麻生副総理の「ナチス発言」/野菜泥棒再稿/他
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・麻生副総理の「ナチス発言」
・野菜泥棒再稿
~1年かけて野菜は育つ~
・富士山の入山規制をすべき
・澁澤恵介さんからの絵葉書
・セミ、セミ、セミ
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麻生副総理の「ナチス発言」
憲法改正について、ナチス政権を例にとり「ある日気がついたらワイマール憲法が変わって、ナチス憲法に変わっていた。あの手口に学んではどうか」この麻生副総理兼財務大臣の発言は,内外に大きな波紋を広げている。
これ国を預かる人物の発言とは思えない。ナチスによって被害を受けたユダヤ人への配慮も無いし、憲法改正への姿勢がこの程度の軽い気持ちかと思うと背筋が寒くなる。
流石に安倍政権は早期に「撤回」に動き、麻生副総理は「ナチス政権を例示として挙げたことは撤回したい」と短いコメントを発表したが、とても何故ナチスを例に引き、何故かくも簡単に撤回したのかさっぱり伝わってこない。
政権のNO2にして、再度総理を狙うお方にしては、誠にお粗末で情けない。これは日本の恥曝しである。余談だが、ドイツでは先生が生徒に「分かった人は手を挙げて」というような、所謂”挙手”は禁じられているというのだ。ヒットラー=ナチスを連想させるから。海外ではかようにナーバスなのである。日本の政治家は無知か無神経なのか、本当に困ったものだ。
野菜泥棒再稿
手塩にかけた露地栽培の茄子や胡瓜、明日辺り収穫だなと思い採らないでいると、翌早朝畑に来てみれば無くなっている。おまけにスイカのまだほんの小さい野球のボール大のものまで浚っていくとは何たる酷いことだ。
犯人の年齢は70歳代、近所の目撃証言もある。計4度も侵入している。警告文を掲げてもなおである。目撃者によると、侵入時刻は何と昼下がりの2時頃、全く大胆不敵なオッサンだ。
私は原則として早朝5時と夕方5時頃、水撒きに行くからその空白の時刻を敵はちゃんと知っている。益々もって許し難い。常習犯である、多分あちこちで盗みを働いているのだろう。こういう輩は捕まえて二度と起こさないように、厳罰に処す以外にないと考えている。
~1年かけて野菜は育つ~
野菜はほぼ1年かけて育てるもので、一朝一夕にできるもんではない。冬の土返し(虫や雑菌を殺すため)を2度ほどして、寒風に土を曝す。さらに堆肥作りで春を待つ。そして種まきの段階にはいると、その約2週間前には化成肥料や牛糞、鶏糞に堆肥を混ぜ合わせて畝を作るのです。こうした経緯があって、5月のゴールデンウィーク明けに種まきが始まる訳です。
従って種から芽が出て、やがて小さな実を付ける頃は、全く我が子同然の感慨に浸るのです。それでも農業を生業(なりわい)としているプロの人から見れば、手間がかかってない、それじゃままごとだよと叱られるかもしれません。商品にするためには完全なものを要求されるからこまめな殺虫剤の散布があるだろうし。
約8坪の小さな畑ですが、それでも一人で土を耕すわけですからやはり重労働です。この周到な準備期間が在って種は芽をふいてくれるのです。今年5年目にして、甘い理想のトマトができました。試行錯誤の末の努力が実ったと満足しています。
胡瓜、茄子は今年はベト病や虫が異常発生して散々でした。そんな中でも逞しく実ってくれた数少ない胡瓜と茄子だったのですが、怪盗に遣られて悔しいのなんの。必ず犯人を捕まえて、このブログでオッサンの顏を全世界に曝したいと復讐心に燃えているのであります。幼稚かな?
富士山の入山規制をすべき
夏山シーズンを迎え世界遺産に登録された富士山は登山客で大変な混雑だそうだ。山開きから1カ月で早くも10万人に達したとの報道。登山道は前を行く人のお尻を見ながら登って行って、30m進むのに何と30分もかかり頂上に着けば身動き取れない状態なのだという。
それでも富士山に登りたいかねえ。オラ、イヤダ!オラ、本当にイヤダ!私みたいな素人は、精々標高700~800mクラスの山で十分。つまりハイキングというやつである。
歩きながら草木を愛で、時に河原で弁当をひろげ、せせらぎの音や小鳥の冴えずりを聴きながら、ビールやワインを飲む。疲れたらちょっと一眠り、それが理想。すし詰の頂上で御来光など見たくもない。
で、10万人分のおしっこやウンチはどうしているんだろう、そっちの方が気がかりで、とても「美味しい富士山の湧水」なんて売り文句のペットボトルなんて、飲む気がしない。これはやっぱり入山規制をするべきだろう。何てったって”神聖”な山なんだからね。富士山は泣いている!
澁澤恵介さんからの絵葉書
スポーツライター澁澤恵介さんから絵葉書の暑中見舞いが届きました。それによると、アジア放浪の旅から帰ったばかりだという近況。「未知なるものを求める好奇心が薄らぐことはありません」とあり絵葉書はラオス・アタプー地方の原住民の生活風景があった。珍しい写真である。
澁澤さんにはゴング時代御世話になっている。プロレスから柔術まで多岐にわたるジャンルで寄稿してもらった。元東京スポーツ記者でフリライターになった。原稿に1本芯が通っていて記事も真実の積み重ね、安心して掲載できる人であった。
実はマスコミ人で最初にグレイシー柔術を日本に詳しく紹介してくれたのが澁澤さんで、ほどなく我も我もとライターはブラジルに足を運んだ。それらは付け焼き刃の域を出て居ず、澁澤さんの長期に亘る研究には足元にも及ばなかった。
彼の書いたものが引き金で、やがてグレイシー一族が続々と日本に上陸することになり、とりわけヒクソンは無敵の強さで格闘技ファンに強烈なインパクトを与えた。編集者としてはいまひとたび手を組んで仕事をしたい人物である。澁澤さん、御壮健でなによりです。御活躍を見守っています。
セミ、セミ、セミ
8月の声を聞き蝉の鳴声も俄かに騒々しくなってきて、蝉好きの私は正直ホッとしている。今朝(5日)も畑に行ったらミンミンゼミが、ゴルフ練習場のネットに絡まって激しく鳴いていた。泣いていたのかもしれない。
家に持ち帰り鉢植えの山茶花の木にそっと置いたら、忽ち大空へ飛んで行った。そうかと思うとラジオ体操から帰宅すると玄関前にアブラゼミが息絶え絶えで居た。手に取ってみたが微かに足を動かすだけで、臨終が近かった。私は「末期の水」を口元に注いで見守った。
人の一生、セミの一生何ら変わることはない。今日の東京は特別暑かった…。
畑に隣接するゴルフ練習場の網に引っ掛かったミンミンゼミ。
持ち帰り自宅の植木に置いたら間もなく飛び去った
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澁澤さんからの絵葉書
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松井さんの印象に残った引退式/キックボクシングDVD制作中/他
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・松井さんの印象に残った引退式
・キックボクシングDVD制作中
・蝉の声が減少した…
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松井さんの印象に残った引退式
松井秀喜さんのニューヨークヤンキースタジアムでの引退セレモニーは、簡素でそれでいて心にくっきりと刻印されたものであった。日本などではこの種のイベントは、大仰にやるのだが少しも記憶に残らない。
SHIMPLE IS BEST!
