バベルの図書館 -10ページ目

おバカさん

遠藤 周作
おバカさん

「過ちは人の業。許すのは神の技」


少し前にバカの壁がやたらと売れた時に、馬鹿と名のつく本にどのようなものがあったか考えて見た事があります。イワンの馬鹿、釣りバカ日誌、空手バカ一代等々、いろいろと思いついた中で特に気になった作品がこのおバカさんでした。


人を決して疑わず、全てを受け止めるフランス人のガストンは、行く先々で珍事を引き起こし周囲を慌てさせますがいつも彼と関わった人は、心の中にほのかなそれでいてぬぐい様の無い温かい物が残されるという物語です。


カソリック作家の遠藤周作氏が、彼が理想と思うカソリック的生き方を投影したのがこの主人公です。他の作品にも登場する事から、氏にとって相当思い入れのある登場人物なのだと思います。


バカの壁が良く売れたのは、分かり合う事ができないというような趣旨が今日的だったからだと思います。私自信もどうも物事を穿った形でしか見れない傾向があるのため、ガストンのような人間は少々イライラするというか、呆れてしまうのが本当のところです。これでは世の中渡っていけないだろうと。


ですが分かり合う合わないを超越した純粋さ、許す事ができる心の広さ。こうした心の在り様こそが最後に他人と自分自身に力を与える事ができるのでは、と思わずにはいられませんでした。


いつもガストンのように生きられるほど優しい世の中ではありませんが、時々少しでもこうした気持ちを持つ事ができれば、と考えさせられる一冊でした。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★☆☆☆
泣ける度 ★★★☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 3時間

アルケミスト―夢を旅した少年

パウロ コエーリョ, Paulo Coelho, 山川 紘矢, 山川 亜希子
アルケミスト―夢を旅した少年

「錬金術。それは内なる幸福を探す術」


私が住む香港ではDVDが安いのですが、先日ふらふらと眺めていると鋼の錬金術師の全話が格安で売っており、ちょっと流行に乗るのが遅いかなとも思いながら衝動買いしてしまいました。


これが面白い。少年誌掲載にしては流血シーンが多い気もしましたが、良く練られたプロット、魅力的な登場人物といい年をして熱中してしまいました。


見終わって余韻に浸たりながら錬金術について想像をめぐらしていたのですが、そこでふと思い出したのがこのアルケミストでした。羊飼いの少年サンチャゴがエジプトに自分を待つ宝を求めて旅にでます。数々の出会いの中で、錬金術師と出会い、彼に導かれ、そして最後に人が夢を求め真剣に人生と向き合う術こそが錬金術の奥義なのであるというメッセージと共に物語が閉じていきます。


印象的な数々の台詞。ラテンアメリカ的な神と人間の大らかな関係性。生きる事を追求するモチーフとしての錬金術。平易な文章でありながら普遍性を秘めた極上の童話です。


ヨーロッパでニュートンをもとりこにした錬金術はオカルティックな印象が強いものですが、この世の真理と己を探求したいという人の魂の欲求は文学からアニメまであらゆるジャンルにおいて貴重な題材になっているのだなぁと改めて感心してしまいました。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★★★☆
笑える度 ★☆☆☆☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 4時間

ディナモ―ナチスに消されたフットボーラー

アンディ ドゥーガン, Andy Dougan, 千葉 茂樹
ディナモ―ナチスに消されたフットボーラー

「サッカーは戦争。それは単なる比喩でなかった」


かつてナチス占領化のウクライナで「死の試合」と呼ばれる伝説となったサッカーゲームが行われました。地元の強豪チームだったディナモ・キエフのメンバーを中心とする即席チーム「FC スタート」が、サッカーを 占領政策やプロパガンダに利用しようと考えるナチスの送り込む数々のドイツチームと戦い、 脅迫やあからさまな不正審判にも屈せず全てのチームを撃破します。その結果スタートのメンバーは強制収容所に 送られ、その多くが殺されました。この本は戦争と政治に翻弄された東欧サッカーの歴史を綴ったスポーツノンフィクションの傑作です。


