お宝映画・番組私的見聞録 -240ページ目

シャボン玉ホリデー

再びバラエティの話題になるが、超メジャータイトルともいえる「シャボン玉ホリデー」(61年~72年)を取り上げる。といっても、これぐらいの番組だとあちこちで扱われているだろうから、なるべくマイナーな話題を探してみようと思う。シャボン玉の構成といえば青島幸男のイメージが強いが、第1話の構成は前田武彦である。青島が20話で加わってまもなく前田は番組構成から降りている。珍しいところでは、谷啓や渡辺晋(渡辺プロ社長)、野坂昭如などが構成を担当した回もある。ゲストに目を向けると、第1話が春日八郎、2話が村田英雄、3話がディック・ミネと当初はベテラン歌謡の人が連続して出ていた。毎年年末には恒例だったのが「忠臣蔵だよ、ピーナッツ」で、その最初である61年のゲストは江見俊太郎、城所英夫とバラエティとは思えない人が登場している。64年の「百十番だよ、ピーナッツ」では玉川伊佐男、松村達雄と「ダイヤル110番」のメンバー、「三度笠だよ、ピーナッツ」では藤田まこと、白木みのるの「てなもんや三度笠」のコンビが登場している。他にも芦屋雁之助、小雁、雁平の3兄弟や、中村勘九郎、清川虹子、多々良純、津川雅彦といった俳優や柳家金語楼、立川談志、引田天功(初代)、コント55号なども登場している。クレージの弟分であるドリフはわかっているかぎりでは1度だけのようである。あとクレージキャッツは最後まで出ていたとばかり思っていたのだが、72年4月に降板していおり、最後の半年はスパイダースからソロになってまもない井上順(当時は順之)がメインとなり、公開形式の番組になっていたらしい。初耳であった。番組の終了にはやはり視聴率の低下ということもあったのだが、この番組は日曜夜6時半の放送、つまりあの怪物アニメ「サザエさん」(69年スタート)が番組を終了に追い込んだ要因となっている。

ルバング島の奇跡 陸軍中野学校

陸軍中野学校といえば、大映のシリーズが有名だが、実は東映にもこれを扱った映画がある。それが「ルバング島の奇跡・陸軍中野学校」(74年)である。ルバング島といえば、当時戦後29年目にして小野田寛郎少尉が発見された場所として話題になっていた。その小野田氏が陸軍中野学校の出身だったということで、急遽作られた映画という感じである。かといって小野田さんをモデルにしたノンフィクション映画というわけではない。中野学校生たちの活躍を描いた作品である。その中野学校生に扮するのが千葉真一、若林豪、夏八木勲、沢田情児、南条竜也などで、その教官に扮するのが菅原文太、室田日出男などである。もちろん?丹波哲郎も少し出ている。大映のそれとくらべると、何故かこう派手な感じのするキャスティングである。ちなみに沢田情児という人は「ネオンくらげ」とか「SEXハイウェイ」とか「キャンパスエロチカ」とかに出ていた役者で、80年代は主に平仮名のにっかつで活躍している。南条竜也といえば、変身忍者嵐の人として有名だが、その後は「東京ディープスロート」とか「赤いスキャンダル情事」とか成人路線を進み、やはりにっかつの方で活躍していたようだ。

一応、千葉真一が主役扱いになっているが、ファーストシーンもラストシーンも若林豪なので、こちらが主役という感じである。その若林が一人突っ込んでいくラストは、戦記映画というよりヤクザ映画という感じである。一言でいえば東映テイスト満載な作品であるといえるだろう。