伝統あるヤンキースの一員として、1日のマイナー契約をして引退できたのだから本人はもとよりファンの一人としても嬉しい。ニューヨークのファンにかくも愛された日本人の野球選手もいない。
多分にそれは彼の野球に取り組む姿勢が真摯なこと、誰からも愛される素直な人柄であったからと私はみます。松井さんがカートに乗って球場に現れると48,000人余の観衆から盛大な拍手がおくられました。そのこと事体が愛されている証明であります。
勿論ヤンキースでの活躍、特に2009年のワールドシリーズでは松井の大車輪の活躍があったればこそ世界一に輝いた。そのことを球団もチームメートも、ファンも決して忘れてはいない。現在ヤンキースは東部地区の第4位、首位レイズから7ゲーム差(7/29日)で、こんなに低迷する同球団の姿を久しく見ていない。痛々しいほどの惨めな名門の凋落。
恐らくヤンキースファンは、いまこそ松井のような選手がいてくれたらと願望するのではあるまいか。日米の親善という観点からも彼の功績は極めて大きい。野球を通して松井秀喜さんは、立派に親善大使の役割を為した。ヤンキースの前代未聞の粋な計らいもまた、その辺にあったのかもかもしれない。素晴らしい引退式でした。
キックボクシングDVD制作中
「甦る黄金のキックボクシング時代」(仮題)~舟木昭太郎が100年後に残したい名勝負戦~DVD2枚組BOX、収録時間約240分を制作中です。収める映像素材の8割は既に集めましたが、どなたか1966年から1980年にわたる選手のスナップや試合の映像をお持ちの方がおりましたら御提供頂きたいと存じます。
私の最後の仕事としてキックボクシングの不朽のDVDをなんとか完成させたいのです。ボクシングはDVD「日本ボクシング不滅の激闘史」(TBS 3巻セットBOX、収録時間約11時間)の大作を私がプロデュースしているのに、肝心のキックボクシングの纏まったものがまだ存在しないことに私自身少なからず責任を感じています。これを為すことは私の天から授けられた使命と思っています。
制作に要する資金もほぼ自己負担です。多くの人の協力を得なければ完成をみません。販売元を引き受けて下さる会社がおありでしたら是非ご紹介下さい。既に予約注文が200セット某所から入っていますから十分採算が獲れ、かつ販売権を差し上げます。掛率も御相談に応じます。因みに初回契約枚数は、1,000枚です。予価8,800円(本体)、小冊子付録で10月発売予定です。
御協力及びその他の相談・情報の提供は、
E-MAIL:upper@lapis.plala.or.jp
TEL03-3469-0620(アッパー 舟木迄)
蝉の声が減少した…
もう7月も終わりだというのに、今年は蝉の鳴声が少ない。例年だと早朝からかしましいのに、一体自然界に何が起こったというのだ。そういえば今年3月の真夏のような日が続いた翌日の北風が吹く早朝に、大山公園でミンミン蝉が私の足元降ってきて息絶えた。3月の蝉なんて信じられないから天からの贈り物、吉兆である、といまでもプラスチックの箱に入れ大事に保管している。
以前この欄でもお伝えしたが、あれは余りの暑さに、多分夏と間違え地上に出てきたのだろう。というわけで、これに懲りた蝉諸氏も、騙されまいぞと土中深く季節を慎重に推し量っているのかも知れない。昆虫も人間と同じように疑い深くなってしまったようだ。
夏に蝉がいなかったらどうだろう、死の街にでもなったようなアクセントのない暑いだけの夏になってしまうだろう。都会ではクマゼミの声を聞かない。私の故郷福島県鮫川村では、ミンミンゼミが寧ろ珍しい。蝉の王者クマゼミが、早朝から山々で声を競う、空を引き裂くような金属音は少年に、夏が来たと心高ぶらせたものである。
夜の帳が降りる頃の蜩(ひぐらし)のカナカナカナという何とも物悲しい響きもまた格別で、恋に破れたときのさしずめ男心の溜息のようだ。我が村にはかつて小さい温泉宿が2軒ほど在って、川添のその宿に明りが灯る黄昏時に、競う蜩の声はいまでも我胸に熱く沈殿している。おお、セミ、セミよ、汝、私を満たしてくれたセミよ!
地元代々木上原の盆踊り大会は天気にも恵まれて、賑わいをみせた。
すっぽん田吾作の親方夫妻と痛飲した。
ある朝の収穫、ミョウガ、枝豆、茄子、トマト、オオバなど。
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佐竹雅昭の参院選/他
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・佐竹雅昭の参院選
~自民党圧勝でまた来た道を歩む?~
~リーダーなき民主よ、何処へ~
・プロ野球選手会の勇断
・大リーグオールスター戦の見事さ
~リベラ登板への心憎い演出~
・夏祭りのお手伝い
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佐竹雅昭の参院選
今回の参議院選挙で比例区から自民党公認で出馬して、国政にチャレンジした佐竹雅昭さん、判定負けしました。友人や知人に電話したりメールを打ったりと、私なりに応援したけど、残念です。
佐竹さん、真に政治家を目指すなら地方の町や市から経験を積んでからでもいいのじゃないか。でも敗北から学ぶ事は、成功から学ぶより多しといいます。当選しなかったが、貴方の名前で投票した17,500余の人の事を絶対忘れないでくださいよ。そこに佐竹雅昭の次への原点が在るのですよ。
1回の挫折で落ち込むよりは、新たな出発点と捉え今日からでも、戦闘開始のファイテングポーズをとるべきです。空手でもK-1でも叩かれ、もがきながら貴方は、成長したじゃありませんか。捲土重来です。
~自民党圧勝でまた来た道を歩む?~
今回の選挙は自民党の独り勝ち、あとは向かうところ敵なし。アベノミクスのフリーハンドです。参議院のねじれも解消して、原発促進、憲法改正、増税は意のままです。連立を組む公明党の出方次第ですが。兎も角も国民はこれを選択、支持したのですから今後何が起きても驚いてはいけません。
民主党が大勝したときも、そうでした。国民が二大政党への限りなき夢を抱き、かつ政治の変化を望みました。それが見事裏切られました。そしてこの度惨敗、自民党の圧勝、驕る平家、久しからずです。慢心しないでください。
自民党にはゼネコン派のベテラン議員がしっかり根を張っています。高速道路の推進、新幹線網、公共施設の拡大と虎視眈々と利権を狙っています。いつか来た道をまた自民党は、歩むのですか。
そのつけは当然国民に回ってくるのです。考えただけでもぞーっとします。真っ当な政治家、自民党の中で、それらに待った、をかける人いませんかねえ。石破幹事長辺りに期待するんですけど。
~リーダーなき民主よ、何処へ~
今の民主党は、大海に漂う砕氷のようなものです。よくも悪くも束ねるリーダーがいません。もしかして細分化してしまうかも知れませんね。野党としての活力を失って、アベノミクスに反撃する手立ても、気力も無しの無気力状態です。嗚呼、落ちぶれし民主よ何処へ行く。
