ひとりぼっちのウォークマン -11ページ目

サージェント「フィスク・ウォレン夫人と娘レイチェル」

19世紀後半から20世紀前半のアメリカの画家で

 

ジョン・シンガー・サージェントを取り上げる。

 

 

彼はフランスで美術教育を受け、

 

ロンドンとパリで活動し、

 

上流社交界の人々を描いた

 

優雅な肖像画で有名である。

 

 

この絵はフィスク・ウォレン家の夫人とその娘を描いた

 

「フィスク・ウォレン夫人(グレッチェン・オズグッド)

 

と娘レイチェル」 である。

 

 

 

見るからに高級そうなドイレスを身に着けた母娘、

 

なんと美しく優雅なのだろう。

 

 

ドレスについては余り詳しくはないが、

 

デザインは手が込んでいて、

 

材質も光沢があり、とても高級そうだ。

 

 

そして何よりもその表現の仕方が

 

素晴らしく筆舌に尽くしがたい。

 

 

大きく胸元のあいたドレスの上の方には

 

フリルのような飾りがあり、

 

スカートには薄いベールのようなものが・・・

 

 

何と表現したら良いのだろう・・・

 

ああ、もどかしい。

 

 

娘のドレスはピンク色で若々しく、

 

たっぷりの布が使われている。

 

 

母親に腕を絡ませ、

 

肩に顔を載せて甘えているようだ。

 

 

なんて幸せな母娘なのだろう。

 

 

今迄、時々、

 

刺激的な、強烈な印象を与える絵も紹介してきたが、

 

今回は、この幸せ母娘を載せてみた。

 

 

美しいものや、幸せそうなものを見ると、

 

自分の中の幸福感が増していくような気がする。

 

 

今晩の 

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は 

 

この幸せ母娘の元へ・・・・・

 

 

 

 

 

アルチンボルド『四季 「春」』

今回は16世紀後半、イタリアで活躍した

 

ジュゼッペ・アルチンボルドを取り上げる。

 

 

この時代はルネッサンス後期で、

 

とても奇抜で目を引く作品も描かれ、

 

それがマニエリスムといわれている。

 

 

この絵は連作『四季』のうちの「春」である。

 

 

なるほど、

 

身体のあちこちに春の花々や植物が描かれている。

 

 

 

なんと美しい、

 

というか奇妙な絵なのだろう。

 

 

モデルは男性のようでもあり、

 

女性のようでもあり、分からない。

 

 

よくみると

 

花や野菜、果物、木々が細かく描かれていて、

 

 

配色や形をよく考えて、

 

うまい具合に配置されている。

 

 

頭には、ユリの花が差してあり、

 

かわいい花々が散りばめられている。

 

 

衣装はグリーン系の草や野菜類で

 

シックにまとめられ、

 

 

襟の部分の白い小花も見事だ。

 

 

やはり、モデルは若い女性かもしれない。

 

 

この花々の元気さがそれを物語っているようだ。

 

 

これこそアルチンボルドの魅力だ。

 

 

日本にも、このような絵があった。

 

歌川国芳の「寄せ絵」だ。

 

 

例えば、フンドシが眉毛に、

 

イレズミがひげに・・・・・

 

 

顔のどこに体のどの部分が使われているのか、

 

考えながら見るのが面白い。

 

 

今回は、『四季』のうちの「春」を取り上げたが、

 

「夏」「秋」「冬」はどんな風に

 

私たちを驚かせてくれるのだろう。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

この絵の描かれた頃のイタリアへ・・・・・

 

 

 

 

 

ブリューゲル「大きな魚は小さな魚を食う」

今回もピーテル・ブリューゲルを取り上げる。

 


当時は聖書の物語や、教訓としてのことわざを

 

分かり易いように絵であらわされた。

 

 

この絵はネーデルランドのことわざを

 

版画化したもので、

 

 

1557年に、ヒエロニムス・ボスのモチーフを

 

使って描いたブリューゲルの

 

