舟木昭太郎の日々つれづれ -65ページ目

わがスマホ紛失騒動記/米大リーグポストシーズン考/他

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・わがスマホ紛失騒動記
 ~紛失場所はどこだ!~
 ~神田警察より連絡アリ!~
・秋雨の降る早朝の散歩
・米大リーグポストシーズン考
 ~Wシリーズも日本人投手がカギ~

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わがスマホ紛失騒動記
 
 17日13時過ぎ千代田線の代々木上原駅から赤坂駅に向かった。14時にTBSで打ち合わせがあり小一時間ほどで終わり、別の用件で神保町に出た。で、知人と喫茶店で落ち合って、仕事の打ち合わせが済んで店を出た。10分後にスマホがない事に気付いた。同じ町内のデザイン事務所の社長に電話しようとしたのだ。
 
 背筋がゾッとした。取りあえず最後に行ったKコーヒー店に舞い戻り、スマホがなかったかと店員に尋ねてみたが、いまテーブルを片付けた所だが無かったと彼女は言った。いよいよ私は焦った。パソコンが突然固まるように、私の魂が固まるのが分かった。
 
 近くの知人の会社に寄って、スマホを紛失した旨を話して携帯を借り、暫く自分の携帯に何度もコールしてみた。呼び出し音は鳴っているものの全く反応がない。この時点でなんとなく千代田線の座席の上が紛失場所として濃厚になってきた。あの車両は確か綾瀬か取手行き、もしかして誰かに持ち去られてデーターをパクられたらと考えるとゾッとした。著名アスリートの携帯番号からメールまで、ぎっしり詰まっているからだ。
 
 実は赤坂駅に着く寸前、袋から書類を引っ張り出したり、バックの中を物色したりやったから、その間にでも座席にスマホを置き忘れたのではないか。この辺になると全てがあやふやで、記憶が欠落していた。老耄の兆しや。
 
 
~紛失場所はどこだ!~
 
 念のためTBSのAさんにも電話してミーティングルームを調べてもらった。無いと言う。いよいよ千代田線だ、急ぎ家に帰って、JRから東京メトロ、小田急の遺失物課に片っ端から問い合わせする。千代田線は3社が相互乗入しているから複雑だ。
 
 いずれも「今の処その種の携帯は出ていない」の返事。そこで観念した。NTTドコモに、紛失したので電話をストップしてくれるようにと依頼。翌日早朝には上原駅前の代々木警察大山派出所に出向き紛失届を出した。
 
 で、その日は悶々として半日を過ごしたら14時頃神田警察から「貴方の紛失したと思われる携帯を預かっています。メーカーは?待ち受け画面は、携帯の色、カバーの色は?」と立て続けに聞かれ、間違いない事が判明した。私はすぐ飛ぶが如く家を出て、神田警察署に向かった。
 
 
~神田警察より連絡アリ!~
 
 恰も一瞬のうちに深い霧が晴れた感じで、たかが1台のスマホでかくも人格が変わる様は自分でもおかしいと思った。神田警察遺失物課には紛れもなく私のスマホがあった。それは戦場でちりじりになった我が子に巡り会えたような、感激を覚えた。
 
 で、因みにどこから出てきましたかと係の人に問うと「神保町のKコーヒー店から届出がありました」と。思わずへえ~と私は声を発した。
1度尋ねたのに、と不思議に思ったのだが、いずれにしても2日間にわたるスマホ大捜査線はかくて解除。Aさん、Oさんお騒がせしました。そしてKコーヒー店、有難うございました。
 
 これも老耄の現象の兆候か、老耄と生き老耄と共に生きさらばえるか己の人生は。生きるとは時に歓喜に満ち、ときに地獄を行き来しながら朽ちて行く定めのようだ。覚悟せよ、お主!
 
 
秋雨の降る早朝の散歩
 
 20日(日)は早朝から雨、しとしと秋雨の降る中、冬支度で散歩にでました。途中畑に寄って見回り異常ない事を確かめると初台の御屋敷街を通り、東京オペラシティーまで行って戻ってきた。日曜の朝は静かで私の最も愛する曜日だ。
  
 もう6時だというのに家々はまだ深い眠りの中にある。路地の桜の大樹からは、雨に打たれた枯葉がはらはらとワルツを踊るようにゆったりと落ちてくる。傘に落ちる雨音はシルクのように優しくさしずめ土に還る枯葉の葬送曲のようだ。森羅万象を独り占めにしたような散歩、これこそ至福の時間、私だけの時間だ。柄にもなく有名な詩を口ずさんだ。
 
ヴェルレーヌ[枯葉」
 
 秋の日の
 ヴィオロンの
 ためいきの 
 ひたぶるに
 身にしみて 
 うら悲し。
 
 鐘のおとに
 胸ふたぎ
 色かへて
 涙ぐむ
 過ぎし日の
 おもひでや。
 
 げにわれは
 うらぶれて
 ここかしこ
 さだめなく
 とび散らう 
 落葉かな。

 (上田 敏訳)
 
 
 有名なヴェルレーヌ詩は、こんな秋雨の日にぴったりです。
 秋の季節にはお気に入りの俳句も枚挙にいとまがありません。
 
 秋の野や 草の中ゆく 風の音
           (芭蕉)
 
 旅の旅 又その旅の 秋の風
 
 名月や 伊予の松山 一万戸

           (子規)
 
 そんなわけで、今夜も一献、寒々と降る雨の夜はやっぱり熱燗だっぺな、んだんだ。何故か故郷福島の訛で、とって付けたような理由でしみじみ秋の夜長を慈しみました。嗚呼、俺は紛れもなく日本人だ!
 
  
米大リーグポストシーズン考
  
ポストシーズンは結局、ナ・リーグはセントルイス・カージナルス、ア・リーグはボストン・レドソックスが優勝して、世界一を競うことになった。ボストンの上原投手は優勝の立役者になってこのシリーズのMVPに輝いた。
 
 何とも凄い事である。あの巨人時代の上原浩冶が、大リーグのクローザーになって、しかもMVPとは誰が予想できたか。君子は豹変するか。
来期の年棒は凄いぞ、これぞアメリカンドリーム!
 
 ナ・リーグはドジャースを応援していたが頼みのカーシュ―投手が打たれ敗れワールドシリーズ進出を逃した。ドジャースは、チームが若く試合巧者のカージナルスにしてやられた感じがする。
 
  
~Wシリーズも日本人投手がカギ~
 
 一方ア・リーグを制したボストンは、投手力と打線に1日の長のあるデトロイトをきめの細かい投手リレーとすきのない試合運び、全員野球で対戦戦績4勝2敗で振り切った。前年ア・リーグ東地区最下位からの優勝、まさにミラクルである。
 
 何しろタイガースは昨季3冠王(今季も打率348厘で首位打者、ホームラン44本でア・リーグ2位、打点も2位)のカブレラに、フィルダーの大砲を揃え、投手は今季ナ・リーグ最多勝(21勝3敗)のM・シャーザーとサイヤング投手J・バーランダーがいて圧倒的に有利とみられいた。勝負とはわからないものである。強いから勝てる訳ではない。
 
 それにしても田沢→プレスロー→上原とつなぐボストンの投手リレーはなんとも素晴らしい勝利の方程式だ。セントルイス・カージナルスとの世界一を賭けた戦いに、日本人投手がキーポイントになる。いよいよ見逃せない。 
 
  
雨の日曜日、早朝の渋谷シルバーセンターせせらぎ内の散歩道。
舟木昭太郎の日々つれづれ 

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わが「病床三昧記」/百田尚樹著「錨を上げて」/他

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・わが「病床三昧記」
~風邪が引き金の下痢~
~遂に病院の門を叩く~
・百田尚樹著「錨を上げて」
・米ゴルフ開幕戦松山3位タイ
・野球も日本選手が花盛り

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わが「病床三昧記」

 
 7日からの1週間というものはまさしく最悪、地獄の日々だった。鼻水がグジグジ、何となく体が重かったのだが、朝のラジオ体操、それに始まる前の自己流の腕立て伏せや腹筋ではかえって数を増やした。
 
 雨の日も散歩だけは出掛け畑を見回った。時に雨に濡れて畑を耕して万能葱やミズナの種を蒔いた。それが引き金となった気がする。9日夕刻仕事の打ち合わせで新橋へ出掛けるあたりからどうも体が怠い。それでも打ち合わせのときは緊張の所為か感じなかったが、帰宅した途端もう動けなかった。
 
 それからは地獄の始まり。外食もそこそこに就寝したが、とっぜん猛烈な下痢が始まった。尾籠な話で申し訳ない。それからほとんど飲まず食わずだったのにピーピーたる排泄で、眠る処ではなく5分置きにトイレに駆け込んだ。
 
 
~風邪が引き金の下痢~

 
 さながらお尻はたゆまざる噴火口。で、2日目は、林檎二口だけの1日の食事は空腹でたまらず、腰が鈍器で殴られような痛みにベットから起上がるのも難儀、下痢なのに何故か腰にきた。それでもピーの度に起きねばならずもう泣きたくなった。
 
 風邪程度では医者には掛れないという20年来の私の信条は、2日目までは何とか守れたが、これはもしかして単なる風邪じゃないぞと疑って、夕方近所の病院に行ったら何と「本日臨時休診」。仕方なく帰宅して何も口に入れず寝た。
 
 ついていないときはいい方向には向かわないものだ。熱いお茶を1杯飲んだら相変わらずピーピー、顏から脂汗、下からお茶のジェット噴水。眠れぬ夜をまた過ごした。
 
 3日目、9日の土曜日、我慢できずに代々木上原駅前の吉田クリニックへ走る。10時前、自転車のペタルをやっとこさ踏んでで辿り着く。拙宅から僅か徒歩8分位なのに疲れてクリニック前の電柱でひと休みしてから徐(おもむろ)に受付に入った。
 
 
~遂に病院の門を叩く~

  
 倅がアトピーで中学時代から御世話になっていた病院。吉田健太郎院長はアトピーの権威で、全国から患者が集まってくるのです。で、幸いこの日午前は吉田院長が担当で、入念に診察してくれてわけです。体力を消耗しているからと、点滴を勧めてくれた。
 
 倅を通して先生をかなり前から存じ上げていましたが、先生も私の名前を倅から聞いたらしくゴングの編集者だった事を知っていたようです。先生は超のつくボクシングファンで、倅も何でも知っているボクシング博士のようだと驚いていました。それで以前弊社販売のDVD「カンムリワシ具志堅用高1,2」を差し上げたことがあり何故か初対面という気がしませんでした。
 
 点滴の1時間の間、ピーがとても心配だったが、奇跡的にもこの間はなかった。いまは瞬時に血液検査ができるらしく点滴が終わった後の再診察の時には、既にデータが全部出ていて、下痢の原因(病気)が特殊なモノではないことが分かった。風邪によるもであった。
 
 そこで先生は「漢方薬で直しましょうと」3日分の漢方薬を出してくれた。帰宅しとたんにトイレに飛び込んだ。腸よ、よくぞ1時間余我慢してくれたと感謝。昼食は家内が温麺を作ってくれたので早速薬を服用した。即就寝。
 
 夕食時には少し楽になったので、普通の半分の量だがワインを軽く飲んだ。ご飯は軽く茶碗に半膳食べて、寝たらピーが大分少なくなりぐっすり眠れるようになった。14日早朝には平常ダイヤに戻った。4時半起床、5時活動開始、6時25分からの大山公園のラジオ体操ができた。体操仲間からは顔が一回り小さくなったといわれた。すっかりピーが止り食後の排便では正常のものになっていた。バンザイ!
 