社民党は存在意義がありますかねえ。生活の党は今回当選者無でしょう。小沢一郎の断末魔の叫びが聞こえます。もうそろろそ田原坂です。政界に切腹してください。あなたは政界を混乱させただけの政治家、いやただの政治屋でした。その末路は当然の結果です。
人生、禍福はあざなえる縄のごとしです。次の選挙までアベノミクスは続くのでしょうか。首尾よくいけばいいのですが、失敗すればまた自民党が惨敗することもありえます。どうぞそのことを肝に命じて、諸先生方は、国政に真剣に取り組んでくださいまし。
東京選挙区で3位当選の無所属新人山本太郎さん(38才)は見事なもんです。脱原発を旗印に混戦の中に真っ向から切り込み、当選したのですから。その行動力、その清新さに民衆は心を打たれたのでしょう。バイタリティ溢れる若者に、未来を感じます。おめでとう!円形脱毛症も勲章ですぞ。
プロ野球選手会の勇断
プロ野球選手会(嶋基宏会長=楽天)は7月19日札幌で臨時総会を開き日本プロ野球機構の加藤良三コミッショナーに辞任を求めた。これほど痛快なニュースもない。農民が百姓一揆で、悪代官を追放したような図式である。
加藤コミッショナーの無能無策についてはこの欄でも先般書きましたが、「統一球」問題で、今年から選手には内緒で飛ぶボールに替えたことを知らぬ存ぜぬで通してきた。流石に選手会も頭に来たようだ。
当然だろう、使用球には全部加藤コミッショナーの名前が刻印されてている。にも拘らず知らなかったで済ませてしまうのが、外務官僚、駐米大使とエリートコースを歩んできた、紳士のお決まりの答弁らしい。
結局のところ彼は、野球を愛していなかった。愛しているかのようなポーズで実は、サロンで野球を弄んだのだ。一刻も早くプロ野球界から退場してもらいたいと願う。
大リーグオールスター戦の見事さ
大リーグのセリ・コミッショナーは、野球が五輪に復帰した場合の事を聞かれ、「五輪のためにシーズンを中断することはない」と、些かも動じづず言い放った。大リーグの出場には消極的であること改めて明言した。ブレない姿勢、これも一つの見識だ。御飾りのコミッショナーでは、そうはいかない。先ずは大新聞翼下の球団オーナーにお伺いを立てるであろうから。
それはさて置き今年の大リーグオールスターの見事さと言ったらない。一言でいうと、演出が心憎い。ニューヨークのメッツの本拠地シティフィールドで開催された大会は、ア・リーグが3-0で勝ったが、試合そのものよりも一年に1度、1試合の祭典をいかに楽しんでもらうかの壮大な工夫がなされており感心致しました。
~リベラ登板への心憎い演出~
たとえば、8回のア・リーグの守りに入る前に、フィールドに歌手のNEIL DIAMONDが登場して、”SWEET CAROLINE”を歌うと球場の4万を越す観客が一体となって合唱する。音楽が鳴りやむと、今期限りで引退するマリアーノ・リベラ(ヤンキース)がマウンドに向かう。
万雷の拍手が鳴りやまない。同じニューヨークの球団に在籍する名クローザーに、主催者は最高のタイミングを用意した。期待に応えリベラは3人で抑え今年のオールスターのMVPとなった。クローザーとは試合の最後を締めるものだが、8回、SWEET CAROLINEで盛り上がった所でリベラの投入は、心憎いばかりです。
しばらくはリベラも投球できなず、何度も何度も観客に向かって帽子をとってそれに応える。何とも言えぬシーンで、私も涙を落してしまいました。大リーグに日本選手が憧れるのも無理はないです。夢があります。
夏祭りのお手伝い
週末の20,21日は地元西原商店街の夏祭り、今年もタコ揚げ(タコ焼きに似たものを天ぷら油で揚げる)を手伝った。二日間好天に恵まれ大いに賑わった。阿波踊りあり、デキシーランドジャズあり、売店も沢山出て、商店街は表情を一変してしまいました。
今年は中学生位の御嬢さんの浴衣姿が多かったように思いました。夏休み、いい想い出になることでしょう。夏祭りも無事終わって、翌日はへとへとでしたが、これも一期一会、体の続く限り御手伝いしたいと決めています。
地元の夏祭り四題―
商店街の賑わいと阿波踊り、そしてタコ揚げの仲間です。
拙宅の鉢植えに実った宝石のようなミニトマト!
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我が永遠の上司 小柳幸郎氏死去す/いま明かす、ハンセン、ブロディ引き抜き事件秘話/他
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・我が永遠の上司小柳幸郎氏死去す
~いま明かす秘話~
・夏には天使の恵みがある
・ラジオ体操のうたは名曲である
・「優雅でない」一日の始まり
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我が永遠の上司 小柳幸郎氏死去す
元日本スポーツ出版社の創業役員であった小柳幸郎氏が亡くなられた。
脳溢血で倒れて埼玉県下の病院に入院、治療につとめてきたが、その甲斐もなく6月に死去されたもの。先輩からの確かな情報です。享年83才とか。葬儀は密葬で済ませその後のことは未定とのことです。
私の直接の上司にあたり入社当初から学ぶものが多かった。特に学んだのは、タイトルの付け方。記事を要約するタイトルはシンプルで、明解、私を度々うならせたものである。週刊ゴングはこの人が居なかったら、生まれていなかった。週刊化に池社長と共に急先鋒で推進派の私を全面的に支えてくれた。そして週刊ゴングは実現を見たのだ。
専門は野球であった。長くベースボールマガジンで野球担当編集長として名を馳せ、退職して日本スポーツ出版社を興すとゴングの創刊に携わり、以後私が編集局長になるまで、格闘技の最高責任者であった。
また後に社長に就任することになる竹内宏介氏の最大の理解者だった人かも知れない。その教養と文才は会社にあって他の追随を許さないものであった。恐らくどこぞの高名な雑誌の主幹も十分に務まる力量があったと私は確信する。
いまだから明かすが、ライバルのプロレス誌に「ハンセン&ブロディ引き抜きにゴングが関与、マスコミにあるまじき行為」なる記事を掲載されたときに、反論と謝罪広告を要求した文章を書いたのは他ならぬ当時の小柳局長であった。
~いま明かす秘話~
ハンセン&ブロディとも新日本と契約するレスラーで、それを全日本が引き抜いたといわれる事件。これを仲介したのがゴングで、二人の揃った写真も新日本に無断で静岡の興行時に撮影したものだ、という週プロの論調だった。が、これは全くの事実無根で、写真に至ってはアメリカで特派員が撮ったものであったから、我社は当然反撃に出た。
同時に内容証明もベースボールマガジン社に送られ、これが原因で時の編集長は交代させられた。小柳編集局長のその文章たるや峻烈を極めた筋金入りの名文だったことをいまさらながら思い出す。余談ながら本名は横山、叔父にあたる小柳家に子供がなく養子にもらわれたという経緯がある。
