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1Q84

1Q84 BOOK 1/村上 春樹


「 村上春樹はやさしくなった」

2009年読んだ本ランキングが出ましたが、やはり一位はこの作品でした。 数えきれないほどの賞賛・批判がでているため、あえて言及するのは止めておいたのですが昨年のベストセラー第一位ということで、簡単にコメントしておこうと思いました。


私がこの作品を読んで感じたことは、「村上春樹はやさしくなった」という事です。 これまでの村上作品には、何か救いや希望の無さ、冷たい風にさらわれたような時が止まってしまったようなそういう印象を感じていました。


ですがこの作品は違っていました。二人の主人公にはある種の救いと希望が用意されています。ストーリとしても分かりやすく読者が置いていかれるような感覚も薄く、文学的な普遍性だけでなく、エンターテイメントとしても十分であり双方のバランスが高い次元で達成されていると感じました。


個人とシステム、私と世界というこれまでの小説と同じテーマ・世界観を残しつつ、読者と一緒に新たなステージに進みたいとう氏の純粋な野心を感じさせる一冊です。


総合小説を書くことが氏の夢のようですが、年を重ねても衰える事無く、さらに小説という世界の高みに近づく現代最高の語り部が、将来どのような総合小説を残すのか、今から楽しみでなりません。


難易度 ★★★☆☆
インパクト ★★★★☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 4時間(一巻)

ピューと吹くジャガー

ピューと吹くジャガー 18 (ジャンプコミックス)/うすた 京介


「 世界に届け、ジャガーの笛 」

日本の漫画は本当に多種多様で、あらゆるジャンルを網羅していますが、その中でひっそりと(?)、それでいて力強く脈々と生き続けるジャンルに「ナンセンスギャグ」があります。今日はその中で孤高の輝きを放つこの作品を紹介します。


ナンセンスギャグですので設定等を説明してもあまり意味がないのですが、短く言うと”縦笛”というノスタルジックな楽器に魂を燃やす若者達の話です。 また、うすた作品ですのでマサルさんや武士沢レシーブ同様、学校など身近なシチュエーションを使って、そこからの予測不能の”外れ感”を楽しませてくれる逸品です。


日本の漫画は広く世界に発信され愛好されています。また中国や韓国なども漫画やアニメをコンテンツ産業の中核として育成しようと必死に日本をキャッチアップしようとしており、最近はレベルの高い作品も見られるようになっています。


ですがそれらは基本的にストーリー漫画です。どの国でも演劇や文学の歴史はあるため、ストーリー漫画の土壌はあるためだと思います。ですが私の知る限り、ナンセンスギャグをここまで洗練させた国、させられる国は世界中で日本だけだと思います。(イギリス辺りはミスタービーンなどを見ていると、近い感覚を持っているように見えますが、彼らは”ウィット”というのを大切にして気取ってしまうため、ここまで突き抜ける事はないでしょう)。


寿司や漆器と並ぶほどの独自性を発揮するこのジャンルが、世界に通じるかどうかはまったく未知数ですが、もし遠い異国の人から「ジャガー最高だね!」と言われる事があったら、その国とは一生仲良くできそうな予感がします。


難易度 ★☆☆☆☆
インパクト ★★★★★
泣ける度 ★☆☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★☆☆☆
推定読了時間 0.3時間(一巻)

蒼天航路

蒼天航路 (1) (モーニングKC (434))/李 学仁


「乱世の奸雄のオデッセイ」


曹操の陵墓が発見されたとのニュースがありました。今後の調査でこれまでの曹操像、三国志観にどのような影響がでるのか三国志ファンとしては期待が高まるばかりです。


そこで曹操物を何か一つ、ということで若干ベタではありますが「蒼天航路」を紹介したいと思います。

いわゆる正史や演義いずれとも異なり、曹操を「破格の英雄」として捉え、彼の人生を中心に三国志の英雄譚を描く全36巻の大作です。


この作品の最大の魅力は”これでもか”といわんばかりの芝居がかったせりふ回しと王欣太氏の野性味あふれる絵柄が織り成す躍動感だと思います。人物だけでなく、馬や弓の飛ぶ様子も臨場感があって強いインパクトを放っています。


