憧れの那須・北温泉に行っ て来た/衆議院選挙の結果を思う…
『憧れの那須・北温泉に行って来た』
かねて行きたいと憧れていた”秘湯”栃木県那須の北温泉に1泊2日で旅してきた。28日に衆議院選の前日投票をすませ29日に8時半の新幹線に乗り、新白河駅で下車。兄と合流してミニバンで、兄弟、姻戚など総勢8人。賑やかな旅だった。10時頃に駅に着いた。そのまま会津に向かうことになった。去年、白河から会津へのトンネルが開通して30分程で会津に抜けるという。車を運転する甥は「大内宿」に行ってみますかと提案したので、全員、速賛成。本当に会津はすぐそこで、正に魔法のトンネルに思えた。長い長い4㌔程のトンネルは着工から10年の歳月を要したというが、このような便利で国民が利用する道路は歓迎だ。
トンネルを抜けると15分ほどで、有名な茅葺屋根の大内宿。まるで映画のセットのように忽然と現れた。私は嬉しくなって、新格闘術五十嵐道場の五十嵐師範に電話した。「いま会津にいるんですけど…大内宿に。1時間ぐらいでまた白河に帰るんですどね。夢のように便利になりましたね」と。
昼飯を名物「ねぎそば」など其々がそばで満腹になってUターンした。そして1時間のうちに北温泉に到着していた。
北温泉は那須・茶臼岳の真下にあり。車で行っても宿までは、約1㌔程徒歩で行かねばならない。急勾配の坂道を…。登山者のために出来たものということで、坂道を転げるように歩くとやがて北温泉の全貌が見えて来た。なるほど宿というより、体裁の好い山小屋だ。切り立った崖の下に凛として佇んでいる。
山からは湯けむりを逞しく迸り、その流れが北温泉のお湯となる。天狗の湯は混浴で、庭には温泉プール、露天風呂。勿論プールも夜になると裸で泳げる。男も女も。
廊下はギイギイと鳴り響きかつ、迷路のようになっている。そして暗い。それが歴史の重みをずっしりと感じる。レトロの趣が、旅人を癒してくれる…私の亡き父が愛して止まなかった北温泉。私が4歳の夏に亡くなっている。その地を訪れる事が出来た。感慨深いものがある。
『衆議院選挙の結果を思う…』
我が家に帰宅したのは17時前。衆議院選挙の結果がやはり気になった。夕食後このブログを綴りながら、テレビの開票速報を追う。途中経過は予想通り民主党の候補が次々に勝ち名乗り。私も今回は民主党に投票した。28日、代々木上原駅前で、小選挙区候補長妻昭(民主)と立ち話。「民主が勝って政権を担うと、小沢一郎さんが掻き回して結局分裂するんじゃないの」と、私は苦言を呈したが、同氏は「それは大丈夫」とキッパリ言ったが、果たして。民主にも不満、不安があるものの、自民よりはまだまし、と民主党に投票した国民が多いのではないか。長期政権の澱み、派閥力学で総理総裁を決め、政治を動かしてきた…自民党のこの国民不在の政治が今日の惨敗を招いた。下野した自民党、政権党になった民主党、私は共に厳しく監視して行きたいと思う。
青島広志さんのコンサートを堪能/明治屋/すし勘/世界陸上 etc...
『青島広志さんのコンサートを堪能』
世界一受けたい授業(NTV)などで人気がある青島広志さん(演出・台本・ピアノ)プロデュースの「おしゃべりコンサート IN渋谷」”青い鳥はどこにいる!?”を妻と見に行って来た。(8月22日、3時 at渋谷CCレモンホール)
夏休み最後の土曜日とあって子供たちがいっぱいで、その子供たち、そして父兄を満足させるに十分だった。勿論私達夫妻も堪能した。ミュージカル仕立てで、しかも単なる観客ではなくて、共に合唱する観客参加型で会場は大いに盛り上がった。ピクニック(イギリス民謡)が随所に効果的唄われているのが素晴らしい。青島さんは東京芸大の先生だということだが、これほど優れた音楽教育はないだろう。
演奏者譜面台の全面に大きく名前を張り、且つ「どうして音楽家になったのか、またその楽器はいくら位するのか」といった質問応答の後は、本人に演奏してもらうという青島先生のアイデアもあり、見る者を飽きさせない。これなら子供達も音楽に興味を持つ。正に青島マジック!
