ピカソ 「ピカドール」
パブロ・ピカソは生涯にわたって
たくさんの作品を描いた。
その作品を見ていくと、
特徴ごとに大きく分けられる。
それが、青、バラ色、アフリカ彫刻、
キュビズム、シュルレアリスム、ゲルニカ・・・・・
などの時代である。
それより、ずーっと前の
幼少のころ描いたのがこの絵だ。
父親と闘牛の見物に行った9歳のピカソが、
馬に乗っった闘牛士を描いたのが「ピカドール」である。
9歳のピカソが描いた絵に出会えたなんて、
とても感動的!!
「おお、トレビアン!!」
今にも動き出しそうな馬、
後ろ足の骨格、全体のバランス、
そして、闘牛士の様子、観客などなど、
9歳とは思えないぐらい、
とてもうまく描けていると思う。
9歳のピカソはどんな子供だったのか、
後にたくさんの名画を残す
偉大な画家になる素地は十分にあったようだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この闘牛場の観客席へ・・・・・
たくさんの作品を描いた。
その作品を見ていくと、
特徴ごとに大きく分けられる。
それが、青、バラ色、アフリカ彫刻、
キュビズム、シュルレアリスム、ゲルニカ・・・・・
などの時代である。
それより、ずーっと前の
幼少のころ描いたのがこの絵だ。
父親と闘牛の見物に行った9歳のピカソが、
馬に乗っった闘牛士を描いたのが「ピカドール」である。
9歳のピカソが描いた絵に出会えたなんて、
とても感動的!!
「おお、トレビアン!!」
今にも動き出しそうな馬、
後ろ足の骨格、全体のバランス、
そして、闘牛士の様子、観客などなど、
9歳とは思えないぐらい、
とてもうまく描けていると思う。
9歳のピカソはどんな子供だったのか、
後にたくさんの名画を残す
偉大な画家になる素地は十分にあったようだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この闘牛場の観客席へ・・・・・
ピカソ「座る女」
最近、ピカソの絵がロンドンで
オークションに出品され、
66億円で落札されたという。
それがこの絵だ。
1909年に描いた「座る女」である。
これが66億円とは、本当に驚いてしまう。
ピカソ独特の手法で描いているが、
よく見ると、陰影がついて立体的、
冷たく透明感があり、
薄いガラスを何枚も重ねたように見え、
そして切り子のグラスのようにも見えてくる。
色の使い方も洗練されてオシャレ感がある。
やっぱりすごい絵なのだ。
描かれているのは、
何度もモデルもつとめたピカソの恋人である。
美しい恋人もピカソの手にかかると、
このように表現されてしまうのだ。
いつの日か、この目で
じっくりと鑑賞してみたい一枚である。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この絵を求めて・・・・・
オークションに出品され、
66億円で落札されたという。
それがこの絵だ。
1909年に描いた「座る女」である。
これが66億円とは、本当に驚いてしまう。
ピカソ独特の手法で描いているが、
よく見ると、陰影がついて立体的、
冷たく透明感があり、
薄いガラスを何枚も重ねたように見え、
そして切り子のグラスのようにも見えてくる。
色の使い方も洗練されてオシャレ感がある。
やっぱりすごい絵なのだ。
描かれているのは、
何度もモデルもつとめたピカソの恋人である。
美しい恋人もピカソの手にかかると、
このように表現されてしまうのだ。
いつの日か、この目で
じっくりと鑑賞してみたい一枚である。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この絵を求めて・・・・・
モネ「アルジャントゥイユの橋」
クロード・モネはセーヌ川沿いにある
アルジャントゥイユに数年間滞在していた。
アルジャントゥイユの町はとても美しく、
川とヨットを中心に多くの絵を描いた。
なるほど絵を描きたくなるような素敵な風景だ。
この絵はその中の一枚で
「アルジャントゥイユの橋」である。
こんなに美しい自然があるだろうか。
アルジャントゥイユの橋、 川に浮かぶボート、
対岸のカフェや緑の木々、青い空、
このセーヌ川は、川底まで見えるくらい、
透明なのだろう。
汚されていない自然がそこにある。
明るい陽の光を浴びて、
すべてのものが、さらに輝きを増している。
この絵はオルセー美術館内で、
