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ワインは素敵な恋の道しるべ

白ワインは天使の如く貴方の心を解き放ち、赤ワインの真紅のグラスの底には悪魔が潜む。そして貴方は天使の如く大胆に、悪魔の如く繊細に、新たな恋の道を歩み始める。

六本木の『エンパイア・ステーキハウス』でちぃさんと過ごす楽しいランチの続き。

 

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前菜のプレートは野菜たっぷりなのが嬉しい。

 

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季節野菜のグリーンサラダ、焼き野菜。

今日の焼き野菜は春キャベツ。

 

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蒸し牡蠣もシャンパーニュによく合う。

 

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プライムビーフの赤ワインソース煮。

美味しくないはずがない。

 

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飲んでいるシャンパーニュは、ルラージュ・プジョーのトラディション、エクストラ・ブリュットと、ロゼ、エクストラ・ブリュット。

今日はこの二本を空ける予定。

 

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ミュズレの図柄は同じなのだが、ベースの色が少し異なっている。

 

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二種のシャンパーニュを飲み較べしながら楽しんでいるので、テーブルの上がとても華やか。

 

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ステーキに合わせ、赤ワインもグラスでもらう。

ベンド、カベルネ・ソーヴィニヨン、カリフォルニア、2019年。

 

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赤ワインでも乾杯。

この”エンパイア”の頭文字の”E”が入った大きなグラスは、お店からプレゼントしてもらっている。

今度、家でも使ってみよう。

 

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完熟プラム、カシスなど黒果実の濃厚な果実味。

しなやかなタンニンを持つ、バランスの良いカベソーだ。

ベンドは、ブレッド&バターを始め多くのワインを手掛ける人気のイタリア人醸造家、ダリオ・デ・コンティが経営するワイナリー。

 

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ここのランチコースのステーキは、150g。

なんだか今日は小さく見える。

 

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私はプライム・リブアイをブルーレアで。

 

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ちぃさんはプライム・リブアイをレアで。

ちょっと火が入り過ぎているが、ちぃさんは元々ミディアムレアが好み。

ここは火のとおりが強いので、焼き加減は一つレア寄りで注文している。

 

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リブアイにはマデイラのソースが出される。

これが美味いのだ。

 

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シャンパーニュを二種類とカベルネ・ソーヴィニヨンとでテーブルは賑やか。

 

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シャンパーニュと赤ワインをさらに注ぎ足してもらい、一列に並べてみる。

今日は飲み過ぎ。

 

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食後は生チョコレート。

 

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生チョコレートのお供は、ロゼのシャンパーニュ。

 

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食後のワインがたっぷりになってしまった。

もちろん全て飲み干して店をあとにする。

ちぃさんと過ごす、六本木の午後は続きます。

 

 

 

 

 

 

5月のある休日。

六本木でちぃさんと待ち合わせ。

 

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六本木に来ると必ずここを撮影してしまう。

 

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今日も芋洗坂を下り、予約しているレストランに向かう。

 

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今日のランチは久し振りに訪問する『エンパイア・ステーキハウス六本木』。

ニューヨークの人気のステーキハウスの海外一号店。

 

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昨年はほぼ二ヶ月に一度のペースで訪問していたが、今年はこれが初訪問。

 

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エントランスを入ると、右手のセラーにはシャンパーニュのボトルが並ぶ。

 

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私達のテーブルは、予約時にお願いしておいた、店の奥のボックスシート。

 

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今日はステーキとシャンパーニュのランチなので、テーブル上にはシャンパーニュグラス。

何時ものセッティングに心はワクワク。

 

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パンが二種届く。

ステーキハウスのパンは美味いので好きだ。

 

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残念なことに今日はサービスの責任者でソムリエの田村さんがお休み。

でも若いスタッフの中村さんがテーブルに来て、「高原様にしっかりサーヴするように田村から指示されております」とのこと。

 

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テーブル上にはステーキ・ソース。

これを見ると二人とも思い出して笑ってしまう。

私が一度、このソースを使おうとしたところ、ソースが落ちてこないので軽く振ったらドバっと瓶の半分くらいが皿に出てしまったのだ。

その時はお店の方が急いで小皿とスプーンを持ってきてくれ、迷惑をかけてしまった。

 

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中村さんがシャンパーニュを注いでくれる。

 

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ルラージュ・プジョー、トラディシオン、エクストラ・ブリュット、プルミエ・クリュ、ヴリニー。

モンターニュ・ド・ランスで1799年から続く家族経営のメゾン。

 

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ぶどうはピノ・ムニエ50%、ピノ・ノワール40%、シャルドネ10%。

栽培はビオディナミ。

瓶内熟成は36ヶ月と長い。

デゴルジュマンは2020年9月。

 

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今日もいっぱい楽しく飲みましょうの乾杯。

シトラスの爽やかな香り。

熟した洋梨やピーチ、その後には炒ったナッツやブリオッシュのニュアンス。

ミネラル感のあるキレの良いエクストラ・ブリュットだ。

 

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飲み始めて間もなく中村さんが再び現れ、よろしければロゼと飲み比べて下さいと、またまたグラスに注いでくれる。

確かに今日はサービスに気合が入っている。

 

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ルラージュ・プジョー、ロゼ、エクストラ・ブリュット。

 

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このシャンパーニュ、残念ながら情報が無い。

恐らくピノ・ムニエがメインのロゼだと思われる。

 

