インシテミル
何年か前に話題になった作品ですが、今年の秋に豪華キャストで映画化されるということで紹介してみようと思いました。
クローズドサークルもので、様々な名作ミステリーへのオマージュも満載ということで、「ミステリ読み」の注目を集め、解釈議論で結構エジキになっているところもありますが、私は個人的に面白いと思いました。
高額な時給でとある実験に参加するというバイトに応募した12名が、謎の閉ざされた実験施設「暗鬼館」に閉じ込められ、やがて主催者の思惑通り殺人を繰り広げる羽目になるという構図は、設定の意外性や目新しさが重視されがちな昨今のミステリ界において、久々に王道回帰した作品が読めるという期待感を持たせてくれます。
そして、設定(前提)をベースに、ホームズ以来の帰納、演繹、消去法を使って犯人を絞り込みながら、メタミステリ的な視点で犯人を特定していくくだりは、古くからのミステリファンの好奇心をかき立てます。
前提との矛盾、動機の弱さといった指摘があるのも事実ですが、作者は初めからそのあたりは目をつむって、遊び心でガジェットを散りばめ、楽しみながら書いているように思います。
たまには頭を捻りながら作者と推理比べをしてみたい。そんな人にお勧めの一冊です。
| 難易度 | ★★☆☆☆ |
| インパクト | ★★★☆☆ |
| 泣ける度 | ★☆☆☆☆ |
| 笑える度 | ★☆☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★☆☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★☆☆☆ |
| 推定読了時間 | 5時間 |
霧のむこうのふしぎな町
夏休みシーズンになるとこの本のことを思い出します。児童文学(小学校高学年向き?)ですが、とてもささやかで良質な想像力あふれるファンタジーの名作です。
主人公のリナは父親にいわれ、夏休みに見知らぬ町に一人旅にでかけます。目的の霧の町が見つからず、途方にくれていると、父に渡されたピエロの傘にいざなわれ、気がつくと霧の中を通って、ふしぎな小さな町にたどりつきます。
町は魔法使いの子孫が住み、たった6軒の建物からなります。リナはピコットばあさんという人の家に下宿をして、順番に町にあるお店で働きながら暮らします。次々と奇妙な事件に巻き込まれますが、リナは落ち込んだりしながらも勇気と機転をもってそれらを解決し、町の人達との信頼と友情を深めていきます。
この作品は少女の成長物語であり、子供時代の無邪気な想像力を代弁しており、軽快な面白さが文章の隅々までいきわたっています。それは誰でも小さい頃に幸せな空想をしたことがあると、作者の柏葉さんが心から信じて書いたからではないでしょうか。
千と千尋の神隠しの原案にもなったということで、一挙にメジャーな作品になった感もありますが、いくつになっても、たまにこの不思議な町をのぞいてみたいと思います。
| 難易度 | ★☆☆☆☆ |
| インパクト | ★★★☆☆ |
| 泣ける度 | ★★☆☆☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★☆☆☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★★★☆ |
| 推定読了時間 | 1時間 |
少女地獄
ドグラ・マグラで読者を困惑の奈落に突き落とした夢野久作の短編集です。
表題の少女地獄を始め、童貞、女鉱主など複数の短編がおさめられれていますが、いずれも夢野氏の夢幻を華やかに彩る手腕が十分に発揮されています。
少女地獄では、嘘をつき、それを隠すためにさらに嘘を積み重ねやがて破綻してしまう看護婦の話、妻を次々と完全犯罪で消していく車掌と、それに気付きながらもひかれてしまう女車掌の話、自分を手ごめにした校長をみずからが丸焦げになって復讐する女学生の話が綴られていますが、いずれも得意の書簡体形式を用いることで、読者が直接話しかけられているような臨場感を生む事に成功し、登場人物たちの異様さとあいまって、背筋が寒くなるような感覚を味わわせてくれます。
男女の断絶、心の闇、性的倒錯、生きるために必要な虚栄心といった、古くて新しいテーマを、「ステキ」とか「メチャメチャ」というような軽妙な単語を織り交ぜながら読ませる力量は圧巻です。昭和初期の作品ですが、古さを感じさせず、短編ですので、何かの合間に読める点もお勧めです。
| 難易度 | ★★★☆☆ |
| インパクト | ★★★★☆ |
| 泣ける度 | ★★☆☆☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★★☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★★☆☆ |
