ひとりぼっちのウォークマン -13ページ目

ティツィアーノ「教皇パウルス三世とその息子たちの肖像 」

今回はティツィアーノを取り上げる。

 

 

16世紀中ごろ、ティツィアーノが

 

未完のまま放置した肖像画があった。

 

 

それは、権勢を誇っていた

 

パウルス三世一族を描いた

 

「教皇パウルス三世とその息子たちの肖像 」である。

 

 

 

この絵は赤い色調で統一されていることに驚く。

 

 

赤と言っても、真っ赤ではなく品のある赤で、

 

決して嫌ではないが。

 

 

そして、ここに描かれている3人だが、

 

先ずパウルス三世とはどんな人物なのだろう。

 

 

少し調べてみると、パウルス三世は、

 

芸術について理解が深く、ミケランジェロに

 

有名なシスティーナ礼拝堂の『最後の審判』を

 

描かせたことでも知られている。

 

 

また、ローマ宗教界の改革を行った人として、

 

有名である。

 

 

しかし、この一族は相当の策略家でもあったらしい。

 

 

そしてこの息子たちだが、

 

彼らは何を企んでいるのか。

 

父親に近づいて何を語っているのか気になるところだ。

 

 

ローマ宗教界の良い地位を

 

欲しいとでも言っているのか、

 

それとも、新しい恋人でもできたという

 

報告をしているのか、

 

 

いろいろと想像してしまう。

 

 

それにしてもこの絵は未完の肖像画らしいが、

 

ティツィアーノは

 

どのように完成させようとしていたのだろう。

 

 

このままでも十分面白い絵だが、

 

 

彼がパウルス三世一族に抱いていた感情を

 

かいま見ることができて、

 

さらに想像を膨らませてしまう。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

この教皇一族の行く末を見届けに・・・・

 

 

 

 

 

ミレー「刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」

この絵は「刈入れ」というが、

 

後ろに大きな白い山と、うす茶色の山が見える。

 

 

うす茶色の山はどこまで伸びているのか、

 

先が見えない。

 

 

きっと、高く高く積み上げられているのだろう。

 

 

 

仕事が一段落したのか、

 

休憩のお茶の時間のようだ。

 

 

みんなの視線が左側の二人に向けられている。

 

 

どうやら男性が女性を紹介しているようである。

 

 

この絵のタイトルは

 

「刈入れ人たちの休息(ルツとボアズ)」である。

 

 

ルツは紹介されている女性で、

 

紹介しているのは男性でボアズである。

 

 

この二人は

 

旧約聖書の中に出てくる人物のようで、

 

前にもこのブログに登場している。

 

 

それは、9月25日のミレーの「落ち穂拾い」である。

 

 

絵を見ていただくとわかるが、

 

遠くで馬に乗って

 

使用人を指図しているのが、

 

ベツレヘムの大地主、ボアズである。

 

 

落穂拾いをしている3人のうちの

 

一人がルツである。

 

 

ボアズは働き者で心優しいルツを見初め、

 

のちに二人は結婚することになる。

 

 

ここで改めてミレーの「落ち穂拾い」を

 

見直してみると、

 

何とも言えない温かい想いがこみあげてくる。

 

 

ちなみにこの絵は、

 

旧約聖書の「ルツ記」から着想を得て

 

描いたという。

 

 

そして、1853年のパリのサロンで

 

二等賞を受賞したもので、

 

ミレーの出世作といえる作品である。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

 

この農夫たちの輪の中に、

 

そして二人の幸せを見届けに・・・・

 

 

 

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ミレー「木陰に座る羊飼いの娘 」

 

今回はミレーの

 

「木陰に座る羊飼いの娘」を取り上げる。

 

  

 

大きな木の根元に座っているこの少女、

 

いったい何をしているのだろう・・・・・・。

 

 

ぼんやりと何かを見ているようだが、

 

目の先にはどんな風景が広がっているのだろう。

 

 

この少女は羊飼いの娘のようだから

 

前面には、

 

のどかに羊が草を食んでいるのかもしれない。

 

 

手元には毛糸のようなものがある。

 