その父親となる人が小柳司気太(おやなぎ・しげた)、著名な中国文学者、道教研究者である。(1870年12月24日~1940年7月18日)東大文学科を出て母校で教鞭を取るなどし、最後は大東文化大学学長を務めた。著書に「白雲観志」「老子の思想と道教」「新修漢和大字典」等がある。私も結婚の御祝いにと弟さんから「新修緩和大字典」を頂いた。
もし興味がある方は、Wikipediaでお調べください。多磨霊園にお墓がありそこに眠る。当然、故人も同霊園に埋葬されていることだろうから、折を見て墓参りにいくつもりです。小柳さん、御世話になりました。幾多の暴言、喧嘩もした。お許しを。貴方のいた時代は会社が活力に満ちておりました。有意義なサラリーマン人生でした。改めて御礼申し上げます。安らかにお眠りください。合掌。
夏には天使の恵みがある
連日の猛暑、熱帯夜はクーラー無に居られない。昨今のクーラーはコンピューター制御で電力も無駄に消費しないし音も静かで誠に有難い。蒸し暑い夜に、あたかも軽井沢あたりの避暑地にいるような気分で熟睡できるのも先進の技術のお蔭げ、おまけに刻々使用した金額、時間までも計算して表示される。
これで驚いてはいけない。ストップすれば、その瞬間から自動的にクーラーのクリーニングが始動する。お蔭で厄介な掃除は一切無用であるから、なんだか上流階級に属したような気分になる。
拙宅では昨年ナケナシの金を叩いて一度に4台クーラーを取り替えた。今年の猛暑を考えると、思い切って正鵠を得た喜んでいる。で、この暑さはいつまで続くのだろう。まだ7月が始まったばかりというのに。
暑い夏は嫌な事ばかりではない。朝のラジオ体操はこの季節殊の外恩恵を受けている。5時には畑に水遣りにいって、6時前には大山公園にはいる。もうその頃には体から汗が吹き出ている。ストレッチをしてラジオ体操に備える。
日曜日(14日)も早朝から暑かったが時折自然の風がさーッと吹きぬけて行くと、これぞ天使の風と感じる。そう夏の早朝のラジオ体操には天使の恵みがあるのです。運動したものだけが得られる特別な恩恵です。
ラジオ体操のうたは名曲である
そういえば朝日新聞7月13日夕刊、昭和史再訪の蘭にラジオ体操の由来に付いて綴られていた。ラジオ体操がスタートしたのは、昭和3年11月という、もう80年以上の歴史になっている。
そもそもラジオ体操はアメリカの保険会社が加入者の健康維持促進のために始まったという。それを欧米視察に出た逓信省の役人が目にして、日本に採り入れたのだと。そういう経緯でいまもラジオ体操のスポンサーは、郵便局のかんぽなのです。
体操もテーマソングにも移り変わりが在り、現在のうたは1956年、作詞藤浦洸、作曲藤山一郎によって作られている。体操前の足踏み曲として親しまれている、このうたはリズムも詞もよく一日の始まりの音楽としては身も心も弾む名曲だ。
単純明解、詞も曲も見事に融合して親しみやすい。全国で毎朝凡そ2800万人が愛好するラジオ体操、是非貴方も始めませんか。夏は初心者にとっては運動の最適な季節です。自然の恩恵お最も享受する季節です。
「ラジオ体操の歌」一番
♪新しい 朝が来た 希望の朝だ
喜びに 胸を開け 大空 あおげ
ラジオの声に 健やかな胸を
この薫る風に 開けよ
それ 一,二,三
「優雅でない」一日の始まり
ラジオ体操からは7時頃帰る。直ちに乾布摩擦(実際は水タオル)で上半身ごしごし遣った後、満を持してシャワーを浴びる。一気に蛇口を全開、まるで華厳の滝にうたれたようなごーごーたる勢いのシャワーで私の体は完全に覚醒する。この瞬間も夏の恩恵です。
シャワーのあとは、髭を剃り(休日でも1年中)、パンとコーヒーと野菜果物の簡単な朝食が終ると、真っ直ぐ仕事場にいきパソコンの前にすわります。こうして私の「優雅でもない」一日が始まるわけです。毎日が同じことの繰り返し。平凡ですが、この同じことの繰り返しができるのも元気だからです。そこにラジオ体操ありきです。
14日朝の露地栽培の収穫、中型トマトとミニ、それにししとう。
自宅前の道路わきの鉢植えのミニトマトもよく実った。
大山公園でみた夾竹桃は夏を告げる。ピンクの花が好きな私には堪えられない。
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梅雨があけて/「スポーツに水は悪魔」の時代/ウナギについて思う事
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・梅雨があけて
・「スポーツに水は悪魔」の時代
~具志堅さんも水を飲まずに戦った~
・ウナギについて思う事
~故郷で食べた最後のウナギ~
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梅雨があけて
関東甲信越が梅雨明けした6日から途端に猛暑、日曜日は5時半に畑に水撒きに出たら、もう刺すような太陽が降りかかった。幸せな気分に浸る。なぜかバンコクにいるような錯覚だ。そのバンコクも5年行っていないから、妙に恋しくなる。
梅雨明けを宣言した翌日の夕方の雷雨は凄まじかった。恰も天の蓋が壊れてしまったような感じがした。6時に幡ヶ谷のタイ料理店セラドンで会食の約束があったが、雨が上がるまで待つことにした。15分ほどして止んで外に出たら、西の空に薄い虹がかかっていた。都会に掛かる虹、とても幻想的でした。
ああ、これで本当の梅雨が開けたと得心しました。天を焦がすような雷が炸裂して、洪水のような雨が降って梅雨明けになる、そうなのです、天は、起承転結を見事なまでに演出して、梅雨は終る…私なりの梅雨明けの定義なのです。やがて各地の街で盆踊り、夏祭りが繰り広げられる。私の一番待ち望んだ季節がやってくる。
「スポーツに水は悪魔」の時代
夏と言えば「水」は切っても切れない。しかしほんの40年程前まではスポーツマンにとって水は悪魔の存在であった。僕らが山村の中学で野球をしてた頃は、炎天下なのに水はスタミナがを消耗するからダメ、ピッチャーは肩を壊すから水泳はダメ…と今とは正反対の事をいわれたものです。
プロでさえこういう迷信がまかり通っていたのです。ボクシングの選手などは15ラウンズ、水を一滴も呑めなかったのです。セコンドは壜を選手の口に持っていくが、それは、うがいするだけのものでした。水を呑むとボディーが弱くなると信じていたのです。
ところが外国からやってくるボクサーは平気で水をがぶ飲みしました。タイのセンサク・ムンスリン(当時WBC世界J・ウェルターC)などはまるでカバのように水を飲んみ15ラウンズをライオン古山と戦いました。
水をがぶ飲みする大胆不敵な態度にも驚きましたが、セコンドに帰っても、1度も椅子に座らず立ったまま次のラウンドを待つそのスタミナにも吃驚しました。全てが我々の常識を覆すものでした。結果は古山を大差の判定に退けました。
古山のセコンドは、試合中終始ボディー、ボディーを狙えと絶叫しましたが全く効果がなく逆に槍のように伸びるセンサクの左ストレートを顔面に浴びて完敗しました。日本のジム関係者は、おかしい、おかしいといって首をひねったものです。通説が見事にコケた瞬間でした。
