お宝映画・番組私的見聞録 -237ページ目

トップ屋

前項に続き丹波哲郎の話題である。この人の歴史を辿ってみると51年に新東宝に入社、しかしデビューは翌52年「殺人容疑者」という作品である。この時既に30歳という遅いスタートである。態度が大きすぎて一年間干されていたというエピソードは事実らしい。新東宝には59年まで在籍していたが、主役連発の宇津井健や天知茂、高島忠夫などを尻目に主演になることは一度もなかった。新東宝を退社することになったのも、新東宝の製作体制を批判した記事が載り、社長の大蔵貢に問いただされ、「この記事は俺の言ったとおりに書かれている」と言い放ったという。ようするに社長とケンカして新東宝を離れたのであった。そんな丹波がスターとなるきっかけとなったのは60年のテレビドラマ「トップ屋」ということになるだろう。未見なので詳細はわからないが、一匹狼の週刊誌記者が企業や社会に裏面を鋭くえぐる硬派なドラマということのようだ。彼を抜擢したフジテレビのディレクター五社英雄は「三匹の侍」でも彼を起用することになる。他の出演者は梅津栄、水の也清美、阿部寿美子などで、主題歌を丹波自身が歌っている。解説に「当時新東宝の大部屋俳優であった」という文もあるが、このドラマ放映時にはフリーだったようである。いずれにしろ40歳手前でやっとスターの仲間入りをしたのであった。ちなみにテレビはこれが始めてではなく、58年には「丹下左膳」で主役の左膳を演じたりしたこともあった。

ところで丹波哲郎(本名・正三郎)という芸名は会社が勝手につけたものらしいが、新東宝の後輩である伊達正三郎は知り合った丹波の薦めで新東宝のニューフェースに応募して合格したそうである。無論、芸名の正三郎は丹波の本名をもらったものである。当初は館正三郎だったが、伊達に改名したため、大映の悪役俳優であり伊達三郎とまぎわらしくなってしまった。まあ渡辺篤と渡辺篤史とかよりはいいかもしれんが。

コレラの城

先日、丹波哲郎が亡くなった。ここはやはり丹波哲郎を振り返らねばなるまい。自分が丹波哲郎を知ったのは、やはり「キイハンター」であったと思う。小学生になったかならないかくらいの時から認識していたように思う。しかし「キイハンター」は以前取り上げたし、「Gメン75」や「三匹の侍」、はたまた「大霊界」あたりではありきたりだと思い、その出演作を調べてみると、一際目を引くタイトルがあった。それが「コレラの城」(64年)である。しかもこの物騒なタイトルの映画は、丹波自身が監督(菊地靖と連名)・制作、そして主演を務めている作品だったのである。それにしてはほとんど話題になることもなく、知っている人もあまりいないのではと思われるこの作品、やはりタイトルからしてやばいのだろうか。

もちろん私も未見だが、コレラ自体を描いている映画ではないようだ。コレラにより廃墟化した城下町に砂金が隠されているとの噂が広がり、それを求めて様々な人間が集まってくる。その中の一浪人が丹波である。つまりコレラは終息した後なので、次々と登場人物が病原菌に犯されていくというような映画ではないようだ。だったら、コレラじゃなくても災害でも飢饉でも良いのではないかと思ったりする。他の出演者だが、ヒロインの佐代姫に鰐淵晴子、他に稲葉義男、河野秋武、悪役は山本麟一、そして南原宏治である。最後は丹波対南原の対決ということらしいので、簡単にいえば、正義のヒーロー丹波が悪を斬る痛快時代劇ということになるのだろう。そういえば「キイハンター」の第1話も丹波と南原の対決であった。

それにしてもタイトルからは想像できない普通な映画だと思うのである。

青春の海

前項の「青春の風」と一字違いの吉永小百合主演映画が「青春の海」(67年)である。前項と同じようにタイトルだけで青春映画であることがわかるが、内容は全然想像できない。というわけで、タイトルのみでチョイスしたので、当然見たことはない。あらすじによると吉永小百合と和泉雅子が姉妹であり、隣家が歯科医院なのだが、そこは男ばかり四人兄弟で、そのメンバーが凄い。長男が川地民夫、次男が渡哲也、三男が和田浩治、四男が山内賢と山内を除いてみんなアクション路線の兄弟である。そして彼らの父親が笠智衆で、日活作品にでているのは結構珍しい。ちなみに川地が歯科医で、渡は当然?やくざという設定である。吉永がこの中で誰と絡むかといえば、やはり渡哲也である。最後はついて来ようとする小百合をおいて渡は去っていくらしい。まあ当時の渡のキャラからしてラブラブハッピーエンドは似合わないだろう。小百合はこの作品では教師の役なのだが、問題児タケシ君を演ずるのが当時16歳の小倉一郎である。今では痩せたおじさんだが、当時も痩せた少年であった。

