舟木昭太郎の日々つれづれ -86ページ目

ipadの電子書籍と出版業界/人との出会い&村上春樹/他

ipadの電子書籍と出版業界
 
 アメリカアップル社が日本でも発売したipad(アイパッド=新型情報端末)が太変な人気。発売してたちまち完売したそうだ。アメリカでは発売1カ月で100万台売れたという。私はまだ実物を見ていないので、新聞やテレビの受け売りにすぎないが、使い勝手がいいらしい。何よりも読みたい書籍が、読みたい時に読めるのだそうな。画面に触るだけでページを捲れるという。正に魔法の箱だ。これは出版界の産業革命である。

 こうした電子書籍の出現は、私が長年携わって来た出版業界を根底から変えるかもしれない。本屋で売る時代からネットで配信する時代に。この流れに対応できない出版社は、結局は衰退して行くだろう。早くも講談社などは有名作家の新刊本を投入するという。
 
 ソニー、凸版印刷、KDDI、朝日新聞は共同で「電子書籍配信」の新会社を設立して、書籍、雑誌、コミックなど幅広く事業を展開すると発表した。いやもおうも無く時代は電子化に奔流となって突入して行く気配。寂しいことだが時代の流れというものだろう。多分、この流れは遼原の火のように世界に広がることだろう。

 倅は既に保持していて、とても便利だと妻に語っているそうな。私も買うつもりでいる。ITには人一倍疎い私が決心した。未知の世界に出遭う事を楽しみにして。
 
 
IT企業のトップの方と面会

 

 先般、有名IT企業のトップの方にお会いした。海外から帰国したばかりのお疲れのところ、時間を割いて下さったお会いした場所は都内某ホテルのラウンジ。空港から直行して、休むまもなくスタッフと会議に臨んでという。忙しい合間を縫って、30分程の面会時間を撮ってくださった。
 社長にはオーラと迫力、揺るぎない自信を感じた。柔和な中にも大企業のリーダーとしての、迸る情熱を感じた。「仕事は困難を伴う程、達成した喜びがそれだけ大きいですよ」の社長の激励の言葉には、私は背中を押されるものを感じた。
 人との出会いは人生を豊かにする。この歳になっても仕事の旅を続けているのも、あるいは日々人との出会いの中に”ときめき”を覚えるから。今日はどんな人に会えるかな?
 
 さて、私が次に目指すプロジェクトは針の穴を通すような困難さを伴う。例えて世界最高峰エベレストに挑むような厳しいものだ。出来るだろうか…先ず、不安の方が先に立つ。ビビる。確かに成功した時の喜びは計り知れないが立ち止まっては、躊躇してしまう。
 そんな迷っている最中の社長のアドバイス。私には天の声に聞こえた。活力を得た。故に私は進む。

 

 

「ねじまき鳥クロニクル」

 
 村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」は読んでいて心わくわくする。なるほど、村上ワールドへようこそだ。文章が平易で読みやすい。ストーリーが変化に富んで推理小説のようなおもしろみがある。やめられない、クセになる。
 世界中に村上ファンがいると言われるが、そうだろうな…と納得。言語、国籍を超えて共通の喜びを味わえる、多分、語彙が難解でなく翻訳しても原文に沿ったテーストを味わえる…のだと思う。
 次は当然「1Q84」に移る。胸が躍る。
 

ゴールデンウィークに植えたトマトの苗。こんなに大きくなりました。

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こちらはキュウリ。まもなく網に這う状態にまで成長。

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白井義男追悼試合と「ボクシングの日」/他

『白井義男追悼試合と「ボクシングの日」』
 
 後楽園ホールに二日間通った。18日は白井・具志堅ジムの興行。”没後7年白井義男追悼試合”ということで招待券が送られてきた。会場で白井夫人の登志子さんに会う。先の「日本ボクシング不滅の激闘史」(DVD=TBS)の制作では大変お世話になった。白井選手が現役時代からこつこつ集めた16㍉フィルムを「使って下さい」と大量に提供してくれた。敗戦から4年後の試合や、タイトルを奪取した昭和27年のダド・マリノ戦など、貴重な映像があったればこそ充実したDVDをプロデュースできた。
 改めてその折のお礼を申し上げた。80歳を超す御高齢にもかかわらず夫人は清楚で、美しい。
 
 試合には家内を誘った。ホールに来たのはもう何十年振りかしらと感慨深い様子で、女子のボクシングや金田淳一郎の試合を観戦していた。
 
 
『壮観32名の元・現役王者』

 

 19日は「ボクシングの日」。白井義男が昭和27年5月19日日本人として初の世界チャンピオンになったのを記念して今年制定された。協会から依頼されてポスターのデザインを弊社がプロデュース。記念すべき第一回ということで、発会式や数々のセレモニーが行われた。

 歴代の世界王者が次々にリングに登場する光景は壮観だった。現在まで日本が生んだ世界王者は62名ほどだが、ほぼ半数の38人が集結した。藤猛さんも水戸から駆け付けている。DVDの制作ではインタビューに応じてくれたりして親密になった。ファンに気軽にサインしたり明るく振舞っていた。
 残念だったのは輪島功一会長と西城正三会長の顔が見られなかったこと。来年は是非参加して下さい。
 

  
『会場を盛り上げた渡嘉敷氏』

 