 漢方は緩やかなカーブを描くように治ってゆくのが実感できる。すこぶる体に善いことがわかる。患者の身になった吉田先生の治療法に得心す。いずれにせよ、今回の醜態は「お主、衰えたり!」。子規の病床六尺、ならず病床三昧、改めて若くはない、無理は禁物と猛省した次第。喝!
 
 吉田先生近い中にボクシング談義をしましょう。楽しみにしております。ありがとうございました。 ふん(糞)、お前のくそ(糞)面白くもねえふん三昧話に付き合っていられるかい!全くですよねえ。糞(噴)飯ものです。話の垂れ流しです。この辺で御開きといたします。
 
 
百田尚樹著「錨を上げて」

 
 この3日の間はひたすらベットの中で下痢に悩みながら百田尚樹著「錨を上げよ」を読んだ。図書館から借りていたものだ。1,2巻1200頁になんとする大長編自伝小説である。まあ、字の塊のような文章のぎっちり詰まった本を精読するだけでもタップリエネルギーを消耗す。
  
 改めてこの作家の無尽蔵な知識と体力に敬服する、その冒険ダンキチのような八方破れの行動力にも。面白すぎて1巻は3日とかからず読了した。幼少期から同志社大学に入学するまで。
 
 停学アリ、セックスアリ、恋愛、失恋あり、事件あり、何故か青春の象徴”へんずり”(大阪だはこう称するらしい)がやたら出てくる。とまあ、青春のあらゆる要素が幾重にも絡んでは解れ、また絡み実に波乱万丈の航路をあゆんできた方だからこそ、あのデビュー作「永遠の0」のような名作を生み出しだしたのだろ。これでもかこれでもかと畳み掛ける迫力、取材力に著者の何物にもくじけない負けん気が在るような気がする。
 
 「永遠の0」を読んだ人でも、「錨を上げよ」を読めば著者の赤裸々な青春航路、実生活、家族関係が克明で、その様には感銘を受けるだろう。2巻目を読みだしたが、引き込まれるような感覚である。「本より素晴らしいものない」の手応えである、
 
 
米ゴルフ開幕戦松山3位タイ

 
 米ゴルフトーナメント開幕戦(フライス・ドットコム)に出場した日本の2選手石川遼と松山英樹は、タイガーウッズら大物選手が出場していないが、ともかくも今年の本場での1年間の競技生活のスタートを切った。そして大活躍。
 
 松山は最終日16,17,18と上り3ホールを連続バーディーとして。米ツアー最高の3位タイに入った。石川はスコアを落して21位タイ。両人とも今年から米ツアーに本格参戦した。どちらが先に初優勝を飾るか。彼等ならきっとやれる!
 
 異国の大地で奮戦する日本のアスリートを見るのは実にいいもんだ。野球ではポストシーズンが真っ盛り、今日14日(現地13日)、レッドソックスはホームでタイガースに大逆転した!私はそのシーンを見てない、残念。上原が勝利投手、これで1勝1敗。う~ん、俄然面白くなった。
 
 
野球も日本選手が花盛り

 
 私はアメリカン・リーグは、レッドソックス、ナショナルリーグは、ドジャースが勝って、世界一を戦ってもらいたいと念願している。それにしても野茂英雄が開拓した大リーグに、松井秀喜がヤンキースで世界一とMVPに輝きいまはイチロー、黒田、岩隈、青木、田沢、上原と日本選手が星座の如し。日本選手いなくちゃ大リーグも成り立たない。
 
 大したものよ。楽天の田中投手は、来期ヤンキースが高額で狙っているという噂である。ポストシーズンにも出られない名門ヤンキース、なりふり構わず金を振りかざしてくるだろうから、こちらも日本シリーズが終わると華々しくマスメディアは騒ぎ立てるはずだ。結構なことだ。日本人は、井の中の蛙は遠い昔のはなしになった…とさ。
 
 
咲き乱れる拙宅のオキザリス・ポピー
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
百田尚樹著「錨を上げて」(講談社)
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
 

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秋爽の候、天高く/西葛西で故竹内社長の同級生に会う/他

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・秋爽の候、天高く
・体育の日は特別な日

[話題] 
・神業の体操白井健三
・何事も早期教育が大事
・DVD発売延期の御知らせ
・西葛西で故竹内社長の同級生に会う

 ~西葛西の夜は更け行く~

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秋爽の候、天高く
 
 街を歩いていると、金木犀の強い匂いがどこからともなく鼻を衝いてきます。正に秋爽の候、空は高く澄み渡って何だかふと旅に出たい心境になります。ハナミズキは、はや落葉が始まりました。来るべき初夏の開花に向けて、終わりの始まりです。植物は起承転結が鮮明です。
 
それにしても去年畑で見られたトンボやミツバチが今年はほとんど見受けられない。暑さの所為(せい)かと思っていたらどうやらそうでもないらしい。特にミツバチは大量に死んで日本ばかりか、欧米でも大問題になっている。どうやらネオニコチノイドという農薬が原因らしい。
 
 それで困っているのは養蜂業者ばかりか果物栽培農家でも花粉交配用のミツバチが減少して高騰しているという。そのうち地球上から昆虫が絶滅してしまうかも知れない。
 ♪夕焼け小焼けの赤トンボ 追われてみたのはいつの日か~
  
 赤トンボも、歌の世界だけになるか。嗚呼…此の世の終わり。
 
 
体育の日は特別な日
 
 スポーツの秋でもあります。各地の学校では運動会が開かれています。かつては体育の日だった10月10日に殊の外思いを馳せる格闘家がおります。一人は具志堅用高さん、もう一方は沢村忠さんです。
 
 御存じ”カンムリワシ”具志堅用高さんは、現在タレントとしての方が有名ですが、遡れば不滅のプロボクサーでしたよ。1976年(S53年)10月10日、山梨学院大学体育館で、ファン・グスマンを7回KOで破り世界J・フライのタイトルを奪取いたしました。
 
 あの火を噴くようなパンチの連打、破天荒なKO場面は今でも私の脳裡に焼き付いています。私は格闘技誌の編集者としての取材しておりました。、勿論ボクシングではこの試合が、私の一番の名勝負です。以後具志堅さんは、連続13度の防衛を果たしました。現在は白井・具志堅ジム会長として後進の指導にあたっています。「100年に1人の男」という称号は37年経ったいまでも、いささかも色褪せてはいません。
 
 ”キックの鬼”沢村忠さんは、キックを世界に広めた人です。毎週月曜夜7時からTBSでレギュラー放映され「真空飛び膝蹴り」は茶の間のファンを狂喜させたものです。その稀代のスパースターが、引退の日に選んだのが10月10月(1977年)でした。
 
 沈黙を破り約1年ぶりで姿を現した彼は、後楽園ホールで試合の合間に、質素な引退式を行いました。一世一代の名選手の引退にしては、寂しいものでした。後年彼は私に「引退するときは10月10日とず~と決めていました」と語りました。体育の日は、沢村さんにとっては特別な日だったのです。
 
 間もなく10月10日が訪れます。さぞや両人とも感慨深いものがあるのではないかと推察いたします。
 
 
[話題]
 
神業の体操白井健三

 
 なんとも凄い選手が現れたものである。体操の白井健三、高校二年の17才の新星。世界選手権(アントワープ)のゆか種目で「後方伸身宙返り4回転ひねり」を遣ってのけ初出場で金メダルを取った。史上最年少のチャンピオンだそうだ。で、超難度のこの技に「シライ」と技名が付いた。一体人間の身体能力はどこまで可能性があるのだろう?
 
 ニュースで見た、とても人間技とは思えぬものだ。神の領域に易々踏み込んで、いとも簡単に4回転ひねりを完遂させ、さも当たり前のようにケロッとした表情、プレッシャーという言葉は彼の辞書にはないらし。両親が元体操選手、二人の兄も体操の現役、とくれば体操一家。
 
 幼少のころからトランポリンに親しみ体操に慣れ親しんだという。謂わば英才教育、ボクシングのファイテング原田さん(世界フライ、バンタム王者=前全日本ボクシング協会会長)が私に言った。「もうボクシングでも高校になってから習っても遅いんだ。3才頃に始めてないと、いい選手はできない」  
 
 
何事も早期教育が大事
 
 その典型的な例は亀田兄弟だろう。自己流だろうが何だろうが子供のときから親がボクシングを仕込んで、今日のチャンプならしめた。ロンドン五輪、世界選手権と個人総合連覇の内村航平選手もしかり。元体操選手の両親の指導を幼少から受けた。音楽家しかりです、一流の人間にしたいのなら、どうぞお早目に、何事も早期教育ですぞ。
 
 俺は、小さいころはチャンバラごっこに、秋はアケビ採り、冬は田圃に氷を張りでスケート、夏は朝から晩まで川で水遊び、これじゃ一流にはなれっこないわね。それにしても体操の未来はアカルイ。20年の東京五輪でも白井はまだ24才だ。期待が膨らむというもんです。 
 
 
DVD発売延期の御知らせ
 
 先ず始めに「甦るキックボクシングの黄金時代」(DVD)の発売が製作の遅れにより大幅に遅れる見通しです。申し訳ありません。1番で御予約して下さいました中村至さん、有難うございました。
 
