ひとりぼっちのウォークマン -17ページ目

ルノワール「都会のダンス」

ルノワールは1883年に

ダンスを主題にした3部作を描いている。


その一枚が、この「都会のダンス」 である。

都会のダンス

ほかの二枚は「田舎のダンス」と

「ブージヴァルのダンス」である。


この絵がなぜ「都会のダンス」なのか、

そして「田舎のダンス」も見てみたくなる。


モデルの二人がとても都会的なのかもしれない。


男性の顔は見えないので、

みなさまのご想像にお任せするとして、


女性は若くて洗練された感じがする。


着ているドレスも裾が床に引きずるほど長く、

光沢のある純白で、


幾重にも重なったボリューム感は

とても豪華そうである。


男性の肩に廻した華奢な腕には

白いロング手袋を着けている。


この場所はどこなのだろう?


パリの高級なダンスホールか、

それとも、誰かの邸宅でのパーティなのか、

他のカップルはどんな人達なのか・・・・・


いろいろと想像が膨らむ。


洗練された都会の夜のひとこまである。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

こっそりと、このダンスの中に・・・・・>




ラ・トゥール「大工の聖ヨセフ」

今週もこの暗闇の絵だ。


この暗い絵を見ていると、

こころが静まり、

とても、落ち着くのだ。


この絵は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの

「大工の聖ヨセフ」である。

大工の聖ヨセフ

真っ暗な闇の中で大工の聖ヨセフが、

かがんで厚い角材に大錐で穴を開けている。


傍らでは幼子イエスがその手元を

蝋燭の灯で照らしている。


大工仕事をしながら、

父ヨセフの視線は

幼子イエスを気にかけている。


また、幼子イエスも

その手元を照らしながら、

父ヨセフをじっと見つめている。


父と子の何とも言えない情景だ。

誰をも寄せ付けない二人だけのもの・・・・・


大切な時間が流れている。


家族の絵はよくあるが、

このようにヨセフとイエス、二人だけの絵は

貴重なのかもしれない。


ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの

闇の中で揺らめく

小さな蝋燭の灯が映す不思議な世界に


またもや虜になってしまった。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この幸せな闇の中に・・・・・





ラ・トゥール 「煙草を吸う男」

今回はジョルジュ・ド・ラ・トゥールを取り上げる。


この絵は

煙草に火を付けようとしている姿を描いた

「煙草を吸う男」である。

煙草を吸う男

この絵を見ると、煙草というイメージが浮かんでこない。


この暗く静かな画面の中で、

なぜか祈りを捧げているかのようにも見えてしまう。


しかし、右手に持っているのは、

火の付いた薪なのだ。


息を吹きかけておこした火を、

左手に持った煙草に付けようとしている。


薪の火に照らされた青年の顔は

素朴で真面目な感じがして、

煙草とは縁がなさそうに見えてしまう。


むしろ、

教会で祈りを捧げる姿のようにも見える。


なぜだろう。


この闇と光によって現された光景が、

とても静かで厳かな感じがするからかもしれない。


ラ・トゥールは「夜の画家」といわれているが、

納得の一枚である。


今晩の

ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この静寂の中に・・・





カラヴァッジョ 「エマオの晩餐」

今週もカラヴァッジョを取り上げる。


この絵は新約聖書から、

エマオという土地の宿屋で起きた奇跡の場面

を描いた「エマオの晩餐」である。

エマオの晩餐

この絵は141×196.2cmと、

ほぼ等身大のダイナミックな絵だ。


食卓を囲んだ4人の男が描かれている。


中央には、

はりつけにされ亡くなったはずのイエスが、


イエスは復活したのか?


この男は本当にイエスなのか・・・・・


3人の男たちの驚きの様子が描かれている。


それは宿屋の主人とイエスの弟子たちだ。


右側の男は両手を広げ、

左手が画面から突き出るほどの驚きだ。


背中を見せている男は

驚きのあまり、立ち上がろうとしている。


立っている宿屋の主人は

疑い深げにしげしげと見ている。


今まで気が付かなかった目の前の男が

復活したイエスだと、

この時、初めて気付いたのだ。


この4人の男達それぞれに、

スポットライトでも当てたかのように

明るくクッキリと描かれている。


この食卓を囲んだ4人は、

どんな話をしたのだろう。


いろいろと想像が膨らむ。


男達の驚きの表情と存在感が

リアルに伝わってきて面白い。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この晩餐の席に・・・・・





カラヴァッジョ 「女占い師(ジプシー女)」

カラヴァッジョがこんな明るい絵を描くなんて、

珍しいことだ。


カラヴァッジョ の絵といえば

光と影のコントラストが特徴で、

迫力のある宗教画など、暗く重々しい絵が多い。


この絵はジプシーの女占い師が、

身分の高い若者の手相を占っている様子を描いた

「女占い師(ジプシー女)」である。

女占い師(ジプシー女)


なんと、

女占い師は若者の指から、

こっそり指輪を抜き取ろうとしている。


まさか!