 亀田兄弟も仲間入りして、先輩王者に交じってリングに上がった。弟・大毅はややぎこちなく見えたが…。兄・興毅はオークションで先に初防衛を果たしたばかりの内山選手と、一生懸命働いていた。司会を務めたのは渡嘉敷勝男氏。二人をリードして先輩の役目をこなしていた。それにしても渡嘉敷は見事。一気にオークションを盛り上げ、商品を全部売り切った。掛け声あり、ジョークありで会場を沸かせた。

 チャンピオン会のガッツ石松会長の各王者へのもてなしも、さすが石さん。リングへ上がってくる人をコーナーまで迎えに行って好感が持てた。亀田兄弟などもこうした配慮に節して、業界のルールというものを学ぶに違いない。 いずれにせよ「ボクシングの日」は記念すべき第1回がスタートした。小さな一歩だが、やがて大きな一歩になろう。天国の白井さんも喜んでいることだろう。
 
 
『トマトと胡瓜の支柱』

 

 露地栽培も苗がこのところの気温ですくすく伸びている。22日は早朝からトマトと胡瓜に支柱を立てた。去年と違って、ネットや書物で学んだお陰で少しは進歩した。トマトの脇芽を摘むなる作業は去年までは、どれが脇芽なのか分からなかった。肥料の遣りどきなど農業は奥が深い。
 約半年かけて土地改良から手を付けて来て、二年目は手応えを感じている今日この頃である。
 
 
『故郷の山菜に舌づつみ』 

 

故郷の福島県鮫川村の実家から、山菜がどっさり送られて来た。ウド、こごみ、ミズナ等々。早速、土曜昼から宴席になる。ウドはやっぱり酸味噌で、こごみは醤油とラー油に、マヨネーズを混ぜたもので食す。ミズナはキンピラ。
 山の幸を山ごと食らう幸せを舌で感じる。故郷の空気、風…まで我が家に運んでくれた、そんな至福の時を味わった。 

 

 

「ボクシングの日」で。
リング上、右より石松、上原、小熊、左端、藤。
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リングに集結した元・現の世界王者たち

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露地栽培・・・トマトと胡瓜に支柱を立てる。

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風邪&ウオノメ病気週刊/タイの騒乱の激化を憂う/他

『風邪&ウオノメ病気週刊』
 
 風邪で11日、12日と2日間寝込んだ。こんなことは記憶にない。鼻水と咳が止まらず気力も萎えてしまった。風邪薬は嫌いだから、生姜湯にレモンを絞り、蜂蜜を加えて何度も飲み養生にこれ努めた。それでも治癒しない。
 ティッシの山、咳の連続はほとほと参った。それで熱があるかといえば、平熱で変化なし。喉も痛くなく食事は普通に食べられた。なんともおかしな風邪を体験した。
 
 週末の金曜、仕事の打ち合わせで晴々として出掛けたら今度はウオノメ。右足の小指にできたのが、途中猛烈に痛み出して思わず立ちすくむ。激痛が脳天を突きぬく。結局一日中、痛んだ。何とか用事は済ませたが憂鬱な一日となった。病気に振り回されたような1ウィークだった。
 
 
『頭上に鶯がいた』
 
 土曜の朝は痛みが和らいだので、ウォーキングと体操にいつものように出る。風が少し冷たかったが、晴れ渡って気持ち良い。大山公園の躑躅も散り始めている。で、公園への石段を登っていたら、青葉茂る桜の木に鶯の甲高い声。立ち止まって眺めていると、飛び去って行った。用心深い鶯が、身近で見られるとわ…幸せ。そうえいば3月の頃より音色が、リズミカルで響き渡る。やっぱり陽気が良くなると人間も小鳥も同じで活発になる。都心で鶯の声、素晴らしい。早起きは三文の徳か。
 
 
『元キックボクサー増沢君と遭遇』
 
 大山公園でつい10日前、懐かしいキックボクサーに会った。キック華やかし頃の増沢潔さん。以前から似たひとだな~と思っていたが、先日思いきって声を掛けて見た。「増沢君じゃないの?」と。そしたらやっぱり彼だった。
 駒場に住んでいて、タクシーが非番のときにこの大山公園まで、ジョギングして来てストレッチ等をやって帰って行くという。今はタクシー運転手の勤めも定年退職。不定期で働いている。
 全日本キックの初代ウェルター級王者。ハードパンチャーとして勇名を馳せた。私が情熱を燃やして取材に走りまわった日々。当時の主役が時を経て思いがけない場所で遭遇する。何とも人生は味がある。
 
 
『タイの騒乱の激化を憂う』

 

 前にもこの欄で述べたが、タイの騒乱は一体全体どうしたのか。現政権と元首相派の騒乱は首都バンコクを舞台に銃撃戦という最悪の事態に発展。目下のところ解決の糸口さえ見えだせない。「微笑みの国」はどうなってしまうのだろう。双方に死傷者が出て、政府側の攻撃も一段熾烈さを増している。経済的ダメージは測りしれない。
 我が第二の故郷、タイ。一刻も早く沈静化してもらいたいものだ。
 
 
『「ボクシング・ビート」6月号』

 

 「ボクシング・ビート」6月号が編集部から送られて来た特集は4月30日、日本武道館で行われた長谷川×モンティエルのWBC世界バンタム級タイトルマッチ。「君は長谷川VSモンティエルを見たか」
 719秒の名勝負を余すところなく総括している。一瞬のうちに散った長谷川だが、何故か爽やかさが残る。一読すればいかに内容の詰め込まれた試合であったか…改めて良く分かる。カラーグラビアの観戦記も読み応え十分。

 
 他に私が驚愕したのは、あの27戦オールKO勝ちのエドウィン・バレロ(WBC世界ライト級休養チャンピオン)が、愛妻を刺殺し、自らも命を絶った事件。「衝撃バレロ惨死!!」 さすがボクシング・ビート、事の全貌をこと細かくディープに掘り下げて読ませる。兎に角今号もたっぷりの内容で120%満足です。ボクシング・ファンならこれ1冊!