更には壇上で父兄と子供に実際に指揮棒を振って、演奏してもらうという余興もあった。渋谷区の桑原区長も最後まで鑑賞していた。渋谷区は3年前から青島先生の、この催しを支援している。住民として大変嬉しい。
『すし勘』
余りにも心が満たされたので、帰りに久しぶりに代々木上原の「すし勘」に寄った。私は昼に仕事で使わせてもらっているが、妻と一緒にたべるのは約2年半振り。「やっぱりすし勘は夜に来るのがいいわね。この大人の雰囲気が好き」とのたまう。
カウンターに座り、私はビールをコップに1杯、ウイスキーの水割りを2杯飲んで、酒の肴は大間のまぐろに、白身魚の刺身。握りはサンマ、サバ、コハダに赤貝などを食べ、松茸の土瓶蒸しも頂いた。いかげその握りも甘いタレを付けて美味だった。妻はお酒のぬる燗、お銚子1本…すしは私とほぼ同じものを1貫づつ食べた。
満腹、幸せ。
『明治屋』
飲み会が続く…先週21日は、ZAPP!のデザイナー大井君とDVDの技術編集者西形君と、映像編集。なんとか全体像がはっきりして来た。11時間をオーバーしそうだ。破天荒なDVDになる。恐らく今後「日本ボクシング不滅の激闘史!」のようなDVDは発行されないであろう。
大井君と西形君、優秀な二人の若者と巡り合えたことで、今回のDVDが成功したと確信している。向上心のある有能な若者と一緒に仕事することは、私自身にとっても刺激になるし、喜びでもある。
神保町の「明治屋」に招待して、痛飲してしまった。
完成まであと半月、お互い頑張りましょう。
『世界陸上』
世界陸上の女子マラソンは最後まで見応えありました。尾崎好美さん、スマートな走りで、堂々2位。ゴール後の印象も爽やかで好感もてます。これからの女子マラソンは彼女を軸に回るでしょう。 それはともかく、あのカメラワークは頂けませんでした。あと1㌔辺りの地点で尾崎が中国選手に抜かれて、その差が視聴者は気になるのに、写されるのは尾崎ばかり。先頭の中国選手との距離の差は皆目分からない。イライラしたのは私だけではあるまい。TBSが中継しているがこれは国際映像で、恐らくドイツの放送局が担当しているに違いないが、お粗末過ぎた。せっかくの見せ場に水を差した。
『etc...』
貴方はパチンコ&パチスロはしますか?パチスロ「侍ジャイアンツ2」(ニューギン)が全国のホールで公開されています。原作:梶原一騎、漫画:井上コオの著名な作品です。これ、弊社が窓口で纏めたコンテンツです。
どうぞお試しください!