「大きな魚は小さな魚を食う」である。

 

 

 

なんて恐ろしく残酷な絵なのだろう。

 

 

山のような物体、

 

それは魚、

 

 

背中に上り、モリで突き刺そうとしている。

 

 

お腹は切り裂かれている。

 

それをしているのは鎧兜で身を固めた兵士のようだ。

 

 

ここから、いったい何を学べというのだ・・・

 

 

この大きな魚は、小さな魚を

 

山ほど食べて、ここまで巨大化したのだ。

 

 

魚社会では絶対王者の魚だったはずだ。

 

 

しかし、別世界から来た強い人間には、

 

この様に切り裂かれてしまうのだ。

 

 

「強者のおごり久しからず」である。

 

 

また、裂かれた巨大な魚のお腹の中から、

 

たくさんの魚が出てきている。

 

 

なんと、その魚も小魚を飲み込んでいた。

 

 

これは、強者は弱者を、弱者はさらなる弱者を

 

次々と飲み込みながら生きてきたということか。

 

 

まさに「弱肉強食」の世界を意味している。

 

 

恐ろしい絵だが、我々が生きている

 

資本主義社会の構造のようで、

 

胸が痛くなる。

 

 

インパクトの強い絵で、細部にまで目が行きずらいが、

 

絵の隅々まで迄みると、

 

 

左には足の生えた魚や、

 

上空には羽根をもった魚などが描かれ、

 

なかなか面白い一面もある。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

この大きな魚を探しに・・・・・

 

 

 

 

 

ブリューゲル「バベルの塔」

「バベルの塔」と聞くと、

 

誰もが聞いたことがある、見たことがある、

 

あの塔だ。 

 

 

 

作者は16世紀中頃ネーデルラント絵画を代表する

 

ピーテル・ブリューゲル1世だ。

 

   

 

凄い、巨大、そして、なんて美しい!!

 

 

周りの景色、海上の船の大きさから想像すると、

 

かなりの大きさの塔のようだ。

 

 

上空の雲よりも、突き出て、

 

天にも届けとばかりに建っている。

 

 

旧約聖書「創世記」11章では、

 

地球上のすべて人間は、

 

「同じ言語を話す、ひとつの民族」だった。

 

 

神の作った石と漆喰の代わりに、

 

人間はレンガとアスファルトを作り出し、

 

この塔を積み上げた。

 

 

人間は、この巨大な塔で、

 

自分の力を見せつけたかったのだろうか。

 

 

そして、天への階段を積み上げようとしていたのか。

 

 

この壮大な事業はここに多くの人間を住ませて、

 

団結させようとしていたのだろう。

 

 

ところがこの事業を知った神は怒かった。

 

 

神の存在を脅かすこの行為を許すことはできないと。

 

 

それにしても、なんてスケールの大きい絵なのだろう。

 

見ているといろいろな想像がわいてくる。

 

 

人もいっぱいいるようだ。

 

 

周りの階段には、これから登ろうとしている人がいる、

 

上層部にはクレーンが置いてあり、

 

作業をしている人がいる、

 

 

塔の内部はどうなっているのか、教会もあるようだ、

 

もう街ができているのかもしれない。

 

 

行ってみたいという夢も膨らむ。

 

 

しかし、この塔に完成はなかった。

 

 

神は人間が団結することを許さず、

 

世界に分散させてしまった。

 

 

人間は神と同等の力を

 

持とうとしてはならないという戒めか。

 

 

なるほど・・・

 

 

その結果、多民族、多言語がうまれ,

 

団結が崩れ、争いが起こるようになったのだ。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

このバベルの塔に上ってみたい・・・

 

 

 

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ヒエロニムス・ボス「聖クリストフォロス」

今週もヒエロニムス・ボスを取り上げる。

 

 

どうやら、私は口に出すのも難儀なヒエロニムス・ボス

 

という人物に取りつかれてしまったようだ。

 

 

この絵は聖書からの物語で

 

キリストを背に乗せて川を渡ったという                                                                              

聖人を描いた「聖クリストフォロス」である。

 

      

 

前面のピンクが目を引き、後方の穏やかな風景が、

 

全体的に淡い色調で、のどかな春を思わせる。

 

 

しかし、絵をよく見ると、恐ろしいことに・・・・・

 

遠くのほうに殺した熊を吊るしている猟師がいたり、

 

 

壊れた花瓶にハシゴがかけられていたり、

 

細い枝の先のハチの巣に手を伸ばす小人がいたり・・・

 

 

これらはいったい何を意味するのか?

