コメントに関してですが…基本的に誰でも書きこんで構いませんが、記事に関係したコメント以外はお断りします。
そういうコメントは気が付き次第削除しますので悪しからず(´・Д・)」
また、アメンバーに関しては記事を書いている方で交流がある方のみ受け付けます。
ブログ開始日 2008年11月10日
  • 03 Jan
    • 新年の挨拶

      どうもこんばんは、りんです。そして、昨年中はありがとうございました、そして本年もよろしくお願いしますm(_ _)m昨年、祖母が亡くなりましたので新年の挨拶は控えさせていただきます。ですが……コメントなど随分と新年の挨拶をしてしまったなと(;^_^Aさて、私のTwitterを見てる方は知ってるかと思いますが…御朱印画像が初詣してるやんΣ\(゚Д゚;)それというものの、年末に我が家の菩提寺の住職と偶然会いまして…私の密かな趣味を知っていて、お正月行きたいんじゃないかと言われまして(;^_^A祖母には悪いが行きたいと言ってしまいました。で、御祈祷するんで行って良いよと…それに甘えてやってもらいました(笑)ばぁちゃん、ゴメン(-人-)ナムナムそんな訳で、この三が日にいただいたのを紹介します(≧∀≦)羽梨山神社六所神社愛宕神社足尾神社石井神社十二所神社大中神社天志良波神社稲村神社薩都神社大甕神社天満神社鹿嶋神社甲神社伊勢神社愛宕神社鹿嶋八幡神社(額田神社)三嶋神社鹿嶋三嶋神社鷲神社とまぁ、こんな感じでいただいてきました(^o^)/知人である宮司さん所にも挨拶しに行った所…レアなのいただいてるねと(笑)いや、レアなのはわかるが地元を巡りたかったのさ(;^_^A最後に然程面白くもないブログですが、本年も昨年と変わらぬご愛顧をお願い致しますm(_ _)m

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  • 31 Dec
    • 年末の挨拶

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)m今年もあと数時間、いろいろな事があったなと…昨日今日と体調が悪く、横になりながら携帯アプリのゲームや、買ったはいいが読んでなかった漫画や小説を読んでました(´Д`;)さて、近頃は御朱印ブログと化しているわたしのブログですが…近頃はあまり書けていなく、ヤバいぐらいにストックが溜まっております先日の喜連川神社・木幡神社・頼政神社でやっと今年分に入ったものの…ストックが119ヶ所という恐ろしい状況にガーΣ(`・ω・Ⅲ)ーンそんなに溜まってるんだから書けよと言われそうです(笑)今年の参拝ですが、御朱印をいただいた場所314ヶ所、その他に無人社とかも数十社参拝という感じですかね…忙しい忙しいといいながら、こんなに参拝してるとは我ながらビックリですΣ( ̄□ ̄)!ちなみに、御朱印帳は今年にいただいたのと使ったもののごく一部です。で、今日はこんなゲームをしてました(笑)Fate/Grand Order戦国アスカ零アズールレーンGRANBLUE FANTASYこれはアズールレーンというゲームのキャラなのですが…あぁ、かわいいよサフォークとユニコーンワァ───ヽ(*゚∀゚*)ノ───イ重点的に育ててしまいました(*'▽'*)♪どういうのが好みかバレるか(笑)彼女に言わせるならば、ロリっぽいのがいいって言うのは信じられなかったらしいΣ( ̄□ ̄)!路線変更?いや、メイド服は好きですがな(笑)というか、それを着ている貴方が好きですよ(o´艸`)そう言わんと、近くにいるメイド服姿の方に怒られます(´ε`;)今年はいろいろとありがとうございました、来年度もよろしくお願いしますm(_ _)m

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  • 29 Dec
    • 頼政神社(古河・錦町)

      どうもおはようございます、りんですm(_ _)m年末にとりあえず1社だけ個別参拝記事を絞り出す様に更新……今年のお正月のを(笑)茨城県古河市錦町9-5頼政神社(よりまさじんじゃ)参道入口碑参道階段社号標一の鳥居手水舎二の鳥居狛犬拝殿拝殿扁額本殿境内社治承4年(1180)3月、源頼政は以仁王の令旨を奉じ平氏の専横を制するため挙兵する同年5月、宇治平等院にて自害この際、従者の下河辺清恒・渡辺競・猪早太らに「我が遺骨は此処に納むることなかれ、汝ら頭陀袋を下ろし休息の後、再び頸にかけ諸国を巡りて修行せよ、我止まらんと欲する所には、必ず異変を見るであろう、そこに骨を埋めよ」と言ったとされる従者らは諸国を巡り下総国古河に着き、芝原にに頭陀袋を下ろし休息、再び頸に掛けんとしたら重さ磐石の如し、これぞ異変に違いないと其処に塚を築き遺骨を納めるその後、足利成氏による古河城築城により塚も城内となる(龍崎郭)延宝5年(1677)、古河城主・土井利益の家臣・寺田与左エ門が京都神祇管領に請願し大明神の神号を得て、城内鎮護の神として崇敬される元禄7年(1694)、松平信輝が頼政の後系である事から社殿を造営し、神祇管領より正一位頼政大明神の称号を得る文化4年(1807)、社殿改修明治20年(1887)、村社列格大正元年(1912)、渡良瀬川の河川改修により河川敷となるにあたり現在地に遷座御祭神は源三位頼政公こちら、古河市西部渡良瀬川の堤防沿いにある神社でして元々は古河城内の神社でもありました。旧地は河川敷になってしまっているので詳しい場所は解りませんが、龍崎郭は現在地の南方である新三国橋付近だったとされます。創建的には延宝5年なのか、それとも従者が塚を築いた時になんらかの祠を作ったのか…どっちなんだろσ(^_^;)さて、宇治で自害した頼政の遺骨がなぜ古河かというと従者の1人、下河辺清恒の一族が古河の辺りにあった下河辺荘の荘官であったからだとされます。また、同じく茨城県龍ケ崎市にも頼政神社がありまして、こちらも下河辺氏の流れを汲む龍崎氏の領地であった事から分霊を勧請した可能性があるのではないでしょうか?宮司さん宅にていただけました。なんか、今年に参拝した個別記事は全く書けてないなとσ(^_^;)ここで発表しますストックの数は……116ヶ所٩(ˊᗜˋ*)وやっばいなぁ(笑)笑い事じゃないってΣ\(゚Д゚;)とにかく、地道に更新かなぁ……もう追いつく事は不可能に近いわ平成29年12月19日正午追記何の気なしに出掛けまして、3ヶ所増えましたσ(^_^;)しめて119ヶ所ヾ(o´∀`o)ノワァーィ♪

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  • 19 Dec
    • 木幡神社(矢板・木幡)