この作品、前項の「青春の風」とタイトルを入れ替えても特に問題はないと思う。しかし印象に残りにくいタイトルだなあ。

青春の風

前項で吉永小百合の話題が出たところで彼女が主演の映画を一つ。明らかに青春映画とわかる「青春の風」(68年)を取り上げてみる。吉永小百合の他にも和泉雅子、山本陽子のトリプルヒロインという感じである。相手役は毎度のごとく浜田光夫だが、川口恒、川地民夫、そして当時日活の杉良太郎も登場する。ちなみに役名は岩上岩太だ。今の杉だったらこの役名だけで、出演を拒否しそうである。いや以前にも書いたが日活を去った後は、ほとんど映画出演がないのだ。彼らより扱いが小さいがアクション映画のイメージが強い藤竜也も登場する。他には小沢栄太郎、岡田真澄の実兄E.H.エリック、イーデス・ハンソンといったお馴染みの顔が見られる。内容はまあどうということはない、サユリストが彼女を見て楽しめばいいといった作品である。


君たちがいて僕がいた

「あなたがいたから僕がいた」は郷ひろみの歌。「君たちがいて僕がいた」(64年)は東映の青春路線映画である。日活系のチャンネルNECOで東映の作品が放映されたので驚いたが、この作品は東映が日活のような映画をやろうとした作品といえる。主演は舟木一夫、ヒロイン役は本間千代子で日活のエース吉永小百合の役目を担ったのが彼女である。本間千代子は当時のアイドル的存在でレコードも30枚以上出している。世界の王貞治が歌唱力はゼロであることを露呈した「白いボール」を彼とデュエットしているのも彼女である。彼らの同級生役にスパイダースに入る前の堺正章、映画はこれ一作だけらしい佐藤政一、教師役は千葉真一で彼が出ているので東映作品という気がする。もちろんアクションなどはない。他に宮園純子、ベテランスターの高峰三枝子、佐野周二なども登場する。チョイ役では住田知仁つまり風間杜夫の名も見える。どこに出ているかよくわからんかったが。内容はさておき主人公舟木の役名が佐藤洋、堺の役名が田中彰ってもう少し考えてもいいんじゃないのって思った。同姓同名が何人いることか(狙いかもしれないが)。

舟木・本間コンビでは同年「夢のハワイで盆踊り」という作品がつくられているのみで、翌年は本間の相手役は西郷輝彦だったり梶光夫だったりと、いずれも当時の人気歌手とのコンビでに作品が何本か制作されているが、やはり東映にこの路線は合わなかったようで、本間千代子をヒロインとした青春映画路線はわずか二年足らずで終了している。本間も人気はあったのだが、やはり吉永小百合相手では分が悪いといえよう。何でも手を出す東映だが、青春ドラマと人情喜劇はニガ手のようである。  

姑娘と五人の突撃兵

少し前に大映の「五人の突撃隊」という映画を取り上げたが、新東宝によく似たタイトルの作品がある。それが「姑娘と五人の突撃兵」(57年)である。突撃隊に姑娘が加わるのが新東宝テイストである。主演は新東宝といえば宇津井健。その宇津井扮する杉山少尉が六人の部下と共に、丘の上のトーチカの銃撃によって危機に瀕している根本少尉(御木本伸介)の部隊を救援に向かうという話である。おやっと思うかもしれないが、五人ではなく七人の突撃兵なのである。おそらくタイトルでいう五人とは宇津井、小高まさる(上野)、鮎川浩(相川)、西一樹(小林)、菊川大二郎(小野田)のことをいっているようだ。他の二人、宗方祐二(平本)と晴海勇三(山崎)はあまりセリフもないので加えてもらえなかったようだ。(ネット上の映画DBなどでは山崎役は高村洋三となっているが、本編のクレジットに名前がない。それにあたるのは晴海勇三だと思われる。)それにしても見事に知らない役者が並んでいる。大抵は新東宝の解散と共に消えてしまったようである。小高と鮎川は名前だけは見かけたことがあったが、これを見て初めて顔がわかった。

