ひとりぼっちのウォークマン -16ページ目

ゴッホ「ゴーギャンの椅子」

ゴッホが人生で最も尊敬し憧れた画家は

ゴーギャンである。


南フランスのアルルの街にゴーギャンを招き、

彼との共同生活を夢見たゴッホは

彼のために一脚の椅子を用意した。


これが「ゴーギャンの椅子」である。

ゴーギャンの椅子


なんと落ち着く絵なのだろう。


自分がこの椅子に座って、

そこに居たくなるようだ。


このなんとも言えない緑と、茶色が、

そう感じさせるのかもしれない。


壁の緑色と、絨毯と椅子の茶色が

お互いに引き立てあっているからか。


この椅子の置いてある部屋にいる自分を、

想像してしまうほどだ。


また、薄ぼんやりとした壁のランプと

座面の蝋燭と、2冊の本の黄色が

アクセントになっている。


アルルで共同生活をした

ゴッホとゴーギャンの絵に対する考え方は、


見たままを描くゴッホに対し、

想像力を発揮し個性を打ち出すゴーギャン、


二人は競うようにその才能を発揮していったようだ。


この絵は、

ゴーギャンがアルルから去った後に描かれている。


ゴッホは共に夢を追ったゴーギャンへ想いを、

肖像画ではなく、

「ゴーギャンの椅子」として、この絵を描いた。


この椅子から、ゴーギャンを

どうイメージしたらいいのだろう。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この椅子のあるこの部屋に・・・・・





セザンヌ「 『レヴェヌマン』紙を読むルイ=オーギュスト・セザンヌ(画家の父)」

あまり若くない白髪の男性が新聞を読んでいる。

この人は一体、誰なのだろう。


この人はセザンヌの父で、

この絵は「 『レヴェヌマン』紙を読むルイ=オーギュスト

・セザンヌ(画家の父)」である。


改めて、セザンヌの父上はこういう人だったのか、

としみじみと見つめる。

『レヴェヌマン』紙を読む画家の父

とても品のある立派な人だ。


父は絵に没頭する息子を

どうにか絵ではなく、

自分の事業の方に導こうとしていたようだ。


しかし、セザンヌは父親の希望に応じず、

画家として成功したいと考え、

パリに出て絵を描いていた。


この絵の題名の、「レヴェヌマン」紙というのは

絵画など芸術を扱った革新的な新聞で、

保守的な父は、決して読まない新聞だろう。


その父が、その新聞を真剣に読む姿を描いている。


息子に事業者の道を勧めるだけで、

絵画に理解がなかった父に、

どうにかして分かって欲しいという

セザンヌの強い思いが伝わってくる。


また、後ろの壁には、静物画が描かれていて、

ここにもその思いが感じられる。


父は、画家になることを反対しながらも、

生活の援助は続けていたという。


また、銀行を継ぐことを拒みながらも、

父からの援助を受け続けていたのは、

セザンヌの優しさだったのかもしれない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

セザンヌが尊敬する父のところへ・・・・・





セザンヌ「松の大木があるサント=ヴィクトワール山」

南仏の明るい陽射しに満ちたプロヴァンス地方。


そこにはポール・セザンヌの故郷、

エクス=アン=プロヴァンスがある。


この町のどこからでも見ることが出来る山、


この絵はセザンヌの

「松の大木があるサント=ヴィクトワール山」である。

松の大木があるサント=ヴィクトワール山

この風景は、日本の何処かにもあるような

とても見慣れた感じがする。


でも、ここはフランスのブロヴァンス、


この絵は故郷にあるセザンヌの

生家近郊から描かれたものだ。


その山肌は今も刻々と変化していて、

朝は白く輝き、昼は青みを帯び、

夕方には赤く染まるという。


両脇にはえた松の木、

ローマ時代の水道橋を利用した鉄道橋、

その上を列車が走っている。


とても、身近な日本の原風景を見ているようだ。


こんなにも見慣れた風景、

と感じるのはなぜなのか?