そろりと参ろう

前項で取り上げた仲村隆が主役を務めたドラマが存在した。それが「そろりと参ろう」(63年)である。制作は大映テレビ室で、1クールのドラマなので当然のごとく詳細は不明である。仲村隆自体がはっきりいえば、忘れられた存在なのでこのドラマのことを覚えている人、というか知っている人はほとんどいないであろう。というわけで、テレrビドラマデータベースによると、虚無僧二人が日本橋から京まで尺八の武者修行にいくという話であるらしい。尺八の武者修行って何だ?他の出演者は三角八郎、見明凡太郎、姿美千子、そして青島幸男などである。主題歌はその青島幸男が歌う番組同名タイトルの「そろりと参ろう」である。大映テレビ室ならフィルムは現存しているかも。まあそれほど見たいとは思わないけれども。

陸軍中野学校

「陸軍中野学校」(66年)といえば、ここで改めて説明するまでもない市川雷蔵主演の人気シリーズの第1作である。全5作あるが、雷蔵の役名は何故かこの1作目のみ三好次郎で、2作目以降は椎名次郎である。大映作品でありながら、何故か東宝から出演の加東大介はすべて草薙だし、3作目まで登場の仲村隆もずっと杉本なのに、何故であろう。まあ、そんなことはどうでもよろしい。この第1作では、中野学校生18名が登場する。雷蔵はもちろん、彼の相棒となる仲村隆以外には、どんな役者がいたのか、誰も注目してなだろうから調べてみた。三夏伸、井上大吾、森矢雄二、喜多大八、九段吾郎、佐山真次、南堂正則、河島尚真などで、三夏伸以外は見事にしらない。ちなみにこの作品で死ぬ役なのは三夏と南堂である。この面々は何者かと言えば、大映の若手脇役陣たちで、この時代の大映映画のキャストをよく見れば、結構見かける名前だったりするのだ。たとえば「ガメラ対ギャオス」では佐山以外は全員出演していたりする。しかし71年の大映倒産後は、ほぼ全員姿を消してしまう。出世頭といえる仲村隆さえ、見かけなくなってしまうのである。唯一頑張っていたのが三夏伸で「怪傑ズバット」などにゲスト出演したりしていた。その名は知らなくても(正直私も最近まで知らなかった)、その顔は見たことがある人もいるのでは。何というか、チンピラ小悪党といった感じの顔である。


パレンバン奇襲作戦

続けて戦争物を。今度は東映の「パレンバン奇襲作戦」(63年)を取り上げてみる。南方戦線パレンバンの油田基地を自爆させないようにする作戦を遂行する6人の男たちの話である。前項の「五人の突撃隊」の五人が六人になっただけで、ある意味同じような構成である。最後に一人だけ生き残るのも一緒だし。たとえばこの情報を事前に知っていて出演者を見ると、誰がこの六人を演ずるのかと予想すると、まずは主役の丹波哲郎は確定として、江原真二郎、梅宮辰夫、南廣、岡田真澄あたりだろうと思ったら全然違った。丹波と江原はそうだったが、後は織本順吉、今井健二、山本麟一、潮健児といったいかにも途中で死にそうな悪役軍団だったのである。ちなみに指揮官は江原(中尉)で、南と梅宮はその同僚将校、岡田はパレンパン油田の技術師という役柄であり、南と梅宮はたいして出番はないのである。主役の丹波は軍人ではなく、元パレンバン油田の技術師ということで、無理矢理作戦に同行させられるという役柄である。まあ「七人の侍」でいえば三船敏郎みたいな感じである(ちょっと違うか)。この作品も女性で登場するのはシスター役のフランソワーズ・モレシャンくらいで、男一色な映画だ。他には、神田隆、佐藤慶、須賀不二男といったところで、これに先の今井、山本、潮などを加えれば、まさに時代劇の悪役軍団である。

