ルノワール「ド・ガレア夫人の肖像」
この絵も、ルノワールなの?
という絵に出会った。
ルノワールといえば、
柔らかな女性の優美さ、みごとなまでの光と影・・・・・
など、などに感動していたのだが。
この絵は少し違う。
「ド・ガレア夫人の肖像」である。
この絵は、ルノワールが70歳頃の作品で、
描き方がこれまでとは違っている。
長椅子でくつろぐ貴婦人、
とても豪華な洋服を身にまとっている。
そして、
壁には大きな額縁の絵があるなど、
とても古典的? な感じがする。
この絵は個人所有のせいか、
今まで、なかなか観ることの出来なかった
大作なのである。
加えて、
ルノワールらしくないところが、
とても興味深い。
さらに、
技法を変えて、
この絵を描いたルノワールの心境を、
探りたくなる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
やすらぎを求めて、
ニースの街へ・・・
という絵に出会った。
ルノワールといえば、
柔らかな女性の優美さ、みごとなまでの光と影・・・・・
など、などに感動していたのだが。
この絵は少し違う。
「ド・ガレア夫人の肖像」である。
この絵は、ルノワールが70歳頃の作品で、
描き方がこれまでとは違っている。
長椅子でくつろぐ貴婦人、
とても豪華な洋服を身にまとっている。
そして、
壁には大きな額縁の絵があるなど、
とても古典的? な感じがする。
この絵は個人所有のせいか、
今まで、なかなか観ることの出来なかった
大作なのである。
加えて、
ルノワールらしくないところが、
とても興味深い。
さらに、
技法を変えて、
この絵を描いたルノワールの心境を、
探りたくなる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
やすらぎを求めて、
ニースの街へ・・・
ミレー「夏・蕎麦を打つ人々」
夏も終わろうとしている。
ミレーの最後の連作四季から
今週は、「夏」をとりあげる。
昔、フランスの農村で
よく見られる風景である。
ソバの穂を刈り取り、束ねているが、
日本の稲刈りに似ている。
奥の方では
刈り取ったソバを叩いて実を落としている。
この作業のことを、
蕎麦を打つ、といっているようだ。
蕎麦打ちと聞くと、
粉をこねて蕎麦にする作業を想像しがちだが・・・
日本は、実りの秋、といえば、
たわわに実った稲穂、稲刈りの様子などが、
秋の代名詞のようだ。
季節は違うが、とても懐かしく感じる。
農夫たちが作業をしている周りで、
子供たちが犬を追いかけて遊んでいる。
左奥では、藁を焼いた煙が立ち登っている。
なんと平和で温かく、豊かな空間なのだろう。
フランスなのに、小麦ではなく、なぜ蕎麦?
小麦の不作を補う作物として、
栽培していたようだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
蕎麦粉入りのパンを求めて、
バルビゾンのパン屋さんへ・・・
ミレーの最後の連作四季から
今週は、「夏」をとりあげる。
昔、フランスの農村で
よく見られる風景である。
ソバの穂を刈り取り、束ねているが、
日本の稲刈りに似ている。
奥の方では
刈り取ったソバを叩いて実を落としている。
この作業のことを、
蕎麦を打つ、といっているようだ。
蕎麦打ちと聞くと、
粉をこねて蕎麦にする作業を想像しがちだが・・・
日本は、実りの秋、といえば、
たわわに実った稲穂、稲刈りの様子などが、
秋の代名詞のようだ。
季節は違うが、とても懐かしく感じる。
農夫たちが作業をしている周りで、
子供たちが犬を追いかけて遊んでいる。
左奥では、藁を焼いた煙が立ち登っている。
なんと平和で温かく、豊かな空間なのだろう。
フランスなのに、小麦ではなく、なぜ蕎麦?
小麦の不作を補う作物として、
栽培していたようだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
蕎麦粉入りのパンを求めて、
バルビゾンのパン屋さんへ・・・
ミレー「春」
今年の夏は、亜熱帯のような暑さが
過ぎ去ったかと思うと、
今度は、台風やら、土砂崩れなどが発生し、
甚大な被害に見舞われ、とても辛い夏だった。
自然は、私たちに大きなエネルギーや
安らぎをくれるものだが、
反面、とても恐ろしいものでもある。
この絵はミレーの最後の連作四季から
「春」である。
バルビゾン村にあるミレーの家から、
フォンテーヌブローの森をながめた景色を
描いている。
暗い空に虹とは・・・・・不思議、
そして、りんごの木らしいが、
白い花が電気の灯りのように咲いている、
また、画面の右上には青い空も見える。
雨は上がっているのに、まだ、雨雲が残っていて、
明るい陽が射し込もうとしている、
二筋の虹も出て。
とても幻想的な絵だ。
こんな自然に憧れる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
このバルビゾンの大地へ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
注1:
細部を見るため
絵画を拡大して見るには、
絵画をクリックすると少し大きくなります。
さらに大きくするには、キーボードで、
左指でCtrlを押しながら右指で+を押すと、
押すたびに、500%まで拡大できます。
縮小はCtrlを押しながら-を押すと、
順次、縮小されます。
注2:
最適な状態でブログを見ていただくには、
左指でCtrlを押しながら右指で+を
一回押すと110%に拡大されます。
是非、この大きさでご覧いただきたいです。
過ぎ去ったかと思うと、
今度は、台風やら、土砂崩れなどが発生し、
甚大な被害に見舞われ、とても辛い夏だった。
自然は、私たちに大きなエネルギーや