この絵の構図から来るのかもしれない。


2本の松があり、奥には山が見え、

かつて暮らした町があり、


まさに描きたい物が一枚の絵の中に、

うまい具合に配置されている。


これは実際の風景とは

少し違っているのかもしれない。


でも、とても心地よいのだ。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

2本の松の木からこの風景を眺めてみたい・・・・・




ルノワール「ピアノを弾く少女たち」

ルノワールは子供の頃、聖歌隊に入っていたとか。

音楽もとても好きだったようだ。


そのせいか、この絵には音楽が好きだ、

という思いが込められている。


この絵は二人の少女が歌を口ずさみながら

楽しそうにピアノに向かっている様子を描いた

「ピアノを弾く少女たち」である。

ピアノを弾く少女たち

全体が暖かみのある色でまとめられていて、

とても、ほんわかとしてくる絵だ。


この部屋は窓から明るい陽が差し込み、

とても温かそう、


二人の少女は、

歌うことも、ピアノを弾く事も大好きなのだろう。

一生懸命、楽譜を見ている。


少女は、つややかな髪と、うす紅色の頬で、

洋服もとても女性らしく華やかに見える。


この二人は姉妹なのか、

とても仲良しだ。


ルノワールはピアノを弾いている女性の絵を、

他にも何枚か描いている。


当時、ピアノは一部ではあるが、一般家庭でも、

広まり始めた頃なのかも知れない。


家の中から、ピアノの音色が聞こえるのは、

とても優雅なことだ。


この二人の

ほのぼのとした幸せ感が、

なんとも言えない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

二人の楽しいピアノ演奏を聞きに・・・・・




ルノワール「読書する少女」 

どうして、この少女の顔は白く輝いているのだろう。


少女の後ろにあるのは窓のようだが、

そこからの陽光が

こんなに少女の顔を輝かせるのだろうか。


この絵はルノワールの「読書する少女」である。

読書する少女

窓からの陽光がいったん、

少女の後ろ髪や、襟元のスカーフにあたり、


また、読んでいる本の白いページに反射して、

少女のぷっくりとした

柔かな頬や唇を輝かせている。


そのためか、少女が美しく、

そして大人っぽく見える。


このモデルは、

モンマルトル出身のマルグリット・ルグラン。


いつもは愛称でマルゴと呼ばれていて、

1870年半ばのルノワールの作品に多く登場する。


この時代は、本を読むのはもっぱら男性で、

女性はあまり本には縁がなかったようだ。


しかし、時代が変わり

女性も少しづつ本を読むようになり、

その様子が描かれ始めた。


ルノワールもその気運をいち早く感じとり、

人物画に取り入れていた。


この絵に登場した時のマルゴは

大人になりかけた、でも、あどけなさが残る


不思議な魅力を持った

少女だったのかもしれない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

輝いているマルゴに逢いに・・・・・






ミュシャ「スラヴ叙事詩 原故郷のスラヴ民族」

フランスやアメリカで

美しい花や女性をよく描いていたミュシャだが、

50歳の時、チェコに戻った。


チェコは受難の歴史を重ねていて、

貧しさにあえぐスラブ民族を目の当たりにした。


ミュシャはその様子を描かずにはいられなかった。


これがその最初の絵で、

「スラヴ叙事詩 原故郷のスラヴ民族」である。

原故郷のスラヴ民族

なんと恐ろしい受難の歴史の始まりなのだろう。


画面下部には、目を引きつらせ怯えきった

一組のカップルが

深い茂みに身を縮ませ隠れている。


それはアラブ風の衣装からもわかるように

武器を持った異民族が何度も襲来していたのだ。


これはスラブ民族の受難の一場面に過ぎないが、

このようなことは珍しいことではなかった。


空に大きく両手を広げ剣を携えている人物は

スラヴ民族の守護天使であり、


この人物の両脇にいる男女は

戦争と平和の象徴である。


このように戦争と平和を

何度も何度も繰り返していたのだ。


このスラヴ叙事詩は、20枚あり、

3~20世紀に至るスラブ民族の歴史を描いたもので、

大きさは68mも有る。


ミュシャが18年かけて描き続けた超大作である。


たった今、この瞬間も、世界のどこかで戦争によって、

亡くなっている人がいるのだ。


私たちは今、生きていることのありがたさを

感じずにはいらない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この作品と出会うために・・・・・





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ミュシャ「百合の聖母」

幻想的な美しい絵だ。


白百合にかこまれた女性は

今まさに天から舞い降りてきたのか。


この絵はミュシャの描いた「百合の聖母」である。

百合の聖母

ミュシャはカラーリトグラフにより、

商業用ポスターや装飾パネルを描いていたが、


アメリカに渡り油絵を描き始めた。


そこで描いたのがこの大作で、高さ2.5mもある。


清々しい白百合に囲まれた聖母は、

