ひとりぼっちのウォークマン -25ページ目

レンブラント「賢者の対話(聖ペテロと聖パウロの会話)」

レンブラント初期の代表作を取り上げる。


この二人の老人は一体誰なんだろう。

何やら二人で話し込んでいるようだ。


正面を向いている老人は、聖パウロ、

その横に居るのは聖ペテロだ。


この絵は、新約聖書に登場する

「聖ペテロと聖パウロの会話」を、

描いたものである。

賢者の対話

二人は聖書を開いて、

熱心に語り合っている。


ユダヤ教徒だったパウロは、

キリスト教徒を迫害しつづけたため、

イエスから怒りをかい、

目が見えなくされてしまった。


後にパウロは改心し、目が見えるようになると、

熱心に布教をし、

キリスト教の大きな発展に力を注いだ。


そのため、救いを受けた人の模範とされた。


ペテロはイエスの使徒の中で

リーダー的存在だった。


「聖ペテロの否認」にも書いたように、

イエスを裏切ったが、


その後、悔い改め、

キリスト教の発展のために尽くした。


そのため、深い信仰をしている人の模範とされた。


二人にとって、何よりも優る物は、

「赦しである救い」と「信仰」であった。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

ペテロとパウロと共に・・・




レンブラント「聖ペテロの否認」

今週はレンブラントを取り上げる。


この絵は、新約聖書の一場面で、

イエスが宗教裁判にかけられているところを

描いたものである。


中央にいるのは一番弟子のペテロで、

審問する女性が

「お前も仲間か?」と詰問している。


右奥に立っているのがイエスのようだ。

聖ペテロの否認

甲冑のようなものを着た男性が

ペテロを囲み、

緊迫した様子が伝わってくる。


ペテロはどんな想いだったのか・・・


イエスから厚い信頼を受けていたペテロだが、


激しい追求に負けて、

3回も「自分は弟子ではない」と否認して

イエスを裏切ってしまう。


レンブラントはペテロの表情を

描きたかったのだろう。


左からあてられたロウソクの光が

彼の苦悩の表情を映し出している。


人間の忠誠心も勇気も、

追い詰められた場面になると、

あてにならないのか。


人間とは弱いものだ・・・・・


しかし、

自分の弱さを知ったペテロは


その後、

悔い改めキリスト教を広めようと、

熱心に布教し、初代法王となったのだ。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この宗教裁判の現場へ・・・