| 推定読了時間 | 7時間 |
すべてがFになる
Yahooニュースを見ていたところ、最近理系作家が躍進しているという記事がありました。
そもそも森鴎外とか北杜夫をはじめ、古今東西、理系で作家というのは珍しいことではないと思うのですが、人の内面の多様性を表現する事が難しくなっている現代において、理系的なある種無機質感が新鮮に受け止められているということのようです。
さておき、この記事を読んで最近の理系作家の作品を何か一つ紹介しようと考えたのですが思い立ったのが森博嗣さんの「全てがFになる」でした。
森さんはとにかくタイトルが秀逸です。この作品にせよ有限と微小のパンにせよ最初は意味がよくわからないのですが、斬新なタイトルにまず引き込まれます。
内容は孤島の謎の天才女性科学者が籠るハイテク研究所で起きた密室殺人に、大学助教授と女子学生が挑むという物で、それほど珍しい印象は無いのですが、私がこの小説に惹かれたのは、物語全体に漂うアニメーションとジュブナイルの空気でした。
理系ミステリーというだけあって、綿密な構成としかけ、工学的知識といった固めの構成にも関わらず、エンターテイメントとして気軽に楽しむ事ができるのは、この空気感のおかげだと思います。SFアニメやゲームの持つ感覚です。
最後の謎解きはもちろん理系知識に頼っていますが、それほど難解でもありません。感情移入という面では若干弱さを感じますが、堅さと軽さが絶妙なバランスで共存し、それが新しい感覚をもたらしたエポックな作品だと思います。
| 難易度 | ★★★☆☆ |
| インパクト | ★★★☆☆ |
| 泣ける度 | ★☆☆☆☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★☆☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★☆☆☆ |
| 推定読了時間 | 7時間 |
暗号解読
この本は、暗号と人類の歴史について綴ったサイエンスヒストリーです。著者は「フェルマーの最終定理」で一躍サイエンスライターとしての名声を摑んだサイモン・シン。彼の2作品目になります。
線文字Bやロゼッターストーン、メアリー女王の暗号、ナチスのエニグマ、インターネット上の公開鍵暗号と古代から現代にいたる暗号の歴史を俯瞰しながら、難解な内容を分かりやすく解説し、さらに暗号の発明者と解読者の執念ともいえる人間模様が絶妙に織り交ぜられ、読み物としての面白さも兼ね備えた力作です。
暗号というと、戦時中の通信手段や、スパイ達の情報交換といった非日常的な状況を思い浮かべますが現在のような情報化社会では、パソコンにログインして、ネットショッピングをして、カードで決済すれば素因数分解をベースにした最高レベルの暗号を日常的に利用している事は、あまり意識されていないように思います。
ですがこの本を読むことで、「安全に情報を伝達する」ということが、歴史上の転換点で重要な役割を演じ、さらに大戦における国家の浮沈にも関わっていたことが臨場感を持って伝わってきます。
そして「誰にも解読できない暗号」という夢に向かって、アラン・チューリングのような当時最高レベルの天才達が国家の元に集まり、人生をかけて臨んでいた事にも感動を覚えずにはいられません。
情報量が指数関数的に増大し、一瞬で世界に伝播し、タダ同然で手に入る現代に生きるものとして、この作品を読むことで、決定的でありながら決して日の目を見ることのない暗号の歴史に思いをはせるのも良いのではないでしょうか。
| 難易度 | ★★★☆☆ |
| インパクト | ★★★★☆ |
| 泣ける度 | ★☆☆☆☆ |
| 笑える度 | ★☆☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★☆☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★★☆☆ |
| 推定読了時間 | 7時間 |
告白
2009年の本屋大賞受賞作ですが、映画が好評なようでまた話題になっています。
2年前にこの作品を読んだとき映画に向いているなと思いましたが、やはりという感じです。現代社会が舞台であり、独特の湿度感、暗さを持つこの作品は邦画の得意分野とマッチしていると思います。
母子家庭で子供を育てた女教師が、娘を殺害した相手を追い詰め、復讐するというあらすじですが、この作品の評価を一気に押し上げたのが、第一章の女教師の”告白”シーンです。
いきなり淡々と冷静に、論理的に自分の教え子達に向かって、娘の殺害、犯人について告白していくシーンは多くのミステリーを読んできた私も度肝を抜かれました。これは楽しませてもらえそうだと。
