レンブラント「賢者の対話(聖ペテロと聖パウロの会話)」
レンブラント初期の代表作を取り上げる。
この二人の老人は一体誰なんだろう。
何やら二人で話し込んでいるようだ。
正面を向いている老人は、聖パウロ、
その横に居るのは聖ペテロだ。
この絵は、新約聖書に登場する
「聖ペテロと聖パウロの会話」を、
描いたものである。
二人は聖書を開いて、
熱心に語り合っている。
ユダヤ教徒だったパウロは、
キリスト教徒を迫害しつづけたため、
イエスから怒りをかい、
目が見えなくされてしまった。
後にパウロは改心し、目が見えるようになると、
熱心に布教をし、
キリスト教の大きな発展に力を注いだ。
そのため、救いを受けた人の模範とされた。
ペテロはイエスの使徒の中で
リーダー的存在だった。
「聖ペテロの否認」にも書いたように、
イエスを裏切ったが、
その後、悔い改め、
キリスト教の発展のために尽くした。
そのため、深い信仰をしている人の模範とされた。
二人にとって、何よりも優る物は、
「赦しである救い」と「信仰」であった。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
ペテロとパウロと共に・・・
この二人の老人は一体誰なんだろう。
何やら二人で話し込んでいるようだ。
正面を向いている老人は、聖パウロ、
その横に居るのは聖ペテロだ。
この絵は、新約聖書に登場する
「聖ペテロと聖パウロの会話」を、
描いたものである。
二人は聖書を開いて、
熱心に語り合っている。
ユダヤ教徒だったパウロは、
キリスト教徒を迫害しつづけたため、
イエスから怒りをかい、
目が見えなくされてしまった。
後にパウロは改心し、目が見えるようになると、
熱心に布教をし、
キリスト教の大きな発展に力を注いだ。
そのため、救いを受けた人の模範とされた。
ペテロはイエスの使徒の中で
リーダー的存在だった。
「聖ペテロの否認」にも書いたように、
イエスを裏切ったが、
その後、悔い改め、
キリスト教の発展のために尽くした。
そのため、深い信仰をしている人の模範とされた。
二人にとって、何よりも優る物は、
「赦しである救い」と「信仰」であった。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
ペテロとパウロと共に・・・
レンブラント「聖ペテロの否認」
今週はレンブラントを取り上げる。
この絵は、新約聖書の一場面で、
イエスが宗教裁判にかけられているところを
描いたものである。
中央にいるのは一番弟子のペテロで、
審問する女性が
「お前も仲間か?」と詰問している。
右奥に立っているのがイエスのようだ。
甲冑のようなものを着た男性が
ペテロを囲み、
緊迫した様子が伝わってくる。
ペテロはどんな想いだったのか・・・
イエスから厚い信頼を受けていたペテロだが、
激しい追求に負けて、
3回も「自分は弟子ではない」と否認して
イエスを裏切ってしまう。
レンブラントはペテロの表情を
描きたかったのだろう。
左からあてられたロウソクの光が
彼の苦悩の表情を映し出している。
人間の忠誠心も勇気も、
追い詰められた場面になると、
あてにならないのか。
人間とは弱いものだ・・・・・
しかし、
自分の弱さを知ったペテロは
その後、
悔い改めキリスト教を広めようと、
熱心に布教し、初代法王となったのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この宗教裁判の現場へ・・・
この絵は、新約聖書の一場面で、
イエスが宗教裁判にかけられているところを
描いたものである。
中央にいるのは一番弟子のペテロで、
審問する女性が
「お前も仲間か?」と詰問している。
右奥に立っているのがイエスのようだ。
甲冑のようなものを着た男性が
ペテロを囲み、
緊迫した様子が伝わってくる。
ペテロはどんな想いだったのか・・・
イエスから厚い信頼を受けていたペテロだが、
激しい追求に負けて、
3回も「自分は弟子ではない」と否認して
イエスを裏切ってしまう。
レンブラントはペテロの表情を
描きたかったのだろう。
左からあてられたロウソクの光が
彼の苦悩の表情を映し出している。
人間の忠誠心も勇気も、