~具志堅さんも水を飲まずに戦った~
世界タイトル13度守った具志堅用高さんもこの誤った通説の犠牲者でした。ですから試合後トイレにいくとおしっこの代わりに「血」が出たそうです。血尿です。極限状態では体内に水が枯渇すると、血が水の役割を果たすのかも知れない。水は体に善くないは、この時代までは常識だったのですから、恐ろしいものです。
コミッションドクターも、ハワイから来た名カットマン(打たれて出血したとき血を止める)スタンレイー伊藤トレーナーも、水を飲むことを何故か奨励していなかったのです。私も勿論害があると疑っていませんでした。胃が弱る、スタミナを失う、体が怠くなる、そう信じていました。
いまでは野球の投手が真っ先に肩や腕をアイシング(冷やす)するし夏の甲子園での高校野球では、大量の水を補給することを高野連が指導している。ボクシングも水を飲むことが当たり前になっている。
猛暑が続くと熱中症にかかり易い。私の脳梗塞の引き金となったのも夏の炎天下に合羽を着て代々木公園をジョギングしたからだ。水も少し飲んだだけで、前日の酒を体内から抜くという理由で走りまくりました。翌日具合が悪くなり東京医大に連れていかれました。連れて行った人こそ具志堅会長です。
20日間の入院生活を余儀なくされ退院の日、看護師さんから口酸っぱくいわれた。「舟木さん、特に夏は2Lの水を飲んでくださいよ。暑い日は野外の運動や作業は控えてください」この言葉がいまでも耳に焼き付いております。このいいつけをしっかり守っています。お蔭さまで元気です、看護師さん。
ウナギについて思う事
ウナギが絶滅種に指定される動きがあるとニュースで知った。もうすぐ土曜の丑の日がやってくる。ウナギは精がつくというので、暑い夏は特に好まれる。70%は日本人の口に入るそうだから、これは憂慮すべき問題である。
これに付随してシラスウナギの輸入も禁止されるとの情報もある。なぜこうもウナギが入手できなくなってしまったのだろうか。前からいわれているのは人間の乱獲だがそれにも増してシラスウナギ(稚魚)の時に獲ってしまうことだと専門家は指摘している。
シラスウナギを生簀などで育て市場に出す、この手っ取り早い方法が定着して以来ウナギは減少し出した。海に帰る前に捕まえてしまうのだから、増えるわけがない。4月四国をバス旅行して四万十川で舟遊びをしたら、漁師が言っていた。
「あと3カ月もすると俺たちは昼寝して夜仕事するようになる。まるで泥棒みたいだが、灯りを照らすとシラスが寄ってくる、それを昆虫採集の様な網で掬う。これが大層な値段になるので漁師みんな血眼になるよ」
~故郷で食べた最後のウナギ~
思えば天然ウナギを食べたのは昭和53年の夏、結婚して初めて福島の実家に家内を連れて行ったときだった。多分7月頃だったと思う。前の晩、甥(故人)と実家の前を流れる川に、置き針をして早朝引き上げに行ったら甥の置き針に、見事なウナギが糸に巻きついていた。
その夜は兄貴に料理してもらったウナギで酒をしたたかに飲んだ。至福の夜だった。53年頃を境に我がふるさとにもウナギがみられなくなったと兄はいう。だとするとあれは鮫川に残った最後の貴重なウナギだったのかも知れない。
昭和30年代までは、川を上ってくるシラスウナギがよく見受けられた。バスで町まで通学していた僕らは、中間試験が早く終わり下校したときなど、バスを途中で降りて村までぶらぶら友達と歩いてきた。標高700㍍以上ある山間の村であるから、険しい渓谷が続く。その激流に負けまいとウナギの稚魚が身体をくねらせながら、必死で岩肌を上る。
何百、何千という稚魚の群れは遠く海を泳ぎ、故郷の川へ帰ってきたと思うと少年の心も何故か厳粛になって、捕まえた稚魚をそっと離したものだ。その川も大分前にダムが出来て、魚は一切上がって来れなくなった。ウナギ恋しい、ふるさとの川よ…。
四万十川でもシラスウナギ漁が盛んに行われている
<拙宅に咲いた花と俳句三題>
重たさを首で垂れけりゆりの花
うつむくは思案に似たり百合の花
つき山に松より高し百合の花
~いずれも子規~
朝がほや一輪深き淵のいろ ~蕪村~
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ダルビッシュの苦悶と栄光/O.ヘンリーの魅力/畑に泥棒が入った
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・ダルビッシュの苦悶と栄光
・O.ヘンリーの魅力
・畑に泥棒が入った
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ダルビッシュの苦悶と栄光
大リーグ、レンジャースのダルビッシュ有の8勝目がなかなか手が届かない。(6月29日現在)三振は取るが、ホームランも簡単に打たれてしまう。5月に7勝を挙げて以来1カ月半も勝ち星から遠ざかっている。
私は素人だから技術的なことは分からない。だが四球を出すまいとフォームが小さくなったように思える。それはそれで大事なことだろうが、目先の勝利のために、小さく纏って欲しくない。
若いし、君はまだ大リーグ2年目のルーキーなのだ、チャレンジスピリットを忘れてはならない。先のヤンキース戦でホームラン3本を打たれたとき君は、いかにも自己嫌悪に陥ったような情けない表情を見せた。
勝ちたい気持ちとふがいない自分と、苦しみもがくダルの心を覗いたように思えた。その苦悩は必ずや次の飛躍への堆肥となるはずだ。もがき苦しむことは、人生にとって無駄なことではない。いつの日かダル投手は、サイヤング賞を取れる男だと私は信じている。
こんな心配をしていたら1日(現地時間30日)のデーゲーム、レッズ戦で苦しみながらも6回3分の2を投げて無失点に抑えた。その後リリーフ投手が2点をゆるしたもののレンジャーズが3-2で勝利。8勝目をあげて久しぶりの彼の笑顔を見た。これからも険しい隘路が待っていよう。栄光は苦悶の先にあるか。
O・ヘンリーの魅力
倅の部屋に入ったら本棚にO・ヘンリーの文庫本短編集(1~3)を見つけたので、早速読み始めた。断片的に過去読んではいるが、纏ったものを読破するのは初めてだから、改めてオー・ヘンリーの偉大さに触れる思いで耽溺している。
大久保康雄の翻訳もいいからなのだろう。私は原文で著書を読んでいないからして、具体的にこの部分が素晴らしいのだと説明はできないが兎も角心に沁みる文章である。以下に紹介する「アラカルトの春」にとても洒落た一節がある。
「やがて暦(こよみ)が臆面もなく春が来たと嘘をつくときがきた。春は、時期がこなければ、こないものなのだ。一月の雪は、依然として街の横町に硬い石のように凍てついていた。」
春とは名ばかりの三月の街の気候を表現しものだが、このようにな名文を操れる人になりたいと私は憧れを抱いてきたものだが、我が才能では、どだい無理なのだと悟り、以降そんな甘夢は見ない。