      どうもこんにちは、りんですm(_ _)m前回に引き続き、今年のお正月の参拝記事となります|ω・)チラッ栃木県矢板市木幡1194木幡神社(きばたじんじゃ)一の鳥居(冠木門)下乃宮参道社号標二の鳥居鳥居扁額二の鳥居と楼門男體山・熊野三神・湯殿山楼門手水舎茅の輪鉄灯篭狛犬拝殿本殿神輿舎稲荷神社無盡水境内社縁起碑延暦10年(791)、坂上田村麻呂・大伴弟麻呂が蝦夷追討の命を受け宇治・許波多神社に参詣追討の功を顕すならば一社を建立しようと祈誓し、下野国塩谷郡峯村に宿陣(現在地の裏手)延暦14年(795)、田村麻呂凱旋の折に再び峯村に陣する。地形四神相応するのを見て、山城国・許波多神社より勧請し創建この際、村名を峯村から木幡村へと改称大同2年(807)、現在地に遷座天慶3年(940)、藤原秀郷が平将門を討伐する際に当社と宇都宮神社(宇都宮二荒山神社)に祈願する。討伐後、この事が朝廷に伝わり宇都宮神社に勲一等・当社に社領1000石が寄進永承6年(1051)、源頼義・義家父子が安倍貞任討伐の際に当社東の玉取に宿陣し、従者とともに1週間参籠祈誓する文治2年(1186)、塩谷郡の領主・塩谷惟頼が平家追討の祈願をし叶うと、領内の総鎮守と定め代々の崇敬社とする。建久4年(1193)、源頼朝が那須野巻狩を行った時に狂犬が起こり人民が苦しむ。この際、頼朝の倅の猟犬も狂犬となったが頼朝は瑞垣に繋ぎ、人民を救う為に祈誓し狂犬は平癒する。その神徳により、現在も病犬除けの神霊璽を出しているそうです。天正18年(1590)、塩谷氏の滅亡により豊臣秀吉に社領没収され衰退慶安元年(1648)、幕府により200石を寄進され、日光二荒山神社を相殿に祀り、日光山輪王寺の支配下となり「木幡社日光大明神」と呼ばれるようになる。明治3年(1870)、郷社列格昭和25年(1950)、本殿・楼門が国重文に指定される御祭神は正哉吾勝々速日天忍穂耳命、配祀は事代主命・大穴牟遅命・田心姫命こちらは矢板市で1番大きく、国重文の楼門・本殿を持ち、塩谷郡総鎮守とされる神社になります。ですが…実はこちら、本務ではないからか普段は人影もまばらです。室町中期に造営されたとされる国重文や、日光東照宮から移された鉄灯篭もあるのになぁ…良いものがあるのに、なんで参拝者が少ないのかと思ってしまいます(´・_・`)ちなみに鉄灯篭ですが、元和3年(1617)に土佐藩主・山内忠義が徳川家康の一周忌に東照宮に奉納したものとされ、なぜこちらにあるのかはわからないそうです。ちょっと調べたら、木幡村は旗本領だったそうですが…誰が治めていたのかは調べ不足でわかりませんでした(´△`)山内氏絡みの旗本ならあってもおかしくはないかもしれないが、1度奉納していながら戻すというのはちょっとおかしいし、そんな事をしたら幕府に喧嘩売ってるのと同じだから下手すると改易沙汰もありえる。そうなると、日光山輪王寺支配下という事が移された事の理由なのかな?ちょっと前に記事にした、栃木県立博物館での「中世宇都宮氏」展でこちらの馬頭観音菩薩坐像が展示されていました。(中世宇都宮氏・図録より引用)これは木幡神社下乃宮に収められているものでありまして、神社としては金剛夜叉明王坐像として伝わっております。塩谷氏は宇都宮氏の一族でありまして、宇都宮氏の氏神である宇都宮二荒山神社の本地仏である馬頭観音像を倣って造られた可能性があるそうです。それに、木幡神社は鎌倉時代の塩谷氏居城・川崎城の大手門の延長線上にありまして、これは本家である宇都宮氏と宇都宮城の関係をそのまま踏襲しているとか…まぁ、他所の土地に根付いた武士が本家の氏神を祀ったり、その土地の鎮守との関係を本家と氏神の関係に倣う事は枚挙に暇ないですからね(*'▽'*)♪お正月ということで、社務所にていただけました。

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  • 09 Dec
    • 喜連川神社(さくら・喜連川)

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)m久しぶりの個別参拝記事になります…(;´д`)しかも、もうすぐ今年も終わりという時期に元旦の記事をあげるなんて……ある意味チャレンジャー(笑)風景はさほど変わらないから、違和感はないはず(´ε`;)栃木県さくら市喜連川4491喜連川神社(きつれがわじんじゃ)鳥居参道社号標伯耆禰神社鳥居伯耆禰神社狛犬手水舎神輿殿狛犬拝殿拝殿扁額本殿南参道鳥居創建は永禄6年(1563)、来連川城主・塩谷惟朝が心の拠り所とする為、常に崇敬していた尾張津島牛頭天王宮の御分霊を家臣・高塩正次に命じ、大倉ヶ崎南面の山腹(現在地)に祠を建て剏宮(さきのみや)としたのが始まりとされる。天正18年(1590)、来連川城主・塩谷惟久は豊臣秀吉の奥州仕置の際に秀吉が宇都宮まで来ると城に妻を残し退去(事実上の塩谷氏滅亡)この際、残された妻・嶋子は秀吉に婚家である塩谷氏ではなく、実家である足利氏(小弓公方)の救済を要望その後、嶋子の弟・足利国朝は古河公方家の足利氏姫と結婚し来連川城主となり、長らく小弓と古河に分裂していた鎌倉公方が統合される事となる。この際、城名を現在の表記である喜連川へと改め、代々の城主から崇敬され祭祀料を寄進される。ちなみに、足利国朝の次代である頼氏から喜連川の姓を名乗る天保9年(1838)、喜連川煕氏により祭具として弓・槍・鉄砲を寄進され、この際に本殿再建明治5年(1872)、喜連川神社と改称し郷社列格明治40年(1907)から44年(1911)にかけ付近の村社・無格社を23社合祀合祀社内訳40年1月、神明社(上り山)40年2月、日枝神社(山王)、八幡神社(八幡台)41年5月、山神社(西河原)41年12月、厳島神社(弁天山)42年5月、金鶏神社(大杉前)42年9月、稲荷神社(廿人町)、稲荷神社(葛城稲荷森)42年12月、神明社(葛城権現堂)、星宮神社(葛城細久保)、八幡神社(八幡河原)、八龍神社(八龍神)、金鶏神社(上り山)43年6月、雷神社(雷神上下)、伯耆禰神社(倉ヶ崎)43年9月、八幡宮(松並)43年12月、神明神社(松田裏)44年1月、御霊神社(松並)、太白神社(小入)44年2月、稲荷神社(倉ヶ崎)、加茂神社(小入)、浅間神社(小入)、滝尾神社(小入)明治40年3月、神域を拡張し拝殿を改築すると共に向きを東向きに変更し、新たな参道を開通(現在の表参道)昭和14年(1939)、拝殿改築御祭神は須佐之男命・櫛名田姫命さて、こちらはさくら市喜連川地区の中心部にある神社でして、足利氏の流れを汲む喜連川氏が崇敬していた神社になります。また、喜連川氏以前の城主であった塩谷氏は河内源氏・源義親の子、塩谷頼純を祖とします。来連川城を築いた塩谷惟広は源平合戦に源氏方として参戦し、一ノ谷の戦いや屋島の戦いに戦功があり塩谷荘に三千町を賜ります。そういう訳で、この地を領した塩谷・喜連川両氏は幕府を開いた源氏・足利氏の流れを汲む由緒ある氏族なのです( ´ ▽ ` )ノ江戸時代は石高4500石と僅かながら、足利氏の流れを汲む事から10万石格の国主並の家格を持っていました。ちなみに、本来ならば1万石以下では藩を立藩できないのですが、俗に言う江戸300藩のうち1万石以下で藩はここ喜連川藩だけです。とまぁ、幕藩体制では微妙な立ち位置であったので調べると面白いエピソードとかあるんですよね(๑˃̵ᴗ˂̵)私が参拝したのは元旦でして、神社近くに住む会社の同僚にバッタリ会ったのにはビックリしたのを覚えてます。同僚が言うには、「地元民は喜連川神社って言わずに郷社と呼ぶ」そうです。社格とか通称で呼ぶ所って多いですよね…ウチの近所の神社は「ちんちさま」って呼ばれてます、これは鎮守様が訛ってこうなったのだろう…多分?元旦ということもあり、拝殿前のテントにていただけました。ひさびさに書くと、なかなかうまく書けなくなってしまったなと…コンスタントに書ければいいのだが、仕事の忙しさで全く時間が取れないのです(;´д`)ゆっくりできる時間が欲しい…調べるのにまぁ、あったとしてもストレス発散として寺社参拝しちゃうんだけどね( ̄▽ ̄)で……ストックを増やしてる(笑)