安らぎをくれるものだが、
反面、とても恐ろしいものでもある。
この絵はミレーの最後の連作四季から
「春」である。
バルビゾン村にあるミレーの家から、
フォンテーヌブローの森をながめた景色を
描いている。
暗い空に虹とは・・・・・不思議、
そして、りんごの木らしいが、
白い花が電気の灯りのように咲いている、
また、画面の右上には青い空も見える。
雨は上がっているのに、まだ、雨雲が残っていて、
明るい陽が射し込もうとしている、
二筋の虹も出て。
とても幻想的な絵だ。
こんな自然に憧れる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
このバルビゾンの大地へ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
注1:
細部を見るため
絵画を拡大して見るには、
絵画をクリックすると少し大きくなります。
さらに大きくするには、キーボードで、
左指でCtrlを押しながら右指で+を押すと、
押すたびに、500%まで拡大できます。
縮小はCtrlを押しながら-を押すと、
順次、縮小されます。
注2:
最適な状態でブログを見ていただくには、
左指でCtrlを押しながら右指で+を
一回押すと110%に拡大されます。
是非、この大きさでご覧いただきたいです。
ボッティチェリ「海の聖母」
今週もボッティチェリを取り上げる。
この絵は
窓から海が見える部屋で
イエスを膝にのせる聖母子を
描いたものである。
何か物想いにふける聖母マリア。
幼子イエスは母親の方を見ているが、
母は、それに応えていない。
母の優しい眼差しが欲しいのに・・・
絵をよく観ると、
イエスの右手にはザクロが
しっかりと握られているが、
ザクロは受難を象徴するものだ。
母はザクロを見て、
イエスの将来を案じているのだろうか、
子供の幸せを願わない母はいない。
イエスが歩む茨の道を憂いると、
このような虚ろな表情になってしまうかもしれない。
濃紺の衣服の上に、
羽織られた透明のベールも、
はかなく悲しそうに見えてくる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
海の見えるこの部屋へ・・・
この絵は
窓から海が見える部屋で
イエスを膝にのせる聖母子を
描いたものである。
何か物想いにふける聖母マリア。
幼子イエスは母親の方を見ているが、
母は、それに応えていない。
母の優しい眼差しが欲しいのに・・・
絵をよく観ると、
イエスの右手にはザクロが
しっかりと握られているが、
ザクロは受難を象徴するものだ。
母はザクロを見て、
イエスの将来を案じているのだろうか、
子供の幸せを願わない母はいない。
イエスが歩む茨の道を憂いると、
このような虚ろな表情になってしまうかもしれない。
濃紺の衣服の上に、
羽織られた透明のベールも、
はかなく悲しそうに見えてくる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
海の見えるこの部屋へ・・・
ボッティチェリ「パラスとケンタウロス」
今週はボッティチェリを取り上げる。
なんと、りりしい姿の女神なのだろう。
この絵はギリシャ神話に出てくる
学問と戦いの女神パラスを描いたものである。
左手に英雄の武器ハルバートを携え、
右手で半人半獣の
ケンタウロスの髪をつかみ
取り押えている。
これはパラスの「理性」がどう猛な「本能」に
打ち克つことを示しているのか。
パラスに掴まれた、
ケンタウロスのむさくるしい髪と髭の顔が、
なんとまあ、情けないことか。
しかも、パラスに畏れをなして
肩を落とし、
縮こまった左手と左前足の動作が、
どうしようかと、おののいている。
パラスは頭部に平和のシンボルである
オリーブの冠をかぶり、
身につけた白く透き通った衣装には
金色の丸い輪を組み合わせた刺繍があり
ダイヤやジュエリーの装飾が施されている。
その上には、緑色のローブが、
右肩から腰を回して左足の後ろへと伸び、
周りにはオリーブの蔦が
美しい曲線で巻かれている。
足元は、
オレンジ色の丈夫そうなブーツで、
とても動きやすそうだ。
どんな好色で酒好きな荒くれ男であっても、
このような美しい女神にいさめられたら、
おとなしくなってしまうのかもしれない。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この女神の棲む街へ・・・
なんと、りりしい姿の女神なのだろう。
この絵はギリシャ神話に出てくる
学問と戦いの女神パラスを描いたものである。
左手に英雄の武器ハルバートを携え、
右手で半人半獣の
ケンタウロスの髪をつかみ
取り押えている。
これはパラスの「理性」がどう猛な「本能」に
打ち克つことを示しているのか。
パラスに掴まれた、
ケンタウロスのむさくるしい髪と髭の顔が、
なんとまあ、情けないことか。
しかも、パラスに畏れをなして
肩を落とし、
縮こまった左手と左前足の動作が、
どうしようかと、おののいている。
パラスは頭部に平和のシンボルである
オリーブの冠をかぶり、
身につけた白く透き通った衣装には
金色の丸い輪を組み合わせた刺繍があり
ダイヤやジュエリーの装飾が施されている。
その上には、緑色のローブが、
右肩から腰を回して左足の後ろへと伸び、
周りにはオリーブの蔦が
美しい曲線で巻かれている。
足元は、
オレンジ色の丈夫そうなブーツで、
とても動きやすそうだ。
どんな好色で酒好きな荒くれ男であっても、
このような美しい女神にいさめられたら、
おとなしくなってしまうのかもしれない。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この女神の棲む街へ・・・