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ロゼでも乾杯。

フランボワーズやストロベリーの香り。

カシスやバニラのニュアンス、キレの良い辛口。

 

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美味しくシャンパーニュを飲んでいると、前菜が届く。

六本木の『エンパイア・ステーキハウス』でちぃさんと過ごす楽しい午後は続きます。

 

 

 

 

 

 

京橋の「アーティゾン美術館」でちぃさんと過ごす絵画鑑賞の楽しい午後の続き。

 

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鑑賞しているのは、”ピカソとミロの版画-教育普及企画-”。

 

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ミロの版画作品は2,000点以上もあることを初めて知った。

 

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他に来館者が居なくなるのを辛抱強く待って撮影。

 

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ダニエル・フラネイ、「ジョアン・ミロ」(1968年)。

 

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ジョアン・ミロ、「黒と赤シリーズより」(1938年) エッチング。

「黒と赤」シリーズは全8点からなり、石橋財団コレクションにはその内1点目から3点目までが収蔵されている。

 

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ジョアン・ミロ、「黒と赤シリーズより、1点目」(1938年) エッチング。

1点目は黒のみで刷られている。

 

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ジョアン・ミロ、「黒と赤シリーズより、2点目」(1938年) エッチング。

 

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ジョアン・ミロ、「黒と赤シリーズより、3点目」(1938年) エッチング。

1点目の銅板を逆さにし、黒と赤で刷られている。

他の作品は、1点目と2点目の銅板に黒と赤のインクを交互につけ、異なる組み合わせや配置でこのシリーズを制作している。

 

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ジョアン・ミロ、「迷宮の星」(1967年) エッチング、ドライポイント、アクアチント、カーボランダム。

意図や意識を排除し、素早く絵を描く”オートマティスム”の実験的作品。

星、月、動物などの素朴なモチーフを簡略化し自由な発想で描くのがミロのスタイル。

 

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ジョアン・ミロ、「岩壁の軌跡Ⅵ」(1967年) エッチング、アクアチント、カーボランダム。

全6点の「岩壁の軌跡」シリーズの内の1点。

この作品も複数の技法を用いて制作されている。

 

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ジョアン・ミロ、「犬Ⅲ」(1978年) アクアチント。

 

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ジョアン・ミロ、「犬Ⅳ」(1978-79年) アクアチント。

 

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ジョアン・ミロ、「犬Ⅸ」(1978-79年) アクアチント。

 

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ジョアン・ミロ、「人と鳥」(1948年) リトグラフ。

1948年、パリのマーグ画廊で開催されたミロの最初の個展のポスターのデザイン。

 

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ジョアン・ミロ、「記号と流星」(1958年) リトグラフ。

 

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ジョアン・ミロ、「コンポジション」 リトグラフ。

 

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ジョアン・ミロ、「猫」(1970年) リトグラフ。

 

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ジョアン・ミロ、「作品」(1971年) リトグラフ。

 

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教育普及企画だけあり、版画の各技法についての説明も展示されている。

これは銅版画の技法。

 

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銅版画の技法のひとつ、アクアチント。

 

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リトグラフの説明。

 

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シルクスクリーンの説明。

 

ピカソの版画もミロの版画も、作者の個性が良く出た作品だった。

長々と続いた「アーティゾン美術館」鑑賞記は、これで完結です。

 

 

 

 

 

 

京橋の「アーティゾン美術館」でちぃさんと過ごす楽しい美術鑑賞の続き。

 

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いよいよ最後の展示は、”ピカソとミロの版画-教育普及企画-”。

 

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ピカソとミロの関係について、ふむふむと熟読。

 

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ピカソは多作で時代と共にその画風が変化していることは、バルセロナ、パリ、ニューヨークの幾つかの美術館巡りで知っていたが、版画を2,900点も制作していたことは初めて知った。

 

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マン・レイ、「アトリエのパブロ・ピカソ」。

ピカソはなかなかの好男子。

 

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パブロ・ピカソ、「闘牛の退場」(1945年) リトグラフ。

少年時代から晩年まで闘牛観戦を好んだピカソにとって、闘牛は繰り返し描いたテーマの一つ。

 

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パブロ・ピカソ、「四人の子どもに見られる羽のはえた牛(「ヴォラールのための連作」より)」(1934年) エッチング。

「ヴォラールのための連作」は、画商アンブロワーズ・ヴォラールが1930年から1937年にかけてピカソが製作した100点の銅板を買い取り、刷り師ロジェ・ラクリエールに刷らせたもの。

エッチング、ドライポイント、アクアチントなど、複数の技法が用いられている。

石橋財団コレクションにはその内46点が収蔵されている。

 

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パブロ・ピカソ、「サーカス(「ヴォラールのための連作」より)」(1933年) ドライポイント。

この連作では、アトリエの画家/彫刻家とモデル、闘牛、ミノタウロス、サーカスなど、ピカソが油彩画でも取り上げたテーマが使われている。

そして繰り返し登場する女性像のモデルは、当時ピカソのミューズだったマリー=テレーズ・ワルテル(1909-1977)。

 

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パブロ・ピカソ、「パレットを持つレンブラント(「ヴォラールのための連作」より)」(1934年) エッチング。

1934年1月に製作された4点のエッチング作品にはレンブラントが登場している。

 

