ひとりぼっちのウォークマン -18ページ目

ホドラー「恍惚とした女」

この絵は激しいダンスの一瞬をとらえた

ホドラーの「恍惚とした女」である。

恍惚とした女

女性とはいえ、筋肉質の身体が

ダンスの激しさを物語っている。


足の構え、ひねった胴体、指先や顔の表情、

この先は

どんな風に動いていくのだろう。


女性の赤いドレスの下の

筋肉のうねりが、

力強く、戦っているようだ。


まるで

何かに取り憑かれたようにも見える


女性は、

この絵を描くホドラーのために、

踊ったのかもしれない。


だから、

こんなに情熱的なのではないだろうか。


胸に当てた両手からも、

彼女の切ない想いが感じ取れる。


この絵はダンスの一瞬を切り取ったものだが、

最初から最後まで、

すべてを見たくなる。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この情熱のダンスを最後まで・・・・





ホドラー「木を伐る人」

背景の白と、足元を見ると、

雪の中にいるのだろうか。


逞しい男が、大きく足を踏ん張り、

斧を振りかざしている。


この絵は

フェルディナント・ホドラーの

「木を伐る人」である。

木を伐る人

雪のある冬に、半袖姿で

真っ赤な顔をしているところを見ると、


今まで、沢山の木を伐ったのだろう。


とてもシンプルだが、ダイナミックな絵だ。


そんなに大きく振り上げなくても良さそうだが、


身体を大きくしならせて、

木を砕こうとしている。


その勢い、その息づかいに


思わず一緒になって、

右上から左下へと、

視線を走らせてしまう。


そして、背景の左上の青い楕円は何なのか?

空か、それとも青い雲か・・・・・

なんだろう?

気になる。


この絵の、別のタイトルは

「スイスの50フラン紙幣」といわれている。


勤勉、労働を重視するスイス人気質を、

よく表現しているとして、

昔、紙幣のデザインに使われていたようだ。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この躍動感ある絵を観に・・・・・





ポッテチェリー「バラ園の聖母」

膝の上にイエスを抱いた聖母が、

ロッジア(開廊)の窓枠にすわり

物思いにふけっている。


この絵はポッテチェリーが描いた

「バラ園の聖母」である。

バラ園の聖母

窓枠の外には綺麗なバラが見える。

バラは聖母のシンボルとしてよく使われる花だ。


そして、聖母の右手にはザクロの実が、

イエスがつまんで食べているようにも見える。


ザクロは、「多産」 「王権」を表し、

その実が赤いことから血を連想させる。


つまり、イエスの受難を表わすということか。


母と子の安らぎのひとときのようにも見えるが、

何か不吉なものを暗示しているのか・・・


ポッテチェリーが描く、この一枚の聖母子像に、

棘(とげ)のないバラ、ザクロの実、イエスの将来

など、など、


多くの意味があるようで、

いろいろ探りたくなる。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

このバラ園へ・・・・・





ポッテチェリー「美しきシモネッタの肖像」

この美しい女性を描いたのが、

サンドロ・ボッティチェリの

「美しきシモネッタの肖像」である。

美しきシモネッタの肖像

シモネッタ・ヴェスブッチは

フィレンツェ 一の美女といわれていた。


この絵は横顔で残念だが、

相当、美しいかったに違いない。


しかし、とても残念なことに、

胸の病いで22歳の若さで亡くなってしまった。


美しい人はどうして薄命なのか・・・・・


シモネッタは、

ボッティチェリのモデルとして、

いろいろな絵に残されている。


ビーナスの誕生、春(ラ・プリマベーラ) もそうだ。


しかし、この絵を見ると、


どこか遠いところを見ているような、

寂しそうな視線が気になる、


ほかの絵を見ても、

虚ろな表情が多く、

幸せそうには見えない。


シモネッタには22年という短い人生の中で、

いろいろな出来事があったようだ。


18歳で財産家と結婚し、夫に先立たれ、

その後、歴史に残るような大恋愛をするも、

成就せず、若くして亡くなってしまう・・・・・


この波乱に満ちた人生が、

そういう表情にさせてしまったのだろうか。


あのレオナルド・ダ・ヴィンチは

シモネッタの葬儀の時に彼女の美しい顔を
、

素描で描き残したとか。


それほどまでに美しい女性だったのだ。


これからポッテチェリーの絵を観る時には、

シモネッタの顔を想い描き、

彼女の人生までもイメージしてしまいそうだ。


「いのちみじかし  恋せよ乙女 

 あかきくちびる  あせぬまに
  
 熱き血潮の  冷えぬまに 
 
 あすの月日の  ないものを 」
                 ♪ゴンドラの唄より


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

若き日のシモネッタに逢いに・・・





ミュシャ「百合の聖母」

なんとファンタスティックなのだろう。

白百合がいっぱいだ。

百合の聖母

花冠をかぶり

民族衣装を身に付けた少女が

こちらを見ている。


首を傾けて、

しっかりとした眼差しで。


すると、何処からか、

美しい女性が現れ、

その少女を心配そうに見守っている。


この絵はアルフォンス・ミュシャが描いた

「百合の聖母」である。


聖母が身につけた真っ白な衣装から、

少女を包み込むかのように

ベールが伸びている。


とても優雅に優しく。


それに対して、

少女は何かを決意しているような表情で

ハッキリと描かれ、

チェコの民族衣装も色鮮やかだ。


ミュシャはこの少女を通して、

祖国の平和を

訴えているのだろうか。


ミュシャの切ない思いが伝わってくる。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この幻想的な場面に・・・