まあ丹波といえば、お偉いさんの役か、ちょっとしか登場しない役というイメージがあるが、さすがにこの頃はよく動いている。

五人の突撃兵

久々に映画に戻ろう。この時期はCSでも戦争映画が多くなる。個人的には戦争物はあまり見ないのだが、まあ何本か興味の湧いたものを見てみた。その一つが「五人の突撃兵」(61年)である。大映5大スターの共演というおうな触れ込みに興味を抱いたのである。まあ勝新や雷蔵は出ていないが、当時いずれも二十代の若手スターである本郷功次郎、川口浩、川崎敬三、藤巻潤、大辻伺郎の五人が「コンバット」でもよくある橋を爆破するという任務を受けて、犠牲者を出しながらも爆破を成功させるというお話である。この中では年長っぽく見える本郷が少尉役でリーダーなのだが、実は一番若かったりする。本郷は38年生まれ、川口と藤巻は36年生まれ、大辻は35年生まれ、川崎は33年生まれである。他の四人と違い大辻は主役映画はなかったが、脇役としては売れっ子であった。大映スターといえば田宮二郎も、本郷の回想シーン、彼の兄という役どころでちょこっと出ている。彼が人気者になるのは、この直後に公開された「悪名」あたりからである。そういうこともあってか、この作品での扱いは小さい。他の出演者は山村聡、大坂志郎、安部徹の「東京物語」トリオが目を引く(安部徹はチョイ役だったけれども)。ちなみに女優はほとんど出てこない。藤巻の回想シーンに登場する弓恵子くらいである。

ところで、大映が71年に解散した後は悲劇的な運命を歩んだ人が多い気がする。以前にも書いたとおり大辻、田宮は自殺、川口も早逝し、順調そうだった川崎も「アフタヌーンショー」のヤラセ事件で消えてしまった(別に川崎が悪いわけではないが)。藤巻も「ザ・ガードマン」以降は今いちパッとしない感がある。本郷も「特捜最前線」以降はほとんど見かけないし。もっとも70歳前後になって活躍し続けている人なんて、そうそういないけれども。


独占!女の60分

前項はあっという間に終わった番組を取り上げたので、今回は長く続いた番組ということで「独占!女の60分」(75年~92年)を。正直、この番組が92年まで続いていたとは知らなかった。自分はせいぜい80年前後くらいまでしか見ていなかったような気がするが、若い人にも結構わかる番組ということになるのだろう。内容は深夜番組っぽいのに、真っ昼間に放送されていた出演者はすべて女性という番組だ。何といっても強烈なのはその司会陣で、水の江滝子、丹下キヨ子、宮城千賀子のまさしく三婆。アッタカーと呼ばれるレポーター陣(初期)は泉アキ、一谷伸江、キャシー中島が一番印象に深い。他にも松原愛、岩城徳栄、清水クーコ、シェリーなどがいたようだ。

どんなレポートがあったかとかは、あえてここでは触れないが(覚えてないし)、出演者のその後を調べてみた。司会陣ではまず丹下キヨ子が83年頃に糖尿病で降板しているが、それより先に宮城千賀子が96年に73歳で、丹下は98年に78歳で、それぞれ亡くなっている。水の江は自分の甥である三浦和義の事件(ロス疑惑)に関連して、芸能界を引退してまったようだ。90歳を超えてなお健在らしい。アッタカー陣では、宮城、丹下に先駆けて清水国明のカミさんとしても知られた清水クーコが91年に38歳の若さで他界している。前述のとおり、岩井友見に司会が交代してからの番組後期は見ていないのだが、後期アッタカーの一人である五味保恵という人も92年に35歳の若さで亡くなっているそうだ。そしてもう一人、ピーコの愛称で知られた岩城徳栄だが、確か新聞で亡くなったというような記事を目にした気がするのだが、ネット上には確定的な記事はなかった。いくつかのBBSで亡くなっているという書き込みはあるのだが、真相やいかに。とにかく亡くなった方々に合掌。


3分勝負15ラウンド

いつの時代にも低俗番組のレッテルをはられた番組は存在した。あの「8時だよ!全員集合」だって、PTAあたりからはずっとそう言われ続けていた。そういった番組の代表的存在であったのが「3分勝負15ラウンド」である。代表的と書いたが覚えている人は少ないかも。確か3ヶ月程度で打ち切りになったと記憶している。しかもやっていた時期が正確にわからない。自分は毎週普通に見ていたことから考えて小学生ではなかったと思うので、おそらく76年前後であったと思われる。ドラマと違ってこいういったバラエティ物は、意外と調べるのが難しかったりするのだ。

