お宝映画・番組私的見聞録 -241ページ目

特ダネ登場

今もなお、手を変え品を変えながらも続く、全国の奇人変人、ビックリ人間大集合的な番組のルーツともいえるのが「東芝ファミリーホール・特ダネ登場」(70年~79年)である。最近でいえば、この番組の流れを汲む「投稿!特ホウ王国」などはレポーターが現地へ飛び、紹介する形式だったが、この「特ダネ登場」は会館やホールでの公開形式なので、その「特ダネさん」が、ガウンを着て登場した。そして「この方は、どんな人でしょう?」といきなりクイズが始まる。司会は当時の売れっ子司会者・押坂忍だが、最近はほとんどテレビで見かけることもない。解答者は長門裕之・南田洋子夫妻を初めとして、山本直純、金田正一、芳村真理、木原光知子などがよく登場する顔ぶれであった。後、坂本スミ子とか山東昭子、萩本欽一もよく出ていたような気がする。まあ、どんな「特ダネさん」が出ていたかは、ほとんど覚えていないが、毎週あった「珍名さん」のコーナーはよく覚えている。味噌、醤油、顔、耳、口というような珍姓・奇姓の人や、有名人と同姓同名の人とか、普通はまず読めない難読姓の人とかインパクトのある名前の人が沢山登場した。ではここで問題、次の姓は何と読むでしょう。九、十、一二、二十八、五六、七五三、百千。

しかし、この番組9年も続いたという印象はなかった。子供も頃は楽しみにしていたが、放映時間帯も変わり(21時から19時半へと変わった)、途中から見なくなったからかも。ちなみにこの番組の前番組は日本テレビでは「コント55号の兵隊さん物語」であった。

さて問題の答えは順に、いちじく、つなし、つまびら、つちや、ふのぼり、しめ、おおち、と読むらしい。全部読めた人は…偉い。 

コント55号のおとぼけ人間学

前項で書いたとおり、70年代にはコント55号の番組が数多く存在していたが、その中でも一番幻の番組といえるのが「コント55号のおとぼけ人間学」(71年)ではないだろうか。人気絶頂コンビの番組にもかかわらず3回で打ち切られたというのだから、余程視聴率が低かったのであろう。この番組を見たという人はかなり貴重な体験をしたことになる。しかも覚えていたりしたら、それはもう…凄いとしかいいようがない。当然その内容など調べるのは不可能だといえる。一応わかったことといえば、71年4月の木曜の22時からフジテレビで放映されていたこと。サブタイの1つ(おそらく2回目)は「喧嘩ノススメ」で、ゲストは天地総子に「プレイガール」の桑原幸子など、といったことぐらいか。当時の22時といえば、完全に大人の時間帯だったといえ、子供はもう寝なさいといった時間だったのである。55号の人気はやはり子供に支えられていたということなのだろうか。あまり子供向けの笑いだったとは思えないのだけれども。

55号決定版!

唐突だが、70年代に数多くあったコント55号の番組で、一番見ていたのは何かと考えると「なんでそうなるの」や「裏番組をぶっ飛ばせ」を抑えて「55号決定版!」ということになろうか。なにしろ70年~75年と長期に渡り放映されていたからである。その割りにあまり話題になることはないように思う。「全員集合」と同じ公開番組で、提供はトクホン、どうやら正式タイトルを「みんなで出よう!55号決定版!」というらしいのだが、一度も聞いた記憶がない。タイトル通り素人参加のコーナーもあったらしいが、やはり印象にない。最も記憶に深いのは、やはり「赤忍者」のコントである。赤忍者を坂上二郎と後に2代目ケンちゃんとなる岡浩也が演じていた。その岡浩也もあの慶応医学部を出て、今や精神科医だそうである。そして、トランポリンなどを使った体操芸を見せる「トミ譲二とロイヤルズ」。リーダーであるトミの「怒っちゃあいけねえ、怒っちゃあいけねえよ」のギャグも記憶に残っている。しかし、この「トミ譲二とロイヤルズ」をgoogleで検索しても3件しか引っ掛からなかった。余程みんなの記憶の彼方なのか、幻のグループだったのか、確かにこの番組以外で見たことなかったし。

ところで、当時の55号の番組は前述の他にも「チータ55号」「スパルタ55号」「コント55号の兵隊さん物語」「コント55号の体当たり作戦」「コント55号のいじわる野郎」などなど聞いたこともない番組が多々存在する。調べてみたいが、かなりの困難が予想される。



赤白パネルマッチ

ここ3回ほど、割合メジャーなクイズ・ゲーム番組を取り上げてみたが、ここでマイナーなものを1つ。ロイ・ジェームス司会の「赤白パネルマッチ」(70年)である。司会とタイトル以外覚えていることがほとんどなく、見ていたという記憶のみがある程度である。番組がどのくらい続いたのか不明だが、おそらく1年程度ではなかったか。内容はどうやら神経衰弱ゲームのようなもので、わかりやすく言えば「新婚さんいらっしゃい」のペア・マッチみたいなものだったようだ。提供はグリコで、「クイズグランプリ」でいうチャンスカードである「グリコカード」が存在していた。しかし、この頃はグリコ提供の番組というのは多かったと思う。「♪グリコ、グリコ、グリコ~」で出始まるアニメ「鉄人28号」や「遊星仮面」、バラエティでは「がっちり買いまショウ」、ドラマでは先日取り上げた「アイちゃんがいく」もグリコの提供であった(そこで書き忘れていたが、「提供・江崎グリコ」のテロップが残ったままCSでは放送されたのである)。