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  • 28 Nov
    • 蔵出し その6

      どうもこんばんはそしてお久しぶりです、りんですm(_ _)mここ最近忙しくて、家に帰ったらすぐに寝ちゃうので全くブログを書く事はもとより皆様の記事を読む事すら出来てませんでした。゚(゚´Д`゚)゚。そういう生活を続けてるとストレスが溜まるので、休みの日はお出かけして寺社参拝をしてストレス発散をしていました。そんなんで新たに頂いたのをご紹介しようかと(๑˃̵ᴗ˂̵)ひたちなか市堀口光明寺(こうみょうじ)常陸太田市新宿町久昌寺(きゅうしょうじ)笠間市笠間真浄寺(しんじょうじ)成田市郷部埴生神社(はぶじんじゃ)成田市台方麻賀多神社(まかたじんじゃ)佐倉市鏑木町麻賀多神社(まかたじんじゃ)成田市宗吾東勝寺(とうしょうじ)龍ケ崎市下町龍泉寺(りゅうせんじ)守谷市板戸井清瀧寺(せいりゅうじ)取手市取手長禅寺(ちょうぜんじ)かすみがうら市加茂南円寺(なんえんじ)行方市玉造乙大宮神社(おおみやじんじゃ)小美玉市山野百里神社(ひゃくりじんじゃ)笠間市石井石井神社(いしいじんじゃ)桜川市真壁町真壁密弘寺(みっこうじ)桐生市川内町崇禅寺(そうぜんじ)桐生市宮本町西宮神社(にしのみやじんじゃ)足利市緑町八雲神社(やくもじんじゃ)桜川市真壁町古城眞徳寺(しんとくじ)足利市板倉町養源寺(ようげんじ)足利市粟谷町正蓮寺(しょうれんじ)足利市松田町宗泉寺(そうせんじ)足利市葉鹿町東光寺(とうこうじ)足利市緑町福厳寺(ふくごんじ)とまぁ、忙しいながらもあちこち出かけてるなと(笑)実は、この他にも今までに記事にしたのも含めると倍以上いただいてますし、新たに境内摂末社のをいただいてるのもあります。溜まりに溜まった参拝記事に関してですが、地道に調べてはいるもののまとめるのが億劫になってしまって(;´д`)この忙しさがひと段落つけば、一気に書ける気がするが……このまま年末進行へとなだれ込む可能性は大いにある(´△`)やばいよなぁ…ストックとストレスが溜まってる( ˃̣̣̥ω˂̣̣̥ )

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  • 02 Nov
    • 思いつきで麻賀多へ…

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)m昨日、ここ最近残業のしすぎで会社から休めとの指示が…そんな訳でお出かけなのだ( *ˊᵕˋ)ノう~れしいなぁ~‹‹\(´ω` )/››‹‹\(  ´)/››‹‹\( ´ω`)/››♪折しも1日、久しぶりにあちらにいただきに行こうと一路南へ…成田市台方麻賀多神社(まかたじんじゃ)成田市台方の麻賀多神社へこのあたりだとふ○すけさんの方が詳しい状況など知っていると思いますが、現在拝殿の建替え中でして…かなり出来上がって来てました( ´ ▽ ` )ノなんで、1日にこちらにっていうのは知ってる人には常識でして…御朱印は1日と15日のみという事なのですよ。以前にもいただいているのですが、なんとなく欲しくなった(笑)まぁ、なんか呼ばれたのかな…その後、奥宮であるこちらへ成田市船形麻賀多神社(まかたじんじゃ)とりあえず麻賀多神社に参拝っていう思いつきで北総に来てしまったので、付近の寺社を参拝しながら北へ向かおうかと…佐倉市鏑木町麻賀多神社(まかたじんじゃ)成田市宗吾東勝寺(とうしょうじ)成田市郷部埴生神社(はぶじんじゃ)成田市滑川龍正院(りゅうしょういん)利根町立木蛟蝄神社(こうもうじんじゃ)龍ヶ崎市下町龍泉寺(りゅうせんじ)龍ヶ崎市上町八坂神社(やさかじんじゃ)とまぁ、こんな感じの参拝でした(*゚▽゚)ノさて……明日は休み、めずらしくきっちり連休が休める♪( 'ω' و(و "取手・守谷のあたりを久しぶりに散策したいかも(*'▽'*)♪今度の土日、かすみがうら市の文化財公開は行こうかな…