 私のライフワークとして後世に残るキックボクシングの作品にしたいと念願しておりますので、念には念を入れて編集にあたりたい、そんな気持ちでおります。御理解のほどを宜しくお願いたします。
 
 
西葛西で故竹内社長の同級生に会う
 
 西葛西で何年か振りで飲食、小雨降る街を梯子しました。切っ掛けは「UPPER CLASS」を発行しているときに広告で御世話になった、村井社長があるとき「竹内(宏介)さんの御徒町中学時代の同級生が西葛西にいますよ」と耳にしたことに全ては始まる。
 
 竹内宏介とは、元日本スポーツ社長で”ミスターゴング”といわれたカリスマ編集者(2012年5月3日、腸閉塞のため死去、享年65才)。その同級生は、「寿苑」という焼き肉店で店長を勤める通称武さん、立田武久氏。西葛西の名物男だと村井社長は紹介してくれた。
 
 武さんは小柄な少々頭髪が薄い方だった。竹内氏と同年だから、今年66才、それにしては年齢を感じさせない身のこなしで客を応対する。開口一番、「竹内は元気ですか」と私に尋ねた。去年5月に亡くなりましたが、同級生だったそうですねと、話を向けると、
 
 「そうです、御徒町中学で2年まで一緒でした。同じような背格好でしたのでいつも前の方にいました。彼とは仲良しでした。彼は漫画や、絵を描いたりするのが上手かったですよ。中3の時には東村山の方へ引っ越してしまい別れてしまいましたが、10年程前に上野のホテルで同級会をしたときに見えて、久しぶりに会いました。そうですか、亡くなりましたか…残念です」
 
 
~西葛西の夜は更け行く~
 
 お店が忙しそうだったので、武さんには改めて個人の思い出話を聴きに行くつもり。後日談、武さんと村井社長がすし店で飲んだ時に、武さんは涙を流して、竹内氏を偲んでいたという。中学時代の同級生って、いいよね。私もそうだよ。
  
 寿苑のあとは、大衆すし店ですしを少し摘み時間を調整して、スナックに。折から台風の余波で雨の中を歩いた。西葛西は高校時代の夏休み(昭和30年代)、義兄の営む運送会社でトラック助手のアルバイトをして、初めて訪れた土地である。それだけに感慨深いものがある。
 
 当時、義兄の会社では車庫用の土地を購入したばかりで、何か品物を運んで行った記憶がある。道路は田圃の真ん中の一本道で、トラックは舗装していない道路を土煙を撒き散らしながら進んだ。
 
 田圃は見渡す限りのれんこん畑で、シラサギが白い宝石のように散らばって、泥鰌や鮒をついばんでいた。そこにはただ長閑な田園風景が広がっていた。現在の殷賑ぶりからは、隔世の感がある。
 
 想い出が色濃く残る青春の西葛西で、私は楽しい一時を満喫し過ぎて、危うく終電車に乗り遅れるところだった。35年も続いているというスナックも人情豊かで、すこぶる居心地がよかった。お蔭で下手な歌を3曲も唄ってしまった。また行こうっと。
 
♪あああ、西葛西の夜は 更け行く~
  
 
”カンムリワシ”具志堅用高さん
舟木昭太郎の日々つれづれ  
”キックの鬼”沢村 忠さん
舟木昭太郎の日々つれづれ
  
公園に今を盛りと咲く金木犀、強烈な香りを撒き散らす
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
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楽天優勝とマー君の決断力/モグラ・リニアカーは無用だ!/他

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・楽天優勝とマー君の決断力
 ~巨人を倒すシーンを見たい~
[今週の話題] 
・ドラマ 半沢直樹
[今週の問題点] 
・モグラ・リニアカーは無用だ!
 ~老朽化した高架橋脚、路線の強化が先決~

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楽天優勝とマー君の決断力
 
 東北楽天イーグルスが創設9年目でみごとパ・リーグ優勝に輝いた。私はNHKBSで8回から見た。8回終わって4-3、西武をリードして今季負けなしの22勝、田中将大投手が9回裏のマウンドに立った。ロッテが日ハムに敗れて、守り切れば優勝だ。
 
 最初の打者に内野安打、そのあと四球、バントなどで1死、2塁、3塁のランナー。一打ヒットが出ればサヨナラの場面は、流石に見る側も緊張する。私は1点は致し方なしと踏んだ。
 
 絶体絶命とはこんな時に使う言葉なのだろう。だが田中は渾身のストレートを8球投げ続け二者連続三振で斬った。そして万感の優勝!彼のその精神たるや誠に以て鬼神のごとし、天晴れ24才。
 
 将棋棋士羽生善治の「決断力」の著書の中にいみじくもこんな言葉がある。「私は決断するときは、たとえ危険でも単純で、簡単な方法を選ぶ」と。まさにこの言葉を地で行くような攻めであった。
 
 一旦決めたらぶれない、肚をくくる。カーブにしようか、ストレートにしようか迷ったら切がない。西武の打者はマー君のその勇気、迫力に圧倒された。全身に漲る覇気を感じる。西武最後の打者浅村を153㌔の速球で空振りさせた1球は、何とも言えぬ野球の醍醐味を味わうことができた。
 
 
~巨人を倒すシーンを見たい~
 
 ナインの中には感涙に咽ぶ選手もいたが、田中はあまり浮かれてはいなかった。それはクライマックス・シリーズ、日本シリーズを勝たねばという新たな決意に私には思えた。
 
 振り返れば駒大苫小牧高校から東北楽天に指名されたとき(2006年ドラフト)は、正直な気持ち彼の本意とするものでなかったはずだ。できたばかりの寄せ集め集団、05年は首位から51・5ゲーム差、翌06年野村監督になっても33ゲーム差。こんな弱小球団にくじ引きでマー君の運命は決められた。
 
 そのマー君の人生だが、結果的にはくじ運が良かった、と言えるのかもしれない。野村監督の元で、野球道というイロハをじっくりと学び取ることができて、今日のマー君ならしめたのだから。他球団ではこう上手く行ったかどうか、疑わしい。
 
 「人生塞翁が馬」とはよくいったものだである。与えらた場所でベストを尽くしてると、いつかは良き結果が生れ出る。これも神様の采配かも知れない。アンチ巨人の私としては、楽天がクライマックスでパの代表となり日本シリーズでセの代表(多分堅い)巨人と対戦して、倒すこと。マーク君の歓喜のシーンを見たいものだ。
 
 それにしてもいつまで連勝は続くのだろうか。で、マー君の、その先にあるもの、それは恐らく大リーグへの道ではないか。ここに限りない向上心を有する若者がいる。頼もしい。
 
 
[今週の話題]
 
ドラマ 半沢直樹
 
 「半沢直樹」は最終回で目出度く大和田常務にリベンジ(仕返し)を果たして、ドラマはやっぱりハッピーエンド、と確信したらもう一つのドンデン返し。出世間違いなしと思わせて置いて、頭取が言い渡した辞令は何んと、系列証券会社への出向、所謂、左遷という意外な結末。
 
 だがこの終わり方があったればこそ、ドラマは薄っぺらなものにならなず済んだ。半沢が香川(大和田常務)に土下座を迫る場面で、頭取は「もうそのくらいでいいだろう」と、言うのを振り切り土下座を強要した。半沢のこの振る舞えに、頭取はいずれ自分にも刃向う惧れあり、と踏んだとしても不思議ではない。ドラマは此処に”左遷”の伏線を持たしてある。
 
 組織とはいくら有能な行員でも、組織を乱す者は危険視する。その見本が半沢となる。しかしながら上司とは狡猾なもので、あの時証券会社の出向も、後日「将来君を役員になってもらうための修業だった」といくらでも理由は付けられる。続編が囁かれるのは、そうした含みを持たせる結果の所以だろう。
 
「やられたらやり返す。倍返しだ!」は勿論今年の流行語大賞になるだろう。破天荒に面白いドラマであった。最終回42・2%の高視聴率が頷ける。42%とは約1200万世帯が見た勘定である。第一級のエンタテインメントであった。
 
 
[今週の問題点]
 
モグラ・リニアカーは無用だ!
 
 首都圏と中部地区を結ぶリニア中央新幹線の全貌が明らかとなった。2027年に開業を目指し2014年の着工を決めた。さて、夢の超特急、品川~名古屋をノンストップなら40分で結ぶというものだが、沿線4県の中間4駅に停車すると名古屋まで72分。東海道新幹線の「のぞみ」は最速で90分、この程度の時間短縮に建設費5兆4千億円(品川~名古屋間)も投じる必要性があるんですか?
 
 全長286㌔のうち86%は地下を走る。最大の難関は南アルプスを貫通する25㌔のトンネルだと専門家はみる。この地層は軟弱で工事は難航するだろうと不安視する。しかも山梨、長野、岐阜にかかるルートは活断層が横たわるらしいのだ。
 
 最も心配するのは、40㍍以上の地下深いところを走るので、地震など災害には果たしてどう対応するのだろう。最高時速505㌔、事故の大きさも想像できない。非常口は5㌔ごとに設けられエレベーターで地上と直結しているから万一事故に遭遇しても、大丈夫ということだろうが、一概に信用は出来ぬ。
 
 東海道新幹線の開業は東京五輪の1964年(S39年)だった。ほゞ半世紀が経つ。もう抜本的に整備補修の必用があるのじゃなか。こっちの方がリニアなどよりずっと大切だと思わないかね。高架橋脚の全面改修補強、路線の強度化等、それでなくとも東海地方に巨大地震が起こり得ると学者諸氏は盛んに警告している。
 
 
~老朽化した高架橋脚、路線の強化が先決~
 
 となれば公共輸送機関としては、巨大地震、大津波に対する安全整備が急務である。10年もかけて、僅か20分,30分短縮するのに血眼になるべき仕事ではない。何を置いても、乗客の生命を守る新幹線の整備作業に取り掛かるのが、先決ではないのか。
 
 今からでも遅くはない。誰か声を大にして待ったをかけるべきである。工事費も5兆4千億では多分済むまい。もしかしてJR東海の経営を根本から揺さぶる不幸な事態に陥るかもしれぬ。
 
 机上の計算と大自然の実態は違う。途中で頓挫すのも想定すべきである。で、また公的資金の果てしない投入でもする?はたまた運賃の値上げか。畢竟、族議員、ゼネコンを喜ばすだけの愚行だ。私はモグラの如きリニアは御免蒙る。地下深く矢のように走る汽車なんぞちょっとも恰好よくないで。
 
 旅は車窓から景色を見て、酒を飲み、弁当を食べる…闇の中を走るリニアはその楽しみさえも奪う。どんな事情があろうと俺はモグラリニアには乗らぬ!狭い日本、そなに急いで何処へ行く!
 