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パブロ・ピカソ、「レンブラントと二人の女(「ヴォラールのための連作」より)」(1934年) エッチング。

 

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パブロ・ピカソ、「頭部像を見る二人の女(「ヴォラールのための連作」より)」(1933年) エッチング。

 

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パブロ・ピカソ、「彫刻と花瓶(「ヴォラールのための連作」より)」(1933年) エッチング、アクアチント。

 

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パブロ・ピカソ、「三人の役者(「ヴォラールのための連作」より)」(1933年) ドライポイント。

 

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パブロ・ピカソ、「四人の裸婦と頭部像(「ヴォラールのための連作」より)」(1933年) エッチング、エングレーヴィング。

 

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アンドレ・ドラン、「黄金時代と約束の地(ジョルジュ・デュアメルほか著「葡萄酒、花、炎」のための挿絵)」(1952年刊) 銅版原版。

 

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パブロ・ピカソ、「コンポジション」 シルクスクリーン。

 

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パブロ・ピカソ、「カルメン(プロスペル・メリメ著)のための挿絵」(1949年刊) エングレーヴィング。

 

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パブロ・ピカソ、「詩とリトグラフ」(1954年刊) リトグラフ。

1935年から詩作に取り組み、1959年までに340篇以上の詩を書いている。

この本は、1941年以降の詩を自身の文字と挿絵で綴ったもの。

 

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パブロ・ピカソ、「バッカス祭Ⅱ」(1959年) リトグラフ。

ピカソはギリシャ神話、ローマ神話を題材とした作品を多く残している。

酒神バッカスを祀る祝祭の様子が賑やかに描かれている。

 

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パブロ・ピカソ、「ケンタウロスの争いⅣ」(1959年) リトグラフ。

ケンタウロスはギリシャ神話に登場する半人半獣の種族。

シンプルな線で描かれているが、とても躍動感がある。

 

ピカソの版画の展示はここまで。

次はミロの版画に移ります。

 

 

 

 

 

京橋の「アーティゾン美術館」でちぃさんと過ごす楽しい美術鑑賞の午後の続き。

観ている展示は、”石橋財団コレクション選”。

ここからは彫像の展示。

 

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オーギュスト・ロダン、「考える人」(1902年頃) ブロンズ。

元々は「地獄の門」の扉の上部中央の人物像を独立させたもの。

大きさは、大、中、小と三種類制作され、これは小型の作品。

大型の「考える人」も「地獄の門」も上野の国立西洋美術館の前庭に展示されている。

 

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大型の像は何度も観たことがあるが、この像は高さが37.7cm。

間近でじっくり観ることが出来る。

 

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オーギュスト・ロダン、「立てるフォーネス」(1884年頃) 大理石。

恥じらいを表現しているのだろうか。

岩から生まれたかのような素晴らしい造形。

 

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フォーネスは、ギリシャ神話の牧神に従う森の精。

 

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アリスティド・マイヨール、「女の顔」 テラコッタ。

人間の原初性を絶えず主題とし、明朗で秩序付けられた女性像を造形化した彫刻家なのだそうだ。

マイヨールの作品は、「アーティゾン美術館」の5階ロビーにも展示されている。

 

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アリスティド・マイヨール(1861-1944)、「欲望」(1905-08年) ブロンズ。

これが5階に常設されている作品。

 

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ヘンリー・ムーア、「横たわる人体」(1976年) ブロンズ。

ヘンリー・ムーアはイギリス、ヨークシャー出身の彫刻家。

”横たわる人体”は彼が生涯追い求めたテーマで、多くの作品を残している。

作品は高く評価され多くの富を築いたが、その大部分を「ヘンリー・ムーア財団」に寄付し、美術教育や支援に使われている。

ヘンリー・ムーアの作品は、ブリックスクエアにも「羊の形(原型) 1971」が展示されているので、親しみのある彫刻家だ。

 

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ウンベルト・ボッチョーニ、「空間における連続性の唯一の形態」(1913年、1972年鋳造) ブロンズ。

20世紀初頭にイタリアで興った未来派の主要メンバー。

新しい時代にふさわしいスピード感、ダイナミズムを追い求め、”歩く人”は代表的な主題。

 

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オシップ・ザッキン、「三美神」(1950年) ブロンズ。

オシップ・ザッキンといえば、隅田川の中央大橋に置かれている、シラク・パリ市長(当時)から贈られた彫像の作者。

ロシア生まれの彫刻家で、パリで活躍した。

三美神は古くからの芸術表現の主要テーマ。

 

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隅田川を航行する船から撮影したので小さくて良く見えないが、これが中央大橋に設置されているオシップ・ザッキン作、「メッセンジャー」。

 

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コンスタンティン・ブランクーシ、「ポガニー嬢Ⅱ」(1925年、2006年鋳造) 磨きブロンズ。

ルーマニア出身の彫刻家。

20世紀の抽象彫刻の先駆者。

マルギット・ボガニーはハンガリー出身の画家で、ブランクーシはボガニーの彫像を大理石やブロンズで複数制作している。

 

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アレクサンダー・アーキペンコ、「ゴンドラの船頭」(1914年) ブロンズ。

ウクライナ出身の彫刻家。

1914年、パリの展覧会に出品された時、今までの彫刻の概念を覆す造形に驚くと共に酷評された作品。

今観ると、実にわかりやすい動きのある素晴らしい作品だ。

アーキベンコはザッキンと共にキュビスムの発展に貢献した。

 