 

早朝の代々木大山公園。(16日)
日曜日は静か。6時25分からここで毎日ラジオ体操が行われる。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

大山公園へのウォーキングコース。
お屋敷の生垣はツツジで満開!

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「ワールド・ビート」6月号の表紙

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脳梗塞5年後のMRI検診/森羅万象初夏の訪れ/他

『脳梗塞5年後のMRI検診』
 
 6日は脳梗塞の3か月定期検診、東京医科大に行く。担当医は梅里先生で、4月30日のMRI検査の結果がわかる日だ。ほぼ5年振りの検査。その後の病気の具合を確認するためのものだが、結果は幸いにも隠れ脳梗塞の兆候もなく、また血液の流れもよく問題なし。再発の恐れはないという診断。内心ホッとした。
 それなりに自信はあった。早寝早起き、日課のウォーキング&ラジオ体操。食事も魚と野菜中心に。お酒も少量にして生活習慣をがらりと変えた。会社も縮小した。あれやこれや自分なりに努力して来たつもり。努力が報われた感じだ。
 
 壁一面にレントゲンフィルムを張り巡らして、過去に発生した個所の説明を受けた。頭部左側に小さい白い斑点のようなものが見える。その箇所を先生が「これ」と指してた。 それ以外に斑点みたいなものは見当たらなかった。
 それにしても、あらゆる角度から、細大もらさず撮影できるMRIは恐るべき優れものだ。改めて認識しました。
 
 
『風邪を引いた時の私の対処法』
 
 東京医科大からの帰り、鼻水と咳が止まらず困った。妻が風邪で2、3日寝込んだ。あるいは移ったのかもしれない。予定を変更して真っ直ぐ帰宅。すぐに床に入る。風邪は引き始めが肝心と決めている。パジャマの下に、股引・下着を着こみ完全武装。生姜を摺り、蜂蜜、レモン、ウイスキーを混ぜたお湯割りで飲んだ。身体を内と外から暖めて寝込んだ。ただひたすらに…。
 これが私流の風邪対処法。風邪薬はここ20年飲んだことがない。まだ鼻水は切れないが、今朝(日曜日)もラジオ体操に出掛けられた。新緑が朝日に清々しい。
 
 山笑う季節。ゴールデンウイークの最後の5日、妻とおにぎりを持って代々木公園まで出掛けた。いつの間にか鮮やかな新録に変化していた。薔薇の花を目当てに行ったのだが、まだ蕾だった。今年は3月に寒い日が続いたかもしれない。夏日の陽気で木陰にシートを敷いた。ビールとおにぎりでピクニック気分を味わった。かくてこともなく(妻は風邪で2日間寝込んだが…)黄金週間は終わった。

 
 
『森羅万象 一斉に初夏の到来』

 
 桜が散って、滑り込むようにハナミズキは咲いて、今度はジャスミン、藤、薔薇、躑躅が一斉に開花。折からの晴天に恵まれて、初夏が大挙して訪れた。近所の家屋に覆いかぶさって、花々の匂いが見事にハーモナイズされて心地よい。
 朝窓を開ければ、パーっと鼻を打つ…季節の移り変わりを肌で感じる。温暖化で多少時間差はあるが確実に、森羅万象移りゆく。日本という国はなんと素晴らしいことか。私は毎朝、神棚に水を上げるのも、自然の恵みへの感謝の気持ちからなのです。
 
 福島市在住の同級生、高橋女史からリンゴの花だよりが写メールで届いた。去年リンゴ狩りに同地を訪れた時に、「来年はリンゴの花が咲く頃に来たい」と言った。その希望も仕事の都合でいけなかった。9,10日頃が満開だそうな。一面に広がる白いリンゴ畑。種類によっては、ほんのりピンクがかった花弁もあるそうだ。見に行けなくて本当に残念。来年こそは!是非!

 

自宅のベランダから近所の花々に埋もれた家屋を写す。
ジャスミン、藤、薔薇が一斉に咲き誇る
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長谷川×モンティエル白眉の一戦/矢尾板貞雄氏の試合分析に納得…/他

『長谷川×モンティエル白眉の一戦』
 
 WBC世界バンタム級チャンピオン長谷川穂積(真正)×挑戦者フェルナンド・モンティエル(メキシコ)は、長谷川が4回TKOで敗れた。これにより連続防衛も10度で終る。
 それは確かに残念なことだ。しかし敗れてなお強烈なインパクトを残した。ここ何年も目にしなかった白眉の一戦。
 4回も残り10秒。長谷川が放った左パンチに、轟然と挑戦者の左フックが炸裂。一瞬の速さで顎を捉えた。腰から崩れ落ちるチャンピオン。一気に畳みかける挑戦者。ここぞと連打。左腕をロープにからませて必死のチャンピオン。 残り1秒を残して勝負は決着。レフェリー、コールが割って入りTKOを宣告した。
 真剣白刃の正に決闘を見るような、凄みを久しぶりに味わった。レフェリーもまた、名勝負に花を添えた。間一髪とは、この処置のタイミングに尽きる。ドンピシャ。
 
