姑娘と五人の突撃兵
少し前に大映の「五人の突撃隊」という映画を取り上げたが、新東宝によく似たタイトルの作品がある。それが「姑娘と五人の突撃兵」(57年)である。突撃隊に姑娘が加わるのが新東宝テイストである。主演は新東宝といえば宇津井健。その宇津井扮する杉山少尉が六人の部下と共に、丘の上のトーチカの銃撃によって危機に瀕している根本少尉(御木本伸介)の部隊を救援に向かうという話である。おやっと思うかもしれないが、五人ではなく七人の突撃兵なのである。おそらくタイトルでいう五人とは宇津井、小高まさる(上野)、鮎川浩(相川)、西一樹(小林)、菊川大二郎(小野田)のことをいっているようだ。他の二人、宗方祐二(平本)と晴海勇三(山崎)はあまりセリフもないので加えてもらえなかったようだ。(ネット上の映画DBなどでは山崎役は高村洋三となっているが、本編のクレジットに名前がない。それにあたるのは晴海勇三だと思われる。)それにしても見事に知らない役者が並んでいる。大抵は新東宝の解散と共に消えてしまったようである。小高と鮎川は名前だけは見かけたことがあったが、これを見て初めて顔がわかった。
さて、その救援方法というのが2台のトラックで大量のニトログリセリンを運びそのままトーチカに突っ込もうという、まさに特攻作戦である。しかしこの2台のトラックでニトロを運ぶというシチュエーション、思いっきり仏映画「恐怖の報酬」(54年)のパクリである。まあ戦争映画にその要素を入れてしまうアイデアは面白いと思う。脚本に「月光仮面」でお馴染みの川内康範の名があるがやりそうな気がする。トラックの1台は敵のバリケードを破壊するため小野田が突っ込み爆発してしまう。その爆発の仕方が画面が二度点滅するだけという非常にショボイものである。トラックの残骸すら見えずいかにも低予算な作品なことがわかる。
彼らを差し置いて大活躍するのが姑娘こと三ツ矢歌子である。杉山に恩があるというだけで(もちろん惚れてしまったわけだが)、自動小銃で同国人を撃ち殺すわ、地雷が埋まっていると聞けば、トラックの進路を撃ちまくり見事に地雷を爆破するのだ。それにしても当時の三ツ矢歌子は奇麗である。新東宝では一番の美女ではないかと個人的には思う。
そういえば宇津井健が死んだシーンというのを見た記憶がないなあと思いながらラストシーンを迎える。生き残った宇津井と鮎川がトラックで突っ込むと思いきや鮎川は宇津井を車外に突き飛ばし、一人でトーチカに突っ込んでいく。やはりスーパーヒーロー宇津井健は死ななかったのでありましたとさ。
俺は犯人じゃない
俺の拳銃は素早い
泣いてたまるか
前項で「泣いてたまるか」の話題が出たので、ちょっと取り上げてみようと思う。テレビ版の「泣いてたまるか」は66年~68年にかけて放映された渥美清主演のドラマとして知られている。現在CSで放映中であり、DVDも発売されているので、ご存知の方も多いと思う。しかし、この「泣いてたまるか」シリーズは渥美清がすべて主役なわけではない。14話から39話までの間に青島幸男が主演のバージョンがこちらの調べでは14回ある。そして話数はよくわからないのだが、67年10月以降つまりラストの半年には萬屋錦之介の弟・中村嘉葎雄(当時・賀津雄)が主演のバージョンが12回ほどあるのだ。まあ「特別機動捜査隊」に立石班や藤島班、三船班などが存在するのと同じようなものであろう。青島版は知っている人も結構いると思うが、中村版はあまり知られていないのではないだろうか。CSで放映されているのも、DVDも渥美清版(全54回)のみのようなので、青島版、中村版を見てみたいものである。青島版には、小津安二郎の映画として有名な「生まれては見たけれど」(14話)や、青島自身が脚本を担当した「月給43200円」(22話)、円谷一演出、金城哲夫脚本というウルトラマンコンビによる「翼あれば」(35話)などが興味を引く。
中村嘉葎雄は当時はまだ27歳で、まだまだ二枚目で通っていたはずだが、何故このシリーズに抜擢されたのか不思議に思う。役柄的には兄とは違って既に三枚目っぽい役もこなしていたようだが、顔が渥美や青島とは違いすぎる。
ところで前項で触れた「男はつらい」はこのシリーズ最終話であったようだ。
俺は眠たかった!