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アレクサンダー・コールダー、「単眼鏡」(1947年) 彩色金属板。

アメリカ出身のパリで活動した彫刻家。

金属板が支え合う抽象彫刻を制作。

観る方向によって表情を変えるのが特徴。

 

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ここからは日本の画家の作品。

 

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黒田清輝、「針仕事」(1890年)。

大好きな絵だ。

法律を学ぶためにパリに留学し、画家に転向。

帰国後は東京美術学校(東京芸術大学の美術部門の前身)に新設された西洋画科を率い、明治後半の日本の美術界の発展に大きく貢献した。

この絵のモデルは、黒田が絵を描くのに好んで滞在したパリ南東70kmの村で部屋を借りていた農家の娘、マリア・ビヨー(当時19歳)で、マリアは黒田のモデルを度々務めている。

 

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藤島武二、「天平の面影」(1902年)。

明治30年代から昭和10年代の日本の洋画壇を牽引した画家。

東洋と西洋の美を融合させたこの作品は明治浪漫主義と呼ばれている。

 

藤島武二の絵について詳しくはこちら。

 

 

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坂本繁二郎、「放牧三馬」(1932年)。

坂本は生涯にわたって、馬、牛、能面、月などを描いている。

三頭の馬が正面、横、後ろ姿で描かれているが、これは西洋美術の重要なテーマ、三美神と同じ構図だ。

久留米の小学校の代用教員時代に石橋正二郎(ブリヂストン・石橋財団創設者)に美術を教えたことがあり、正二郎に青木繁の作品収集を勧めた人物。

この絵が二科展に出展された直後に、正二郎によって購入されている。

 

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青木繁、「海の幸」(1904年)。

この絵は「ブリヂストン美術館」時代から何度も観に来ている。

友人の坂本繁二郎が語った館山の布良海岸で観た大漁陸揚げの様子から、青木が想像力を働かせて描いたもの。

青木繁は28歳の若さで夭逝している。

この絵の前に椅子が置かれていたので、腰かけて眺める。

「青木繁の息子は尺八奏者の福田蘭堂で、その息子がクレージーキャッツのピアニストの石橋エータローなんですよ」などとちぃさんに説明するのも楽しい。

福田蘭堂は浮気が原因で離婚しているので、エータローは母方の姓の石橋となっている。

 

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関根正二、「子供」(1919年)。

関根は16歳で早くも画壇にデビューしたが、20歳2か月で夭逝している。

この絵は死の数か月前に描かれた最後の作品で、モデルは末の弟。

震災や戦災で失われた絵も多く、現存するのはわずか30点ほど。

 

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岸田劉生、「南瓜を持てる女」(1914年)。

この絵も妻の蓁(しげる)を描いたもの。

登場人物は日本人女性でありながら、絵の雰囲気はルネッサンス期の宗教画か豊穣の女神を描いたような画面構成となっている。

 

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小出楢重、「帽子をかぶった自画像」(1924年)。

この絵を観ると、何時も不思議な気分になる。

左向きの小出楢重が画面の左寄りに描かれ、右奥の椅子とトランペットの存在感が大きく、居心地の悪さを感じてしまう。

さらに小出楢重自身が、自信に満ちているのか苦悩に沈んでいるのか、この表情から読み取れないのだ。

パリに留学し、こんな嫌なところはないと言いながら、帰国後は服装も生活様式も西洋風に切り替えたそうだ。

そんな時期に描かれた一枚だ。

 

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中村彜、「自画像」(1909ー10年)。

暗い自画像だ。

”にがむし”という別名が付いている。

中村彜(つね)は幼い頃に、両親、姉、兄を亡くし、自身も肺結核で身体が弱かった。

37歳で夭逝している。

光の使い方にレンブラントの影響を感じると思ったら、レンブラントを研究して絵を描いていたのだそうだ。

 

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松本竣介、「運河風景」(1943年)。

第二次世界大戦末期になると、松本は東京や横浜の景色を暗い色調で数多く描いた。

ここに描かれているのは、新橋近くのごみ処理場と汐留川に架かる蓬莱橋。

 

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安井曾太郎、「F婦人像」(1939年)。

F婦人とは、絵画コレクターの福島繁太郎の妻で、随筆家の慶子。

福島夫妻は1920年代を主にパリとロンドンで過ごし、マティス、ルオー、ピカソなどの作品を数多く日本に持ち帰っている。

慶子は肖像画を依頼し描いてもらうにあたり、描きにくい細い縞模様の服をわざと選んだそうで、安井はその挑戦に制作意欲を掻き立てられたそうだ。

 

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岡鹿之助、「セーヌ河畔」(1927年)。

童話の挿絵になるような可愛い絵だ。

岡は1925年にパリに渡り、第二次世界大戦勃発までの14年間を過ごした。

この絵を観ると、ルソーの影響が感じられる。

 

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児島善三郎、「海芋と麒麟草」(1954年)。

フランス留学中に学んだ写実的表現と、日本の伝統的な装飾様式の融合を図る”日本人の油絵”の創造を追求した画家。

立体的に描かれた海芋(カラー)と麒麟草に対し、花瓶やテーブルクロス、背景の文様が平面性を強調されて描かれている。

 