 

編み物をしていたのか、

 

でも、一生懸命編んでいるような姿ではない。

 

 

この場所がとても心地良いのだろう。

 

 

毛糸をくくりつけた編み棒も、

 

持ったままで、編むことさえ忘れているようだ。

 

 

そこには、心地よい風も吹いているのかもしれない。

 

 

それにしても光のとらえ方が見事だ。

 

 

地面からの光が顔に反射しているのか、

 

口元から首のあたりが明るい。

 

 

そして手元やスカートには木漏れ日が

 

白い斑点のように描かれている。

 

 

ミレーは何よりも

 

このさわやかな風景を描きたかったのだろう。

 

 

そして、そこに少女の姿を描くことによって、

 

このさわやかさをもっと伝えたかったのだろう。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

ヴィシーの森の、この木漏れ日の中に・・・・

 

 

 

 

 

ティツィアーノ「復活のキリスト」 

 

今回もティツィアーノを取り上げる。

 

 

この絵はキリストが復活する場面を描いた

 

「復活のキリスト」である。

 

    

 

これが本当にキリストなのだろうか・・・・・

 

 

キリストというと、

 

今にも折れそうな痩せ細った身体、

 

 

そして、力強く、優しく、仙人のような姿を

 

想像してしまうが、

 

 

このキリストはちょっと違う。

 

 

こんなガッシリとして筋肉の張った

 

たくましい体でスポーツマンのようだ。

 

 

そして、しっかりと自らの2本の足で、

 

大地に力強く立つキリストの姿が描かれている。

 

 

キリストは十字架ではりつけの刑により葬られた。

 

その3日後によみがえったのだ。

 

 

しかも、肉体をもって甦ったのだ。

 

 

これは埋葬されたキリストがまさに復活をする場面で、

 

右手を上げ、左手には白地に赤い十字架の

 

復活と勝利の旗を高く掲げ、

 

 

生き生きとした姿で立っている。

 

 

背景にあるのは青い空だろうか、

 

緑の森も見える。

 

 

 

こんな素敵な自然をバックに

 

キリストは復活してきたのだ。

 

 

しかも若々しく、パワーがみなぎっているようだ。

 

 

この絵はティツィアーノの初期の作品である。

 

 

彼の絵に対する深い情熱と限りない野心が、

 

この絵の中に込められているような気がしてならない。

 

 

いや、この絵のキリストは、

 

           まさにティツィアーノ自身だ。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

復活したキリストに会いに・・・・

 

 

 

 

 

ティツィアーノ「フローラ」

今回はルネッサンス時代の最盛期に活躍した

 

ヴェネツィア派のティツィアーノを取り上げる。

 

 

この絵はローマ神話の中の花・豊穣の女神フローラ

 

を描いた「フローラ」である。

 

 

ドッキとさせるこの絵。

 

花のように香しく美しい女性だ。

 

 

右手には花の女神を示すかのように、

 

バラの花を持っている。

 

 

そして、大胆なこの姿、

 

 

肩から胸まであらわにして、

 

この絵は花・豊穣の女神フローラを描いたものだが、

 

 

肌をあらわにゆったりと佇むその姿は

 

豊かな豊穣感を感じさせる。

 

 

まさに豊穣の女神である。

 

 

そして、どことなく気品ある甘美なほほえみは、

 

見る人に幸福感を与える。

 

 

ティツィアーノはどうしてこの絵を描いたのだろう。

 

 

この絵にルネサンスの思想を

 

もっともよく表そうとしたのではないだろうか。

 

 

人間の手によって新しいものが、

 

ドンドン生まれ、創られていく・・・・・

 

 

そして生まれ変わり栄えていく、

 

そんな時代がルネッサンスだった。

 

 

人間とはなんと素晴らしいものなのだろう。

 

 

この絵は人間の素晴らしさを讃えた

 

シンボリックな一枚として描いたのかもしれない。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

ルネッサンス時代に、

 

この花と豊穣の女神フローラに会いに・・・・

 

 

 

 

 

ヴィジェ・ル・ブラン「自画像」

ヴィジェ・ル・ブランと言えば

 

先週マリー・アントワネットを描いた女性画家である。

 

 

彼女が、こんなに美しい女性だったとは・・・・・

 

 

この自画像はその中でも

 

あまり知られていない一枚である。

 

ヴィジェ・ル・ブラン「自画像」

 

なんという美しさだ。

 

 

この時は39歳だったが、

 

少女のように初々しく可憐だ!!