引き続いて55号関連映画である。絶頂期の中、萩本欽一が自ら監督した作品が「俺は眠たかった!」(70年)である。萩本はこの作品では監督の他、制作、脚本、音楽そして主演(映画の中でも萩本欽一の役)と一人五役を務めている。まだ二十代であった萩本だが、まさに怖いもの知らずといった感じだ。見たことがないのでなんとも言えないが、あまり評判はよろしくないようである。実際この作品を知っている人などあまりいないだろうし、勢いにまかせて撮ったというところか。相棒の坂上二郎も出演しており、欽一の母、警官、そして坂上二郎本人役など別の意味で一人五役を演じている。他には前田武彦、南利明、石立鉄男、青島幸男などで、女優は園佳也子くらいしか出ていないようだ。萩本はこの前年にも「手」という自作自演の作品を撮っており、この頃は映画志向が強かったようだ。しかし、テレビの企画でチャップリンに会いにいった後、自分はテレビでやっていくと決心したというエピソードを目にしたことがある。
一方の坂上二郎が主演扱いとなっている映画が「泣いてたまるか」(71年)である。これは渥美清主演のテレビシリーズ(66年~68年)の坂上版といった作品である。テレビシリーズは毎回設定(脚本や監督も)が違っているのだが、原作が山田洋次、稲垣俊となっているので彼らが担当した1エピソード(おそらく「男はつらい」の回、ご存知のとおりあの寅さんシリーズの元になっている)の映画化ということになろうか。萩本も坂上の腹違いの弟役で出ており、出番も多いようで、55号の主演映画といってもさしつかえないと思う。他には倍賞千恵子、佐藤蛾次郎、高橋長英、榊原るみなどが出ており主演が渥美清に入れ替わったほうがピッタリするようなキャストである。
コント55号の映画
前項に引き続き、その他のコント55号映画を簡単に取り上げてみよう。前項で取り上げた松竹での4作品では55号の単独タイトルがなかったが、東宝での4作品はすべて55号単独主演の形である。「コント55号の世紀の大弱点」(68年)、「コント55号の人類の大弱点」「コント55号の俺は忍者の孫の孫」「コント55号の宇宙大冒険」(いずれも69年)の4作品だが、松竹作品が人情喜劇っぽいのに対してこれらの東宝作品はコメディに徹しているという感じである。それだけに見事にカラ回りしており、これ見て観客は笑うのであろうかと思ってしまった。一応「忍者の孫の孫」は山田風太郎の小説が原作、「宇宙大冒険」はジェームス三木が脚本を書いていたりするが、監督はすべて一緒(福田純)ということもあってか、どれもこれも似たり寄ったりに見える。目だった出演者をあげると「世紀の大弱点」では水垣洋子、真理アンヌ、天本英世、上田吉二郎、内田裕也など、「人類の大弱点」では岡田可愛、白川由美、大辻伺郎、藤木悠など、「忍者の孫の孫」では伴淳三郎、藤岡琢也、柏木由紀子、柳家金語楼など、「宇宙大冒険」では川口浩、高橋紀子、カルーセル麻紀、応蘭芳といったところである。また、すべての作品に事務所の後輩である車だん吉(当時はたんくだん吉)と岩がん太(当時はいわたがん太)のコント0番地が登場する。
この時55号は東宝と専属契約を交わしていたのだが、結局この4作品のみで、残りは松竹の作品となる。ここまでで挙げてないものには「チンチン55号ぶっ飛ばせ!出発進行」(69年)、「こちら55号応答せよ!危機百発」(70年)がある。都電が舞台なので「チンチン55号」って、別にコント55号でいいんじゃないのと思ってしまう。出演者は奈美悦子、中山千夏、小川ローザ、「黒猫のタンゴ」の皆川おさむ、ピンキーとキラーズなど、「危機百発」の方は石立鉄男、倍賞美津子、長山藍子などである。そして、タイトルに55号の文字がないのが「初笑い!びっくり武士道」(71年)で、最後の55号主演映画となっている。評価の低い55号映画の中では唯一、評価されている作品のようだ。岡崎友紀、榊原るみ、光本幸子、宍戸錠、嵐寛寿郎といったところが出演している。
これで全部と思いきや実はまだあったりするのだ。
コント55号と水前寺清子の神様の恋人
コント55号の主演映画って、五本程度しか知らなかったのだが、調べてみると十本以上(おそらく十三本)あることが判明した。絶頂期であった68年~72年にかけて松竹と東宝で交替に撮影されている。で松竹での第1作となるのが「コント55号と水前寺清子の神様の恋人」(68年)である。前項で「チータ55号」というテレビバラエティについて触れたが、このコンビ(三人だが)は映画の方にも存在する。しかも「ワンツーパンチ・三百六十五歩のマーチ」(69年)、「大勝負」(70年)と三本も制作されているのである。水前寺清子はこの映画の時点で「いっぽんどっこの唄」というミリオンセラーあり、それなりに人気もあったと思うが、おそらく次の映画タイトルにもなる「三百六十五歩のマーチ」の大ヒットやドラマの「ありがとう」への出演で不動の人気を築いたといえよう。なぜこの二組がタッグを組むことになったのかは不明である。ちなみに「神様の恋人」というのも水前寺がこの時点で歌っていたシングル曲のタイトルである。はっきりいって聞いたことがない。