乱暴な見物人の拳で、
一撃を食らって破損した過去がある。
でも、修復され、このように蘇えったのだ。
なるほど・・・・・
この絵のもつ生命力だろうか。
絵を見ていると心が鎮められ
強いパワーが湧いてくるような気がする。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この静寂の中に・・・・・
アルジャントゥイユに数年間滞在していた。
アルジャントゥイユの町はとても美しく、
川とヨットを中心に多くの絵を描いた。
なるほど絵を描きたくなるような素敵な風景だ。
この絵はその中の一枚で
「アルジャントゥイユの橋」である。
こんなに美しい自然があるだろうか。
アルジャントゥイユの橋、 川に浮かぶボート、
対岸のカフェや緑の木々、青い空、
このセーヌ川は、川底まで見えるくらい、
透明なのだろう。
汚されていない自然がそこにある。
明るい陽の光を浴びて、
すべてのものが、さらに輝きを増している。
この絵はオルセー美術館内で、
乱暴な見物人の拳で、
一撃を食らって破損した過去がある。
でも、修復され、このように蘇えったのだ。
なるほど・・・・・
この絵のもつ生命力だろうか。
絵を見ていると心が鎮められ
強いパワーが湧いてくるような気がする。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この静寂の中に・・・・・
G・モロー「ユピテルとエウロペ(エウロペの略奪)」
今回はギリシャ神話の一場面を描いた
ギュスターヴ・モローの
「ユピテルとエウロペ(エウロペの略奪)」である。

なんと美しい絵なのだろう、
まるで写真のようだ。
全てのものが白く金色に輝いている。
エウロペの肌、美しく輝く雄牛、
背景に広がる空と雲。
まぶしいくらい神々しく、
ひとつひとつが丁寧に描かれている。
神話によると、
主神ユピテル(ゼウス)は
フェニキア王の美しい娘エウロペが
侍女らと海辺で戯れている姿に恋をして、
白い雄牛に姿を変えて近づいた。
エウロペは近づいてきた綺麗な牛にみとれて、
気を許してその牛にまたがってしまう。
その瞬間に、牛は駆け出して海に入り、
クレタ島に連れて行ったという。
牛は変身したはずなのに、
あせっていたのか、
なぜか顔だけはユピテルのままだった。
また、連れ去られたエウロペは、
ユピテルの凛々しく美しい姿に、
うっとりしているようだ。
二人とも幸せそうに見つめあっている。
これは神話だが、
とても楽しく、想像が膨らむ。
ちなみに、この美しい娘エウロペという名前は、
のちにヨーロッパという言葉の由来となったようだ。
だから神話は面白い。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この場面を見届けに・・・・・
ギュスターヴ・モローの
「ユピテルとエウロペ(エウロペの略奪)」である。

なんと美しい絵なのだろう、
まるで写真のようだ。
全てのものが白く金色に輝いている。
エウロペの肌、美しく輝く雄牛、
背景に広がる空と雲。
まぶしいくらい神々しく、
ひとつひとつが丁寧に描かれている。
神話によると、
主神ユピテル(ゼウス)は
フェニキア王の美しい娘エウロペが
侍女らと海辺で戯れている姿に恋をして、
白い雄牛に姿を変えて近づいた。
エウロペは近づいてきた綺麗な牛にみとれて、
気を許してその牛にまたがってしまう。
その瞬間に、牛は駆け出して海に入り、
クレタ島に連れて行ったという。
牛は変身したはずなのに、
あせっていたのか、
なぜか顔だけはユピテルのままだった。
また、連れ去られたエウロペは、
ユピテルの凛々しく美しい姿に、
うっとりしているようだ。
二人とも幸せそうに見つめあっている。
これは神話だが、
とても楽しく、想像が膨らむ。
ちなみに、この美しい娘エウロペという名前は、
のちにヨーロッパという言葉の由来となったようだ。
だから神話は面白い。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この場面を見届けに・・・・・
ギュスターヴ・モロー「オイディプスとスフィンクス」
端正な顔立の美しい男性、
その目を真剣なまなざしで、じっと見つめる美しい女性、
二人は恋人同士だろうか。
ところが、愛を語っているのかと思ったら、
女性は胸から下はライオンで
鷲の翼を持っているではないか。
何ということだ!!