さて、その救援方法というのが2台のトラックで大量のニトログリセリンを運びそのままトーチカに突っ込もうという、まさに特攻作戦である。しかしこの2台のトラックでニトロを運ぶというシチュエーション、思いっきり仏映画「恐怖の報酬」(54年)のパクリである。まあ戦争映画にその要素を入れてしまうアイデアは面白いと思う。脚本に「月光仮面」でお馴染みの川内康範の名があるがやりそうな気がする。トラックの1台は敵のバリケードを破壊するため小野田が突っ込み爆発してしまう。その爆発の仕方が画面が二度点滅するだけという非常にショボイものである。トラックの残骸すら見えずいかにも低予算な作品なことがわかる。

彼らを差し置いて大活躍するのが姑娘こと三ツ矢歌子である。杉山に恩があるというだけで(もちろん惚れてしまったわけだが)、自動小銃で同国人を撃ち殺すわ、地雷が埋まっていると聞けば、トラックの進路を撃ちまくり見事に地雷を爆破するのだ。それにしても当時の三ツ矢歌子は奇麗である。新東宝では一番の美女ではないかと個人的には思う。

そういえば宇津井健が死んだシーンというのを見た記憶がないなあと思いながらラストシーンを迎える。生き残った宇津井と鮎川がトラックで突っ込むと思いきや鮎川は宇津井を車外に突き飛ばし、一人でトーチカに突っ込んでいく。やはりスーパーヒーロー宇津井健は死ななかったのでありましたとさ。

俺は犯人じゃない

もう一つ日活アクションの初期作品を。やはり前項と同じ野口博志監督作品である「俺は犯人じゃない」(56年)を取り上げてみる。前項の河津清三郎もそうだが、この映画の主演もやはりアクションの似合わない大坂志郎である。大坂といえば、やはり人のいい中年おやじというイメージが強い。この時は36歳ではあったが、もう少し老けて見える。この前年に松竹から移籍してきた大坂が主演に抜擢されたのには、日活が当時は俳優不足だったという事情もあったようだ(つまり河津もそうなのだろう)。ヒロイン役は左幸子ということになっているが殺されてしまうし、実質的には広岡三栄子がヒロインといえる。初めて聞いた名前だが、61年くらいまで活動していた女優である。悪のボス役は植村謙二郎で当時42歳だが、この人ももっと老けて見える。ラストはこの植村と前項でも登場した田島義文、そして長谷部健対大坂の撃ち合いとなるのだが、さして迫力はない。長谷部健は二枚目の若手だが、活躍期間は50年代から60年代初期までなので、やはりあまり聞いたことがない。知っている名前では高品格、武藤章生、弘松三郎などこの後の日活で活躍する面々も登場する。あと「七人の刑事」に抜擢されることになる美川陽一郎や深江章喜もチョイ役でていたりする。深江など出演者クレジットを見逃してしまいそうな扱いである。この人も次第に重要な役に(ほとんど悪役だが)抜擢されるようになっていく。メインキャストで我々世代には馴染みがあるのは大坂志郎、左幸子くらいなので他の脇役に目を向けて楽しむ作品であると個人的には思ったりするのである。