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佐伯祐三、「テラスの広告」(1927年)。

パリの街角の風景が活き活きと描かれた、佐伯祐三らしい作品だ。

「広告貼り」の作品にも用いられた黒い文字が装飾的に使われ、画面に躍動感を与えている。

この絵は、二度目のフランス滞在期間に描かれたもの。

 

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山口長男、「累形」(1958年)。

ここから急に抽象画になった。

山口長男は日本における抽象絵画のパイオニア。

 

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オノサト・トシノブ「朱の丸」(1959年)。

モザイク状の幾何学的抽象様式で知られ、グッゲンハイム美術館にも作品が収蔵されている。

 

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田中敦子、「無題」(1965年)。

草間彌生と並び、日本を代表する前衛芸術家。

作品はニューヨーク近代美術館(MOMA)にも収蔵されている。

 

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田中信太郎、「羽化」(2008年)。

戦後の前衛芸術の旗手の一人。

 

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猪熊弦一郎、「都市計画(黄色 No.1)」(1968年)。

ニューヨークで活躍した猪熊がニューヨークの街を俯瞰的に表現した作品。

表現様式は日本の畳や絣の文様を想起させ、日本的な美的感覚が斬新であると評価された。

 

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草間彌生、「無限の網(無題)」(1962年頃)。

〆の一枚は、草間彌生。

あまりに有名で、何も記載する必要は無いだろう。

 

”石橋財団コレクション選”の鑑賞記はこれで終了。

”ピカソとミロの版画-教育普及企画-”の鑑賞記が続きます。

 

 

 

 

 

 

ちょっと間が空きましたが、京橋の「アーティゾン美術館」でちぃさんと過ごす美術鑑賞の楽しい午後の続き。

 

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6階で、”写真と絵画-セザンヌより 柴田敏雄と鈴木理策”、5階で、”Transformation 越境から生まれるアート”の二つの企画展を楽しんだ後は、4階に移動し、”石橋財団コレクション選”を鑑賞。

ここでは特集コーナー展示、”ピカソとミロの版画-教育普及企画-”も観ることができる。

 

ここからは名画がずらりと並ぶ。

 

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カミーユ・コロー、「ヴィル・ダヴレー」(1835-40年)。

コローならではの奥行きのある風景画。

父親が購入した別荘がヴィル・ダヴレーにあり、その一室をアトリエにして絵画制作に励んだのだそうだ。

 

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カミーユ・ピサロ、「菜園」(1878年)。

パリの北西約40kmにある街、ポントワーズに度々滞在し、膨大な量の絵を制作している。

この「菜園」はポントワーズの名産品、キャベツの畑を描いたもの。

 

IMG_20220524_085641.jpgアルフレッド・シスレー、「サン=マメス六月の朝」(1884年)。

サン=マメスはパリの南東約60kmにあるフォンテーヌブローの森の東にある小さな村。

印象派の風景画家の真骨頂ともいえる作品で、特徴のひとつである”青で表現された影”を観ることができる。

 

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エドゥアール・マネ、「オペラ座の仮装舞踏会」(1873年)。

シルクハットと燕尾服の上流階級の男性達と一緒に居るのは、踊り子や高級娼婦達。

今からオペラが開演するのだろうか、人々の興奮や熱気が感じられる。

 

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クロード・モネ、「黄昏、ヴェネツィア」(1908年頃)。

この絵も好きで、「ブリヂストン美術館」の時から何度も観に来ている。

モネはヴェネツィアが気に入り、約二ヶ月の滞在中に約30枚の絵を制作している。

海の筆の静かなタッチと空の筆の激しいタッチの対比が見事。

 

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ポール・シニャック、「コンカルノー港」(1925年)。

まるでモザイクのようなシニャックの絵も好きだ。

そう言えば、ゴッホも新印象派の手法の絵を試していた。

コンカルノーはブルターニュの港町。

 

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モーリス・ド・ヴラマンク、「運河船」(1905-06年)。

マティスやドランと共にフォーヴィスム運動の中心的画家。

20世紀初頭は工場の煙突がもくもくと煙を吐き出していたことがわかる。

 

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アンリ・マティス、「画室の裸婦」(1899年)。

点描で描かれた作品。

台の上でポーズをとるモデルの周りには、画学生。

裸婦像は絵を学ぶ者にとって重要な画題。

 

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アンリ・マティス、「縞ジャケット」(1914年)。

モデルはマティスの長女、マルグリット。

私でも描けそうに思えるが、実際にはこんなきれいなバランスと色使いで描くことはできない。

 

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アンリ・ルソー、「牧場」(1910年)。

66歳での没年に描かれた作品。

不思議な絵だ。

遠近法や対象物の前後関係などを無視しているのだが、観る者の心を和ませる力がある。

 

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フィンセント・ファン・ゴッホ、「モンマルトルの風車」(1886年)。

ゴッホのパリ時代の絵。

オランダ出身のゴッホにとって、モンマルトルの丘にある風車は懐かしい景色だったのだろう。

 

昨年秋にゴッホ展を観たばかりなので、どの時代の作品かだいたいわかる。

ゴッホ展の記事はこちら。

 

 

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ポール・ゴーガン、「馬の頭部のある静物」(1886年)。