 
 長谷川は5年間、10度もタイトルを保持しているのに人気は低かった。ファンに強いという印象は与えているのにかかわらずだ。その理由は好敵手に恵まれなかったことだ。
 13度防衛した具志堅用高の場合は好敵手に恵まれた。タイトルを奪った強打のグスマン。曲者リオス、そして正統派マルカーノ。彼ら挑戦者は次々に試合を彩り、試合を盛り上げた。それと共に具志堅の名前も膨らんでいった。
 
『一瞬の隙を突いた挑戦者の技』
 
 活躍の割りに人気が伴わない長谷川。その前に現れたのが、モンティエル。日本のボクシング・コミッションでは認定していないWBOという団体のチャンピオン。メキシコから来たこの31歳の男は、流石3階級を制覇しただけのことはあった。修羅場を潜り抜けた、風格があった。長谷川の一瞬の隙を突いた左フックからの速攻は、戦場で鍛えられた鋼(はがね)の刃と見た。
 
 長谷川に人が言うように一瞬の気の緩みはあるはずもない。相手が上回っていたのだ。3回までは長谷川がリード。右ジャブを絶えず繰り出して、挑戦者の前進を抑えていた。 名人同士のせめぎ合い。これからだ、という4回。一瞬の攻防で決着。9秒間に凝縮された、これぞ紛れもなく名勝負。いい試合を見せてもらった。更にいうなれば、再起せよ!長谷川、「負けて知るボクシング」である。
 
 
『光る矢尾板氏の試合分析』
 
 ボクシングの世界戦の前後には必ずサンケイ・スポーツの矢尾板貞雄さんのコラムを読むようにしている。矢尾板さんは旧知の間柄で、長くサンスポの専属ボクシグ記者・評論家として健筆をふるっておられる。
 元東洋フライ級王者。白井義男から王座を奪ったP・ペレスにノンタイトル戦ながら判定勝ちしている。(S34年1月)王座を賭けた試合では13回KOに敗れたが、ボクシング黄金期に活躍した名選手である。
 
 後楽園ホールにはどんな試合でも矢尾板さんの姿を見かける。日頃から手抜きをしない。記者席に座る。試合をよく見る。元一流のボクサーが、いまでもコツコツと現場で取材を怠らない。であるからして正確な記事、試合分析が書ける。今回の長谷川×モンティエル戦も、見事に長谷川の敗戦を分析している。
 「長谷川はモンティエルの術中にはまってしまった。左ストレートを打つ際、右のガードが下がる悪いくせが以前からあった。これまでの相手なら反撃してこなかったが、モンティエルは違った…10度防衛したことで長谷川は攻めながら防御するボクサーとしての基本を忘れてしまった」(サンスポ5/1)。この試合分析は断然光る。これからもご活躍をお祈り致します。
 
 
『黄金週間は露地栽培』
 
 黄金週間はお天気がよくて、何だか得をしたような気分になる。普通は日曜日のウオーキングと体操は休むのだが、出掛けた。2日は朝から晴天で爽やか。うきうきする。
 1、2日と露地栽培に精を出す。トマト、胡瓜、茄子、ピーマンの苗を買って来て植えた。今年早くから土作りをしてきた。今年は多分その成果をみせてくれるだろう。
 西原ゴルフガーデンの会長共々、実りの夏が待たれる。

 

 

(左)手前のすずらんも花開いた
(右)我が家の花も花盛り
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(左)先般のカラオケ発表会の折のもの

(右)露地栽培…トマト、胡瓜、茄子などの苗を植える

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雪に桜、故郷で見た絶景/5月19日はボクシングの日/他

『雪に桜、故郷で見た絶景』
 
 17、18日と故郷の福島県鮫川村に姉妹達と行って来た。兄嫁の7回忌のため。妻も同伴して。当日は2時頃の東北新幹線に乗ったのだが、福島地方の天候は雪。午前中まで降りしきり新白河駅に下車したら、一面の銀世界だった。4月10日以降の大雪は、26年振りのことだという。20㌢の積雪でびっくりしたが、これが思わぬ恩恵に浴する結果となった。
 迎えに来てくれた車で、途中棚倉町の桜の名所に連れて行ってもらう。花園神社の近くの、池際に1本だけ立つ桜なのだがそれは見事で思わず息が詰まった。
 純白の地面に立つ1本の桜。6分咲きというところだが、桜の上には雪が…。池の水面には、逆さ桜がくっきり写り出されてまさに絵の世界。これはシャッターチャンスとデジカメを押し捲る。かくて私の今年の桜の追っ駆けは、有終の美を飾る。写真あり。
 
  
『雪の久遠寺で法要』
 
 18日の10時から鮫川村の久遠寺で7回忌法要が行われた。お寺も雪のしじま中にあり、これまた記憶に残る日になった。本堂は底冷えがした。石油ストーブが燃え盛り何とか寒さを凌いだ。読経が本堂に木霊する中、6年前の葬儀を思えだす。あの日は突き抜けるような空の碧さ。桜花がひらひらと風に流れて焼香の列に舞い降りた。我が倅が京都の大学に入学した年でもあり忘れられない。亡き兄嫁は倅を何かと心配してくれた。
 改めて合掌。
 