暑気払いの宴を賑やかに/露地栽培西瓜の恩返し
『暑気払いの宴を賑やかに』
14日夜はアオバ企画高橋専務の招待で暑気払い。ホテルニーュオータニのロビーガーデンに、ザップの白金社長夫妻、女性従業員6人と私で賑やかな宴会だった。飲み放題、食べ放題という、所謂バイキング。若いお嬢さん方の明るい会話を聞くだけも、酒は旨いというもの。赤ワインを3杯もやってしまった。ふらつきながら地下鉄で帰って来た。本格的な夏に戻っての、暑い夜に楽しいひと時だった。
『露地栽培西瓜の恩返し』
15日、ウォーキングと体操に大山公園に向かう途中、林真理子さん宅の前を通ったら本人が出てきた。ハイヤーが来て何やら大きなバックを積み込み、旅行に出かける様子。以前に比べ、スリムになったように見える。毎日必ずお宅の前を通るのに、姿を見ることはほとんどない。
拙宅の周りには森山良子、市毛良枝、土屋アンナさんが住んでいるが、皆忙しいので姿を目にする機会が少ない。市毛さんはたまにお母さんを介護して、車で出かける所をお見受けするが…。同じ町内だけにテレビなどで見るとなんとなく親近感を覚える。
先般TBSの「官僚たちの夏」のドラマを見ていたら、市毛さんが出演していて、味のあるいい役者さんになったなぁと実感した。お嫁にしたい、タレントNO.1といわれた頃よりもずーっとだ。
旧盆もあっという間に終わり、なんとなく過ぎゆく夏といった風情。露地栽培の畑の竿の先に、赤とんぼが止まっていた。都会のど真ん中の”小さい秋”見つけて、ふる里の風景をしのぶ。結局、お盆にふる里には帰れなかった。
早朝のラジオ体操も蝉の声が梢でかしましい。蝉の合唱を聴きながらの体操も、心地好い。老若男女が夏の陽を浴びて元気に1日を、体操で始まる…平和そのものである。15日は終戦記念日、暑い暑い1日だった。
先日収穫した西瓜は、びくびくしながら妻が包丁を入れた。心配で私は固唾を飲んで見守った。瞬間、妻は「スパッと割れるから大丈夫かも」と、二つに割れた。赤く熟れた中身が目に飛び込んで来た。「やった!」思わず心の叫び。
食後のデザートに早速食べた。1口食べて思わず妻と顔を見合わせた。「旨い」。かくて生涯初めて栽培した西瓜は、無事成功だ。愛情を込めて作業した結果の西瓜の、私への恩返しと理解する。野菜も、子供も同じ。真に愛情をもって育め、非行に走ることもなければ、親を殺すような事もない。
野菜から私は、大切なものを学んだ様な気がする。
暑気払いの主役の山ちゃん。飲んで喋って宴をもりあげた。
暑気払いにて、ザップの社長夫妻と従業員のお嬢さんたち
(※高橋専務と私はすっかりご満悦)
露地栽培で初収穫した、真っ赤に熟れた西瓜。
DVDの編集作業に没頭する日々/暑い夏、検診、露地栽培
『DVDの編集作業に没頭する日々』
DVD「日本ボクシング不滅の激闘史!」(TBS発売)の編集作業もハードになって来た。連日部屋に籠って目下、インタビューした映像の調整作業。なにしろ藤猛、輪島功一、具志堅用高、畑山隆則と歴史的なスーパースター4人だけに、いずれも珠玉の語りで「何処を生かして、何処の部分をカットするか」といった作業が難しいのだ。画面とタイムレコーダーとをにらめっこして、戻したり進めたりを何べんも繰り返す。根気の要る仕事だ。時間に制約があるので、あれもこれも入れるというわけにはいかない。残念なことだが…。
彼らのインタビューを聞けば、よりDVD鑑賞が楽しめるというもの。時空を超えて、伝説のチャンピオン達はよく喋ってくれました。これも特典です。
例ば、藤猛が「オカヤマのオバチャン、カッテモ、カブッテモオヨ」と王座奪取後、カタコトの日本語で語ったことが一躍有名になった。どうゆう具合で、その言葉が出てきたのかその真相も明らかになる。世に喧伝されているものとは違うものだ。ともかく4巻セット、11時間に及ぶ大長編DVDだけに、11月4日の発売まで道のりは険しい。それでも暑い夏に涼しい部屋で、好きな仕事ができることは幸せである。
『暑い夏、検診、露地栽培』