 これこそ唾棄すべき事業であり、性質のものと私は考える。この事業そのものが、人間の傲慢さの証である。奢るな、JR東海、人間よ!
 

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格闘家よ、将棋棋士羽生善治に学べ!/大山先生&梶原先生墓参り/他

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・格闘家よ、将棋棋士羽生善治に学べ!
 ~続けることの意味~
 ~どんなときも焦らず冷静に~
 ~集中して無駄な思考を省く~

・大山先生&梶原先生墓参り
・早起きの効用
・祭りだワッショイ!

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格闘家よ、将棋棋士羽生善治に学べ!
 
 先般Eテレで指揮者佐渡裕と将棋棋士羽生善治が対談していたのを偶然に途中から見て思わずはっとなった。こんなのあったのかよ~、てなわけで興味津々で眺める。最初は羽生さんが佐渡さんの公演(オペラ)先を訪れ、次は佐渡さんが市ヶ谷の将棋会館を訪れるというもの。
 
 将棋会館では館内を案内したり、佐渡さんに詰将棋を見せたりと終始穏やかな、心和む対談であった。異業種の、しかも世界的な指揮者と天才棋士という顔合わせは、それだけでも魅せられた。再々放送の機会を楽しみしております。私はちょっとばかり羽生ファン(将棋のことは分からない)でありますから、言うこと、為すことに興味があるのです。
 
 次の言葉は「才能とは続けられること」~強さの原点~(PHP)
 以下は羽生さんがその中で語っているもので、特に印象深いものを抜粋さて頂きました。25才で前人未到の七冠(王将位、名人、竜王、棋聖、王位、王座、棋王)を制した男の珠玉の言霊(ことだま)であります。羽生棋士の強さの秘密が言葉の中に隠されているような気がいたします。将棋の駒の音が「音受け」にこだまして、耳に届くような快感を覚えます。
 
 
~続けることの意味~
 
「パッとひらめくこと、たくさん手が読めることは一つの才能ですが、地道に、確実に、一歩一歩前へ進み続けられることは、何よりの才能ではないかと思います。」
 
 注:全く同じことを格闘技のカリスマ、私が尊敬してやまない新格闘術総帥・黒崎健時先生が仰っているのが興味深い。「目標に何処まで集中できるか、その執念が才能である」(必死の力、必死の心=日本スポーツ出版社絶版)
 秀でた勝負師は、軌を一にする。
 
 
~どんなときも焦らず冷静に~
 
「では勝敗を決める差は何かと言えば、精神力が大きいのではないかと思います。重要な局面になればなるほど、精神力が勝敗を左右する。人間には二通りの考えがあると思うのです。不利な状況を喜べる人間と、喜べない人間です。」
 
「将棋の対局にピンチはつきもので、頭の中で考えている90パーセントは自分にとって不利な局面です。 そうしたときは自分のペースを守ることに神経を集中させます。たとえ不利な局面でも、あまり落胆せず淡々と指していく。ここが勝負のツボを見え出すポイントで、逆転に必要な直感やひらめきを導きだす道筋となるのではないかと思っています。」
 
 
~集中して無駄な思考を省く~
 
「将棋には、ここだ!という勝負どころが必ずあります。その時、その場面で、いかにに集中力を発揮できるかが重要です。」
 
 どうです?格闘技を遣ってる方ならば、思い当たるはずです。どうぞ羽生さんの著書を読んで下さい。役立つはずです。ああ、そうだ、中4日の対局がいいとも言っている、これって大リーグの投手起用法と同じです。何だか嬉しくなってしまいました。
 
 私がいま読んでいるのは「決断力」(顏川書店・ONEテーマ21)、羽生さんという御人は、読書量も相当なものと推察する。将棋の修羅場を潜り抜けてきた経験に、豊かな知識で肉付けして読者に伝えているから説得力がある。
 
 考えてみれば、将棋は疑似戦闘である。縦36㌢、横33㌢の盤上は無限大の戦場、壮烈な白兵戦、真剣勝負を展開しているわけですから、面白いのは至極当然だ。最後に「決断力」の一節を紹介してこの項を結びとしたい。
 
「かなり危険だと判断しても、私は踏み込んで決断する方だと思う。
見た目にはかなり危険でも、読み切っていれば怖くはない。将棋では、自分から踏み込むことは、勝負を決める大きな要素である。」
 
「私は将棋の醍醐味はそいうところだと思っている。戦って、こちらも傷を負うけれど、結果として僅かに勝っていればいいのだと…。」
 
 いずれの言葉も戦場を駆け抜けてきた武将そのものです。私の人生にとっても、大いに参考になります。私が彼の著書を愛読するこれが所以である。格闘家に特にお勧めします。格闘家よ、羽生善治に学べ!
 
 
早起きの効用
 
 朝のラジオ体操にはもってこいの季節が遣って来た。少しひんやりとして気持ち爽快。これからラジオ体操を始めたいと思っている方がいたら、明日からでも実行したらよい。何故かといえばこれから徐々に気温が下がって行くから、厳冬の季節(1~2月)の丁度よい準備期間となる。私は初めて約5年になるが、その心身の効用たるや計り知れない、
 
 先ず早く起きる習慣が身に付いたこと。4時半に目覚ましを掛けて5時には1日のスタートを切る。夏は真っ直ぐ露地栽培の畑に寄って野菜に水を遣り、収穫してその足で公園に向かう。ラジオ体操は6時25分からで、先ずみんなの体操がある。
 
 30分から本番の体操でぴったり15分。私は公園には6時頃着き一周350㍍のグラウンドを1、2周してから腕立て伏せや腹筋、後ろ歩きなどのストレッチをして、ラジオ体操に備える。終わったら約5分間、ジャングルジムの所で、靴を脱ぎ鉄棒に上がり足踏み。最初は足の裏が針で刺されたような痛みで、忽ち飛び降りたものだ。
 
 いまは何十分遣っても大丈夫になった。足の裏は第二の心臓といわれ確かにこれで鍛えてから足の冷え症も、頻繁に起きたこむら返しも無くなり、ときに1日中足がポッカポッカしている。早朝活動するようになって1日が有効に使えるのが実感する。
 
 朝食が美味い、御通じも軽快。食事のあとには8時半からパソコンにスンナリとに向かえる。NHKFMから流れるクラッシック音楽を聴き朝から仕事ができるなんぞ、何て俺は贅沢なんだと思う。これも健康だからだと、ラジオ体操には感謝している。
 
 「朝が一日を決めるように、幼年時代は人を決める」(ミルトン)
 邱永漢は「朝は夜より賢い」~私の体験的ピンチ脱出法~の序説で、「夜考えることは過激すぎるか、悲観的になりがちです。君よ、考え疲れたら、ベットに入りなさい。明日から先のことについては、朝になってから考えてもまだ充分、間に合います」
 
 かように早朝はいいことずくめです、あなたも朝起きの勧めを実行してみては如何ですか。余計なことだ!朝くらいゆっくり寝させろ!とおしかり受ければ、それはそうですね、人それぞれの生き方がおありですから。失礼いたしました。ガチョーン!
 
 
大山先生&梶原先生墓参り
 
 23日秋分の日は9時前に家を出て護国寺に向かう。思い立った。梶原一騎先生の篤子夫人には、日頃大変お世話になっている。6月9日の私の格闘技マスコミ45周年パーティにも来て頂いた。また雑誌や遊技機の劇画の権利を幾つか譲っ頂いた。お蔭で弊社は辛うじて生き残ってきた。
 
 そんなわけで梶原先生には海よりも深き借りがある。お墓に御礼を言いにいかねばと常に心に在ったのに実現していなかった。23日にやっと本気になった。護国寺の墓地は広くたまたま上の方から入ったら、目の前が大山倍達総裁の墓石だった。
 
 ここに大山先生のお墓がある事を忘れていたので驚いた。「キミ~、久しぶりじゃないか、俺ん所へも寄っていけよ」とあの何とも言えない笑顔で語りかけてきたように思いた。多分、梶原先生が引き合わせたのだと思う。失礼しました。
 
 大山先生のお墓のあるところから、下って行くと高森家(梶原先生の本名)の墓はある。縁の深い講談社の本社ビルが見える処が、お墓の立地条件だったとは夫人から聞いた。手を合わせて、御礼を言った。まだ墓参者もまばらで、静かな一時だった。何だか私の心も晴れた。大山先生の墓にも結果的に御参りできた。またこよう。
 
 
祭りだワッショイ!
 
代々木八幡宮の恒例の祭りは22,23日の二日間、私は笛や太鼓の音に誘われるように一人で23日の夕方出掛けた。今年も大勢の人で賑わいをみせた。お天気も崩れず、屋台の出店も混雑を極めていた。
 
 夏祭り、そして秋祭りが終わると、何となく今年も足早に暮れがやってくるという感じになる。代々木八幡から初台に出て、阿波踊りをながめて、次は幡ヶ谷下、本町の氷川神社へ向かった。
 
 そこでは奉納のカラオケ大会があって私も駆り出され「ふるさとはいまも変わらず」(新沼謙治)を唄った。初台で少々酒を飲み過ぎて、声が上ずっていた。兎も角私の好きな夏はこうして過ぎ去って行った。
 
 
代々木八幡宮の境内に入ってきた神輿
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八幡宮の階段横でのスナップ
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
梶原先生(本名・高森)と大山総裁のお墓
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
初台の阿波踊り風景
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天候異変と災害/井岡一翔のボクシング/他

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・天候異変と災害
 ~福島原発周辺では猪、ネズミが跋扈~
[スポーツ二題]
・井岡一翔のボクシング
 ~打たせないで打つ~
・ダルビッシュが見せた醜態
・片山源太さんの近況

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天候異変と災害
 
天災は忘れたころにやってくる。これは昔のはなしで、今は忘れる暇がない。やれ竜巻だ、地震だ、大雨だとよくも凝りもせず次々襲ってくる。このブログをおこしている(16日AM8時半)も、台風18号の接近で猛烈な風雨がまるで狼のように唸る。
 
 関東地方にも上陸する可能性ありと気報予報士は繰り返し語っている。雨脚は益々激しさを加え戸外のあらゆるものに狂ったように体当たりしている。この夏北陸や東北地方で洪水の被害に遭っているのに、東京は猛暑だったけれども、何故か別天地の暮らしができた。
 
