット包み、ビーツコンソメ、羅臼塩昆布味。

 

ポワソンのソース、ビーツコンソメも別添え。

最初の写真は、私が撮影しようとすると、「ソースがある方が綺麗だから」と彼女が掛けてくれたもの。

 

二人の皿に取り分け、ソースをたっぷり掛ける。

 

紅芯大根のエマンセ、薄切りの中には、ミニトマト。

目に鮮やかな赤で統一されたポワソンが美しい。

 

ヴィアンド用のナイフが届く。

 

ナイフは、スイスのヴィクトリノックス。

そう言えばヴィクトリノックスのアーミーナイフを持っているが、最近見ないが何処にあるのだろう。

 

ヴィアンドは、雉のブーダン仕立て、トリュフソース。

 

雉のブーダン仕立て、というよりルーローの上にはたっぷりの黒トリュフ。

両脇に添えられているのは、雉肉のコンフィ。

 

彼女が私の撮影用にソースを回しかけてくれる。

 

雉のルーローの取り分けに使ってくださいと、別のナイフが届く。

 

ドイツのWMFの製品だ。

 

切り分けると、中には竹炭のリゾット。

 

二人の皿に取り分け、トリュフソースを掛けて完成。

淡白な雉肉にトリュフソースがよく合う。

イノヴェーティヴなフレンチが多い中で、伝統的な料理が却って新鮮に感じる。

 

デセールは三種盛り。

 

キウイのデリス、青リンゴのソルベとライムのジュレと泡。

 

金柑のシブスト。

 

サフランのアイス。

 

食後の飲み物は、マカイバリ茶園のオーガニック・ダージリンティー。

マカイバリ茶園はインド、ダージリン地方で最も長い歴史を持つ茶園で、栽培はバイオダイナミック。

 

シュガーポットが出される。

コロナ禍以降は個包装のフランスのプレミアム・シュガー、ラ・ペルーシュを使う店が増え、シュガーポットが出されるのは珍しくなった。

北海道産の甜菜糖が使われている。

 

ミニャルディーズは、御用蔵醤油のマカロン。

 

紅茶は大きなポットで出されているので、お代わりをして楽しむ。

 

お腹はいっぱいと言いながら、彼女も私も完食。

このクラスのお店で、ソースを自分で掛けたり、ポワソンやヴィアンドを大皿から自分で取り分けるのには最初は戸惑ったが、慣れてしまえばそれも楽しい。

伝統的な料理を基本としながら新しさも随所に取り入れられ、充実したワインの品揃えも素晴らしいフレンチ・レストランだ。

メニューが替わったら、また来たいと思う。

 

満腹満足で地上に降り立つ。

気が付くと、食事を始めて既に三時間半が経っていた。

 

春になると多くのハイブランドのショップが開業し、一層賑やかになる。

彼女と過ごす、「麻布台ヒルズ」での素敵な新年の夜でした。

 

 

 

 

 

 

新年1月初めのこと、彼女と「麻布台ヒルズ」、森JPタワーの33階、『Hills House Dining 33』で過ごす素敵な夜の続き。

ここはフレンチの巨匠、三國清三シェフがプロデュースするフレンチ・レストラン。

 

アミューズが届く。

 

ユリネと白ゴマのフロマージュブラン。

白ゴマとフロマージュブランの組み合わせとは面白い。

濃厚な白ゴマの味わいが空腹の胃に優しく染み渡る。

 

飲んでいるワインは、ドメーヌ・ルー・ペール・エ・フィス、クレマン・ド・ブルゴーニュ、ブラン・ド・ブラン、エクストラ・ブリュット。

 

大きなパンも届く。

 

パンはフォカッチャ。

フレンチ・レストランでフォカッチャガ出されるのは珍しい。

これが美味しいのだが、メインを食べられなくなるといけないのでゆっくり味わう。

 

フォカッチャのお供は、オリーブオイル・スプレッド。

オリーブオイル、ニンニク、ハーブで作られている。

 

アントレは、伊勢海老のショーフロア仕立て、ロマネスコと根セロリ、その伊勢海老のコンソメキューブ、2種のマヨネーズ。

 

お正月らしい料理だ。

伊勢海老の上には、マヨネーズとゼラチンのソース。

皿の上には、トマトと生クリームのソース。

 

ソースの下には、伊勢海老の身とロマネスコ、根セロリ、コンソメキューブがごろごろ。

クレマン・ド・ブルゴーニュにもよく合い、グラスがどんどん進む。

 

次の料理に合わせ、濃厚な白をグラスで。

オーストラリア、南オーストラリア州バロッサ・ヴァレーのイェランド&パップスが造る、バロッサ・ヴァレー、シングル・ヴィンヤード、ルーサンヌ、2021年。

 