 

 

彼女は若いころから多くの自画像を描いたが、

 

その美貌の自画像が評判をよぶことになり、

 

貴婦人たちからの注文が驚くほど多かったようだ。

 

 

そしてついに

 

王妃マリー・アントワネットの目にも留まり、

 

お気に入りの宮廷画家になっていった。

 

 

この絵をよく見ると、

 

女性の肌の美しさが際立っている、

 

その弾力感と透明感はうっとりするほど素晴らしい。

 

 

女性なら誰しも、

 

このように描いてもらいたいと思うのは、

 

当然かもしれない。

 

 

その手法は

 

ヴィジェ・ル・ブラン独特のものだったようだ。

 

 

この絵では、暗い背景に濃紺を基調とし、

 

白をアクセントのように使い

 

美しい顔をより美しく輝やかせている。

 

 

そして、かもしだされる優雅さと気品は

 

フランス宮廷のロココそのものだったかもしれない。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

ヴィジェ・ル・ブランに、是非ひとめ会いに・・・・

 

 

 

 

 

ヴィジェ・ル・ブラン「マリー・アントワネットと子供たち」

“マリー・アントワネット” 

 

 

誰もが知っているこの女性の名前を聞いて、

 

 

皆さんは何を想像しますか?

 

 

私はフランスの王朝に嫁いで、

 

贅沢三昧の王妃・・・・・

 

を思い浮かべる。

 

 

そのマリー・アントワネットを描いた作品が、

 

このヴィジェ・ル・ブランの

 

「マリー・アントワネットと子供たち」である。

 

 

この絵はマリー・アントワネットと3人の子供たちが

 

描かれている。

 

 

アントワネットの膝の上には

 

末っ子ルイ17世が座っていて、

 

長女は母に甘えるように体をくっつけている。

 

 

右には長男がいて、

 

その後にはゆりかごも描かれている。

 

 

彼女は美しく気品があるのはもちろんだが、

 

母としての貫録、余裕のようなものも感じる。

 

 

きっと優しくもあり、厳しくもあり、

 

良き母親だったのだと思われる。

 

 

しかし、若くして王朝に嫁ぎ、ここに至るまで、

 

どれだけの苦労があったことか。

 

 

当時、フランスでは長い間の浪費と、

 

身分格差、たび重なる重税に

 

国民は苦しめられていた。

 

 

その結果、国民の怒りが頂点に達し、

 

ついにフランス革命が勃発した。

 

 

格好の標的となってしまったアントワネットは

 

国王や家族とともに幽閉され、

 

 

1793年10月16日、

 

大勢の国民の見物する広場において、

 

38歳で悲運の生涯を閉じることとなった。

 

 

最期はひとりの女性として

 

凛とした態度を守り、

 

美しく散っていったに違いない。

 

 

なんと可哀そうな話なのだろう。

 

 

当時のファッションリーダーであり、

 

憧れの存在でもあった彼女は、

 

 

今もなお、

 

多くの人に愛され続けているのも納得である。

 

 

今夜の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

 

ベルサイユ宮殿のマリー・アントワネットに

 

会いに・・・・・

 

 

 

 

 