 

気になるところだ。

 

 

さて物語によると、

 

この男、クリストフォロスは巨人で、

 

もともと名前はレプロブスというローマ人である。

 

 

彼はキリスト教に改宗し、

 

人々に奉仕したいと思っていた。

 

 

そこで、深さがあり流れも急で、

 

溺れ死ぬ人が多い川を見つけた。

 

 

その川を渡ろうとして大変な思いをしている

 

人々を助けようとしたのだ。

 

 

彼は大きな体を活かして、

 

人々を負ぶって対岸に渡してあげていた。 

 

 

ある日、小さな男の子が川を渡りたいといったので、

 

快く背負って危険な川を渡った。

 

 

途中まで来ると、男の子は急に重たくなり、

 

巨人レプロブスは倒れそうになりながら、

 

やっとの思いで対岸に着いた。

 

 

あまりの重さに、その理由を尋ねると、

 

男の子は自分はイエス・キリストだと明かした。

 

 

そして「全世界の人々の罪を背負っているために

 

重かったのだろう」と答えた。

 

 

川を渡りきったところでイエスはレプロブスを祝福し、

 

今後は「キリストを背負ったもの」という意味の

 

「クリストフォロス」と名乗るよう命じられたのだ。

 

 

そして、数千人の人々をキリスト教に改宗させ、


キリスト教のために尽くした。
 

 

この物語が、このような絵になっているのが、

 

とても興味深い!

 

 

こういった類の話は子供のころから

 

何度も聞いたことがある。

 

 

今晩の 

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は 

 

この川でクリストフォロスに背負われてみたい・・・

 

 

 

 

 

 ヒエロニムス・ボス「放浪者」

今回は初期ネーデルラント美術

 

(オランダなど低地の国々3か国)を代表する

 

画家のヒエロニムス・ボスを取り上げる。 

   

 

 

ボスは独特の世界観で、

 

鋭い観察と、豊かな描写力をもった画家だった。

 

 

この絵は行商の旅人を描いた「放浪者」である。

 

 

 

この八角形の中の丸い絵は、

 

とても変わっていて、なじみが薄い。

 

 

見ていると鏡のような気もしてくる。

 

 

でも、描いてあるのは、

 

寂しそうな男。

 

 

これが鏡だとしたら、

 

自分の顔を見る前に、

 

 

この男の顔を見なければならないなんて・・・・・

 

とても耐えられない。

 

 

さて、この男は

 

旅をしながら行商をしているようだ。

 

 

背負っている籠には何が入っているのだろう。

 

 

売り物の何か・・・・・

 

想像はつかないが、

 

何か商品のようだ。

 

 

着ている服は、所どころ穴が空いていて、

 

片方は靴、もう一方はスリッパを履いている。

 

 

貧しい生活ぶりがうかがえる。

 

 

この男は振り返って後ろを見ているようだが、

 

後ろには古びた建物がたっている。

 

 

屋根の上には棒にとりつけた花瓶、

 

鳩の出入りできる屋根、

 

白鳥の看板、

 

 

ここは娼館のようだ。

 

 

窓から女が顔を出し、男を呼び込んでいたり、

 

入り口には抱き合う男女がいたり、

 

 

路地には小用をしている男がいるなど、

 

うらぶれた店のようである。

 

 

男はこの娼館に入りたいのか、止めようか、

 

迷っているのかもしれない。

 

 

人生とはあらゆる場面で

 

常に選択を迫ってくるのだ。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

この建物の前で、

 

自分ならどちらを選択するだろうか?

