舟木昭太郎の日々つれづれ -88ページ目

NHK「龍馬伝」香川照之の演技光る/アンコウ鍋なら「豊田屋」お勧め

NHK「龍馬伝」香川照之の演技光る 
 時の流れはまっこと速いぜよ…大晦日が来て、正月が来て、あっという間に松飾が取れた。光陰矢の如しどころではない、光以上のスピードを感じる。もう12月のゴールに向かって走り出した。虎は千里を走るからと言って、焦るなよと己に言い聞かせる。これも歳のせいだろう、か。加速が付いている感じ。

 静かに、しかし忙しなく私の2010年のスタートを切った。
 
 NHK今年の大河ドラマ「龍馬伝」を見た。名もなき若者が「龍」に成長していく青春群像劇…がキャッチコピー。第1回は「下士対上士」。冒頭、三菱財閥の基礎を創った岩崎弥太郎を登場させ、坂本龍馬を回想させる。物語の導入手法としては、これは巧いと思う。兎に角、岩崎弥太郎役の香川照之が光る。「坂の上の雲」の正岡子規役もそうだが、迫真の演技で観る者を引きつける。今私が最も注目する役者さんである。

 
 勿論、龍馬役の福山雅治も新鮮な龍馬像を演じている。1回の下士対上士は、土佐藩の下級武士の悲惨な状況をわかりやすく見せている。そうした下士たちの蓄積した不満が脱藩、政変へのエネルギーになったと…。脚本・福田靖、演出・大友啓史のコンビは、躍動感溢れるドラマ展開で楽しませてくれる。

 

大友氏は「ハゲタカ」で外資による企業買収の凄まじさを、圧倒的な迫力で表現した。その斬新な演出が随所に生かされていると思う。日曜日の夜、杯を重ねながらの楽しみが出来た。一週間の終わりのささやかな、私の幸せだ。
 脇役陣の広末涼子、寺島しのぶらも活き活きしている。


アンコウ鍋なら「豊田屋」がお勧め 

 アンコウ鍋を食べにJR総武線の平井駅前に出かけた。9日17時、小倉社長、秋山さん、居酒屋ヒーローのママと私の4人。小倉社長の行きつけのお店だが、向かう「豊田屋」は安くて旨いと評判で、いつも満員で入れない、ということで1週間前に予約を取っておいた。

 
 なるほど、狭い店内(4人掛けテーブル4つ、20人掛けのカウンターのみ)は肩を寄せ合う客で、超満員。なるほどこれは凄いや!一人前1450円位、確かに安くボリームたっぷり。我々は3人前に、白子を2人前混載でオーダー。鍋から溢れそうな山盛り。
 
 食べるのが待ち遠しかった。私は樽酒(350円)を二杯飲んだ。嬉しかったのは、小さなパックに入った塩が付いてきたこと。檜の升酒に、塩をのせて飲む。旨いことといったら…牛煮込みも絶妙な味だった。さてメインデッシュのアンコウ鍋は野菜にしっかりアンコウの味が沁み込んでいた。
 小倉社長は黄色という名の、黄色焼酎を炭酸で割ったものを何杯も飲んでいた。ここではこれが人気があるようだった。

 
 アンコウ鍋は約30年前、有名な「伊勢源」という店で食べて以来だったが、「豊田屋」には満足した。次の先輩・加賀屋さんとの定例飲み会は、ここに決めよう。同行した皆さん、ありがとうございます。4人で〆て12000円也。満腹。
 4人以上なら必ず予約を、2人以内なら開店時間前に行くことをお勧めする。

豊田屋の前で同行してくださった皆さんと。
左より 小倉社長、私、秋山さん、井上ママ
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

鍋に山もりのアンコウ!
舟木昭太郎の日々つれづれ
 

『日本ボクシング不滅の激闘史絶賛発売中!!

Upper Official Siteへ

 


DYNAMITE!!石井慧には失望/除夜の鐘、元旦のお参り…

謹賀新年


未曾有の不況ですが「百年に一遍のピンチは、

百年に一遍のチャンスです」(邱永漢)とも。
負けずに頑張りましょう!トラ!トラ!トラ!
読者の皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。