さて内容のほうだが、自分が見たのは「三百六十五歩のマーチ」だけなのだが、特に面白いということはない。松竹というと人情喜劇テイストという印象があるのだが、この作品もまさにそんな感じである。個人的に好きではない分野ということもあろうが、ここにあげた作品は最近までその存在すら知らなかったぐらいだし、一般的にもあまり好評ではなかったと思われる。他の出演者で目立つのは「神様の恋人」と「三百六十五歩のマーチ」に出演している藤岡弘であろうか。もともと松竹のニューフェースなので、「仮面ライダー」以前は結構地味な作品も多いのである。でもやはりアクション以外の藤岡は違和感を感じてしまう。あと「三百六十五歩のマーチ」では‘キックの鬼‘こと沢村忠が、「大勝負」ではアントニオ猪木が顔見せ的に登場する。
水前寺とのコンビは3作で終わり、この翌年は「コント55号とミーコの絶対絶命」(71年)が公開されている。ミーコって誰だ?と思ったら由美かおるのことであった。ミーコって呼ばれていたのか由美かおる?当時はともかく、今はミーコから由美かおるを連想できる人はそうそういないだろう。
8時だョ!全員集合(黎明編)
さて、前項で触れたプロデューサーの居作が強行発進させた「全員集合」だが、当初はコント以外には山本直純の指揮による「みんなで歌おう」という感じのコーナーや、異色ゲストを呼んでのトーク・コーナーがあったそうである。ちなみにそのゲストというのが、戸川昌子、浪越徳治郎、無着成恭、藤原弘達、中西太、梶原一騎と本当に異色である。しかしこれらのコーナーはドリフが苦手としていたようだ。視聴率は14,5%あったそうだが、裏番組の「コント55号の世界は笑う」は30%近くあったそうである。そこで居作はこれらのコーナーを廃止してしまうと共に、ある手段に打って出た。当時のTBSの人気番組である「サインはV」「柔道一直線」「キイハンター」の出演者をゲストに呼ぼうとしたのである。結果はすべてOKで、岡田可愛、范文雀、中山麻理、岸ユキら「サインはV」のメンバーはバレボールコントを、「柔道一直線」の桜木健一とは当然柔道コントを、丹波哲郎、野際陽子らの「キイハンター」のメンバーとは強盗団コントを演じてもらったという。これらを集中的に放送した結果、視聴率は25%以上に跳ね上がったのであった。これ以降はほとんど下がることもなく怪物番組へと成長していくのである。リアルタイムで見ていた世代ではあるが、さすがにこのあたりは見た記憶はない。
なおこれらのことは居作昌果自身の著書「8時だヨ!全員集合伝説」に書かれていたりする。興味ある人は読んで見よう。もう売っていないかもしれないけれども。
進め!ドリフターズ VS チータ55号
ぎんぎら!ボンボン!
「シャボン玉ホリデー」が11年に及ぶ歴史を閉じたその後番組をご存知の方はいるだろうか。それが音楽バラエティ「ぎんぎら!ボンボン!」(72年)という番組なのである。主演は作曲家の都倉俊一とお笑いコンビのマック・ボンボンである。知っている人もいるかもしれないが、マック・ボンボンとは、あの志村けんが同じドリフの付き人だった井山淳と結成したコンビで、ドリフの前座などを務めていた。たまたま見ていた関係者から声がかかったようだが、いかりやは大反対したそうである。しかしせっかく掴んだチャンスと出演を強行した二人だったが、結果は惨敗であった。すぐに出番が削られていき、しまいにはなくなったそうである。番組自体も三ヶ月で終了してしまった。あのシャボン玉の後番組を作曲家とテレビ初出演のコンビでは荷が重いのは素人目にもわかると思う。このショックで井山は失踪し、志村も結局マック・ボンボンを諦め、ドリフの付き人に戻ろうとした矢先、荒井注の脱退があり、後任として志村に白羽の矢がたったという経緯があったという。いずれにしろ幻のコンビ、マック・ボンボンを目にすることのできる貴重な番組であった。無論私自身も見た記憶がない。しかし翌週から始まった円谷特撮の「ファイヤーマン」は見た記憶があったりするのである。ちなみに「ぎんぎら!ボンボン!」は時間帯を変えてリニューアルされることになった。萩本欽一を司会に迎えたその名も「シャボン玉ボンボン」。思わず絶句してしまうが、予想通り短命に終わったようである。
前項で「シャボン玉ホリデー」を取り上げたのは今回の前振りだったりするのだ。