 お墓参りも泥濘の中、山を登った。晴れて来て雪解け水が歩行を困難にした。雪の残る墓参も趣があっていいものだ。姻戚姉妹が集まってのお清めの席は同級生オーナーの「滝」で。
 慌ただしい里帰りだったが、想い出が詰まる故郷はやはり去り難いものだ。不安も希望も、失恋も挫折も青春の全てがある…故郷よ。こんな言葉があった。「一切は過ぎ去って行く、ただ想い出を残して。」
日曜日、4時過ぎの新幹線で新白河より帰る。
 
 
『5月19日はボクシングの日』 
 
 5月19日は「ボクシングの日」です!この度、日本プロボクシング協会は定めたのです。そのわけは、1952年(S27年)5月19日、白井義男がダド・マリノを破り日本人として初めて世界チャンピオンとなった日なのです。この栄誉を称え記念日に設定。毎年記念行事を開催することにしたものです。いい事です。
 
 第1回の今年は「ファン感謝イベント」~世界チャンピン会発足式~という謳い文句で、開催する。会の会長にはガッツ石松、副会長に具志堅用高、最高顧問に原田政彦の各氏が就任した。当日はヘビー級やエアーボクシング、新人王戦等の試合やトークショーと多彩なイベントを展開する。入場料無料なので是非足を運んで下さい。
 尚、ポスター、チラシのデザインを不肖私がプロデュースしました。記念すべき第1回に微力ながら貢献できて、光栄の至りである。
 
 
『好きな花水木が咲いた…』
 
 桜も牡丹桜だけとなった。孤軍奮闘で咲き誇る。そんな季節の移り変わり見る。早朝のウォーキング中に花水木の清楚な花がいつの間にか咲いているの目にした。私の好きな花で、ときに民家の庭に見つけると足を止めてしまう。淡いピンク色の花も、可憐で愛おしい。因みに花水木はアメリカの「国花」である。寒い日が続くけれど、初夏の足音は確実に近付いている。

 

『ボクシングの日』のポスター

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(左上)雪に桜を背に姉妹達と記念写真 ※前列右から二人目が長女。私の隣が妹。
(右上)白銀の地に桜・・・池に映る逆さ桜、絶景かな
(左下)7回忌法要が行われた久遠寺
(右下)兄嫁の墓参り
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春の京都御所、平安神宮、仁和寺巡り、念願叶った坂本龍馬の墓参…。

『春の京都御所、平安神宮』
 
 11日~13日まで妻と京都を旅行した。一日目は御所に直行。一般公開中で隈なく見学することが出来た。即位の礼などを行う「紫震殿」、天皇が日常生活の場としていた「清涼殿」、皇太子の元服などの儀式などに使われる「小御所」、「御池庭」「御車寄」など玉砂利を踏んで歩き回った。平安の昔から維新へと、歴史に思いを馳せた。御所は広く、建物もどっしりとして、歴史の重みを感じた。
 
 京都御所から平安神宮へ。枝垂れ桜を見に。ピンクも色鮮やかに、満開に咲き誇っていた。桃の花と見間違うほどで、曇り空の下なんとも美しかった。
 
 次に「相国寺」へ。臨濟宗の相国寺派の大本山。足利義満が後小松天皇の勅命を受けて約10年の歳月を費やして完成したといわれる。法堂は重要文化財で、狩野光信が天井描いた龍の絵は見事で迫力に圧倒された。龍の真下で柏手を打つと木霊した。
 京都の神社・寺院はスケールがでかい。再認識。
 当日の夜は出向で当地にいる倅とイタメシ店で夕食。赤ワイン1本。社会人になって1年、話題の幅が広がった。酒も旨い。倅はハイネケン小びんを2本。〆て17,000円。パスタは合格点。
 
 2日目は終日雨、11時嵐山線で御室へ。仁和寺の御室桜を見に行く。遅咲きの桜で今が見頃と、妻は楽しみにしていた。昔「徒然草」で勉強した。坊さんが鳥を寺に入れさせまいとして網を張ったのを、吉田兼好が「心の狭いことよ」と揶揄した物語…まさに桜は雨に打たれながらも、凛として咲き誇っていた。 御室桜は地を這うように低い。そのように育てられた。背を屈めながら、雨の中傘をさして愛で歩いた。
 
 
『平野神社の桜、北野天満宮へ』

 
 仁和寺から雨の北野天満宮へ。途中、平野神社に立ち寄る。ここも桜の名所で、桟敷も雨に打たれて無残。確かに晴れていれば壮観だろう。お参りする。散りゆく桜に敷き詰めた桟敷が哀れを誘う。
 天満宮では、26歌仙の絵図を鑑賞する。修学旅行の生徒が大勢参内していた。合格祈願か。牛のブロンズ像を手で撫でると御利益があると伝えられる。 