                       平成22年元旦
 

『DYNAMITE!!石井慧には失望』
 大晦日のDYNAMITE!!2009「勇気のチカラ」。私が注目した石井慧の総合格闘技デビューは、期待に反するものだった。吉田秀彦に手も足も出ず完敗。北京五輪金メダリストの片鱗は少しも見られなかった。はっきりいってその前途は多難と言わざるをえない。
 さしずめ吉田は格闘技の門に立つ仁王像。結局、石井は門前払いされた。本当に彼はこの先総合をやって行くのだろうか?とにかく心持とない。
 対戦した吉田は全盛期の肉体には程遠い。特に上半身は弛緩して、およそ戦うそれではない。なのに石井は1Rにパンチでダウンを取られ、すっかり脅えてしまった。以後、蛇に睨まれた蛙だった。吉田にボコボコに。石井にはやられたら、やり返す気魄が全く感じられなかった。判定負けだが内容は惨敗だ。吉田が総合に転向した時の、あのすさまじい闘争心と比較して、なんとも、不甲斐ない石井であった。いまさらながら吉田秀彦の資質の偉大さを感じた。
  
 魔娑斗はサワーを相手にファイナルマッチ。5ラウンド、完全燃焼した。サワーからダウンも奪い宿敵に一矢報いた。
 二人の持ち味を十分に出して中身のある試合に満足。
 いい試合を沢山見せてくれて魔娑斗よ、ありがとう。
 さて、魔娑斗のいないK-1MAXなんて…とならないように残された選手の奮起を望む。
 
『除夜の鐘、元旦のお参り…』
 大晦日はDYNAMITE!!を見て、所々紅白を見て11時半に雲照寺に鐘突きに家内と並ぶ。0時、ゴーンと鳴る。厳粛な音が元旦の夜のしじまに響き渡る。私はこの瞬間がたまらなく好きだ。日本人生まれて良かったと感じる。
 雲照寺から代々木八幡宮に向かう。1時前だというのにもう長い行列。我々夫婦も30分、元旦の寒空に並ぶ。2年後、創建800年になる同宮は、我が家の氏神である。ここの境内に立つと、何故か身が引き締まる。今年も「ありがとうございます」とだけお参りした。お御籤は「吉」だった。

 

 倅が出向先の京都から29日深夜帰って来た。風邪を引いて2日間寝込んでしまったが、大晦日は治って一家3人揃った。
 ふぐ刺し、てっちりで一年の〆。ヒレ酒を飲みすぎた。倅も珍しくビールを飲む。一年、家族が健康で過ごせたことが幸せだと酔いに任せて、なんとなく感謝する。

 
 元旦から家内が故郷の大分に、還暦祝いの同級会に出かけて倅と二人。倅は2日深夜バスで京都に帰るという。バスの時間まで代々木上原駅前に食事に行く。どこも開いていなくて、やっと開いていた「食道楽」という店を見つけた。カウンターとテーブルが一つとのこじんまりした店で、客は我々親子だけ。正月にこんな静けさの中で、酒を酌み交わすとは法外な贅沢。倅とこんなひと時を過ごすなんて。

 
 カウンターの中は御主人だけ…天ぷら、おばんざい、酒の肴はそれで十分だった。とりとめのない話しだったけど、幸せとはこういうものかと実感。〆て7000円。お礼に1000円のチップ。倅は23時半頃の高速バスで京都に帰った。

その晩は独りぼっちの正月だった…。

 

元旦、八幡神宮にお参り
舟木昭太郎の日々つれづれ
  
京王線幡ヶ谷駅前陸橋から元旦の富士山を見る
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

『日本ボクシング不滅の激闘史絶賛発売中!!

Upper Official Siteへ

 

 

大晦日、あなたは「歌の力」と「勇気のチカラ」どっち!

 いよいよ今年のファイナルラウンド!
 当ブログも'09年の納めとなります。
 今年1年、ご愛読下さいました皆様に感謝申し上げます。
 
 大晦日は格闘技界でのビックイベント、「DYNAMITE!!勇気のチカラ2009」(さいたまアリーナ)が開催されます。
 今年は魔娑斗の引退マッチや、石井慧のオリンピック柔道ゴールドメダリストの総合格闘技デビュー戦もあり必見だ。
 魔娑斗はアンディー・サワーと、石井は吉田秀彦といきなり激突する。山本KIDも出場。見どころいっぱいだ。
 今回は、DREAM×戦極SRCの対抗戦も大きな話題。
 魔娑斗のラストマッチの相手サワーは手強い。ラウンドも5Rになり両選手の持ち味を十分に発揮出来よう。魔娑斗の勇姿を脳裏に焼き付けて欲しい。K-1に今後めったに現れないであろう逸材であるからして。
 私が関心があるのはむしろ石井慧。北京五輪の柔道王が、総合格闘技でいかに変身しているのかが、吉田戦で明らかになる。吉田も五輪の金メダリスト。しかも総合でのキャリアは華々しい。転身してなお成功を収めている。この大先輩を相手に初陣のリングを踏む。石井の総合転身の是非の答えもほぼこの吉田との一戦で出る。吉と出るか…。
 試合の模様はTBSが放映する。「勇気のチカラ」を看板に。一方NHKの紅白歌合戦は「歌の力」。
 さて、大晦日はどちらを見ますか。私は困っています。カラオケも行っているし、紅白も見たいしなぁーと。
 
