【体験記】白内障だったんです。#6 | ワールズエンド・ツアー

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田中ビリー、完全自作自演。

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【体験記】白内障だったんです。#6


 4月29日(金)。
 連休初日のその日、僕は左眼の手術を行うことになっていた。

 翌30日に右眼を手術することになっている。

 一週間もすれば新しいレンズでの視力も落ち着くとされ、日常生活へ復帰できることから連休中に両方済ませようと思ったのだ(←社畜並の発想)。

 一週間前に術前検査も無事クリアし(手術より遥かに時間がかかった)、採血のたびに気になる肝数値も問題ナシ(←いつも気になる酒飲みな私)。


 手術の1時間半前には受付を終わらせ、手術の準備へ。
 散瞳(瞳孔を開く)と抗生物質の点眼薬をそれぞれ一分半おきに。

 術前処置室には僕以外にも数名が控えていた。いずれも還暦をゆうに越えていると思われる、親世代の方々である。
「(予想より遥かに)年寄りばっかりじゃねーか……」とろくでもないことを、しかしはとても正直なことを思う。

 そして自分まで年寄りになった気分になる。なかなかに物悲しい


「目が良くなるって聞いたんですけど……」
 ナースにそう尋ねるご婦人。手術直前らしく、右手に点滴(抗生物質)のチューブが。

「目が良くなるわけじゃないんです……視界はクリアになりますけど。でも、いままでよりずっと見えるようにはなりますよ」
 聞かれ慣れているのだろう、過剰な期待をさせず、かと言って落胆させるわけでもなく、あくまでニュートラルである。

 僕は思う。
「この人は単焦点なんだな」と。
 同じナースは僕に対してこう言っていたのだ。

「田中さん、手術が終わったら世界が変わっちゃいますね。見違えますよ。多焦点レンズ、私も羨ましい」

 メガネをかけたナースは言った。

 そうである。
 先進医療特約のついた保険に加入していた(らしい)僕は、思いきって多焦点レンズを選んでいたのだった。
 つまり、遠近両用、日常生活のほとんどを裸眼で生活できるようになるのだ

 多焦点、単焦点のそれぞれを試すことができればいいのだが、もちろん、そんなわけにはいかない。
 ネットで調べたなかには稀にそんなケースもあるらしいが、労力的にも金額的にもリスクが大きすぎる。

 保険でリカバリできるなら思い切って多焦点を挿れよう、そう考えていた。


「田中さん、絶対、メガネより裸眼のほうがいいですよ」
「メガネ、結構煩わしいですしね」
「ですし、ほら、せっかくイケメンなんだから」

 高額治療を選択したからだろうか、「気をつかわせてるなぁ……」と思う。
 気をつかわせていることに心苦しさがないわけでもないが、ナース数名に笑顔で接してもらえるのは正直、嬉しい

 十数種にも及ぶ術前検査、そしてオペ当日であるこの日の術前処置。
 とにかく長い。待つ時間は長く感じるものだが、なにせ病院である、数分おきに点眼を施してもらうとは言え、本人はただ座っているだけである。
 目の手術の恐ろしさは薄れ、早く終わってくれと溜息が口をつく。手術する左目は散瞳のせいもあってピントが合わず、ぼんやりとしていた。

「かんっかんに開いてますよ」
 ナースが言う。かんっかん?
「瞳孔が完全に開いて、左目が真っ黒なんです、いま。田中さんは瞳が真っ茶だから、オッドアイになってますよ。すごいきれい」
 手をひかれ、鏡の前へ。
「おー……」
 とくに何も思わなかったが、一応、反応しておく。

 クレオパトラや、その時代において、意図的にオッドアイをつくることが美とされたことがあるという。
 当時の医療技術、衛生環境ではそれが原因で失明してしまうこともあったそうだが。
 そんな余談で時がくるのを待つ。

 午後5時45分。
 順番がくる。
 予定より15分遅れて本館の手術室へ向かう。


……このとき。
 オペを受ける左目は散瞳中でぼんやりとしか見えず、裸眼の右目で動く。
 視力0.05。足元さえぼやけてよく見えない。抗生物質の点滴を下げたキャスターのついたスタンドを頼りによたよたと歩いてゆく。

 傍らには付き添いの看護師さん。ますます老境に達したような気になる。
 手術室までは、遠かった。





【続く】 


















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