ミュシャ「メディア」

血のついた短剣を持ち、

目を見開いた女性が、

立っている。


足元には折り重なって横たわる死体が・・・


なんと恐ろしい絵だ。


この絵はアルフォンス・ミュシャが描いた

「メディア」である。

メディア

いったい何があったというのだ。


これはギリシャ神話に基づく有名な舞台、

「メディア」の一場面を描いたもので、


ヒロイン「メディア」を演じているのは

女優サラ・ベルナール、


舞台の宣伝用のポスターである。


愛人を作った夫への怒りから、

正気を失った妻メディアは、

復讐のため、自分の手で、

愛人と、二人の息子を殺してしまったのだ。


なぜ、息子までも殺してしまったのか・・・・・


それは、夫イアソンが一番大切にしている

最愛の息子だったから・・・・・


この悲劇のクライマックスシーンを描いている。


メディアは黒い衣装をまとい、

口元を隠し、目は見開き、放心状態で、

狂気そのものだ。


恐ろしい絵だが、

これもミュシャが描く世界だ。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この「メディア」を観劇に・・・




ミレイ「初めての説教」と「二度目の説教」

なんと愛くるしい女の子なのだろう・・・・・

まるでお人形のよう。


この絵はジョン・エバレット・ミレイが

5歳の長女を描いた作品である。


左の絵は古い教会で、

初めて説教を聞いている我が子を描いた

「初めての説教」 、


右の絵は「二度目の説教」である。


ミレイ100
    
この可愛い娘の名前はエフィーという。


羽飾りの付いたビロードの帽子、

赤いマント、手には毛皮のマフと、

とてもおしゃれな服装だ。


足置きの上に足をちょこんと載せている。


礼拝の雰囲気を感じ取っているのか、


目をしっかり開いて、

真直ぐ前を向いて、

緊張した面持ちで座って居る。


それに対し、「二度目の説教」では


少し慣れてきたのか、

ちょっとリラックスしているようだ。


足はだらりと下がり

ウトウトしている。


なんて可愛いいのだろう。


ミレイも思わず抱きしめたくなったに違いない。


観ているこちらも、

あまりの可愛いらしさに

思わず口元がゆるんでしまう。


そして、

ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』を

思い出した。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この教会に、礼拝に・・・





ミレイ「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」

黒い軍服のようなものを着た男性は

扉を開けて出ていこうとしている。


女性は悲しそうな顔をして、

それを阻止しているようだ。

ブラック・ブランズウィッカーズの兵士

共に若い二人、

恋人同士だろうか。


男性の胸を押し返し、

右手でドアノブを抑えて、


そんな事を、もう何度も繰り返したのだろう。


とても切ない場面だ。


この絵はブランズウィック騎兵隊員が

戦場に向かう前の晩、恋人との別れのシーンを描いた

ジョン・エヴァレット・ミレイの

「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」である。


ワーテルローの戦いにおもむく直前、

恋人に「最後の別れ」を告げているのだ。


ブラック・ブランズウィッカーズとは

黒い軍服を着た騎兵隊のことである。


兵士はたくましくとても立派で、

白い豪華な衣装の女性はとても美しい。


この二人は、最高の衣装で、

大切な時間を過ごしたのだろう。


この黒と白の衣装のコントラストが悲しみを倍増させる。


大切な女性を置いて戦場に向かう兵士と、

愛する人の無事を祈りつつ送り出す、女性の辛さは、

いつの世も同じだろう。


とても切ない一枚だった。



今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この若い二人の行く末を案じつつ・・・





エル・グレコ「聖霊降臨」

この大きな球のようなものは何だろう。

人々が天を仰ぎ、祈っているようだ。


そして人々の頭上には揺れる炎のようなものが・・・・・


この絵はエル・グレコの描いた「聖霊降臨」である。

 
聖霊降臨

球のてっぺんには聖霊の象徴の鳩を描いている。


その聖霊から発せられた炎が、

一人一人の頭上に留まっていて、

なんとも、不思議な炎だ。


彼らはこの場に

たまたま居合わせた人達なのか、

それとも、選ばれた人達なのか。


この不思議な炎によって、

大きな力と勇気を与えられたという。


いわゆる、聖母マリアと12人の使徒である。


ここにはどんな空気が流れていたのだろう。

ひんやりとした静寂か・・・

それとも轟音が鳴り響いていたのか。


エル・グレコは、この場面を、

鮮やかな色彩で眩しいほどの光と共に描いている。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この神々しい場面に・・・





エル・グレコ「キリストの復活」

エル・グレコは新約聖書から、

数多くの宗教画を描いている。


これはその中の、「キリストの復活」である。

キリストの復活

真中の上にいるのが、

キリストのようだ。


今、死から復活し、

天に向かって浮き上がってきた。


右手で誇らしげなポーズを取り、

左手には勝利の白旗を握っている。


周りに居るのは、

墓を見張っていた逞しい肉体の兵士達で、

その復活に驚いている。


目を覆ったり、絶叫したり、

剣を抜いたまま、

地面に倒れ込むなどなど・・・


なんと幻想的・・・・・

そして衝撃的なのだろう。


「キリストの復活」という

神聖で神々しいはずの場面が、

このように賑やかに?

描かれている。


なんてドラマチック!!


エル・グレコの独特の手法で、

人体は異様に引き伸ばされ

デフォルメされている。


その色彩も、

赤、青、白の原色を輝くようにもちい、

とても美しい。


16世紀に描かれたとは思えないほど、

独創性に溢れた一枚である。


この絵を見た当時の人々は

大きな衝撃を持ったに違いない。


そして、

キリストに憧れを持ったのではないだろうか。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この復活の場面に・・・