 今年一年、あなたにとってはどんな年でしたか。私にとっては良い年でした。念願だったDVD「日本ボクシング不滅の激闘史」(4巻BOX)がTBSからリリースされ、自分の手で企画・監修できたことです。白井義男、藤猛から輪島功一、具志堅用高、畑山隆則までの凡そ11時間の映像のボクシング史です。
 恐らくこのようなボクシングDVDは二度と出ないと思われる。歴史に名を残す仕事が出来たことは男の本懐とするところであります。だから今年は良い年でした。来年も後世に残るような仕事をしたいと思います。挑戦する心を失わずに…。
 いい仕事ができるのには、健康が第一。今年1年持続した5時起きの速歩&ラジオ体操を来年も休まず続けるつもりです。
  
 皆さんにとっても来るべき新年が、健康で希望に満ちた一年でありますことを心からお祈り致します。
 平成21年よ、ありがとう!
 そしてさようなら!

 

我が家の近所にある雲照寺の鐘。除夜に毎年つきに行く


舟木昭太郎の日々つれづれ
 

カラオケ仲間と。1年間お世話になりました
舟木昭太郎の日々つれづれ

『日本ボクシング不滅の激闘史絶賛発売中!! Upper Official Siteへ  

師走の足音高く…デパートを考える/忘年会/長谷川穂積の防衛戦 etc...

『師走の足音高く…デパートを考える』
 師走の足音も、高くなって来た。人の動きが忙しない。いよいよ年の瀬。大掃除、年賀状…まだこれからだ。19日は家内と新宿に出た。お歳暮送らねば、と気にしながら何を贈ればいいのか思い悩む。こんなときはやはり男だけではだめだ。家内の助言を仰ぐことになる。便利になったものだ。電話番号のキーを叩くだけで瞬時に、住所が出て来る。

 
 それにしてもデパートは生き残れるのだろうか。年末商戦だというのに、Tデパーは混雑もなく平常と変わらない。そのあとに行った三丁目のユニクロは、老若男女で大賑わい。私共夫婦はいま評判のヒートテェックの下着や、ウォーキングのパンツなどを買ったが、〆て13,000円。買い物をして儲かった気分になるのだから、ユニクロ商法は偉い。若い店員たちの応対も気持ちがいい。しかも製品がしっかり出来ているので長持ちするから、安心して購入できる。フランス・パリにも進出して評判だそうだが、「良心、安心、廉価」を売り物にする会社は洋の東西を問わず繁盛する。ところで、巨艦デパートはどう生き残るのだろうか、私には展開が見えないのだが。
 

 昼食は中村屋。生ビール一杯、インドカリーを食べた。ここのカリーが我が家の最も馴染んだ味で、息子も京都から上京するや必ず指名する。いつもながら昼食時には駅の構内のような混雑振りだが、不思議なことに10分と待たせない。フロアー店員の接待が、テキパキしていて気持ちよい。発展し続ける企業は「客の身になって考える」と感心する。
 
 

『忘年会』

 19日の夜はすっぽん「田吾作」主人御夫妻に招待されて渋谷区富ヶ谷の台湾料理店「麗郷」で東京医科大学病院の医師ご家族と忘年会。麗郷の本店は道玄坂にありつとに有名な店だが、近年息子さんが支店を出店した。当店で私が好きなのは、柔らかく蒸した豚足。舌にとろけて、なんとも言えずデリシャス。料理が美味しいのでついつい飲んで、親方と紹興酒を3本空けた。二次会は幡ヶ谷の「マイ」でカラオケ。歌いまくる。
  親方は馴染みの長渕剛の「幸せになろうよ」、女将さんは「瞼の母」を中村美津子ばりにセリフを入れながら。医師先生は「長崎の鐘」、奥さんは「ブルーライトヨコハマ」(かつてショーケンと石田あゆみが同じマンションに住んでいた、というので)歌い、家内は「PRIDE」を、私は覚えたての「人恋酒場」を歌う。以降カラオケは盛り上がり歌は止まらず…気心を知れた仲間内の忘年会は、心から楽しめて燃焼できた。
  
 17日は明治屋でネットを1年間手伝ってくれた藤原章子さんとお兄さんとの3人で、忘年会。お兄さんはプロレスが詳しい方で、あれこれプロレス談義に花を咲かせる。最後に私の親父ギャグ。『馬場が好きなお菓子はな~んだ?猪木が飲む薬はな~んだ?』

『分からない?それはね...馬場が好きなのは"ババロア"、猪木が飲むのは"命(イノキ)の母-A"だよ!』と言ったら、笑われたのでありました。アッコちゃん来年もよろしくお願いします。
 