7日は定期健診で東京医大病院へ。3ヵ月に1度簡単な問診に行くのだが、脳梗塞に倒れてから3年、今は血圧も平常値で、先生からも順調ですね、といわれた。丁度3年前の今頃暑い日に、合羽を着て代々木公園をウォーキングした。無茶をやった。それが引き金となった。水を補給すればよかったのだが。以来何処に出かけるのにも、ペットボトルは離せない。皆さんも夏は、大量に水を飲んでください。目安は1日2リットルです。こまめに飲むことが体にいいと言います。
露地栽培も胡瓜、茄子が終わり、大根、キャベツの種蒔きと何かとせわしい農作業が続きます。そんな中、西瓜が大きくなって来ました。毎日覗くのが楽しみです。西瓜は3個実を付けて、2個はまだテニスボール程ですが、よくぞ遅れて実になってくれたと、感謝しています。トウモロコシもやっとそれなりに形になって、果たして食べらるようになるのか…。
ヨネクラジムに米倉会長を訪問、思わぬ応対に感激の極み…
ヨネクラジムに行った(7月30日)。何年振りのことだろう…普段でも目白駅に降りることはないので、駅の変わりようには驚いた。多分、25~26年位は経っているだろうか、ジムへの方向はなんとなく分かるが念のため交番で聞いた。 なんと線路を跨いで、歩道用の立派な橋が出来ていた。橋を渡るとヨネクラジムだった。
昔と変わらないたたずまい。懐かしい。この日も東京は猛暑で、汗だくで辿りついた。3時頃、米倉会長はそんな中、選手を指導していた。短パンにTシャツ姿で、私を迎えてくれたのだが、顔から汗が吹き出して、シャツはぐしょぐしょに濡れていた。「暑いですねぇ、上着をぬいてください。二階に行きましょう、涼しいから…」
二階の会長室はパネルが所狭しと飾ってあった。ペレスとの調印式のものがデスクに立てかけてあった。パスカル・ペレス、白井義男からタイトルを奪った選手。米倉会長は昭和34年8月、このペレスに挑戦して判定負けした。「若き日の会長ですね。」と指をさすと、会長はニッコリほほ笑んだ。「もう75歳ですよ。」
昔話をしたあとで、やっと私は今日の用件を切りだした。先刻手紙は認めていたのだが、この度TBSから発売されるDVD「日本ボクシング不滅の激闘史!」の制作委員会のメンバーをお願いしたいと。なにせ11時間にも及ぶ謂わば日本のボクシング史である。ご指導、ご協力を仰がなければいい作品はできない。その旨をお話したら、快諾を賜った。
特に白井義男さんの映像の話に触れると、「カーン博士に私も良くしてもらいましたからねぇ、DVDが楽しみだよ。白井夫人とは昔から懇意にしているから、いろいろ思い出も多いですよ。夫人も嬉しいでしょう。」
それからカーン博士の人間性に及び「日本のボクシングを”打たれずに、打つ”近代戦法に変えたのは、紛れもなくカーン博士。白井さんもカーンさんと巡り合えなかったら、世界チャンピオンになれなかった。カーンさんも、白井さんに巡り合えて、夢を実現できた…本当に二人三脚で掴んだ世界王座でした。」
話の間中、時折、トレーナーとなにやらやりとり。「すみませんねぇ、いま駅前までアイスコーヒーを買いに行かせたので、もう少し待ってください。何分男所帯なもんで。」私は恐縮した。聞けば一昨日(7月28日)に南アから帰国したばかりだという。嶋田の世界タイトル挑戦で。嶋田は2回にスリップダウンした折に、左足太ももを痛めたのが響いて判定負けした、という。まだ時差ボケが残っているよ としきりに首を振っていた。そんな折の訪問、悪い気がした。
過去に柴田国明、ガッツ石松、中島成雄、大橋秀行、川島郭志と5人の世界王者を育てた米倉会長に、かくも丁重に応対されるとは、恐縮千番。ついつい長くお喋りしてしまった。挙句の果ては、線路沿いの近道を駅まで会長が送ってくれた。私が「脳梗塞」を患った事に触れたことで、心配したのかも知れない。駅まで7~8分炎天下、会長と昔話に耽った。忘れ得ぬ出来事になった。
感激したのはいうまでもない。手を振ってお別れした。
何ともいえない幸せな気分に浸った。
これもDVDがとりもつ縁だから、と肝に命じる。
杉浦滋男さんの墓参り・故郷の夏/「大沢食堂」に著名人が集まるわけ/夏祭りを愉しむ
告知
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空前絶後のDVD4巻BOX…660分に!