O・ヘンリーでつとに有名な短編は「最後の一葉」。肺炎を患った主人公は壁に伝う蔦の葉が全部枯れて落ちたときに、自分は死ぬと思い込む。嵐が来て次々に葉が落ちてい行くのをみて、画家の友人は壁に一枚の葉を描くという話で、まさに珠玉の短編小説である。
皆さん、スマホばかりいじっていないで、本を読んでください。電車に乗れば男も女も、前を向いても左右を見てもスマホを手にする人ばかり。出勤時も、退社時も新聞や雑誌を読んでる姿を殆ど見ない。
それどころかハイヒールを穿いた女性が階段を下りながらメールを打っていた。時には片手運転で自転車に乗りながら携帯で話している者も、これあぶないぜ。道路で歩きながらのメール打ちといやはや、これは何も日本だけの事じゃないらしい。本を読まない人類はどうなるのでしょう。末恐ろしいことです。本が売れないわけである。
畑に泥棒が入った
露地栽培を始めて5年目、とうとう野菜泥棒に遣られました。夕方畑を見回った折に、明日早朝になれば収穫と決めていた茄子3個、翌日畑にいったら見事盗まれていました。
畑には入り口の扉にチェーンを簡単に巻いているだけのもので、その気になればだれでも侵入できたのですが、さっそく鍵を着装したのですが、何故か己の精神が貧しくなったような気がしました。セコイなぁ~と。
丁度古典にある「寺に鳥を入れさせまいとして、屋根に網を張った、なんと器量の狭いことよ」とお寺側を皮肉る箇所があるが、畑に鍵も何となくそんな光景に酷似する。御近所様も果たして大層大仰なと軽蔑していることでしょう。まあ、そんな事情ですので御理解ください。まことに世知辛い世の中でござんす。
ラジオ体操に向かう路地の民家の庭に咲く凌霄花(のうぜんかずら)は、私の大好きな南国を思わせる初夏の花。ブーゲンビリア、ハイビスカスこれらの花に囲まれて暮らすのが夢。
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W杯も五輪も金が掛りすぎる/ブラジルのデモに何を感じるか/他
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・ブラジルのデモに何を感じるか
・W杯も五輪も金が掛りすぎる
・律儀な人もいる
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ブラジルのデモに何を感じるか
サンパウロのバスの運賃値上げから端を発したブラジルのデモは全土に広がり、かつ大規模になっているようだ。来年に迫ったサッカーワールドカップに少なからず影響を与えるだろう。
サッカーはブラジルの国民にとって、生活の一部でこの度のようなコンフェデ杯が行われている会場周辺でデモを掛けるようなことは過去にない。詰りは「ワールドカップの競技施設に巨額の金を投じるくらいなら、もっと教育、医療、交通機関にそのお金を回せ」というアピールである。真っ当な要求だ。ネット情報だが物価上昇率は前年比66%ともいわれる。お祭りどころではない。
経済で急成長を続ける国の国民がサッカーよりは生活が第一といいだしたところに私は注目した。物の本質を捕えた挙句の行動であると。W杯の後はオリンピックも控えているブラジルは、競技施設や交通機関などにこれからも巨額の投資を続けるだろうから、国民の生活はますますそっちのけになろう。政府に怒りをぶちまける国民の不満も頷ける。
W杯も五輪も金が掛りすぎる
W杯も五輪も巨大な商業主義になりすぎた。投資した御金が全く回収できないことは先のロンドンでも明らかであるのに、開催国は派手さを競い合う、愚を性懲りも無く繰り返す。ブラジルのデモはワールドカップやオリンピックを根本から考え直すいい機会である。
東京もブラジル後の2020年のオリンピックに立候補しているが、とても国民の6割が招致に賛成しているとは思えない。もっと国民は冷静に見ている気がする。国が破産するような借金を抱えオリンピックどころじゃあるまいに、と私は思う。やるなら「スモール五輪」を高々と掲げるべきである。
因みに2016年の日本の五輪招致活動費用は約150億、今回は少なくて75億に削ったと言われるが、何でこんなに掛るの?IOC委員を招いてのパーティでは、1人100万円も掛ったらしい。IOCも過度の接待は断るくらいの矜持が欲しい。IOC自ら襟を正すべきだ、こういった背景もあって、私はオリンピックの東京招致には反対の立場なのです。
律儀な人もいる
格闘技マスコミ人生45周年のパーティーが終ってかれこれ2週間経ったが、律儀な人もいる。一般予約していたのに、開催日を勘違いして気が付いたら既に終っていました。申し訳ないので会費を支払いに行きますと電話してきた人である。
その主はことあろうか元キックボクサー増沢潔さん。初代全日本ウェルター級チャンプである。S46年11月、武道館で鉄腕と呼ばれた錦利弘をKOした男である。引退後はタクシードライバーの傍ら非番の時にはレフェリーなども遣り古巣のキック界に貢献してきた。
現在は定年退職しているがそれでも週3日は働いているという。その増沢さんが拙宅のある西原までわざわざ会費を払いに来てくれて、その上すし屋でランチを御馳走してくれた。46年といえば私が入社した年、それだけに彼の試合は感慨も深い。
遥かなる歳月が過ぎてもかくお付き合いできる。気持ちよく会費を頂いて、近日中に彼と一杯遣ることにした。梅雨の季節、この日ばかりは心が晴れた…。
拙宅の玄関に今年はブーゲンビリアが見事に咲いた
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プロ野球コミッショナーのお粗末/45周年パーティー・グラフィティー
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・プロ野球コミッショナーのお粗末
~潔く辞めるべき~
・45周年パーティー・グラフィティー
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プロ野球コミッショナーのお粗末
プロ野球の公認球がいつの間にか飛ぶボールに替えられていたことが発覚して連日マスメディアをにぎわしているが、当の日本野球機構(NPB)加藤良三コミッショナーは、その事実を全く知らなかったといってこれまた騒ぎを大きくしている。
コミッショナーともあろうお方が知らず、それでいて公認球には、全て貴方の名前が刻印されているのだから世にも不思議な話になる。知らなかったでは済まされまい。
これじゃ、まるでいかさま博打だ。ファンも選手を欺くものである。ホームランが減って野球が面白くなくなったから、飛ぶボールに替えたというのだ,いやはや、野球とはホームランがボカスカでれば面白くていいらしい。それじゃ草野球もいいとこだ。
大分大味なスポーツである。緻密な野球、緊迫した1点を争う投手戦などは見ていてスリルがあると私は思うのだが、そんなのはどうでもよくて、兎に角ホームランが出る試合を望んでいる。
~潔く辞めるべき~