  
『長谷川穂積の防衛戦etc』
 長谷川穂積(真正)がWBC世界バンタム級の王座をA・ペレスを4RTKOして防衛した。これで連続10度防衛。具志堅の13度にあと3つと迫った。素晴らしい選手だ。特にショートレンジでの攻撃には目を見張るものがある。一瞬のうちに相手を倒してしまう。それでもなお具志堅選手のような、見応え、戦慄、感動を味わえないのは何故なのだろう。一過性のもので終わってしまうのだ。
    
 やはりその原因は対戦相手にあるのではないか…伝説となった強打のグスマン、曲者リオスなど、具志堅を襲った挑戦者達はどれも個性豊かでマスコミの注目を集めた。事実試合も予想に違わぬスリリングなものだった。これは金平正紀会長のマッチメークに負うところが大きいが、長谷川陣営ももう少しマッチメークに工夫を凝らしてはどうだろう。でないと、いつまでたっても、何度防衛を重ねても、脚光を浴びない。もったいないと思うのだ。具志堅の領域に到達するのは至難なことだが、防衛回数のみではなく技術的にも、更なる練磨を望む。
 因みにバンタム級の連続防衛記録はオーランド・カニザレス(米国)の16である。

 

 

大盛り上がりだったカラオケ大会

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

『日本ボクシング不滅の激闘史絶賛発売中!! Upper Official Siteへ

リアル・プロレスを観戦/ブログを見たという便り

『リアル・プロレスを観戦』
 10日は初代タイガーマスクの佐山聡さんが主催する「リアル・プロレス」の興行が後楽園ホールであった。招待されて見にいった。当日は豪華な顔触れで、同行した女性の方も大いに喜んでいた。ざっと名前を挙げただけでも、A大塚、鈴木みのる、Uドラゴン、高山善廣、長州力、藤波辰巳…これに初代タイガー。プロレス全盛時だったら大変なことだ。後楽園のキャパでは到底収まるまい。
 

 会場はほぼ満員で、観客は個性豊かな選手たちの試合に声援を送っていた。メインは長州、藤波、タイガー組対高山、長井、関本組の対戦。テーマ曲に乗って選手が次々に入場して来ると、会場には手拍子が湧き上がる。全盛期にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。そうえいば今回のテーマは「REVIVAL」…"復活"だった。佐山聡のプロレス復活への思いが確かに伝わってきた。
 
 もう一つ入口付近で新間寿さんにお会いした。ご存知プロレスの”仕掛け人”。新日本プロレスリングの黄金期に、過激に馬場全日本プロレスと渡り合った。その新間さん、小柄な連れの方を紹介してくれた。「キミ、知っているだろう。元ゴングの編集長舟木さん、プロレス全盛期のね」。
 連れの方は”春一番”さん、だった。アントニオ猪木の物まねで有名なタレント。早速試合の間に紹介されるや、リングに上がり、春一番版の"一、二、三、ダー!"をやって喝采を浴びた。
 

 夢よもう一度、プロレス人気が復活することを願っています。改めて佐山聡のプロデュース力に感嘆!皆さん、リアル・プロレスに注目ですよ。

 

 12日は小岩の泰耀寺にお墓参り。7月に義兄桜井賢一が亡くなっている。納骨は既に済ませてあるのだが長男・勝彦がメキシコ・ティファナにおり、この度帰国したのを機に墓参が実現。
 我が姉、次女美枝子も眠っている。夫に先立って49歳と若くして死去した。二人は時を経て、また同じ泉下に眠る。仲良く、安らかにと祈る。

 

 当日は前日とは打って変わり穏やかな晴天。田舎から出て来た兄、と在京の姉甥達と我が夫婦総勢10人で出かけた。無事焼香を済ませ昼食は、東京駅前の新丸ビル35階「モリタ屋」で京懐石。皇居を眼下に望みながら、里帰りした勝彦を囲み憩いのひ時を楽しむ。
 

 思えば勝彦は不憫だ。齢40歳で肉親が誰もいなくなった。一人っ子の宿命で、こういう状況はある日突然起こりえる。我が家も一人っ子だ…。酷なようだが運命と立ち向かって生きて行かなければならない。己のために。「暗闇を憂うることなかれ。ただ一灯を頼め。」(佐藤一斎)…不幸を他人のせいにしないで生きなさい。、頼りになるのは自分だ。だから己を磨け―。
 

 余談だがメキシコでは亀田兄弟が人気だという。意外な気もするが、末弟の和毅が当地でデビューしたり亀田兄弟の第二の故郷になっている。異国でがんばる彼らをメキシカンは愛おしいと思ったのだろう。ティファナで暮らす甥勝彦の、現地情報である。