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  • 30 Oct
    • かさま文化財公開

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)m昨日、茨城県笠間市において開催された「かさま文化財公開」を観に行って来ました( ´ ▽ ` )ノまずは各寺社の写真から笠間市片庭楞厳寺(りょうごんじ)笠間市石寺弥勒教会(みろくきょうかい)笠間市来栖岩谷寺(いわやじ)笠間市笠間真浄寺(しんじょうじ)笠間市笠間笠間稲荷神社(かさまいなりじんじゃ)笠間市、私的に庭な感じのする街でして…神社・寺院・美術館などなんだかんだで月1回は行ってますね(笑)そんな街にて文化財公開が行われました( ´ ▽ ` )ノ普段観れないモノを観れる(国重文の仏像)という事で、行かないという選択肢はない( -`ω-)✧だが…先週の常陸太田・常陸大宮の集中曝涼と同じく、台風の影響で雨なんで、こういう日に来るのさ…(;´Д`Aでも、観たいんで行かない訳はないのよ(≧∇≦)/各寺社の詳しい由緒などは、以前に記事にしていますので参考にして貰えると有難いです。なお、真浄寺については記事はまだ書いていませんσ(^_^;)で、ブロ友FさんにあってしまいましたΣ( ̄□ ̄)!楞厳寺にてアンケートを書いていたら、目の前にいた方の住所がとある街…なんとなく心当たりがあり、声をかけてみるとあの方でした(笑)びっくりしたわ…まさか会えるとは時間が許すならば、ゆっくりと喋ってみたいなと思える方でした( ´ ▽ ` )ノ北総のお勧め寺社とか教えてもらいたい(笑)そういえば、このブログ絡みで会った方もいるしTwitter絡みもいる、それに参拝した時にたまたま一緒になった方にも声をかけてる私自身、人見知りしないし、話好きなんですよねσ(^_^;)各寺社でも由緒や歴史話をして長居もざら…しまいには、夕御飯とお酒までいただいてしまい帰れなくて泊めていただいた事も(;´Д`Aうーむ、この性格ってどうなのかね?さて、今週末の11月4日・5日は「かすみがうら市指定文化財一斉公開」がありますし、同じく今週末の3日〜5日には取手市の長禅寺でも三世堂の公開と旧取手宿本陣でも公開があるそうです。近頃、こういう文化財公開を行う自治体が多くなってきましたので…皆様の地元でもあるかも知れません。まず間違いなく普段は観れないモノが観れますので、行ける場所であるならば観に行って損はないかと( ´ ▽ ` )ノ最後にお昼ご飯どーも……くん?

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  • 28 Oct
    • 水守神社(いわき・平山崎)

      どうもこんにちは、りんですm(_ _)m昨年の年末参拝の記事に辿り着いた…福島県いわき市平山崎字辰ノ口12水守神社(みずもりじんじゃ)社号標鳥居御祭神墓二十三夜塔神橋愛谷江筋水盤参道階段拝殿拝殿扁額本殿鳥居左・養蚕神社、右・熊野神社境内より東の海を望む創建は昭和26年(1951)3月15日昭和30年(1955)5月17日、本殿竣工御祭神は三森治右衛門光豊公江戸時代前期、磐城地区は大旱魃に襲われ磐城平藩藩主・内藤忠興は家臣・澤村勘兵衛勝為に領内巡視を命じる領内の状況を鑑み澤村は水路開削を開始、これが後の小川江筋である。この小川江筋開削時に三森光豊は澤村勝為の下、開削に従事完成後、澤村を妬む奸臣による讒言により切腹を申し渡されるその後、澤村の遺志を引き継いだ三森は夏井川南側に愛谷江筋(あいやえすじ)を開削延宝7年(1679)、平赤井から平下高久までの約18kmの水路を完成させる。これが愛谷江筋である。これにより五百十余町歩もの土地が潤され、平藩は新田開発をしたそうなさて、こちらは昭和20年代の創建と新しいのですが、祀られている方はいわき市において農業に従事している方にとり、知らなくてはいけない人だと思いますね…この愛谷江筋は今も昔も変わらず、この地区を潤しているのだから( ´ ▽ ` )ノそんな訳で、そういう方々によりこの神社が創建されたのだと思います。灌漑水路を開削した方を祀るぐらいなので、創建年あたりに旱魃や水害があったのかなと調べてみると…旱魃の記録はわかりませんでしたが、前年にはジェーン台風などかなりの被害をもたらしたものがあったり、創建月である3月には伊豆大島の三原山噴火があったりしました。農業というのは天候に左右されやすいので、水利を確保した三森光豊公を祀る神社を創建してもおかしくはないのだろうか?本務社である大國魂神社でいただけましたこの日、こちらを参拝後に三森光豊の師でもある澤村勝為を祀る澤村神社へと参拝水守神社が開削祖神と書き入れがあった事から、澤村神社でも小川江筋開削祖神と書き入れを( ´ ▽ ` )ノ以前は開削祖神とは無かったので、隣が水守神社だったからこう書いてくれたのでしょうね( ̄▽ ̄)やっと、やっと……去年参拝分が終わったぁ‹‹\(´ω` )/››‹‹\(  ´)/››‹‹\( ´ω`)/››♪今年の分…………とてつもなく溜まってる寝よ(:3_ヽ)_まぁ、とりあえず去年の分が終わったんで初詣が書ける(笑)下手すると、初詣記事を書いてる最中に来年ななりかねんヽ(´Д`;)ノ気長に待ってもらえると幸いです( ´ ▽ ` )ノ明日は笠間市の文化財公開に行く予定……台風らしいけどΣ( ̄□ ̄)!

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  • 26 Oct
    • 常陸太田市・常陸大宮市集中曝涼その2