  
『京都を一望できる龍馬の墓』
 
 3日目はホテルを10時にチェックアウト。予て行きたかった坂本龍馬が眠る霊山(りょうぜん)神社へ。高台寺に隣接した山の上に龍馬と中岡慎太郎の墓はある。

 
 雨上がりの急こう配の石段を何度も休みながら、やっとたどり着いた。京都の街を一望できる場所に龍馬と慎太郎は眠っている。質素な墓に龍馬のイメージと重なり合い好感。花や線香が絶えず、私も手を合せた。狂乱の幕末…京都を駆け抜けた龍馬ヒストリーが我が脳裏を駆け巡った。また最上段には木戸孝允(桂小五郎)の墓がある。幕末・維新を偲ぶ場所でもある。来てよかった。

 
 霊山歴史館を見学して坂道を下る。でふと倅が学生時代に当神社の駐車場で、短期間だがアルバイトをしていたことを思い出した。何故か目頭が熱くなった。
 
 新幹線の時間まで、1時間半ほど間があったので錦市場に回る。お番茶、車中で食べる弁当、御惣菜、それに今晩のおかずなどを買う。京都にくれば必ず寄る、すきな場所。
 かくて3日の旅は終る。地下鉄を乗り継ぎ、ひたすら歩いた。やはり京都は日本人の心の故郷だ。
 
 
『文句なしに楽しめた「わが家の歴史」 』
 
 三日間にわたり放送されたフジテレビのドラマ「わが家の歴史」は近来になく痛快だった。物語を縦横無尽に走らせる巧みな構成は、流石に三谷幸喜作品。九州から上京する車中、西田敏行扮する主人公の前に座る青年が、後の俳優高倉健だったり随所にごく普通に力道山や白井義男が現れたり。古川ロッパ、ヤクザの親分もここぞの場面で登場する。それが全然違和感がない。ドラマが一層引き立つ。鮮やかな三谷マジック!

 
 その時々の事件を「わが家の歴史」に織り交ぜているいるので、物語にリアリティーがより深まるという具合。三日間旅先でも逃さず見た。豪華な顔触れの一人一人がはまり役で、こういうドラマは、三谷幸喜さんならでは。満足度120%。
 こういうテレビドラマを見たかった!


(右)平安時代の衣装で蹴鞠の実演、

(中)京都御所の桜と妻

(左)平安神宮の枝垂れ桜、夜にはライトアップされコンサートが開かれた
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(右)仁和寺の御室(おむろ)桜
(中)坂本龍馬の墓前で
(左)錦市場で買ったもので夕食
※手前左より揚げだし豆腐、満願とうがらしの焼いたもの、ホタルイカの干物、グチ(タイに似た魚)、赤カブの千枚漬、後方のパックの中は山椒入りじゃこ)

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エンゼルス松井の活躍 待たれるヤンキースとの対戦/他

『エンゼルス松井の活躍 待たれるヤンキースとの対戦』

 

 ヤンキースからエンゼルスに移籍した松井秀喜選手が、開幕戦でホームランを打った。4番DHで出場、地元のファンの前で存在感を示した。それにしてもいきなりホームランとは、やっぱり特別な男だ。私も自分の事のように嬉しい。

 
 振り返れば、松井の活躍で去年ヤンキースは世界一に返り咲いた。契約最終年の年にMVPに輝き当然松井はヤンキースに残留と思われた。ところが外野手として守りたいう松井に対してヤンキースは膝に故障を持つ松井をDH(打者)のみの契約とすると譲らず―起用法で食い違をみせた。結局、松井選手は自分の希望を通してエンゼルスに移籍した。エンゼルスのソーシア監督も熱心に、松井を口説いた経緯がある。
 '02年にエンゼルス世界一に導き、4年連続ア・リーグ西地区優勝の名監督ソーシア。この人に見込まれたのだから、松井も本望だろう。開幕戦で監督の期待通りの活躍、赤いヘルメットも見慣れて来ると、似合ってくるものだ。

 
 今年もMLBは私の楽しみだ。同じ西地区にはマリナーズのイチローもいる。対戦も増える。BS放送から目が離せない。
 ヤンキースとはヤンキースタジアムで4月14~16日対戦する。古巣への里帰りで松井はどんな歓迎を受けるのだろうか。ワールドシリーズで大活躍してMVPに輝いた折に「ニューヨークもファンも、ヤンキースも大好きです」と語った松井…きっとファンはスタンディングで松井選手を迎えてくれるに違いない。
 我が敬愛する松井選手にGOD TO BLESS!(神の御加護を!)
 今年のMLBは、とほうもなく夢がある。
 
『気になるタイの政情不安』 
  
 タイ、私の第二の故郷はいまだ混迷のさなかにある。困ったものだ。現政権派とタクシン派に分かれ、黄色と赤のTシャツを着て、共に譲らない。特に国外追放され、財産を没収されたタクシン元首相を支持する国民は、連日数万人という単位でデモ行進して、バンコク市内を占領している。とうとう戒厳令まで敷かれてしまった。
 観光立国のタイ、果たしてこんなことをいつまでも続けていいのだろうか。両派は冷静になって矛を収める時期だ。

 
 微笑みの国…寺院に夕日が沈む時、悠久の流れチャオプラヤもゆっくり黄昏に溶ける。タイの国民は河(川)をメ・ナーム(母なる河の意味)と尊敬の念を込めて呼ぶ。夜の帳が落ちるときのチャオプラヤの川面を染める街の灯り…哀愁がある。
 そんな素晴らしい国だからこそ、一刻も早く元の平和な国に戻って欲しいと切に願う。