ゴーガンも新印象派の手法で絵を描いていたのか。

それにしても不思議な静物画だ。

ギリシャ彫刻の馬の頭部、中国とも日本とも思える人形、そして和の団扇。

この後ゴーガンは日本美術の技法を学び、平面的な単純化の画風を確立していくこととなる。

 

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ジョルジュ・ルオー、「ピエロ」(1925年)。

人々を楽しませるピエロが持つ、深い悲しみ。

ルオーは家具職人の家に生まれ、ステンドグラス職人のもとで修業をした労働者階級出身のフォーヴィスムの画家。

社会の底辺の人々やキリストを多く描いた。

ルオーの絵を観ると、本郷の赤門前にあった『喫茶ルオー』を想起する。(今は正門寄りに場所を移して再開。)

本物のルオーの絵が飾られていたこの店で、何時間も一杯のコーヒーを飲みながら難解な経済モデルの数式を解いていたことを思い出す。

 

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ジョルジュ・ルオー、「郊外のキリスト」(1920-24年)。

パリの場末の貧しい親子を描いた絵。

夜に小さな子供を連れて路上を歩く家族。

胸を締め付けられるような悲しさ、侘しさ、そしてそこには家族を見守るルオーの、いやキリストの温かい眼差しを感じることが出来る。

 

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パブロ・ピカソ、「腕を組んですわるサルタンバンク」(1923年)。

ピカソの新古典主義の時代の終盤の作品。

サルタンバンクとは、大道芸人のこと。

 

海外で一番最近にピカソ展を観たのは、コロナの前、パリの「オルセー美術館」でのこと。

その時の記事はこちら。

 

その前に観たピカソの作品は、バルセロナの「ピカソ美術館」。

その時の記事はこちら。

 

 

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マリー・ローランサン、「二人の少女」(1923年)。

マリー・ローランサンの絵は誰が見てもそれとわかる独自の画風を確立している。

ドイツ人男爵と結婚したため、第一次世界大戦ではスペインへの亡命を余儀なくされたが、離婚後パリに戻り、パステルカラーの美しい画風で20年代には時代の寵児となった。

西麻布の『レストランひらまつ レゼルヴ』にも絵が飾られているので馴染みのある画家だ。

 

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ケース・ヴァン・ドンゲン、「シャンゼリゼ大通り」(1924-25年)。

パリで活躍したオランダ出身のフォーヴィスムの画家。

第一次世界大戦後の、開放的な雰囲気、軽やかなファッションが活き活きと描かれている。

 

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ラウル・デュフィ、「オーケストラ」(1942年)。

マティスの影響を受けたフォーヴィスムの画家。

音楽家一家に生まれたことから、楽器、譜面、そしてオーケストラの絵を多く描いている。

 

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オーギュスト・エルバン、「コンポジション、抽象」(1925年)。

キュビスムを自らの幾何学的抽象絵画に発展させたフランスの画家。

私には評価能力なし。

 

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フェルナン・レジェ、「抽象的コンポジション」(1919年)。

何を描いているのか、などど考えてはいけないのだろうか。

画家になる前は建築の製図工だったと聞けば、何となくわかる気もする。

 

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ジャン・メッツァンジェ、「円卓の上の静物」(1916年)。

新印象主義、フォーヴィスムから、キュビスムに転じた画家。

遠目にはブラックの絵かと思ったが、ブラックよりは色彩が豊か。

 

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アルベール・グレーズ、「手袋をした女」(1922年頃)。

キュビスムの画家。

女性の肖像画を幾何学的図形の集積で構成する試みの作品。

 

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ジーノ・セヴェリーニ、「金管奏者(路上演奏者)」(1916年頃)。

イタリア出身の、パリで活躍した画家。

キュビスム的要素が強い絵を描いている。

 

長くなるので今日はここまで。

”石橋財団コレクション選”鑑賞記は続きます。

 

 

 

 

 

 

 

5月中旬のウォーキング。

 

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空に浮かぶこの雲は、空飛ぶペンギン。

池袋のサンシャイン水族館から飛び出してきてしまったようだ。

 

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ラベンダーの花が美しく咲いている。

シソ科ラベンダー属の常緑性ハーブで、原産地は地中海沿岸地方。

 

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ウサギの耳のような苞が付いているので、これはフレンチ・ラベンダー。

耐寒性はやや弱いが、耐暑性があり夏越ししやすい品種。

花言葉はとても多いが、代表的なものは、”疑惑”、”沈黙”、”あなたを待っています”、”私に答えてください”、”清潔”、”期待”、”優美”。

 

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赤い花穂を付けているのは、クリムゾン・クローバー。

マメ科シャジクソウ属の一年草で、原産地はヨーロッパ。

和名はベニバナツメクサ(紅花詰草)で、流通名はストロベリー・キャンドル。

 

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本来は多年草だが、暑さに弱く夏越し出来ないので、日本では一年草として扱われる。

花言葉は、”人知れぬ恋”、”素朴な愛らしさ”、”胸に火をともす”。

 

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紫の花は、ツユクサ科ムラサキツユクサ属(トラディスカンティア属)の、ムラサキツユクサ(紫露草)。

半常緑性の多年草で、北アメリカ原産。

 

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とても優雅な美しい花だが、朝咲いて昼には萎れてしまう、一日花。

花言葉は、”ひとときの幸せ”、”尊敬しています”、”快活”。

 

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ジャガイモの花が咲いている。

ナス科ナス属の多年草で、原産地はアンデス山脈。

 