クラーナハ「聖カタリナの殉教」

聖カタリナは聖母マリアにつぐ

模範的な女性のひとりとして人々に崇拝されている。


聖カタリナについて、

クラーナハはいくつかの作品を残している。


この絵はクラーナハが描いた

「聖カタリナの殉教」である。

聖カタリナの殉教


天から槍のように火がなだれ落ちている。


横には打ち砕かれた大車輪が・・・・・

なんと凄まじい天の怒りなのであろう。


これは、聖カタリナが

車輪の刑に処せられるその瞬間、

刑の執行を邪魔したという光景だ。


まさに、天の怒りだ。


大車輪が吹き飛び、混乱した兵士や見物人が

驚いてあちこちに、

転がりながら、逃げ惑っている。


中心に居る美しい女性、聖カタリナだけは、

その混乱の中で冷静に祈りを捧げている。


なんという冷静さ、すべてを覚悟の上の祈りか、


そんな修羅場の様子が実にリアルに描かれている。


しかし、その後、聖カタリナは

残念ながら断頭台の露と消えて殉教したのだ。


なぜ、このような結果になってしまったのか。


聖カタリナといえば、伝説上の人物だが、


ローマに赴き、

皇后をキリスト教への改宗に成功し、

50人の異教の賢者たちをも

改宗させたという逸話がある。


更に、ローマ皇帝にも、

キリスト教徒への迫害をやめるよう進言した。


その結果、逆に捕えられて、

このような残虐なことに・・・・


その身を釘打ちされる車輪の刑と

なってしまったのだ。


とても残酷な話だ。


聖カタリナはローマ・カトリックでは

『十四救難聖人』の一人として伝説の人となっている。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

塔に幽閉されている聖カタリナを救出に・・・・





クラーナハ「ホロフェルネスの首を持つユディト」

今年の1月にクリムト「ユディト I」の記事を載せたが、


今回はクラーナハの描いた

「ホロフェルネスの首を持つユディト」を取り上げる。

ホロフェルネスの首を持つユディト

ユディトとはいったい何者なのか?

ずいぶん残虐なことをする女性だ。


この女性は旧約聖書に登場する

伝説上の英雄的な人物なのだ。


中世の画家がこのユディトを

こぞって描きたかったのも

分かるような気がする。


なぜって、

こんなに美しく知的で気品ある女性が、

このような残虐なことをするなんて・・・・・


ユディトは自分が住む町を潰しにかかっていた

総大将ホロフェルネスをやっつけようとしていた。


彼女は考えた。


どのようにしてホロフェルネスをやるか。


そこで彼女の武器である

「美、知性、強い心」を使って・・・・・


今でいうハニートラップか?


ホロフェルネスをここまでやってしまった。

なんて、恐ろしいことだ。


でも、このようにしてユディトは

古代ユダヤを救ったのである。


一方、首を獲られたホロフェルネスだが、

もじゃもじゃの頭髪をユディトの指に絡められ、

もて遊ばれている。


そして口を半開きにし喜んでいるのか、

悦楽にひたっているように見え、

ことの重大さが分かっていないようだ。


なんと哀れな姿なのだろう。


この二人の表情が明と暗を物語っている。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

この怖いユディトを物陰から見てみたい・・・・





ミレー「箕をふるう人」

今回はミレーにとって大きな転機となった

貴重な一枚を取り上げる。


ミレーはパリに出て、絵の勉強をするが、

なかなか認められなかった。


しかし1848年、34歳の時、

展覧会で初めて入選した。


その時の作品が、この「箕をふるう人」である。


これを機に、多くの人に認められるようになり、

本格的に農民画家へと転向していった。

箕をふるう人

薄暗い穀物倉庫の中で、

一人の男が箕をふるっている。


箕の先には、まるで炎のように燃え上がる物が・・・・・


これは何だろう?


小麦か、大豆か・・・


中腰で思いっきりふるっている。


穀物が床にこぼれないように

細心の注意を払っているのだろう。


この腰と、足の踏ん張りから、

力が入っているのがわかる。


そして、ジャンプする穀物を楽しむかのようだ。


頭に赤いハンカチをかぶり、

白いシャツ、青い膝あてと、

なかなかオシャレなおじさんだ。


この作業が

結構、気に入っているようにも見えてくる。


ミレーは農家の長男として生まれたが、

家業を継がず、絵の道に進んだ。


しかし、自分の原点を忘れてはいなかった。


黙々と農作業をする人々の姿の中に、

気高く尊いものを感じていたのかもしれない。


今晩の

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は、

この穀物倉庫で箕をふるってみたい・・・・