イェランド&パップスは、スーザン&マイケル・パップスが2005年にバロッサ・ヴァレーに設立したワイナリー。

ルーサンヌはフランス、ローヌ地方のぶどう品種。

そのルーサンヌ100%のワインが南オーストラリアで造られているとは知らなかった。

イェランド&パップスのワインが日本に初めて輸入されたのは2021年の10月、そしてルーサンヌ・シングル・ヴィンヤードの初入荷は2022年とのこと。

 

圧倒的に濃厚な果実味、活き活きとした酸、強めの樽のニュアンス。

複層的なストラクチャーを持つパワフルなボディで、長期熟成に耐えるポテンシャルを感じる。

フレンチ・オークのパンチョン(容量480ℓ)で8ヶ月かけて澱と共に発酵・熟成され、無濾過でボトリングされている。

 

二皿目のアントレは、フォアグラのフリット、菜の花と香草サラダ、クルミとヘーゼルナッツのオイル、バルサミコのヴィネグレット。

 

草を纏った森の住人が都会に現れ、少し戸惑っているような雰囲気。

 

香草を落とさないように、慎重に取り分け。

下に敷かれていた菜の花は、フォアグラの横に置く。

我ながらとても美しい盛り付け。

 

クルミとヘーゼルナッツのオイル、バルサミコのヴィネグレットは別添え。

 

彼女がソースを掛けた後、残りを勢いよく注いだら、ソースだくになってしまった。

「なにそれ、折角綺麗に取り分けたのに」と彼女に笑われてしまう。

森の住人が泥沼にはまった感じ。

でも、美味しければそれで良いのです。

 

夜が深まり、東京タワーが輝きを増す。

右奥に見えているのはレインボーブリッジ。

彼女と過ごす、「麻布台ヒルズ」の『Hills House Dining 33』での素敵な新年ディナーの夜は続きます。

 

 

 

 

 

 

またまた時系列を飛び越えて、新年記事をアップ。

1月初めのこと、外食始めに外出。

 

まず向かったのは、「池袋東武」。

 

目的の場所は、毎年新年に出店される高知の高木酒造のブース。

今回は高木酒造の五代目が来られているとのこと。

 

高木酒造を初めて訪問したのは、2019年のこと。

その時の杜氏は五代目だったが、今は六代目が杜氏を務められている。

色々な酒を試飲し、今年の酒の出来栄えなどに関し話が弾む。

五代目が最後に仕込んだ大吟醸の5年熟成酒も飲ませてもらい、そのまろやかな美味しさに驚く。

 

高木酒造訪問記はこちら。

 

 

今回買いたかったのは、深海酵母と高知県の新しい酒造好適米、土佐麗で仕込んだ土佐金蔵 特別純米 生。

この組み合わせで初めて醸された酒なので試飲すると、素晴らしい吟醸香と米の旨み。

フランスで開催されるKura Master 2023で最高位のプラチナ賞を受賞している。

この土佐金蔵と、大好きな定番酒の豊能梅 純米吟醸 おりがらみ 生を購入。

今年も高知に旅し高木酒造を訪問したいと思っているので、その相談にも乗ってもらう。

最後に、五代目を記念撮影。

 

次に向かったのは、神谷町。

ここで彼女と合流すると、「麻布台ヒルズ」に向かう。

 

彼女はここに来るのが初めてなので、カルティエのパンテールを撮影。

私も一緒にお付き合い。

 

パンテールの横には、東京タワー。

 

「これが日本で一番高いビルなの。どのくらいの高さなの」と彼女。

「森JPタワーは約330mで、300mのアベノハルカスを抜いて日本一になったけど、2028年に385mの常盤橋のトーチタワーが出来るまでの一位だね」と私。

「よく高さまで覚えているわね」と彼女。

そう、引退すると暇なのでいろんなことを覚えちゃうのです。

 

中央広場にはもうクリスマスツリーは無いけれど、小さな樹がイルミネーションで美しく輝いている。

 

中央広場から見る東京タワーも美しい。

 

開業したばかりの人気のスポットだが、新年明けたばかりの平日の夜には人がほとんど居ない。

 

森JPタワーに入ると、予約しているレストランに向かう。

 

33階の展望ラウンジから見る夜の東京タワーは一層美しい。

 

33階直行のエレベーターは二人で独占だったが、大階段にはそこそこ人が居る。

前回も思ったが、皆さんここで何をされているのだろう。

 

今夜予約しているのは、33階に一つだけあるレストラン、『Hills House Dining 33』。

フレンチの巨匠、三國清三シェフがプロデュースするフレンチだ。

 