 

『ブログを見たという便り』
 ネットというものは誰が見ているか分からない。私の稚拙なブログも、思いがけない人から「見ました」とお便りを受ける。先日、杉浦秀子さんからお菓子に短いメッ
セージを添えて拙宅に届いた。杉浦さんは、あの格闘技の名アナウンサー、杉浦滋男さん(故人)の御夫人。7月、私が御主人の眠る本郷のお墓りに行ったことをこのブログで載せた。
 これを見たという。12月7日が同氏の命日。「内輪で無事13回忌を終えました」と。恐縮した。キックボクシングで私が解説者で杉浦さんが、アナウンサーとして12チャンネル(現テレビ東京)でコンビを組んだ。亡くなって13年…もうそんなになった。感慨深い。

 奥様、心のこもる美味しいお菓子とお便りを有難うございました。

 

Upper Official Siteへ


K-1GP2009決勝戦で思うこと…/ムエタイの英雄シリモンコン死す

『K-1GP2009決勝戦で思うこと…』
 K-1GP2009はセーム・シュルトが優勝がした。4度目の戴冠。既に引退しているホーストと並ぶ。決勝までの3試合はいずれも1RKO。決勝のボンヤスキーも鎧袖一触の破壊力。問題にしなかった。
 例えてシュルトはK-1のガリーバー。2㍍12㌢巨漢で、パンチも膝蹴りもある。まともな体調なら、崩せる相手ではない。オーフレイム、バダ・ハリは今回の試合を見る限り心もとない。アーツ、ホーネスト、佐竹、バンナ、シカテックらが凌ぎを削った初期のK-1が懐かしい。

 
 K-GPは11年から隔年開催になるようだが、今年のような緊迫感に欠けた試合を見せられると致し方がない気もする。「日はまた昇る」…そう祈りたい。

   
『ムエタイの英雄シリモンコン死す』
 訃報です。あのムエタイの英雄、シリモンコン・ルークシリパットさんが、死去したという。タイの友人マニット氏からの連絡。死亡の原因、正確な日時は不明。判明次第、続報をお伝えしたい。本当なら残念なことだ。同氏と最後に会ったのは、2007年9月、バンコクのホテルだった。「ムエタイ黄金時代」のDVDで収録するインタビューをお願いした。

 
 ’76年3月には、藤原敏男と対戦した。60年代を代表するスーパースター。一時東金ジムでキックボクシングのコーチを務めた。大の親日家で4年前最後に会った時も「日本にまた行きたい。僕が初めて友達になったのは、舟木さんです。ジム(ソータニクン)に取材に来て貴方と知り合いになりました」と通訳の滝沢幸治氏を通して、久しぶりに会った同氏は笑顔を絶やさず話してくれた。最近の仕事はジム会長の運転手などをして現役時代の華やかさに比べて、晩年は不遇だった。
 私の第二の故郷タイで、センサクに続いてまた一人、友人を失った。残念至極。ご冥福を祈ります。

 
   
 知人に招待されて赤坂の「ととや魚新」に行った。ミッシュラン☆1つの割烹料理店。店の看板は小さく、明りも暗いので見過ごして、私は通り過ぎてしまった。
 考えてみれば、この敢えて目立たぬようにはからう店主の思いが、店内に入り分かった。
 一言でいうと質素を旨とする…そんな主人の思いが伝わる。テーブルが3つ、それにカウンターだけのこじんまりとしたお店。雰囲気がある。

 
 その前進は魚屋だというが親方、女将、仲居さんの応対が凛として気持ちよい。料理は懐石で、刺身は口に優しく、十分な歯応え。量も適量。刺身の中では、クエが美味しかった。日本酒が思わず欲しくなり、冷酒を一杯。芋焼酎魔王をお湯割りで一杯。他に三品食したがいずれも満足。改めて足を運びたいお店だ。ミッシュランの舌と目は間違っていないと思う。料金もリーズナブルだ。詳しくはお店のHPで。

 

Upper Official Siteへ  

藤猛さんに再会した…/新王者亀田に望むもの

『藤猛さんに再会した…』 
 28日の週末は水戸市に出かけた。DVD「日本ボクシング不滅の激闘史」で藤猛さんにインタビューに伺って以来だ。

 今回の訪問は、目的が二つある。一つは藤さんへの御礼、一つはジムの世話役瀬川さんがDVDBOX7個(132,300円)を買ってくださるというのでお持ちする。有難いことだ。

 