その後の章では事件の当事者、関係者の視点で事件について語られていくという構成ですが、徐々に女教師が犯人を追い詰めている事を背後に感じさせる筆力は新人とは思えない完成度です。
そしてラスト、女教師の復讐は意外な形で成就します。残るのは重く鈍い読後感だけです。
ハッピーエンドにせよ、勧善懲悪にせよ、この作品のようなラストにせよ、ミステリーの王道が人の心にインパクトを与えることだとすれば、この作品はやはり成功したと言えるのだと思います。
| 難易度 | ★★☆☆☆ |
| インパクト | ★★★☆☆ |
| 泣ける度 | ★☆☆☆☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★★☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★☆☆☆ |
| 推定読了時間 | 3時間 |
イタリア紀行
鳩山総理退陣のニュースを聞いて、何故かゲーテを思い出してしまいました。
ご存知の通り、ゲーテは大文豪であり、科学者であり、哲学者でもある賢者ですが彼は政治家としても卓越した手腕を発揮しています。
若干26歳の時に当時ドイツの小公国だったワイマールに招かれ、宰相(日本で言う首相)として、10年にわたり政務に没頭します。そして産業振興、文教政策に力を注ぎ、ワイマールの発展に大きく貢献しました。そしてその功績をドイツ皇帝に認められ貴族に列せられ、ヨハン・ヴォルフガング・”フォン”・ゲーテと、貴族の証であるフォンを名乗る事を許されます。
このように見事な業績を成し遂げたゲーテですが、ワイマール時代は長きにわたって人妻と不倫をしており、そしてあるとき行き先も告げずに、宰相職をほっぽりだしてイタリアに旅に出てしまいます。
今回紹介する作品は、仕事を放棄してイタリアに行ったゲーテの紀行文です。
ローマに入り、そこからナポリ、シシリーと2年間に渡りイタリアを旅したゲーテは既にウェルテルでヨーロッパ中に名を知られた有名人でしたが、素性を隠して旅を続け、イタリアの太陽の下、都市や村、自然、市井の人々とのふれあいを心から満喫し、そして忘れかけていた詩人としての感性を呼び覚まして、この紀行文を美しく活力溢れる文章で彩ります。おそらくイタリアについて書かれた作品としては最高の一つに数えられると言えるでしょう。
こうして身勝手な放蕩の末ワイマールに戻ったゲーテですが、人々は彼の帰国を切望し、再び宰相として政治の世界に戻ります。
わが国の首相は失意と批判の中職を去り、一方は喝采を持って再び首相として迎えられる。この差は一体何なのでしょう。これが冒頭で私がゲーテを思い出した理由です。
そもそも比較する対象のスケール感が違いすぎるのかもしれませんが、やはり人が政治に求めるものは共感できる信念、実行、そして結果を出すことなのだと思います。そしてそうした力ある人に対しては、多少の問題があったとしても人々は受け止める事ができるということなのかもしれません。
国を政り、放蕩し、世界を謳い上げる。これぐらいの人が現れないかと思うのは、少々欲張りすぎなのでしょうか。
| 難易度 | ★★★☆☆ |
| インパクト | ★★★★☆ |
| 泣ける度 | ★★☆☆☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★☆☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★★★☆ |
| 推定読了時間 | 12時間 |
うたかたの日々
恋とジャズを信奉したフランス人ボリス・ヴィアンが、パリを舞台に描いた恋愛小説です。
1947年に出版された本ですが、今読んでもそのポップで透明な文体と独創的な想像力の描く世界観は、読み手を引きこんで止みません。
主人公コランとクロエが出会い恋に落ちる物語の前半は、少年少女の奇想天外で可愛らしい空想や、カクテルピアノのような遊び心のあるアイテムが次々とジャズの調べのようにテンポ良く繰り出され、世界の全てが無条件に二人を祝福している幸福なファンタジーのように展開していきます。
ですがクロエがこの小説の代名詞ともいえる心臓に睡蓮が生える病によって物語が一転すると、そこから恋愛小説史上で最もせつなく、そしてあまりにフランス的とも言える残酷な結末につながっていきます。
若い日の恋愛の光と影のコントラストを、これほど透明に、やさしく、それでいて突き刺さるように描き切った作品を、私は他に知りません。若い人に是非薦めたい一冊です。
| 難易度 | ★★☆☆☆ |
| インパクト | ★★★☆☆ |