あくまでもピッチャーは蚊帳の外である。ホームランが出るたびに湧く球場、それに反してうな垂れる投手…こんなシーンを目の当たりにするとヤッパ~と不公平感を禁じ得ない。ルールは平等でなければならない。
加藤コミッショナーは、駐米大使を務めた経歴もあり大変な大リーグ通らしい。それで2008年7月にコミッショナーに選ばれたのだが、これまでプロ野球を改革したという目立った働きの話は聞いていない。
この際潔くコミッショナーの職権を返上すべきだ。後任の人には、に米の野球に熟知して、情熱があってかつ実行力なある人。身を挺してもプロ野球をまもるという不退転の気骨がある人、そんな人が居ないか。
名前、肩書だけのお飾りコミッショナーでは、プロ野球はいつまでも改革できないし、今回の様な不祥事もまた起こり得る。
<45周年パーティー・グラフィティー>
御出席の皆様有難うございました
6月9日(東京ガーデンパレス)で行われた「新間寿・ターザン山本。舟木昭太郎”黄昏のビギン”大感謝祭」~舟木昭太郎格闘技マスコミ人生45年記念イベント~の写真が出来上がってきましたので、紹介いたします。改めて45年の歳月に感慨も無量のものが在ります。来れなかった友人から、次は行きますとの電話。残念ですけど45周年は1度きりですと心で呟いています。
写真を撮ってくれたカメラマンは日本写真家協会会員熊谷忠宏さんで、プロの写真はやはり違う。常日頃バカチョンしか撮らない私めは、特に感じます。撮影アングルなど参考になるかも知れません。では順を追って並べてみます。熊ちゃん感謝です。
私の感謝の挨拶
来賓挨拶の新間寿さん。これからです、と叱咤激励された。
宴会に移りトップで登場下のはターザン山本(中央)と新間寿さん。
「馬場と猪木の確執について」ユーモラスに。
二番目は格闘家の佐竹雅昭さんは武道と礼儀について語った。
最後はキックボクシング伝説の三人。
手前から私、猪狩元秀、藤原敏男、長江国政の各氏。
「ムエタイの強さについて」映像を見ながら思いを語った。
中締めをしてくれたのは元野口プロモーションマネージャー遠藤晴大さんでした。
そして、F女史が御祝いに描いてくたパネル。
とても気に入っております。
PHOTO BY T.KUMAGAI
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感謝!多くの人に支えられ、45周年記念イベント『黄昏のビギン』が無事終了!
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・45周年パーティー無事終わりました
~多彩なトークで盛り上がる~
~多くの人に支えられて~
~梶原一騎先生の原稿返還~
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45周年パーティー無事終わりました
無事「新間寿・ターザン山本・舟木昭太郎”黄昏のビギン”大感謝祭」(6月9日東京ガーデンパレス)も終りました。これで45年の格闘技マスコミ人生に一区切りが付きました。感無量です。
サプライズもありました。具志堅用高さんがひょっこり会場に現れたのです。当日は具志堅ジムのボーリング大会が笹塚であった関係で、発起人の名前はお借りしましたが、招待状は出していませんでした。
それだけに吃驚でした。嬉しいですね。涙がでるほど感激でした。45年の私の格闘技マスコミ人生の象徴する人物はボクシングでは具志堅さんをおいてありません。乾杯の音頭をとって頂きました。有難うございました。
~多彩なトークで盛り上がる~
新間寿&ターザン山本両氏には、馬場VS猪木の知られざる確執を語って頂きました。NWA総会に出た折の話で、猪木・新間のコンビは全く無視されたという話は山本氏の饒舌な突っ込みもあり面白いものでした。
二番目に登場した佐竹雅昭氏は、この夏に参議院比例区で立候補します。今話題の男です。武道と教育についてはなして頂きました。自信に満ちた話しぶりには、もう政治家の雰囲気は漂っておりました。
三番目に登場したのはキックボクシングの藤原敏男会長と猪狩元秀日本拳法前理事長、それに長江国政冶政館ジム会長で、三人には映像を見ながら、ムエタイの強さについて話を指定唯いましたが、時間が足りず
佳境に入ったところで終わりになったことが悔やまれます。
~多くの人に支えられて~
受付は元日本スポーツ出版社の経理部にいたT女史とゴングで一緒に仕事した福島知好氏 それと元NTTFan+のT女史が担当してくれました。100人ほどの来賓の方々を問題も無くお迎えしてくれて、本当に感謝しております。フロア責任者は、すっぽん「田吾作」の御子息が務めてくれました。元キックボクサーの鈴木幹吉さんは照明、映像は五木田龍臣さん、DVD進行は元TBSキックレフェリー村上桂さん、皆さんのご協力で式がうまくいきました。感謝!
入り口にはF女史が制作してくれた、私をモチーフにしたイラストのパネル(写真あり)が飾られて、面はゆい気分になりましたが、これも私の宝になりました。これからイベントのときは必ず飾ろうと決めました。有難うございます。気に入っています。
オープニングはシナトラの"MY WAY"が流れました。そして、私がアッパーのテーマで登場しました。来賓挨拶は新間さんと高森篤子さんでした。新間さんは、71才なんて若い、これからだ!と叱咤激励してくれました。
故梶原一騎先生夫人高森篤子さんは、私が脳梗塞で倒れたときに具志堅さんが助けてくれたこと、もしそれがなかったら今ここにいなかったかもしれない、人は多くの人に支えられて生きている。だからそういう人々の恩に報いるためにも、これからもがんばってもらいたい。そんな心温まる挨拶をしてくれた。
~梶原一騎先生の原稿返還~
挨拶のあと高森夫人には、かねてお約束の週刊ゴングにかつて掲載された「わが理想のタイガーマスク完成せり」の生原稿の贈呈式があって、私が大事に保管してきた原稿を無事夫人の許へ還元できた。天国の梶原先生は果たして、喜んでくれたであろうか。
中締めは元野口プロモーション・マネージャー遠藤晴大さん。奥様と仲良く参加してくれた。盆栽の権威で、もう20年も昔になるが具志堅さんと上野国立美術館に盆栽を見に行ったおり、我々を隅々まで案内してくれた。力強い音頭で三本締、心に響いた。総合司会の柳亭金車師匠の朗々たるコールも式を盛り上げてくれました。
そうかといえば、大阪在住の友人Yさんは、私は出席出来ないので福澤諭吉が代わりに行きます、と速達で1万円を同封してきた。味な事をやるもんだ。高倉健の大ファンの方だが、健さんのように恰好よく私は脱帽しました。
あれやこれや多くの人に支えられ、助けられ45年のマスコミ人生の区切りの句読点を打つことができた。皆様、本当に有難うございます。舟木昭太郎=アッパーは、最終ゴールを目指して新たな旅に出ます。私の理想の終わり方は、あしたのジョーのように精根尽き果て真っ白になって倒れることです。
その日まで、チャレンジしたい。人は何のために生きるのか…とにかく前へ!前へ!50歳にして天文学と測量を志して、57才から17年間旅を重ね大日本沿岸地図を完成さてた伊能忠敬のように、人生を燃焼できたらと思っています…。