 

 

さあ、どうする?

 

答えは、分からない・・・・・

 

 

 

 

 

ミレー「春(ダフニスとクロエ)」

今回は、ミレーが「春」をテーマに描いた作品

 

取り上げる。

 

 

ダフニスとクロエの淡い恋の芽生えの場面、

 

「春(ダフニスとクロエ)」である。

 

 

これはギリシャ神話から古代の詩人ロンゴスが

 

うたいあげたエーゲ海の島に伝わる恋物語なのだ。

 

     

  

二人はいくつくらいなのだろう。

 

 

腰かけている裸の少年は

 

十代ぐらいだろうか、

 

 

少女も頬を赤く染め、幼さの残る体つきで可愛い。

 

 

二人は少年の持った鳥の巣を見て

 

何かを話しながら、

 

木ベラで、雛にエサを与えているようだ。

 

 

雛達は大きく口ばしを拡げ

 

エサを待っている。

 

 

なんて平和なのだろう。

 

 

小鳥のさえずりが聞こえ、新芽が芽吹く春、

 

 

ダフニスとクロエは、

 

雛にエサをあげることに夢中だが、

 

二人でいることがとても心地よいのだろう。

 

 

二人はまだ気が付いていないが、

 

お互いが好きなのだ。

 

 

ピュアーな二人の、この関係をそっと守ってあげたい。

 

 

ここは二人の待ち合わせの場所なのだろうか。

 

 

左後方には、

 

キリスト教が伝わる前からあったと思われる

 

古い聖像がある。

 

 

この聖像に見守られている二人はほほえましい。

 

 

この作品は四季連作の春を主題に描かれ

 

他に、

 

夏は「豊穣の女神」

 

冬は「凍えたキューピッド」

 

秋の作品は火災に遇い焼失してしまったようだ。

 

 

今晩の 

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

 この幼い恋の待ち合わせ場所に・・・・・

 

 

 

 

 

ミレー「鵞鳥番の少女」

ミレーの作品の中に、こういう絵を見つけた。

 

ミレーにしては珍しいと思ったので取り上げる。

 

 

「鵞鳥番の少女」である。

 

    

 

いったい何羽いるのだろう。

 

たくさんの鵞鳥(ガチョウ)が、水辺で遊んでいる。

 

 

それぞれのガチョウの様子を細かに見ていくと、

 

実に楽しい。

 

 

ゆったりと泳いでるのもいれば、

 

泳ぎながらあくびをしたり、

 

岸に上がって身を震わせて水を切ったり、

 

 

一列に並んで歩いたり、

 

水を飲んだり、草をつついたり、

 

 

羽根をバタバタさせて、

 

飛び立とうとしていたり・・・・・、

 

それぞれに思い思いのことをやっている。

 

 

この楽しそうなガチョウ達の

 

ガヤガヤが聞こえてきそうだ。

 

 

土手の上に立っている少女は

 

ガチョウ番をしているが、

 

 

この様子を見て、楽しくて楽しくて、

 

しかたないのだと思う。

 

 

そして、この池の青さがとても美しく、

 

この絵を一層引き立てている。

 

 

この水辺で遊ぶガチョウ達は、

 

なんて幸せなんだろう。

 

 

そして、見ている私たちまで、

 

ほんわかと幸せになってくる。

 

 

ミレーはこのような動物たちを

 

晩年になってから描き始めたようだ。

 

 

生きるものへの愛しさからだったのだろうか。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

こののどかな風景の中に・・・・・

 

 

 


 

シャセリオー「アポロンとダフネ」

森の中で、この二人はいったい何をしているのだろう。

 

 

言い争いでもしているのか、

 

何か、もつれているようだ。

 

 

男性は女性にすがって、何か懇願しているような、

 

裸の女性は腕を上げて

 

身をくねらせ厭がっているようにも見える。

 

 

この絵は、ギリシャ神話の中でも、

 