若者の手を取り、手相を見るふりをして

流し目で誘惑しながら、話しかけている。


若者は、女の視線に惑わされ、

何か、甘い展開を期待しているかのように見える。


こんな純粋な若者を騙すなんて・・・・・


果たして、女占い師は

高価な指輪を抜き取れるのか。


この絵は舞台の一場面のような光景で、

つい、つい、見入ってしまう。


当時は宗教画や歴史画がたくさん描かれ、

絵画とは難しいもの、分かりにくいものと、

される向きもあったが、


この絵は違う。


とても写実的、現実的で分かりやすい。

ダイレクトに観る人の胸に響いてくるのだ。


当時、それは大きな衝撃だったのだろう。


この絵は世間知らずの若者に、

「世間はそんなに甘くないぞ!」

という教えなのかもしれない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

ローマの一角の、この場面に・・・・




クリムト「ユディット I 」

今回はクリムトの「ユディット I 」を取り上げる。


ユディットは旧約聖書に登場する女性で、


自分の町を救うため、

敵の将軍を誘惑し、油断させて、

その首を切り落としたという、

古代ユダヤの恐ろしいほどの女傑である。


中世の多くの画家は、

この美しく強いユディットを描きたがった。

クリムト「ユディット I 」

分かるような気がする。


ユディットは女性としての魅力をたっぷりと持ちながら、

知性と勇気を兼ね備えていた。


この絵は、その救国の行為から

英雄的な姿で描いてもいいのに、

このように官能的?ともいえるような描き方をしている。


左の手には、敵将の首をかかえ、


目はうつろに開き、

唇を少し開け、白い歯を見せている。


そして、頬を上気させ、

陶酔しているかのようにも見える。


これは目的を達成した喜びなのか。


金の背景と、豪華な首輪、

身に付けた衣装も薄く透けて、

観る者の視線を釘付けにしてしまう。


いかにもクリムトらしい一枚である。


クルムトはまさに

世紀末に活躍をしたユディットを


神のごとくあがめ

ファム・ファタル(魔性の女)として

描きたかったのだろうか。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

このユディットに一目会いに・・・・





クリムト「希望 II 」

明けましておめでとうございます。

本年も、よろしくお願いします。


この絵はグスタフ・クリムトの「希望 II 」である。

クリムト「希望 II 」

この女性のお腹には

新しい命が宿っているのだろうか。

少し膨らんでいるようだ。


それにしても、この衣装はても豪華だ。


背景は抑えめの色調ながら金色で、

赤に丸い模様が印象的、

とてもインパクトを与えている。


少しお腹が膨らんだ女性は、

穏やかな表情で、

新たな生命の誕生を噛みしめているのだろうか。


生まれてくる子のことを、

いろいろ考えているのかもしれない。


女性にとっては

最高に幸せな時だろう。


でも、膨らんだお腹の向こうに見えるのは

ドクロのようなものが・・・・・


チョット怖い感じもする。


どうしてこんな所にドクロ?

なのだろう。


この一枚の絵の中に、

クリムトは、

「人間の一生」を描きたかったのかもしれない。


今年も新らたな希望を胸に、

一歩を踏み出したい。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

女性の幸せを祈りつつ・・・・





モネ「かささぎ」

この絵は、真っ白な雪に覆われた、

誰もいない田舎の冬景色を描いた

モネの「かささぎ」である。

モネ「かささぎ」

木の扉の上に、黒いかささぎが一羽、

チョコンと止まっている。


雪景色とはいえ、眩しいほどの光を感じる。


かささぎが居るあたりは、

淡いピンクの雪が今にも溶けそう、


おいしいイチゴシャーベットのようだ。


右の生垣の部分は、日当たりがよくないのか、

青っぽく、まだまだ溶けそうにない。


でも、生垣の隙間からは、木漏れ日が射している。 


こんなに楽しい雪景色ってあるのだろうか!!


木の扉の上の黒一点のかささぎも、

背中にいっぱいの陽を浴びていることだろう。
    

雪といえば、冷たくて暗いイメージだが、

この雪景色は違う!!


明るい未来を感じてしまう。


こういう雪もあるのだ。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

このかささぎと一緒に陽なたぼっこ・・・・





カール・ラーションの「クリスマス・イヴ」

なんと温かくなごやかな雰囲気なのだろう。


聖なる夜に、キャンドルが灯り、

どこからか「清しこの夜」のメロディが

聞こえてくるようだ。


この絵はカール・ラーションの描いた

「クリスマス・イヴ」である。


親しい人を招待した

パーティだろうか、

若い夫婦が食前の祈りを捧げている。

カール・ラーションの「クリスマス・イヴ」

奥の暖炉では、

火が赤々と燃え、


くつろいだ雰囲気の中で、

楽しく話が弾んでいるようだ。


食卓テーブルにはクリスマスの

豪華なごちそうが沢山並んでいる。


これは、我が家のお隣りの家の、

クリスマス・イブの様子なのかもしれない。


そのぐらい身近に感じてしまう

イブの夜を描いている。


なにげない生活の中の一コマが

どれほど幸せで、

かけがえのないものであるか、


そう感じさせてくれる一枚である。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この楽しいパーティに仲間入り・・・・





ニキ・ド・サンファル「泉のナナ」

鮮やかな、この大きなものは、

何?


よく見ると人体のようだ。


でも頭がない。


この作品は、ニキ・ド・サンファル展に

展示されている「泉のナナ」である。

泉のナナ

ナナがカラフルな水着を着て、

泉に入ろうとしているのか、


楽しくて、我を忘れるくらい、

はしゃいでいるのかもしれない。


それにしても、なんと大胆な姿なのだろう。


ポップな色遣いの水着も目立つが、

それを着ている女性の身体も逞しい。


女性のシンボルである

バストとヒップばかりが強調され、


顔がない。


なぜ?


これが女性なのだ!

と言い放っているのか。


そして、顔よりもっと、

大切なものがあるということか。


この作品を機に、

ニキの作風は変わっていったようだ。


ニキはどんな人に出会い、

どんな影響を受け、

どんな人生を歩んできたのか、


いろいろと探りたくなった。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

タロット・ガーデンへ・・・・