また人物像も独特で横山光輝三国志になじんでいる人には相当違和感(反発?)を感じるほどのオリジナリティです。劉備はかなりへなちょこに見えますし、孔明にいたってはただの変態と見誤りそうになります。ですが秀逸なシナリオ・プロットと、絵の力でそれらもしっかりと作品になじんでいるところが見事です。


中国の歴史は英雄と帝国の歴史です。力あるものは出自に関係無くその才覚を頼りにのし上がり、前の帝国を滅ぼして新しい国を作る。その繰り返しがあの広大な大陸の時を積み重ねてきました。


その歴史の中で、政治・兵法・文芸と圧倒的な才能を見せた曹操が、自らは皇帝を名乗らなかったのは何故なのでしょうか?


地位や名誉よりも人生を楽しむこと。それを第一に置いたのだとすれば、まさに破格の英雄です。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★★★
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 0.5時間(一巻)


幸福の政治経済学

幸福の政治経済学―人々の幸せを促進するものは何か/ブルーノ S.フライ

「”幸福とは”という問いに学問の領域から切り込んだ労作」


前回ルソーを紹介しましたが、今回は最近の政治経済に関する本を一つ紹介します。


近年の政治経済学というのは統計学やゲーム理論のように数論的な検証を行い自然科学の領域に深く踏み込んできました。ただしその目標とするところはいずれも”効率性”という一点にあったと思います。


今回取り上げる一冊は、そういった政治経済学に対して「幸福を実現する」という目標を置き、そこに向かうにはどうすればよいのかという一石を投じています。


GDBとか貿易収支といった生産量やお金の量を追求してきた経済学が確固たる成果をあげてきたことは事実ですが、世の中が複雑かつ多様になった現在、豊かに便利になったからといってそれだけで”幸せ”を感じられるわけではありません。


本書は所得、失業、インフレ、といった既存の経済学のパラメータを元に、何が人の幸福に影響するかということをアンケートなどを用いて広範囲に慎重に検証しています。何か答えを出しているわけではありませんが、これまでの政治経済学とは検証のゴールが異なっているわけです。


検証結果によると失業率や身近な地域(村とか町といったレベル)の直接民主制が幸福と大きな相関を示すようですが、私自身の感覚とも合っており説得力が感じられます。


非常に主観的な幸福という感情に対して、どのように実際の施策を実行していくかは今後の課題ですが、こうしたアイデアが学問の世界で真剣に取り組まれていることに未来に対して少し安心感を覚えました。


難易度 ★★★★☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★☆☆☆☆
笑える度 ★☆☆☆☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★★★☆
推定読了時間 5時間


社会契約論

社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫)/ジャン=ジャック ルソー


「国家の意思は果して我々の意思なのか」


鳩山政権が少々バタついています。マニフェストの推進、財源の問題、外交の軋み、政治資金問題。どれも民主党以前から存在する問題ではありますが、期待が大きかった分落胆も大きいというところなのでしょうか。


衆議院選で圧倒的勝利を得、単独過半数に達した結果は民意を得たということだと思うのですが、にもかかわらず思うように政策が進められないというのは民主党の力量なのか、日本の制度の問題なのか、国民が愚かなのか、根本的な原因が何であるのか考えさせられます。


そこで今日取り上げるのはルソーの社会契約論です。18世紀の著作ですが、フランス革命やカント・ヘーゲルに影響を与えた民主政治の精神的支柱といえる一冊です。


個人は本来身体的・財産的に自由な存在であるが、自由を守るために共同体が必要である。そして個人は自由を守るために共同体と契約を行う。その結果、個人の意思と契約に由来する国家が出現するとルソーは説きます。つまり国家の主権者は国民であると。


ですが、個人の意思が必ず正しいわけではありません。また個人の意思が統一されているわけでもありません。それを解決するために法があるわけですが、それも完璧なわけではありません。すなわち私達は完璧では無い制度を利用しています。私達は民主政治以上の制度を持っていないのです。世界中の叡智と歴史上の犠牲を払ったにも拘らずルソーの理想にはまだ届いていないのが現実です。