尚、パーティーの写真は近々こちらのブログで公開いたします。
パ-ティーに贈られた生花、ホテルから拙宅に持ち帰った。
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6/9イベント情報★一般席まだ間に合う予約!新間,ターザン+藤原,猪狩,長江,佐竹に,司会は金車
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・6/9イベント情報
~会場で配布の「案内しおり」も出来た~
~助けられ、支えられて45年~
~一般席まだ間に合う予約!~
・メダカを飼い始めた
・銀座「NO BIRD」は最高ですよ
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6/9イベント情報
~会場で配布の「案内しおり」も出来た~
イベント「新間寿・ターザン山本・舟木昭太郎”黄昏のビギン”大感謝祭」は目前に迫って参りました。9日PM6時30分から東京・湯島の東京ガデーンパレス特設会場で開催されます。
当日入場券の代わりに参加者に配布されます「プログラムしおり」も出来上がってきました。チラシ、ポスター、しおりと全てデザイン会社ZAPP!白金社長自らがデザインを引き受けてくれました。コピーは、ありふれたものですが、デザインはナイスでしょう。
仕事場に在った写真や雑誌やらを無造作にデジカメに取り込み、コピーを添えてメールで事務所に送ったら、小一時間も経たない内に仕上がってきました。手早さにいつもながら驚いたのです。
~助けられ、支えられて45年~
プロの仕事術はかく在るべき、その才能で、石コロを宝石に変えてしまうのです。お蔭で私はかれこれ30年近く白金社長には助けられ、支えられて仕事をやり続けることができたのです。格闘技マスコミ人生45年周年にあたり改めて御礼申し上げます。
ゴング格闘技も、ワールドボクシングも、週刊ゴングも先述のデザイン事務所に変わってから、ドラスティックに紙面が変貌して映えました。俗に誌面が躍ると申しますが、こればっかりはいくらパソコン操作がが優れていても、デザイナーにのびやかな感性と創造力がなければ、人を惹きつける作品は生まれないわけで、このような秀逸なデザイナーに私が出会えたことが僥倖でした。
ボクシングやキックボクシングのデスクやジャケットも勿論全てZAPP!ですから、私を取り巻く作品のあらゆるものが御世話になっているということになります。人は一人じゃ何もできない、つくづくそう思います。これからも宜しくお願い申し上げます。
~一般席まだ間に合う予約!~
さて、横道にそれました。それでは「しおり」に記載された内容をかいつまんで御紹介いたします。
「新間寿・ターザン山本・舟木昭太郎”黄昏のビギン”大感謝祭」
~舟木昭太郎格闘技マスコミ人生45年記念イベント~
2013年6月9日(日)18時30分~
東京・湯島[東京ガーデンパレス]
<イベント第1部> 総合司会|柳亭金車(落語家)
新間寿氏(元新日本プロレス”過激な仕掛け人”営業本部長)とターザン山本氏(週刊ロレス”カリスマ”編集長)のトークで、
テーマは「馬場VS猪木封印された確執」&「柔道王・木村政彦とは何ぞや」
<イベント第2部>
「遥かなるムエタイ、その強さについて」(映像あり)
パネリスト:
藤原敏男氏(元タイ国ラジャダムナン・ライト級C=藤原ジム会長)
猪狩元秀氏(元WKA世界ミドル級C=NPO法人日本拳法協会理事長)
長江国政氏(元WKA世界スーパーFe級C=治政館ジム会長)
<イベント第3部>
「武道と教育について」
佐竹雅昭氏(格闘家・平成武師道塾長)
これだけの豪華メンバーのトークを3,900円(予約、当日4,500円)で、食事付(バイキング方式+ドリンク)で聞けるのですから絶対この機会を逃さないでください。まだ、間に合います!
メダカを飼い始めた
先週金曜日からメダカを飼っている。橙(だいだい)色のものが8匹、黒色が3匹の計11匹で、近所のお米屋さんから頂戴した。玄関脇の水甕の中で今日も元気で泳いでいる。可愛いものである。
かねてから何故かメダカを飼ってみたかった。その気になってデパート屋上の観賞魚ショップに出掛けたら、小さなメダカが1匹500円もして驚いて買うのを止めた。何やら日本古来の血統書付みたいなものらしい。私は雑種でもなんでも、元気に泳ぎさえすればいい。
昔は街のペットショップなどに金魚やメダカなどは極普通に見られ、只同然の値段だったのに、近頃は貴重な魚になってしまった。諦めかけていたら、件の米屋さんの軒下の水甕や水槽の中でうじゃうじゃ泳いでいるではないか。
丁度馴染みの奥さんがいたから、私もメダカを飼いたいのでこれから買いに行こうと思うが、何処に売っているのでしょう、と声を掛けてみたら、そんな水臭いわねえ、上げるわよ、幾らでも持っていきなよ、と言ってくれた。声を掛けてみるもんだ、何事も。かくてメダカは我家のペットになった。
早速メダカ用の餌をデパートで求めてきた。私の主義で餌は腹7分目と決めているので1日朝と夕の二回、ほんのちょっぴりしかやらない。水甕を覗きながら、私は、しばしばこの小さい命の躍動に、見惚れ我を忘れるのです。メダカよ、メダカさん、宜しくね。
銀座「NO BIRD」は最高ですよ
すっぽん「田吾作」は今年で創業40周年を迎えた。それを祝って銀座のCAFE JAZZ「NO BIRD」のオーナー斎さんから田吾作の井上親方夫妻にお店への招待があり、私もお裾分けに預かった。
お店はライブ演奏を楽しみながら一流シェフの料理を味わえるというので評判高い。当日はjazzではなく女子の三人組のピアノ、クラリネット、バイオリンの三重奏であった。
客席は50程、室内は重厚そのもので高級感にあふれている。斎さんがバローロ(イタリア)などの高級赤ワインを振る舞ってくれ、料理もイタリアンのフルコースを出してくれたので、もう天にも昇る気持ちになった。
早速友人のバイオリスト高田あずみさんに、メールして「いいとこにきているんだ。銀座の[no bird]というお店だけど、いつかここで演奏会やりたいね。」 そしたら即メールが返ってきて、今度連れて行って!と羨ましがられた。
格闘技の後は音楽か、それもいいかも。なんだかイベント屋になりそうです。45年を機に職を変える?。さて、さて…。
二次会は六本木のクラブで一日を締め括った。夢の如き夜であった。斎さん御馳走さまでした。
CAFE JAZZ「NO BIRD」:
TEL03-6280-6006/FAX03-6280-6007
http//www.no-bird.com
拙宅の玄関前の道路脇に咲く鉄砲百合。
フリーライター時代にはこんな漫画の原作も書いた。
イベントに出すことになった。
会場で入場券代わりに配布される「案内しおり
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