      どうもこんにちは、りんですm(_ _)m台風も通り過ぎ、各地に大量の雨を降らせたと思いますが、皆様の所は大丈夫だったでしょうか?私の所は家から見る分には大丈夫そうですね…だが、台風の影響っていうか気圧の変化により喘息の発作を起こしてしまいまして、半分死んだようになっていました(;´Д`A観に行ってる時じゃなくて良かった( ´ ▽ ` )ノさて、集中曝涼2日目は1日目よりも雨脚が強くなり、公開時間が10時から13時までと2時間短縮となりました。また、数ヶ所は公開自体も中止となりました。特に、水戸徳川家墓所は事前応募だったのに、2日目に見学予定の方は残念だったろうと思います。公開場所の写真常陸太田市下宮河内町菊蓮寺(きくれんじ)常陸太田市下利員町西光寺(さいこうじ)常陸太田市増井町正宗寺(しょうじゅうじ)常陸太田市中染町中染阿弥陀堂(なかぞめあみだどう)常陸太田市天下野町東金砂神社(ひがしかなさじんじゃ)2日目は、1日目に行けなかった常陸太田市金砂郷・水府地区へと…元々、2日目は国重文の仏像2体をゆっくりと観ようと後に回していたのですが1日目終了後に2日目公開短縮の情報を掴んだ時、おのずと2日目の予定がキツキツに…公開中止にならんで良かった( ´ ▽ ` )ノ国重文は、西光寺の木造薬師如来坐像と中染阿弥陀堂の鉄造阿弥陀如来立像です。薬師如来坐像は平安後期の作とされ、定朝様式の仏像となります。寄木造りの漆箔彫眼、飛天を配した光背、九重の蓮華座…もぅ、いつまでも観てられる(o´艸`)こちらの御座す西光寺、徳一の開基で正式名称は田谷山医王院西光寺と言いまして、現在は無住で本堂すら無い寺ですが、所蔵が素晴らしい。明治に火災により本堂焼失も、近隣住民により運び出され今に残ります。また、仁王門の仁王像も県指定になっておりまして…こちらは火災により手が欠損してしまってますが、なかなかのものです(≧∇≦)/茨城の片田舎に平安末期の仏像があるのが不思議ですが、とある資料「奥七郡からの出発、茨城・常陸佐竹氏の軌跡」にこの仏像は佐竹氏初代・佐竹昌義の正室が願主だとありました。実は昌義の正室、あの奥州藤原氏の藤原清衡の娘でして…正室が眼の病に罹った時、西光寺の観音様に祈ったところ治ったとされ、その御礼に薬師如来を造らせたとありました。清衡の娘という事で、平泉から仏師を呼び寄せて造らせたのかも知れません。ちなみに、岩城則道に嫁いだ清衡の娘は国宝になっているいわき市の白水阿弥陀堂を建立しました。鉄造阿弥陀如来立像は、現在の東金砂神社の場所にあった東金砂山東清寺の末寺である持宝院に収められていた仏像になります。こちらは幕末の元治甲子の乱により焼失してしまいましたが、鉄造という事もあり焼失から免れたのだろうと思います。こちらは前出の薬師如来坐像と違い、造られた年がはっきりしていて鎌倉時代・弘長4年(1264)の作になります。仏像裏面に銘文があり、写真に写しましたが見辛いので記載奉治鋳法然寺阿弥陀如来立像大檀那桐原左衛門入道祭立大工権守入道西念勧進憎立仏房生年五十六仏師日向坊良寛弘長四年甲子四月二十六日そんな訳で、桐原(とうばら)左衛門という方が大檀那で元々は法然寺という寺にあったみたいですね…この桐原という方はこの辺りを治めていた豪族だったとされまして、そうなると旧水府村の廃寺になった寺院を調べると法然寺を特定できるかも知れない( -`ω-)✧さて、鉄造という事もありまして…よくよく見るとバリに見えるもの付いたままになっていますが「鎌倉時代のバリ」と考えると、ただのバリでも有り難みのあるバリに(笑)こちらの阿弥陀如来立像は大洗町にある西光院の木造阿弥陀如来立像を模して造られたと、最近の研究でそうと分かって来たそうです。西光院自体は参拝した事はありますが、阿弥陀如来立像は拝観した事がないので、機会があれば是非観てみたいものです。実はこちらでものすごく有難い体験が、公開のスタッフから触ってもいいですよと…勿論、阿弥陀如来様を触ってきました嬉し~い!‹‹\(´ω` )/››‹‹\(  ´)/››‹‹\( ´ω`)/››国重文の仏像を触れるなんて、めったに無い事ですよ( ´ ▽ ` )ノまぁ、今までにこちらの阿弥陀如来様は何回か触ってますけどね(笑)先にちょろっと書いてますが、東金砂神社に鐘楼があるのはこれが東清寺のものであったのがわかるかと…毎回、この集中曝涼ではスタンプラリーも行われており、スタンプ3つの缶バッジゆるい千手観音様と薬師如来様(笑)ちなみに1人1つですが、片方はツレのです。また、7つでくじ引きが出来まして…温泉施設の無料券をいただけました( ´ ▽ ` )ノそのうち行こうっと♪( 'ω' و(و "とまぁ、天気は最悪でしたがなかなか楽しめた集中曝涼でした。でもな…詳しく書くのは避けますがスタンプラリーの件で常陸太田と常陸大宮で微妙に足並みが揃っていなく、こういうのを見るとお役所仕事だなとσ(^_^;)さて、今週末は笠間市の文化財公開に行く予定ですこちらも国重文の仏像が3体観れます、触れないけどね(笑)

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  • 23 Oct
    • 常陸太田市・常陸大宮市集中曝涼その1

      どうもこんばんはというか、もうすぐおはようございますな時間かな、りんですm(_ _)m先日の21日22日に茨城県常陸太田市・常陸大宮市の集中曝涼がありました。昨年、一昨年と私のブログに書いた両市の集中曝涼が今年も開催されました( *ˊᵕˋ)ノですが…今年は両日とも雨、しかも今日は台風が近付いて来る関係上大荒れの天気はっきり言って、曝涼(虫干し)にはならない最悪な天気でしたが、観に来る方々は多いようで…好きな人は、例え火の中雨の中(笑)私も22日はこの大荒れの天気の中、山の中の神社に行って転んだズザザァァッ≡__(┐「ε:)__いやぁ、痛かったわ…ずぶ濡れ&足元ドロドロ(´Д`;)でも、好きなモノを観れたんで少しぐらいの痛みなぞどうって事ないのだ(笑)そんな訳で、とりあえず1日目各寺社の紹介です。常陸大宮市鷲子鷲子山上神社(とりのこさんじょうじんじゃ)常陸大宮市鷲子善徳寺(ぜんとくじ)常陸大宮市高部諏訪神社(すわじんじゃ)常陸大宮市高部間宮家住宅(まみやけじゅうたく)常陸大宮市高部喜雨亭(きうてい)常陸大宮市国長阿彌陀院(あみだいん)常陸大宮市下町甲神社(かぶとじんじゃ)常陸太田市松栄町香仙寺(こうせんじ)常陸太田市天神林町佐竹寺(さたけじ)常陸太田市新宿町久昌寺(きゅうしょうじ)常陸太田市東連寺町青蓮寺(しょうれんじ)常陸太田市大里町来迎院(らいこういん)1日目は西から東へと向かったのだが、公開開始の10時頃は小雨でしたが……お昼を過ぎた頃には結構な雨脚にそれでも観に来ている方は多く、普段観れないモノが観れるというのは如何に魅力的なのだなと去年に比べると雨という事で人が少なかったのですが、こういう日でも来るのは本当に好きなんだなと…まぁ、私もその内の1人ですがね(笑)今回は常陸大宮側で鷲子山上神社と高部地区の3ヶ所が初公開という事でした。間宮家住宅は個人宅という事で現在もお住まいですから内部公開は無しですが、国登録有形文化財に住めるというのはちょっと羨ましく思います。まぁ、そういう家に住んでいると修繕やらに国のお伺いをたてなくてはならないのでしょうから、なかなかに苦労はあるのだと…また、常陸太田側では初公開の香仙寺の直牒洞(じきてつどう)ですねこちらは初公開で21日のみという事で、こちらをメインに考えていた方も多かったのだろうと思います。これは元々は横穴墓で、その後に穴の中に線刻された仏像があり、最近詳しい調査が終わったそうでして、仏像の他に五輪塔などが洞窟内に無数に刻まれていました。普段は暗く中にも入れないのですが、今回は中に入れましたし、3Dデータを使った詳しい説明がありまして…興味深く聞けましたね( ´ ▽ ` )ノ色々質問しちゃいましたσ(^_^;)直牒洞内部 阿弥陀三尊(パンフレットより引用)