ではどうすればよいのか。難しい問題ですが、私は民主主義の要諦は素早い判断と調整だと考えています。民意を得た組織が素早く判断し、ダメなら素早く調整する。そうする事で移ろい易い民意に対応していく事が安心感を与えるのではないかと考えます。


最後に、ルソーはイギリスの議員内閣制を次のように批判しています。「選挙の時だけ自由で、終われば民衆は奴隷と化す」。つまり彼の思想の根源は直接民主制・大統領制にあるようです。


同じく議員内閣制の日本が奴隷の国では無い事を祈るばかりです。


難易度 ★★★★☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★☆☆☆☆
笑える度 ★☆☆☆☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★★★★
推定読了時間 8時間


フェルマーの最終定理 ピタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで/サイモン シン


「 世界の真理に挑んだ静かな物語」

数学というのは世界の真理の一部を、もっとも簡潔にエレガントに表現しようとする学問です。その歴史は古代ギリシャはおろか、エジプト文明やそれ以前にも遡り人類が文明を持つようになった時代から人々の好奇心を掻き立ててきました。


幾多の天才達に彩られた数学の歴史ですが、その中にはヒルベルトの23の問題やミレニアム懸賞問題を始めとする未解決問題と呼ばれるものがあります。


この本はそうした難問の一つ、「フェルマーの最終定理」の解決という歴史的事件と、それに挑んできた数学者達の静かな戦いのドラマです。


17世紀のフランスの数学者フェルマーが本の余白に記載した一言が、多くの数学者達を惹きつけ・惑わし、3世紀にわたり未解決のまま数学界の中で君臨してきました。


それを最終的に証明したのは英国の数学者アンドリュー・ワイルズという人ですが、彼が他の多くの人の業績(その中でももっとも重要な部分を日本の数学者が提示していた事には素直に驚きました)を駆使し、長い間他人に一言も漏らさず一人自分の頭脳・想像力と戦い続け、最終的に偉大な証明を得るストーリーは読みながら静かな興奮を覚えずには居られません。


著者のサイモン・シンはこの本で一躍サイエンスライターの第一線に躍り出ましたが、その後もいくつもの秀作を世に送り出しています。別の機会にそれらも紹介したいと思います。


難易度 ★★★☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★☆☆☆☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 7時間

夜は短し歩けよ乙女

夜は短し歩けよ乙女/森見 登美彦

「妄想文学の旗手が放つおとぎ話」



「太陽の塔」でファンタジーノベル大賞を受賞した”妄想文学”の旗手森見登美彦氏の新作です。


本屋大賞2位も受賞し、既に数々の書評が出ていますが、やはり面白いですね。


内容は乙女に恋する学生の”ほぼ”ストーカー行為をめぐるラブコメなのですが登場人物の個性と、氏の(好き嫌いは出ますが)軽妙・珍妙な文章のテンポ、そして京都の町の情景がお祭りで夜店を歩いているような、適度な高揚感をかきたてます。


祭りの後は結局ハッピーエンドなのですが、何故か陳腐にならず不思議な暖かさに包まれるのは森見氏の才能の成せる技としか言い様がありません。また乙女の人生訓「美しく調和の取れた人生」という言葉がとても印象的で共感を覚えました。


まるでおとぎ話のようなスマッシュヒットでした。



難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★★☆☆
笑える度 ★★★★☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★☆☆☆
推定読了時間 2時間


最後の錬金術師カリオストロ伯爵

イアン マカルマン, Iain McCalman, 藤田 真利子
最後の錬金術師カリオストロ伯爵

「嘘をつき通して伝説になるという事」


はったりも堂々と言われると何故か説得力を持ってしまうものです。


この作品はヨーロッパ中を震撼させた稀代の詐欺師にして錬金術師、カリオストロ伯爵の人生を綴った叙事詩と言える一冊です。


シチリアの貧しい不良だった一介の男が、いかさまの錬金術とフリーメイソンという道具を用いて当時最高の権力者や教養人を手玉に取っていく様は圧巻というしかありません。


最後は獄中にて無残に死んでいきますが、女帝エカテリーナを激怒させ、マリーアントワネットを窮地に陥らせ、モーツアルトの作品にも登場する事になったこの人物のスケール感の前には、最近はびこる中途半端な山師など全て小物に見えてしまいます。