マネ「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾの肖像」

この「黒」に圧倒される。

画面の大半が黒で占められている。


黒い洋服、黒い帽子、黒いリポン、黒いスカーフ、

黒、黒、黒 だ。


胸元にはすみれ色のブーケが、


この絵はマネが描いた

「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾの肖像」

である。

「すみれのブーケをつけたベルト・モリゾの肖像」

背景を灰色にして、

さらに黒を引き立てている。


ここまで、黒を使うというのは、

この黒をどうしても描きたかったのだろう、


確かに良く似合っている。


モデルのベルト・モリゾは

黒い大きな瞳が印象的、


そして、

キリリとした表情で、この黒を、

より気品高く、美しく見せている。


マネは、

この美しさの虜になっていたのかもしれない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

マネのアトリエへ・・・




マネ 「アンリ・ロシュフォールの逃亡」

こんな時間に、 

こんな小さな舟で、

どこに向かおうとしているのか。


なんと、緊張感溢れる絵なのだろう。


ナポレオン体制に反旗を翻した

アンリ・ロシュフォールは島流しとなった。


この絵は、

闇夜に小舟で脱出する様を

マネが描いたものだ。

マネ 「アンリ・ロシュフォールの逃亡」

不気味な夜の海を

月明かりだけを頼りに、

この小舟は

無事に目的地に着けるのだろうか。


この波の荒々しさからして、

前途が不安でたまらない。


しかし、よく見ると、画面の上の方に豆粒が・・・


それは、もしかして、

希望の光と見て良いのか、


それとも、逆か。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

静かで穏やかな時のこの海へ・・・





ピカソ「草上の昼食」

なんていい絵なのだろう。

とても、心が鎮まり、落ち着く。


深い青と緑、

そして、この曲線が

そう感じさせるのかもしれない。


これは、ピカソの「草上の昼食」なのだ。

ピカソ「草上の昼食」

女性の裸体がふっくらとデフォルメされ、

ゆったりと、温かい雰囲気さえ漂っている。


手前の男性は

正装してリラックスしているが、

手だけが大きく描かれている。


何を意味しているのか・・・


左下には、昼食の用意が。


よく観ると女性の顔は、

いかにもピカソらしく、

別々の角度から、描かれている


観れば観るほど、面白い。

そして、なごまされる。

描かれているものそれぞれには、

どんな意味があるのか・・・


マネの「草上の昼食」が

ピカソの手にかかると、

このようになってしまうのだ。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この森で一緒に昼食を・・・




マネ「草上の昼食」

先週は、

モネの「草上の昼食」だったが、

その元となったのが

このマネの「草上の昼食」だ。

マネ「草上の昼食」

どうして女性が裸なのか、

とても不思議。


黒い背景の中から浮かび出たように、

二人の男性はジャケットをきちんと着ているのに、

女性が裸のまま、

こちらを見て微笑んでいる。


遠くに水浴びをしている女性もいる。


昼食を終えたのか、傾いたバスケットから

食べ物が散らばっている。


なぜ、このような絵を描いたのだろう?


これまで描かれた女性の裸は

女神たちのみだった。

それはとても厳かなものとして。


ここに描かれているのは女神ではない。


マネは、

なんと思い切ったことをしたのだろう。


このような作品を描いて、

マネへの批判はなかったのだろうか。


そして、

ここまで大胆な描き方をするということは、

何かへの挑戦なのだろうか・・・


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

セーヌ河畔へ・・・



モネ「草上の昼食(習作)」

これは、ダンスパーティ?

涼しそうな戸外で、誰かの別荘なのか、


素敵に正装した男女が集まっている。


戸外でのダンスパーティとは、洒落たものだ。


楽しそうだから、

こっそり、

仲間に加わって一緒に楽しみたい。

モネ「草上の昼食(習作)」

でも、中央にはお食事が広げられている。


この絵は「草上の昼食」で、

パリジャンの余暇地、

フォンテーヌブローの森での、

食事のシーンを描いたものだ。


こんな素敵な昼食を親しい仲間と

一緒に過ごすことができたら、

こんな幸せはないだろう。


それにしても、皆んな本当に楽しそうだ。


美味しいワインを飲んで、

そのうち、踊り出すのかも知れない。


いいなぁ、こんな時間が持てたら。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

フォンテーヌブローの森へ・・・






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ムンク「病める子供」

なんと切ない絵なのだろう。


ベッドに横たわるのは娘、

うなだれているのは母親だろうか。


何を語っているのか、

深い悲しみが伝わってくる。

ムンク「病める子供」

少女は、はかなげに透けるような白い肌で、

髪の毛の赤色だけが目立っている。


どんな思いで手を握っているのか。


母親は神に祈りながら、

病める娘の代わりになりたいくらいの

気持ちなのかもしれない。


愛する母親と姉の死は、

ムンクの心の深い悲しみと闇となって、

その後の多くの作品に影響を、

与えていたのだろう。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

当時のオスロへ・・・




ムンク「太陽」  

この絵の前に立ったら、

大きく手を広げて、

「ワァ―!!」と、叫びたくなる。


これはムンクの絵でオスロ大学の

講堂の真正面にある壁画だ。


ムンクといえば、「叫び」がよく知られている。


恐怖に怯えたあの顔、

世紀末の不安を描いた

恐ろしい感じさえする不気味な絵だ。


この絵は、「叫び」ではなく「太陽」である。

ムンク「太陽」  

雄大な「太陽」の前で、叫びたくなるのは私。


ノルウェーのフィヨルドに

昇る太陽を描いたものである。


オォ-! まぶしい!


今までのいやなこと、悩み、全て、

どうでも良くなってくる・・・


もし、悩んでいる人がいたら、

この絵の前に立ってみて欲しい。


この絵を描いてくれたムンクに感謝。


生きていくことは大変だけど、

この絵から、

大きな元気がもらえる。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

あのフィヨルドに・・・



ヴァロットン「20歳の自画像」

ここ何回かヴァロットンを取り上げてきたが、

ヴァロットンの不思議な魅力に惹かれ、


一体、どんな人物なのか知りたくなった。


そこで見つけたのが

この「20歳の自画像」である。

20歳の自画像

これは自画像というより、

写真のようにも見えるが・・・


やや緊張気味の表情で、

ごくごく普通の人のようだ。


この自画像は、20歳になった節目に、

フランス美術界で

頭角を現したいという決意で

描いたのかも知れない。


そう考えるのはおかしいだろうか。


だとすると、20歳にしては、

自分の将来をしっかり考える青年

だったのかもしれない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

ヴァロットンの生まれたスイス・ローザンヌへ・・・