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  • 20 Oct
    • 中世宇都宮氏

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)m先日…というか、会期が始まってすぐに観に行きましたが、なかなか書けませんでした。栃木県立博物館「中世宇都宮氏 頼朝・尊氏・秀吉を支えた名族」宇都宮氏、下野国の名族として知られており元々は関白藤原道兼の流れを汲む藤原宗円を初代とします。また、下野を代表する武士団でもあり宇都宮の名の由来ともいえる二荒山神社の神官も務めていました。それにとどまらず、平安後期には京都歌壇・鎌倉歌壇に並ぶ宇都宮歌壇を築いた頼綱などを輩出しました。最近、競技かるたの映画などで知名度が高くなって来てる小倉百人一首は宇都宮頼綱が藤原定家に頼んだから出来たのですよ( *ˊᵕˋ)ノあと、宇都宮氏は一遍や親鸞とも繋がりがありまして…親鸞が開宗した西念寺のある笠間は宇都宮氏の領地でもあり、親鸞が創建した唯一の寺である専修寺も宇都宮氏の領地である真岡になります。そんな訳で、宇都宮氏は神仏に非常に縁があったと言えるのではないかな?とりあえず、展示品の紹介(写真は図録より引用)「鉄造狛犬」二荒山神社「阿弥陀三尊像」蔵福寺「観音菩薩跪像」地蔵院「馬頭観音菩薩坐像」木幡神社「八字名号」親鸞筆「十字名号」親鸞筆「明月記」藤原定家筆とまぁ、ごく一分の紹介ですが国宝や重文などが展示されておりまして…一つの氏族に由来する文物にこれ程まで、いいモノがあるという事実は如何に宇都宮氏が名族であったという証左ではないだろうか?私的に、親鸞・藤原定家・俊芿の直筆を見れたのは感激でした(o´艸`)あとは、戦国期の書状などは東国の勢力図を思い浮かべつつ読んでしまいました。そのおかげで、気がついたら博物館から出るまでに3時間もΣ( ̄□ ̄)!まぁ、好きなのを観てると時間を忘れてしまいますよね(*'▽'*)♪図録と御朱印帳を購入御朱印帳は宇都宮氏の家紋である左三つ巴の箔押し( *ˊᵕˋ)ノなお、これには関連寺社の住所と連絡先付きΣ( ̄□ ̄)!ありがたいわ…また、宇都宮氏一族である笠間時朝の発願により造立された国重文仏像3体などが今月末「かさま文化財公開」にて公開されます。あと、明日には常陸太田・常陸大宮で集中曝涼があります。興味のある方はどうでしょうか?天気予報では雨らしいですが…私は行きます( *ˊᵕˋ)ノ

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  • 16 Oct
    • 蔵出し その5

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)mここのところの気温の変化で体調が……そんな感じで山の様にあるストックの消化は出来ないし、ここら辺で再度蔵出し企画を(笑)栃木県栃木市平柳町星宮神社(ほしのみやじんじゃ)栃木県栃木市西方町元福正寺(ふくしょうじ)栃木県下野市下古山華蔵寺(けぞうじ)福島県東白川郡塙町台宿薬王寺(やくおうじ)茨城県つくば市泉慶龍寺(けいりゅうじ)宮城県名取市植松館腰神社(たてこしじんじゃ)宮城県名取市高舘吉田熊野那智神社(くまのなちじんじゃ)宮城県名取市高舘熊野堂熊野本宮社(くまのほんぐうしゃ)宮城県名取市高舘熊野堂熊野神社(くまのじんじゃ)宮城県仙台市太白区向山愛宕神社(あたごじんじゃ)宮城県仙台市青葉区八幡大崎八幡宮(おおさきはちまんぐう)宮城県宮城郡松島町松島瑞巌寺(ずいがんじ)宮城県宮城郡松島町松島円通院(えんつういん)宮城県塩竈市一森山塩竈神社(しおがまじんじゃ)茨城県東茨城郡城里町上古内鹿島神社(かしまじんじゃ)福島県東白川郡棚倉町花園長久寺(ちょうきゅうじ)福島県東白川郡棚倉町棚倉観音寺(かんのんじ)福島県東白川郡棚倉町棚倉蓮生寺(れんしょうじ)福島県東白川郡棚倉町棚倉蓮家寺(れんげじ)福島県東白川郡棚倉町棚倉西迎院(さいこういん)群馬県高崎市新町於菊稲荷神社(おきくいなりじんじゃ)埼玉県児玉郡神川町二ノ宮金鑚神社(かなさなじんじゃ)埼玉県児玉郡神川町二ノ宮大光普照寺(だいこうふしょうじ)埼玉県本庄市千代田金鑚神社(かなさなじんじゃ)埼玉県深谷市西島瀧宮神社(たきのみやじんじゃ)埼玉県深谷市東方熊野大神社(くまのだいじんじゃ)埼玉県熊谷市妻沼歓喜院(かんぎいん)茨城県水戸市加倉井町妙徳寺(みょうとくじ)というわけで、蔵出し企画でしたが…今回出したのに関しては詳しい由緒などはいつ更新できるかはわかりませんσ(^_^;)というか、まず間違いなく来年になる事でしょう(笑)だって…今年の初詣記事ですら、まだ書いてませんから(*゚▽゚)ノ笑い事じゃないってΣ\(゚Д゚;)ストックの数については、数えない様にしてますっていうか……数えたら頭を抱えそうなんで(;´Д`A

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  • 04 Oct
    • たなぐらのお宝文化財展

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)mちょいと間が開いてしまったな……あと少しで今年の参拝記事に入れると油断したな(笑)でも、美術展やこれから控えてる文化財公開の記事を書く事を考えると、全く進んでいない事に愕然とするΣ(°д°ノ)ノそれに……月曜には埼玉県北西部あたりをウロウロしてたし(笑)そしてストックは増加の一途を辿る:(´◦ω◦`):さて、本題ですが先週末に福島県東白川郡棚倉町にて文化財公開がありました。参加寺社は馬場都々古別神社・八槻都々古別神社・長久寺・観音寺・蓮生寺・蓮家寺・西迎寺になります。各寺社では個別に公開をしていたそうですが、今年初めて町の主催による文化財公開となりました。馬場都々古別神社(ばばつつこわけじんじゃ)陸奥国一宮 式内社(名神大)八槻都々古別神社(やつきつつこわけじんじゃ)陸奥国一宮 式内社(名神大)高徳山 瑞光院 長久寺(ちょうきゅうじ)日蓮宗堀川山 安養院 観音寺(かんのんじ)仙道三十三観音 二十一番札所真言宗智山派寳池山 浄華台院 蓮生寺(れんしょうじ)二十四輩八番浄土真宗大泉山 寳池院 蓮家寺(れんげじ)浄土宗遍照山 西迎院(さいこういん) 蓮台寺福島八十八ヶ所 二十番札所真言宗智山派とりあえず各寺社の写真でして、仏像などの文化財写真の公開は控えさせていただきます。各寺社の社務所や庫裡にていただけました各寺社ではスタンプもありまして、これを全部集めると記念品がいただけます。記念品(手拭い)スタンプを集めるという事もあり、近くの幼稚園児たちが大勢集まってしまった場所も…園児たちは文化財そっちのけでスタンプに群がってました(笑)まぁ、あの歳じゃ文化財の良さはわからんよねσ(^_^;)町図書館でスタンプの確認と記念品受取りがありまして、町職員からアンケートを求められまして…苦言や改善点などを話すと、真剣にメモってました( ̄▽ ̄)私的にはもう少し公開場所を増やしても良かったかなと思って、町内の寺社を列挙したら…県外から来てるのによく知ってますねとびっくりされてしまいました(笑)だって…霊場の札所や県社、珍しいモノがある神社などあるんだもの(≧ω≦)初回の開催という事で、色々と問題も出てきた事だろうと思うが、職員の感じから来年以降も行なわれそうな雰囲気だったので、期待して待ってみようかな?