嘘もつき通せば真実になるといいます。ですがそれを行うには並外れた胆力があるか、もしくは心が壊れているかのどちらかです。伯爵がどちらであったかは知る由もありませんが、時折こうした人が現れる事で世界は面白くなっていくのかな、と考えさせられました。


難易度 ★★★☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★☆☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 7時間

ペンギンの憂鬱

アンドレイ・クルコフ, 沼野 恭子
ペンギンの憂鬱

「物言わぬ友人なのか、冷たい第三者なのか。ペンギンの瞳は多くを語る」



私はペンギン好きなため、「売れない作家がペンギンと暮らす」という設定のこの作品に思わず飛びついてしまいました。印象的な装丁も、この不思議な浮遊感に満ちた小説に非常にマッチしていて、手に取らずにはいられなくなりました。


舞台はソ連崩壊後のウクライナ。売れない小説家の主人公ヴィクトルは、憂鬱症のペンギンと暮らしながら、まだ生きている有名人の追悼記事を書くという新しい仕事にありつきます。生活のため、割の良いこの仕事をなんとなく続けながら、やがて友人の娘を引き取る事になり3人の擬似家族としての生活が始まります。


彼らを繋ぐ確かな物は何も無いにも関わらず、不思議な調和と平穏が生活に訪れます。ですがやがて追悼記事を書いた人が本当に死んでいくという事件が発生し、物語は暗く不安定な結末へと繋がっていきます。


歴史に翻弄され続けたウクライナという土地において、社会、政治、権力というものは自分を守ってくれる物ではなく、不意に困難を強いる物と思わざるを得ないのかもしれません。この小説が不条理な背景にはこうした現実の社会情勢がある事は事実でしょう。


そして、そうした外界の変化に抗う力の無い者達は、動物園のペンギンのようにただじっと空を見つめながら時が過ぎるのを待つしか無く、確かな物など何もない、本質など幻想であると思うことが今を生きる正しいスタンスなのだとこの小説は訴えているように思います。これが読後の最初の印象でした。


ですが、それだけではどうにも釈然としませんでした。ペンギンが象徴するものは果たしてそれだけでしょうか?罪無き少年のようにも、暗い過去があるようにも見えるペンギンの黒い瞳の奥に、果たして主人公は何を見たのでしょうか?


「本当は希望を持ちたいんだ」。もし彼がそう言ってくれるなら、少し救われた気持ちになれるような気がしました。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★★☆☆
考えさせられる度 ★★★★☆
推定読了時間 6時間

斜陽

太宰 治
斜陽

「普遍性なのか、時代性なのか、ただ太宰の情念なのか」



やはり天才なのでしょう。私は個人的には太宰はタイプではないのですが、他に比べる物がないその独自性を考えた時、やはり天才なのだと言わざるを得ないところです。



人間失格かこの斜陽が代表作なのだと思いますが、私は太宰らしさという面でこちらを押したいと思います。傑作を書くと宣言してこの作品を書き、実際にそうなった事。一方で実は恋人の日記を参考にしていたという負い目。悪魔に魅入られたファウストよろしく、強気と弱気、自己愛と羞恥心の狭間で決して安定する事なく、見苦しいとも言える姿で命を絶っていった人生は、才有る芸術家にふさわしいといえますし、そうした自身の投影と言う意味ではこの斜陽の象徴するもののほうが大きいと感じています。




独特でかつギリギリの軽さと言える文体。滅びの美しさ。貧乏人には苦労があり、金持ちには不幸の影がつきまとうというのはある種普遍性を持ったテーマですが、どうもそう簡単には片付けられない何かがこの作品には漂います。



それが何かと言われると答えに窮してしまうところですが、あえて言うならば内面の没落が有る意味運命づけられた芸術家太宰という人の情念なのではないかと思います。



難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 3時間