 私は常々、東京だけが安穏と生活できるとは可笑しい、いずれしっぺ返しがくると思っていたから、今度の台風も別に驚くに当たらない。来るべくして来た、神様は災害にも平等であらねばと思っている。京都市の桂川が氾濫した。凄まじい濁流に言葉を失う。自然の猛威に人間の無力を感じる。台風は列島を縦断して各地に甚大な被害の爪痕を残した。東京は今度も被害が少なかった。幸いというべきなのか、災害地思うとなんとも複雑な気分である。
 
 しかしアメリカで起きたような竜巻が、まさか日本の町々を舐めつくすとは想像だにしなかったので、そのリアルな光景をテレビで見て驚愕した。アメリカで起こることは日本でも起こる、のだ。
 
 どうにも変なのは北海道でやたらマンボウが網に引っかかったり、いままでマグロが獲れたことが無い地域で、大漁だったりしている。水温が影響しているのだろう。
 
 そのうち北海道でも熱帯魚が見られるかもしれない。知床でもバナナの群生林が見れるか?!地球は人間の傲慢な振る舞いに、我慢できずに怒り狂っているのだ。
 
 
~福島原発周辺では猪、ネズミが跋扈~
 
 福島の原発事故周辺の立ち入り禁止の町や村では、猪や豚が道路を我が物顔で跋扈している姿がテレビに映る。また、放置された鶏舎にネズミが侵入、卵を食べつくす光景もあった。
 
 鶏舎を襲った後は、空家に行き今度は荒らし捲って、一時帰宅した住民を「これじゃとても住めない」と落胆させている。それは世紀末の様相で、人の手が及ばなくなると、動物はかくも凶暴化するものか。
 
 困るのは猪と豚が交配してイノブタになることだと専門家はいう。繁殖力が旺盛になりドンドン増えて行くだろうと懸念する。豚類は土をほじくりキノコやミミズを食して、放射能を体内に宿すといわれる。従って捕っても食べられない、駆除するハンターも汚染区域には入りたがらない、ということで益々彼等の天国だ。
 
 やがて福島を喰い尽くした豚や猪、ネズミが大挙して首都東京に押し寄せてくるかもしれない。昼夜を問わず、その数を増やして進軍する。何だかSF映画のシーンを見るような事態を空想してしまう。
 
 昼下がりの銀座は逃げ惑う買物客を襲う夥しいネズミ、猪の群れでパニック!彼等は肥大凶暴化して、遂に都心は戒厳令が敷かれた。武装した自衛隊が出動して鎮圧にあたるも効果なし。
 
 新装なった老舗デパートの地下食品売り場は、殺到した動物の群れは高級牛肉を貪り、デザートは1個1万もするメロン。ネズミは黒い塊となり食品を食い荒らす、ケーキ、惣菜ありとあらゆるものが床に散乱。さながら夢の島のごみの山で、阿鼻叫喚のまさに地獄絵。店員は悲鳴を上げ逃げ惑う。もはや手の施しようがない。
 
 と、そこへ「ハメルーンの笛吹き男」みたいな御仁が現れた。笛で猪や豚、ネズミをおびき寄せ、遂には隅田川で残らず溺死させる…で、ハッピーエンド!あちゃちゃ。でもこういう状況も将来有りえるよ!
 
  
[スポーツ二題]
井岡一翔のボクシング

 
 井岡一翔×クワンタイのWBA世界L・フライ級戦は7回に井岡がKOして2度目の防衛を果たした。全く隙のないない戦い振りであった。相手のクワンタイは元ミニマム級王者で、キャリア(43戦22KO1敗1分)で井岡(12戦8KO)3倍を超える。老練という言葉が相応しいこの挑戦者を無難に退けた。
 
 井岡の素晴らしい所は、ガードが堅いこと、無駄な動きをしないこと、ボディーアッパーが飛び抜けて上手いことだ。パンチをコンパクトに繰り出す、大振りはしないことで、的確に狙った的に打ち込める。こうした基本に忠実なボクシングは毎回私の目を見張らせる。本物だね。
 
 
~打たせないで打つ~
 
 今回はやや気負い過ぎて強引な攻めもあった。珍しく挑戦者のパンチを顔面に食ってヒヤリとさせる場面もあったが、連打を許さないのはガードのよさである。兎に角彼の試合だけは安心して見て居られる。
 
 ボディーアッパーで挑戦者のスタミナを消耗させ、7回にそのボディー攻撃から左フックで仕留めた。現在日本には10人の世界王者が君臨するるが、井岡ほどバランスのとれた王者はいない。
 
 打たれないで打つ理想のボクシングは、それだけ健全な肉体を長く維持できる。これは井岡の目指す5階級制覇への道には欠かせない条件である。満更夢物語ではないのはこうした裏付けによるものだ。限りない向上心を掻き立て自らを叱咤する彼の姿勢には、背を押したくなる。目指すはパッキャオ!5階級制覇に向かって突っ走れ!
 
 
ダルビッシュが見せた醜態
 
 12日のインターリーグ、対パイレーツ戦で振る舞ったダルビッシュ有は、かつて見たこともない醜態で顏を背けたくなるようなものだった。ストライクが決まらずイライラして、その挙句はキャッチヤーのピアジンスキーに当たり散らすというもので、大リーグでも滅多に目にしないこの場面は、ダルビッシュの評価、人格を著しく下げた。
 
 レンジャースの内野陣は誰一人マウンドに激励に来る者もなくそして崩れ、ダルは打ち込まれ結局敗戦投手となった。ピアジンスキーは大リーグでは実績のある大先輩である。彼はベンチに帰るとコップを投げつけていたのは、よほどダルの行為に腹が立ったのだろう。己の不甲斐無さを他人にぶちまけた、これって最低。今後ピアジンスキーとの間にシコリが残るだろう。
 
 ダルは勝てない。次のツインズ戦でも6回までノーヒットの好投を見せていたが見方の援護もなく7回1点を取られて、8敗目を喫した。案の定キャッチャーは、別人(二番手ソト)に代わっていた。仲間も変に他所他所しかった。
 
 仲間とのコミニュケーションを絶たれ投手は、かくも惨めになる。早急に関係修復をしなくてはならないだろう。15日のアスレチェック戦でも好投しながら援護がなく0-1で負けで9敗目。予想した通りだ。楽天・田中投手が21連勝の記録を更新したのも仲間に愛されていればこそだ。
 
 点を取られてもバックは、それ以上の点を取ってくれる。ダルは大リーグ2年目の若造。いまから天狗になっては困る。日本球界の名がすたるものである。喝!喝!
 
 
片山源太さんの近況
 
 以前にもこの項で綴ったキックボクシングの往年の名選手片山源太さんから近況を写した写真が送られてきました。すっかり柔和な顏になり、かつてのコールマン髭も見られない。
 
 大沢昇さんとの2度に亘る引分け延長戦の話題に触れると「いや~いまでも何故もう少し頑張れなかったのかと悔やみます」という。あれは東上2戦目で大沢さんの事はあまりしりませんでした。1戦目が江口和明選手で、逆転でKOして「中京に片山あり」と騒がれましたと昔日を懐かしむ。
 
 中京ジムの会長も健在でいまも空手道場を営んでいるということだ。
是非お目にかかりたいものだ。片山さんは鉄工所で働く傍ら社長が行う「缶詰をアフリカのマリに送る会」にボランティア活動している。
 
 詳しいことは名古屋に私が出向き聞きたいと電話を切る。会うのがたのしみである。当然インタビューは「甦る!キックボクシング黄金時代」に挿入する積りである。
 
 
左辺が片山源太さん、仲間と。現役時代はコールマン髭があったが今はなく若々しい。
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
趣味のボーリングを楽しむ。
舟木昭太郎の日々つれづれ
 
台風一過の夕焼けと月(右辺上=16日午後6時前)
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さて、2020年東京五輪開催が決まって/他

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・さて、2020年東京五輪開催が決まって
 ~私と56年前の東京オリンピック~
 ~称賛の言葉だけでは良くない~
 ~開会式のプロデューサーを公募せよ~
 ~これを契機にスポーツ立国を目指せ~
 ~膨張する医療費に運動で歯止めを~
・ドラマ半沢直樹は何故受ける
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さて、2020年東京五輪開催が決まって
 
 2020年のオリンピックパラリンピックの東京開催が決まった。先ずは東京都民の一人として御祝い申し上げます。7年後も健在でありたい。さすれば生涯に2度の自国開催を目撃できるのだ。幸いなり。
 
 前回の第18回オリンピックの時期は、私自身が社会の底辺でもがき苦しんでいたので「世紀の祭典」を体感することはなかった。高卒で2年間勤めていた電気工事の会社をやめ、漠然とした思いでアルバイトに明け暮れていた頃。
 
 オリンピックに合わせて開業した「レストランシアター・ミカド」の舞台進行のアシスタント要員として、プロダクションに雇われ働いていた。舞台進行係といっても要は雑用で、主たる仕事は大道具係の重労働であった。マチネー(昼興行)のときは一日中働いていたような気がした。
 
 
私と56年前の東京オリンピック
 
 オリンピックが翌年に迫った暮れに力道山がクラブで刺されてマスメディアは大騒ぎした。午後会社に行こうと赤坂の一ツ木通りを歩いていたら大型のキャデラックが私に触れんばかりに止まった。中で大男が運転手に何やら「気を付けろ」と怒鳴って、車から降りてきたのは金田正一投手(国鉄スワローズ)だった。顔面蒼白で慌ただしかったので、力道山の見舞いに行くんだなと直感した。力道山と金田投手の親交は知っていた。
 
 道路という道路は何処へ行っても突貫工事中で、特に赤坂付近は戦場のような混雑を極めていた。翌年10月、オリンピックが開催しても私は部屋にテレビも無かったので、安食堂で偶に競技を見るのが精一杯であった。従って金メダル18個も獲ったという記憶も甚だ薄い。東海道新幹線の開通も他所事であった。
 
 あるとすれば神永がへーシンクに横四方固めで破れたこと、後は東洋の魔女のバレーボールのアナウンサーの"金メダルポイント!!"という絶叫が印象深い。それと同県人円谷のマラソン、振り向かず振り向かずゴール付近で抜かれて3位の虚脱感。優勝は裸足のアベベ。ゴールして軽く体操した余裕の姿をいまなお鮮やかに覚えている。
 
