野口恭さんの死と、忘れえぬ思い出
名門・野口ジムの野口恭(二代目野口ジム会長)さんが逝去した。享年69歳。キックボクシングの創始者野口修氏の実弟である。元日本フライ級王者。喪主は長男・勝氏(野口ジム会長)
5日に心不全で亡くなり、そのお通夜が11日、6時から町屋斎場で行われた。私は5時半に町屋駅改札で故・西俣寿雄氏の美佐子夫人と待ち合わせて斎場に向かった。伝統あるジムの前会長の葬式だけに通夜の客も、ボクシング関係者で溢れた。
F原田、西城会長ら、キックでは伊原、藤本会長、シュートボクシングのシーザー武士氏も焼香の列に並び、武田幸三の姿も。
思えば具志堅用高を生んだ協栄ジムの故・金平正紀会長も当ジムOBだし、輪島功一を生んだ三迫ジム三迫仁志会長もしかり。シンデイレラ・ボーイと騒がれた西城正三(現オオクラジム会長)も、野口ジムのベビーボクシング生からやがて、協栄ジムで世界チャンピオンに就いた。まさに華麗な一族なのである。初代会長進は、日本ボクシング界の草分けで、リングネームは、ライオン野口。日本ウェルター級初代王者にして、右翼の壮士でもあった。
少し横道に逸れたい。もう30数年前のことだが、赤坂の「月世界」というクラブで恭会長にご一緒したことがある。約束の時間に遅れて私が店内に入ると、突如スポットライトが私を照らした。同時にハッピーバースデートゥーユーの演奏がけたたましく鳴り出した。なにしろ壇上のフルバンドが一斉に立ちあがって、奏でるのだから迫力がある。
お客も拍手で迎える。私がキョトンとしていると「今夜は舟木さんの誕生日になっているからね」と野口プロのスタッフが耳打ちしてくれた。あれは確か師走の頃で、私の誕生月は4月…あとで聞いたら「恭先生は気に入った人には、時々こういう遊びをする」ということ、酔狂だと。
咄嗟に理解した私は、当事者としての主役を堂々と演じた。振り返れば一世一代のイベントであった。
茶目っ気があり、酒は滅法強く、豪気な人であった。世界王者は育てられなかったが、東洋無敵の龍反町を生んだ。因みに俳優反町隆史は、所属事務所の社長が反町選手のファンだったことで命名したと聞く。
いずれにせよ、また一人私の大事な人ががこの世を去った。
生きることはそれだけ多くの不幸も見ることだ。寂しいものだ。弟を失った修社長から前日、電話を頂いた。「皆死んじまって…俺も長くないよ」といつになく弱気で、せつなかった。
恭会長、ご冥福を心からお祈りいたします。