ディナーの開始時間後すぐに入店したので、客はまだ少ない。

長いカウンターの前を歩き、奥のテーブルに案内される。

 

店内は広いが、ほとんど満席の予約なのだそうだ。

 

私たちのテーブルは、東京タワーが目の前に見える窓際。

開業後すぐに予約をしたので、良いテーブルを確保することができた。

 

普通は私が通路側に座るのだが、今夜は眺めの良い席を彼女に勧める。

 

まずは泡のボトルを抜栓。

ドメーヌ・ルー・ペール・エ・フィス、クレマン・ド・ブルゴーニュ、ブラン・ド・ブラン、エクストラ・ブリュット。

ドメーヌ・ルーは5世代続く家族経営の大規模ドメーヌで、サン・トーバン村に本拠地を構え、ブルゴーニュの24の村に合わせて70haもの畑を所有。

 

グレープフルーツやライチのフレッシュな香りに続き、熟した洋梨や炒ったナッツの香り。

口に含むとフレッシュな果実味に加え、リッチな熟成感。

綺麗な酸と活き活きとしたミネラル、そして後味にはブリオッシュのニュアンス。

このワインは、サン・トーバン村とシャサーニュ・モンラッシェ村の間にある標高の高い区画のシャルドネを100%用い、瓶内二次発酵方式で、法定期間の二倍の18ヶ月間熟成させてリリースされている。

彼女と「麻布台ヒルズ」で過ごす、素敵な新年の夜は続きます。

 

 

 

 

 

 

 

6月のこと、表参道のシュラスコの名店、『バルバッコア青山本店』で友人達と過ごす楽しい午後の続き。

今日のメンバーは、すみれさん、茶目子さん、そして私。

 

肉をどんどん食べ進む。

大好きなピッカーニャ(イチボ)は二度目。

 

たっぷり三枚切ってもらった。

 

手前は和牛アルカトラ(ランプ)。

和牛が一番固いのは焼き過ぎのせいか。

 

再び焼きパイナップル。

これが美味いのだ。

 

もうお腹がいっぱいで肉を食べることが出来なくなったが、ワインはまだ飲んでいる。

 

三種類目の赤ワインは、アルゼンチン、メンドーサのカテナが造る、カテナ、マルベック、2020年。

マルベックはアルゼンチンを代表する赤ワイン用ぶどう。

 

豊かな黒果実の香り、強い果実味と深い熟成感。

アルゼンチンのマルベックは美味い。

熟成はフレンチオークの樽70%、アメリカンオークの樽30%で12ヶ月間。

 

サラダバーがもうすぐ終了するというので、茶目子さんと私はデザートを取りに行くことにする。

すみれさんはお腹がいっぱいでパス。

 

ソフトクリームが上手く立たなかった。

スネ夫みたいだと大笑い。

 

デザートは、プリン、シフォンケーキ、バナナケーキ。

 

赤ワインと溶け落ちそうになったソフトクリームを持って記念撮影。

 

赤ワインを飲み干すと、〆にスパークリングワイン。

それにしても、今日はランチで飲み過ぎ。

 

飲んでいるのは、チリ、アコンカグアのアマルナが造る、アマルナ、オーガニック、スパークリング・ブリュット。

 

客であふれていた店内は、既に多くが空席となっている。

 

満腹満足で、『バルバッコア青山本店』を出る。

 

何時もならこの後に軽く飲みに行くのだが、今日は三人とも動くのが辛いほどお腹がいっぱいで、しかも飲み過ぎている。

 

表参道交差点で分かれると、帰途に就く。

私は少しでも消化を促進するため、少し散策して帰ることにする。

 

表参道から外苑前に至る。

イチョウ並木が青々と茂っているが、今も再開発で揺れている。

 

ここは高橋是清翁記念公園。

日本の近代経済学の先駆者であり、学生時代に是清翁の自伝を何度も読んだことを懐かしく思い出す。

 

草月会館ではケニー・シャーフの個展、”I'M BAAACK”が開催されている。

 

この車は、シャーフがペイントと改造を行ったキャデラックの”夢の車”。

 

とらやで一休みしていきたいところだが、お腹がいっぱいなのでパス。

 

豊川稲荷は7月1日が縁日とのこと。

赤坂から永田町を抜け、青山通りを更に進む。

 

とうとう皇居にまで来てしまった。

 

桜田門を過ぎ、内堀通りを進む。

 

日比谷が見えてきた。

右の高層ビルは、日比谷三井タワー。

ここの「東京ミッドタウン日比谷」で軽く飲んで帰るつもりだったが、これだけ歩いてもお腹が空かない。

友人達と過ごす、青山での楽しいランチと、日比谷までの都内散策でした。