 五輪イヤーに、ミカドは大物タレントや海外のビックショーを相次いで招聘して、田舎出の私は食い入るようにステージの袖から見ていた。サミー・デービスJr、パット・ブーン、パリのムーランルージュ…。御蔭で普段接することもできない世界的な芸能人を間直に眺めることができた。写真にあるようにムーランルージュのダンサーとは親しくなった。
 
 当時私は中野区新井町に在った薬局の3畳一間の安アパートに住んでいた。仕事が終わり中央線で帰ると車窓から国立競技場の聖火が闇に明々と浮かんでいた。これが何とも淋しかった。世界から自分だけが取り残されたようで、脇目もふらずに暗いアパートに帰ったものだ。オリンピックがまだ始まらない38年秋には、ミカドの運営は困窮し始めた。
 
 結局私は、東宝舞台に引き取られて、ここに私は約2年間御世話になった。ミカドはオリンピックが終了するのを待っていたかのように倒産。東宝舞台では、来る日も来る日も大道具の設営や運搬で、日劇や宝塚に出向いた。先の見えぬ人生に翻弄されていた。そしてここも2年弱で辞めて、新聞配達店に住込みで入り大学へ進む道をやっと歩むことが出来た。これは、余談だね。
 
 
称賛の言葉だけでは良くない
 
 56年前の東京オリンピックの記憶はかように暗澹たるものであった。そんな苦い思い出があるから、今度はのんびりテレビ観賞したいと思う。或いは喧噪を逃れ鄙びた町へ旅に出ようか…いずれにせよ、7年なんてあっという間にやってくる。
 
 でも浮かれているだけでは困る。東北の被災地でいまなお故郷を追われ仮設住宅に罹災者が大勢いることを忘れまい。五輪を優先するあまり復興が遅れてはならない。
 
 で、安倍総理は原発汚の染水問題を外国記者やIOC委員などから聞かれ「政府がコントロールしているから大丈夫です。汚水は港内0.3㌔だけで、安心を保証する」と懸念の払拭に努めていたが、漫画家のやくみつるさんは「日本国民の前でそういうことを明言したことがない」とNHKテレビで噛み付いた。
 
 プレゼンテーション向けの言葉ではないのかと言うのだ。確かに私もそう感じた。よくぞ言ってくれたとやくみつるさんに拍手を送った。東京招致成功に称賛ばかりでは、大会の成功には繋がらない。どしどし苦言を呈して行こうじゃないか。
 
 
開会式のプロデューサーを公募せよ
  
 もうひとつ開会式のプロデューサーは国内外から公募すべきだろう。北京、ロンドンのそれを見て感じたことは、とてもファンタスティックでドラマティックで、洗練された印象が在る。それに引き替え過去日本で行われた2回(札幌、長野)の冬季五輪の開会式は、心に残る物はない。特に長野は全く頂けないものであった。
  
 日本の歴史と文明の発展…神社仏閣、伝統芸能と先端技術の融合、海、山、川の自然の美しさをコンパクトに鋭く表現する演出家。そうした技法を持った才能豊かな演出家を世界に求めよ!何も日本人でなくてもよいのである。2020年のメーン会場は、イラン人の設計によるものである。才能、叡智を世界から集める、そして過去に例ない燦然たる開会式にする。政治やしがらみで人選してはならない。
  
  
これを契機にスポーツ立国を目指せ
  
 今度のオリンピック招致を契機に、日本は敢然と「スポーツ立国」のフラッグを高々と掲げるべきである。幸い猪瀬東京都知事は、熱心にスポーツの効用を力説している。勿論主催国の金メダルの数も大事だろうが、私が申すのは国民総スポーツ人の具現化にある。
 
 毎日歩いたり、スポーツをしている高齢者の方が病気にかかる確率は少ないといわれる。それが証拠にラジオ体操に集まる人の顔触れは殆ど変らない。ということは風邪で休んだり、長期寝込んでしまったという人がいないということだ。
  
 適度に体を動かす事は、血液の循環をよくして、腰痛肩こりも起らない。体も動かさずサプリメントで補強しても無駄な事で、運動の効用で病院に行ったり、整骨院に行く人も少なくなり強いては膨張する国民健康保険の医療費にもブレーキがかるというもの。日本ほど薬を大量に出す、飲む国はないといわれる。
  
  
膨張する医療費に運動で歯止めを
 
 北欧などではまず、風邪で薬を投与するのは極めて稀だという。子供にさえホット赤ワインを飲ませ、熱いシャワーを浴させて床に入れるのだそうだ。風邪は病気じゃないらしい。私もここ10年来風邪で病院に行ったことがない。風邪と思ったら、熱い生姜湯に、レモンを絞り、はちみつとウイスキー少し入れて飲み、厚着してベッドイン。これで治る。
 
 高齢者への何でもバリアフリー化も私は決して善い事ではないと思っている。それでなくとも高齢者は運動不足気味なのに、階段をなくしてスロープにすればそれだけ体が楽するだけ。高齢者こそ苦行を!体をいじめることが即ち健康に繋がり、長生きに通ずると信じたほうがよい。
 
 もうそろそろ日本人の病院癖にオサラバしようよ。病院に行けば病気が治るという錯覚は捨てよう。それが自分自身の為、イコールお国のためである。
 
 
ドラマ半沢直樹は何故受ける
 
 ”やられたら倍返し”の日曜ドラマ「半沢直樹」は勧善懲悪が徹底していて実に痛快である。ここ三週ばかり見ているが、ドラマの筋が分かり易くしかも展開がスピーディーだからつい見てしまう。例えていえば現代版水戸黄門、例えていえば力道山。
 
 どちらも、葵の紋所、方や空手チョップが火を噴いてヒール(悪役)を退治する。分かっているけどやめられない。高視聴率を稼ぐのも頷ける。単純明解、銀行員としての使命感、志の高さに半沢直樹とダブらせて見る人は共鳴するのだろう。近頃の銀行員は儲けるだけの使命感に欠ける。経験者は語る。
 
 このドラマの成功は一にも二にも、主人公半沢直樹に堺雅人を抜擢したことである。銀行員としての情熱の発露、上司への怒りの表現は、目の動きや表情の変化で堺は見事に熟している。妻を演じる上戸彩も重いドラマの中で、一服の清涼剤となっていて、彼女は新境地を開いた感がある。
 
 大和田常務役香川照之の重厚で狡猾な演技も半沢を引き立たせている。金融庁国税査察官役の片岡愛之助のネチッコイいやらしさがドラマに味を添える。兎に角ベビーフェイス(=善人)とヒール(悪役)など登場人物がはっきりしている点がいい。ドラマの成功は、キャステングで決まる。
 
 8日の金融庁模擬調査の場面は見応えがあった。やはり追い詰められてサウドバック状態の半沢が一転反撃する場面は、正に力道山。やられたら倍返しの爽快感だった。
 
 もうそろそろ、残り一週か二週で終わるのだろうが最後は大和田常務が半沢直樹に、土下座するのだろうか。だとすれば、これぞ黄門ワールド。それでいいのだ!
 
 
オリンピック東京開催決定を大きく報道する新聞

  
'64年正月のミカドの年賀状とムーランルジュの踊り子と私。



現在ミカドの跡にはビルが建ち、奇しくも私の御世話になっているTCエンタテインメントが入居している。不思議な縁である。

 
DVD 『カンムリワシ具志堅用高』 第1部&第2部
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小林桂のジャズヴォーカル/アラブの冬/スポーツ二題/他

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・往年の名選手片山源太さん
・小林桂のジャズヴォーカル
・アラブの冬

 ~エジプト4000年が見ている~
『スポーツ二題』
・バレンティンの本塁打
・村田のデビュー戦で耳にした

・空の色は秋色

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往年の名選手片山源太さん
 
昭和46年から50年代にかけて活躍したキックボクサー片山源太さんに連絡がとれました。FACEBOOKでの片山源太さんの消息を知りたいという私の願いを元コロッセオ店主の大森敏範さんが目にして、弟の小源太さん(元協同ジム選手)に電話して下さり、宛先が分かりました。お蔭さまで、30数年振りで御本人と会話ができました。大森さんの御尽力に感謝いたします。
 
 懐かしい昔通りの声の響きが電話越しに伝わってきました。予め弟・小源太さんから連絡があったようで、私が元ゴングにいた舟木です、というまでもなく即座に応じてくれました。
 
 何故私が彼の消息が知りたかったのか、それは”小さな巨人”と謳われる大沢昇と、2度にわたり引分け延長戦の死闘を演じた選手だったからです。いずれもミクロの僅差で片山選手は敗れています。非運の名選手です。大沢選手をかくも苦しめた日本人キックボクサーは、後にも先にも彼だけです。 
 
 極真空手の創始者・大山倍達総裁は、あるとき総裁室で素うどんを二人で食べながら、大沢昇さんの話がたまたま出たときに、キミ、大沢を黒崎(健時)に取られたことが私の最大の失敗だったよ、と唐突に吐露したことをいまも鮮明に覚えています。人格、力量、清貧…或は大山総裁、自分の後継者に大沢氏を考えていたのかも知れない。そういえば初版の「THIS IS KARATE」のモデルは殆どが藤平昭雄(大沢昇の本名)である。
 
 余談が長すぎた。伝説の男・大沢昇に地獄を見させた片山さんは、名古屋に在住、65才になったいまも鉄工所の会社員として勤務している。「とっくに定年退職したのですが、そのまま同じ所で働いています。舟木さん、会いたいですねえ」と仰ってくれた。名古屋は現役時代、片山さんが、中京ジムに所属していた土地、やっぱし第二の故郷だったんだ。
 
 私も勿論です。私は名古屋の山本屋の煮込みうどんが大好きです。暫く名古屋には足を延ばしていないので、今年中には出掛けてみたい。そのときは酒を酌み交わしながら、来し方をじっくり語り明かしたものである。人生にまた楽しみが一つ増えました。
 
 
小林桂のジャズヴォーカル
 
 小林桂、音楽生活20周年記念LIVE~ヴォーカル&ドラムで語るスウィンンギージャズ~(日経ホール、8月30日)に家内の誘いで出掛けてきました。
 
 協賛が化粧品会社ということでジャズ演奏をナマで聴くのは初めてと思しき中高年のご婦人が目立った。私もジャズ酒場などで体験したことがあるが、一般のホールで目にするのは初めて。
 