戦時中の美談やドラマといったものは数多く存在しますが、この本が際立っているのは サッカーという現在最大の国際スポーツが、戦時という特殊な状況化で人々にとってどういった価値を もっていたかを、淡々と偏見や恣意性を極力除いた形で紐解こうとしている点にあります。


東欧サッカーというのはかつてのハンガリーをはじめ、強豪国が集まるエリアです。 その影響力は1960年以前と比べれば落ちて来ているといわざるを得ませんが、現在でも 十分に高いレベルに位置している事は間違いありません。


また東欧という地域は西欧、ロシア、アラブといった地域の間に位置し、歴史的にも文化的にも 非常に難しい立場に立たされてきた場所です。 こうした背景と戦争という非日常の中で、サッカーが人々に光を与え誇りを保たせる力を持っていたことに驚嘆せざるを得ません。


来年はワールドカップイヤーですが、日本だけでなく東欧のチームにも注目してみたいと思いました。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★★☆☆
笑える度 ★☆☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 4時間

猪木詩集 馬鹿になれ

アントニオ猪木
猪木詩集「馬鹿になれ」

「一日だけ猪木と脳を交換してみたい」


個性豊かな人というのはそれなりにいるものですが、存命の日本人の中でアントニオ猪木ほどユニークで強烈な人はいないのではと思います。


理屈抜きに面白いですし、わけがわかりません。見ていると根拠なしに変な陽のエネルギーが伝播してきます。年齢とか時代背景とか育った環境とか、そういったものと無関係に周囲に己の風変わりな波動を伝えてくる。いい人なのか、悪い人なのかも判別しかねる。まったくもって貴重で孤高の存在です。


その猪木氏が書いた詩集がこの馬鹿になれです。おもわず唸るような詩もあれば、単なる日記のような作品まで、本人の異能が存分に発揮された非常に興味深い一冊です。ですがタイトルの伝えんとするところは非常に共感できます。人間頭で考えすぎると、否定的な要素ばかりを思いつき行動に移す事がなかなかできないものです。本当に馬鹿かどうかは別にして、敢えて悩むのをやめて前へ進む。そうした姿勢が停滞や苦境を打破し、人生を面白くしていくというのはある種の真理だと思います。


周りに非常に頭の回転が良いのに結果を出せない人というのがいたりします。頭の中で自己完結して行動に移らないためにそうなってしまうのですが、そうしたもったいない状況にある人にとってこの本はマインドチェンジのきっかけになるのではないでしょうか。


ただ猪木氏があえて馬鹿になっているのか本当に馬鹿なのかは永遠の謎ですが。。


難易度 ★☆☆☆☆
インパクト ★★★★☆
泣ける度 ★☆☆☆☆
笑える度 ★★★★☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★☆☆☆
推定読了時間 1.5時間

長い道

こうの 史代
長い道

「人の縁の不思議な調べ」


夕凪の街で一躍時の人となったこうの史代さんの新作単行本を入手しました。


これは自叙伝なのでしょうか?歴史的な事実であるとか、自分なりの思想といった何かメッセージを伝えたいと言う思いで書かれたというよりは、自分の心の片隅にある特別なものを取り出してそっとのぞいて見たというような印象を受ける作品です。


甲斐性の無い夫をいつも温かく見守る妻という設定は結構定番ではありますが、一見夫が振り回しているようでいて実は妻が全てを受け止めて仕切っているという、ある種の日本的な情緒と安心感をこうのさんは独特のやわらかい絵柄とテンポで表現してくれています。


何故一緒にいるのか?そういう無駄な問いとは別次元にある人の縁の不思議さを細やかな情に包んで伝えてくれる、そういった一冊だと思います。


難易度 ★☆☆☆☆
インパクト ★★☆☆☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★★☆☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★☆☆☆
推定読了時間 1時間

長いお別れ

レイモンド・チャンドラー, 清水 俊二
長いお別れ

「フィリップマーロウのような男を前にした時、僕は何を語れるだろう」



今回はマーロウシリーズ最高傑作の呼び声高いチャンドラーの長いお別れです。ハードボイルドの教科書であり、推理小説の傑作でもあり、マーロウを以降の映画や小説における「強い男」の象徴と成さしめたこの作品は、一時代を熱くしただけでなく、これからも読みつがれていく作品だと思います。


