日本の後発酵茶、阿波晩茶の取材に行ってきた ③ | 発酵食品アドバイザー・アジアの発酵食品研究家 大西孝典のブログ

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今回お話を聞かせて頂いた、生産農家の百野さんはもともと上勝町に生まれ育った方ではなく、お母様が地域おこしの一環で、大阪からこの地に来て働いていらっしゃったことから、お母様の様子を見に行かれたのがきっかけで自らも上勝町に住み、農業、阿波晩茶の製造に携わるようになったそうだ。

また、百野さんはアジアの発酵茶、ミヤンやラペソについての見識もある事から阿波晩茶との共通点や違いなど、生産農家ならではの貴重で興味深いお話を聞かせて頂く事ができました。

 

百野さんと私。百野さんの事務所にて。

 

次に、ここで同じ乳酸発酵茶である北タイのミヤンやミャンマーのラペソーとの製造上の違いを比較してみよう。

アジアの発酵茶、ラペソーやミヤンの製造工程は、茶摘み→縛り→蒸し(殺青)→漬け込みであるが、阿波晩茶は茶摘み→茶茹で(殺青)→揉み→漬け込み→乾燥となる。

阿波晩茶とミヤン、ラペソーの決定的な違いはミヤンやラペソーは食べるお茶であるのに対して阿波晩茶はあくまで飲料としての茶なので、乾燥という作業が加わっているのは当然のことであるが、その他の違いは揉捻(茶摺り)と殺青(蒸して茶葉の酵素を失活させ、自己分解を抑える作業)の方法だろう。

茶葉の揉捻器。これは地元の方が手作りしたもので、茶の葉を揉む木板の溝もよく見ると手彫りで作られている!

 


茶の葉をすり合わせ、揉む部分のアップ。手彫りである。

 

特にこの殺青の方法に関しては、他の発酵茶、非発酵茶の多くが殺青時には蒸す作業が一般的なのに対して、阿波晩茶は茶葉を茹でて殺青する。僕も以前より疑問に思っていたのだが、百野さんもかなり不思議に感じておられたそうで、昔からの阿波晩茶の作り手のご老人方にも聞いたそうだが、明確な答えは得られなかったそうだ。
時折、茶旅のお供をさせて頂いている僕のお茶の先生によると、もともと、日本の製茶における殺青は蒸す、煎る、煮る、という方法があったそうで、先生に送って頂いた資料にも同様に、茶の葉を煮て殺青するという工程を踏む地方も多い、とあった。また、その工程に加え、もともと藍の産地であった徳島県の藍の製法である、摺り、発酵という工程が加えられ、阿波独自の茶として確立したのではないか、という仮説もあり、ますます興味を駆り立てられてしまうのであった・・・・。

 

よく見ないと見落としてしまうほど野生に見える茶の木。茶園の茶tの木とは違い、ほぼ手を入れず半野生の状態の茶を使用する。

 

こんな少し不思議な阿波晩茶だが、製造に関しては通常、茶摘みが始まるのが早い農家であると6月中頃から摘み始め、遅い農家であると8月のお盆明け位から摘み出す農家と様々である。

そういった微妙な違いも味の違いに影響しているのであろう。現に百野さんはそういった違いを農家毎にデータ化し、摘みだした日や漬け込み時の重石の重さ、発酵期間(通常は2-3週間とされる)などに至るまでを記録し、各作り手の名を記載した阿波晩茶の販売も行っている。しかし、本来、自家消費用に作られてきた茶ゆえに現在でも自家消費での余剰分を分類して販売する形をとっているので大量生産に向かないところがレアな発酵茶たる所以なのかもしれない。

 

生産者によって味も違う事から、販売されている晩茶には各生産者の名前が書いており、実際に飲み比べると味は各々違う。

 

また、阿波晩茶に使用する茶葉に関しては新芽を摘むのではなく、しっかりと成長した大きな葉を摘む。なぜなら若葉であると、乳酸発酵時に葉が溶けてしまい、しっかりと葉が残らないからである。

こうして、摘まれた茶葉は茶葉の酵素を失活させるため、すぐさま茹でられ、その後、発酵桶の中で2-3週間ほど乳酸発酵させられる。その際、桶の中の茶葉に蓋をし、その上から100㎏を越える重さの重石を置くのだが、百野さんはこの重石の重さなども測り、味に与える変化を記録しているそうだ。そして2-3週間の発酵期間を経て、桶から出された茶葉は天日にて乾燥させて、ようやく阿波晩茶となる。

 

茶葉を漬け込むための桶。プラスチック製、木製の桶を使用して茶葉を漬け込む。桶の上に見えるのは桶の蓋と、茶葉と蓋の間に敷く布。桶の向こうには漬け込み用の重石も見える。

 

こちらは現在、修理中の木桶。昔はこれで漬け込むのが普通だったそうで、これは百野さんの知り合いの農家のお婆さんから譲り受けたもの。その方が子供の頃から自宅にあったそうだ。

 

この様に非常に手間がかかり、不思議な阿波晩茶だが、願わくば来年は、このお茶を作る作業に加わり、全工程を見てみたいものだとしみじみ思った。どうか来年こそかないますように・・・・。