 上野から11時30分のフレッシュひたち21号に乗る。水戸には1時間17分で到着。あっという間だ。振り返れば昭和30年代、私は福島の棚倉駅から上京するときは、水郡線(水戸~郡山)に乗った。東京までの急行は一日一往復しかなくて、水戸までは鈍行で上野に着くまでに5時間程かかった。車窓から友部付近の田園風景を眺めながら、遠い昔のことをふと思う。亡き御袋と1度だけ一緒に旅をしたのも水郡線だった…。この路線は青春時代の思い出が詰まっている。乗車する度に込み上げるものがある。

 
 さて、藤猛さんのいる水戸ボクシングスクールは柳町にありタクシーでワンメーター。小春日和の天気で、ジムは休みというのに藤さんと、瀬川さんが待っていてくれた。
 ボクシングの話がしたいのか、ジムに着くや否や話しかけてきた。往年のハンマーパンチヤーもいまや好々爺だ。ニコニコ笑顔を絶やさず話しかけてくる。彼の心には生まれ育ったハワイの自然が今も息づいているような、心地よさを感じる。またお会いしたい人だ。瀬川さんによれば「今は飲み歩くことも、一切しない。子供達にボクシングを教えるのが一番の楽しみのようです。アパートで一人暮らしで、自炊していて料理も上手です。成城に息子さんが住んでいて、たまに孫を連れて会いにきます。現在は穏やかな人生を歩んでいますね。」
 サイン色紙を10枚(DVDの購入者に上げるもの)書いてもらい、記念写真を撮り、小1時間程でジムを後にした。
 
『新王者亀田に望むもの』  
 内藤×亀田戦は3-0の判定で亀田が勝ち新チャンピオンに輝いた。これで亀田はL・フライに続きフライ級と二階級制覇。
 やはり亀田の若さの勝利だろう。内藤には終始攻め立てながら、パンチは流れ的確性を欠いていた。亀田はカウンターで内藤を狙い打ちしてポイント重ねた。私には亀田のファイトに物足りなさ感じた。
 亀田の勝利にケチを付けるつもりはないが、若いのだからもっと積極的に試合をして欲しい。敗れた内藤こそ、その散り際の見事さよ!御苦労さん、内藤。私は引退を勧めるが…。

 

 
藤さんとファイテングポーズ!

舟木昭太郎の日々つれづれ
 
藤さんをサポートする瀬川さん(左)

舟木昭太郎の日々つれづれ
 

DVD購入者へのプレゼントにと色紙にサイン。
★アッパーではこの色紙を「日本ボクシング不滅の激闘史」をお買い上げの先着10名様に差し上げます!

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

Upper Official Siteへ

夫婦で行った短いタイ旅行/最後に遭遇した雲助タクシー

 タイに行って来ました。18日夕刻出かけて、22日夕刻帰国しました。なか3日のバンコク滞在でしたが、充実した日を過ごすことができました。最後に雲助タクシーに遭ったけれど。
 
 1日目は友人のサイアム・スポーツ役員マニット氏とゴルフで、レイクウッドに行った。同社の車が迎えに来た。前夜23時頃ホテルに着いて、朝7時30分の迎車は正直きつかったが、承諾したのは、市内の交通渋滞が慢性的で時間が読めないからだ。案の上、市内を抜けるまで時間がかかった。スカイウエーや地下鉄が出来ても、バンコクの交通渋滞事情は変わらない。

 
 タイは雨季が終わって乾季に入り、これから1月までは最も凌ぎ易い季節。4年ぶりにプレーをしたが、何とかホールアウトできたのも、爽やかな気候のお陰だ。OUT73、IN52。マニット、妻は私より遥かにいいスコアは勿論だ。自信がついた。
  
 ホテルに帰り一休みして夕食はパッポンに出て、有名な「ソンブーン」で食べた。タイ在住の滝沢幸治さんを同伴してタイ料理を腹一杯味わう。同店には秋篠宮殿下や、小泉首相などが来店して、店頭には写真が掲げられている。
 小泉首相も「カニのカレー炒め」(プー・パッポン・カリー)が特に旨かったという一品を、先ず注文。空芯采の炒め(私共夫婦が大好き)、豆腐のスープ、滝沢氏お勧めの牡蠣を炒めものなど一気にオーダー。すると滝沢氏、大丈夫ですか?タイ料理は量が多いですよ。確かに量がある、分かっているがタイ料理に我々夫婦は飢えている。兎も角満足、満足。


 かくて1日目は終わり。2日目はサイアム・スポーツの車で国立博物館とジム・トンプソンハウスを回る。100回以上タイに来ているのに、私は初めてなのだ。妻のたっての希望で実現した。厳粛な気持ちで見学できた。お国を少しでも知ることは、その国を理解することだ。いつまでも唯の旅行者ではいけない…見学終わって痛感。ジム・トンプソンはタイシルクを世界に広めた人として有名だが、建築家としても高く評価されている。日本語で説明してくれるので、ハウスの隅々までいかに素晴らしい、計算された建造物か手に取るようにわかる。1度見学することをお勧めしたい。感動した。