さて、司会のロイ・ジェームスだが、当時は日本語の上手な外人さんだというようなイメージだったが、東京生まれの東京育ちなので日本語がうまいのは当然と言えば当然なのだった。その名前から英米人だと思われがちだったと思うが、父親はトルコ人。ロイ・ジェームスという芸名は二人の友人の名を合わせたものらしい。親交のあったE.H.エリックの代役で日劇の舞台にあがったのが芸能界入りのきっかけで、司会者のイメージが強いが、映画にも数本出演している。この番組が放映されていた70年に帰化している。徐々にテレビでは見かけなくなった印象があったのだが、82年に他界しているのでそれも当然なのであった。なぜか亡くなったのは最近のことだと錯覚していた。とにかく合掌。

底抜け脱線ゲーム

我々が子供の頃のバラエティ番組の基本的存在みたいだったのが「底抜け脱線ゲーム」(63年~73年)である。現在も続くタレントらによる体力ゲーム番組のはしりといえよう。当時の印象といえば、何でチーム名が「底抜けチーム」に「脱線チーム」なんて変な名前なのだろうと思っていた記憶がある。毎週のように見ていたはずだが、どんなゲームがあったとか、誰が出ていたとか見事に覚えていないのである。提供はお馴染みのロート製薬で、司会は金原二郎、ゲームには毎回しゃれたタイトルがついているとか基本的なフォーマットは当然覚えてはいるのだが。女優では山東昭子とか、お笑い系では林家三平のような当時の大御所も主演していたとかすかに記憶しているが、何故か一際はっきり覚えているのがイソノカツオではなく「海野かつを」である。とにかく頻繁に出ていたような気がする。それ誰?と思う人も多いかもしれない。私自身ここ30年くらい見かけた記憶がないし。海野かつをは元々浅草の芸人で、谷幹一、関敬六とスリーポケッツというグループをくんでいた人である。「おはよう子供ショー」ではずっと動物のぬいぐるみに入っていたらしく、子供番組を中心に活躍していたようだ。「隠密剣士」では、普通に敵の忍者の役をやっていたりもしていた。ちなみにこの人「新栄電機」という家電メーカーのCMに長い間出演していたそうだが、その新栄電機に転職して引退してしまったということだ。

この番組は一旦終了したものの、すぐに「新・底抜け脱線ゲーム」として復活したと記憶している。司会は同じ金原二郎で、サンダー杉山がレギュラーだったような。次のゲームに移る際「お次の番だよ、お次の番だよ、次のゲームはなんだろな」という唄とチンパンジーの映像が流れていたのを今突然思い出した。私の記憶が正しければであるが。

クイズグランプリ

「タイムショック」とくれば「クイズグランプリ」(70年~80年)である。現在あるクイズ番組の基本フォーマットはこの番組にあるといえる。芸能音楽、スポーツ、文学歴史、科学、社会、ノンセクションの各ジャンルに10点から50点、つまり30問の問題を早押しで答えるというシンプルなものだ。なにしろ15分番組なので、余計なことを一切せずスピーディに進行されていた。ミリオネアのみのもんたのような間でやったら3問くらいで終わってしまうであろう。司会はタイムショックの田宮二郎に対抗してか、やはり俳優の小泉博。何故この人が選ばれたのかといえば、それは彼が俳優になる前はNHKのアナウンサーだったからであろう。野際陽子がやはりNHKアナウンサーから女優に転身したことは割合知られているが、実は小泉博も2,3年とはいえアナウンサーだったのである。そういえば、あまり感情をいれず淡々と進行していたような記憶がある。役者としての小泉は「マタンゴ」や「レインボーマン」くらいしか咄嗟には思いつかないくらい、この番組の印象が強い。ちなみに岡まゆみはこの番組のアシスタント出身である。

クイズタイムショック

今回は趣向を変えてクイズ番組を取り上げてみようと思う。田宮二郎の司会で有名なのが「クイズタイムショック」 (69年~86年)である。実はこのネタは数日前にやろうと思ったのだが、まさにその日に「タイムショック」を取り上げているブログがあり、とりえあえず回避したのだが(別に回避する必要はないが)、広い世界まったく同じ思いつきを同じ日にする人がいるのだなあと神秘の力を感じたりする。前項の「青空にとび出せ」もほぼ同じ日にピンキーとキラーズを取り上げていたブログがあったし、不思議なものである。