柔らかい白い衣装で少女を

守りいつくしむかのように包み込んでいる。


その少女は花冠をかぶり、

聖母のかたわらにすわっている。

着ているものからするとチェコの民族衣裳のようだ。


少女は緑色の草輪を手にしている。


この緑色の草輪は

力強い永遠の生命力を表しているのか、


それは、ミュシャの祖国を愛する気持ちの現われだろう。


現実的に描いた少女に比べ、


聖母マリアの描写は

背景の百合と溶け合うかのように薄く、

幻想性に溢れている。


この柔らかく温かい空気に包まれてみたくなる。



今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

白百合の溢れるこの場所に・・・・





シャヴァンヌ「希望」

石垣が崩れ落ち荒廃した荒野に

美しい女性がひとり、

どうやら、内乱の後のようだ。


この絵は

ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの描いた「希望」である。

希望

19世紀、フランスは

普仏戦争(ドイツ☓フランス)によって大敗し、


その混乱期の内乱により、

多くの血が流され、国内は荒廃していた。


よく見ると絵の右側に

たくさんの十字架が並んでいる。

どれだけの人が亡くなったのか・・・・


破壊された城壁を背景に、

白いドレスの女性がすわっている。


左手に持っているのはオリーブの小枝のようだ。


女性の足元には可愛い花が咲いている。

こんな荒廃した地に咲いている花、


小さいけれどなんて力強いのだろう。

逞しい生命力を感じる。


遠く地平線のかなたは、夜明けの空のように見える、

暗い夜が終わり、明るい朝が来るのだ。


女性が持っているオリーブの小枝は、

未来の平和を暗示しているようだ。


この絵は油絵のような照りがなく

霞がかかったような描き方で、

静けさや神秘性が感じられる。


そのせいか、心に響いた一枚だった。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

復興へと歩み始めたこの地に・・・・





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ルノワール「絵筆を持つクロード・モネ」

このブログの中でもモネの作品は沢山見てきたが、


印象-日の出、 睡蓮、サン・ラザール駅、などなど。


やっと出会えた!!

なんともいえない感動すら覚える。


この絵はルノワールの描いた

「絵筆を持つクロード・モネ」である。

絵筆を持つクロード・モネ

若い時のモネだろうか。


キャンバスの前に立ち、

絵筆とパレットを持っている。

数々の作品はこのようにして描かれていたのか。


ゆったりと立ち、

こちらに向ける視線はとても優しい。


この目で、あの睡蓮の池を見ていたのか・・・・・


描かれているのは、ルノワールの親友モネ。

描いているのはモネの親友のルノワール。


二人は同じ時代に生きた印象派の画家同志、

絵の方向は違うけれど、

お互いを尊敬し合い、

刺激し合っていたのかもしれない。


大きな窓からの穏やかな陽の光、

逆光とも思われる背景に、


黒い帽子、黒い髪、黒い髭、黒い仕事着、

黒ずくしの中で


モネの絵筆を持つ右手だけが、光っている。


この手から数々の秀作が生まれたのだ。


ルノワールはこの手を見せたかったのだろうか。


これがモネに対する尊敬の念かも知れない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この仕事場でモネと対面・・・・・





ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場」

パリのモンマルトルの丘の上に

庶民的な野外のカフェ&ダンスホールがある。


当時、ルノワールも多数の友人と共に

よく通っていたようだ。


この絵はその楽しい社交場の様子を描いた

「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場」である。

ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏場

温かく明るい光をいっぱい浴びながら、

みんな幸せそうに笑っている。


楽しそうな雰囲気に引き寄せられて

いろいろな人が集まってきたのだろう。


よく見ると、木々の間から射し込む光の仕業だろうか、

チラチラと斑点状の白っぽい光が描かれている。


実に素晴らしい!!!


奥にあるオーケストラからは、

スローテンポの静かなダンスミュージックが

流れているのかもしれない。


親しそうに踊ったり、愉快に語り合っていて、

見ているこちらも楽しくなってくる。


ルノワールは、さりげない野外の舞踏場に

このような幸せを、明るい光とともに描いてくれた。



”これぞルノワール” 


と言いたくなる感動の一枚である。



今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この楽しい舞踏場の中に・・・・・





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