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【体験記】白内障だったんです。#7
恐怖はなかった。
なくなってしまっていた。診察結果を聞くとき、一週間前に受けた数々の術前検査のほうが怖かった。
なにより、緑内障と誤診を受け、徐々に霞んでゆく視界に「やがての失明」を思ったときの恐怖とは比較にならない。
僕は自分の目は見えなくなるものだと思っていたのだ。
白内障と診断されてからの僕はすっかり明るくなっていた。
文字通り、視界に光が射す、視界が広がる気持ちだった。
手術室に入る。
テレビや映画に見る手術室と同じように見えた、FM放送だろうか、室内は音楽が流れていた。海外の女性シンガーだったと思うが誰かは知らない、ともかく、歌が聞こえた。
「じゃあ、始めますよー」
担当医はいつもと変わらない、少しおどけたような口調で言った。
「大丈夫です、安心してくださーい」
金属製の枠のようなものが左目にとりつけられる。感触からそう思うだけで、実物を見たわけではない。
おそらくビューラーに近い形状ではないだろうか、骨のくぼみに沿って押し込み、固定され、瞬きができないようになる。
そしてそこに執刀時に眼を拡大視するためのレンズがはめ込まれる。
部分麻酔で意識ははっきりしているため、執刀医が逐一、状況を説明してくれるので自分の状況はだいたい理解していた。
開いたままだが目が乾燥してしまうことはない。消毒液や精製水が大量に流し込まれるため、眼球は常にずぶ濡れなのだ。
それに麻酔も効いている、痛みもない。瞳孔を開いているうえ、強いライトに照らされているので眩しくて眼前はぼんやりとしている。
ぼんやりと見えてはいるが、なにが起きているのかはまるでわからない。
「少し重くなりまーす」
術前、手術に痛みはあるのか。
そう尋ねたときに返ってきた言葉だった、手術中、幾度と繰り返されたのだが、実際には重く感じはしなかった。個人差もあるのだろう、重いというより、わずかに押さえられているという感じだった。
白内障の手術というのは、術前の検査や術前の処置(散瞳や抗生剤の点眼など)に比べれば、時間はとても短い。
ものの20分ほどではないだろうか。
「それでは始めまーす」から「じゃあこれで終わりです。問題なくレンズ入りましたよ」まで、本当に短い時間だった。
それまで、緑内障と診察され、点眼治療を続けた一年間に比べれば、一瞬でさえないほどの時間だった。
【続く……(もうちょびっと)】
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