 父親の小林洋がピアノ、安ヵ川大樹がベースで、桂が歌とドラムを兼人した。全13曲、ジャズヴォーカリスト小林桂のソフトな甘い声に日中の猛暑も忘れた。デューク・エリントンのA列車で行こう、スウィングしなくちゃ意味がない、Sophistikated Ladyは桂は幼い頃より歌い続けて、思い入れも深く味のあるものだった。
  
 専門家の間で高く評価される桂のステージ、やはり酒がないとこちらの体がスウィングしない。ジャズはやっぱホテルのラウンジか、ジャズ酒場で聴くのが相応しい。酒は断然バーボンのソーダー割がいい。ドラム、ピアノ、ベースの響きが快く魂を揺らしてくれる。小林桂のステージは、さしずめジャズのジェットストーリムである。 
 
 
アラブの冬
 
かつてアラブはロマンと物語の国であった。特に幼い頃に胸に刻んだエジプトは。ピラミッドにスフィンクス、砂丘をゆっくりと歩むキャラバン隊、ラクダが一筋の帯のように続く挿絵はまるで御伽の国の風景に思えた。それがどうでしょう、毎日のように繰り返される治安部隊とデモ隊との流血の衝突…。嗚呼、あの平和は何処へである。
  
 確かにイスラエルとアラブの度重なる戦争があったけれど、同胞が殺戮し合う、今日のような反政府デモがほぼ中東全域に広がりをみせたのは、2010年あたりからでした。チュニジアからはじまった、所謂「アラブの春」はエジプトに波及して、長く続いたムバラク政権をも倒し、民主的な選挙によって大統領が選ばれる仕組みに変わりました。真っ当な国家に変貌したと感じたら、何んと歴史は逆戻りです。
  
 皮肉にもその民主化が原因で、エジプトはクーデターが起こりました。選挙で選ばれたムルシ大統領は追放され、ムスリン同胞団(ムルシ派)と政府側は一歩も引かず争う事態になって仕舞いました。。
 
 
~エジプト4000年が見ている~ 
  
 かつてエジプトに進軍したナポレオンは馬上、兵士にこう檄を飛ばしたという。「諸君!エジプト4000年が見ている」と。畏敬の念をもってかの国に入ろうということだろう。さぞ兵士たちは襟を正して、整然とエジプト入りを果たしたのだろう。目に浮かぶようだ。浅学な私はそう解釈するのだが。
  
 あの悲劇的な最後を閉じた絶世の美女クレオ・パトラがいた。幾多の伝説に育まれ、ロマンに満ちたたこのエジプト、中東全域に一日も早く平和が訪れる事を願ってやまない。
 
、シリアではアサド政権側と反政府側が攻撃の応酬で収束の見通しが立たない。最近では禁じられている化学兵器(毒ガスなど)を使用したとされ、反政府側に多数の死傷者が出たとの報告もある。
 
 米国のオバマ大統領はシリア空爆を宣言している。シリア情勢はのっぴ切らない瀬戸際に差し掛かっている。イラク戦争(2003年1月)はまだ記憶に新しい。アラブ対イスラエル図式から同じ民族が争う今日の凄惨な事態を一体誰が想像したろうか。「アラブの冬」に私は心痛めている。
 
 
『スポーツ二題』
 
バレンティンの本塁打
 
 バレンティン(ヤクルト)が王貞治選手ら3人持つ日本プロ野球本塁打記録55本を破りそうだ。いや、残りの試合数からみて間違いなく突破するだろう。でもね、私の永遠のホームランバッターは王さんです。
 
 ケチをつける訳ではないが、どうもこの本塁打量産は今年から統一球が飛ぶボールに変更された、その恩恵の結果だと私は睨んでいるのですが。確かにバレンティンは来日して過去2年連続、31本塁打でセ・リーグのホームランキングに輝いています。でも今年はホームランマシーンのようです。これって飛ぶボールに関係しているのでは?
 
 そうはいっても彼のバッティングはスピード感溢れるもので、見ていて気持ち良い、スカッとするものです。当然大リーグでも関心を持っているだろうから、来期、日本を離れ大リーグに戻るかも知れません。
 
 とはいっても、バース(阪神=54本、現オクラホマ州上院議員)、ローズ(近鉄=55本)、カブレラ(西武=55本)等が大リーグに舞え戻り、更に活躍したという話は聞いていません。従って大リーグはもはや手を出しません。ヤクルトファンの皆さん御安心下さい。ヤクルトさん、年棒はそりゃ、覚悟せにゃ。え?巨人が狙う…それもありかも、用心用心。
 
 
村田のデビュー戦で耳にした
 
 先に華々しいデビュー戦を飾った村田諒太に纏わるはなしです。少々古くなりましたが、私の元に届く声を紹介します。
Aさん『村田は凄い!チャンピオンを問題にしなかった。世界チャンプ間違いなしです。』 
Bさん『流石オリンピックの金メダリスト、衝撃のデビューに感動しました。』
Cさん『田口(良一)は東洋太平洋の現役王者だろう、あの試合はてんでプロのプライドも意地もなかったね。村田が強いというよりも田口がだらしなさ過ぎたよ。単にかませ犬だね。』
Dさん『村田のあの程度のスピードとパワーじゃ世界には通じませんよ。プロでキャリアを積んで、揉まれて欲しい。世界はそれからだ。(ジム会長)』
  
 というわけで、賛否両論。村田君、耳に痛い事でも傾けて今後の糧にしてください。期待していますよ。
  
  
空の色は秋色
   
暦は9月というのに真夏の暑さ、それでも空の色は秋色。季節は空からやってくるというが、けだし名言である。空の彼方の積雲去って、ゆっくり流れる雲は薄いシルクの布のようだ。
 
 ところが梢からは相変わらずの蝉しぐれ。行く夏を惜しんで鳴く蝉の声は何となく哀れだ。ツクツクボウシはせわしなげに声を競う夕暮れ時、庭の虫も負けじと合奏に加わる。去りにし夏、来る秋…森羅万象、ただ移りゆく。
 
そこでわが我流の俳句を一句
  
夏過ぎて 蝉の声々 甲高し


小林桂のジャズボーカル公演のパンフ
舟木昭太郎の日々つれづれ
  
すっかり秋らしくなった空の色、雲の流れ
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村田のデビュー戦と井上の将来性/江藤光喜の50年ぶりの快挙/他

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・村田のデビュー戦と井上の将来性
 ~これからが本番だ!~ 
・江藤光喜の50年ぶりの快挙
 ~タイで勝てない理由~
・汗とハンカチ
~具志堅会長とタイでゴルフの逸話~

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村田のデビュー戦と井上の将来性
 
今回はボクシングの話題で尽きそうです。注目する試合がありました。特にロンドン五輪ミドル級金メダリスト村田諒太(27=三迫)のデビュー戦、それに高校アマ7冠王・井上尚弥のデビュー4戦目での日本タイトル獲得なるかという一番、いずれも期待にたがわぬ好試合を見せてくれました。(25日 東京・有明コロシアム)
 
 先ずチャンピオン田口良一(26=ワタナベ)VS挑戦者1位井上尚弥(20=大橋)の日本L・フライ級タイトル戦から私の感じたものを述べてみましょう。結論から申しますと、この試合は終始双方が手数を出して見応えのある試合でした。
 
 両選手共右のボクサーファイターです。身長で3cm優る田口を、挑戦者はアグレッシブに小気味よく毎回攻め立て3-0の文句ない判定でした。流石7冠、洗練されたテクニックの持ち主で、将来を約束されるような勝利でした。大橋会長の指導も定評があり、間違いなく”世界”の器です。井上に関しては伸び代はまだまだあります。変な癖がなくボクシングが素直なところを私は買うのです。
 
 よく井上選手は同じクラスのWBA世界L・フライ級王者井岡一翔(24=井岡)と比較されますが、私はあらゆる面で完成の域に達し、なおかつ成長を続ける井岡選手が、いまのところ2枚も3枚も上です。私は井岡こそ”カンムリワシ具志堅二世”であると期待しています。いずれにせよ近い将来に井岡と井上が雌雄を決する試合が見たいものです。
 
 さてさて村田諒太のプロ第1戦、は関係者の思惑通りの結果でしょう。東洋太平洋ミドル級王者柴田明雄(31=ワタナベ)が契約ウェート73kg、6回戦で村田のデビュー戦に花を添えたのも異例のことです。
 
 
~これからが本番だ!~
 
 結果は村田のパワフルな右ストレートが柴田を襲い2回TKOで勝って五輪王者の片鱗を披露しました。リングに登場したときから、村田の見事にビルドアップされたような上半身に驚き、身長で1cm上回る柴田の方が貧弱に見えました。
 
 村田こそ世界に通用するミドル級のスタンダード身体であると先ず、私は納得しましたが、試合も相手を寄せつけないものでした。先ずは幸先良いプロデビュー。しかしこれからが戦いの本番に入ります。このクラスは層が厚く世界に強豪犇めきます。スピードも、パワーも日本人とは雲泥の相手が待っています。
 
 リングサイドにはWBCスレイマン会長も臨席していました。電通(村田は電通の子会社社員)とフジテレビ、帝拳、三迫の両ジムの協力体制で村田を世界に押し上げて行こうとする気概を確かに感じました。日本のメダリストは大成しないというジンクスを是非破ってもらいたいものです。でも余り過保護し過ぎると選手をスポイルしてしまうことが多々あります。老婆心ながら一言申し上げます。
 
 
江藤光喜の50年ぶりの快挙
 
 25日のビックイベントに負けない隠れた快挙が日本ボクシング界にありました。0勝17敗1分け、皆さんこの数字分かりますか?これ実は日本人ボクサーがタイでタイトルと名のつく試合での勝敗です。F原田がキングピッチにリターンマッチで負けたのが、昭和38年1月。以来今日まで半世紀日本選手はタイで勝っていないのです。
 
 それを白井・具志堅ジム江藤光喜選手が遂に打破したのです。敵地タイで見事WBA世界フライ級暫定王者になって凱旋したのです。その祝勝パーティ(8月24日、17時から東京・後楽園飯店)が開かれ私も参加させて頂きました。
 
 試合は8月1日(バンコク)で暫定チャンピオン、コンパヤック・ポープラムックVS挑戦者7位江藤光喜(江藤3兄弟の長男)の試合をビデオで会場で見せてもらいました。敵地で勝つということが如何に大変であるか、今回のビデオでも実感いたしました。
 
 
~タイで勝てない理由~
 
 1R完全なダウンを取っているにもかかわらずレフェリーは全く無視、その後も前進攻撃を繰り返す江藤の鋭いアッパーが、何度も決まり圧倒的に優勢な試合を進めました。にも拘らず最終12回を迎えるまではジャッジ一人がコンパヤックの勝と採点されていたのです。
 
 幸い最終回にコンパヤックからダウンを奪って、なんと50年ぶりの勝利に導いたのです。でも暫定王者とは摩訶不思議な代物で、王座を奪い獲ったといっても即正規王者に挑戦できません。日本では防衛戦を認めていないので、またバンコクで試合を行います。危険この上ない試合で、負ければ王座挑戦は遠のきます。
 
 でもしかし50年ぶりにタイで勝ったという自信は江藤選手のバックボーンになるでしょう。皆さん、村田や井上選手と同様の声援を送りましょう。そして1日も早く正規王者との統一戦が実現されることを祈りましょう。亀田3兄弟に対する、江藤3兄弟白井・具志堅ジムにあり!
 