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  • 29 Sep
    • 秋の文化財公開

      どうもこんにちは、りんですm(_ _)mここ最近、気温の変化により体調が優れない…ゆっくりと変わるのならばなんとかならんでもないが、急に変わるとねσ(^_^;)さて、みなさんは秋といえばなんでしょうか?食欲や読書、スポーツの秋とか…私的には文化財公開の秋( ̄▽ ̄)という事で、私が行けるかなと思われる文化財公開の会期の紹介です。福島県東白川郡棚倉町たなぐらのお宝文化財展9月30日・10月1日茨城県常陸太田市常陸太田市指定文化財集中曝涼10月21日・22日茨城県常陸大宮市常陸大宮市指定文化財集中曝涼10月21日・22日茨城県笠間市かさま文化財公開10月28日・29日茨城県かすみがうら市かすみがうら市指定文化財一斉公開11月4日・5日栃木県足利市足利の文化財一斉公開201711月25日・26日茨城県桜川市秋の桜川さんぽ11月18日・19日・25日・26日・12月2日・3日なお、かすみがうら市文化財一斉公開と秋の桜川さんぽの画像は去年のものになります。パンフレットがまだ手に入ってないのです…詳しくはリンクを張りましたので、そちらを見てくださいm(_ _)m追加や変更などあるかもしれないので要チェックかな?特に桜川市のイベントは、限定御朱印を検討してもらえないかと主催者から打診されたと、私の知人でもある宮司さんが話していました( ̄▽ ̄)こちらに関しては、情報があまり出ていないので情報待ちですな(*'▽'*)♪去年、私が行ったレポになります集中曝涼(常陸太田・常陸大宮)かさま文化財公開かすみがうら市指定文化財一斉公開足利の文化財一斉公開2016秋の桜川さんぽなお、棚倉町は私が知ったのが今年が始めてですので去年のものはありません。そんな訳で、秋に文化財公開などが開催される自治体が私が住んでいる付近だけでもこんな感じでありますので、皆さんの近くでもあるかもしれません。もしあるならば、貴重な文化財をこの時だけ見れますので探してはどうでしょうか?

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  • 25 Sep
    • 薬王寺(桜川・青木)

      どうもこんばんは、りんですm(_ _)m「秋の桜川さんぽ」時の参拝となります茨城県桜川市青木1375天台宗曛静山 華徳院 薬王寺(やくおうじ)寺号標石仏山門二宮尊徳像石仏釈迦堂手水舎本堂鳥居御堂?地蔵尊本堂内大同3年(808)、徳一大師により法相宗の寺院として創建その後、下野国真岡・宗光寺の末寺となり天台宗へと変わる寛文年間(1661-1673)、常陸国岩瀬・月山寺の末寺となる貞享4年(1687)、良循法印により薬師堂・本堂を再建し中興開山とする享保7年(1723)、現本堂再建明治初期、近隣の7つの寺や御堂を併合大正7年(1918)、山門再建こちらは桜川市中部、市役所の北側にある青木地区にある寺院でして、最近は境内にあるモミジの綺麗さから、俄かに知られ始めて来ています。そういう最近知られて来た紅葉の名所は、元々知っている人からすると紹介して欲しくないものでもあるのですよねσ(^_^;)「桜川市観光ガイド」より引用さて、門前にある二宮尊徳ですがこの地区・青木村を復興させた人物になります。この地を潤していた青木堰という堰があり、青木村にとって無くてはならないものでしたが、堰があった桜川は急流であった為に増水により流される度に改修をしていました。改修費を領主であった旗本・川副氏はとうとう払えなくなり、堰は壊れたまま放置されることとなり、それに伴い収穫量は激減天保2年(1831)、名主・館野勘右衛門は村の救済を二宮尊徳に頼みました天保4年(1833)、青木村復興事業の一つとして青木堰の完成山門は天保4年に造られた青木堰が改修される事となった為、その用材を使う事により二宮尊徳の偉業を後世に伝える為に造られたものになります。庫裡にていただけました。私がいただいた時、普段は書かないんだよと仰っていました…イベントだったからいただけたのだろうちなみに今年も「秋の桜川さんぽ」は開催されまして、会期は11月18日・19日・25日・26日、12月2日・3日の土日になります。ですが、開催寺社などはまだ発表されていない様なのです……詳しくはこちらに公式Facebookがあるのでどうぞ

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  • 15 Sep
    • 龍泉寺(足利・助戸)

      どうもこんにちは、りんですm(_ _)mこちらも先日と同じく、去年11月の足利市文化財公開時の参拝となります栃木県足利市助戸1丁目652天台宗福聚山 心性教院 龍泉寺(りゅうせんじ)寺号標参道仁王門手水舎観音堂観音堂扁額鐘楼本堂灯篭庭ある夜、紀伊那智の僧・叡海地蔵上人にの夢枕に異形の人が現れる「吾れ汝とともに日本六十余州を巡廻し、六十六部の妙典を各霊場に納め、且つ汝の終焉の地に吾を奉ぜよ、吾は是れ熊野権現なり吾は汝なり、汝は是れ吾なり」と言い消え失せた上人は霊場を巡廻し下野国足利郡に来て休む、その時持っていた笈が重くて持ち上がらない、これは夢に見た地と思い一堂を建立し熊野権現を勧請これが創建とされ、元久2年(1205)になるこの翌年、元久3年(1206)に上人は当地に於いて入寂室町時代末期までは足利氏の帰依が篤く、特に室町幕府14代将軍・足利義栄は寺禄・什宝の寄進をし「福聚山心性院立泉寺」と定める永禄11年(1568)、天台座主・応胤親王により比叡山戒心谷の永代末寺に定められるその後、足利城主・長尾氏の庇護を受けるが長尾氏の滅亡により寺運傾く正徳年間(1711-1716)、元三大師を再興明治維新後、現在の「福聚山心性教院龍泉寺」に改めるさて、こちらは龍泉寺という名前よりも「足利厄除け大師」として知られているお寺さんです。これに関しては、通称で呼ばれていて正式名を知っている人が少ないのは良くある事σ(^_^;)足利の隣にある佐野では「佐野厄除け大師」がありますが、こちらも正式名は知られてないよね(笑)ちなみに、佐野厄除け大師は「春日岡山転法輪院惣宗官寺」といいます。こちらのお寺さんはなかなかいい美術品を収蔵していまして…俵屋宗達や棟方志功、また最近人気の出てきた伊藤若冲もあるのですよ( ´ ▽ ` )ノこれらは本堂地下にある龍泉寺美術館にて観る事ができます(展示の絡みでいつもあるとは限らないです)参拝した日、美術館には私と学芸員しか居らず、日本画談義に花が咲いてしまいました。かなり長居したんじゃないかと( ̄▽ ̄)庫裡にていただけました。今年1月9日参拝時1月初旬だった事もあり、本堂前の授与所にていただけました。(ちなみに、普段は本堂前には授与所はありません)これで、やっと去年11月の文化財公開時の参拝が終わった…後少しで初詣( ´ ▽ ` )ノまだ今年の初詣記事を書いてない(笑)