これはギリシャ神話の一場面で、
女性は伝説の怪物スフィンクス、
彼女が出した謎に
男性オイディプスが答えているところだ。
この絵はギュスターヴ・モローの描いた
「オイディプスとスフィンクス」である。
あまりにも奇抜で強烈なこの絵は
モローが38歳の時に描いたものだ。
長い沈黙と研究を繰り返し生まれたもので、
この絵によってやっと世に認められたという力作である。
神話ではテーバイ(古代ギリシャの都市)には
スフィンクスという怪物が居座り、
「朝は4本、昼は2本、夜は3本足で、あるくものは何だ」
という謎を問いかけ、答えられない人々を殺していた。
画面下部には、謎かけに答えられず
殺害された人たちの
土気色の手足が描かれている。
勇敢にもオイディプスはこの怪物と対決し、
この謎を解き、見事、スフィンクスを退治したのだ。
そしてオイディプスはテーバイの新王として迎えられた。
この絵は美しい恋物語ではなかったのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この一場面を見届けに・・・・・
その目を真剣なまなざしで、じっと見つめる美しい女性、
二人は恋人同士だろうか。
ところが、愛を語っているのかと思ったら、
女性は胸から下はライオンで
鷲の翼を持っているではないか。
何ということだ!!
これはギリシャ神話の一場面で、
女性は伝説の怪物スフィンクス、
彼女が出した謎に
男性オイディプスが答えているところだ。
この絵はギュスターヴ・モローの描いた
「オイディプスとスフィンクス」である。
あまりにも奇抜で強烈なこの絵は
モローが38歳の時に描いたものだ。
長い沈黙と研究を繰り返し生まれたもので、
この絵によってやっと世に認められたという力作である。
神話ではテーバイ(古代ギリシャの都市)には
スフィンクスという怪物が居座り、
「朝は4本、昼は2本、夜は3本足で、あるくものは何だ」
という謎を問いかけ、答えられない人々を殺していた。
画面下部には、謎かけに答えられず
殺害された人たちの
土気色の手足が描かれている。
勇敢にもオイディプスはこの怪物と対決し、
この謎を解き、見事、スフィンクスを退治したのだ。
そしてオイディプスはテーバイの新王として迎えられた。
この絵は美しい恋物語ではなかったのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この一場面を見届けに・・・・・
マティス 「赤い部屋(赤のハーモニー)」
アンリ・マティスの絵は、
前回はピンクだったが、今回は赤だ。
この絵が展示されていると、
他の絵に目がいかなくなるというから、
この赤は相当強いインパクトを与えている。
しかも、180cm×220cmとかなり大きい。
この絵はマティスの「赤い部屋(赤のハーモニー)」である。
なんと楽しい絵なのだろう、
一見、平面的にみえるが、
赤いテーブルと赤い壁の境には
細い線が描かれている。
木の枝のようなアラベスク紋様と花籠は、
テーブルと壁に同じ様に描かれて、
深い青色は、赤とマッチして、
とても美しい。
そして、中央に置かれたお酒や果物が
とてもいいアクセントとなっている。
楽しくて、見ているうちに、
心地よい音楽が聞こえてくるようだ。
そして、窓から見える緑、白い花は
この絵にさわやかな風を吹き込んでいる。
この絵は、初めは「緑のハーモニー」として描かれ、
次に「青のハーモニー」となり、
皆さんご存知のように、
最終的には「赤のハーモニー」として描かれたのだ。
私は、この「赤のハーモニー」でよかった。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この赤い部屋に・・・・・
前回はピンクだったが、今回は赤だ。
この絵が展示されていると、
他の絵に目がいかなくなるというから、
この赤は相当強いインパクトを与えている。
しかも、180cm×220cmとかなり大きい。
この絵はマティスの「赤い部屋(赤のハーモニー)」である。
なんと楽しい絵なのだろう、
一見、平面的にみえるが、
赤いテーブルと赤い壁の境には
細い線が描かれている。
木の枝のようなアラベスク紋様と花籠は、
テーブルと壁に同じ様に描かれて、
深い青色は、赤とマッチして、
とても美しい。
そして、中央に置かれたお酒や果物が
とてもいいアクセントとなっている。
楽しくて、見ているうちに、
心地よい音楽が聞こえてくるようだ。
そして、窓から見える緑、白い花は
この絵にさわやかな風を吹き込んでいる。
この絵は、初めは「緑のハーモニー」として描かれ、
次に「青のハーモニー」となり、