さてタイムショックであるが、当時映画俳優として順調であったはずの田宮二郎が何故、クイズ番組の司会をすることになったのかというと、実はこの時田宮は干されていたからである。映画「不信のとき」(68年)の宣伝ポスターの俳優序列が主演の若尾文子の相手役だったにもかかわらず、若尾、加賀まりこ、岸田今日子、田宮の順になっていたことに抗議して対立、大映の永田社長は他の映画会社にも田宮を使わぬよう通達し、映画には出れない状態に陥っていたのだった。不本意な仕事だったはずだが、映画に復帰できた後もタイムショックの司会は続け、結局(78年12月に)自殺する直前の78年9月まで勤めあげたのであった。司会は同じ俳優の山口崇が引き継ぎ86年3月、合計888回まで続いた。これはあの「銭形平次」と全く同じ回数である。

ちなみに田宮の父は彼の生後4日で亡くなったらしいが、その兄の息子(つまり従兄弟)は「特別機動捜査隊」で橘部長刑事を演じていた南川直である。

青空にとび出せ!

昔から当時のアイドルを起用したドラマや映画というのは結構あるが、「恋の季節」で大ヒットを飛ばしたピンキーとキラーズを主役にしたドラマが「青空にとび出せ!」(69年)である。ピンキラのメンバーがサイケデリックに塗装したバス(マツダ・ニューライトバス)で各地を旅するというような話である。このドラマに関しては当時見た記憶が残っていて、放映時間も日曜日の夜7時半だったことも覚えている。この時間帯は「オバケのQ太郎」→「パーマン」→「怪物くん」→「ウメ星デンカ」と藤子不二雄のアニメが続いていた時間帯だったのである。その勢いでチャンネルをあわせていたのかも知れない。ちなみにこの前の時間帯、つまり日曜7時はウルトラシリーズなどを放映していたタケダアワーで、この時点では「妖術武芸帳」が放映されていた。(1クールで打ち切られ「柔道一直線」が始まった)。

ピンキーとキラーズに関してここで詳しく解説する必要はないと思うが、ピンキーは今陽子、キラーズはジョージ浜野、ルイス高野、エンディ山口、パンチョ加賀美というヒゲのおっさん4人組で、パンチョ以外の区別はつきにくかった。まあ当然のことながら演技はヘタであった。グループは71年に解散しているが、もうちょっとやっていたようなイメージがある。ちなみに彼らが歌う番組の主題歌は「青空に飛びだそう」だ。統一してほしいものである。

アイちゃんが行く

先日CSで始まったのが、坂口良子のデビュー作として知られる「アイちゃんが行く」(72年)である。正確には、以前取り上げた「さぼてんとマシュマロ」にゲスト出演したのが先のようだが、一般的にはこっちということになっている。内容は全然覚えておらず、なんか坂口良子が旅をしているドラマだという記憶しかないかった。旅の理由は父親探しなのだが、再開後は展開がガラリと変わり、父の家に居るお手伝いさんにイジメに合うというような話になるらしい。雰囲気的には青春ドラマがホームドラマにチェンジされるという感じであろうか。他の出演者は本郷直樹、吉田次昭(「マグマ大使」で17話~20話のみガムを演じた)、鈴木ヒロミツ、野際陽子、高橋悦史などで、主題歌は本郷直樹が歌っている。

本郷は71年「燃える恋人」でレコード大賞新人賞を受賞した歌手で、「白い牙」でも主題歌を歌っている。ちなみにバーニングプロの歌手第1号のようだ。一方で役者としても活動しており、当時はかなりの勢いだったと思うが、個人的にはあまり売れていたという印象はない。00年に脳出血で倒れなんとか復活したものの、今度は尿毒症などに犯され人工透析を受けながらも芸能活動を続けているということだ。凄まじい執念である。

フランケンシュタイン対地底怪獣

久々に特撮映画でも取り上げてみようと思う。東宝特撮の中ではかなりマイナーな部類に入るであろう「フランケンシュタイン対地底怪獣」(65年)は、タイトルどおり俗に言うフランケンシュタインと地底怪獣(バラゴン)が何故か戦う作品である。フランケンシュタインといえば西洋の定番怪物だが、日本でも登場する映画があったのである。予想はつくと思うがバラゴンのほうが悪役だ。出演は高島忠夫、水野久美、土屋嘉男など東宝特撮おなじみの面々。佐原健二、西条康彦、田島義文といった「ウルトラQ」のメンバーの顔も揃って見える。フランケンシュタインを演じるのは古畑弘二という劇団四季出身の人らしい。ある本に載っていたが素顔は普通の青年で、フランケンシュタイン顔というわけではない(あたり前だが)。でも大魔神を演じた橋本力という人は素顔も大魔神顔だったりする。古畑弘二はこの作品以外には「二十歳の恋」(62年)という5カ国合作映画での出演があるのみのようだ。何故彼が選ばれたのかは謎である。バラゴンの中の人は中島春雄でゴジラの中の人としても有名である。代表作は「フランケンシュタインだ」というよりも「ゴジラだ」という方が、イメージ的には良い感じがするのは私だけではあるまい。