「日本ボクシング不滅の激闘史!」
VOL.1「日本初の世界王者誕生」180min。
VOL.2「百花繚乱の40年代」120min
VOL.3「カンムリワシ降臨」180min
VOL.4「畑山時代到来」180min
定価:18,000円、
発売日:11月4日、
発売元:TBS、
販社:TCエンタテインメント。
特典①:日本ボクシング小史
特典②:ボクシング・レジェンドTシャツ
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『杉浦滋男さんの墓参り』
夏、真っ盛り…ギラギラ、燃えるような太陽が照りつけると、思わず童心に還ります。故郷(福島)の夏休みの頃を懐かしく思いだします。家の前に鮫川が流れ、川ガキだった僕ら姉妹は朝から晩まで、川で遊んでいました。真黒に日焼けして、腹が空けば、オニギリに味噌をつけ、裏の畑で採った胡瓜を丸かじり。疲れれば畳の上にゴロリと寝て、目を覚ましたらまた川に入る日々。トウモロコシ、西瓜、蝉の鳴く声、そして花火…もう遠い日の、セピア色の過去になりました。まもなく旧盆が来ます。♯帰ろかかな~帰るのよそうかな~ 東京は14~16日がお盆で、私も亡き親友のお墓参りに行ってきました。テレビ東京アナウンサーだった杉浦滋男さんのお墓がある本郷は東大前の喜福寺へ。やっと約束が果たせました。
もうお亡くなりになって、ずいぶん経つというのに、葬式の日以来初めてです。墓前で謝りました。お花と故人が大好きだったビールを手にして。東京12チャンネル時代にキックボクシングの中継でアナウンサーと解説ということでコンビを組みました。私のへたな解説を毎回助けてくれました。試合が終わるとよく新宿に出かけて飲みました。ビールが兎に角好きで、華奢な体なのにいつも4~5本飲み、肴は定番のスタミナ丼というやつでした。マグロの赤身に山芋、生卵、オクラをかき混ぜる料理。「これだけ食べていれば大丈夫だよ、フナキさん!」いつもそう言って笑っていた杉浦さんでした。
アリ×フォアマン、アリ×フレイジャーなど、良き時代のヘビー級の世界タイトル戦はコトゴトク杉浦さんが実況していていました。豊富な知識と話術は他の追随を許しませんでした。
10分ほど墓に向かって語りかけて御暇しましたが、当日は今年一番の暑さで、故人を偲びつつ春日町まで歩いてきました。杉さん、またお話に行きます。待ってて下さい。
『"大沢食堂"に著名人が集まるわけ』
久し振りに「大沢食堂」へ行ってきました。元日本スポーツで一緒の加賀屋金二郎さんと。毎月一回、飲み会をやっているのですが、「今回は大沢食堂にしようよ。プレジデントに大沢食堂が紹介されているから。舟木さん大沢さんを知っているでしょう…」という先輩のリクエストで行くことに。
先輩は雑誌持参。紹介文を書いているのは、”ツチヤの口車”(週刊文春)の連載でお馴染みお茶の水女子大教授土屋賢二氏。皆さん、本を買って見てください。土屋教授はよく食べにくるという。"おくりびと”の脚本家・小山薫堂さんや作詞家・秋元康さん(川の流れのようにで有名)などの著名人は一様に大沢食堂を「余り他人には教えたくない店」と語っていることだ。