 
汗とハンカチ
 
 猛暑が続く今年の夏はハンカチが離せない。特に私のような汗っかきには。でも街角で外国人を見ていると、ハンカチを手にしている人はほとんど見ないけど、あれってどうしてだろう?
 
 汗腺が無いのかしらと思ってしまう。タイの国民などもハンカチで汗を拭いているのを先ず目にしたことがない。5月ごろは日本の夏のように湿気が異常で、むわっとするのに平チャラだ。
 
 これって暑さに慣れているからなのだろうか。ゴルフをやっていても私のタイ人の友は、プレー中全くと言っていいほど汗をかかないでいる。ゴルフといえば、具志堅用高さんとバンコクでプレーしたときの事に触れてみたい。
 
 その日も朝から猛烈に暑くタイの友人も流石に顔に日焼け止めを塗ったり、しっかり長袖のシャツで防護して、勿論キャップも準備万端でスタートした。私も以下同様の装備、日傘もプレー中は離さなかった。ペットボトルも多目に携帯して。1ホールが終わった頃には忽ちシャツの中が滝のような汗で、私はカートの中で、はやバテて、フーフー。
 
 
~具志堅会長とタイでゴルフの逸話~
 
 ところがどうだ、具志堅さんはキャップを脱ぎ天を仰ぐと、最高だね、この暑さ、丁度いいよね。石垣(具志堅さんの故郷)なんか足元から陽が射してくるもの、とのたまう。タイ語が少しわかる私が通訳してタイ人に伝えると、おお、ノーといって笑った。で、具志堅さんは殆どカートに乗らずホールアウトした。
 
 ここで話は終らないところが”チョッチュネ”さんの本領。『え?もう止めちゃうの?せっかくタイに来たのにもったいないよ。もうハーフやろうよ。』てなわけで1.5ラウンド遣る羽目になってしまった。私はダウン寸前のボクサーのようにグロッキー。だが具志堅さんは、アウトよりインが、インより最後のハーフとスコアがどんどんアップしていたのである。これにはメンバー全員降参でした。
 
 これにはキャデーもタイの友人も驚いていたっけ。なおも吃驚したのは、「本当は俺たち2ラウンドが普通なんだけどな~。」悔しがっていたこと。いやはや、世界戦13度防衛の底力は並大抵ではない。その時ばかりは「ダメダメ、夕方約束があるから」と吾輩は吠えたのでありました。
 
暫定王者江藤選手と記念に。具志堅会長の愛弟子が快挙を成し遂げたことは無上の喜び。次は正規チャンプだ!
舟木昭太郎の日々つれづれ 
翌日のスポーツ紙には1面でタイトルマッチの模様が報じられた。スカイブルーのトランクスが江藤選手。
舟木昭太郎の日々つれづれ
老人施設の庭の池につつましく咲くハスの花、涼しさを誘う。
舟木昭太郎の日々つれづれ 
 
 
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マー君の無敗記録を育てたもの/常総エースの突然の降板に考えた/他

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・感傷的世界陸上考
 ~長髪の米女子ランナー~
・マー君の無敗記録を育てたもの
 ~ハンカチ王子との明暗~
・常総エースの突然の降板に考えた

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感傷的世界陸上考
 
 モスクワで展開した世界陸上は括目ものだった。やはり世界のトップアスリートによる鬩ぎ合いには痺れた。陸上は人間の本能「より速く、より高く、より遠く」を目標とするもので、単純にして明快。一番早くゴールした者、一番高く跳んだ者、そして一番遠くまで投げ,跳んだ者が勝者、単純だから面白い、かつ奥行きがある。
 
 一瞬の勝負に肉体を爆発させる、芸術は爆発だ!ではないが、陸上は究極の魂と肉体の爆発です。だから見る者に感動を与えるのです。肉体が咆哮する、まさしく本能のスポーツです。
 
 ウサイン・ボルトは100、200そして400mリレーも制してロンドン以来チカラが衰えていない事を証明したし、リオデジャネイロでも彼のパフォーマンスがみられそうだ。女子短距離もジャマイカがアメリカを圧倒した。
 
 短距離王国は紛れも無くジャマイカになった。これ陸上の地殻変動。で、私が不思議に感じたのは、アメリカの女子ランナーの多くが長髪で、ゆさゆさ揺らせながらゴールに雪崩れ込む姿。
 
 ジャマイカもピンク色の派手なカラーに染めた、長い髪のランナーがいたっけ。ロック歌手のようでオジサンは面食らった。世の中変われば変わるもんだ。あれって邪魔にならないのかねえ。

  
  
~長髪の米女子ランナー~
 
 日本ならさしずめ部活から追放されるか、監督に強制的にハサミでバッサリ切られているだろう。秒速を争う競技だから少しでも風の抵抗を受けるものは避けるのが常識だ。なのにアメリカはコーチも女子メンバーも、全く気にしていない様子。個人の意思を尊重する、流石アメリカ。ジャマイカも右に倣えか。女子スイマーなどは下の毛も剃るのが当たり前というに。陸上女子は豪気なもんだね。
 
 女子やり投げ決勝はクリスティナ(独)が、本命のアバクモア(ロシア)を押さえて優勝したが、筋骨隆々たる女の戦いは、躍動美の極致、そのまま彫刻になるようなフォームである。喜びの表情、無念の表情はほれぼれするほどの野性美。中でも、地元ファンの期待に応えられず3位に沈んだアバクモアの悲痛な姿は切なくも神々しいものだった。強い女ほど魅力があるということか、美の定義が変わったようだ。
 
 男子マラソンはロンドン五輪優勝キプロティク(ウガンダ)リオまで健在であるかな。4位までアフリカ勢。あの走りを見ていると何となく得心するよ。陸上はもはや、中・長距離はアフリカ、短距離はジャマイカ、アメリカ勢と男女とも色分けされた感じがする。陸上王国アメリカは遠い日の夢になった。あのカール・ルイス、ジョイナーの活躍が懐かしい。  
 
 
マー君の無敗記録を育てたもの
 
 楽天田中将大投手の快記録が止らない。昨季から負けなしの21連勝、どこにそんな力を秘めていたのかと只々脱帽するのみ。でその勝利の原動力だが、勿論その強靭な肩、それを支える足腰の発条(バネ)にあることは言うまでもない。北海道の過酷な冬で培った我慢強さも忘れてならない。
 
 もう一つ加えるなら彼の投球リズム、テンポよく投げるので野手は守り易く従って、ファインプレーも生まれる。彼が例え打たれても、失点に容易に繋がらないのはこのバックの攻守のお蔭である。攻守はリズムから生まれる。
 
 快記録を驀進中なのにマー君には不遜な態度が全く見受けられない。いつもチームメートに感謝の言葉を忘れない。この人柄の善さも、マー君と野手の信頼関係を生んでいると推測する。
 
 投球のリズムがいいから、攻撃にも連鎖していくというわけである。野球は9人で守り打つチームプレイーである。幾らマー君が好投しても、バックの援護がなければ勝てない。

  
 
~ハンカチ王子との明暗~
 
 さて、マー君の連勝記録はどこまで伸びるだのだろうか。思えば、2006年の夏の甲子園、斎藤佑樹の早実に決勝戦延長再試合で敗れ、マー君(駒大苫小牧)は、悔し涙を流したものだ。奇しくも最後の打者がマー君であった。さぞトラウマとなって心の襞に残っていることだろう。
 
 歓喜の輪の中にある斎藤投手、うな垂れる田中…あの悔しさ、あるいは屈辱といったものが以後の野球人生に、少なからず影響を与えてるのではないか。敗北が彼の生き方を豊穣なものにした、と私は考える。人生負けから学ぶこと多多あり。
 
 あれから7年の時が流れ、二人の運命は大きく変わった。もう斎藤にはかつてのハンカチ王子の面影はない。いま日ハムの2軍で苦悩する日々。方や田中は、日本プロ野球NO1投手に成長した。人生とはげに分からぬものであります。斎藤に「喝!」

  
 
常総エースの突然の降板に考えた
 
 夏の高校野球も球児の健康問題で課題を浮き彫りにした。19日の前橋育英対常総の試合、9回常総のエース飯田が勝利目前にして突然脚の異常を訴えて降板した。
 
 一度ベンチに下がり治療して戻り、投球を再会して2球目で堪え切れず降板だったが、病名は熱中症による足の痙攣だったとアナウンスされた。急遽2年生投手がリリーフ、結果的には延長10回に育英に痛恨のサヨナラ負けを喫した。熱中症を軽く見てはいけない。血行不良になって脳梗塞、脳溢血に繋がる恐れもある。経験者は語る。
 
 炎天下の連日のフル投球、体に善いわけない。根性野球はそろそろ終わりにしたほうがいい。済美の安楽投手も延長10回、花巻東に打たれて散った。投球数175球…地獄的猛暑の中でこの投球数、将来有望な投手が肩の酷使で潰れた例は枚挙にいとまがない。アメリカなら文句なしに、
オオ、クレイージー!と絶叫するだろう。
 
 夏は試合を午前中で終わりにするとか、投手は1試合100球までに制限を加えるとか、球児を保護するルール作りを望みたい。高野連は真剣に考えるべき時期に来ているのではないか。死人が出てからでは遅い。と私は思うのですが。これって暴論ですか。

 
 
玄関に力なく舞い降りた油蝉、秋が忍び寄る

舟木昭太郎の日々つれづれ

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