よく知られている場面で、

 

シャセリオーの描いた「アポロンとダフネ」である。

 

 

よく見ると、

 

この女性の足は途中から木の根のように・・・・・

 

     

 

この絵は若い男女が戯れているようにも見え、

 

何か甘酸っぱい艶やかな雰囲気が漂よってくる。

 

 

生涯独身と誓った美しい妖精のダフネに

 

恋をしてしまった太陽と詩の神 アポロンが、

 

 

一方的に熱を上げ、どこまでも、

 

しつっこく追いかけていくというのだ。

 

 

アポロンの求愛を拒み続けたダフネだが、

 

逃げ切れないとわかると、

 

1本の木(月桂樹)に変身しようとしたのだ。

 

 

今、まさにダフネの美しい姿態が

 

足元から月桂樹の木に変わりつつある瞬間なのだ。

 

 

アポロンは、ダフネが木に変身していくのを見て、

 

 

「待ってくれ、変身しないでくれ、

 

僕の熱い愛を受け入れてくれ・・・・」

 

と懇願しているのだ。

 

 

まさに迫真の場面、クライマックスである。

 

 

神話によると、

 

この原因はアポロンが自ら作ったのだ。

 

 

弓矢で遊んでいるキューピッドを

 

アポロンが「子供の悪戯だ」と、からかった。

 

 

それに腹を立てたキューピッドは、

 

アポロンの胸に恋におちいる 金の矢を、

 

ダフネには恋をこばむ 鉛の矢を、

 

それぞれに射ったのだ。

 

 

その結果、アポロンはどこまでもダフネを熱く追い、

 

ダフネは常に求愛されながら逃げるのだった。

 

 

失恋したアポロンは、

 

ダフネへの愛を永遠に忘れないように、

 

月桂樹で冠を作り、頭にかぶるようになった。

 

 

ダフネとはギリシャ語で月桂樹の意味だが、

 

今ではオリンピック優勝者に月桂樹の冠を与えている。

 

 

そこには勝利者の栄誉を讃えるという意味と、

 

ダフネの名を永遠に残すという意味が

 

込められているようだ。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

この美しいダフネに逢いに・・・・・

 

 

 

 

シャセリオー「カバリュス嬢の肖像」

フランスの画家ドミニク・アングルの弟子で、

 

ロマン主義の異才と言われている、

 

テオドール・シャセリオーを取り上げる。

 

 

19世紀初めにパリの社交界で、

 

ひときわ目を引く女性を描いた

 

「カバリュス嬢の肖像」である。

 

   

 

この女性の名前は

 

マリー・テレーズ・カバリュスといい、

 

祖母はとても有名な人だった。

 

 

祖母の名前はテレーズ・カバリュスといい、

 

フランス革命の激動期に社交界では超有名人、

 

といってもかなりの猛女?だったようだ。

 

 

この絵の女性から祖母を想像すると、

 

猛女ではあるけれど、

 

とても美しい女性だったに違いない。

 

 

さて絵の女性だが、

 

とても長身のように見える。

 

 

今でいう、モデル体型とでもいうのか・・・・

 

 

顔もすっきりとした面立ちで、美しい。

 

 

きっと、当時のパリでは、

 

相当、美しい女性と噂されたことだろう。

 

 

なるほど、うなずける。

 

 

とても若く見えるが、

 

大人の女性としての魅力も醸し出している。

 

 

肩を出した淡い色のドレス、

 

手にはピンク色のケープを持ち、

 

 

頭には水仙の花の髪飾りを付け、

 

手にはすみれ色のバックを持っている。

 

 

なんと華やかで上品なのだろう。

 

 

社交界では注目の的だったに違いない。

 

 

この後、この女性はどんな生涯を送ったのか、

 

きっと、幸せな人生だったに違いない。

 

 

でも、本当のところはどうだったのだろう。

 

興味あるところだ。

 

 

今晩の

 

「ひとりぼっちのウォークマン」の旅は

 

この社交界の場に・・・・・