伝説の男”小さな巨人”大沢昇が作る料理を味わうだけでも恐れ多いのだが、我々は餃子、レバニラ炒めなどを食べたが、塩分が少なくとてもヘルシーで私のような高血圧もちの身には美味しく頂けた。評判の激辛カレーは食べたかったが敢えて外した。血圧が心配だから。忙しそうなので、極力話も避けた。
かつて大山総裁が私に、ポツリとこぼした言葉が今も印象に残っている。「藤平(大沢の本名)を黒崎(健時)に取られたことが、私の人生で最大の失敗だった」
かように偉大なる人が黙々と料理を作り、皆を喜ばせている…頭が下がる、人生は奥が深い。
『夏祭りを愉しむ』
18、19日は地元西原商店街の夏祭り。カラオケ大会には知人が大挙出演。私はビデオをまわした。
26日は上原商店街の夏祭り、例年雨に祟られる祭りも今年は炎天下、夜になっても熱帯夜で遅くまで賑わった。私夫婦と友人知人と、出店で杯を重ねた。夏の夜を心行くまで愉しんだ。盆踊りも盛大だった。ゆかた姿の、盆踊りは日本人の心のふるさとだ、とつくづく思う。
上原商店街の夏祭り。好天に恵まれ賑わった。
大沢食堂の帰り居酒屋「加賀屋」に立ち寄る。先輩と同名なので記念にパチリ。
煮込みが旨かったが店員は恐ろしいほど無愛想だった。
加賀屋氏は会社にいた頃よく通ったと懐かしむ・・・
「ボクシング・ワールド」が誌名を変えて復刊の報/注目のDVD「日本ボクシング不滅の激闘史」の全貌
『"ボクシング・ワールド"が誌名を変えて復刊の報』
休刊していた「ボクシング・ワールド」が誌名を「ボクシング・ビート」(BOXING BEAT)に変えて再スタートを切った。1ヵ月休刊しただけで7月15日には全国の書店に並んだ。
私が創刊した誌名は「ワールド・ボクシング」だった。名前は二転三転したが、この出版不況の中で何はともあれ生き残っているのは前田衷編集長が、命を賭してがんばっているからだ。同氏は「ワールド時代に好評だったスタイルはそのまま継続するなど、文字通り激動するボクシング界をリードする専門誌を目指していく所存です。」と抱負を語っている。
発行元が(株)フィットネススポーツに変わったが、編集スタッフは変わらない。伝統の「ワールド」編集部が完全復活した。私も微力ながら応援したい。復刊おめでとう!皆さんも「BOXING BEAT」をご愛読くださるようお願い致します。そして、編集部の熱い思いを共有してくだい。
お問合せ:03-5834-0830(MACC出版編集部)
『注目のDVD "日本ボクシング不滅の激闘史!"の全貌』
~全4巻BOX/7時間にわたるスーパースターの競演!~
かねてからお伝えしているボクシングDVDの告知が解禁になったのでお知らせします。題名は「日本ボクシング不滅の激闘史!」~白井義男、F原田、藤猛、輪島功一から具志堅用高、畑山隆則まで~
全4巻BOX(各巻約180分)で7時間に及ぶ豪華絢爛、スーパースターたちの競演です。中でも白井義男、金子繁治さんの映像は両家の全面的な協力を得て、未公開の貴重な映像がふんだん見られます。空前絶後の映像によるボクシング史でもあります。藤、輪島、具志堅、畑山の特別インタビューも見所です。TBSの膨大な映像の中から選りすぐりの試合を全4巻に凝縮した、まさに”ボクシングのアーカイブ”であります。
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空前絶後のDVD4巻BOX…660分に!