 大部分が敬虔な仏教徒であるタイ国民、慈悲の精神で頼みますよ。
 
『雨に散りゆく桜… 』
 
 雨に散りゆく桜は物悲しい。ああ、今年も桜が終わったのかと、しみじみ感じる。朝のウオーキングも遠回りして桜の木の下を敢えて通る。帽子にはらはらと花弁が落ちる。花吹雪に出遭ったときは、歌舞伎役者の気分にもなる。

 
 かくして春は足早に去って行ってしまう。11日~13日は京都へ。仁和寺の桜は初めてだ。古都の春を夫婦で愉しむ…。
 
 露地栽培の畑にじゃが芋を植えた。種芋の切り口に灰汁を振りかけて。6月には収穫できるというが、大丈夫できるのだろうか。ネットや新聞の園芸欄で勉強した自己流の農作業だけに、いまいち不安。ミニトマト、オグラ、胡瓜の種も蒔いた。ビニールで覆って、小さなハウスを作った。無事元気に芽を出して欲しい。
 
『亀田史郎氏業界追放は当然』 
 
 亀田史郎氏がどうやらマネジャーライセンスを剥奪される見通しだ。所謂業界からの永久追放。そうなれば亀田ジムは廃業を余儀なくされる。暴言、悪態の数々―身から出たサビとはこのことだろう。
 先のポンサクレク×亀田興毅との判定を不服として、コミッション役員を試合後恫喝した事が、年貢の納め時となった。
 協会は亀田3兄弟に対しては救済の道を探るという。
 ともあれ試合の度に何かしらトラブルを繰り返す史郎氏…。もううんざりだ。業界からの追放は当然だ。
 

『カラオケ発表会』 

 
 9日は渋谷区幡ヶ谷区民会館で花にし会の「カラオケ発表会」。民謡あり、踊りあり、カラオケありで日頃の練習成果を披露した。私は小夜しぐれ、想い出迷子の二曲唄った。弁当、飲み物付きで一日楽しんだ。

露地栽培でじゃが芋を植えた
舟木昭太郎の日々つれづれ

 
花にし会のカラオケ大会風景
舟木昭太郎の日々つれづれ  

 

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見応えのあった興南×日大三戦/私の桜鑑賞の彷徨は続く…

『見応えのあった興南×日大三戦』
 
 春の選抜高校野球は沖縄の興南高が延長12回10-5で日大三高を破って優勝した。見応えのある決勝戦であった。
 興南の島袋、日大三の山崎、共に両投手の力投は胸に迫った。特に189球を1人で投げ抜いた島袋投手は、再三のピンチにも笑顔を絶やさず踏ん張った。国民が高校野球というものに魅了される要素には、こんな純真な姿を見るからだろう。
 
 一方12回途中まで投げ抜いた山崎投手も爽やかな印象が残った。闘志をぐっと内に秘めて、ほとんど感情を表に出さない。クールな姿に、私は驚きと尊敬をもって観戦した。どうしたらかくも強靭な精神はを育む事ができるのかと。時に我々は物事が上手くゆかず、些細なことでも感情を露わにする。自己抑制ができない。大したものだ。
 
 この山崎君は2年前に小児脳腫瘍の手術を受けていた、という。一時は「野球なんてとんでもない」と医師から宣告されていたという。手術が成功して、野球もできるようになったという。こんな極限の辛い経験があるいは、山崎君を人一倍精神の強い人間にしたのかも知れない。小児脳腫瘍で苦しむ全国の少年少女も、山崎君の勇姿には元気づけられることだろう。
 打撃の方でも5番を打ち、今大会通算最多安打の13本。優勝できなくて、悔いはあるだろうけど凄い事をやった…私はおしみない拍手を送ります。
 
 興南・我喜屋優(がきや・まさる)監督(59)の手腕・采配も優勝高に相応しいものだった。何事にも動じず、選手を信頼する姿。朴訥にして寡黙。いままで多くの高校野球監督を目にしてきたが、これほどの適任者は見たことがない。
 勝負を感じさせない勝負師、と表現出来ようか…。昨年までは貧打に泣かされた打撃陣を見違えるように変貌させた。選手達は、自信に満ちた力強いバッティングで、勝ち進んだ。
 わずか1年弱でかくも別人の如く変えた。その指導力には敬服する。21世紀枠校に敗れて、試合後の発言で物議を醸した監督がいた。その指導力もさることながら、教育者としても我喜屋監督をしっかりと見習って欲しいもの。
 
 興南高の先輩である具志堅用高さんも、決勝戦に東京から朝一番で応援に駆け付けた。優勝の瞬間には沖縄県仲井間知事とがっちり握手。感涙に咽んでいたという。具志堅さん、良かったね。おめでとう!
 興南も、日大三も、夏にまた甲子園に出て来てください。楽しみにしています。
 
  
 K-1GPが開幕した。印象深いのはピーター・アーツ。過去の栄光、いまいずこ。無残だ。京太郎にKO負けした。彼の全盛期を見てきた私にとっては、なんともやりきれない。
 K-1に残した功績は測り知れない。もう十分だ。これ以上醜態をさらさないでもらいたい、と私は願う。老兵は静かに去るのがよかろう。
 