さて内容だが、出演は愛川欽也、藤村俊二、せんだみつおの三人がメインで他にもいたかもしれないが、それは記憶にない。タイトルどおり3分のコーナー15個で構成されるはずであったが、15Rまでやったことはなかったような気がする。もっとも印象深いコーナーといえば、やはり「女蟻地獄」だろう。なんとなく想像は付くと思うが、蟻地獄上の滑りやすい透明板をミニスカのねーちゃんたちが商品目指してよじ登るというコーナーである。抗議が殺到し、番組が打ち切られる大きな要因となっている。他にもシャワーシーンや着替えシーンを単純に覗き目線で送る「のぞき」のコーナー、エロくないものでは月光仮面やウルトラマンなど昔のヒローの年を取った現在の姿を送る「あのヒーローは今」というようなお笑いのコーナーもあった。

結構楽しみにしていただけに、あっという間に終わったときは非常に残念に思ったものである。90年代の深夜辺りにやれば、もっと続いた…かもしれない。

キンキン・ケロンパの歌謡曲

前項で愛川欽也、うつみ宮土理夫妻の名前が出たので、「シャボン玉こんにちは」をまず思いだしたのだが、これより前に二人がコンビを組んでいた番組を発見した。それが「キンキン・ケロンパの歌謡曲」(72年~74年)である。私はおそらく、この番組は見たことがない。放映されていたのが東京12チャンネル(現テレビ東京)なので、当時系列局のなかったわが故郷では放映されていなかった可能性だ高い(されていたらすいません)。どうやら、キンキン・ケロンパの二人とゲスト歌手が、スタジオの複調整室見たいなところで、トークを繰り広げ、歌っている映像はビデオで流す、といったような番組らしい。聞いているだけで低予算なのがよくわかる。そしてこのコンビは前述の「シャボン玉こんにちは」へと継承されていき、78年ついに二人は入籍する。ちなみに愛川が前夫人との離婚が成立した翌日のことであったそうだ。

うつみは「ロンパールーム」、愛川はアニメの声優(「マッハGOGOGO」「いなかっぺ大将」「スーパースリー」など)や「おはよう子供ショー」のロバくん(の中の人)、といった子供番組からスタートし、いつの間にか大人の番組の人へシフトしていった感がある。

ちなみに、うつみは公称43年生まれとしているが、実際は愛川と1つしか違わない35年生まれということである。ということはもう70歳ということになるのだなあ。

ベスト30歌謡曲

この辺で、歌番組にも目を向けてみようと思う。まず最初に思い浮かぶのは「紅白歌のベストテン」だが、あえて「ベスト30歌謡曲」(73年~76年)を取り上げてみる。といっても、当時はそれほど歌番組を真剣には見ていなかったこともあり、この番組についても断片的な記憶しかない。ベスト30ってくらいだから、ランキング30位から紹介されていったと思うが、まあ1時間番組なので当然、全曲歌われるわけではなく、都合のいい歌手が登場していたのだろう。ランキングが何を基準に作られていたかはわからないが。司会は男女コンビで、男は最初、愛川欽也だったのは覚えているが、頻繁に変わっていたようである。男性は愛川の他は、森田健作、井上順などで、女性は五十嵐淳子、児島美ゆき、風吹ジュン、研ナオコ、うつみ宮土理などが歴任したらしい。コマーシャルでコンビを組む愛川と研、後に夫婦となる愛川とうつみというコンビではなかったようだ。ちなみに出場歌手は西城秀樹、野口五郎、布施明、森進一、アグネス・チャン、天地真理、浅田美代子、南沙織、山口百恵、チェリッシュ、チューリップなど今も活躍している輩も多い。この時代の歌手はしぶといのである。