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  • 12 Sep
    • 徳蔵寺(足利・猿田町)

      どうもおはようございます、りんですm(_ _)m去年11月の足利市文化財公開時の参拝となります。栃木県足利市猿田町9-3天台宗乾坤山 東耀光院 徳蔵寺(とくぞうじ)寺号標山門手水舎五百羅漢堂五百羅漢像千庚申堂千庚申塔愛染堂本堂本堂内阿弥陀如来愛のポスト愛のお願いごと成就電話愛染橋かな地蔵尊(中央)境内の様子創建は不詳ですが、平安末期に龍海大阿闍梨が民衆教化のために草庵を結んだのが始まりと伝えられている。宝暦年間(1751-1764)、尊雄により中興寛政12年(1800)、千庚申塔建立文化9年(1812)、五百羅漢堂建立昭和45年(1970)、本堂落慶こちら、足利市南部を流れる渡良瀬川近くの寺院でして五百羅漢像・千庚申塔・かな地蔵尊の3つの県指定文化財を所蔵しています。このうち、五百羅漢像は全513体でして鎌倉・建長寺と耶馬渓・羅漢寺とともに日本三大五百羅漢と呼ばれているそうです。これほどあると、きちんと坐禅をしているのが多い中…ときたまリラックスしているのがあったり、どう見てもサボッてるようにしか見えんのもσ(^_^;)こういうのが目立つ目立つ(笑)こちらでは文化財公開時という事もあり、住職・副住職が丁寧に説明してくださり、ホントありがとうございましたm(_ _)m実は、こちらの前に寄ったとある場所(記事にはしない)の文化財公開スタッフの対応があまりにも悪かったので、こちらでの対応が神対応…いや、仏対応(笑)と絶賛したくなりましたよ( ´ ▽ ` )ノ文化財公開時でしたので本堂内にていただけました。ピンポン道場最後に、書き入れにもあるピンポン寺とは何と思われますが…これは昭和50年(1976)から始めたピンポン(卓球)大会から来ており、今年は9月3日に開催され、境内の屋外に卓球台を置き220人が熱戦を繰り広げたそうです。

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  • 08 Sep
    • 薬師寺(足利・寺岡町)

      どうもこんにちは、りんですm(_ _)mこちら去年の足利市文化財公開時の参拝になりまして、確か開山塔の公開だったような(;^_^A栃木県足利市寺岡町871天台宗寺岡山 施薬院 薬師寺(やくしじ)元三大師標山門手水舎本堂扁額・鰐口瑠璃光殿結縁石開山塔延享2年銘昭和天皇御野立所いじめ除け観世音いじめ除け観世音菩薩三面出世大黒天境内創建は寺伝によると、聖徳太子の命によって建立で「下野八薬師」と称されていたと伝えられている元文年間(1736-1741)、東山天皇の第三皇子・公寛法親王が上野の寛永寺輪王寺門跡門主をしていた時、足利寺岡出生の亀田庄左衛門則重が永年の忠節を認められ、日本に三幅しかない元三大師尊影御真筆を拝領その後、自宅に安置し礼拝していたところ「困窮の人を救済すべし」との元三大師からのお告げがあり薬師寺に奉納以後、こちらは寺岡山元三大師として厄除商売繁盛の祈願寺として信仰を受ける昭和50年代半ば、子供のいじめに悩んでいた夫婦が観音像を奉納。それを期にいじめを受けなくなた事から、いじめ除け観音として安置されています。さて、こちらは薬師寺という正式名称よりも「寺岡山元三大師」という名前の方が知られています。実は私も薬師寺という名前は知りませんでした…近くにある看板ですらデカデカと元三大師ですものσ(^_^;)さて、創建のあたりは眉唾感があるのですが、寺伝として伝わるぐらい古いお寺さんです。また「下野八薬師」とありますが、調べ不足でどこがそれにあたるかは不明ですσ(^_^;)近いうちに調べようかとは思っていますが、ここ最近体調が思わしくないので…いつになる事やら(;´Д`A元三大師尊影真筆がご本尊となっておりまして、お正月のみ開帳となっております。こちらは御前立(薬師寺サイトより引用)授与所にていただけましたまた今年も足利市文化財公開が開催されます。11月25日・26日に全65ヶ所にて行われますので、興味がある方はどうでしょうか?

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  • 06 Sep
    • 西宮神社(足利・西宮町)

      どうもこんにちは、りんですm(_ _)mこちらは去年の足利市文化財公開時、前記事の長林寺に参拝した後に近くのこちらで秋季例大祭だったので寄って来ました(*'▽'*)♪栃木県足利市西宮町2931西宮神社(にしのみやじんじゃ)社号標一の鳥居二の鳥居手水舎神楽殿拝殿拝殿内本殿秋葉神社・皇大神宮稲荷神社八坂神社・山神社神輿庚申塔創建は慶長8年(1603)、代官・風祭太郎左衛門により栗崎(現在地)に摂津国西宮神社から勧請慶長14年(1609)、代官・小林十朗左衛門時喬により神域拡張貞享2年(1685)、代官・笠原七郎兵衛により神域拡張し現在の広さとなる宝永2年(1705)、徳川家宣の御側役だった戸田忠時が甲斐国八千石より三千石加増により足利藩が立藩され、代官所の庇護により始まった祭祀は地元有志に任される様になる元文4年(1739)、社殿修繕し地元有志の祭祀世話人会発足大正6年(1917)、拝殿改修昭和29年(1954)、神楽殿改修御祭神は事代主命・蛭子命こちらは恵比寿講で知られている神社でして、北関東では桐生西宮神社と並んで近隣に知られています。足利市文化財公開時の参拝ですが、こちらは公開場所にはなっておらず、近くの長林寺に行ったついでに参拝したのです。というのも、恵比寿講でしたので西宮町一帯が交通整理になっていまして、長林寺まで車で入っていけず手前の学校跡地に停めて歩いて行ったので近くのこちらもって事でσ(^_^;)恵比寿講、商売の神様でもある事から神社へと向かう道沿いには熊手売りがたくさん私にも「社長さん、熊手どうですか?」と売込みがありましたが、私はしがない会社員…熊手買ってもねぇ(´・_・`)その売り子は、通る人全てとは言わないが声を掛けてまして…どんだけ社長が居るんだとツッコミを入れたくなりましたよ(笑)境内は参拝者が多く、拝殿前にはテントも設置してあったのでそのうち新たに写真を撮りに行こうとは思ってはいるものの、未だ行けず(;´Д`A社務所にていただけました熊手売りの様子この後、文化財公開されていたすぐ近くにある足利聖ハリストス正教会にも行って来ました( ´ ▽ ` )ノ寺院→神社→教会という、信仰的にどうなんだと言われてしまう様な感じにσ(^_^;)まぁ、日本人はクリスマスを祝って1週間で新年だからと寺院や神社に初詣に行く様な民族ですからね…外国人の友人曰く、「年末年始の宗教入り乱れた参拝には首を傾げたくなる」と日本人はこういうところは大らかなんでしょうね( ´ ▽ ` )ノ

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