K-1GP2009決勝戦で思うこと…/ムエタイの英雄シリモンコン死す | 舟木昭太郎の日々つれづれ

K-1GP2009決勝戦で思うこと…/ムエタイの英雄シリモンコン死す

『K-1GP2009決勝戦で思うこと…』
 K-1GP2009はセーム・シュルトが優勝がした。4度目の戴冠。既に引退しているホーストと並ぶ。決勝までの3試合はいずれも1RKO。決勝のボンヤスキーも鎧袖一触の破壊力。問題にしなかった。
 例えてシュルトはK-1のガリーバー。2㍍12㌢巨漢で、パンチも膝蹴りもある。まともな体調なら、崩せる相手ではない。オーフレイム、バダ・ハリは今回の試合を見る限り心もとない。アーツ、ホーネスト、佐竹、バンナ、シカテックらが凌ぎを削った初期のK-1が懐かしい。

 
 K-GPは11年から隔年開催になるようだが、今年のような緊迫感に欠けた試合を見せられると致し方がない気もする。「日はまた昇る」…そう祈りたい。

   
『ムエタイの英雄シリモンコン死す』
 訃報です。あのムエタイの英雄、シリモンコン・ルークシリパットさんが、死去したという。タイの友人マニット氏からの連絡。死亡の原因、正確な日時は不明。判明次第、続報をお伝えしたい。本当なら残念なことだ。同氏と最後に会ったのは、2007年9月、バンコクのホテルだった。「ムエタイ黄金時代」のDVDで収録するインタビューをお願いした。

 
 ’76年3月には、藤原敏男と対戦した。60年代を代表するスーパースター。一時東金ジムでキックボクシングのコーチを務めた。大の親日家で4年前最後に会った時も「日本にまた行きたい。僕が初めて友達になったのは、舟木さんです。ジム(ソータニクン)に取材に来て貴方と知り合いになりました」と通訳の滝沢幸治氏を通して、久しぶりに会った同氏は笑顔を絶やさず話してくれた。最近の仕事はジム会長の運転手などをして現役時代の華やかさに比べて、晩年は不遇だった。
 私の第二の故郷タイで、センサクに続いてまた一人、友人を失った。残念至極。ご冥福を祈ります。

 
   
 知人に招待されて赤坂の「ととや魚新」に行った。ミッシュラン☆1つの割烹料理店。店の看板は小さく、明りも暗いので見過ごして、私は通り過ぎてしまった。
 考えてみれば、この敢えて目立たぬようにはからう店主の思いが、店内に入り分かった。
 一言でいうと質素を旨とする…そんな主人の思いが伝わる。テーブルが3つ、それにカウンターだけのこじんまりとしたお店。雰囲気がある。

 
 その前進は魚屋だというが親方、女将、仲居さんの応対が凛として気持ちよい。料理は懐石で、刺身は口に優しく、十分な歯応え。量も適量。刺身の中では、クエが美味しかった。日本酒が思わず欲しくなり、冷酒を一杯。芋焼酎魔王をお湯割りで一杯。他に三品食したがいずれも満足。改めて足を運びたいお店だ。ミッシュランの舌と目は間違っていないと思う。料金もリーズナブルだ。詳しくはお店のHPで。

 

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