俺の拳銃は素早い

物事には何でも始まりというものがあるが、日活アクションの始まりといわれている作品が「俺の拳銃は素早い」(54年)で、監督は野口博志、助監督が鈴木清太郎こと清順である。主演の探偵志津野一平に扮するのが何故か河津清三郎である。河津清三郎といえば、時代劇の悪徳商人役くらいしか印象になかったのだが、この時代46歳にして青年探偵(とどっかの解説に書いてあった)役に抜擢されているのである。調べてみるとこの人が最も活躍していたのは戦前の話で31年~33年くらいに新興キネマで主演作が結構あったようだ。その河津が何故40も半ばを迎えてアクション物の主役なのか不思議だが、ほぼ同時期に片岡千恵蔵が50過ぎで多羅尾伴内シリーズとかやっていたのだからまあよしとしよう。他の出演者だが、ヒロイン役は日高澄子という人だが河津に合わせたのか、まあおばちゃん(に見える)である。河津の助手の青年役が名和宏で、彼はこの作品がデビュー作である。名和と言えば、やはり東映のピンキーバイオレンス路線など変態チックな映画のイメージが強いが、さすがにデビュー当時は好青年(役)だったのである。日活には2年ほどしかいなかったようだ。他に知っている名前をあげると清水将夫、柳谷寛、伊豆肇、田島義文といったところだ。田島義文は東宝(特に特撮)のイメージしかなかったのだが、54,55年のみ日活の専属で、56年から東宝の専属となったらしい。この志津野一平ものはシリーズ化され、「地獄の接吻」「愛欲と銃弾」「謎の金塊」といった作品が作られており、50歳近い青年探偵・河津清三郎の活躍を見ることができる。

泣いてたまるか

前項で「泣いてたまるか」の話題が出たので、ちょっと取り上げてみようと思う。テレビ版の「泣いてたまるか」は66年~68年にかけて放映された渥美清主演のドラマとして知られている。現在CSで放映中であり、DVDも発売されているので、ご存知の方も多いと思う。しかし、この「泣いてたまるか」シリーズは渥美清がすべて主役なわけではない。14話から39話までの間に青島幸男が主演のバージョンがこちらの調べでは14回ある。そして話数はよくわからないのだが、67年10月以降つまりラストの半年には萬屋錦之介の弟・中村嘉葎雄(当時・賀津雄)が主演のバージョンが12回ほどあるのだ。まあ「特別機動捜査隊」に立石班や藤島班、三船班などが存在するのと同じようなものであろう。青島版は知っている人も結構いると思うが、中村版はあまり知られていないのではないだろうか。CSで放映されているのも、DVDも渥美清版(全54回)のみのようなので、青島版、中村版を見てみたいものである。青島版には、小津安二郎の映画として有名な「生まれては見たけれど」(14話)や、青島自身が脚本を担当した「月給43200円」(22話)、円谷一演出、金城哲夫脚本というウルトラマンコンビによる「翼あれば」(35話)などが興味を引く。

中村嘉葎雄は当時はまだ27歳で、まだまだ二枚目で通っていたはずだが、何故このシリーズに抜擢されたのか不思議に思う。役柄的には兄とは違って既に三枚目っぽい役もこなしていたようだが、顔が渥美や青島とは違いすぎる。

ところで前項で触れた「男はつらい」はこのシリーズ最終話であったようだ。


俺は眠たかった!

引き続いて55号関連映画である。絶頂期の中、萩本欽一が自ら監督した作品が「俺は眠たかった!」(70年)である。萩本はこの作品では監督の他、制作、脚本、音楽そして主演(映画の中でも萩本欽一の役)と一人五役を務めている。まだ二十代であった萩本だが、まさに怖いもの知らずといった感じだ。見たことがないのでなんとも言えないが、あまり評判はよろしくないようである。実際この作品を知っている人などあまりいないだろうし、勢いにまかせて撮ったというところか。相棒の坂上二郎も出演しており、欽一の母、警官、そして坂上二郎本人役など別の意味で一人五役を演じている。他には前田武彦、南利明、石立鉄男、青島幸男などで、女優は園佳也子くらいしか出ていないようだ。萩本はこの前年にも「手」という自作自演の作品を撮っており、この頃は映画志向が強かったようだ。しかし、テレビの企画でチャップリンに会いにいった後、自分はテレビでやっていくと決心したというエピソードを目にしたことがある。

一方の坂上二郎が主演扱いとなっている映画が「泣いてたまるか」(71年)である。これは渥美清主演のテレビシリーズ(66年~68年)の坂上版といった作品である。テレビシリーズは毎回設定(脚本や監督も)が違っているのだが、原作が山田洋次、稲垣俊となっているので彼らが担当した1エピソード(おそらく「男はつらい」の回、ご存知のとおりあの寅さんシリーズの元になっている)の映画化ということになろうか。萩本も坂上の腹違いの弟役で出ており、出番も多いようで、55号の主演映画といってもさしつかえないと思う。他には倍賞千恵子、佐藤蛾次郎、高橋長英、榊原るみなどが出ており主演が渥美清に入れ替わったほうがピッタリするようなキャストである。