 3日目は、スカイウエーでチャトチャチックのバザール広場に出かけた。なんともバカでかい。土・日開催で人人…。太陽と人の熱気で、ここにタイ国民のエネルギーが凝縮されていると体で感じる。
 この日の夕食は「SHARK FIN CUISINE」でフカヒレ・スープを堪能。シンノ昇君同伴。5年ぶりの再会。亡き父は日本ボクシング&キック界に多大な貢献をした方。歯科医をしながらタイ選手を送り込んでくれた、日系タイ人。お世話になった。昇君はそのご子息。今はタイ政府関連の観光政策部門の北アジアマネージャー。食べて、飲んで、喋って最後の夜は大満足。フカヒレなら、絶対ここが一番!安くて、極美味だ。一人4,000円程で十分食べられる。アワビの雑炊も!
 
 初めてのグランド・スクンヴィット・ホテルは、スイート・ルーム並みで、キッチンまであり満足したが、場所が分かりづらくタクシーの運転手からは不評だった。
 加えて空港までのタクシーをホテルマンに依頼したらそれがとんでもないインチキ。車の屋根の上に"METER TAXI"とあるのに、実際はメーターが付いていなく空港に到着して大トラブル。600バーツくれという。ふざけるなと怒鳴る。警察を呼んで来る、というと、なんと「領収書を出すから」と懇願。日本のサラリーマンは、なるほどこれでOKするのだと敵ながら感心。「ダメだ!お前は嘘をついた。ゴフォークだ。メーター車だと看板を挙げながら、メーターがない。400バーツなら払う」と押し問答。結局450払う。ホテルマンとの共謀だろう。雲助タクシーに会うとは…こんな手の込んだ詐欺。想像もつかない。皆さんもご用心を。最後に嫌な出来事はあったけれど、それでもタイは素晴らしい!VIVA,THAI!自由の国よ!

 次に来る時は昇君推奨の「オークウッド・レジデンス・スクンヴィット」に滞在しよう。雲助と共謀するホテルはご免だ。

 

親友のマニット氏とゴルフ
舟木昭太郎の日々つれづれ

ジム・トンプソンハウス
舟木昭太郎の日々つれづれ

トンプソンハウス見学後に川辺のレストランで昼食
舟木昭太郎の日々つれづれ

昇君とフカヒレの店で夕食 
舟木昭太郎の日々つれづれ


Upper Official Siteへ

ダイコンを収穫しました…大好きなタイへ行って来ます

 住宅地のど真ん中にある我が「露地栽培」はダイコンの収穫期を迎えて、早速4本ばかり引き抜いた。なかなか引き抜けなくて、手を焼いた。砂地の下が固い粘土質だったのだ。そこに根を張ったものだから…。想像もつかなかった。土をもっと深く耕すべきだったのだ。素人農業は失敗ばかりだ。結局、ダイコンは曲がり、スラリと伸びた格好いいものはできなかった。それでも身が締まっていて、すこぶる辛い、美味しいものでサンマを焼いて、下ろし醤油で食べた。家内も旨いと言ってくれた。15日はポトフにして食べた。取り立てのダイコンは特に美味だった。種を蒔いていつの間にか成長して、なんだか感慨深い。
 サンマを美味しく食べる方法は、オーブンレンジを2分程空焚きにして熱し、5~6分焼くとほど良く焼ける。カボスかすだちを絞り、熱いうちに一気に食べる。これが一番旨い。こんな旨いものあったのかと、しみじみ思う。サバもいい。
 

 我が家のブーゲンビリアは11月になっても今を盛りに咲いている。7月末に咲き始めて、9月末に散った。で、ありがとうと言って肥料を沢山上げた。そしたら10月中旬にまた一挙に咲き乱れた。近所のご婦人が「どうして、今頃こんなに綺麗に咲くの?」と尋ねてきた。私にも明らかな理由は分からない。ただ、ありがとう、と上げた肥料が花の恩返しだったのかなと感じる。
 二度咲きだけど、果たして来年咲くのか…心配になっている。
 

 18日からタイ・バンコクに行く。お世話になった人の御子息の慶事があり家内と出かける。幸い安い航空券が見つかった。35,000円、ホテル代は別だが、宿は私の好みで選びたいので敢えてパックを外した。スクンヴィットに滞在する。ここは交通の便がよい。慌ただしい日程で、4泊して22日早朝にはタイを発つ。それでも親友のマニット氏に会うのが楽しみだ。サイアム・スポーツ紙の役員として元気に活躍している。もうかれこれ40年のお付き合い頂いている。外国人を友達に持つことは心を豊かにしてくれる。旅を楽しくしてくれる。そんなわけで私はタイが外国の中では一番好きな国。行ってきまーす。