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ナス科の植物だけあり、花は茄子にそっくり。

花言葉は、”恩恵”、”慈愛”、”慈善”、”情け深い”。

 

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黄色い可愛い花を咲かせているのは、ツルマンネングサ(蔓万年草)。

ベンケイソウ科マンネングサ属の多年草で、原産地は中国、朝鮮半島。

蔓が匍匐し、土に接した部分から発根する。

繁殖力が強く、グランドカバーに適している。

 

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中国では漢方薬(石指甲)として用いられ、韓国ではナムル(ドンナムル)として食されている。

花言葉は、”静寂”、”記憶”、”落ち着き”、”枯れることのない愛”。

 

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お気に入りの、郊外の農家さんの無人販売所にウォーキングの途中に立ち寄った。

猛暑が去り、適度に暑い日が続いているので茄子の成長も順調。

皿の一片は20cmなので、随分大きな茄子だ。

これで100円は嬉しい。

 

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そして胡瓜。

ちょっと曲がっているが、食べるのに問題は無い。

この胡瓜もこの大きさが5本で100円。

茄子も胡瓜も美味しくいただきました。

 

ベランダ菜園の二株のミニトマトからの収穫は、95個。

これで約400個収穫し、残りは約100個。

猛暑が治まり30℃前後の良い気温が続いているので、また花芽が幾つか出始めた。

来月末位から、また新たな収穫が出来ることに期待したい。

 

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日曜日のお昼時。

前日は昼からハシゴ酒でシャンパーニュや日本酒を飲み過ぎてしまい、今日はブルーデー。

朝こそサラダをボウルいっぱい作って食べたが、ランチは作る元気なし。

そこで思い出したのが、友人からもらったカップ麺。

 

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セコマのユッケジャン風ラーメン。

牛の旨み、唐辛子の辛み、これは美味そうだ。

 

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nekonekoさんのようにアレンジして食べるのが美味しいのだろうが、元気のない時はそのままお湯を入れて三分待つのみ。

 

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蓋の上に調味油を乗せて温めておく。

 

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真っ赤な調味油を投入して混ぜ混ぜすれば完成。

辛さに弱い私でも食べられる適度な辛さと旨味。

ブルーデーにはカップ麺が助けになることがわかった、友人に感謝の休日のランチでした。

 

 

 

 

 

 

六本木で友人達と過ごす楽しい夜を『ハードロック・カフェ』で〆たあとは、それぞれ帰途に就く。

途中まで路線が一緒のちぃさんと、日比谷線に乗車。

するとちぃさんから、「焼きあご塩ラー麺のたかはしが北千住に出店したそうですよ」と、恐ろしくも嬉しい情報。

 

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結局乗換駅を通り過ぎ、終点の北千住に降り立つ。

ネットで場所を検索し東口を出ると、とてもラーメン店とは思えないようなお洒落な店舗が目に飛び込んできた。

ここは『焼きあご塩ラー麵 たかはし』の9号店。

 

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高橋の文字の回りを、アゴ(トビウオ)が飛び跳ねている。

このお店を初めて知ったのは、ちぃさん、茶目子さんと私で御徒町で開催したトライアングル会でのこと。

三人で食べた焼きあご塩ラー麺の美味しさが忘れられなかったのだ。

 

その時の記事はこちら。

 

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焼きあご白だしを買うことができるようだ。

 

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この店舗の開店に合わせスープをリニューアルし、一層美味しくなったとのこと。

 

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開店後1ヶ月と1週間しか経っていないので、厨房はピカピカ。

(開店は2022年3月30日)

 

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薬味もチェック。

このあられは、残った焼きあごスープにご飯を入れて食べるときにかけるもの。

 

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これが、その食べ方。

 

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御徒町店はヱビスの生ジョッキだったが、ここは瓶生。

 

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ちぃさんと乾杯。

リセットビールが美味い。

 

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焼きあご塩ラー麺が届く。

香りが素晴らしい。

 

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トッピングは、煮豚と低温調理のチャーシュー、メンマ、水菜、白ネギ。

 

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麺は太麺。

佐野から取り寄せる、青竹手打ち麺。

 

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美味しく完食。

スープが美味いので、飲み干してしまった。

満腹満足で店をあとにする。

 

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北千住駅東口の時計を見ると、22時10分。

三田に集合したのが13時40分だったので、8時間半も飲み歩いていたことになる。

道理で酔っているわけだ。

友人達と、芝、田町、六本木、北千住を回った、休日の楽しいハシゴ酒でした。

 

 

 

 

 

 

友人達と六本木で過ごす楽しい夜の続き。

最初は芝の東京港醸造で日本酒を味わい、次は田町のイタリアン、『ピッツェリア・アリアニコ』でワインを楽しみ、六本木に場所を移すと「ミッドタウン六本木」の『ル・パン・コティディアン』でベルジアン・ビア。

 

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六本木まで来たのにこれでは終われない四人は、外苑東通りを六本木交差点に出る。

 

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ここに来たら必ず撮影する、芋洗坂。

 

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ウルトラマンに頭髪は無いのに何故育毛の父なんだろう、などと酔っ払い四人は何を見ても笑い転げてしまう。

 

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皆さんをご案内したのは、中高年ロックファンの聖地、『ハードロック・カフェ』。

