ニューオオタニ17階での食事&夜景 添野道場の40周年興行に感慨無量
先週金曜日はホテルニューオータニの本館17階レストランでアオバ企画高橋専務主催の新年宴会。デザイン会社Zapp!の白金社長夫妻、社員に混じって私も招待を受けた。女性が9人、男性が4人と、さながらハーレム。まあ、若い女性に囲まれて、且つ回転するレストランの夜景を眺めながら、食事とワインのひと夜。これほど幸せな事はない。当然痛飲した。
赤坂の夜景は新宿や池袋のゴージャスな趣とは一味違って、大人の雰囲気―たまには、夫婦で出かけるのもいいのでは。因みにバイキング方式の料理の味も及第点で、ここは御勧め。
高橋専務、ご馳走さんでした。
15日(日)は後楽園ホールで添野道場40周年記念大会。士道館添野義二館長から招待状が届き喜んで見に行きました。添野館長とは極真空手に在籍していた頃からのお付き合いだ。共に長い道程を歩んで来た、謂わば戦友である。
NET(現テレビ朝日)が民放3番目でキックボクシング放送に参戦した時、大山館長(当時)率いる極真会(当時)が、極真ジムとして加わった。そして抜擢されたのが極真の龍虎と謳われた山崎照朝と添野義二だった。S44年4月、大田区体育館で旗挙げ戦が行われた。このNET「ワールドキックボクシング」は1年も持たずで打ち切られたが、思えば私も山田ジムからデビューするはずで、ポスターまで出来上がっていた。私にとっては幸いなことに出場予定の試合が、テレビ局の突然の放映打ち切りでリングに上がらずに済んだ。
添野館長は私の名前が載った、そのポスターを大事に道場に飾っているわけで、私にとっては実に恥ずかしい。
添野氏はやがて極真と決別、添野道場を設立。空手ばかりかキック界にも進出。多くのチャンピオンを輩出した。その後、世界空手道連盟士道館も組織して、現在に到っている。
故梶原一騎先生が最も信頼した人物で、極真空手と格闘技の裏面を知っている人は添野館長をおいて他にいない。事件の節々に添野館長の名前が出てくるために、何故かダーティーなイメージが付きまとう。本人の名誉のために言っとくが、実際はそうではない。実に繊細で、正義感に燃えた男なのである。
道場はご子息に任せ、いまは伊豆に住んでいる。時に伺って格闘技の裏話に時間の経つのも忘れる。一道場生から40年来のお付き合い…大山総裁亡きあと、公私共に私がお付き合いする方である。(黒崎先生は別)有難いことだ。
40周年本当におめでとうございます。益々お元気で、格闘技界のために頑張ってください。
当日試合も盛り上がり大盛況だった。会場では故梶原先生の篤子夫人とも会えたし、何よりもウクリット・サラサス氏(タイ人)と会って昔話ができたことは、法外な喜び。
ウクリット氏は添野義二のキックデビュー、カンナンパイ戦のレフェリーを務めている。同氏は今は国際式のレフェりーとして活躍するが、同氏とも40年…思い出は尽きない。
ああ、人生万歳!
ウクリット・サラサス氏(左)と、会場で。
同氏は添野義二のキックデビュー戦のレフェリーを務めた人でもある・・・。