 11日は外苑前の「上海港」(中華料理)で先輩の加賀屋さんと、ワールド・シリーズで優勝したヤンキースの祝杯。勿論、松井秀喜のMVPに対しても。松井の話題を酒の肴に、歓びを噛みしめた。
 歓喜の瞬間が去って、来春まで好きなMLB(メジャーリーグ・ベースボール)が見られない。祭りの後のように空しい。
 松井は果たして、ヤンキースに残れるのか、あるいは他球団に移籍するのか兎に角気になる。
 

収穫したダイコン
舟木昭太郎の日々つれづれ

 
季節外れのブーゲンビリア
舟木昭太郎の日々つれづれ

 

Upper Official Siteへ

 


大好きなヤンキースの優勝 松井に真の武道精神を見た

 ワールド・シリーズでヤンキースが優勝した。しかも松井秀喜がMVP(最高殊勲選手)だ。子供のころからヤンキースが好きだったこの私は、天にも昇るほどうれしい。メジャーリーグで、かつワールドシリーズで日本人がMVPなんて夢にも思わなかった。それが松井選手なのだ。'09年11月5日(現地時間4日)は、私にとっても忘れ得ぬ生涯の記念日になった。

 
 私が松井選手を愛して止まぬのは、その人間性だ。優勝を決める大活躍をしたのにも関わらず、その所作、立ち居振る舞いはどうか…まるで求道者のようだ。ホームランを打っても、タイムリーヒットを打っても、表情が変わらない。他の選手なら当然喜びを爆発させるだろうに、ガッポーズさえしない。
 心で堪えているのだろうが、並みの人間にできることではない。多分にそれは、相手投手(マルチネス)の、打たれた心情を思いはかっての事だと推測するが、う~ん素晴らしい。球場全体が狂喜乱舞、異常な興奮に包まれているのに松井選手のみが、異次元の世界にいる。どこまでも冷静だ。これは凄いことだ。
 松井選手に私は武道精神を見た。奢らず、誇らず。彼こそはまさに、野球のラストサムライ。ワールドシリーズという大舞台で、いとも当たり前の如く泰然としていた。
 翌日のNHKのインタビューで意味じくも語る「何かいいことしたの?勘違いするなよ、また一からから出発なんだ」と。ヤンキース優勝の立役者というのに。
 つまり、自分に対する戒めの言葉なのだが、松井選手の人間を物語る一例だ。我々日本人が松井選手のような野球人を持った事を、誇りに思う。
 左手骨折('06年)、右ひざ負傷('07年)、左ひざ負傷('08年)と怪我に泣かされ続けて、暗澹たる野球シーズンを送ってのこの度の活躍。耐えて堪えた男のドラマを私は見た思いがしだ。先ずもって、こういう野球人に育てた御両親が立派。野球を志す子供たちは、すべからく松井選手を鑑とすべしだ。

 
 先輩の加賀屋さんも大の松井ファン。早速表参道のコーヒー店で落ち合って、ひとしきり語り合った。近く二人で祝杯を挙げるつもりだ。松井選手、MVPおめでとう。
  
 11月8日(日)は、山梨県上野原町に地元西原商店会の人達と紅葉狩りハイキング。8時40分、京王線幡ヶ谷駅に集合。高尾でJRに乗り換え上野原駅に。総勢21人、途中までバスで行きそのあとは民宿長明園までハイキング。約4㌔、好天に恵まれて、紅葉狩りを楽しんだ。
 民宿では風呂に入った後は昼食、カラオケで大いに盛り上る。3時半にはバスで長野原駅に向かう。5時半頃にはもう幡ヶ谷に着いていた。
 東京からかくも近場に、自然たっぷりの行楽地があるとは…先週もヤンキースの優勝、松井のMVPあり、ハイキングありと充実した1週間だった。
   
 もう一つ、5日はZAPPの社長夫妻、大井さん、それにDVDの編集技術をしてくれた西形さんの5人で「日本ボクシング不滅の激闘史」の慰労会。スタンドバー明治屋でのささやかな飲み会だったが、話が弾んでワイン、ビールの杯を重ねた。11時間に迫る未曾有のDVDが完成して、お互いねぎらった。
 「また一緒に仕事をやりましょう」若い大井、西形両氏の力強い言葉に、私は頼もしいと思った。この若者たちとなら、また硝煙を潜り抜けてもいいと私は思った。



上野原駅に立つ


舟木昭太郎の日々つれづれ

 

上野原の秋の牧歌的風景

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

Upper Official Siteへ