皆さんご存知のように、
最終的には「赤のハーモニー」として描かれたのだ。
私は、この「赤のハーモニー」でよかった。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
この赤い部屋に・・・・・
マティス「コリウールの開かれた窓」
これはいったい何を描いたものなのか、
理解に苦しみながら
しばらくジッ―と眺めてみた。
すると、窓があり、その向こうには海があり、
浮かんでいる船が見えてきた。
この絵はアンリ・マティスの
「コリウールの開かれた窓」である。
それにしても
なんとピンクづくしの絵なのだろう。
でも、このピンク色は、
心を落ち着かせ、
ゆったりとした幸せな気分にさせる色だ。
マティスの絵は原色を使ったものが多いが、
このピンク色が
ふわふわとした柔らかいものを感じさせる。
窓の向こうには、
南仏のキラキラとした強い日差しを浴びた、
海が見える。
こんな海を一度、見てみたい。
海の向こうには、どんな幸せがあるのだろう。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
南仏コリウールのあの窓辺へ・・・・・
理解に苦しみながら
しばらくジッ―と眺めてみた。
すると、窓があり、その向こうには海があり、
浮かんでいる船が見えてきた。
この絵はアンリ・マティスの
「コリウールの開かれた窓」である。
それにしても
なんとピンクづくしの絵なのだろう。
でも、このピンク色は、
心を落ち着かせ、
ゆったりとした幸せな気分にさせる色だ。
マティスの絵は原色を使ったものが多いが、
このピンク色が
ふわふわとした柔らかいものを感じさせる。
窓の向こうには、
南仏のキラキラとした強い日差しを浴びた、
海が見える。
こんな海を一度、見てみたい。
海の向こうには、どんな幸せがあるのだろう。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
南仏コリウールのあの窓辺へ・・・・・
ゴーギャン「肘掛椅子の上のひまわり」
ゴギャンはゴッホと別れた後、タヒチに向かった。
そして、ゴッホの死から11年後、
なんと、ひまわりを描いていた。
それがこの 「肘掛け椅子の上のひまわり」である。
なんと大らかで明るく伸び伸びとしたひまわりなのだろう。
これは、やっぱり ”ゴーギャンのひまわり” だ。
この椅子はゴッホがゴーギャンに贈った
肘掛け椅子に似ている。
ゴーギャンはゴッホのことが
頭から離れなかったのかもしれない。
贈られた椅子も、こうしてこの絵の中に蘇らせている。
ひまわりはタヒチには自生しないという。
そのひまわりの種を取り寄せて、
育て、このように描いている。
この「肘掛椅子の上のひまわり」を描いた
ゴーギャンの思いはどんなだっただろう。
ひまわりを描く人、ゴッホになってみたかったのか、
単にアルルの共同生活を思い出し懐かしんだのか、
ゴーギャンのひまわりを描いておきたかったのか、
いろいろと想像してしまう。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
早速、タヒチへ・・・・・
そして、ゴッホの死から11年後、
なんと、ひまわりを描いていた。
それがこの 「肘掛け椅子の上のひまわり」である。
なんと大らかで明るく伸び伸びとしたひまわりなのだろう。
これは、やっぱり ”ゴーギャンのひまわり” だ。
この椅子はゴッホがゴーギャンに贈った
肘掛け椅子に似ている。
ゴーギャンはゴッホのことが
頭から離れなかったのかもしれない。
贈られた椅子も、こうしてこの絵の中に蘇らせている。
ひまわりはタヒチには自生しないという。
そのひまわりの種を取り寄せて、
育て、このように描いている。
この「肘掛椅子の上のひまわり」を描いた
ゴーギャンの思いはどんなだっただろう。
ひまわりを描く人、ゴッホになってみたかったのか、
単にアルルの共同生活を思い出し懐かしんだのか、
ゴーギャンのひまわりを描いておきたかったのか、
いろいろと想像してしまう。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
早速、タヒチへ・・・・・
ゴーギャン「ひまわりを描くゴッホ」
この絵は「ひまわりを描くゴッホ」である。
このひまわりを描いている男は
本当にゴッホなのだろうか。
私のイメージしているゴッホとは
随分違うような気がする。
目はうつろろで定まらず、ちょっとだらしない姿・・・
描いているひまわりも、
枯れたようにだらりとして、
精彩を欠いたゴッホそのもののようにも見えてくる。
なぜ?