「日本ボクシング不滅の激闘史!」
VOL.1「日本初の世界王者誕生」180min。
VOL.2「百花繚乱の40年代」160min
VOL.3「カンムリワシ降臨」180min
VOL.4「畑山時代到来」180min
定価:18,000円、
発売日:11月4日、
発売元:TBS、
販社:TCエンタテインメント。
特典①:日本ボクシング小史
特典②:ボクシング・レジェンドTシャツ
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アッパーが制作&プロデュースするからには、後世に残す「ボクシングの文化遺産」と心がけて、私も一生一代の事業として、取り組む所存であります。素材も揃って、インタビューも終わり、で、いよいよ編集に取り掛かる…。
入魂の「日本ボクシング不滅の激闘史!」にご期待ください。尚、アッパーでも予約申込の受付をする予定です。後日また、この欄で告知致します。
梅雨が明けて、暑い日が続きます。
皆様には熱中症にかかりませぬよう
くれぐれも、ご自愛願います。
『日本ボクシング不滅の激闘史』全4巻BOX
人生の送りもの/飲み会/藤猛さんに会いに水戸へ
『人生の送りもの』
季節がら頂き物をする。何もお礼できないのに、と申し訳なく思う。会社勤めをしていた頃から、アッパーを興して更に現在に至るまで…ずーっと変わらず。
伊原プロモーション伊原信一社長からは青森の山芋を沢山頂く。A級のもので、一般の八百屋さんでは滅多にお目にかかれないというもの。飲食店を営む知り合いも、心待ちにしている。私は長芋を1㌢程の輪切りにして、網で焼いてビールのつまみにする。粗塩をパラパラと振って食べる。これがビールによく合う。勿論、麦ご飯にかけて食べるのも美味しい。少々食べ過ぎるので困るが。大阪のS館本部の館長と代行からもアッパーを興して以来、飲み物とお菓子ご恵送頂く。私を励ましてくれているのだと感謝して、心で拝むのだ。
年々歳々、時はめぐり…多くの人に背中を押されなながら人は生きてゆく…。
『飲み会』
8日は文京区春日の「遠州屋」で飲み会。ネットを手伝ってくれる藤原章子さん兄妹と、そのお友達で、仕事で来日中のオーストリア人、エヴァさんと私の4人。エヴァさんとは二度目の飲み会となるが、日本語がペラペラで、焼き鳥が大好き。「遠州屋」は会社勤めをしていた頃、よく通った。もつ焼きも旨い。
エヴァさんは皮が好きで、美味しいといってはよく飲んで食べ、よく喋る。納豆、牛刺しなんでも大丈夫で、ホンに変なガイジンなのだ。オーストリアで合宿をしていた日本オリンピックのスキー選手団とも顔見知りで、TV局や雑誌などの通訳やコーディネーターもこなすという有能な女性である。
国籍を越えた飲み会もまた一味違って、大いに満足した。
『藤猛さんに会いに水戸へ』
10日はスーパーひたちに乗って茨城の水戸市まで、映像カメラマンと二人で出かけた。あのハンマーパンチ、藤猛さんに会うために。
今はひっそりと水戸でアマチュアにボクシングを教えている。水戸駅からタクシーで5、6分道路沿いの水戸ボクシングスクールがある。前もって電話して置いたので入口近くに椅子に凭れて、待っていてくれた。
紛れもなく一世を風靡した、笑顔がそこにあった。懐かしい。「岡山のオバチャン、大和魂ネ、カッテモカブッテモオヨ」の台詞が甦る…。
今回のDVDが縁で、久しく会わなかったかつてのスーパースターたちに逢えるのだ。編集者冥利に尽きる。タイトルを奪ったロポポロ戦、引退後の生活、そして現在と約60分、私がインタビューした。藤さんはとても優しく答えてくれた。当年69歳だという。帰りに水戸納豆のお土産まで用意してくれていた。日本語も大分流暢になっていた。名残惜しかった。駅まで車で送ってくれた。
「また来てね」彼の別れの言葉は妙に心に響いた。「藤さんもがんばってね」私も応えた。
帰りの車中は、ずーっと藤さんの現役時代のファイトを回想していた。
私の青春時代でもある。 素晴らしきかな人生!