追い詰められた場面になると、
あてにならないのか。
人間とは弱いものだ・・・・・
しかし、
自分の弱さを知ったペテロは
その後、
悔い改めキリスト教を広めようと、
熱心に布教し、初代法王となったのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この宗教裁判の現場へ・・・
ピカソ「草上の昼食」
なんていい絵なのだろう。
とても、心が鎮まり、落ち着く。
深い青と緑、
そして、この曲線が
そう感じさせるのかもしれない。
これは、ピカソの「草上の昼食」なのだ。
女性の裸体がふっくらとデフォルメされ、
ゆったりと、温かい雰囲気さえ漂っている。
手前の男性は
正装してリラックスしているが、
手だけが大きく描かれている。
何を意味しているのか・・・
左下には、昼食の用意が。
よく観ると女性の顔は、
いかにもピカソらしく、
別々の角度から、描かれている
観れば観るほど、面白い。
そして、なごまされる。
描かれているものそれぞれには、
どんな意味があるのか・・・
マネの「草上の昼食」が
ピカソの手にかかると、
このようになってしまうのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この森で一緒に昼食を・・・
とても、心が鎮まり、落ち着く。
深い青と緑、
そして、この曲線が
そう感じさせるのかもしれない。
これは、ピカソの「草上の昼食」なのだ。
女性の裸体がふっくらとデフォルメされ、
ゆったりと、温かい雰囲気さえ漂っている。
手前の男性は
正装してリラックスしているが、
手だけが大きく描かれている。
何を意味しているのか・・・
左下には、昼食の用意が。
よく観ると女性の顔は、
いかにもピカソらしく、
別々の角度から、描かれている
観れば観るほど、面白い。
そして、なごまされる。
描かれているものそれぞれには、
どんな意味があるのか・・・
マネの「草上の昼食」が
ピカソの手にかかると、
このようになってしまうのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この森で一緒に昼食を・・・
マネ「草上の昼食」
先週は、
モネの「草上の昼食」だったが、
その元となったのが
このマネの「草上の昼食」だ。
どうして女性が裸なのか、
とても不思議。
黒い背景の中から浮かび出たように、
二人の男性はジャケットをきちんと着ているのに、
女性が裸のまま、
こちらを見て微笑んでいる。
遠くに水浴びをしている女性もいる。
昼食を終えたのか、傾いたバスケットから
食べ物が散らばっている。
なぜ、このような絵を描いたのだろう?
これまで描かれた女性の裸は
女神たちのみだった。
それはとても厳かなものとして。
ここに描かれているのは女神ではない。
マネは、
なんと思い切ったことをしたのだろう。
このような作品を描いて、
マネへの批判はなかったのだろうか。
そして、
ここまで大胆な描き方をするということは、
何かへの挑戦なのだろうか・・・
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
セーヌ河畔へ・・・
モネの「草上の昼食」だったが、
その元となったのが
このマネの「草上の昼食」だ。
どうして女性が裸なのか、
とても不思議。
黒い背景の中から浮かび出たように、
二人の男性はジャケットをきちんと着ているのに、
女性が裸のまま、
こちらを見て微笑んでいる。
遠くに水浴びをしている女性もいる。
昼食を終えたのか、傾いたバスケットから
食べ物が散らばっている。
なぜ、このような絵を描いたのだろう?
これまで描かれた女性の裸は
女神たちのみだった。
それはとても厳かなものとして。
ここに描かれているのは女神ではない。
マネは、
なんと思い切ったことをしたのだろう。
このような作品を描いて、
マネへの批判はなかったのだろうか。
そして、
ここまで大胆な描き方をするということは、
何かへの挑戦なのだろうか・・・
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
セーヌ河畔へ・・・
モネ「草上の昼食(習作)」
これは、ダンスパーティ?