深い悩みや迷いがあったのだろうか。
また、ゴーギャンとゴッホの間に何があったのか。
この絵を描いたゴーギャンも同じ画家として、
ゴッホの苦しみは十分理解できたことだろう。
ゴーギャンに、
自分の姿をこんな風に描かれたゴッホは、
どんな気持ちだったのか。
ここまで見透かされたゴッホは、
相当、悔しかったに違いない。
ゴーギャンから絵の感想を求められたゴッホは、
「 ここに描かれているのは確かに僕だ。
しかし、これは気が狂ったときの僕の姿だ。」
と語ったと言われている。
そんなことを言いながらゴッホは、
逃げ場のないところまで、
追い詰められていたのかもしれない。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
ピリピリとした空気のこの場に・・・・・
このひまわりを描いている男は
本当にゴッホなのだろうか。
私のイメージしているゴッホとは
随分違うような気がする。
目はうつろろで定まらず、ちょっとだらしない姿・・・
描いているひまわりも、
枯れたようにだらりとして、
精彩を欠いたゴッホそのもののようにも見えてくる。
なぜ?
深い悩みや迷いがあったのだろうか。
また、ゴーギャンとゴッホの間に何があったのか。
この絵を描いたゴーギャンも同じ画家として、
ゴッホの苦しみは十分理解できたことだろう。
ゴーギャンに、
自分の姿をこんな風に描かれたゴッホは、
どんな気持ちだったのか。
ここまで見透かされたゴッホは、
相当、悔しかったに違いない。
ゴーギャンから絵の感想を求められたゴッホは、
「 ここに描かれているのは確かに僕だ。
しかし、これは気が狂ったときの僕の姿だ。」
と語ったと言われている。
そんなことを言いながらゴッホは、
逃げ場のないところまで、
追い詰められていたのかもしれない。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
ピリピリとした空気のこの場に・・・・・
ゴッホ「アルルの寝室」
先週は
ゴッホが用意したゴーギャンの椅子を取り上げたが、
今週は、
その時に用意した家について書いてみたい。
ゴッホが南仏アルルに用意したのは
黄色い家だった。
この絵は、
その家の2階にある「アルルの寝室」である。
この部屋はゴーギャンの寝室ではなく、
ゴッホの寝室である。
ゴッホは「アルルの寝室」を3枚描いているが、
その中の最初に描いたのがこの絵だ。
ゴーギャンと生活をともにするゴッホの喜びが
感じ取れる。
シンプルな部屋だが、
片隅には小さな机と椅子が置かれて、
左側の扉はゴーギャンの部屋につながっていたとか。
すぐそばに、自分の尊敬と憧れを持つ人がいたら、
どんな気持ちになるのだろう。
扉の向こうのゴーギャンの全てを、
息遣いさえも、
感じ取ろうとしていたのかもしれない。
また、椅子が2つ置いてあるが、
この椅子に座って、
朝まで語り合った日もあったのかもしれないし、
喧嘩になったことも・・・・・
この部屋は、ゴッホとゴーギャンの
全てを知っていると言っても過言ではないだろう。
だから、
忘れたくないこの部屋を3枚も描いているのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
このアルルの寝室に・・・・・
ゴッホが用意したゴーギャンの椅子を取り上げたが、
今週は、
その時に用意した家について書いてみたい。
ゴッホが南仏アルルに用意したのは
黄色い家だった。
この絵は、
その家の2階にある「アルルの寝室」である。
この部屋はゴーギャンの寝室ではなく、
ゴッホの寝室である。
ゴッホは「アルルの寝室」を3枚描いているが、
その中の最初に描いたのがこの絵だ。
ゴーギャンと生活をともにするゴッホの喜びが
感じ取れる。
シンプルな部屋だが、
片隅には小さな机と椅子が置かれて、
左側の扉はゴーギャンの部屋につながっていたとか。
すぐそばに、自分の尊敬と憧れを持つ人がいたら、
どんな気持ちになるのだろう。
扉の向こうのゴーギャンの全てを、
息遣いさえも、
感じ取ろうとしていたのかもしれない。
また、椅子が2つ置いてあるが、
この椅子に座って、
朝まで語り合った日もあったのかもしれないし、
喧嘩になったことも・・・・・
この部屋は、ゴッホとゴーギャンの
全てを知っていると言っても過言ではないだろう。
だから、
忘れたくないこの部屋を3枚も描いているのだ。
今晩の
「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、
このアルルの寝室に・・・・・