 
『私の桜鑑賞の彷徨は続く…』
 
 ♪さくら さくら 弥生の空は~
 今年は格別に桜の花が綺麗。気候が寒暖の差があったのがプラスしたのかもしれない。例年よりピンクがかっている。開花してから、寒いのも長く花見ができる要因。
 土曜日(3日)は妻と代々木公園に出かけた。まだ午前中だというのに、花見客は来るわ、来るわ。うんかの如し。空地という空地はひとひと。こんな現象はかつてみたことがない。
 世の中、不況だからだろうか…。
 
 4日は地元西原商店街の玉川上水遊歩道で、桜祭り。私もカラオケを早々に切り上げて、手伝った。ソーセージや餅焼き等をサポートした。夜は気温が下がって堪えたたが、夜桜が電灯に映え幻想的だった。今年もつつがなく、桜祭りを迎えたことは嬉しい。カラオケ仲間、地元の知り合いも集まって盛り上がる。尚、2日、私は?才の誕生を迎えた。この歳になると、いささか複雑だ。
 来週10~13日は夫婦で京都へ。仁和寺の桜、二条城の国宝公開を見学に。出向している息子に会うのも楽しみ。
 まだ私の桜を求めての彷徨は続く。ああ、絶えて桜のなかりせば、である。

代々木公園の桜と見物客・・・(4日、午前)
舟木昭太郎の日々つれづれ


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亀田、ポンサクレックに完敗喫す 父・史郎氏は息子のため自重を

『亀田、ポンサクレックに完敗喫す 父・史郎氏は息子のため自重を』
 

 WBCフライ級タイトルマッチで亀田興毅は暫定王者のポンサクレック(タイ)に2-0の判定で敗れて初防衛に失敗。王座を陥落した。
 流石に17度防衛のベテラン。21度の世界戦のキャリアを存分に生かした。亀田に付け入る隙を与えず、ポンサクレックは完勝した。
 

 真正面から、ポンサクレックは亀田を見据えて終始戦った。挑戦者というよりは、風格ある王者の戦い方だった。リーチで劣るポンサクレックだが、接近しての攻めは巧みで特にアッパーが光った。32歳の挑戦者、23歳の王者、9歳の年の差をポンサクレックはいささかも感じさせなかった。感心した。
 亀田にすればバッティングによる出血は想定外であったろうが、それにしても攻撃が単純すぎた。フットワークをもっと使い、ジャブを多用してアグレッシブに攻めるべきだった。
 採点は一人がドロー、二人がポンサクレック。ドローにしたジャッジの採点の基準は、何処にあったのかと首を傾げたくなる。
 それにしても試合後の控室で、またもや父・史郎氏がコミッション役員などに採点の不服を訴えて、激高し荒れまくったというたという。
  
 またしても出てきたか。せっかく亀田兄弟のダーティーなイメージが払拭されて来ているのに。子供らが必死で頑張っているのだから、何があっても自重すべき。問題があるのなるのら、WBCに提訴することだ。「首を(安河内事務局長の)取ってやる」などと、脅しはもっての外だ。ボクシングはルールのあるスポーツである。
 

 亀田史郎氏の実績、兄弟同時王者を誕生させたその手腕は私も認める。だから史郎氏のマネージャーライセンス認めるめるべきだという意見が盛り上がっているという。が、拙速に認可するのはどうか。コミッションも協会も慎重に”待った”を出す勇気をもって欲しいものだ。時に厳しい姿勢をとることが、結果的に亀田親子を救う事になると思うのだ。敢えて言う、亀田3兄弟には未来がある。史郎氏は不本意であろうが、輪島功一さんや具志堅用高さん等と会う機会を設けては如何。偉大なる先輩の話を聞けば、きっと得るものが大きいはず。
 

『恒例の食べ歩き、先ずは「七福」へ』
  
 恒例の加賀屋先輩とのB級グルメ食べ歩きの今回は、地元上原地域。先ず行ったのは代々木八幡商店街にあるもつ焼き「七福」。小田急線代々木八幡駅&地下鉄代々木公園駅から徒歩1分、狭い路地を入って隠れたようにあるレトロ調の居酒屋。
 大きな赤ちょうちんが路地の天井からぶら下がっているのが目印。
 土曜(27日)5時半で御客はまばらだったが、早速我々はもつ焼き、煮込みをオーダー。飲み物は霧島のお湯割り。タレで食したが新鮮で美味しいかった。次に焼き鳥を塩で食べた。これも合格点。メニューも沢山ある。大人の隠れ家のような店が地元に存在してたことは嬉しい限り。
 我々は白ホッピーを最後に1杯づつ飲んで店を出た。
 
『日本そば「山せみ」は雰囲気あり』 
 
 次に向かったのは代々木上原駅の近くにある日本そば割烹「山せみ」。同店は神楽坂にもあるということだが、地元ではかなり評判のお店。お店の雰囲気、店員の接待も悪くない。勿論味もだ。
 我々は熱燗を注文して、肴は里芋と焼き味噌。里芋が格別に旨かった。ほど良く甘くて…。
 最後に先輩は天そば、私が鴨南そば(温かい)を食べて終る。静かな、大人のデートコースにも、もってこいの店として推奨できる。〆て約5500円也。お酒も結局3合、少々酩酊した。

  
焼き鳥「七福」、大ちょうちんが目印。

舟木昭太郎の日々つれづれ

 
蕎麦割烹「山せみ」、味もよし、雰囲気もよし

舟木昭太郎の日々つれづれ

 

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