ハードボイルドは言ってしまえば「やせ我慢」と言えなくもないのですが、そこに色気と機知のセンスがなければ成立しません。そしてその美学を成立させるため、自分を傷つけることすら厭わない姿勢が必要なのだと思います。


決してマーロウは完璧な男ではありません。殴られて連れて行かれることもあるし、美人に陥落しかかる事もあります。ですが必ず立ち上がり皮肉たっぷりの台詞を言いながら戻ってくる。そうした折れない魂は同じ男として心震えるものがあります。


欲望を解放する事が是とされるような昨今ですが、もう少しハードボイルドのような姿勢が見直されてもいいのではと思いました。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★★☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★☆☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 7時間

ガリバー旅行記

ジョナサン=スウィフト, 加藤 光也, 金 斗鉉, Jonathan Swift
ガリバー旅行記

スウィフト, 中野 好夫
ガリヴァ旅行記

「胸躍る冒険記と社会憎悪の結晶という二面性」


宮崎監督関連の最終回はスウィフトのガリバー旅行記を紹介します。ガリバー旅行記には原作とそれをダイジェスト版にした子供向けの冒険物という2種類が存在し、後者が世の中に広く知れ渡っています。


原作は小人の国、巨人の国、空を飛ぶ島の国(ラピュタ)と馬人間の支配する国の4部構成ですが、子供向けでは最初の2つだけをとりあげています。上記の表紙絵付がダイジェスト版で、下が原作です。


私も小さい頃にガリバー旅行記の絵本を読んで、小人や巨人と丁々発止しながら故郷へ帰るガリバーの冒険に胸を躍らせたものです。ですが後に宮崎監督の天空の城ラピュタの空飛ぶ島という発想がガリバー旅行記の原作をモチーフにしていると聞き原作に挑戦してみました。


小人と巨人の国まではそれほど違和感を感じなかったのですが、ラピュタの章では科学の力で空まで飛んだは良いが、いつ落ちるかと怯えるラピュタ人達を冷たい視線で描写し、馬人間の国にいたっては、知性に優れた馬人間に普通の人間が奴隷のように扱われるという、社会風刺と人間憎悪の結晶ともいえるブラックな内容で、楽しい冒険旅行などという先入観はあっけなく吹き飛ばされてしまいました。


スウィフトはイギリス人ですが、批判の対象となったイギリス社会がその本を子供向けとして世界に広めていったのは英国紳士流のジョークなのではと思ってしまうほど二つの顔を持った作品です。


※原作についての評価です。

難易度 ★★★★☆
インパクト ★★★★☆
泣ける度 ★☆☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 8時間

堤中納言物語

三角 洋一
堤中納言物語

「日本が誇る"もののあわれ"。温故知新が古の姫を蘇らせる」



宮崎監督関連4冊目は、前回述べた日本の古典「堤中納言物語です」。


作者不詳(だったと思います)の10篇の短編が編集されたこの作品は、平安人の豊かな感性を余すところなく伝えるだけでなく、社会風刺やアイロニーの要素も含まれ、他のメジャー作品と比較して異色の存在といえます。


その中に「虫めづる姫君」という作品があります。 お歯黒もせず、歌も読まず、庭に虫の幼虫を飼っては、それが成長して飛び立っていく様をひたすら愛でる姫君の話です。当時の価値観で言えば全くの変わり者であるこの姫を、両親は心配しお見合いなどもさせようとするのですがまったく見向きもせず、結局そのまま変わり者だったというところで話がぱったり終わってしまいます。


今なら価値観を共有できる人もそれなりにいるのでしょうが、当時は恐らく妖怪に憑かれているとでも思われたでしょう。この話を読んだ宮崎監督は姫の行く末が気になって仕方なくなったそうです。