涼しそうな戸外で、誰かの別荘なのか、
素敵に正装した男女が集まっている。
戸外でのダンスパーティとは、洒落たものだ。
楽しそうだから、
こっそり、
仲間に加わって一緒に楽しみたい。
でも、中央にはお食事が広げられている。
この絵は「草上の昼食」で、
パリジャンの余暇地、
フォンテーヌブローの森での、
食事のシーンを描いたものだ。
こんな素敵な昼食を親しい仲間と
一緒に過ごすことができたら、
こんな幸せはないだろう。
それにしても、皆んな本当に楽しそうだ。
美味しいワインを飲んで、
そのうち、踊り出すのかも知れない。
いいなぁ、こんな時間が持てたら。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
フォンテーヌブローの森へ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
注1:
絵画をを大きくして観たい方は、
絵画をクリックすると少し大きくなります。
さらに大きくするには、キーボードで、
左指でCtrlを押しながら右指で+を押すと、
押すたびに、10倍まで拡大できます。
縮小はCtrlを押しながら-を押すと、
順次、縮小されます。
注2:
最適な状態でブログを観ていただくには、
左指でCtrlを押しながら右指で+を
一回押すと110%に拡大されます。
是非、この大きさでご覧いただきたいです。
涼しそうな戸外で、誰かの別荘なのか、
素敵に正装した男女が集まっている。
戸外でのダンスパーティとは、洒落たものだ。
楽しそうだから、
こっそり、
仲間に加わって一緒に楽しみたい。
でも、中央にはお食事が広げられている。
この絵は「草上の昼食」で、
パリジャンの余暇地、
フォンテーヌブローの森での、
食事のシーンを描いたものだ。
こんな素敵な昼食を親しい仲間と
一緒に過ごすことができたら、
こんな幸せはないだろう。
それにしても、皆んな本当に楽しそうだ。
美味しいワインを飲んで、
そのうち、踊り出すのかも知れない。
いいなぁ、こんな時間が持てたら。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
フォンテーヌブローの森へ・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
注1:
絵画をを大きくして観たい方は、
絵画をクリックすると少し大きくなります。
さらに大きくするには、キーボードで、
左指でCtrlを押しながら右指で+を押すと、
押すたびに、10倍まで拡大できます。
縮小はCtrlを押しながら-を押すと、
順次、縮小されます。
注2:
最適な状態でブログを観ていただくには、
左指でCtrlを押しながら右指で+を
一回押すと110%に拡大されます。
是非、この大きさでご覧いただきたいです。
ムンク「太陽」
この絵の前に立ったら、
大きく手を広げて、
「ワァ―!!」と、叫びたくなる。
これはムンクの絵でオスロ大学の
講堂の真正面にある壁画だ。
ムンクといえば、「叫び」がよく知られている。
恐怖に怯えたあの顔、
世紀末の不安を描いた
恐ろしい感じさえする不気味な絵だ。
この絵は、「叫び」ではなく「太陽」である。
雄大な「太陽」の前で、叫びたくなるのは私。
ノルウェーのフィヨルドに
昇る太陽を描いたものである。
オォ-! まぶしい!
今までのいやなこと、悩み、全て、
どうでも良くなってくる・・・
もし、悩んでいる人がいたら、
この絵の前に立ってみて欲しい。
この絵を描いてくれたムンクに感謝。
生きていくことは大変だけど、
この絵から、
大きな元気がもらえる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
あのフィヨルドに・・・
大きく手を広げて、
「ワァ―!!」と、叫びたくなる。
これはムンクの絵でオスロ大学の
講堂の真正面にある壁画だ。
ムンクといえば、「叫び」がよく知られている。
恐怖に怯えたあの顔、
世紀末の不安を描いた
恐ろしい感じさえする不気味な絵だ。
この絵は、「叫び」ではなく「太陽」である。
雄大な「太陽」の前で、叫びたくなるのは私。
ノルウェーのフィヨルドに
昇る太陽を描いたものである。
オォ-! まぶしい!
今までのいやなこと、悩み、全て、
どうでも良くなってくる・・・
もし、悩んでいる人がいたら、
この絵の前に立ってみて欲しい。
この絵を描いてくれたムンクに感謝。
生きていくことは大変だけど、
この絵から、
大きな元気がもらえる。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
あのフィヨルドに・・・