エヴァさん、藤原兄妹、私。
春日町の「遠州屋」で盛り上がる
F原田、具志堅会長、2人の伝説の人に会う/週末はリサイタルと充実の1週間
充実の1週間 『F原田 具志堅会長 2人の伝説の人に会う』
先週もDVDの製作準備で奔走した。1日はファイテング原田ジムに出向いた。横浜市の中川というところで、初めて行く場所なので、どんなに遠い所かと思ったら意外に近かった。表参道から半蔵門線(東急田園都市線)であざみ野まで出て、市営に乗り換えて一駅。急行に乗ると凡そ30分でジムに着いてしまう。原田会長といえば現日本プロボクシング協会の会長である。現役時代はフライ、バンタム二階級を制覇した伝説の人で、驚くなかれジョフレ戦の1、2戦の視聴率は70%に迫るもので、いまもスポーツ部門では破られていない不滅の記録。
おん歳66だが、いつも若々しい。今回のボクシングDVDには協会の協力が欠かせない。原田会長とは以前から顔馴染みだが、じっくり腰を落ち着けて語り合うことは余りない。DVDの協力依頼はもとより、伝説の人と四方山話をすることの方が愉しみだった。原田会長は饒舌で、私が興味ある試合について質問すると何でも答えてくれた。2時間ほど事務所で語り合った。DVDがきっかけで、偉大な人とも会える。 私は幸せ者である。
10日には、カンムリワシ具志堅用高さんのインタビューで西永福の白井・具志堅ジムに訪ねた。具志堅会長とは旧知の間柄だ。それでも最近は疎縁になっているので、元気に活躍している姿を見るとやはり嬉しい。当日は後楽園ホールで新人王の試合あるという慌ただしい中、快くインタビューに応じてくれたが、肝心の聞き手を頼んだ方が時間を間違えた。結局、後楽園ホールで当日4時から仕切り直しとなった。
タイトルを獲ったグスマン戦から、14度の防衛戦まで詳しく訊ねて、具志堅会長も丁寧に応じてくれた。いいDVDが出来る…確かな手応えを感じる。皆協力してくれるから。
充実の1週間 『週末はリサイタル』
11日は地元のHAKUJU HALLに、高田あずみ&はるみ姉妹のヴァイオリン・デュオ・リサイタルに妻と出掛けた。
姉のあずみさんとは、家族ぐるみのお付き合い。ご主人が料理店を経営する。
音楽は何故か心を豊かにしてくれる。満足して帰宅した。充実の1週間だった。
ボクシングDVDの製作で畑山&輪島両氏をインタビューした結果は…
DVDの製作も本格的に動き出した。26日は畑山隆則、輪島功一両氏をインタビューした。
畑山さんは御存じ元スーパーフェザーと、ライト級二階級を制覇したプロボクシングの世界チャンピオン。引退した後はK-1MAXの解説や、竹原慎二と共同でT&Hなるアマチュア向けのボクシングジムを経営している。そのジムがある新宿のスポーツ会館に伺った。DVDに収めるためのインタビューで、試合を振りかえり「今だから話せること」をお訊きした。
インタビュアーは元デイリースポーツ、ボクシング担当芦沢清一さんにお願いした。タイトルを奪った崔戦、二階級征覇となったセラノ戦は勿論だが、私が今なお強烈な印象を持つ坂本博之との死闘を、より突っ込んで訊きたかった。
ご本人も坂本戦には熱い思いが込めらていて興味深く聞いた。あの試合は勝ち負けを超えた、ボクサー同士の男の矜持(プライド)を賭けた戦いだったと…。ボディーに受けた坂本のパンチの痛さは、今も深く心の奥底に残っているという。
この試合で畑山選手は、完全に燃え尽きてしまい次のロルシー戦は闘う意欲が無くなっていたとも。結局王座を陥落することになるが、この試合のファイトマネーは1億円だったことも明らかにする。内容のあるインタビューが出来たと自負している。
次に向かったのは西荻窪の輪島ジム。聞き手は前田衷さん(ボクシング・ワールド編集長)で、タイトルを獲ったボッシからドノバンまでを重点的に尋ねた。時に人生論を交えて輪島節は淀みなく、勝負論としても大いに参考になるものだった。身長、リーチで劣るものが勝つため方法としてあみだしたカエル跳び。インタビュー後に、改めて試合を見るとまた新しい発見、趣があった。
2度王座返り咲き、3度王座獲得の伝説のボクサー輪島さんと、気軽に会うことができるのも私がゴングやワールド・ボクシングで、編集の仕事をしてたお陰だ。
兎に角、4巻セット/7時間に及ぶ大全集だけに私の責任も重い。素材も未公開のフイルムなどもあり相当重厚なDVDになると私自信も楽しみにしている。私の集大成でもある。間もなくその全貌が明らかになると思います。乞う、ご期待。
”炎の男” 輪島功一さんと

