そしてこのアウトサイダーな東洋の姫とギリシャ神話の勇敢な姫が宮崎監督の頭の中で奇跡の融合を果たし、風の谷のナウシカという名作が生まれたようです。


そんなビッククランチを脳内で発生させてしまう宮崎監督と同時代に生きていられる事の幸せを感じてしまいました。


ところで本作品に収められている他の作品、中でも「このついで」や「花桜折る少将」なども秀逸です。短い話が多いので、秋の読書にたまには日本の古典も、という方は是非手に取って見て下さい。


難易度 ★★★☆☆
インパクト ★★☆☆☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★★☆☆
推定読了時間 6時間

ギリシャ神話小事典

「古代の神話が現代の物語につながる。人の想像力の原点がここにある」


宮崎監督関連三冊目はエブスリンのギリシャ神話小事典を紹介します。といいながらなんと絶版のようで、画像も何も載せる事ができませんでした。ご了承下さい。興味のある方は古本屋を探して見てください。


この本はその名の通り、ギリシャ神話の登場人物(神や魔物も含め)をコンパクトに解説した辞典です。文庫サイズで非常に簡明に、ギリシャ神話への愛情溢れる解説がなされています。


宮崎監督は、この小事典で紹介されているパイアキアの王女ナウシカの解説文に感銘し、これと後で紹介する日本の古典「虫めづる姫君」を融合させて風の谷のナウシカのヒントとしたそうです。


エブスリン自信もナウシカには思い入れがあるようで、ゼウスやアポロンといった主要キャラにもそれほど分量を割いていないにも関わらず、ナウシカには数ページを当てて丁寧に解説しています。ナウシカはホメロスのオデッセイアに登場する王女なのですが、俊足で聡明かつ勇気ある人で、血まみれで漂流したオデッセウスを恐れることなく看病し、また航海に送りだして行きます。この展開はカリオストロのクラリスを彷彿とさせるものがあります。おそらく宮崎監督にとって非常にインスピレーションをかき立てる姫君だったのだと思います。


ナウシカ以外の登場人物についても、非常に分かり易く書かれている為、ギリシャ神話初挑戦という人もこの本を片手に読み進めれば、きっと読書の助けになると思います。


同じエブスリン著の別の作品をAmazonで見つける事ができました。こちらは主要なキャラに絞って詳しく解説してあるものです。ナウシカは載っていませんが、これはこれで読みやすくお勧めの一冊です。


バーナード エブスリン, 三浦 朱門
ギリシャ神話 神々と英雄たち

難易度 ★★★☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★☆☆☆☆
笑える度 ★☆☆☆☆
怖い度 ★☆☆☆☆
考えさせられる度 ★★☆☆☆
推定読了時間 5時間

緑の目の令嬢

モーリス・ルブラン, 石川 湧
緑の目の令嬢

「笑いながら逃げるという事」


宮崎監督関連の2冊目はモーリスルブランのルパンシリーズ「緑の目の令嬢」を紹介します。宮崎監督はこの作品からかの「カリオストロの城」のヒントを得たそうです。


確かに美しき令嬢、ローマ水道、心まで奪っていく大怪盗振りと、随所にカリオストロを思わせるシーンや登場人物が伺えます。 ルパン三世もルブランのルパンも共に強く、明るく、行動的で、女性に優しく、それでいて時々ドジを踏む。常に自由で前向きで、頑張る割には最後はあまり報われないのだけれど、人の幸せのために笑いながら次の冒険に向かっていく、そうした姿勢は男の理想の生き方の一つではと思っています。


恋あり、アクションありで、ルパンと宮崎監督の親和性は非常に高いと思うのですが、途中から宮崎監督がルパンを見限った(?)ようで、その後作品は作られていません。「ルパンが生き生きとしていられる時代はもう過ぎ去った」というような事を言っていたと思いますが、個人的には残念でなりません。


コナンやルパンのような単純明快な冒険活劇をもう一度作ってくれないかと、心待ちにしている人は少なからずいるのではと思うのでした。


難易度 ★★☆☆☆
インパクト ★★★☆☆
泣ける度 ★★☆☆☆
笑える度 ★★☆☆☆
怖い度 ★★☆☆☆
考えさせられる度 ★★☆☆☆
推定読了時間 5時間