| 泣ける度 | ★★★★☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★☆☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★★★☆ |
| 推定読了時間 | 6時間 |
逝きし世の面影
NHKの坂の上の雲のドラマ化や大河ドラマでにわかに明治ブームですが、今回は明治の文明開化によって”滅んだ”江戸文明”についての作品を紹介します。
この本は幕末に日本を訪れた外国人の感想記のみをベースに、当時の日本の文化・情緒を綴った大作です。この時代日本を訪れた外国人の中には、江戸末期の日本の自然や生活、人々の所作に感動し、それが文明開化・資本主義によって失われていく様を哀惜をもって記した人達がいました。
彼らは日本の港や街道、農村の風景のささやかで整然とした美しさに感動し、日本人の礼儀正しさや温厚さ、日々の生活用品の一つにまで行き届いた気配りや機能美に感銘を受けたことを記しています。日本には貧乏はあるが貧困や悲惨はなく、絵のような社会に見えたとまで感じた人もいたようです。
著者はこれらの感想に対して批評や批判を加える事無く、ただ整然と紹介する事で、こうした江戸というユニークで人にやさしい文明が文明開化によって断絶され、受け継がれることなく失われていく事の意味を問いかけようと試みているようです。
一方で、この時代には飢饉、災害、差別、暴力といった暗い側面も多々あったことは事実です。そうした点から、この本は偏った内容である事も否めません。(そうした批判はよく聞きます)。ですが外国人達が見た逝きし世の日本の姿は、単純な日本礼賛・回顧主義を越え、足るを知る事、便利な事がイコール幸せではないという示唆を与えてくれます。
私は欲望を否定しませんし、むしろ消費は大好きですが、行き過ぎれば歴史が物語るように必ずはじけます。一方欲望は進歩を促しますし、進化せよというのは抑える事の出来ない人の魂の声でもあります。
仏陀に中道の悟りという言葉がありますが、結局バランスという事なのかもしれません。ですが時折この本を読み返す事で、現代に対する問いかけや、大切なものが何であるかを考えさせてくれる貴重な労作です
| 難易度 | ★★★★☆ |
| インパクト | ★★★☆☆ |
| 泣ける度 | ★★☆☆☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★☆☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★★★☆ |
| 推定読了時間 | 10時間 |
黒死館殺人事件
- 黒死館殺人事件 (河出文庫)/小栗 虫太郎
- 「知識の奈落に落ちていく、文学界のレジェンド 」
「ボスフォラス以東に唯一つしかない豪壮を極めたケルト・ルネサンス様式の城館(シャトウ)」
出だしから読者を圧倒する怪しさで迫るこの小説は、”ドグラ・マグラ”、”虚無への供物”と共に「日本三大奇書」の一つに数えられる金字塔的作品です。
怪しい洋館、怪しい住人、怪しいからくり人形、怪しい探偵と、最初から最後の一文字まで怪しさのみで埋め尽くされており昭和初期ミステリーの雰囲気十分な内容ですが、この小説を伝説たらしめたのは、読者を完全に無視しているともいえるペダントリー(衒学趣味)とエンサイクロペディックな知識の洪水です。
とにかく単語がわかりません。私も知識には多少自負を持っているつもりでしたが、この作品の前では赤子も同然でした。前後の脈絡、整合性も関係なく突然主人公が語り出す長台詞は、あらすじがどうなっていたのか、今何が起こっているのかも見失わせます。何故殺人と天王星の周期が関係あるのか未だに良くわかりません。
占星術・宗教学・物理学・医学・薬学・紋章学・心理学と全方位から虚実入り混じった単語が機関銃のように浴びせられ、殴られすぎると気持ちよくなってくるボクサーではないですが、何か幻惑されて変にうっとりした気分にすらなってきます。
冷静に読めば途中で犯人が分かることや、状況や動機の必然性・整合性の無さから、ミステリーとして破綻しているという批判を良く聞きますが、この本はそうした事を超越してしまっているように思います。
私はあえて、推理小説界やミステリー界ではなく、「文学界の」レジェンドと評してました。なぜならこの本はどのジャンルの枠もはみ出した「黒死館」というジャンルを生み出したと言えるためです。そして後にも先にもこのジャンルには1冊しか存在し得ない、そうした意味でも伝説の奇書と呼ぶに相応しい作品です。
| 難易度 | ★★★★★ |
| インパクト | ★★★★☆ |
| 泣ける度 | ★★☆☆☆ |
| 笑える度 | ★★☆☆☆ |
| 怖い度 | ★★★☆☆ |
| 考えさせられる度 | ★★★★☆ |
| 推定読了時間 | 12時間 |