ロンドン発祥のお店だ。

 

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今夜は照明が何時もより赤く見えるのは酔眼のせいだろうか。

 

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ナイトキャップを飲むときはバーを利用するが、今夜は四人なのでダイニングの方のテーブルをお願いする。

 

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案内された席は、店の一番奥のソファー席。

そう言えば、前回来た時もこのテーブルだった。

 

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店内は、1/3ほどの客の入り。

コロナ前は欧米系の客が多く、何時も満席だった。

やはりここはインバウンド需要が無いと厳しいようだ。

 

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私達のテーブルを担当してくれたのはこのお二人。

間違いなくご両親よりも年長だと思われる私達に対しても、ノリがとても良い。

 

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スパイシーケイジャンエダマメ。

エダマメもここではこうなるのか、という美味しさ。

 

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ここに来たら、オニオンリングは外せない。

 

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もう四人とも結構酔っているので、ワインは赤を一本だけ。

 

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サイクルズ・グラディエーター、カリフォルニア、ピノ・ノワール、2018年。

エチケットの絵は、フランスのベル・エポックの時代に女性の社会進出と服装革命を後押しした自転車に因むもの。

自転車とニンフ(妖精)の図柄はG.マシアの作品で、パリにあった自転車メーカー、グラディエーター社のポスター。

 

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お店を出ると、またまた外観を撮影。

お店の前のスレンダー美女は誰かと思ったら、しづちゃんだった。

 

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芝の”日本”で飲み始め、続いては田町の”イタリア”、そして六本木に場所を移して”ベルギー”、さらに”イギリス”と世界を股に掛けて飲み続けた、友人達との楽しい半日でした。

 

 

 

 

 

 

田町のイタリアン、『ピッツェリア・アリアニコ』で友人達と過ごす楽しい午後の続き。

メンバーは、しづちゃん、ちぃさん、かずみさん、そして私。

 

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飲んでいるワインは、プーリアのアジィエンダ・アグリコーラ・コンティ・ゼッカが造る、ドンナ・マルツィア、シャルドネ、バリック、2020年。

 

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二枚目のピッツァはカプリチョーザ。

具材は、ツナ、タマネギ、ケッパー、オオバ、オリーブ。

 

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ホットオリーブオイルをたっぷりかけていただく。

このピッツァも出来が良く美味い。

 

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『アリアニコ』に来たら、アリアニコを飲まない訳にはいかない。

三本目のワインは、バジリカータ州のカーサ・ヴィニコラ・ダンジェロが造る、アリアニコ・デル・ヴルトゥレ、2017年。

 

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ダンジェロは1930年の設立以来三世代にわたって家族経営を守る小さなワイナリー。

ヴルトゥレ山の標高300~700mの火山性の畑で栽培するアリアニコから素晴らしいワインを生み出している。

 

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プラムやラズべリーの豊かな香り。

黒果実の濃厚な果実味と強いタンニン、後味にはスパイスのニュアンス。

スロヴェニア産のオークの大樽で18ヶ月熟成後、リリースされている。

 

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温度が高かったので、ワインクーラーを出してもらう。

日本では未だに赤ワインは室温でという間違った考えの店が多いのが問題。

日本の夏の室温で出される赤ワインはホットワインだ。

(と言うのはちょっと大袈裟で、エアコンが効いているので実際に下げる温度は数度程度。)

 

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〆の料理は、牛もも肉のタリアータ。

 

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この焼き色が素晴らしい。

でも、お腹はもういっぱい。

 

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しっかり食べてしっかり飲んだあとのテーブル。

普通はこれで帰途に就くところだが、適度に酔いが回った四人はまだまだ遊び足りない。

 

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店を出てタクシーに乗り込むと、「東京ミッドタウン六本木」に到着。

 

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美味しいクラフト・ビアを飲もうと思って『リオ・ブルーイング&コー』に行ったが、驚いたことに広いお店は室内もテラスも満席。

 

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そこでテラスにまだ空席がありそうな『ル・パン・コティディアン』に入店。

ここはベルギー発祥のベーカリー・レストラン。

なのでベルジアン・ビアも飲むことが出来る。

 

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テーブルは、テラスの一番離れた場所を選んだ。

まだまだ安全第一。

お三方を少し遠くから撮影。

 

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日本酒とワインをたっぷり飲んだ後は、クラフト・ビアで乾杯。

泡の盛り上がりが面白い。

 

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お店の方にお願いして、記念撮影。

マスキングで見えないが、皆さん実に良い笑顔をされている。

 

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私を含め三人は、ベルギーのデュヴェル・モルトガット社の、デュヴェル。

「世界一魔性を秘めたビール」と称されるゴールデン・エール。

 

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バックラベルのデザインが二種類ある。

アルコール度数は8.5%。

 

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デュヴェル・モルトガット社の、ヴェデット・エクストラホワイトは、かずみさんだっただろうか。

フルーティーなベルジャン・ホワイトで、ヴェデットというのは、オランダ語/フランス語で”スター”、”有名人”という意味。

アルコール度数は4.7%。

 

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この大屋根を支える構造を見ると、ガウディが設計したサグラダ・ファミリア聖堂を思い出す。

 

バルセロナを訪問したのはもう8年も前のこと。

サグラダ・ファミリア聖堂訪問記事はこちら。

 

友人達と過ごす楽しい六本木の夜は続きます。